もし結城リトのラッキースケベが限界突破していたら 【完結】   作:HAJI

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第四十話 「克服」

家族連れや老人、カップル、子供など多くの人で賑わっている休日のお昼過ぎの公園。そんな中、一人の少女が公園で佇んでいる。長い黒髪に、少しキツそうな目つき。遠目から見ても間違いなく美人だと分かる容姿を持つ少女、古手川唯。しかし彼女の様子はいつもとは違っていた。風紀委員らしく威厳を感じさせる空気は微塵もなく、あるのはどこか不安そうな面持ち。その証拠に何度もあたりをきょろきょろ見渡し、時計を確認している。

 

 

(場所はここで合ってるわよね……? でも、流石にちょっと早く来すぎたかしら……)

 

 

何故か落ち着かずそわそわするしかない。待ち合わせよりも三十分以上早く着いてしまった。遅れてはいけないと早めに動いていたけれど、こんなに早く着いてしまうなんて。

 

 

(まだ結城君は来てないみたいね……でも、いったい何の用なのかしら……?)

 

 

とりあえずまだ待ち合わせ相手である結城君が来ていないことに一安心。あんまり早く来ていたことが知られるも恥ずかしいけど仕方ない。わたしがこんな風にやきもきさせられている理由は今日の朝の出来事のせい。

 

新学期が始まってもう一か月。初日から転入生が二人、しかも両方とも宇宙人という非常識極まりないショックから始まった高校一年の二学期。最初はララさんとメアちゃんに振り回されっぱなしだったけど、人間の慣れって本当にすごい。段々と二人との付き合い方も分かってきて、落ち着き始めた。そんなこんなで久しぶりの休日。ゆっくりしようとのんびり朝を過ごしていると突然メールが送られてきた。それ自体は珍しくないが、その送り主が問題だった。

 

結城リト。

 

かつてはリコという架空の……というか、女の子になった結城君のメールアドレスだったのだが、そこからメールがやってきた。夏休み以来の本当に久しぶりのもの。慌ててその内容を確認するも、そこでもまた驚愕するしかない。

 

有り体に言えば、お誘い。今日の午後、時間があったら会わないかという文面。混乱してあたふたするも何とかOKの返事をしてすぐさま出かける準備。新しい着替えと髪を整えて、身支度を整える。兄に冷やかされてしまったがそれが気にならないぐらい自分は動揺していたらしい。そんなこんなで自分は今、公園で結城君を待っている。でも、どうにも分からない。

 

 

(ヤミさんやララさんもいなくて、ふ、二人っきりって……!)

 

 

メールでは結城君一人で来るらしい。てっきり最初はヤミさんやララさんと一緒に遊ぶお誘いかと思ったがそうではないらしい。そもそも自分は一時に比べれば挨拶ぐらいはするようになったが、結城君と二人きりで遊ぶような仲ではない。なら考えられるとしたら

 

 

(まさか……これって、デートのお誘い? それとも、こ、告白とか……!? ハ、ハレンチだわ!)

 

 

俗にいうデートのお誘い、というやつなのか。それとも告白なのか。どちらにしても婚約者候補がいるのにしていいものではない。もしそうなら風紀委員としてしっかり指導しなければ。でも、もし本当にそうだったらどう答えればいいのか。知らず顔を赤くしながらあたふたしていると

 

 

「こ、古手川……? 何してるんだ……?」

「ひゃいっ!?」

 

 

いつからそこにいたのか。後ろから結城君に声をかけられ、体がのけ反ってしまう。自分の物とは思えないようなとんでもない声。

 

 

「ご、ごめん! 驚かすつもりはなかったんだけど……」

「だ、大丈夫よ……ちょっとびっくりしただけだから。ゆ、結城君も来るのが早かったのね……」

「あ、ああ……古手川より早く来たかったんだけど、待たせてごめんな」

「い、いいのよ! わたしも今来たところだから!」

 

 

言っててあまりにも定番な言い訳に変な汗が滲んできそう。お互い私服というのあるのか、いつもの結城君とは少し違って見えるような気がする。そんなことを考えていると

 

 

「立ったままってのもあれだし……あそこのベンチで話さないか?」

 

 

きょろきょろとあたりを見渡しながら結城君は近くのベンチを指さす。でもわたしと同じように緊張しているのが丸分かり。きっと周りからは初々しいカップルみたいに見られているのは間違いない。ベンチに一緒に座ったりすれば尚のこと。でもそんな心配は全く無用だとすぐに悟ることになる。なぜなら

 

 

「…………え?」

 

 

隣どころか、ベンチの端から端まで離れた所に結城君は座ってしまったのだから。

 

 

「……? ど、どうかしたのか、古手川……?」

「い、いえ……何でもないわ。そういえば、あなたにとってはそれが普通だものね……」

 

 

さも当然、わたしが何に戸惑っているのか気づけないほど、他人と離れて座るのは結城君にとって当たり前のことらしい。彼の境遇を考えたら当然。なのに何故か浮ついていた自分が少し恥ずかしい。そんなわたしの態度を勘違いしたのか

 

 

「あ! とらぶる……っていうかハレンチのことなら心配しなくて大丈夫! 今日はもう五回済んでるから、もう起こらないんだ!」

「そ、そうなの……え? なら離れて座る必要ないんじゃ……?」

「っ!? そ、それはその……うん、今は五回が限界なんだけど……六回目が起こる可能性もゼロじゃないからさ、はは……」

 

 

どこか乾いた笑みを浮かべている姿には哀愁が漂っている。どうやらのっぴきならない理由があるようだし、深く聞かないほうがいいだろう。ただ

 

 

「でも済んでるってことは……今日、誰かに五回、ハレンチなことしてきたってこと?」

 

 

揚げ足を取るわけではないが、聞かずにはいられない。それはつまり、朝から誰かに五回もハレンチなことをしてきたことと同義なのだから。

 

 

「そ、そうです……ララにその、手伝ってもらって……」

「ララさんね……いくら婚約者候補だからって、まだ高校生なんだから節度は守ったほうがいいわよ」

「…………はい」

 

 

叱られた子犬のように、しゅんとなってしまっている結城君の姿を見て悪いことをしたかと後悔しかけるも心を鬼にする。彼の能力には同情するが、それでも限度は弁えてもらわなければ。ララさんだけでなく、結城君のためにも。

 

 

「……もしかして、ヤミさんやメアちゃんにも毎日ハレ……とらぶるしてるの?」

「し、してないって! メアはたまにあるけど、最近はヤミには全然してないし、心配しなくても絶対に古手川にはしないから!」

「そ、そう……ならいいんだけど……」

 

 

あまりにも必死な結城君の剣幕に思わず圧倒されてしまう。よくないけどいいことにしよう。ただ、こうも絶対にしないと連呼されると何だか複雑な気持ちになってしまう。自分のことを気遣ってくれているのは分かるのだが、ララさんたちと比べて仲間はずれにされてるように感じるのはなぜなのか。

 

 

「ごほんっ! それはいいとして、今日は何の用事があって呼び出したの? その、ララさんやヤミさんが一緒じゃできない話……?」

 

 

咳払いをして、誤魔化しながらも本題に入る。どうして自分を呼んだのか。それによって結城君はそれまでの空気とは違い、真剣に黙り込んでしまう。知らず、こっちも緊張してしまう。何を言われてしまうのか。様々な妄想が頭の中を駆け巡るも

 

 

「…………ごめんなさい」

 

 

その全てが消え去ってしまう。目の前には頭を深々と下げて謝罪している結城君の姿。

 

 

「ゆ、結城君……? いったい何してるの……?」

「ずっと……謝りたいって思ってたんだ。中学の時のこと……今更謝っても、遅いかもしれないけど……本当にごめんなさい」

 

 

戸惑ってる自分とは対照的に、結城君は微動だにせず、深々と頭を下げたまま。その光景のせいか周りの視線が集まってくる。きっと喧嘩しているカップルのように見えるのだろう。慌てて結城君に止めてくれるように言おうとするもそこでようやく気づく。その握っている彼の手が、微かに震えているのに

 

 

(そうか……結城君はまだ、あの時のことを……)

 

 

思い出すのは中学二年の時。今と同じように、頭を下げながら自分に謝ってきた彼の姿。自分はそれを見ることもせずに告げた。

 

 

『もう二度とわたしに近づかないで!』

 

 

これ以上にない拒絶の言葉。あの時のわたしは、それ以外の言葉は口にできなかった。でも今は違う。何故なら

 

 

「…………気にしなくてもいいわ。もし許してなかったら、わたしここには来てないもの」

 

 

ヤミさんから本当の話を聞いて、次の日、学校で挨拶した時点でわたしはもう彼を許しているのだから。

 

 

「それと……わたしも……あなたに酷いこと言っちゃって、ごめんなさい」

 

 

だから今度はわたしの番。一番つらかったのはきっと、結城君だったはずだから。

 

 

しばらく結城君は固まったままだったが、顔を拭いながら頭を上げる。もしかしたら、泣いていたのかもしれない。でもそれを感じさせないぐらいの笑顔。

 

 

それがわたしと結城君が仲直りできた瞬間だった――――

 

 

 

 

「そう……本当にいろいろ大変なのね……」

「分かってくれるのか古手川!? よかった……最近オレの方がおかしいのかと思ってて

……」

 

 

仲直りから約一時間。お互い気恥ずかしかったのもあり世間話を振ったのだが、結城君はさっきとはまた違う意味で心の涙を流している。曰く、宇宙人と交流するようになってから自分の常識や貞操観がおかしくなってきているのだと。ララさんやメアちゃんと付き合い始めて一か月の自分でも非常識さに圧倒されているのに、結城君のそれはわたしの比ではない。本当の意味でトラブルまみれの日常(非日常)を送っているらしい。それを相談できる相手がいなかったのか、半ばお悩み相談のようになってしまっていた。

 

 

「でも婚約者候補ってことは……前言ってた気になる女の子っていうのは、ララさんのことだったのね」

 

 

流れを変える意味でもこちらから気になっていることを質問する。以前、結城君から相談を受けた内容の続き。あの時は結城君はリコさんになっていたから好きな男の子と言っていたが、本当は女の子、つまりはララさんのことだったのだろう。

 

 

「それは……そ、そうなんだけど……」

 

 

なのに何故か結城君は歯切れが悪い。婚約者候補の女の子が気になるなんて当たり前のことだし、恥ずかしがるようなことでもないと思うのに。ただ

 

 

「そう……わたし、てっきりヤミさんのことだとばかり思ってたんだけど」

 

 

思わず本音が漏れてしまう。ララさんが結城君の婚約者候補だと知るまで、てっきり結城君が気になっているのはヤミさんだと思っていたのだから。

 

 

「え? ど、どうしてそこでヤミが出てくるんだ!?」

「どうしてって……あれだけ一緒にいて、仲良くしてれば誰だってそう思うわよ。クラスのみんなだってずっとそう思ってたんだから」

「あ、あれはオレがヤミの護衛対象だからで……」

「そう……でも、あなたと一緒にいる時、ヤミさんは楽しそうにしてるわよ」

「楽しそうに……? ヤミが……?」

 

 

自分のことは全く見えていないのか、それとも近すぎるからか。どうやら第三者から見た自分たちのことを分かっていないらしい。でもヤミさんが結城君と一緒にいる時に楽しそうにしているのは間違いない。表情からは読み取りにくいが、雰囲気で何となく分かる。ある意味、古風な日本女性的な男性の三歩後ろを歩く(とらぶる的な意味でも)性格のせいもあってか結城君本人は気づいていないのだろう。

 

 

「でも、最近ちょっとよそよそしいし……もしかして嫌われちゃったんじゃないかって心配してるんだけど」

 

 

本当に困っているのか、結城君は最近のヤミさんとのことを相談してくる。どうやら夏休みに入ってから距離を感じてしまっているらしい。だがそれを聞いているうちに、ほぼ確信する。

 

 

(もしかして……ヤミさん、自分の気持ちに気づいたんじゃ……)

 

 

そう考えれば納得がいく。よそよそしくなっているのはきっと自分の恋心を自覚したから。でも婚約者候補のいる結城君に告白することもできず、距離を取っている。そう考えれば納得がいく。なら自分はこれ以上踏み込むべきではない。ただ、それでも

 

 

「心配しなくても大丈夫よ、結城君。少なくても、ヤミさんはあなたのことを嫌ってなんかないから」

「え?」

「わたしが結城君に挨拶するようになったのは、ヤミさんのおかげなの。結城君の能力のことを、自分の正体を明かして教えてくれて……ちょうど、ララさんがみんなにしたことと同じね」

 

 

それだけは伝えなくては。そのおかげで自分は結城君と仲直りできた。きっとヤミさんもそれを願ってあんなことをしたのだろう。護衛としてではなく、好きな男の子のために。

 

 

「ヤミがそんなことを……」

「ヤミさんには内緒にしてね。でもこれで分かったでしょう? 心配することなんてないんだって」

 

 

思い当たる節があったのか、結城君はそのまま黙り込んでしまう。婚約者候補のララさんには悪いが、そこだけはヤミさんの味方をしてもいいだろう。そんな風に思っていると

 

 

「古手川もやっぱり女の子なんだな」

 

 

そんなあまりにも失礼な言葉が胸に突き刺さってきた。

 

 

「わたしをなんだと思ってるの!?」

「いや……相談してよかったなって思っただけで! その……そうだ! 古手川には好きな人とかいないのか?」

「わ、わたし……!?」

「ほ、ほら! オレばっかり相談に乗ってもらってるからさ! オレ、男子の気持ちなら少しは分かるし」

 

 

怒ったのも束の間、今度は何故か自分に矛先が向けられてしまう。他人の恋バナに口を出してしまった代償とも言えるが、同い年のクラスメイトにそんな心配されるなんてどうなのか。悲しいかな、否定できないのが現実。

 

 

「よ、余計なお世話よ! それに男の子の趣味なら、リコさんに十分教えてもらったしね」

 

 

強がりで否定しつつ、いつかのお返しをする。とらぶるのことは許しているが、その件はまだ許していないと宣言するように。痛いところを突かれたからか、結城君は顔を引きつらせている。それから逃れるためか

 

 

「そ、そっか……今日はほんとにありがとな、古手川! じゃあまた!」

 

 

強引に会話を打ち切り、そのまま手を振りながら結城君はその場を去っていこうとする。自分はただそれを呆然と見送ってしまう。あまりにもあり得ない。どうやら本当にわたしのことを女の子だと思っていないのかもしれない。

 

 

「…………え?」

 

 

気づけばベンチから立ち上がり、手を握っていた。あまりにも信じられない事態に結城君は固まってしまっている。当たり前だろう。とらぶるにトラウマを持っているはずのわたしが近づいて、しかも手を握っているのだから。でもしょうがない。

 

 

「……女の子を呼び出しておいて、このまま帰れると思ってるの、結城君?」

 

 

精一杯の強がりで結城君に告げる。顔が赤くなってしまっているけど、結城君の方が真っ赤になっているからよしとする。

 

 

「そ、それってつまり……?」

「デートの予行練習よ。心配しなくてもララさんみたいに下着を見たりはしないから安心しなさい」

 

 

それが決め手となったのか、ララさん達に振り回される時のような顔をしながら結城君は抵抗をあきらめてしまう。わたしらしくはない行動だがたまにはいいだろう。結城君自身が、男の子のことで相談に乗ってくれると言っていたんだから。

 

 

そのまま二人は街に繰り出し、そこでまたひと悶着あったのだがそれはまた別のお話――――

 

 

 




第四十話を投稿させていただきました。今回は古手川メインのエピソードであり、この作品のテーマの一つだった、ラッキースケベによる結城リトのトラウマの克服の回でもあります。古手川に関してはヤミが、クラスに関してはララによってリトは救われた形です。

古手川はある意味、原作とは一番リトの関係が変わっているキャラクターです。好意は持っていますが、お互いに仲がいい友達、相談相手という関係。常識的な地球人という意味で感性では一番リトと合っている存在です。

本編も予定より随分長くなってしまっていますがお付き合いくださると嬉しいです。では。

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