もし結城リトのラッキースケベが限界突破していたら 【完結】   作:HAJI

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第四十四話 「ヤミ」

「それでは王妃、私たちはこれで」

「ええ、お疲れ様でした。また明日もよろしく」

 

 

恭しく礼をする黒のサングラスとスーツを纏った男性たち、護衛を労いながら美しい桃色の髪の女性はその場を離れていく。その所作はもちろん、ヴェールで顔を隠しているにも関わらずその美貌が男たちの視線を虜にして離さない。それがセフィ・ミカエラ・デビルーク。宇宙で一番美しいと言われる女性だった。

 

 

(ふぅ……予定よりこんなに遅くなってしまうなんて……やっぱり美しさって罪……)

 

 

溜息を吐き、頬に手を当てながら思わずそんな本音を心中で呟いてしまう。本当なら夕食にはデビルークに戻ってくる予定だったのに、相手方の話が長くなり、結局深夜になってしまった。おそらく美しい自分の魅力によるもの。なかなか交渉相手も自分を解放してくれなかったのだがとりあえず条約は締結できる見通しができたので良しとしよう。

 

 

(こんな時間じゃみんなもう寝ちゃってるわよね……ギドもちゃんと寝てるかしら)

 

 

深夜なのでできるだけ足音を立てないように廊下を歩きながら自分の部屋へと足を向ける。こんな時間では子供のままのギドはもちろん、娘たちも寝てしまっているだろう。明日も早朝から政務で出かけなければいけないので一度は顔を見ておきたかったのだが難しそうだ。仕方ないが、もう少し家族と一緒に居れる時間を作れれば。

 

 

(たまには休暇を取るのも悪くないかも……そういえば、ララも今は地球の学校に通ってるはずだし、一度お忍びで地球にお邪魔してみようかしら。リトさんにも最近お会いできてないし)

 

 

ふと思いついたのは地球訪問。ララがどんなふうに地球で過ごしているのかはずっと気になっていたことでもある。夏休み以来、リトさんにも会う機会がなかった。あれから二人の婚約者候補ごっこがどうなっているか、けしかけてしまった自分としても気になっているところがある。言えば面白がってギドもついてきてしまうのは目に見えているので、お忍びでお邪魔するのがいいかもしれない。そんな中、通りがかった窓から人影が見える。

 

 

(あれは……ララ……?)

 

 

一瞬、見間違いかと思ったが間違いない。庭園のベンチにララが座っている。しかも何をするでもなくどこかぼーっとしたまま。

 

 

「ララ、こんなところで何しているの?」

「え? ママ? おかえり! 今日は遅かったんだね、お仕事忙しかったの?」

「ええ、ごめんなさいね。また埋め合わせをするわ。ところで、ララはこんなところで何をしてるの? 夜の散歩もいいけど、あんまり遅いと風邪をひくわよ」

 

 

自分の姿を見るなり、笑顔を見せながら慌ててこっちにやってくるララ。いくつになってもこういうところは変わらない。純粋無垢という言葉が形になったような子。ある意味ギドの性格を一番受け継いでいるのはこの子かもしれない。それはおいておくとして、どうしてこんなところにいたのか。

 

 

「えへへ、中々眠れなくてここで夜更かししてたの。でもそろそろ戻るつもりだったから大丈夫だよ!」

 

 

悪戯がバレてしまったようにララは正直に白状してくれる。そこに嘘はない。元々嘘をつくような子ではないことは分かっている。でも、どこかおかしい。ララ自身は気づいていないのかもしれないがぎこちなさ、戸惑いのようなものがある。その証拠に、ララの尻尾の動きがいつもと違う。デビルーク人の尻尾は感情の起伏を表現する部位。大人になるにつれてそれを抑えることができるのだが、ララに関してはその限りではない。そもそもララはいつも喜びの感情を持っているため、隠す必要すらなかった。でも、今は違う。

 

 

「……ララ、何か気になることでもあったの?」

「え? どうして?」

「だっていつもならすぐ寝付くあなたが眠れないなんて、今までなかったでしょう?」

「そういえばそうかな? 流石ママ、わたしのことなんでもお見通しなんだから」

 

 

それが嬉しかったのか、ララはそう言いながら自分に近づいてくる。しかし、ララが悩むなんて、理由はいったい何だろうか。

 

 

「うん、今日ね、リトにキスしてほしいってお願いしたんだけど、断られちゃったんだー」

 

 

瞬間、久しぶりに頭がフリーズしたような気がする。ララがいったい何を言っているのか、理解するのに数秒かかったのは仕方ないだろう。

 

 

「キスって……あのキスのこと?」

「そうだよ? あ、でも他のところにするやつじゃなくて、唇同士でするキスだよ」

「それは分かってるけど……じゃあ、唇じゃないキスはしたことあるの?」

「うん。とらぶるの時にリト、いっぱいしてくれるから。でも、唇にはしてくれたことないの」

 

 

恥ずかしがることなく、赤裸々に事情を暴露してくれるララにこっちが恥ずかしくなってきそう。噂には聞いていたが、リトさんのとらぶるはやはり規格外なのだろう。はっきりいって、唇のキス以上のことをしているような気もするがリトさんにとってはそれは超えてはいけない一線だったのだろう。

 

 

「そうね……キスっていうのは好きな相手とするものだから。でも、どうしてララはリトさんにキスしてほしいってお願いしたの?」

 

 

できるだけ穏やかに、ララが話しやすいように一つ一つ問いかけていく。どうして急にそんなことをリトさんにお願いしたのか、と。

 

 

「えーっとね、三日前にリト、ヤミちゃんをとらぶるしちゃって、その時に事故でキスしちゃったんだって。だから、わたしにもしてくれないかなーって」

「ヤミさんと……? 今、リトさんとヤミさんはどんな様子なの?」

「喧嘩してるわけじゃないけど、二人とも何だがぎくしゃくしているし、最近は学校も楽しくないんだから」

 

 

どこか拗ねるようにしながらララは二人の様子を教えてくれる。もうそれだけで十分だった。どうしてララがいつもと様子が違うのか。同時に、リトさんやヤミさんがどういう状況なのかも。色々伝えたいことはあるが、今はただララ自身の事。

 

 

「それは大変ね……じゃあ、ララは事故でもキスしてもらったヤミさんのことが羨ましかったのね」

「え……? ヤミちゃんが……?」

「違うの? だからリトさんにお願いしたんだと思ったけど」

「……そっか。わたし、ヤミちゃんが羨ましかったんだ! だってリト、ずっと前お願いしたときにもしてくれなかったんだよ?」

 

 

言われてようやく自覚したのか。自分で驚きながらララはようやく自分の気持ちの正体に気づけたらしい。でもそれは今までのララなら感じることのなかった初めての感情のはず。みんな一緒に。それがララの在り方。だからこそ、生まれて初めて、誰かを羨ましいと感じたララは戸惑っていたのだろう。

 

あとはもう大丈夫。時間はかかっても、自分の気持ちの正体にララは気づけるはず。でも……

 

 

「じゃあ……これで最後。そもそもどうしてララは、リトさんにキスしてほしいと思ったの?」

 

 

一つだけ、ララに言葉を贈る。きっと、このタイミングを逃すと間に合わなくなる。余計なお世話かもしれないけれど、このぐらいは許してくれるだろう。自分の娘が本当の意味で成長する機会。以前、ララに投げかけた問いの答え。

 

 

「え……?」

 

 

ぽかんとした様子でララはそのまま茫然としている。瞳は私を捉えているがきっと今ララに見えているのは一人だけ。無意識に両手を胸の前で握り、ララはただ想っている。それがいつまで続いたのか。次第にその瞳が見開かれていき、その頬が朱に染まっていく。同時に、今までで一番の笑みを浮かべながら

 

 

「そっか……わたし、リトのことが好きなんだ!」

 

 

生まれて初めて、ララは自分が男の子のことを好きになったのだと気づく。恋する少女の姿に懐かしさとともに感慨深いもの感じる。娘たちの中でも一番遅くなるかもしれないと思っていたララが、恋を自覚したのだから。だが

 

 

「すごい! これがママやリトが言ってた好きって気持ちなんだね! わたし、今からリトに言ってくる!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいララ。今は深夜なのよ。リトさんも寝てるでしょうし、明日にしなさい」

「あ、そうだね! そっかー、でも明日が楽しみだなー。本当に好きならリトもわたしにキスしてくれるかな?」

「そうね……ただ、あまりやり過ぎないようにね」

「うん! ありがとう、ママ♪」

 

 

その衝動に任せたままララはあろうことかそのままリトさんに告白しようと飛び出しかける。慌てて止めるも、逸る気持ちは抑えきれていない。普段から行動力のあるララが恋心を自覚したのだから当たり前と言えば当たり前。告白が恥ずかしいとか、断られたらどうしようといった普通の女の子が感じるであろう葛藤や不安はララには存在しない。それはいいとしても今から突撃するのはマズすぎる。夜中にいきなりたたき起こされて告白されるリトさんの姿はあまりにもかわいそう。ひとまず一晩、ララに時間を与える意味もかねてそう諭す。

 

そのままララは元気を振りまきながら自分の部屋に走って戻って行ってしまう。あとには自分が一人、置いてけぼりをくらってしまっている。

 

 

「……若いって良いわね」

 

 

思わず見た目から全く似合わない本音を漏らしながらセフィは自室へと戻っていく。セフィは知らない。今の自らの選択が正しかったのか、間違っていたのかを――――

 

 

 

(はあ……やっぱり寝れないな……)

 

 

何度目になるかわからない溜息を吐きながら、気だるげにベッドから体を起こす。時間は日付が回ったところ。いきなりのララの風呂乱入から始まり、美柑によるお説教。本当ならクタクタですぐ眠れるはずだがそうはいかないらしい。ここ数日、寝不足が続いてしまっている。その理由も分かっているが、どうすることもできない。

 

 

「ふぅ……」

 

 

そのまま仕方なく一階に降り、水を飲むことにする。のどの渇きはどうにかなったがまだしばらくは眠れそうにない。そういえば前にも同じようなことがあったな、と思い出していると

 

 

「……何をしているんですか、リト?」

「っ!? ヤ、ヤミ……じゃなくて、イヴ!?」

 

 

いつからそこにいたのか。暗がりの中から金色の闇が姿を現す。制服でも戦闘服でもなく、普通の女の子のようなパジャマ姿。いきなり現れたこともだが、何よりも驚いているのは話しかけてきたこと。事故キスから三日間。イヴの方から話しかけてくることはなかったはずなのにどうしたのか。

 

 

「い、いや……ちょっとのどが渇いたからさ。オ、オレもう寝るから……!」

 

 

それから無言でこちらを見つめてくるイヴのプレッシャーに耐え切れず、強引にその場を脱出せんとするも

 

 

「…………少し話をしませんか、リト?」

「え?」

 

 

そんないつか聞いた言葉で引き留められてしまう。振り返ると既にイヴはスタスタと歩き始めている。その背中がついてこいと告げている。それを断る勇気は自分にはない。もう今日は五回消費していて、朝まで心配ないのだがそれでも違う意味で恐る恐るイヴについていくしかない。

 

到着したのは庭。肌寒い季節になりつつあるがまだ外に出れないほどではない。月明りに照らされているせいでイヴの金髪がいつもより綺麗に見えるような気がする。まるでデビルークの庭園での再現。だが違うのは

 

 

「…………」

 

 

イヴの様子が明らかにおかしいこと。黙り込んでいるのはまだいいが、その表情が固まってしまっている。緊張しているのか、どんな顔をしていいのか分からないのか、顔が引きつっている。こちらとしてはいつお仕置きされるのかわからないのだからたまったものではない。転入初日のにらめっこ(一方的)を思い出す光景。だが、いつまでもこのままでは埒が明かない。ここは覚悟を決めなくては。

 

 

「リ」

「ご、ごめんっ!!」

 

 

そのまま精一杯頭を下げながら謝罪する。もう謝ってはいたのだが、やはりまだ許してくれていないのは明らか。そんな自分の謝罪がよほど意外だったのか、イヴは何故か口を開けたまま固まってしまっている。

 

 

「キ、キスのことで怒ってるんだろ? 謝ってもどうしようもないけど、ほんとにごめん! もう絶対しないようにするから!」

「い、いえ……そうではなくて、私は」

「じゃ、じゃあいつものとらぶるのことか……? 確かにいつもえっちぃこと一杯しちゃって……お前のお尻とか、おっぱいとか色々揉みしだいちゃって! でも、わざとじゃないから……うぷっ!?」

「わ、分かりました! そのことはもういいですから黙ってください! 美柑や近所に聞かれたらどうする気ですか!?」

 

 

必死に謝罪を行うも、突然イヴの髪によって口をふさがれてしまう。そこでようやく自分がとんでもないことを深夜の庭で叫んでいることに気づくも息ができなくなり今度は意識が遠のいていってしまう。

 

 

「はっ!? す、すみませんリト! すぐに解きますから!?」

「ハァッ……ハァッ……! し、死ぬかと思った……」

「あ、貴方が悪いんですからね。大声であんなことを叫んだりしたんですから……」

 

 

何とか解放されるも生きた心地がしなかった。いつかの言葉ではないが、護衛に殺されるなんて洒落にもならない。怒りながらも流石にやり過ぎたと思ったのか、イヴはどこかもじもじしている。

 

 

「まったく……貴方は本当にえっちぃですね。とらぶるが治ってもそれは変わりそうにありません」

「そ、そんなことは……ないと思うぞ、多分」

 

 

呆れ果てているイヴに向かって精一杯の抵抗を口にするもそれが多分となってしまっている時点で自分も否定できていない証拠。どこまでいっても自分はイヴにとってえっちぃやつなのは間違いない。

 

 

「それで……いったい何の話なんだ? その、キスしちゃったことが嫌で、怒ってるって話か……?」

 

 

意を決して本題に踏み込む。できればなかったことにしたいのだが、そんな都合のいい話はない。とらぶるは許してくれても、キスは別だ。だからこそ、イヴはここ数日自分と接してくれなかったのだから。なのに

 

 

「…………嫌ではありません」

「え?」

 

 

イヴが何を言っているのか分からない。聞き取れないような小さな声。きっと聞き違いだろうと思えるような言葉。知らず、心臓を掴まれたように感じる。よくわからない、衝動。

 

 

「ですから……キスされたことは、嫌ではなかったと言っているんです……」

 

 

こちらの困惑を悟ったのか、若干顔を伏せながらイヴが震えるような声で伝えてくる。嫌ではなかったと。キスされたことを怒っていたのではなかったのだと。月明りの中で、イヴの顔が真っ赤に染まっている。それが、その言葉が嘘ではないことを証明している。それがどういう意味なのか。頭ではもう分かっているのに、体が、心がついてこない。

 

 

 

「私は……貴方が好きです、リト」

 

 

 

はっきりと、面と向かってイヴは告白してくる。彼女らしい、飾ることのない純粋な言葉。自分が好きだと。変身兵器でも、護衛でもない、一人の女の子としてのイヴの想い。きっと今の自分よりも何倍も不安でしかたないだろうに、それを全く感じさせないほど、今のイヴは微笑んでいる。思わずそのままずっと見惚れてしまうぐらい、イヴは綺麗だった。

 

 

「オ、オレは……」

 

 

一度息をのみながら何とかそこまで言葉を絞り出す。でもそこから先が出てこない。答えなければ。あのイヴが、ここまでしてくれている。いきなりのことで驚きしかない。でもこれが本気であることは自分でも分かる。それに答えなければ。

 

なのに、それより先が出てこない。自分がイヴをどう思っているのか。好きだ。でもそれはイヴが自分に言ってくれた好きと同じなのか。同時に脳裏に浮かぶのはララの姿。イヴと同じぐらい、好きなはずの女の子。情けないと同時に羨ましい。自分の気持ちを伝えられるイヴが。そのまま静寂が流れる。永遠にも似た時間。それがいつまでも続くかに思えた時

 

 

「……心配しなくても、すぐに返事はいりません」

「……え?」

 

 

固まってしまっている自分に向けてイヴはそう告げてくる。そこに動揺はない。もしかしたら初めからそう言うつもりだったのかもしれない。

 

 

「……いきなりこんなことを言われたら、きっと私もすぐに答えられませんから。ただ、今の私の気持ちをあなたに伝えておきたかっただけです」

 

 

まるで謝罪するようにイヴは続ける。自分がすぐに答えられないことも分かった上で、それでも気持ちを伝えておきたかったのだと。あまりにも彼女らしい、優しさの形。そうさせてしまっている、自分の不甲斐なさ。

 

 

「そ、それと、えっちぃことをしていいと言っているわけじゃないですから! それだけは勘違いしないように!」

 

 

ぷいっと背中を向けながらイヴはいつものように自分に釘を刺してくる。言われなくても分かっているのだが突っ込む気力もない。きっとイヴなりの照れ隠しなのだろう。その証拠に、微かにだがイヴの身体が震えているような気がする。無意識なのか、変身で髪がざわついている。そして

 

「……ただ、今度キスしてくれる時があれば……とらぶるではなくて、貴方の意志でしてください」

 

 

一瞬立ち止まり、そう言い残したままイヴは部屋へと帰っていく。自分はそんなイヴを見送ることしかできない。あとには月明りだけ。今はもう、何も考えられそうにはない。

 

 

それが結城リトの長い一日の終わり。そして生まれて初めての女の子からの告白だった――――

 

 


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