もし結城リトのラッキースケベが限界突破していたら 【完結】 作:HAJI
「ん……もう、朝か……」
独り言をつぶやき、ただぼーっとベッドで横になりながら天井を見上げている。窓からは朝日が差し込んできているのできっと朝になったのだろう。ただそんなことがどうでもよくなってしまうぐらい、今の自分は違うことで頭がいっぱいだった。
(昨日のあれは……夢じゃなかったんだよな……?)
思い出すのは昨日の夜の出来事。ヤミからの告白。もしかしたら自分の夢だったのでは、と思えるほど信じられないもの。でもそれが夢でも幻でもないことは間違いない。なぜならあれから自分は一睡もできていない。ベッドに横になってもとても眠りにつけるような状態ではない。生まれて初めて女の子から好きだと言われたのだから。
(ヤミが……オレのことを……じゃあ、古手川が言ってたことは本当だったんだな)
いつか古手川が言っていた。ヤミは自分と一緒にいると楽しそうにしていると。自分では気づけなかったが、きっとそれは本当だったのだろう。メアが言っていたように、とらぶるを消費させてくれていたのも自分のため。考えれば考えるほどそれは思い浮かんでくる。ヤミがどれだけ自分のことを大切にしてくれていたのか。
『私は……貴方が好きです、リト』
ふとあの告白が頭をよぎる。瞬間、胸が高鳴り、顔が熱くなってくる。鏡があればきっと真っ赤になっている自分の顔が映っているのだろう。慌てて頭を振って誤魔化そうとするもこの感情を抑えることができない。
(女の子に好きになってもらえるなんて……絶対ないと思ってたのに……)
とらぶるがある自分は嫌われることはあっても、好きになってもらえることなんてあり得ない。中学のあの日からずっとそうあきらめてきた。でも、今その夢が叶った。だからこそ、ちゃんとヤミの気持ちに答えなければ。
(返事はまだいいって言ってたけど……あんまり待たせちゃ失礼だよな。女の子に恥をかかせちゃってるんだし……)
自分が悩むことまで見越してきっとそう言ってくれたのだろうが、それにずっと甘えるわけにもいかない。これでも一応男なのだから。自分がヤミのことをどう思っているのか。きちんと向き合おう。でもそれと同じぐらい、気になってしまうことがある。それは
(そういえば……ララ、今日は遅いな。いつもならもう来る時間なのに……)
ララのこと。自分にとっては恩人であると同時に嘘の婚約者候補の振りをしている女の子。もしヤミと付き合うことになったら、ララにもきちんと言わなければいけないだろう。
『そういえばリトには好きな人はいないの?』
『……え?』
『だから好きな人だよ。わたしだけじゃ不公平でしょ? だからリトに好きな人ができたらいつでも言ってね。婚約者候補の振りはやめてもいいから』
『そ、そうか……分かった。今はオレ、好きな人はいないから……』
『うん。あ、でも心配しないでね。リトに好きな人ができても、とらぶる治すのは手伝ってあげるから!』
いつかお見舞いの時のララとのやり取りを思い出す。あの時は自分に好きな人ができるなんて考えもしなかった。でも、もしそうなったらララとの婚約者候補の振りもできなくなるだろう。ヤミと付き合いながらララとも婚約者候補の振りをするなんてあり得ない。それでもとらぶるを手伝ってあげると言ってくれるのがララらしいといえばらしい。
(待てよ……? もしそうなったら、とらぶるをどうすればいいんだ……?)
いくらララが気にしなくても、ヤミと付き合っているのにとらぶるとはいえ他の女の子とえっちぃことをするのはいかがなものか。かといってヤミにそれを頼むのも何かおかしい。というか引き受けてくれるのかどうか。引き受けてくれてもそれはそれで問題があるような気もする。最悪、消費できなくても気を付ければ何とかなるかもしれないが不安は拭えない。
(これ以上考えても仕方ないか……とりあえず、下に降りよう……)
寝不足でうまく回っていない頭でこれ以上考えても仕方ない。目覚まし代わりに一度顔を両手で叩いてから着替えを済ませて一階に降りることにする。ララももうすぐやってくるだろう。そんな中
「あ」
階段の先にちょうどヤミが通りかかる。思わず変な声を上げてしまったが誤魔化しきれない。そのままヤミと視線が交差するも何故かどぎまぎしてしまう。思わず階段を踏み外してしまいそうなほど。
「……おはようございます、結城リト。プリンセスは一緒じゃないんですか?」
「え? あ、ああ! 今日はまだ来てなくてさ! 寝坊でもしているのかもな、はは……」
「そうですか。ならリビングで待っていればいいでしょう。先に行っています」
そんな自分とは対照的にヤミはいつも通りに淡々としている。もしかしたらやっぱりあれは夢だったかのような有様。だがふと目に入るのはヤミの目。それが赤く充血している。自分と同じ、寝不足の証。どうやらヤミもまた自分と同じような状態らしい。普段通りなのも演技なのだろう。ヤミらしい気遣い。
「おはようリト、ヤミさん……って二人ともどうしたの? 目が真っ赤だけど……」
「いやその……ちょっと寝不足でさ」
「私も同じです。少し遅くまで本を読みすぎてしまいました」
挨拶してきた美柑が自分たちの顔を見るなり驚いてしまっている。どうやら思ったよりも酷いことになっているらしい。初めから言い訳を考えていたのか、自分とは違いそのままいつものようにヤミはソファに座って本を読み始めててしまう。流石だなと感心するも本が逆さになってしまっていることに気づいて慌てて直している姿はどこか小動物のよう。とりあえず自分もいつものように読書することにしようと定位置につこうとした瞬間
「おはようみんな! パパとお話ししてたらちょっと遅くなっちゃった!」
いつものように騒がしくしながらララが我が家へとやってくる。でもなんだろうか。いつもより元気が増しているような気がする。デビルーク王との話というのも気になるがとりあえずは前のように病気で来れないわけではなかったようなので一安心。しかしすぐに呆気に取られてしまう。なぜなら
「ナナに、モモ……? どうしてお前たちがいるんだ……?」
ララに続くように、双子の妹であるナナとモモもやってきている。一体何事なのか。
「なんだ、あたしたちがこっちに来ちゃいけないのか?」
「そ、そんなことはないけど……」
「もう、ナナったら素直じゃないんだから。おはようございます、リトさん。わたしたち、お姉様から話があるっていうのでついてきたんです」
「ララから話……? それなら別にこっちじゃなくて、デビルークですればいいんじゃ……?」
「あたしもそう言ったんだけど、姉上、全然話聞いてくれないんだ。まだ眠いのにさ……」
寝起きで機嫌が悪いのか、ただでさえ釣り目なナナは目つきが凄いことになっている。それを宥めながらいつものように微笑んでいるモモ。久しぶりの再会だが元気そうだ。それはさておき
「で、話って何なんだララ? 邪魔ならオレたち席を外すけど……」
よく分からないがナナ達と話があるなら自分たちは席を外した方がいいのでは、とララに尋ねるも
「ううん、みんなここにいてほしいの。みんなに聞いてほしいことだから」
ぐるっとその場にいる全員を見渡してからララはそう宣言する。この場にいる全員に伝えたいこと。一体なんだろうか。また泊りがけでどこかに遊びに行くとかそういう話なのか。自分以外のみんなも気持ちは同じなのか、首をかしげながらララを見つめている。それを知ってか知らずか
「うん、実はみんなにわたし、謝らなきゃいけないことがあるの。わたしとリトは婚約者候補じゃないの。嘘をついててごめんなさい」
頭を下げながらララはその場にいる全員に向かっていきなり謝り始める。いきなりの出来事に自分はもちろん、他のみんなも目を丸くしてしまっている。当然だ。今ララが口にした言葉はそれだけの意味がある。
(な、なんでいきなりみんなにバラしたりしてるんだ!? そんなことしたら……!)
嘘の婚約者候補。はっきりいってこの場にいる全員がそのことは既に知っているのだが知らないふりをしてくれていたこと。だがそれを明かしてしまえばこれまでの前提もこれからのことも全部壊れてしまう。セフィさんはもうしないと言っていたが、もしかしたら遠からずまたお見合いの日々が始まってしまうかもしれない。とらぶるを治してくれるという約束もそれに含まれていた。
「わたし、お見合いが嫌でリトに無理言って婚約者候補の振りしてもらってたんだ。その代わり、リトのとらぶるを治すの手伝ってあげる約束してたの。でももう止めるね、リト。今までいろいろありがとう」
そのままえへへ、と困った顔をしながらララは自分に対して謝ってくる。だがこっちはいきなりのことに混乱するだけ。一体何がどうなっているのか。デビルーク王との話というのもこれだったのか。
(もしかして……ララ、昨日のことでもう嫌になっちゃったんじゃ……それとも、本当に好きな人ができたのかも……)
思い当たるのは昨日の風呂場での出来事。キスをしてほしいというのを断ってしまったこと。そのことでもしかしたら自分のことを嫌いになっってしまったのではないか。それとも、本当に好きな人が見つかっていつか言っていたように婚約者候補の振りをする必要がなくなったのかもしれない。だがそれはきっとララにとっては喜ばしいこと。能力とはいえ、ララにとらぶるすることは本人はともかくよろしくないこと。これはただ、あの時の約束の終わりが来ただけ。なのにどうしてそれが寂しいと思う自分がいるのか。
「ララ……お前」
「それでね、わたし、リトにはっきり言っておきたいことがあるの!」
「言っておきたいこと?」
「うん! この場所で言うのが一番正しい気がするの。ここは初めてリトに会った場所だから」
そう言いながら、ララは何故か目をつぶってしまう。初めて会った時のことを思い出しているのか。厳密にいえば会ったのは風呂場なのだがそんなことを口にする空気ではない。こんな改まったララは初めて見る。でも、昨日の風呂場でキスを待っていた時の雰囲気。それを纏いながら
「わたしリトの事が好き……宇宙で一番好きです……」
ララは頬を染めながら、それでも微笑みながら真っすぐに自分を見つめて告げてくる。好きです、と。これ以上にないくらいはっきりと迷いなく。今までララが言ってきた好きではない、本当に自分を一人の男の子として好きだという言葉。宇宙で一番なんて他の人なら口しただけで嘘くさくなる言葉も、ララであれば本気なのだと感じられる。
あまりにも突然の告白に自分はもちろん、他のみんなも度肝を抜かれてしまっている。美柑は知らず洗い物を落とし、ナナは顔を真っ赤にして口をパクパクさせ、モモはまあ、と言いながら口元を手で押さえている。ただ一人分からないのはヤミ。自分の後ろにいるヤミが今、どんな顔をしているのか見ることはできない。知らず、顔が赤くなり、背中は汗で滲んでしまう。恥ずかしさからか、それとも後ろめたさからか。
「ララ、オレ……」
みんなからの視線を受けて、知らず声が震えてしまう。思考が定まらない。だってそうだ。昨日、ヤミに告白されたばかり。なのに半日も経たない内に今度はララから好きだと言われてしまった。それにどう答えればいいのか。
「うん、大丈夫だよリト。わたし、知ってるもん。リトには今、好きな人がいないんだって」
「……え?」
そのままララは続ける。思い出すのは昨日のやり取り。今の自分は誰ともキスするつもりはないとララに言った。それはつまり、今の自分には好きな人はいないということ。だからララは今この場で自分に好きだと言ってもらえるとは思っていない。
「だからわたし、リトに好きになってもらえるように頑張るね! だからもしわたしのこと、好きになってくれた時にはキスしてください」
だからこれはララにとっては告白であると同時に宣言。これから自分に好きになってもらえるように。恋する女の子としてのララの第一歩。ある意味、昨日ヤミからされた告白と同じでありながら、方向性は全く違うもの。みんなの前で告白しているのに、全くそれを気にしていない。きっと、ララにとってこの告白は恥ずかしいことではないのだろう。
ララとヤミ。自分にとって大切な女の子。同じように自分を好きだと言ってくれた存在。分からない。自分の気持ちが。どうすればいいのか。できるのはただその場で固まることだけ。それを勘違いしたのか。
「あ、心配しないで! 婚約者候補じゃなくなっても、ちゃんととらぶるを治すのは手伝うから! じゃあ今日の分しちゃおっか?」
「っ!? ちょ、ちょっと待て!? なんでそうなる!? 今はそれどころじゃ」
「ちゃんと事故キスしないように気を付けるから♪ じゃあ行くよ!」
それまでの空気は何だったのか。それとも一通り言いたいことを言って満足したのか。ララはそのまま自分にとらぶるを消費させるために近づいてくる。それに抗う術はなくそのまま久しぶりにリビングでとらぶるをかましてしまう。今度は違う意味でリビングは混乱に陥る。だがそんな最中
「……えっちぃですね」
いつも通りで、いつもとは違うヤミのつぶやきが聞こえたような気がした――――
作者です。今回でひとまず切りがいいところまで進むことができました。以前書いたように、このSSではリトの初恋がなかったせいでララとヤミのスタート地点がほぼ同じ。どっちが選ばれてもおかしくない三角関係を書いてみたいというのがこのSSを書き始めた理由の一つでした。そのためエンディングは複数、本編の時間で12月24日から分岐するような形でプロットを作っています。皆さんの反応を見ながらどのエンディングにするか決めるつもりです。楽しみにしていただけると嬉しいです。では。