もし結城リトのラッキースケベが限界突破していたら 【完結】   作:HAJI

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第五話 「期待」

「どういうことか、聞かせてくれるかしら? アナタ♪」

 

 

見れば男であれば魅了されずにはいられない笑みを浮かべながらも、セフィからは全く笑っていないのだろうとわかるほどの負のオーラがにじみ出ている。なまじ笑顔である分その怒りがすさまじいものであることがその場にいる全員に伝わっていく。

 

 

「ママ! おかえりなさい!」

「よ、ようセフィ! 確か今日は他の星の連中との講和会議があるんじゃなかったか?」

「ええ。でも先方の都合が悪くなって延期になったの。おかげで予定よりも早く帰ってこれたわ」

 

 

驚きながらも喜んでいるララとは対照的にギドはまるで何事もなく話しかけようとしているが動揺を消し切れていない。対してセフィもまた変わらずやわらかい笑みを浮かべているだけ。

 

 

「ま、早く帰ってこれたならちょうどよかったぜ。今ちょうどララの奴が例の婚約者候補を……」

「ええ、それも早く帰ってきたかった理由でしたから。とりあえずさっきの話はあとでゆっくり聞かせていただくとして……」

 

 

何とか矛先を変えて誤魔化そうとするもセフィには全く通じない。長年の付き合いであるからこそギドはセフィにだけは頭が上がらない。もっとも頭が上がらないだけであって自分の行動を決して改めようとしないあたりがギドらしさといえるのかもしれない。

 

そんなギドを尻目にセフィはその雰囲気を変えながらゆっくりとリトへと近づいていく。その所作からは気品が、オーラがにじみ出ている。見る人を虜にするような魔力がそこにはある。それこそがデビルーク王妃であるセフィの姿。

 

 

「初めまして、結城リトさん。ララからお話は伺っています。私はララの母、セフィ・ミカエラ・デビルークといいます」

 

 

リトに向かって微笑みながらセフィは挨拶を告げる。ヴェールで顔を隠してもそれは明らかだった。そしてリトの会うことが今、セフィが忙しいスケジュールの合間を縫ってでもここまでやってきた理由。ギドはどこか面白半分ではあったがセフィは真剣にリトがララの婚約者候補にふさわしいかどうか、その人となりを確かめたいと考えていた。だが

 

 

「…………」

 

 

いつまでたってもリトはセフィに反応しない。挨拶を返すどころか身動き一つしない。まるで石になってしまったかのように固まってしまっていた。

 

 

「? どうしたのリト? どこか具合でも悪いの?」

「…………」

 

 

流石に心配になったのかララがリトに話しかけながら触るも全く反応しない。しかし、わずかに変化が生じ始める。なぜか体は震え、額に汗が滲み始めている。まるで獲物を前にした肉食獣のように。そしてその光景を誰よりも知っているのがセフィだった。

 

 

(ま、まさかリトさん……私の美しさにアテられて……!?)

 

 

チャーム人であるセフィの能力である魅了。チャーム人の素顔を見た異性はその虜になってしまう。そうなれば最後、魅了された者は理性なくチャーム人を求めるケダモノと化す。ヴェールをしていることで効果を抑えているのだがもしかしたらリトにはそれでも効果が強すぎたのかもしれない。

 

 

(こ、このままじゃ私、娘の婚約者候補に○○○や☓☓☓☓☓とかされちゃう!? そんなのダメ!? 義理の息子になるかもしれない男の子にそんなことをされちゃ……!?)

 

 

このままではリトによって襲われ蹂躙されてしまうのは避けられない。娘の婚約者に襲われるなんてあってはならない。そんな禁断の愛は許されない。だがそれを成し得てしまうのがチャーム人であるセフィの能力。美しすぎるが故の罪。美しすぎる自分が憎い。セフィがそんな葛藤を抱えながらもなんとかその場から離れ、ギドに助けを求めようとしたその時

 

 

「ご。、ごめんなさい!? 失礼します!!」

 

 

絞り出すように絶叫しながらリトはそのまま脱兎のごとくその場から逃げ出してしまう。その速度は尋常ではない。まるで何かに襲われるから逃げ出すように必死の形相でリトは部屋から飛び出しいなくなってしまった。

 

 

「…………え?」

 

 

後には事情が理解できないセフィ、ララ、ギドの三人だけが残される。とりわけセフィは何が起こったのかわからず呆然としている。だが

 

 

「クク……ハハ、ハハハハハ!! 男から逃げられるチャーム人なんて聞いたことねえぞ!? いつも『美しさは罪』とか言ってるくせにあんな小僧に逃げられるなんてな!!」 

 

 

ギドは心底おもしろくてたまらないとばかりに腹を抱えて笑い転げている。リトの行動もだがそれ以上にセフィの滑稽さがツボにはまったように。その様子にセフィはすぐに意識を取り戻し、同時に理解する。リトの行動の本当の意味。

 

 

そう、リトはセフィに襲い掛かろうとして猛り震えていたのではなく、セフィから逃げ出そうとして怯え震えていたのだと。

 

 

「もう、パパったら笑いすぎだよ!? それよりも早くリトを探しに」

 

 

全く収拾がつきそうにないギドに見切りをつけ、ララが逃げ出してしまったリトを探しに行こうとした時

 

 

「…………あり得ないわ」

 

 

ぽつりとセフィは呟く。そこには既にララが知っている母の姿はなかった。あるのはただ

 

 

「私の美しさから逃げ出すなんて……許せない!」

 

 

女としての、チャーム人としてのプライドを傷つけられたことに闘志を燃やすセフィの姿だけ。これまでチャームの能力によって危険な目にあってきたとはいえ魅了はセフィにとっては自らの一部も同然。それが効かなかったのならまだ分かる。だがそれでも男から言い寄られることが常であったセフィにとって、例え息子のような年の男の子であっても男性から逃げられるなどあってはならないこと。ぶっちゃければ自信過剰なだけだった。

 

 

ドレスの裾を両手で持ちながら走り出していってしまった姿にもはや王妃の貫禄はない。それでもはしたなさを感じさせないのはやはり宇宙一美しい女性といわれるだけはあるのかもしれない。

 

 

「いいのパパ? ママが走って行っちゃったけど?」

「ケケ、ほっとけほっとけ。こんな面白い見世物めったにねえぞ! あんなに取り乱してるセフィなんて結婚前以来だしな!」

 

 

自らの妻が娘の婚約者候補を追いかけまわすという意味不明の光景がツボにはまったのか、ギドは完全に観戦モード。もっとも本音はこのまま放っておけばさっきの自分の発言も有耶無耶にできるかもしれないという狙いもあったのだが。

 

 

『し、しかしギド様、リト殿が誤ってセフィ様の素顔を見られてはまずいのでは?』

 

 

そんな中、残ったメンバーの中では唯一の常識人(?)であるペケが進言する。取り乱しているセフィはもちろんだがそれ以上にリトにはとらぶるという名のラッキースケベという能力がある。危険があるのではないか。

 

 

「ま、大丈夫だろ。心配すんな。あいつがいるかぎり悪いことにはならねえさ」

 

 

不敵に笑みを見せながらギドは宣言する。その言葉の意味を知ることなく、チャームの女王とラッキースケベの地球人の鬼ごっこが開幕したのだった―—――

 

 

 

 

「ハァッ……! ハァッ……!」

 

 

息を乱しながらも必死にただ走り続ける。もうここがどこでなんで自分が逃げているのか分からなくなりながらもただ走る。それほどまでに先ほどのセフィとの対面は衝撃的なものだった。

 

 

(な、何だったんだ一体!? よ、よくわかんないけどあのままだとまずかったのだけは間違いない! な、なんでかはわからないけど!!)

 

 

自分でも何が起こったのか分からない。セフィと対面しただけで自分はまるで蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなってしまった。見えない力が働いたかのよう。とらぶるが起こるときに感じる力とは比べものにならない別の力。あの場にいたくない。そう感じてしまう何かがあった。だが

 

 

(もしかしてオレ、とんでもなく失礼なことしちまったんじゃ……!? やっぱり今からでも謝りに、い、いや……! さっきみたいな感じになったらオレ、耐えられないかも……!?)

 

 

客観的に見てとんでもないことをしでかしてしまったことは間違いない。ララの母でありギドの妻。デビルーク星の王妃を目の前にして逃げ出すという無礼を働いてしまったのだから。国王であるギドに関しては何とかなったがまさか母親の方でこんなことになるなんて思ってもいなかった。

 

 

「はあ……どうしてこうなっちまうんだろうな……」

 

 

走る体力も尽き、とりあえず近くの休めそうな場所を探す。愚痴を言っていても仕方ない。あたりを見渡すとそこには広い庭園がある。どうやらがむしゃらに走っているう内に王宮から抜け出していたらしい。とにかく適当な木の陰で休むことにしよう。後のことは休んでから考えよう。そんな風に考えながら木のふもとで腰を下ろそうとした瞬間

 

 

目の前に見たことのない明らかに地球の生き物ではない動物が現れた。

 

 

「え?」

 

 

大きな口に牙。何よりもその容姿。どこかで見たことがある。そう、それはまるで仮想の存在であるドラゴン。なぜそんな生き物がここにいるのか。いろいろなことが頭を巡るが分かることはただ一つ。今、自分がまさに食べられようとしているということだった。

 

 

「ちょ、ちょっと待っ―ーーー!?」

 

 

何とか抵抗しようとするが間に合わない。走馬燈にも似たものが脳裏を駆け巡るのと同時に

 

 

「おーい、ドラ助! 勝手に先に行くなよ、追いつけないだろ!」

 

 

そんな甲高い少女の声がこちらに向かって響き渡る。それが誰なのか確認する間もなく、目の前のドラゴンは踵を返し少女のもとへと戻っていく。さながら飼い犬が主人の元へと帰っていくよう。

 

 

(た、助かったのか……?)

 

 

とりあえず名の危険が去ったことで腰が抜けその場に座り込んでしまう。宇宙で一番強いギドに危険な目に会わされる可能性は考えていたがまさかこんなトラブルに巻き込まれるなんて想像することなどできるわけがない。

 

 

「なんだお前? ここはデビルークの王宮だぞ。なんでお前みたいなやつがいるんだ?」

 

 

そんな自分の心境を知ってか知らずか、ドラゴンを隣に連れた少女がいぶかしみながらもこちらを見つめている。年は美柑より少し上ぐらいだろうか。ピンクの長い髪のツインテール。顔からはどこか子供っぽさと同時にやんちゃさが感じられる。綺麗というよりは可愛らしい、そんな言葉が似合う小柄な少女。

 

 

「え? えっとそれは……その……!?」

「見たことない格好してるし……お前、もしかして不審者か!?」

「ち、違う!? お、オレは……!」

 

 

挙動不審な自分を怪しく思ったのか少女は警戒した様子でじりじりと後ずさりしていく。だがよく考えれば今の自分は不審者以外の何物でもない。たった一人でデビルーク人でもない男が王宮の庭園でうろうろしているのだから。しかしこのままではまずい。何とかして誤解を解かなければ。そんな中、ようやく気付く。それは尻尾。見覚えのある尻尾が少女のスカートの下から見えている。同時に少女の容姿。そこによく知る誰かの面影が見える。はちゃめちゃさでは他の追随を許さないであろうピンクの小悪魔。

 

 

「もしかして君……ララの妹さん……?」

「え?」

 

 

その名前が出た瞬間、少女はきょとんとした顔でこちらを見つめてくる。それが自分とララの妹、ナナ・アスタ・デビルークの忘れたくても忘れられないであろう強烈な出会いだった――――

 

 

 

 

「そっか、姉上の知り合いだったんだな! それならそうと早く言えよ。危うくドラ助に退治してくれるようにお願いするところだったぞ」

「そ、そうか……それは助かった。ちょっと、その……道に迷ってここで休んでたんだ」

「ふーん、ま、ここは広いからな! あたしもたまに迷うことがあるから気持ちはよくわかるぞ!」

 

 

うんうんと同意してくれる少女、ナナ。さっきまでの剣呑さはどこにいったのか。ララの名前を出した途端、まったく警戒心がなくなってしまっている。こちらとしては助かるのだがまるでだましているようで気が引けてくるのは何故だろう。悪い人に騙されないか心配になってしまうくらい子供っぽい、ではなく純粋な娘なのかもしれない。この場合、悪い大人は自分になるのかもしれないが。

 

 

(流石に君のお母さんから逃げてここまで来たんです、なんて言えないしな……)

 

 

心の中で罪悪感を覚えながらもそう言い訳するしかない。

 

 

「そういう君はなんでこんなところにいるんだ?」

「…………ナナ」

「え?」

「あたしの名前だよ! ちゃんと名前で呼べよ! 気持ち悪いから」

「わ、分かった……ごほんっ、ナナはここで何してたんだ?」

「ドラ助の散歩だよ。この時間は散歩の時間だからな」

「さ、散歩か……もしかして、そのドラ助ってナナのペットなのか?」

「ペットじゃないぞ。友達だ」

「友達?」

 

 

どこか自慢げに胸を張っているナナの姿に呆気にとられながらも隣に座っているドラ助ことドラゴンに目をやる。デビルークではこういったペットを飼うのが普通なのかと思ったのだが違うのだろうか。友達、という言葉の意味を訪ねようとした時

 

 

(あ、あれは……!? セフィさん!? まさかこんなところまで追いかけてきたのか……!?)

 

 

ここから少し離れたところに見間違えるはずのない容姿をした女性、セフィが現れる。しかもきょろきょろとあたりを見渡しながら小走りをしている。間違いなく自分を探しているのだろう。そんなに怒らせてしまったのだろうか。ともかくこのままでは見つかってしまうのは時間の問題。

 

 

「ご、ごめんナナ! オレ、ちょっとそこに隠れてるから後頼む!」

「え? 隠れるって、何から隠れるんだよ? もうドラ助は襲い掛かったりなんか」

 

 

詳しく説明してる暇はないので半ば強引にその場から離れ、木陰に身を隠す。さっさと謝ったほうがいいのは分かっているがどうしても本能的にそれができない。ナナも状況が理解できず首をかしげている。そして

 

 

「あれ、母上? 母上だー! しばらく帰ってこれないんじゃなかったの―!?」

 

 

ナナは視線の先に母であるセフィを見つけ、笑みを見せながら走り寄っていく。年相応の子供のような姿。

 

 

「ナナ? どうしたのこんなところで?」

「いつもの散歩だよ。それよりも母上こそどうしたの? なんか慌ててるみたいだけど……また仕事?」

「いえ……そうではないんだけど……そうだ。ナナ、この辺りで地球人の男の子を見なかった? その子を探してるんだけれど」

「地球人の男の子……? それってもしかして」

 

 

久しぶりの母との再会で上機嫌になっていたナナだが地球人の男の子の話を聞き、そのまま自分が隠れている場所に視線を向けてくる。だがもはや言い訳することもできない。また走って逃げださなければ。そう覚悟を決めかけるも

 

 

「…………あたしは見てないけど、その男の子がどうかしたの?」

 

 

どこか呆れ気味な態度を一瞬見せながらナナはそんなことを口にする。

 

 

「そう……大したことじゃないの。ごめんなさい、今は時間がないからまた今度帰ってきたときにゆっくりお話ししましょうナナ」

「分かった、約束だからな母上!」

「ええ、約束するわ」

 

 

そう言い残しながらセフィはまた小走りに違う場所に向かって走っていく。それを見届けた後、何とかこの場を乗り切ったことに安堵するしかない。これでもうしばらくは見つかることはないだろう。しかし

 

 

「……どういうことかちゃんと説明してくれるんだろうな。あたし、母上に嘘をついたの初めてなんだぞ」

 

 

ジト目で不満げに頬を膨らませたナナが腰に手を当てながらこちらをにらみつけている。それを前にして嘘をつくことなどできるわけがない。自分を助けてくれた小さな恩人に正直に白状することにするのだった――――

 

 

 

 

「お前変なやつだな……母上から逃げる男なんて初めて見たぞ」

「そ、そうなのか……?」

「母上はチャーム人っていう種族で異性を虜にする力を持ってるんだ。母上の顔を見たやつはみんなケダモノになっちまうんだからな!」

「ケ、ケダモノって……そんなにやばいのか?」

「当たり前だ! もしケダモノになった男がいたらあたしが退治してやるけどな!」

 

 

自信満々に宣言しているナナには頭が下がるがこちらとしては血の気が引く話だ。理性がなくなってケダモノになるのはともかく、この娘に退治されるのは勘弁してほしい。そもそも自分にはある意味チャーム以上に厄介な力があるのだから。

 

 

「? なんでそんなに離れるんだ? 心配しなくてもあたしにはチャームの力はないぞ?」

「い、いや……ちょっとオレ風邪気味で、うつしちゃいけないと思って」

「そっか。でもデビルーク人は体が強いから心配しなくていいぞ。離れてたらちゃんと話ができないだろ」

 

 

何とかとらぶるの範囲外になるように距離を取ろうとするも、ナナは気にすることなく自分に近づいてくる。言い訳も全く通じない。いつかララが言っていた言葉を思い出すような言動と行動に改めて理解する。間違いなくナナはララの妹なのだと。

 

 

(さっきララにしたばっかりだからまだしばらくはとらぶるは起きないはず……起こる前にここを離れれば何とか……)

 

 

幸いにもとらぶるは消費したばかり。まだしばらくは猶予があるはず。最近はその予兆も感じるようになってきたので何とか対応できるはず。本当ならこの場からすぐに逃げ出すべきだがそんなことをすれば間違いなくナナは自分を追ってくる。まだ会って間もないがそのぐらいは想像できる。何よりも会ったばかりの自分のために嘘をついてくれたナナに申し訳ないというのが本音ではあったのだが。

 

 

「分かった……そういえば、さっき言ってた友達ってどういう意味なんだ?」

「だから友達だよ。ペットじゃない。あたし、母上みたいにチャームの能力はないけど、代わりに動物と話すことができるんだ」

「っ!? ど、動物と話せるのか!? ほ、ほんとに!?」

「ほ、ホントだけど……なんでそんなに驚いてるんだ?」

「だって動物と話せるんだろ!? いいな……オレもそんな能力が欲しかった……」

 

 

心の底からそう本音が漏れてしまう。ララは宇宙にはいろいろな能力があるといっていたがその中でも自分の能力は間違いなく最低の部類だろう。何の役にも立たない。セフィのチャームもデメリットは大きいが、メリットにできる部分もある。比べるのもおかしな話だが役に立たないという意味ではとらぶるの方が圧倒的だろう。だがそれ以上にナナの能力は魅力的なものだった。

 

 

「そ、そうかな……? もしかしてお前、動物が好きなのか?」

「そうだな。学校ではいつも飼ってる動物の面倒を見るのが楽しみだし……うん」

 

 

自分の力が褒められたからなのか、ナナは顔を赤くして照れくさそうにしている。そんな姿を見ながらも自分の学校生活を思い出して言葉に詰まってしまう。動物が好きなのは間違いないが、それが進んでしまったのはこのとらぶるが原因の一つ。動物ならとらぶるを起こすこともないため安心して接することができたからなのだがそれは言わないほうがいいだろう。

 

 

「そういえばお前、地球人なんだろ? 地球てどんな動物がいるんだ!?」

 

 

動物好きという共通点があったからか、ナナは目を輝かせながら次々に話しかけてくる。どんな動物が好きか。どんな動物の友達がいるのか。王宮では勉強ばかりで退屈しているとか。モモという双子の姉妹がいて、自分のことをお子様扱いしてきて困っているとか。

 

 

聞いているだけでこちらが元気になってしまうような雰囲気をこの娘は持っている。同時に思い出すのは妹の美柑の姿。そういえば美柑も小さいころにはこんな風にはしゃいでいた。ここ数年は引きこもっていたせいで忘れかけてしまっていた記憶。それを思い出させてくれただけでもナナには感謝してもしきれないかもしれない。

 

 

「でも動物の声が聞こえるんならいい獣医になれるかもしれないな」

「ジューイ?」

「動物のお医者さんみたいなもんかな。ナナなら動物に直接症状も聞けるし、向いてると思うけど」

 

 

ふと思いついたことを口にする。動物の声を聴くことができる、話すことができるナナならこれ以上に適している職業はないのではと思えるもの。

 

 

「でもお医者さんってことは頭がよくないといけないんだろ? あたし勉強嫌いだしなー」

「オレも成績よくないからナナのことは言えないな。獣医になるには今のままじゃなー」

「え? リトは獣医になりたいのか?」

 

 

ナナの言葉に思わず考え込んでしまう。そう、獣医という職業が出てきたのは自分が将来なりたいものとして考えていたものの一つだったから。同時にこの能力があっても就けるかもしれないという逃げの中で選びかけた答えの一つ。結局は人と付き合うことからは避けられないとあきらめかけていたもの。でも今は、少しだけ違う。ララという女の子と出会ってから自分の世界は少しづつ変わっていっている。

 

 

「そうだな……なれたらいいなと思ってる職業の一つ、かな」

 

 

もしかしたら自分にもと、ほんちょっとの期待を抱けるぐらいには。

 

 

「――――」

「? どうしたんだ、ナナ?」

「っ!? な、何でもない! うん、そっか……ちょっと考えてみようかな……」

 

 

何かに気を取られたようにぼーっとしていたナナだがすぐにぶんぶんと顔を振りながらそんなことを呟いている。まあまだ焦ることはないだろう。自分も、ナナも。特にナナはまだ地球でいえば中学生ぐらいの年齢のはず。

 

 

「あ! そ、そうだ! 名前!」

「名前?」

「お前の名前をあたしまだ聞いてないぞ! あたしは教えたのに不公平だ!」

 

 

そういえばと自分も思い出す。もっとも名乗る暇がないほど目の前の少女が元気すぎただけなのだが口には出さないほうがいいだろう。

 

 

「結城リトっていうんだ。リトって呼んでくれたらいいぞ。オレもナナのこと名前で呼んでるし」

「リト……リトか。よし、覚えたからなリト!」

 

 

本当なら年上なのでさん付けさせるほうがいいのかもしれないが、ナナにさん付けされるのも変な気がするのでこれでいいだろう。そんなことを考えていると、覚えがある感覚が全身を支配する。

 

 

とらぶる、というララが名付けてくれた自分にとってはこれからも付き合っていかなければいけない半身が。

 

 

「っ!? ど、どうしたんだリト?」

 

 

いきなり立ち上がって後ずさったからだろう。ナナは驚きながら目をぱちくりさせている。どうやら間一髪だったらしい。もしここでとらぶるをかましてケダモノ認定されたらどうなるか想像するだけで恐ろしい。

 

 

「ご、ごめん!……遅くなってきたからそろそろ帰ろうと思って……」

「あ、そっか……もうこんな時間なんだな……」

 

 

気が付けば日が傾き空も暗くなりつつある。デビルーク星と地球は時間の周期は同じらしいので地球も同じように夜になろうとしている頃のはず。そろそろ帰らなければ美柑が心配する。というかどうやって帰るかが問題ではあるのだが今はこの場を離れることの方が重要だった。

 

 

「じゃあな、ナナ。ありがとう、助かったよ」

 

 

成り行きではあったがこんなに誰かと話したのはララ以来だろう。助けてもらった(襲われかけたのはなかったことにしよう)ので本当に助かった。そんな感謝の言葉。だが

 

 

「…………」

 

 

ナナはそんな自分の言葉に何も返事をしない。ただ何かを考えているように難しい顔をしながら口をもごもごさせている。気にはなるがいつまでもここにいてはいつとらぶるが起こるかわからない。仕方なくそのまま踵を返しその場から離れていく。もう互いの姿が見えなくなるような距離になろうかとした時

 

 

 

「リトー!! また会い……遊びに来いよー! 約束だからなー!」

 

 

 

手を振りながら、精一杯に声を出しながらナナが見送ってくれている。どうやら面と向かってお別れを言うのが恥ずかしかったらしい。

 

そんなもう一人の妹ができたような気分に浸りながら、こちらも手を振って返しその場を後にする。別れを惜しむ必要はない。自分がララの婚約者候補である以上、きっとまた会う機会はあるのだから――――

 

 

 

 

「さて……どうしたもんかな……」

 

 

とりあえず王宮が見える位置の庭園でどうしたものかと途方に暮れる。地球に帰るにしても何にしてもとりあえずは戻らなければ。ここまできたらもう後は野となれ山となれ。勢いのまま王宮の中に足を踏み入れようとした瞬間

 

 

「あ、リト! やっと見つけた♪」

「ら、ララ!? ちょっと待っぶっ――――!?!?」

 

 

それよりも早く高速の飛行物体が上空から自分に向かって突撃してくる。それを避ける術は恐らく地球人にはない。加えてその勢いで地面を転がりまわってしまう。もちろんララに抱つかれながら。後はもはや口にするまでもない。違いは自分から巻き込むか、巻き込まれるかの違いだけ。

 

 

「もう心配したんだよリト!? 急にどこかに行っちゃうんだから!」

「そ、それは謝るけど……もうちょっとこの出迎えはどうにかならなかったのか?」

「だってもうリトのとらぶる、溜まってたでしょ? ならわたしの方からしたほうがいいかなって思って。いつものお返しだよ?」

「お返しか……ははっ、確かにそうかもな」

 

 

ララの言葉がおかしくてつい笑ってしまう。きっと自分のとらぶるに対してお返しなんてしてくるのはララくらいのものだろう。それにしてもやりすぎだとは思うが、地球人とデビルーク人の身体能力の差だろうか。そんなことを考えているとララは一瞬驚いたような表情を見せた後、今まで見たことのないような満面の笑みを浮かべている。

 

 

「な、何だよ……? 何かいいことがあったのか?」

「うん! だってわたし今、リトが笑ってるとこ初めて見たんだもん!」

「え……?」

 

 

そこまで言われてはじめて気づく。そういえば自分はずっと笑っていなかったのだと。いつからかわからないぐらい、長い間。そのことにこの短い間にララは気付いていたのだと。

 

 

「あ、そういえばママが言ってたよ。また時間ができたら今度は地球に行くからよろしくって」

「そうか……セフィさん怒ってたか?」

「ううん、ただいつもより元気そうだったかな? パパも面白がってたし、また遊びに来いって! 来なかったらこっちから行くって言ってた!」

「…………」

 

 

もはや言葉も出ない。とりあえず第一次面接は通過したがどうやら本番はこれかららしい。なによりも意識しないようにしているがもういろいろと限界だった。自分に覆いかぶさっているララの二つの大きな胸の塊が押し付けられ形を変えている。本当にナナと姉妹なのか疑ってしまうほどのプロポーション。

 

 

「……そろそろ重いからどいてくれるか?」

「あ、リト女の子にそんなこと言ったらいけないんだからね!」

 

 

まずは羞恥心を持ってからいうべき言葉だろうと心の中で突っ込みを入れるしかない。ようやく解放され、とらぶるに巻き込まれる側の気持ちが少しだけ分かった気がしたのも束の間。目の前に白い手が差し出されている。

 

 

「さ、帰ろうリト!」

 

 

それが当たり前であるようにララは自分に手を差し出してくれている。何の疑いもない、信頼の証。今までの自分が欲しくても、絶対に手にすることができなかったもの。

 

 

「……ありがとな、ララ」

「? 何か言ったリト?」

「いや、何でもない。」

 

 

今はまだ恥ずかしくて伝えられないが、いつか自分が彼女に手を差し伸べることができる日が来ることを願いながら。

 

 

 

 

「ところでどうやって地球まで帰るんだ?」

「これだよ、ぴょんぴょんワープくん・改! 今度は前の問題点を改良してるから!」

 

 

その言葉を信じ、結局二人そろって全裸で帰還。仲良く美柑に怒られることになるのだった――――

 

 

 

 

 

 

「~♪」

 

 

ツインテールをピョンピョンと揺らしながら上機嫌にナナは王宮の中を歩いている。もしかしたらそのままスキップでも始めるのではないかと思ってしまうほどの浮かれっぷり。

 

 

「随分機嫌が良さそうね、ナナ? 何かいいことでもあったのかしら?」

「っ!? モモか、帰ってきたならそう言えよ! びっくりするだろ?」

「勝手に驚いてるのはナナの方でしょ? 浮かれてるのはいいけど誰かにぶつからないようにね」

「またそうやって子ども扱いするなっていってるだろ!?」

 

 

そんなナナをからかうように一人の少女が姿を現す。ナナと同じピンクの髪。肩までのショートヘアだがその雰囲気は大きく異なる。どこか色気を感じさせる雰囲気とプロポーション。

 

 

『モモ・ベリア・デビルーク』

 

 

それが少女の名前。ララの妹であり、ナナの双子の姉妹だった。

 

 

「まったく……それで、宇宙デパートでは目当てのものは買えたのか? 朝早くから出かけてたけど」

「ええ、でもこんなに時間がかかるなんて思ってなかったわ。おかげでお姉様の婚約者候補の方を見ることができなかったし……お母様も帰ってきてたんでしょ? 失敗だったわ……」

 

 

頬に手を当てながら溜息を吐きながらモモは後悔している素振りを見せる。今日は姉であるララの婚約者候補がやってくる日であることを知っておりそんな楽しそうなイベントを逃すことなどモモにはあり得ない。ただ夕方来る予定であったため午前中のうちにデパートに買い物に行ったのだがそれがまずかった。まさかこんなに時間がかかるとは流石のモモも予想外。しかも帰ってくる予定のなかった母であるセフィも来ていたというのだからモモとしては踏んだり蹴ったりの一日だった。

 

 

「そういえばナナ、あなたお母様には会ったみたいだけど婚約者候補の方には会えたの?」

「婚約者候補……? それって姉上の婚約者候補って奴? 今日来てたのか?」

「呆れた……全然話聞いてなかったのね……ま、まだナナには早い話だったししょうがないかしら」

「あ、あたしには関係ないだろ!? 姉上の婚約者候補なんだから!」

「そんなことないわ。お姉様の婚約者ってことは私たちにとっては義理の兄、次期デビルーク王になる可能性がある方なんだから」

「ふーん……ま、あたしにはどうでもいいけどな」

 

 

自分の話を全く理解しようとしないナナの姿にモモは頭を痛めるしかない。どうしてこう、ナナは王族としての自覚がないのか。姉であるララとはまた違う意味で問題があるだろう。

 

 

「もういいわ。でも名前ぐらいはちゃんと覚えておいてよ。結城リトっていう方よ。地球人だって話だけど」

 

 

とりあえず名前だけでも覚えておいてもらわないと。もし何か失礼をしたら婚約にも影響があるかもしれない。そんなことを考えていると

 

 

「結城……リト……? じゃ、じゃあ……リトは姉上の婚約者候補だったのか……!? そっか、だから王宮に……」

 

 

何かを思い出したようにナナは驚愕しながらぶつぶつとよくわからないことを呟いている。まるで勉強でわからない問題に当たった時のようなうろたえよう。

 

 

「もしかしてナナ、あなた結城リトさんに会ったの!? ねえ、どんな人だったの? かっこよかった? 身長は? 服装は?」

「え? ど、どんなって……別に、あたしもリトは姉上の婚約者候補だなんて知らなかったし……だから、あたしは別に何もしてないんだからな! へ、変な風に考えるなよ!」

「? 何をそんなに慌ててるのよ? リトってどんな人か聞いてるだけでしょ?」

「うっ……ふん! 別に普通だったぞ。そんなにかっこいいわけでもなかったし……うん! それだけだ! ちょっと用事を思い出したからもう寝る!」

「あ、ちょっと待ちなさいナナ! まだ話は」

 

 

制止の声を聞くこともなく、ナナは出会った時の上機嫌はどこにやら、パニックを起こしながら部屋へと走って行ってしまう。ああなってはもうまともに話を聞くことなどできないだろう。

 

 

(……せっかく、お姉様の婚約者候補が本物かどうか確認したかったのに……これじゃナナの話は当てにならないわね……)

 

 

顎に手を当てながらモモはどこか真剣な表情で思考する。父であるギドはどうやら疑ってはいないようだがモモはその存在を疑っていた。あのお見合いが嫌で家出までした姉がある日突然婚約者候補を見つけてくる。このタイミングで自分から。あまりにも出来すぎている。嘘の婚約者候補であるのはほぼ間違いないはず。母であるセフィなら見抜いてくれると思ったがどうやらちゃんと話ができなかったらしい。ならば

 

 

(ならやっぱり、直接確かめるしかないわよね♪ こんな面白そうなことなんて滅多にないし、楽しくなりそう♪)

 

 

自分で確かめるしかない。嘘にしろ本当にしろ、面白そうなことには変わらない。それが色恋沙汰のこととなればなおのこと。

 

 

モモはどこか魅惑的な笑みを浮かべながら上機嫌に部屋へと戻っていく。これからどうするか期待に胸を躍らせ、その尻尾のような小悪魔のような後姿を見せながら。

 

 

 

本人のあずかり知らぬところで、結城リトのとらぶるな日々はまだまだ続くことになるのだった――――

 

 

 

 

 

 

 

 




作者です。第五話を投稿させていただきました。

今回でプロローグにあたる部分が終了となります。元々このSSは一発ネタ、コンセプトとしては続きが読んでみたいと思ってもらえるような導入に近い短編を書いてみようと思って書いたものです。以前書いたSSがシリアス物だったので今度はラブコメ、ギャグで気軽に読んでもらえる物。しばらくSSを書いていなかったのでリハビリ的な意味合いもありましたが感想をいただけたこと、やはりSSを書くのは楽しいのを思い出すことができたのでもう少し続けたいと思っています。よろしければもう少しお付き合いくださると嬉しいです。では。


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