もし結城リトのラッキースケベが限界突破していたら 【完結】   作:HAJI

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第五十話 「古手川」

(ふぅ……やっぱり外は寒いわね……)

 

 

知らず吐いた息が白くなってしまう。コートを着て、手袋とマフラーをしていても身体が震えてしまうような寒さ。もしかしたら雪でも降るのではないかと思ってしまうほど。それもそのはず。もう今は十二月半ば。

 

 

(もう十二月だものね……街もクリスマスムード一色ね)

 

 

ふと辺りを見渡すと所狭しとクリスマスにまつわる飾りつけや広告、商品が並んでいる。心なしかカップルが多いような気がするのは気のせいだろうか。学校でも話題はもうクリスマス一色。彼氏とどう過ごすだとか、クリスマスまでに彼氏を見つけるだとかそんな話ばかり。風紀委員の自分としては憂慮すべき事態なのだが、やはり女として思うところもある。今自分は塾の講習が終わって帰宅する途中。間違っていないはずなのに何故か空しくなってくるのはなぜなのか。

 

 

(っ! い、いけないいけない……みんなハレンチだわ! まだわたしたちは学生なのよ!)

 

 

思わず妄想に浸りそうになったのをぶんぶんと頭を振りながら振り払う。周りに流されないようにしなければ。ただでさえ学校ではメアさんとネメシスさんのせいでめちゃくちゃになっている。悪い子たちではないのは分かるがどうにも悪戯好きなのは見過ごせない。おかげで最近は校長よりもそっちを優先している始末。どうしたものかと頭を悩ませていると

 

 

「あ」

「え?」

 

 

突然変な声が後ろから聞こえて振り返ると、そこには見知った顔の男、結城君の姿がある。買い物をしていたのか手には袋持っているのだがよっぽど驚いているのか、口を開けたまま固まってしまっている。不思議に思いながらも声をかけようとした瞬間

 

 

「っ! ご、ごめん!」

 

 

何故か謝りながら結城君は脱兎のごとく逃げ去ってしまう。声をかける間もないほどの早業。

 

 

「…………は?」

 

 

置き去りにされたわたしは数秒その場に固まってしまう。目は点になり口は開いたまま。当たり前だ。どうしてクラスメイトに街で会っただけでこんな扱いを受けなければいけないのか。

 

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい! 結城君!?」

 

 

周りに人がいることなどお構いなしに大声を上げながら全速力で結城君を追いかける。普段の自分らしくない行動だがそんなことはいっていられない。

 

 

そんなこんなでいきなり結城君との街中での鬼ごっこ開始。すぐさま鬼を捕まえて連行することになったのだった――――

 

 

 

 

「……それで、どうして逃げたりしたの? 何か疚しいことであったの?」

「い、いや……そうじゃなくて、その、反射的に」

「あ、あなたね……」

 

 

都合四度目になる公園でベンチに座りながら(当然結城君は端っこに座っている)問いただすも結城君はそんなあんまりな返答を返してくる。どうやら本当に反射的に逃げ出しただけらしい。同時に少なからずショックを受けるしかない。確かに好かれてはいないかもしれないがそれでも顔を見られるなり逃げられるほど嫌われるいわれもない。

 

 

「まあ、いいわ……ところで、ララさんやヤミさんは一緒じゃないの? 姿が見えないけど?」

「今はその、デビルーク星で女子会ってのをやってるらしいんだ。てっきり古手川もそっちに行ってるんだと思ってたんだけど……」

「ああ、そういえばそんな話もあったわね。誘われたんだけど、ちょうど塾の講習が入ってて、悪いけどお断りしたの」

「そ、そうか……」

 

 

言われてそういえばと思い出す。確か先週あたりにララさんから女子会のお誘いがあった。何でもララさんの妹さんたちや結城君の妹さん、メアさんやネメシスさんも参加するものだったらしい。個人的にも参加したかったのだが、どうしても今回の塾の講習は外せなかったのでお断りしたのだがそれが今日だったらしい。同時にようやく理解する。どうして結城君はこんなにも挙動不審だったのか。

 

 

「なるほどね……ララさんやヤミさんがいない間に何かしたいことがあったのね」

「っ!? そ、それは……! でも仕方ないだろ!? こんな時ぐらいしかオレ、一人で外出できないんだから!」

「え?」

 

 

ちょっとしたさっきの意趣返しのつもりだったのだが結城君はどこか悲壮感を漂わせている。一体何事なのか。

 

 

「ど、どういうこと……?」

「……オレ、ちょっと前まで狙われてて、今はもうその心配なくなったんだけどそのせいでいつもヤミが護衛についてくれてるんだ。ヤミがいない時はララも。嬉しいし助かってるんだけど……おかげで自分の時間がなくて」

「そ、そう……大変なのね。でも、あんなに可愛い女の子たちと一緒にいられるんだし、悪いことだけじゃないんじゃ」

「本当にそう思うのか、古手川!? 四六時中ずっと女の子と一緒なんだぞ? 古手川が男の子たちとずっと一緒にいるようなものなんだ! それでいいって言えるのか?」

「そ、それは……」

 

 

どこか鬼気迫る表情を見せながら結城君は溜まっていたストレスを解放しているかのよう。だが言われてみればその通りかもしれない。クラスの男子からは羨ましがられている結城君だが、本人からすればいいことばかりではないのだろう。ハレンチかはおいておいて、年頃の男の子が四六時中、あんな美少女たちに囲まれて生活しているのだから。わたしに置き換えるならずっとイケメンの男の子に囲まれて生活しているのと同義。気が休まることがなさそうだ。

 

 

「はぁ……オレも、男の友達が欲しいな……」

 

 

とても男子高校生とは思えない、結城君の心からの本音にどうしたらいいのか分からない。

 

 

「そ、そうだ! 古手川、誰か男子をオレに紹介してくれないか?」

「ゆ、結城君……自分が何言ってるか分かってる……?」

「自分でも何言ってるか分かんないんだ……でも、男友達が欲しくて……今度、ララに頼んでみようかな……」

 

 

自分に女の子を紹介してほしいと頼むならまだ分かる。女の子に男の子を紹介してほしいと頼むのはきっと結城君ぐらいだろう。もはやなりふり構っていられないのか、若干錯乱気味に結城君は遠くを見つめている。これからはもっと優しくしてあげなければいけないかもしれない。

 

 

「ごほんっ! それはともかく、ララさんとのことはどうなったの? もう付き合ってるの?」

 

 

これ以上は不毛だと判断し切り上げて違う話題を振ることにする。ほとんど結城君のお悩み相談みたいになっているが仕方ない。それ以上に個人的に興味もある。ララさんと結城君が嘘の婚約者候補であることは既に知っている。ほかならぬララさん自身によって知らされた。だが驚かされたのはその先。なんでもみんなの前で結城君に告白したらしい。そのことをクラスでも話している。自分からすれば俄かには信じられない行動力。少し見習わなければいけないかもしれない。だが

 

 

「い、いや……まだ返事をしてなくて……」

 

 

先ほどとはまた違う様子で顔を引きつかせている結城君。でも分からない。どうしてそんな態度なのか。

 

 

「? どうして……? ララさん、いい子だし、断る理由なんてないと思うんだけど……」

 

 

そう、断る理由なんてないはず。ちょっと常識外れのところはあるが優しい子であることは間違いない。その容姿も美少女であり、しかもデビルーク星のプリンセス。結城君のとらぶるのことを理解したうえで告白してくれている。なのにそれに応えないなんてどういうことなのか。

 

 

「そ、それは…………」

 

 

長い沈黙の後、ぽつりぽつりと結城君は話し始める。ララさんの告白に返事ができていない理由。もう一つの、ヤミさんの告白を。

 

 

「そ、そう……何だが大変なことになってるのね……」

「ああ……自分が情けなくてさ……」

 

 

話し終えた結城君は意気消沈してしまっている。だが当たり前だろう。そんな状況で告白してくれた二人の女の子と一緒に生活しているのだから。その心労は推して知るべし。

 

 

(こ、これって……あの三角関係ってやつ……!? ハレンチ……なんて言ってる場合じゃないわね……)

 

 

小説やドラマでしか見たことがないようないわゆる三角関係に結城君は悩まされてしまっているらしい。本当ならハレンチだと言いたいところだが事情が事情なだけに口にはできない。自分が結城君だったとしたら、同じように悩むに決まってる。どちらも魅力的で、結城君にとっては大切な女の子なのだから。

 

 

「前にも言ったけど……オレ、自分の気持ちが分からなくて……でもこのままじゃいけないって分かってるんだけど」

「そ、そうね……ほ、ほら! 好きな人は一目惚れするって言うじゃない。結城君はどんな容姿の子が好みなの? 髪が長い……ど、どちも長いからえっと……む、胸が大きい方がいいとか小さい方がいいとか……」

 

 

何とか結城君の判断の参考になればと口にするが今度はわたしが何を口走っているのか分からなくなってしまう。

 

 

(な、なに言ってるのわたし……!? こ、これじゃわたしがハレンチみたいじゃない!?)

 

 

まるで見た目で決めろと言っているかのような自分の言動に混乱するしかない。どう考えても女の子の自分が言っていい言葉ではない。でも、男の人にとっては重要なことのはず。人は見た目が九割とも言うし、重要な判断基準であるのは紛れもない事実。

 

 

「え、えっと……別に胸が大きいとか小さいはどっちでもよくて……二人の容姿でどっちかっていうのはないからさ……」

「そ、そう……そうよね、はは……」

 

 

恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしながら結城君は正直に告白してくれる。それを言わしてしまった自分の浅はかさ。でもどうやら容姿、見た目では判断できないらしい。よく考えれば当たり前。それで好みが分かれるようならとっくに結城君は答えを出している。だから、結城君が悩んでいるのはもっと他の事。

 

 

(もし、わたしが結城君だったら……)

 

 

自分に置き換えてみる。もし自分が結城君だったら。もし、自分を好きだと言ってくれる人が二人現れたら。何に迷うのか。そして、何をもって、答えを選ぶのか。

 

 

沈黙。ただ自分の中の答えを探し出す。そして、それを見つけ出す。それが合っているかはわからない。それでも、少しでも結城君の助けになれば。

 

 

「そうね……きっと結城君は、選ばなかった女の子のことを気にし過ぎてるんじゃないかしら」

「選ばなかった方を……?」

「そう。きっとこう思ってるんじゃない? 選ばなかった方の女の子ともう会えなくなっちゃんじゃないかって、嫌われちゃうんじゃないかって」

「っ!? そ、それは……」

 

 

そのままズバリだったのか、結城君は息をのんでいる。きっとこれが一番の理由。結城君の優しさ。自分よりも、相手のことを考えてしまうからこそ答えが出せないでいる。優柔不断だと言われればそれまでだが、それがきっと結城君らしさ。

 

 

「でもきっと心配ないわ。ララさんもヤミさんも、自分が選ばれなかったからって結城君を嫌ったりはしない。それは結城君が一番分かってるんじゃない?」

「…………」

「だから、一番二人に失礼なのは選ばないことだと思うの。したことも、されたこともないから分からないけど……告白って勇気がいることだと思うから」

 

 

短い付き合いだけど、二人ともきっとそうに違いない。どちらかが選ばれて、選ばれなかったとしてもきっと結城君との関係が壊れることはない。それだけは間違いない。

 

 

「わたしが答えるんだとしたら……きっと、ずっと一緒にいたい人を選ぶと思うわ。結婚して、子供ができて……年をとっても一緒にいたいって思える人」

 

 

それがきっとわたしの選択基準。ちょっと古風だと思われるかもしれないけど、胸を張って言える答え。

 

 

それを結城君はどこか心ここにあらずと言った風に聞き入っている。それがいつまで続いたのか。その瞳に光がともっていく。もうそこにはさっきまで意気消沈していた結城君の姿はない。あるのは

 

 

「そっか……オレ……」

 

 

ちゃんと一人の男の子として、答えを見つけた結城君だけ。

 

 

「ありがとう……古手川、オレ」

「ストップ。それは今わたしが聞いていいものじゃないわ。一番聞きたがってるのが誰か分かるでしょ?」

「ご、ごめん!? でも、本当にありがとう!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて!? とらぶるが起きるわよ!?」

 

 

まるで子供のように喜んでいる結城君に手を握られて振り回されてしまう。はしゃぐのは分かるが少し落ち着いてほしい。おかげで周りからは変な目で見られるし、恥ずかしさで顔をも赤くなってしまう。せっかく答えが見つかったのにこれでは誤解する人が出てきてしまうだろうに。

 

 

「まったく……これからは気をつけなさい。そんな態度ばかり取ってると他の女の子に誤解されるわよ?」

「き、肝に銘じます……」

 

 

ようやく落ち着いたのか、しゅんとしてしまっている結城君にお説教タイム。本当に自分は何をしているのか。だが仕方ないだろう。きっとこれがわたしと結城君の関係。

 

 

「じゃあ、そろそろ失礼するわ……彼女ができたら紹介してね」

 

 

振り回してくれたお返しとばかりに去り際にそう告げる。結城君はそれに返事をする余裕もないようだ。ただ去り際に、よくわからない感情が胸を支配する。郷愁にも似た、何か。

 

 

(そうか、わたし……)

 

 

もし何かが違っていたら、わたしと結城君の関係も違っていたかもしれない。そんな、もしもの話。

 

 

(わたしも好きな人、探してみようかな……)

 

 

ハレンチではない、素敵な人との出会いを願いながら。

 

 

それが古手川唯が、冬空の下、少し大人に近づいた瞬間だった――――

 

 

 




作者です。第五十話を投稿させていただきました。

今回はタイトルにもしたように古手川のエピソード。そして一つの区切りでもあります。

古手川についてはヒロインの一人ではあったのですが、とらぶる関連でリトとの関係が原作とは大きく違ったためこのような形となりました。古手川にとっては初恋未満ではありましたが、リトとの出会いは女性として成長するきっかけになったという流れです。

あと余談ではありますが、本編終了後リトはララに男の子を紹介してもらいレンと友達に。男友達ができたことで喜ぶもルンに入れ替わってしまい、結局女の子に振り回されることになるというエピソードも構想としてありました。ただ扱いが難しいため本編では登場していません。感想欄で気にされている方が結構いたようなので参考までに。

このSSも終盤に差し掛かりますがお付き合いくださるとうれしいです。では。


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