もし結城リトのラッキースケベが限界突破していたら 【完結】 作:HAJI
「忘れ物はない? リト」
玄関で慌てて靴を履いている兄であるリトに向かって確認する。隣にはヤミさんの姿。その服装もいつもと違い、新しい黒を基調にした物。この日のためにわたしと一緒に買いに行った代物。なぜなら今から二人はデートに出かけるのだから。
「大丈夫だって! 財布は持ったし、携帯もある。トイレもとらぶるも済ませたし……」
「……そう、なら大丈夫だね」
指を折りながら最終確認をしているリトの姿に不安は尽きない。トイレととらぶるが同列扱いなのはどういうことなのか。慣れてきたのはいいことだが、それはそれでおかしい気がする。いつもならヤミさんからの突っ込みも入るのだがどうやらそれどころではないらしい。
「じゃ、じゃあ行こうか、ヤミ」
「は、はい……では、いってきます」
一応平静を装っているようだが、ヤミさんが緊張しているのは丸分かり。もしかしたらリトよりも緊張しているのかも。送り出すのが心配になってついていきたい衝動に駆られるも流石に今回ばかりは手助けするわけにはいかない。
「いってらっしゃい、二人とも! おみやげ買ってきてねー!」
そんな中、ララさんが手を振りながら笑顔で二人を見送っている。俄かには信じられない光景にわたしはもちろん、リトもヤミさんも唖然とするしかない。一応、ヤミさんはララさんにとって恋のライバルで、そのヤミさんがリトとデートに行くのにどうしてそんな態度でいられるのか。
「流石だね、ララさん……」
「え? 何が?」
流石ララさん。もうそれしか言えない。宇宙人だとか、王女様だからとかを超越したレベル。気づけば二人の姿はもう見えなくなりつつある。降り続いている雪のせいもあるだろう。ホワイトクリスマスになるのだろうか。
(ヤミさん……頑張ってね)
ヤミさんとララさん。どっちの味方にもなれないけど、ただ願う。どうか今までと変わらない日常に三人が戻ってこれますように――――
「す、すごい賑わいですね……」
「そ、そうだな……流石クリスマス・イヴだな……」
ただ目の前の光景に圧倒されるしかない。見渡す限り人、人、人。いつもなら気にせず歩ける道も気を付けなければ人にぶつかってしまうほど街は賑わっている。私はもちろん、リトも気圧されてしまっているらしい。
(家族連れも多いですが……やはりカップルのほうが目立ちますね……)
辺りを見渡すと明らかにカップルの姿が目立つ。もしかしたら今の状況のせいでそう見えるだけなのかもしれないが、どうしても目で追ってしまう。
(私たちも、周りからそう見えているんでしょうか……?)
そう考えると何故か恥ずかしくて顔が赤くなってしまいそう。客観的に考えればただリトと一緒に歩いているだけなのに、どうしてこんんなに感情が乱れるのか。きっと、これが好きな人と一緒に出かけるということなんだろう。本から得る知識だけでは分からない、経験。
そんな中、あることに気づく。それはカップルの共通点。みんな、手を繋いで歩いている。まるでそれが当たり前のように。自分も一度だけ、リトと手を繋いで歩いたことがあった。恥ずかしかったけど、それ以上にとても嬉しかった記憶。そのまま無意識に手を伸ばしかけた時
「あ、あったあった! あそこだ、よかった……道間違えたかと思った」
「っ!? ど、どうしたんですかリト?」
「え? いや、探してたお店がやっと見つかってさ。前来た時から随分久しぶりだったからちょっと心配してて」
「そ、そうですか……ならよかったです」
手を繋ごうとしたのだがバレてしまったのかと思い、思わず体が跳ねかけるもどうやら違っていたらしい。そのままリトに連れられながらお店へと入っていくも、恥ずかしくて手を繋いでほしいと言い出すことができなかった――――
「ここは……?」
「女の子の好きそうな物がたくさんあるお店なんだ。服とかアクセサリーとか……と、とにかくいっぱいあるから、ここならイヴの好きそうな物も見つかるかなと思って」
若干居心地が悪そうな気配を漂わせながらリトはお店の説明をしてくれる。その言葉通り、店内は女の子で溢れている。カップルの姿も多くある。どうやらリトはここで買い物をしたり、商品を見たりして過ごすつもりらしい。
「イヴは何が見たい? 服ならあっちで、アクセサリーなら向こうで……あ、甘いものが食べたいなら二階にカフェが……」
リトはあっちこっちを指さしながらどこになにがあるのかを教えてくれる。でもどうにも引っかかる。まるで一度来たことがあるのを思い出しているかのような、妙な素振り。デートのためにここを下見してきたのならここまでうろ覚えになるのはおかしい。
「……まるで、前に誰かと来たことがあるような物言いですね」
「っ!? そ、それは……」
そのままズバリだったのか、リトはそのまま固まってしまう。
「じ、実は……結構前に、古手川と一緒に来たことがあるんだ。デートの予行練習ってことで……あ! れ、練習って言っても古手川とのデートの練習じゃないぞ!? 古手川にはよく相談に乗ってもらっててそれで」
「わ、分かりましたからそんなに慌てないでください!? 周りに見られていますよ!?」
「えっ!? あ、ご、ごめん! つい……」
そのまま慌てて謝罪というか、言い訳をしてくるリトを何とか落ち着かせる。周りから見ればまるで浮気の言い訳をしているように見えたのだろう。リトも黙っていればいいのに正直すぎるのも考え物だ。とにかくこの場からいったん離れなければ。そんな中、ある一つの場所を思いつく。予行練習とはいえ、違う女の子とデートをしていたリトへの、ちょっとした意趣返し。
「そうですね……では、私が行きたいところに付き合ってください。それで許してあげます」
そんな私の提案にリトは間髪入れずに乗ってくる。だがすぐにそれは後悔に変わってしまう。なぜなら
「あ、あの……イヴ、ここっていったい……?」
「見れば分かるでしょう? 下着売り場です」
女性のですが、と付け加えながら強引にリトを下着売り場、ランジェリーショップに連れ込む。リトは顔だけでなく手まで真っ赤にして恥ずかしがっている有様。あれだけとらぶると言う名のえっちぃことを毎日していても恥ずかしいのは変わらないらしい。
「そ、そんなことは見れば分かる! なんで男のオレがこんなところに連れてこられなきゃいけないんだ!?」
「下着を選んでもらうために決まっているでしょう。ちょうど新しいのがほしいと思っていたところですから」
「な、なら美柑かララと一緒に選べばいいだろう!? なんでオレが……」
「プリンセスや古手川の下着は選んだのに、私の下着は選んでくれないんですか、リト?」
「っ!? そ、それは……」
とどめとばかりの攻勢に、ついにリトは言葉を失い、観念してしまう。ちょっとやり過ぎてしまったような気もするがたまにはいいだろう。ネメシスやメアほどではないが、自分にもサディスティックな面があるのかもしれない。普段はこんなえっちぃことなんて、と思うところだが、今日ぐらいはいいだろう。そんなこんなでリトとの下着選びが始まったのだった――――
「はぁ……つ、疲れた……」
「半分は私のせいですが……もう半分は貴方の自業自得です」
隣で歩道を歩いているリトは完全に疲れ切ってしまっている。結局リトはまともに下着を選ぶことができず、私が選んだ中から強制的に選択してもらった。どうやらプリンセスの時も同じような流れだったらしい。しかしそれだけでは終わらなかった。対抗意識があったのか、今度はリトの方から自分の買い物に付き合ってほしいと言い出した。しかも今度は男性の下着選びに。状況的に断ることもできず、内心羞恥心で赤面しながら同行することになったのだが、結果は全く想定外のものになった。
それは嫉妬の視線。男性の下着売り場に女性が自分一人。しかも周りから見ればおそらくカップルに見えるであろう自分とリト。必然的にリトには嫉妬の視線が他の男性客から浴びせられることとなる。ある意味女性の下着売り場にいるよりも拷問に近い有様。私への意趣返しのつもりが結局自分の首を絞めるという、ある意味リトらしい結果になってしまったのだった。
「それはそうだけど……もういいや。とにかくそろそろどこかでお茶でも」
そう言いながらリトは手にあるメモを見ながら街中を移動するも、上手くいかない。満席。何時間待ち。どのお店も同じような混雑状況。まともに入れるお店がほとんど見当たらない。完全に予想外だったのか、リトはあたふたしている。
「ちょ、ちょっと待ってくれイヴ! 今他のところ探してるから! えっと……他には」
そんなリトの様子が何故かおかしくて少し笑ってしまう。自分のために必死になってくれているのに失礼なのは分かっているが、やはりこういうのは自分たちには合っていないということなのだろう。
「もういいです、リト。そんなにお腹は空いていませんし、お店はどこもいっぱいでしょうから」
「え? で、でもそういうわけには」
「そうですね……なら、あれを買ってください。それで十分ですから」
そのままふと目についた出店を指さす。リトは流石にそれは、とあたふたしているが構わない。
タイ焼き。
高級そうな、オシャレなお店に比べれば取るに足りないものかもしれないが構わない。今の私にとっては何を食べるかよりも、誰と食べるかのほうが大切なのだから。
「ほんとに良かったのか、イヴ……?」
「ええ。前から一度食べてみたいと思っていましたし……温かくておいしいです」
大通りから外れて、小さな公園のベンチに腰掛けながら並んでタイ焼きを食べる。慣れない人混みで過ごすよりもこっちの方がずっと落ち着く辺り、自分は庶民なのだろう。きっとリトもそれは同じはず。無理をして自分をリードしてくれようとしている姿も嬉しかったが、こういう方が落ち着く。
ただ夜空を見上げるとそこには無数の雪。寒空の下で一緒に食べたタイ焼きの味はきっと、一生忘れることない思い出になるだろう――――
「……こんなところを見られたら古手川に怒られそうですね」
「……言わないでくれ。オレも同じこと考えてたんだから」
ふと思いついた言葉を口にすると、リトは知らず体を震わせている。だが無理もない。今私たちは夜の学校に忍び込んでいる途中。いわゆる不法侵入真っ最中。風紀委員の古手川でなくとも見つかればただでは済まない。
(最後に学校……これは、やっぱり……)
自分の前を歩いているリトの背中を見ながら、心臓が鷲掴みにされるような感覚に陥る。最後に学校に行こう、とリトに連れられてここまでやってきた。お店でも、公園でもなく、学校。それが何を意味するのか、もう分かっている。
一歩一歩、噛みしめるように階段を昇っていく。知らず足が震えている。思わず転んでしまいそうになるのを必死に手すりを持ちながら耐える。その向かう先がどこなのか。私は知っている。学校の中で、私が一番、リトと過ごした場所。
屋上。それが私とリトの、デートの、全ての終着点だった。
「…………」
お互いに無言のまま、向かい合う。電気もない、月明りだけが照らし出している学校の屋上。雪が積もっているせいで空も、地面も光っているように感じる。
リトはただ真剣な表情でこっちを見つめている。もう間違いない。ここで、返事をしてくれるのだと確信する。知らず、両手を握りながら胸にあてる。ずっとこの瞬間を待っていたはずなのに、ずっと来ないでほしいと思っていた瞬間。
「イヴ……」
彼がその名で呼んでくれる。彼しか知らない、私の本当の名前。思えば、この名前を明かした時から、私は彼に恋をしていたのかもしれない。でもそれは
「…………ごめん。オレ、イヴの気持ちには応えられない」
雪のように、溶けて終わってしまった。長い夢から覚めるように、あっさりと、それでも間違いなく。夢であってくれたら、よかったのに。
「そう……ですか……す、すみませんでした、リト。ずっと困らせてしまって……なのに、デートにまで付き合わせてしまって……」
もう自分が何を言っているのかすら分からない。声が震えるのを、抑えられない。もう顔を上げることもできない。できるのはただ俯くことだけ。
――――カラダが熱い。
まるで体が燃えているかのよう。私の身体が私の物ではなくなってしまったかのように。ドクン、と何かが私の中に生まれていく。
「オレの方こそごめん……すぐに答えが出せなくて……イヴのことが嫌いなわけじゃないんだ。好きだし、今までのことも、本当に感謝してる」
――――ココロが痛い。
分かっていたはずなのに、心が痛い。苦しい。こうなるかもしれないと、覚悟していたはずなのに胸が苦しい。息ができない。私が誰か、分からなくなってしまいそう。
「でも、やっと分かったんだ。自分の気持ちが」
聞きたくない。その先はもう、聞きたくない。だから言わないで。聞いてしまったら、言われてしまったら私はきっと――――
『また、奪われるのか?』
私ではないワタシが囁いてくる。それが何なのか分からない。
「オレが本当に好きなのは――」
いつか感じた時とは比べ物にならない黒いナニカが湧きだしてくる。私を塗りつぶしてしまいそうな、黒い、感情。
『奪われるぐらいなら、いっそ――』
嫉妬という名の金色の闇。
「あ、ああ……ああああああああああ!!」
叫びと共に闇の光がイヴを、学校を照らし出していく。生まれた時から刻まれていた、聖痕の如き呪い。
『失恋』
それが、その発現条件。
今、イヴの中の