もし結城リトのラッキースケベが限界突破していたら 【完結】 作:HAJI
(な、何だ!? いったい何が……!?)
ただその場にしゃがみ込み、吹き荒れる風を必死に耐えるしかない。その暴風の中心にはイヴがいた。しかし今はその姿が見えない。ただ視界を支配するのは黒い光だけ。あり得ない光が空に向かって昇っていく。その衝撃によって空の雲は割れ、雪はすべて吹き飛び溶けてしまっている。そんな中、月明りを受けながら一人の少女が舞い降りてくる。
それはまるで天使だった。
その美しさと共に、背中には翼がある。しかしその色は純白ではなく漆黒。その数も二つではなく六つ。頭には二本の黒い角。手は鉤爪のようになっている。天使であってもその姿は堕天使のそれ。
何よりも目を引くのが身に纏っている衣装。それはウェディングドレスだった。ただ違うのは
羽と同じようにその色もまた漆黒のドレスだということ。黒の花嫁。まるでその少女の心を形にしたような存在。
それが今、目の前にいる金色の闇の真の姿だった――――
「……イヴ、なのか?」
思わずそんな言葉を口にしてしまう。でも、それ以外に言葉が出てこなかった。それほどまでに今目の前にいるイヴは、自分が知っているイヴとは別人のようだった。
「ええ、そうです。私以外の誰に見えますか、リト?」
おかしなリト、とばかりにイヴは微笑み返してくる。本当なら赤面して見惚れてしまうような天使の笑み。なのに、知らず背筋が凍る。自分が知っているイヴならとても見せないような表情。
「でも、その姿は……変身なのか? どうしてそんな」
それから目を逸らすように問いかける。恐らく変身であることは間違いない。だが明らかに普通ではない。それを証明するように、イヴはその名を口にする。
「ダークネスですよ、リト。そういえば直接見たのはデビルーク王だけでしたね」
ダークネスという自分にとっても聞き覚えのある、忘れかけてしまっていた忌むべき名を。
「ダークネスって……ネメシスやメアが言ってたあの……?」
かつてネメシスとメアが覚醒させようとしていた、イヴの中に眠っているとされる力。ネメシスの言葉を借りるなら、変身兵器にとっての幸福を生み出すとされるもの。結局その正体も分からずイヴもまたその力を見せることなく今まで過ごしてきたのにどうしてそれが。
「はい。私が生まれた時からプログラムされていた、一種の時限装置のような物です。それによって私は目覚めることが、覚醒することができました。そうですね……メア風に言うなら素敵な気分、といったところでしょうか。私ならえっちぃ気分になるんでしょうね」
クスクス、とメアを彷彿とさせる妖艶な笑みを浮かべながらイヴは愉し気にしている。まるで何かに取り憑かれているかのよう。
「イヴ、お前本当に何ともないのか……? 様子が変だぞ……」
「変? 私が? 違いますよ、リト。変だったのは今までの私の方です。今の方が本当の私。全てから解放された気分です」
「そ、そうか……でも、なんでダークネスが発動したんだ?」
「何を言っているんですか? 貴方のおかげですよ、リト?」
「え?」
ただ呆然とするしかない。今、イヴは何と言ったのか。ダークネスが覚醒したのがオレのせい? 何で? どうして? 理解できないことの連続に頭がついてこない。
「ダークネスは私の感情の起伏によって作用する。人の感情の中で最も振れ幅の大きいもの……それが恋愛、恋と呼ばれる感情。その結果が成就であれ、失恋であれ、ダークネスは発動する仕掛けになっていたんです。創造主は本当に悪趣味ですね……創造主とも結果が同じなのも皮肉としか言いようがありません」
呆然としている自分がおかしかったのか、からかうようにイヴはダークネスの正体を明かす。その正体もまた、あまりにも理解できない代物。創造主とは変身兵器の生みの親であるエヴァ・セイバーハーゲンのこと。皮肉というのはきっとイヴもエヴァも恋が成就しなかった、失恋したことを指しているのだろう。だが感情を支配してたのは
「じゃあ……イヴは最初から」
「はい。最初から私は、恋なんてできないように生み出されていたんです」
あまりにも残酷な仕掛け。結果がどうであれ、イヴは恋によってダークネスを発動するように決められていた。呪いにも似た何か。どうしてエヴァはこんなことを。そう憤りかけるも
「でも、私をこうしたのは創造主でも、ダークネスでもない。貴方です、リト」
それはイヴのそんな囁きによって遮られてしまった。
囁きだけではない。まるで瞬間移動してきたかのように、目の前にイヴがいる。目と鼻の先。紅い瞳が自分を捕らえて離さない。思わず引き込まれてしまいそうな魔性がある。
「イ、イヴ……?」
「もう一度だけ、聞かせてください。私を選んでくれませんか、リト?」
熱のこもった吐息と共にイヴはその身体を押し付けてくる。その生々しさに、温もりに体が震える。それだけでは足りないとばかりに、イヴは自分の手を自らの胸とお尻に押し付ける。瞬間、イヴもまた体を震わせている。まるで達してしまったかのよう。
「この胸も、お尻も……好きにしてくれて構いません。えっちぃことなら何でもしてあげます。だから……」
自分を見つめながらイヴは告白してくる。あの時とは違う、それでも同じイヴの本心。自分をあげる。捧げる。何でもする。だから自分を選んでほしい。捨てられないように親に縋る子供のように、そのままイヴは顔を近づけてくる。その唇を差し出しながら。イヴにとっては二度目の口づけ。だが
「…………ごめん、それはできない」
その両肩に手を置きながらイヴを引き離す。瞬間、イヴは目を開けたまま呆けてしまう。まるで何が起こったのか分かっていないかのように。
「どうしてですか? 貴方がしたいこと、何でもしてあげるから。だから私を」
「オレが本当に好きなのは……ララなんだ。それだけは、嘘はつけない」
絞り出すように、それでもはっきりと自分の気持ちをイヴに伝える。告白の返事。それだけは偽れない。嘘をついたら、きっと自分を許せなくなる。何よりもララだけでなく、イヴも裏切ることになってしまう。何があってもそれだけはできない。迷って、悩んで、それでも自分が出した答えなのだから。
「……そうですか。分かっていました……そういう貴方だから、私は貴方を好きになったんですから」
一度俯き、再び顔をあげながらイヴは呟いてくる。微笑みながらもその瞳からは涙が流れている。流れているのは片方の瞳だけ。まるで心と体が噛み合っていない、そんな痛々しい姿。
「イヴ……オレは」
それを前にして、どんな言葉を返したらいいのか分からないまま。それでも口を開こうとした瞬間
「なら……もうこれしかありませんね――――死んでください、リト」
「え?」
もう見慣れたはずの金色の刃が視界に映る。それをただ見つめている自分。いつもと違うのは、その穂先が自分に向けられているということだけ。だが刃が真っすぐに自分を切り裂こうとするよりも早く、何かが自分を巻き込んでいった。
「ふぅ……危なかったー。ギリギリだったかな?」
顔を上げた先には何故かララがいる。一体何が起こったのか。だがすぐに自分がララにお姫様抱っこされていることに気づく。前回を含めれば二回目。
「ラ、ララ!? お前どうしてここに!?」
「ペケが高エネルギー反応を感知したから急いで飛んできたの。大丈夫、誰にも見られてないから」
見ればララの背中には羽が生えている、現在も空に飛んでいる状態。そこから地上を見下ろした瞬間、戦慄する。そこにはあっけなく真っ二つにされてしまっている校舎。もしあのままあそこにいたら自分も真っ二つになってしまっていただろう。他でもないイヴの手によって。
「…………プリンセス」
およそ感情を感じさせない、機械のような声と表情でヤミは自分とララを見つめている。いや、きっとその瞳はララしか映していないのかもしれない。
「ヤミちゃん……なんでこんなことしたの? もう少しでリト、死んじゃうところだったんだよ?」
「……それが理由です。結城リトが死ねば、もう誰も結城リトを手に入れることはできなくなる。貴方に奪われることもない。それだけです」
淡々と、それが当然だとばかりにヤミは口にする。そこでようやく自分がさっき死にかけたのだと実感し、息を飲む。恐怖よりも、ヤミが自分を殺そうとしてきたという事実に。
「奪う……? わたし、リトのことヤミちゃんから奪ったりしないよ? だってわたし、リトもヤミちゃんも大好きだもん」
「……そうでしたね。貴方は、本気でそんなことを信じている……お姫様でした。選ばれなかった私の気持ちなんて……貴方には、わからないでしょうね」
「ヤミちゃん……?」
乾いた笑みを浮かべているヤミとは対照的に、ララはただただ困惑するしかない。きっと今の状況は、ララにとっては全く理解できないもの。
「リト、どうしてヤミちゃんを選ばなかったの? 一番じゃなくても、リトもヤミちゃんのこと好きなんでしょ? だったら」
「……それは、できない。前にも言っただろ? キスは本当に好きな人とするものだって。オレは、ヤミとはキスできない」
「あは、聞いての通りです、プリンセス。これでもまだ同じことが言えますか?」
心底おかしいとばかりに自嘲しているヤミ。そんなヤミに対して同じことを言わなければいけない自分。ララに対して、こんな形で気持ちを伝えることになってしまった申し訳なさ。どうしてこんなことになってしまったんだろう。何を間違えてしまったのか。
「違うよ! 誰かを好きになるってことは良いことだもん。それで悲しいことになるなんて間違ってる。それに、ヤミちゃんもおかしいよ!」
「おかしい? 私が……?」
「だってヤミちゃんがリトを殺そうとするはずなんてない! どんなことがあっても、ヤミちゃんがリトを傷つけるようなこと、するわけないもん!」
それでもララはあきらめない。みんな一緒に。みんな幸せになれるはずだと。ララの純粋さ。そして、ヤミを友達として信じている言葉。だがそれは
「貴方に――――貴方に私の何が分かるっていうんですかっ!?」
今のヤミには届かない。瞬間、ヤミは絶叫する。それまでの静けさが嘘だったかのように、ヤミはただ己の感情をぶちまける。
「最初から家族も、友達も……何もかも全部、全部持っていた貴方に私の何が分かるっていうんですか!? 何も……何も知らないくせに!!」
その言葉の一つ一つに、ヤミの心の闇がある。自分は知っている。これまでのヤミの人生を。兵器として生み出され、そう生きるしかなかった一人ぼっちの女の子。でもララはそれを知らない。光であり、太陽であるララにはヤミの気持ちが分からない。
「ティアもいなくなって……寂しくて、でもここで、やっと見つけたのに……今度もまた奪われるなんて……もう絶対に嫌っ!!」
それはダークネスでも、変身兵器でもない、イヴの叫び。子供のように泣き叫びながら駄々をこねる。そのやり方すら知らないかのように。
「ヤミちゃん……?」
「今……やっと分かりました。プリンセス……
顔を手で覆い、爪の間からヤミはララを睨み宣言する。そこにはもうさっきまで泣き叫んでいたイヴの姿はない。あるのは嫉妬と怒りだけ。それを示すように、ヤミの身体から光のようなものが蒸気のように湧き上がっていく。見ただけで圧倒されるほどのエネルギーの本流。
「止めてヤミちゃん! わたし、ヤミちゃんと戦いたくない!」
「そういえば、貴方とは一度も本気で戦ったことがありませんでしたね。いいじゃないですか、いつもあなたが言っている言葉を借りるなら……そう、ただの喧嘩です」
困惑するララをよそにヤミは笑みを浮かべながら一歩一歩こちらに近づいてくる。喧嘩という、かつてメアやララが口にしていた言葉。ただ違うのは
「ただし、私は仲直りする気も、貴方と結城リトを生かして帰す気もありませんが」
今のヤミにとってそれは、ただの殺し合いでしかないということ。
「――――さあ、始めましょうか。今の私は一味違いますよ」
狂気の笑みと共に、魔人の掌の上でララとヤミ、デビルークと変身兵器の戦いの火蓋が切って落とされた――――