もし結城リトのラッキースケベが限界突破していたら 【完結】   作:HAJI

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第五十七話 「日蝕」

「ララ……? お前、大丈夫なのか……? それにその姿……」

「大丈夫だよ、リト。ここで待ってて。今のわたしなら、何でもできそうな気がするの!」

 

 

困惑しているリトを抱いたまま、プリンセスはゆっくりと地上に降り立つ。その姿は先ほどまでとは全くの別人。髪と瞳の色。悪魔の羽は増え、頭にはデビルークを象徴するように角が生えている。ダークネスである自分の姿と鏡合わせのような存在。

 

 

「……覚醒」

 

 

知らず呟いていた。覚醒。それはデビルーク人が持つ隠された力。秘められていた潜在能力が、強い感情によって呼び起こされることで起こる奇跡。これまででその域に到達したとされるのはたったの二人。初代デビルーク王と現デビルーク王だけ。そして今、三人目が生まれた。ララ・サタリン・デビルーク。あの男とあの女の娘。忌むべき存在。

 

 

(……!? 私は、今何を……? どうして私はそんなことを知って……?)

 

 

思わず頭を抱える。分からない。どうして自分はそんなことを知っているのか。でも分かる。私は目の前の存在を倒すために生み出された。変身兵器も、ダークネスも、全てはこの瞬間のため。なのに頭痛が止まらない。頭が、痛い。

 

気づけば目の前にはプリンセスの姿。リトはそこから離れたところでこちらを見守っている。知らず、気圧されてしまう。覚醒したプリンセスの放つ圧倒的なエネルギー。まだ戦ってもいないのに分かるほどの規格外の力。でも、それ以上にその瞳に目を奪われてしまう。迷いなく、こちらを見つめている蒼い瞳。

 

 

「……そうですか。とことん私の邪魔をするつもりなんですね、プリンセス」

「そうだよ。ヤミちゃんが間違ってることをしたら、わたしが止めてあげる。もしわたしが間違ってることをしてたら、ヤミちゃんがわたしを止めてくれる。そうでしょ?」

 

 

一切の迷いなく、そんなことを口にしてくるプリンセスに今度こそ言葉をなくしてしまう。この期に及んでまだそんなことを信じているプリンセスに。こんな私をまだ――

 

 

「……っ!? いいでしょう……なら何度でも教えてあげます、貴方では私には勝てないと!」

 

 

瞬間、頭痛が一層増してくる。私の思考が、黒い何かに飲まれていく。それに飲み込まれそうになりながら、必死に抗う。もうどうでもいい。今はもう、何も考えたくない。

 

そのまま能力を解放し、プリンセスへと刃を放つ。ワームホールによる空間攻撃。避けることも防ぐことも不可能なはずの一撃。だがそれをプリンセスはこともなげに躱してしまう。

 

 

「な――っ!?」

 

 

思わず声を上げてしまう。当たり前だ。ただ避けられるならまだ分かる。だがプリンセスは刃を見てすらいない。ただ首を捻っただけで紙一重に私を攻撃を躱してしまった。

 

 

「……! ならこれならどうです!」

 

 

平静を取り戻そうとしながら、再びプリンセスの周りにワームホールを瞬時に展開する。その数はそれまでの比ではない。上下左右。全方位。逃げ場はどこにもない。だがそれすらも今のプリンセスには通用しない。

 

まるでどこから攻撃が来るのか分かっているのかのように、プリンセスは刃を躱し続ける。それも最小限の動きで。首を捻り、体をズラし、その様はまるでダンスでも踊っているかのよう。ワームホールの力を感じ取っているのか、空気の振動を読んでいるのか。分かるのはただ一つ。今のプリンセスには未来予知じみた直感が備わっているということ。

 

 

「ふざけないでください……! そんなことができるわけが……!!」

 

 

同時に自らの髪を変身によって無数の刃に変える。変身兵器だからこそできる変幻自在の攻撃。避けられてしまうなら、避けられない攻撃をすればいい。全方位同時攻撃。無数の刃による串刺し。その包囲網を

 

 

「えいっ!」

 

 

プリンセスは無造作な尻尾の一振りによって突破してしまった。

 

 

「え?」

 

 

訳が分からない。数秒思考が止まってしまう。今、何が起こったのか。頭よりも先に体が理解していた。刃に変化させた髪が全て粉々に砕かれてしまっている。一本残らず全て同時に。硬度でいえばかつてメアが見せたオリハルコンを凌駕する刃がまるでガラス細工のように跡形もなく。

 

 

「――はっ!?」

 

 

理解できない事態の連続によって生じたわずかな隙に、プリンセスがこちらに向かって突進してきている。瞬間移動してきたかのような速度。このままではまずい。咄嗟に自らの正面にワームホールを展開する。攻防一体の盾。先ほどの攻防の再現。プリンセスの攻撃は私に届くことはなく、逆にその攻撃を送り返す。超えることのできない空間の壁を

 

 

「せーのっ……!」

 

 

プリンセスはこともなげに突破してしまう。何のこともない、ただの拳の一振りで。瞬間、凄まじいエネルギーと衝撃によってワームホールは消滅し、余波によって遥か彼方に吹き飛ばされてしまう。

 

 

「あっ……ぐぅっ……!?」

 

 

すぐさま跳ね起き、体勢を立て直すも混乱を隠し切れない。悪い夢でも見ているのではないか。そうであったならどれだけいいか。そう、プリンセスは何か特殊な能力や戦法を取っているわけではない。

 

純粋な強さ。

 

ただ単純に強い。あまりにも単純で、だからこそ覆しようのない圧倒的な真理。ただ違うのは、今のプリンセスはその身に恒星クラスのエネルギーを宿しているということ。

 

 

「ふざけないでください……どうして……どうして貴方だけが……!!」

 

 

知らず唇を噛みしめていた。手は拳になり、プリンセスを睨み付ける。嫉妬と憤怒。それが今の私の全て。黒い影のように、それが私を掴んで離さない。

 

瞬間、ワームホールによって遥か上空に瞬間移動する。ワームホールのもう一つの使い方。攻撃にも防御にも移動にも利用できる万能の能力。だがそれもプリンセスの、デビルークの強さの前には通用しない。ここに移動したのは距離を取るため。接近戦では勝ち目はない。なら遠距離戦。プリンセス同様、純粋なエネルギーによって押しつぶすだけ。

 

 

「――――プリンセス!!」

 

 

ただその名を叫びながら、両手から力を解き放つ。アンチマターと呼ばれる反物質。ネメシスが得意とする切り札。変身兵器のエネルギーをそのままぶつける奥義。ダークネスの力を込めたこの一撃は地球を跡形もなく消し飛ばして余りある。

 

黒い光が空から地上へ向かって降り注ぐ。逃げ場はどこにもない。避けられたとしても、リトも、地球も粉々になる。これで今度こそ、終わる。何もかもが。この痛みも、すべて。なのに

 

 

「ヤミちゃん――――!!」

 

 

それすらも、プリンセスは受け止めてしまう。

 

 

瞬間、地に堕ちるはずだった黒い光は、再び天へと押し返される。プリンセスの尻尾の一振りによって。尻尾ビームですらない、尻尾の一振り。それだけで、彼女は私の渾身の一撃を跳ね返してしまった。

 

 

「――――――あ」

 

 

知らず、声が震えていた。いつのまにか、プリンセスが目の前にいる。羽を羽ばたかせ、月を背にして明かりを受けているその姿はただ美しかった。悪魔(デビルーク)でありながら天使のような在り方。

 

知らず、身体が震えていた。その圧倒的な力に。理不尽の塊。超絶の魔人。星を容易く砕く力を持つ怪物。それがあの少女の手の中にある。宇宙を支配することができるほどの力。あまりにも危険すぎる。一個人が持っていい力ではない。

 

――――だから、倒さなくては。

 

私ではない、ワタシがそう囁く。ダークネスが蠢く。目の前の敵を倒せと。そのためにお前は生まれてきたのだと。でも

 

 

「……どうしてですか」

 

 

そんなことは、もう私にはどうでもよかった。ただあるのは疑問だけ。

 

 

「どうして……どうして貴方ばっかり!? どうして、私は……貴方よりも強くなったはずなのに! こんなにも簡単に追い抜かれて! 私が手に入れられない物を、どうして貴方ばっかり……!!」

 

 

どうして私はプリンセスに勝てないのか。及ばないのか。強さも、心も。それが心底羨ましかった。妬ましかった。だからダークネスに身を委ねた。それでも、敵わなかった。プリンセスに勝つことも、リトを手に入れることも。

 

そのため、酷いことをした。みんなを傷つけた。言葉で傷つけた。命を危険に晒した。プリンセスを、リトを、地球のみんなを。なのに、どうして――――

 

 

「どうして……私を、嫌ってくれないんですか……?」

 

 

自分を嫌ってくれないのか。責めてくれないのか。お前が悪いと。そうしてくれれば、きっと私はダークネスに飲まれたままだったはずなのに。もう、痛くなくて済むはずだったのに。どうして。

 

 

「――当たり前だよ。だってわたし、ヤミちゃんの友達だもん」

 

 

そんな私に向かって、プリンセスは当たり前のように微笑んでくれる。先ほどまで神の如き力を振るっていたとは思えないような、少女の言葉。

 

友達。

 

今まで何度も、私に伝えてくれた言葉。それが今、ようやく私の胸に届いてくる。黒い何かによって遮られてきた光が差し込んでくるように。

 

 

「だからわたし、ヤミちゃんに幸せになってほしいの」

 

 

あまりにも眩しい、陽の光。

 

 

「――――あ」

 

 

知らず、温かいものが頬を伝っていた。悲しさではない、嬉しさから生まれる、涙。私は知っている。忘れてしまっていた、言葉。

 

温かさに、輝きに包まれていたあの日々。寝る前に、ティアにいつも聞かせてもらっていた、お伽噺。

 

強くて、優しい王様のお話。何でもできて、みんなのために頑張っていた王様。でも、そのせいで誰にも心配されなくて、一人ぼっちになってしまった。

 

でもそんな王様のことをたった一人、心配してくれる、叱ってくれる女の人が現れた。その女の人は、王様みたいに強くなくて、賢くもない。でも、わたしはその女の人のことが大好きだった。その時の私にとってのその女の人はティアだった。優しくて、温かくて、私の幸せを願ってくれる誰か。

 

 

――――あなたに、月の恩寵がありますように。

 

 

ティアが私に贈ってくれた、お伽噺と同じ言葉。

 

 

今はもうティアはいないけど、同じように私の幸せを願ってくれる人たちがいる。なら――――

 

 

 

「…………本当に貴方はお人好しですね、プリンセス」

「あ、ひどい! リトも同じこと言うんだから!」

 

 

心からの親愛を込めた言葉だったのだが、どうやらプリンセスにとってはお気に召さなかったようだ。そのやり取りも本当に久しぶりのような気がする。もう頭痛はない。角はなくなり、ダークネスは消え去った。他でもない、太陽(プリンセス)のおかげで。本当に、ドがつくほどのお人好し。私の、最高の友達。

 

 

「そうですか……お互い面倒な相手を好きになったものですね」

「そうかな? きっとリトも同じこといいそうだね」

 

 

ただお礼を言いたくても、恥ずかしくて口にできない愚かな自分。それでも顔が赤くなっているのは隠せていないだろう。それが分かっているのか、プリンセスもまた楽しそうにしている。やはり、こっちのほうがプリンセスらしい。デビルークであっても、変身兵器であっても、わたしたちはただの女の子でしかないのだから。ただ

 

 

「では……次が最後です。受け止めてくれますか?」

「うん! わたしも全力で行くからね!」

 

 

喧嘩についてはまだ終わっていない。もうダークネスはない。ただ自分の力のみで。今の自分の気持ちを込めた一撃を。それをプリンセスは受け止めてくれる。プリンセスもまた全力で。

 

ただ全力で光の剣を振るう。同時に、夜空が光で満ちていく。それが最初で最後。私とプリンセスの喧嘩の終わりだった――――

 

 

 

「…………ここは?」

「っ! 目が覚めたか、ヤミ! 大丈夫か……?」

「リト……? 私は……」

 

 

ようやく目を覚ましたヤミに慌てて声をかけるも、何とか安堵する。どうやらもうダークネスの影響はなさそうだ。角はなくなり、その姿もいつものヤミに戻っている。ただいつまでの寒空の下で横にしておくのは心配だったのだが大丈夫そうだ。

 

 

「よかった、ヤミちゃん! 痛いところはない?」

「ええ……疲労はありますが、怪我はありません。心配をおかけしました……」

 

 

上半身だけを起こしながら自分の身体を確認するヤミ。どうやら本当に怪我はないらしい。これでとりあえずは一安心。しかしそんな中、ふと気づく。ヤミがどこか気まずそうに自分を見つめていることに。

 

 

「リト……すみませんでした。私は危うく貴方を……」

「まあ、色々言いたいこともあるけど、もう良いって。とにかく、無事でよかった……それとありがとな、ララ。お前がいなかったらどうなってたか……」

 

 

落ち込みかけているヤミを何とか強引に宥めつつ、とりあえずはララにお礼を言うことにする。本当にララがいなかったらどうなっていか分からない。不甲斐ないが、自分はララやヤミにとってはヒロインにしかなれない。しかし

 

 

「あれ? うーん……えいっ!」

 

 

プリンセスでありながらヒーローである我らがララは首をかしげながら挙動不審な動きをしてる。ぴょんぴょんその場で跳ねたり、背伸びをしたり、走り回ったり。明らかに不審者そのもの。

 

 

「何してるんだララ? もしかして頭でも打ったのか?」

「違うよ! 元の姿にどうやったら戻れるのかなって試してるの! うーん……どうすればいいのかな? ほっとけばその内戻るのかな?」

 

 

頭でも打ったのかと心配するもどうやら違ったらしい。何でも今の変身を解こうとしているようだが上手くいっていないらしい。ヤミのダークネスは解除できたが今度は自分の変身が解除できなくなっている。ダークネスのように危険はなさそうだがずっとそのままというのか流石に問題がありそうだ。

 

 

「まったく……ララはいつまで経ってもララだな」

「あ、酷いリト! リトだってずっとリトなんだから!」

 

 

ある意味いつも通りの日常に戻ったのだと実感しての感想だったのがララにとってはそうでもなかったらしい。それからはいつもの騒がしさ。ヤミもまた呆気に取られながらも、笑みを浮かべている。どうやら本当に心配はなさそうだ。

 

 

「そうだ……ヤミちゃん!」

「……? プリンセス……?」

 

 

そんな中、何かを思い出したかのようにララは座っているヤミに向かって手を差し出す。対してヤミは目をぱちくりさせているだけ。それを見て笑みを浮かべながら

 

 

「仲直りの握手! まだしてなかったでしょ?」

 

 

ララはそんなことを告げる。仲直り。喧嘩をした後は仲直りする。そうすればもっと仲良くなれる。ララらしい考え方。

 

 

「……そうでしたね、仲直りです、プリンセス」

 

 

ようやく意味を理解したのか、同じように微笑みながらヤミはその手を伸ばす。その喧嘩の原因ともいえる自分には何も言えないが、本当に良かった。そのまま二人の手が振れ、握られた瞬間

 

 

『――――やはり、不完全なダークネスではこのあたりが限界か』

 

 

そんな機械のような冷たい声が、その場を支配した――――

 

 

「え? こ、これって……!?」

「っ!? これは……!? プリンセス、私から離れてください――!!」

 

 

決死の表情でヤミは弾けるように飛び上がり、その場から離れようとするもララを握っている手を放すことができない。まるで手だけが別の意志を持っているかのよう。それだけではない。ヤミの身体から黒い影のようなものが姿を現し、ララへと襲い掛かっていく。それはあっという間にララを包み込んでいく。突然のことでララもまた対応できていない。もしかしたら身動きが取れない何かが黒い影には、霧にはあるのかもしれない。だがその光景を自分は見たことが、経験したことがある。

 

 

(あれは……ダークマター!? まさか……!!)

 

 

黒い霧、ダークマターがララの身体に入り込んでいく。脳裏に浮かぶのはかつての記憶。ネメシスの能力。変身融合。対象の肉体に取り憑き乗っ取ってしまう能力。

 

 

「っ! ララ――――っ!!」

「リト――!!」

 

 

ただ必死にララに向かって手を伸ばす。体が勝手に動いていた。ただララを助けるために。ララもまた手を伸ばしてくる。助けを求めるララの手。同時に思い出すはかつてのデビルークでの光景。帰ろうと、自分に手を差し出してくれたララ。いつか自分が彼女に手を差し伸べることができるようになりたい。あの時の誓いを胸にした手は――――届かない。

 

 

ララはそのまま為す統べなく影に飲み込まれていく。日は蝕まれていく。

 

 

今、全ての因果を操り、太陽を手にした創造主が復活した――――

 

 

 




作者です。第五十七話を投稿させていただきました。

今回でララとヤミのエピソードに関してはひとまず一区切りになります。

まずはヤミについて。暴走してしまった形ですが、そのほとんどはダークネスという名の創造主の意識に影響された結果です。ダークネスについても原作では平和がその発現条件でしたが、このSSでは失恋、もしくは成就が条件になっています。ちなみに成就であればダークネスは完全に覚醒し、デビルークに匹敵凌駕する力となります。それがヤミルートであり、流れが少し変わる予定でした。

次にララについて。本文でも描写したように、ララルートではララが自分で選ぶことがテーマの一つでした。原作のララは独占欲がなく、みんな幸せにという考え方ですがこのSSではリトを選ぶという選択をした形です。デビルークの覚醒については一言でいえばスーパーデビルーク人。デビルーク自体がドラゴンボールのサイヤ人のオマージュ、パロディなのでそれを意識したものです。

次話からはリトの、とらぶるの物語の決着。リトがヒロインからヒーローになるまでの話。今まで以上にオリジナル要素が強くなりますがお付き合いくださると嬉しいです。では。



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