もし結城リトのラッキースケベが限界突破していたら 【完結】 作:HAJI
「ララ……?」
ただ呆然と名前を呼ぶことしかできない。目の前には紛れもないララの姿。それを覆っていた黒い霧も消え去っている。いや、その全てがララの身体へと入り込んでしまった。その証拠に今のララの瞳にはおよそ感情というものが感じられない。人形のように無表情。まるで別人になってしまったよう。
(こ、この感じ……いつかセフィさんの時に感じた!? いや、それよりも……!?)
いつか感じた、とらぶるによる危機察知能力。それが最大限の警鐘を鳴らしている。あれに近づくな、逃げろと。思わずその場から走り出したくなる衝動を必死に耐える。ここにはイヴもいる。何よりもララを置いて逃げることなどできるわけがない。意を決してララに向かって近づこうとうするも
「ララ、大丈……ぶっ――!?」
これ以上にないタイミングで、ある意味いつも通りにとらぶるをかましてしまう。空気を読むどころではない。それをぶち壊してあまりある展開。その手には慣れ親しんだ胸と尻の感触。服を脱がせなかったのは奇跡に近い。
「リ、リト!? 一体何を――!?」
地面に座り込んでいるイヴもまた目を点にしながら口を開けたまま。ごもっともな反応。本当に自分は何をやっているのか。
(な、何やってるんだオレ!? このままじゃ――!?)
今のララはララではない。その証拠にとらぶるをされたのに、何の反応も示さない。感情を感じさせない顔のままこちらを見つめているだけ。先ほどの黒い霧がダークマターであるのは間違いない。ならさっきの現象は変身融合。つまり、今のララは別人に乗っ取られている。このままでは危ない。そう思いその場を離れるよりも早くララの両手によって顔を挟まれ掴まってしまう。冷や汗を流し、ただ固まるも
「――はは、やるではないか。こんな挨拶をされたのはギド以来だな」
そんなこっちのシリアスを嘲笑うかのように、ララではない誰かは心底感心したとばかりに喜悦の表情を浮かべていた。
「……え?」
思わずそんな声が漏れるも仕方がない。状況的に殺されてもおかしくない場面で、殺されるどころか感心されてしまったのだから。およそとらぶるに対する反応とは思えないもの。その瞳にはさっきまでは見られなかった感情が見える。まるで猫の目のような瞳。その表情もどこか嗜虐的な、ララであれば絶対に見せないであろうもの。知らずその姿に誰かが重なる。
「しかし最近の子供は進んでいるな。その年でこれほどのテクニックを持っているとは」
「い、いや……それは、じゃなくて!? お前……一体誰なんだ!?」
こちらの顔を挟んだまま、ふむふむと冷静に分析を始める謎の存在に呆気に取られながらもすぐその場を飛び退く。その言葉の端々から相手が自分よりも年上であることは分かるのだが、それ以外は全く不明。色々な意味で普通ではないのは十分わかったのだが。すぐさま問いただす。お前は誰なのか。
「オレか? オレの名はエヴァ・セイバーハーゲン。宇宙でも知らぬ者はいないはずだが……ふむ、オレが眠ってから十数年は経っているからな、お前のような子供は知らぬかもしれんな。オレも年を取ったものだ」
何でもないことのように隠し立てすることもなくあっさりと目の前の存在は自らの正体を明かす。言いながら時間の流れを実感しているのか、ハハハと笑い飛ばしている。この短い時間からだけでも感じ取れる、圧倒的オレ様オーラ。もしかしたらデビルーク王に匹敵するかもしれない唯我独尊っぷり。だがそれ以上に自分は驚きを隠せない。
「エヴァって……あの、変身兵器の生みの親っていう……?」
エヴァ・セイバーハーゲン。実際に遭ったことはないが、何度も名前を耳にした存在。イヴやメア、ネメシスたち変身兵器の創造主であり、とらぶる、テュケの生みの親でもある。だがあり得ない。確かエヴァは先の大戦でデビルーク王によって倒されたはず。それがなぜ生きているのか。
「ほう? そっちで知られているとは意外だったな……てっきり大戦の方かと思っていたが」
「大戦……? そ、そうだ! 確かそのエヴァって人は前の大戦でデビルーク王に倒されたはずじゃ……」
「その通り。いや、今思い出しても信じられぬ。こちらが満を持して用意していた策をあいつ、力づくで突破してな。おかげでオレは肉体を失う羽目になり、ギドは赤ん坊に逆戻り、痛み分けと言ったところか。まあ思念体も悪くはないが……やはり生命とは肉体あってこそ、だな」
そう言いながらエヴァは手に入れたララの手を握っては開くのを繰り返している。話を聞く限り、倒されたが思念体、ダークマターの変身兵器となって生き延びていたということなのだろうか。あまりにもデタラメな存在。そういえば思い出す。以前、エヴァについてどんな人だったのかデビルーク王に聞いたことがあったことを。誤魔化され、からかわれてほとんどまともに教えてくれなかったが一つだけ教えてくれた。曰く、殺しても死なねえような奴だと。冗談だと思っていたが、まさか本当だったとは。
「思念体……やはり貴方はネメシスと同じ、ダークマターを構成物質にした変身兵器なんですね」
目の前の状況に混乱し、固まってしまっている自分を庇うようにイヴが前にやってくる。毅然と振る舞ってはいるが、疲労と消耗は隠しきれていない。
「イヴ……!? お前、まだ体は」
「危険です……貴方は下がっていてください、リト」
それでもイヴは下がるつもりはないようだ。自分の護衛という職務を全うするために。それを前にして何も言うことはできない。この状況において、自分は足手まといにしかならないのだから。
「もう動けるとは驚きだな。不完全とはいえ、ダークネスを発現した後では立っているのもやっとだろうに。やはり器としては完璧だったようだな、イヴ?」
「……何故、私の名前を」
「当然だろう? オレが名付けたのだからな。せっかくオレと同じ名を与えてやったのに、今は違う名を名乗っているようだが」
創造主であるエヴァはどこか愉し気にイヴの名の由来を明かしてくる。エヴァとイヴ。同じ意味を持つ名を持つ者同士。生み出したものと生み出されたもの。だがその在り方はまるで正反対。からかうようなエヴァの視線に対して、イヴはただ鋭い視線を返している。
「……今、ようやく分かりました。貴方はずっと」
「そう、お前の中にいたのさ。変身融合によってな。ダークネスの発現によって目覚めるように設定していたのだが……ふむ、全てが予想通りとはいかなかったようだな」
イヴはようやく理解したとばかりに明かす。自らの中にエヴァが変身融合によって巣食っていたのだと。メアもまたネメシスが変身融合で自分の身体の中にいたことを明かされるまで知らなかった。元々そういう目的の能力だったのだろう。だがその感情はその限りではない。同じ変身融合でもエヴァとネメシスではその過程も目的も全く違う。イヴからすれば許しがたい行為。
「それにしてもネメシスを知っているということは、アレは消えずに生き残っているということか。失敗したのだとばかり思っていたが……まあ、オレをベースにしているのだから当たり前と言えば当たり前か」
「ベース……? 一体何のことですか?」
「ネメシスの人格、遺伝情報とでも言うのかな。ダークマターを構成物質にするには必要なものだったのでな、オレの情報を基にネメシスは生み出されている。イヴ、お前にとってのティアーユ博士のようなものだ」
ようやくララの身体に慣れてきたのか、それとも喋り方を思い出してきたのか。エヴァは饒舌になりがら話し続ける。変身兵器計画の全容。
プロジェクト・イヴが最高の変身兵器を生み出し、自らの肉体を造り出すための計画であったこと。
プロジェクト・ネメシスがエヴァ自身が思念体になるための実験であり、ネメシスがそのプロトタイプ、実験体であったこと。
第二世代であるメアは本来、ギド以外のデビルークを相手にするために量産化する計画だったこと。
それはもはやただの独り言だった。こちらの反応などお構いなし。会話が成立するかどうかも怪しい自分本位。マッドサイエンティストのような在り方。
「では貴方はデビルークを倒すために、こんな計画を」
それ以上はもはや不要だとばかりにイヴが冷たく問いかけるも
「? 何を言っている、オレはただギドと遊んでいるだけだぞ」
今度こそ自分たちは言葉を失ってしまう。それまでの前提がすべて吹き飛んでしまうような言葉。
「ああ、そういえば、他の連中にはそういう建前を言っていたな。ほら、オレは見ての通りの性格でな。あまり人と上手くコミュニケーションが取れないので猫を被っていたのさ。ちなみに実際に被っていたのは仮面だぞ」
人見知りというやつだ、と言いながら足元の瓦礫を手にしエヴァはそれを仮面へと変化させる。変身の為せる技。変身融合しているからなのか、ララの身体でも変身を扱うことができるらしい。だが今はそれどころではない。それがどうでもいいと思えるほどにエヴァは普通ではない。
「しかしそのせいでどいつもこいつもオレのことを男だと勘違いしてくれてな。失礼な話だ。オレは生物学的にも紛れもない女だというのに。途中から面倒になったので訂正もしなくなったが」
「……そのおかげで貴方はデビルーク王に立ち向かった理知的な為政者として後世に伝えられていたというわけですか……」
「誰に頼んだわけでもないのだが、歴史とはねじ曲がって伝わるものだな」
やれやれとあきれ顔を見せながらエヴァは溜息を吐いている。猫を、仮面をかぶっているエヴァに誰もが騙されていたのだろう。それを知っていたのはおそらくデビルーク王とセフィさんだけ。宇宙の命運を賭けた銀河大戦がエヴァからすればただのデビルーク王との遊びだったなどと誰も思いもしないだろう。
「なら、プリンセスの体を乗っ取ったのは……」
「さっきも言っただろう。ギドに対抗するためだ。元々は変身兵器であるイヴ、お前の体にする予定だったのだがダークネスは不完全だったのでな。次善策としてこの体を手に入れることになった」
「次善策……?」
「毒を以て毒を制す、ということわざがこの星にはあるだろう? それと同じさ。星さえ砕くギドにはまともな方法では太刀打ちできない。だが、あいつの子ならあいつに匹敵しうる。奴が子を為すのを待ってたのさ。忌々しいが……おかげでこの体を手に入れることができたというわけだ」
その瞳に確かな憎悪をちらつかせながらエヴァはララの身体を見下ろしている。その姿に知らず、憤る。変身兵器も、ララも、エヴァはまるで物のように扱っている。自分とデビルーク王以外には全く興味がない。それがエヴァの在り方。ネメシスともかけ離れている存在。
「お前、そんな理由のためにララやイヴを……!」
一体どれだけ自分勝手なのか。それに他人を巻き込んでいるのか。制止してきているイヴを押しのけてそのままエヴァに向かっていきそうになるも
「これで『強さ』は手に入れた。後は……『
全く聞いていないエヴァはそのまま何もないところに向かって手を伸ばす。瞬間、景色が変わる。離れていたはずなのに、目と鼻の先にエヴァの姿。そこまで至ってようやく気付く。自分が瞬間移動させられてしまっていることに。ダークネスが見せた、ワームホールの応用。
「っ!? リトっ!?」
「返してもらうぞ、少年。元々それはオレの物だ」
「うっ……!?」
そのまま首を掴まれ、黒い霧に包まれていく。ダークマターの浸食。自分の中に、自分以外の異物が入り込んでくる不快感。それでもその手から逃れる術はない。そのまま為すがままあきらめかけた瞬間、
雷鳴のような光と共に、火花が起こりながら自分を包み込もうとしたダークマターが弾け飛んでしまった。
「…………なるほど、これは予想していなかったな」
この場に現れてから、初めてエヴァは驚きの表情を浮かべている。驚いているのは同じだが、自分には心当たりがあった。
(これは……ネメシスの時と同じ……!?)
ネメシスに変身融合されかけた時と同じ現象。ネメシス曰く、テュケに拒絶されてしまったという拒絶反応。それと全く同じことが今起こっている。
「どうやら少年、君は黒鳥によっぽど好かれているらしい。今の宿主から離れたくないようだな……いや、完全に融合しかかっているのか、どちらにせよ引き剥がすのは無理か」
ぶつぶつと独り言を言いながら一人納得しているエヴァ。ダークマターによる浸食は防げたが依然捕まってしまっているのは変わらない。どうにかしなければ。だが
「ならば、次の転生先から返してもらうことにしよう」
「次の……転生先……?」
「黒鳥は宿主が死ねば、新しい宿主を見つけて寄生する。渡り鳥のようにな。ではな、少年」
何を言っているのか、こちらが理解する間もなくエヴァはその尻尾を振るってくる。まるで道端の石のように、全く気にすることなく自分を殺すために。しかしその斬撃が届くよりも早く、金色の髪が自分を包み、寸でのところで引っ張り回避することができた。
「イヴ……!?」
「……言ったはずです、リト。前にでないように、と」
強引に自分を髪によって引っ張り、守るように前に出るイヴ。対してエヴァはそんなイヴを不思議そうに見つめているだけ。理解ができないといった風。
「……どういうつもりだ、イヴ? オレに敵わないことはお前が一番よく分かっているはずだが」
「……関係ありません。リトは私が守ります。それだけは絶対に」
「理解できんな……お前はその少年に振られたはずだろう? なのに何故そんな男に拘る?」
「そっくりそのままお返しします。私は貴方とは違います。自分が失恋していることすら認められていない、哀れな貴方とは」
ただはっきりとイヴは宣言する。私と貴方は違う、と。同じ名を持っていようと、生み出された存在であろうとお前とは違う、と。同時にエヴァにとってのトラウマ、猫の尾どころではない、虎、竜の尾を踏みつける。
――――瞬間、空気が凍った。
「……そうか。見逃してやるつもりだったが気が変わった。消えろ、小娘」
氷のような冷たい瞳と純粋な殺気。それを示すようにエヴァは無慈悲に尻尾を振るう。その速さも、衝撃も先の比ではない。満身創痍のイヴではどうにもできない死の一撃。それでも決して逃げることない小さな背中を見ながら目を閉じるも――――いつまでも、痛みはやって来なかった。
「…………え?」
目を開けた先には理解できない光景が広がっていた。自分の身体に巻き付いている黒い尻尾。それによって持ち上げられている自分。見間違えるはずのないデビルーク人の尻尾。だがその形はララの物でも、ナナやモモの物とも違う。
顔をあげた先には見知らぬ男の背中。その脇にはイヴが抱えられている。瞬時に理解する。その男が自分とイヴを助けてくれたのだと。だがその背中からでもわかる圧倒的なオーラとカリスマに鳥肌が立つ。これこそが強者だと、ちっぽけな自分ですら憧れてしまうような男の背中。自分はそれを知っている。
威風堂々。
ただ違うのはその身体が、子供ではなく大人だったということ。
「――いい歳して、子供相手にマジになってんじゃねーよ、この年増が」
今、銀河最強の男、ギド・ルシオン・デビルークが地球に降臨した――――