もし結城リトのラッキースケベが限界突破していたら 【完結】 作:HAJI
「デ、デビルーク王……? どうしてここに……へぶっ!?」
「あん? そんなもん決まってんだろーが。超絶イケメンのオレ様の姿を見せてやるためさ。どうだ、イケメンだろオレ?」
思わず目を奪われてしまったのも束の間。まるでもう飽きたと言わんばかりに無造作に尻尾から地面に落とされてしまう。同じように抱えられていたイヴも地面に下されている。この待遇の差はいったい何なのかと突っ込みたいところだが、今はそれどころではない。
「その姿……元の身体に戻ったということですか?」
「まあな。この姿ならナンパし放題だと思ってこっちに来てみれば、面倒なことに巻き込まれちまってるみてえだな、リト? 運が良すぎるってのも考えもんだな」
「う、運って……それよりもララが……!!」
「あー分かってる分かってる。うるせえから騒ぐな。あとてめえらはさっさとここから離れろ。邪魔だからな」
首を鳴らし、耳をほじりながらどこか気だるげにデビルーク王は一歩一歩ララに、エヴァに近づいていく。とても今の状況を理解しているとは思えない態度。だが次第に空気が張り詰めていく。その場にいるだけで倒れてしまうそうになるほどの圧迫感。
「まさかそちらからやってくるとは思わなかったぞ、ギド。そんなにオレに会いたかったのか?」
「寝言は寝て言え。大方、結城リトのとらぶるの影響だろ。意識外のところで巻き込まれるのは癪だが、今回ばかりは仕方ねえな」
そんな銀河最強の男からの殺気を受けながらも怯むどころか、むしろ喜んでいるかのようにエヴァは笑みを浮かべている。興奮しているのかその頬は紅潮している。まるで待ち人がようやくやってきた、恋する乙女のような反応。それが見えていないのか、それとも全く気付いていないのか。ギドはいつもの態度を崩さない。面倒なやつが来た、とばかりの対応。
「それで、お人形作りが終わったと思えば今度はてめえ自身がお人形遊びか。年を考えろ、恥ずかしくねえのか?」
「失敬な。オレが肉体を失ったのは二十歳の時。それから思念体になってずっと眠っていたのだ。精神年齢的には全く年を取っていないぞ。むしろお前の方こそ老けたのではないか。赤ん坊のままのほうが可愛かっただろうに」
売り言葉に買い言葉。すぐにでも喧嘩に発展しそうなやりとりだが二人とも全く気にした素振りがない。どうやらこの程度の嫌味は日常茶飯事だったらしい。
「それで、今度は何の催しだ。てめえ自慢の変身兵器が遊んでくれるってか?」
「そのつもりだったのだが予定が変わってな。代わりにこの体で相手をしてやろうというわけだ。なかなか趣向を凝らしているだろう?」
「ああ……だが人の娘に手を出しておいて、覚悟はできてんだろーな?」
瞬間、ギドを中心に凄まじい光と衝撃波が巻き起こる。地球全体が揺れているかのような地震。収まった先には腕を組んだままエヴァを睨みつけているギドの姿。だがその姿は大きく変化、変身している。髪は銀に、瞳は蒼に。背中には巨大な悪魔の羽が六枚、頭には二本の白い角。ララと同じ、デビルークの覚醒した姿。すなわち、デビルーク王が本気で戦う気だということ。逆を言えば、目の前のララの身体を乗っ取っているエヴァは、それほどの相手だということ。
「人の娘か……鬼神とよばれたデビルーク王の言葉とは思えんな。この十数年で堕落したか、ギド?」
「ぬかせ。オレは女子供だろうが容赦しねえ。それが娘の身体だろうとな」
「ハハ、違いない。現に女のオレも容赦なく倒されてしまったわけだ」
「オレはてめえを女だと思ったことは一度もねえよ」
「なるほど、まあいいさ。ただこのままでは味気がないな。相応しい服装と場所が必要だろう」
上機嫌にひとしきり笑い終えた後、エヴァはその手に持っている仮面を被る。仮面には十字が刻まれている。同時に変身の光と同時に纏っていた服は甲冑へと変化する。それが恐らくはエヴァが生前纏っていた正装。
「相変わらず辛気臭え恰好だな……」
「そう言うな。お前も娘の姿のままでは戦い辛いだろうというオレなりの配慮さ」
「ふん、それよりもいいのか。お得意の真の強者とやらにまだなれてねえんじゃねえか?」
「確かに。だが条件は揃っている。保険もある。ここで逃げる理由はない。さあ、始めようか」
エヴァが手をかざした瞬間、世界が入れ替わった。冬空の学校だったはずの場所は、灼熱の見渡す限り何もない砂漠へ。あまりに突然の出来事に混乱するも
「落ち着いてください、リト! これはワームホールの応用です。私たちは他の星に移動させられてしまったんです」
「違う星に……!?」
すぐさまイヴの言葉によって状況を把握する。だが同時に戦慄する。ダークネスのイヴでさえ、ワームホールは人が通れるだけの穴しか開けられなかった。なのに、離れていた自分たちまで同時に移動させてしまうほどの力をエヴァは見せている。
「ここは……」
「思い出したか? オレが先の大戦でお前に負けた場所だよ」
「なるほどな、今度もここで死にてェってわけか?」
「リベンジというやつさ。それよりもどうやってオレを倒すつもりだ? まさか娘ごと殺すつもりか?」
「気にするな……その時はどんな手を使ってでも引きずり出して、消してやる」
銀河最強の男の本気の殺気と視線。余人なら受けただけで気を失ってしまうようなそれを受けながらも、エヴァはただ嗤っている。まるで待ちわびたおもちゃを手に入れたような、純粋無垢な笑み。こうではなくては面白くない。それを示すように武者震いのように体を震わせている。
「くっく……やはりオレはお前のそういうところが好きだよ、ギド」
告白じみた宣言と共にエヴァとギドは天高く飛び上がる。その瞬間、この銀河の歴史の中でも最高峰の戦いが始まった――――
それはまるで神話の再現だった。人の手では届かない領域の争い。とても目では負えない速度で幾度となくギドとエヴァはぶつかり合う。いや、ぶつかり合っているのだろう。地上にいる自分からでは上空にいる二人の姿は見えない。よしんば見えたとしてもその速さを目で捉えることなどできるはずもない。分かるのはただ空気を揺らすような衝撃波が絶え間なく発生していることだけ。
「ハハ、素晴らしいなギド! こうしてお前と直接戦うことができるとは!」
「他人の力を借りてる奴が吠えるじゃねえか」
「耳が痛いな。だが仕方がないだろう。これがオレの戦い方だ。利用できる物はすべて利用する。状況を作り出すことこそがオレの本分だ」
互いの尻尾によって目にも見えない高速戦を展開するギドとエヴァ。その一撃一撃が並みの相手なら一撃で粉砕してしまう力が込められている。デビルークの中でも覚醒の域に到達した者でなければ届かない領域。ギド・ルシオン・デビルークとララ・サタリン・デビルーク。二人の間に、スペックに差はない。だが
「分かってんじゃねぇか……なら、オレの前に出てきた時点でてめえの負けだ」
「っ!?」
ギドの一撃がエヴァを捉える。同じ速さ、重さのはずなのにエヴァはそれを防ぐことができない。拮抗していたのはわずか。徐々にエヴァはギドに押し込まれ防戦一方になっていく。
『経験』
いくら同じ肉体を、強さを手に入れたとしても埋めることができない絶対の差。生まれながらにデビルークの肉体を持っていたギドと今先ほど手に入れたばかりのエヴァ。極端な話、そこには子供と大人ほどの差がある。加えてギドはデビルークでも並ぶ者がいないほどの天才。例えララ自身であったとしても、ギドには及ばない。
それを証明するように、ギドの攻撃によってエヴァは地面へと叩きつけられてしまう。その衝撃によって砂塵が舞い、辺りは砂埃に覆われる。それすらも許さないとばかりに弾丸のような速度でギドは追撃を加えんとするも
「流石だな……ならこれならどうかな?」
それを遮るように、無数の砂塵が津波のようになりながらギドへと襲い掛かっていく。巻き込まれれば一瞬で圧殺されるであろう規模の攻撃。だがそれをギドは一瞥し、裏拳だけで弾き飛ばす。だが
「――――遅いぞ」
そのわずかな差を狙い、エヴァは瞬間移動によってギドの後ろに回り込み、攻撃を仕掛ける。瞬時に察知し何とか防御するも勢いを殺しきれず今度はギドが地面に叩き落されてしまう。さらに追い打ちをかけるように砂漠が蠢き、砂がギドを押しつぶさんと襲い掛かっていく。まるで意志を持っているかのように、自然が猛威を振るう。
「変身か……」
「その通り。変身兵器ではないので肉体は変身させられないが、このぐらいのことはできるさ。ちょうどいいハンデだろう?」
エヴァが手を触れた瞬間、砂漠は生き物のように動き出す。砂漠だけではない。大気ですらエヴァの思いのまま。それがエヴァの戦い方。経験が足りないなら、違うところから足りないものを持ってくればいい。デビルークと変身兵器の融合こそがその答え。単純なスペックでいえばエヴァはギドを超えている。変身による伝播能力とワームホールによる瞬間移動。どちらもギドにとっては大した問題にはならないが、それでもこの域の戦いになれば、そのわずかな差が決定的な差となる。
「関係ねえ。前にも言ったはずだぜ。運だろうが何だろうが強さでねじ伏せてやるってな」
それを前にしてもギドは不敵な笑みを絶やさない。まるでそれ自体を楽しんでいるかのような表情。それに呼応するように再び両者はぶつかり合う。形勢は全くの互角。近接戦闘ではギドが上を行くが、エヴァもまた変身を駆使してそれをカバーし追い立てていく。一進一退の攻防。こうなれば長期戦は免れない。どちらの精神と体力が先に尽きるか。だがそれよりも早く
「――――遅え」
ギドの拳がエヴァのこめかみを掠める。初めてエヴァの顔が驚愕に染まる。当たり前だ。一体どこにワープホールが出現すると同時に逆にそこから攻撃してくる者がいると言うのか。あまりにもデタラメな攻撃。それだけではない。砂漠の流砂も、暴風も、全くギドの動きを鈍らすことができなくなりつつある。ただ放っているエネルギーだけでギドはそれを相殺し、凌駕していく。動きも、攻撃も、その全てが自分を上回っていくことをエヴァは感じ取る。
『成長』
それがデビルーク人の特徴。戦えば戦うほどデビルーク人は成長し、強くなる。一分一秒ごとにギドは強くなっていっている。皮肉にも、同じ領域の強さを持つエヴァと戦うことによって。エヴァの肉体もデビルークだがそこまでは再現できない。よしんばできたとしてもギドには及ばない。このままでは敗北は必至。にもかかわらずエヴァはその仮面の裏でただ歓喜していた。
「――――それでこそ、ギド、お前だ」
「――――これで終わりだ、エヴァ」
初めてその名を呼びながらギドは決定的な、渾身の一撃をエヴァに放つ。瞬間移動も、変身すらも許さない完璧な一撃。これで決した。だがその瞬間、ヒビが入っていたエヴァの仮面が割れる。
同時に露わになる、その顔。紛れもない、娘であるララの素顔。
瞬間、ほんの僅かな隙がギドに生まれる。秒にも満たない、刹那。だが
「――――残念だよ、ギド。お前はやはり堕落した」
それが決定的な過去と現在のギドの違いだった。
「ぐっ――!?」
「予想は五分五分だったのだがな。運が味方した、とでもいえばいいのかな」
どこか憂いと侮蔑を帯びた視線を送りながらエヴァはそのままギドを迎撃し、再び地面へと叩き落す。エヴァはこうなることを予測していた。ギドが自分を上回ることも。ただ娘であるこの体を本気で攻撃できるかどうかはエヴァでも五分五分。予想できていなかった。そのどちらを期待していたのか、エヴァ自身理解できてはいなかった。だが答えは出た。
銀河最強の男である前に、一人の親になってしまったギド・ルシオン・デビルークの姿。
それに終止符を打つように、エヴァはその尻尾に力を集中させる。尻尾ビームフルパワー。デビルークの切り札にして奥義。覚醒したララのそれはまさに星を、恒星を消し飛ばして余りある力がある。そのチャージの隙を生み出すためにエヴァはギドを吹き飛ばした。いかにギドといえども、すでにチャージを始めているこの攻撃を押し返すことはできない。避けるしか選択肢はない。だが
その選択肢すらないことを、ギドは悟る。その視線の先に、結城リトと金色の闇がいることによって。
ようやくギドは理解する。先のエヴァの言葉の真意。条件と保険。初めから自分は詰んでいたのだと。強さだけではねじ伏せられない運、ツキに見放されていた事実に。いや、それすらも凌駕したエヴァに。
「――――ちっ!!」
ただ全速力で二人の前に翻りながらギドもまた尻尾ビームによって対抗するも間に合わない。極大の光が天から押し寄せてくる。ギドはただ渾身の力をもってそれを押し留める。だがそれでも押し返すことはできない。できるのはただ、二人を守ることだけ。
それがこの戦いの結末。そしてギド・ルシオン・デビルークの敗北だった――――
「う……イ、イヴ……?」
朦朧とする意識の中で何とか、片目だけ開けることができた。何もかもが吹き飛ばされた砂漠の爆心地。体中が痛い。その痛みだけでもう気を失ってしまいそうだった。それでもただもがく。そこでようやく気付く。自分を守るように覆いかぶさっている、イヴの姿。変身によって硬質化したのか、周りには金属片が散らばっている。満身創痍。それでもかろうじて息はある。自分を庇ったせいで、こんな目に遭わせてしまった。また、守られるだけの自分。何もできない、自分。
「デビルーク王……?」
微かに見える先にはデビルーク王の姿。だが、その姿は先ほどまでとは違う。見慣れた、赤ん坊の姿。限界以上の力を消費して、体が縮んでしまったのだろう。気を失っているのか、ピクリともしない。そんなデビルーク王をエヴァが尻尾で巻きつけながら連れ去っていく。それをただ見ていることしかできない。自分がいなければ、きっとこんなことにはならなかったはずなのに。今の自分には誰も助けることはできない。
そのままエヴァはこちらを一瞥しながらもそのまま去っていく。まるでもう興味がないかのように。すでに欲しいものは手に入れたかのように。ただ、自分の胸中は一つだけ。デビルークと変身兵器の因縁も。宇宙の命運も。ただあるのは
「ララ……」
自分を好きだと言ってくれた、自分が好きな女の子を助けたい。ただそれだけ。今できるのは、ただそれを強く願うことだけ。意識が遠のいていく。その最中
懐かしい、黒鳥の鳴き声が聞こえた気がした――――