もし結城リトのラッキースケベが限界突破していたら 【完結】 作:HAJI
春の日差しが眩しい朝。四月になったばかりでまだ肌寒さが残る中、さっさと着替えを済ませて準備を整える。いつも通りの朝。これまで何年間も続けてきた習慣。だが以前と大きく変わったことがある。
「……おはよう、美柑」
「おはようリト。朝ごはん持っていくから先に行っててくれる?」
自分が部屋から出て、リビングで妹の美柑と一緒に食事をするようになったこと。本当なら当たり前なのことなのだがここ数年、なくなってしまっていた光景。あの日、宇宙の家出少女がこの家にやってきてから変わったことの一つだった。
「ごめんな美柑。いつも家事任せちゃって……」
「別に。部屋に閉じこもってた誰かさんの面倒を見るより今のほうが楽だからね」
「そ、そうか……」
安全な距離を取りながら美柑に話しかけるもどこかそっけない態度で返されるだけ。他人から見れば誤解されそうだが、自分にはわかる。今の美柑の機嫌が悪くないことが。むしろ機嫌はいいのかもしれない。ほんのちょっとだが自分の引きこもりが解消されたからなのだろう。
「ふぅ……」
大きく息を吐きながらリビングへと向かい、すぐさま迅速に自らの指定席につく。部屋の隅っこという明らかに変な場所。しかもその周りの床には赤いテープが円状に貼られている。まるでそこが危険地帯だと示すような有様。だがそれは間違いではない。自分にとって、何よりもそれ以外の人にとってその領域は踏み入れてはいけないものなのだから。
(なんだか間抜けな状況だけど……仕方ないよな。ララはともかく、美柑をとらぶるに巻き込むわけにはいかないし……)
自らの間抜けな状況に肩を落としながらも妥協するしかない。ララがやってきたあの日以来、自分は部屋に引きこもるのはやめ、リビングで過ごすことが多くなった。主に美柑の提案という名の強制によって。自分の状況を理解したうえで美柑は強硬策を打ってきた。自分としてはやはり部屋の中のほうが気が休まるのだが今までずっと心配をかけてしまった美柑に負い目もあるし仕方がない。ないのだが
(なんだろう……ケージに閉じ込められた犬の気持ちがわかるような気がする……)
哀愁にも似た感情を抱かずにはいられない。決められた範囲しか動けない囚われの身。もちろん誰かに囚われたわけではなく、自分で囚われているので文句も言えないのだが兄の威厳など微塵も残っていない。最初からそんなものないと言われればそれまでなのだが。
「はい、お待たせリト」
「あ、ありがとう美柑。そこに置いといて。自分で取りに行くから」
そんなことを考えている間に美柑が朝食を持ってきてくれる。だが直接受け取るわけにはいかないので一旦テーブルに置いてもらい美柑にその場を離れてもらった後に自分で取りに行くという面倒な手順が必要となってしまう。まるで感染症にかかってしまった患者のよう。あながち間違いでもないのが悲しいところ。病気ではなく能力らしいが自分にとってはどっちでも変わらない。
「そういえばリト、今日はまだ例のアレまだ溜まってるの?」
「え? アレって……とらぶるのことか?」
「そう。っていうかリトの中でもとらぶるで定着しちゃってるのね」
「ま、まあな。あれだけ連呼されたら嫌でも定着するだろ……」
食事も終わり、テレビを見ながらまったりしているところに美柑が話しかけてくる。話題はとらぶるという名のラッキースケベについて。ララによってかわいいからという理由で命名された能力だがそのまま定着してしまっている。本当はそんなかわいい能力ではないのだが仕方ない。呼び方なんて正直どうでもいいのだから。
「確か、一日三回がノルマなんだっけ?」
「の、ノルマって……!? オレは別に狙ってやってるわけじゃ」
「その割には毎日ノルマを達成してるような気もするけど……ま、いいか。大体三回とらぶるをすれば落ち着くんでしょ?」
「そ、そうだけど……たまに四回の日もあるかな」
ノルマと言われてぎょっとするも美柑は全く悪びれた様子がない。むしろ自分をからかっているのか、釘を刺そうとしているのか。恐らくは後者なのだろう。自分は確かに毎日とらぶるのノルマを達成しているのだから。主に毎日やってくる誰かさんのおかげで。その実験によって自分のトラブルはほぼ一日三回で収まることが証明されている。ただ最近はまたに四回目が発動することがある。たまたまなのか、それとも自分の力が強まっているのか。たまたまであることを願うしかない。
そんなことを考えているとふと、気付く。美柑が何か難しそうな顔をしたまま考え込んでいる。また自分をからかうつもりなのか、それとも怒られてしまうのか。
「どうかしたのか、美柑?」
「……リトがどうしてもって言うんなら、わたしが手伝ってあげても」
聞き取れないような声で、ぼそぼそと美柑が何かを呟きかけた瞬間
「おはよー!! リト、美柑!!」
眠気など吹き飛ばしてしまうな明るさと騒がしさとともに乱入者がやってくる。もはや見慣れた、慣れてしまった光景。自分とは違った意味でのトラブルメーカーであるララの朝の訪問の時間が訪れたのだった。
「お、おはようララさん……今朝はいつもより早かったんだね」
「うん! 早くリトに会いたかったんだ! おはよーリト!」
「わ、分かったからこっちにくるな、ぶっ!?」
制止もむなしく、恒例の朝のタックルによって押し倒されてしまう。部屋の隅っこというの逃げ場のなさ、加えてララのデビルーク人としての身体能力にはどうやっても敵わない。自分にとっての安全圏である赤のテープを易々超えてくるのはララぐらいのものだろう。
「……今日もノルマ達成できそうね、リト」
「お、お前な……見てないで何とかしてくれ!?」
「嫌よ。近づいたらわたしも巻き込まれちゃうじゃない。ここはララさんにお任せするから。あ、ララさんは朝ごはんどうする? まだだったら用意できるけど」
「ホント!? わたしまだ食べてないんだ! お願いしていい?」
「いいから早く離れろって!? い、息が……!!」
自分の顔の上に腰かけたまま楽しそうに会話しているララに必死に訴えるも全く気にした様子がない。倫理観を無視してララのお尻をつかんで引きはがそうとするも状況は悪化するばかり。ラッキースケベどころか命の危機を感じるレベルのとらぶる。
「……全く、何度言ったら分かるんだ。この赤い線から内には入るなって言ってるだろ?」
「えー? そんなに離れてたらつまんないよ。それにいつものことでしょ? わたしにとっては挨拶みたいなものだし♪」
何とか脱出したもののララは全く悪びれている様子もなくクスクス笑ってるだけ。もっとも根本的に悪いのは自分の体質なので強くも言えないがこのままではまずい気がする。どこの世界に挨拶代わりに顔面騎乗をかます少女がいるのか。だが何より恐ろしいのは自分自身。
(もしかしてオレもだんだん慣れてきてるんじゃ……!? 最近、以前ほど恥ずかしくなくなってきたような……!?)
げに恐ろしきは人間の適応能力。どんな異常なことでも何度も繰り返せば日常になってしまう。恥ずかしさはあるのだが、ララにとらぶるすることに抵抗感が少しずつ薄れていくような気がする。このままでは取り返しのつかないことになってしまう。そんな危機感が生まれつつある。そんな自己嫌悪に陥りかけた時
「あ、そうだ! わたしこれをリトに渡すために急いできたんだった!」
「え? オレに渡すもの?」
「うん! 前にリトのとらぶるを治す発明品を作ってるって言ったでしょ? それがようやくできたんだ!」
ごそごそと何かを取り出そうとしているララの姿にようやく思い出す。ララが天才的な発明家だったことを。自分とララが嘘の婚約者候補になったのもそれが条件だったのだがすっかり忘れてしまっていた。もっともそれを忘れてしまうぐらいにララに振り回されてしまっているだけなのだが。
「はいこれ! 名付けてノーすりっぷくん! これをつければこけなくなる機械なの!」
ジャジャーンと言わんばかりにララは得意げにその手にある腕輪を見せびらかしてくる。見た目は何の変哲もないただの腕輪。
「こ、こけなくなる……? ほ、ホントにそんなことができるのか?」
「あ、リトったら疑ってるの? だったらつけてみて! 自信作なんだから!」
「わ、分かった……これでいいのか?」
不満げに頬を膨らませているララから腕輪を受け取り装着する。本当にそんなことがあり得るのか。だがそんな半信半疑は
「えい!」
ララがぴょんと赤いテープの中に足を踏み入れた瞬間に確信へと変わった。
「ララ、ちょっと待――――え?」
何も起こらない。間違いなくララは自分のとらぶるの範囲にいるのに、自分は転んでいない。いや、転ぶような感覚を覚えるもまるでヤジロベーのように体がバランスを取り、元の位置へと戻っていく。
「ほ、ほんとに転ばなくなってる……?」
「すごいでしょー? 転ぼうとすると元の姿勢に戻るようにプログラムしてるの。バランス感覚が難しくて作るのに時間がかかっちゃったんだ」
えっへんと大きな胸を張っているララを横目にただ自分の腕につけられている腕輪に驚愕するしかない。転ぼうとするのは感覚だけで、見た目も全く体が動いていない。これなら誰かに見られても不自然ではない。文句のつけようのない、完璧なとらぶる対策だった。
「す、すごいぞララ! でも、もしかして何か欠陥があるんじゃ……ぴょんぴょんワープ君みたいにいきなり全裸になるとか……」
「そんなことないよ! あの欠陥はもう直したし……リトのために初めて作った発明品だもん! 何度も何度もテストして完成させた自信作なんだから!」
「ご、ごめん……ありがとなララ! これならもうとらぶるを気にしなくてもいいかもしれない!」
「ふふ、よかった。ほんとならリトの能力をどうにかするのが一番なんだけど、それはわたしの専門じゃないし。でも困るのは転ぶことだからそれならこれで何とかなると思うよ」
子供のようにはしゃいでいる自分の姿がおかしかったのか、ララはニコニコと満足げにこちらを見つめている。そのことに気づき恥ずかしくて顔を赤くしてしまうがそれでも興奮は抑えきれなかった。長年悩まされてきたとらぶるから解放されるかもしれないのだから。
「よし! じゃあ学校に行ってくる!」
「いってらっしゃい、リト! わたしも夕方また来るね!」
「あ、リト張り切ってるのはいいけど鞄忘れてる!」
ドタバタしながらもこれまでにない期待を胸に、学校へと向かうのだった――――
ざわざわと騒がしくなる教室。授業も終わり放課後となった時間帯。そんな中、いつも以上に上機嫌な少年の姿があった。
(よし……! 本当に一回もとらぶるせずに学校が終わった……!)
本当なら小躍りしたいぐらい嬉しいのだがここはまだ学校。そんな奇行をするわけにはいかないので平静を装うしかない。本当なら最近は学校でとらぶるを起こすことはほとんどなくなっていた。主にララのおかげ……と言ったほうがいいのかは分からないが。毎朝やってきては自分のとらぶるを消費させてくれることで自分はある意味安心して学校生活を送れていた。不本意だが、まるで朝処理して賢者モードになっているかのような有様。だが今日は事情が全く異なる。
(あと最低二回は残ってるのは間違いない……でもこの調子なら問題なさそうだ!)
そう、自分はとらぶるを残した状態で平穏に過ごすことができている。それは天と地ほども違う。何度かとらぶるが発動する気配があったがその全てがこの腕につけているノーすりっぷくんで防がれている。まさにララ様様の状況だった。そんな中
「あっ!」
自分の近くで同じクラスの女の子がプリントをばらまいてしまう。慌てて集めているようだが困っているのは間違いない。いつもの自分なら見て見ぬふりをしなければいけない状況。とらぶるの範囲内であれば身動きをしてはいけない。それが今まで学校生活をする上で破ってはいけないルールのようなものだったのだから。だが今は違う。
「だ、大丈夫? 手伝うよ」
「え? あ、ありがとう……ゆ、結城君……」
今なら自分はこうやって誰かを助けることもできる。今までは見ているだけでできなかったことが。たったそれだけのことがこんなにも嬉しい。気付けば女の子はどこか驚いたようにこちらを見ている。何かおかしなことがあっただろうか。
「……? あの……どうかした?」
「え? う、ううん……ただちょっと驚いただけで」
戸惑いながら女の子が何か言いかけたとき
「ちょっと春菜、何してるの!? さっさとこっちに来なって!」
「え? ちょ、ちょっと籾岡さん?」
「いいから!」
女の子、西蓮寺春菜はクラスメイトに手を引っ張られながら連れていかれてしまう。それを見ながらようやく気付く。西連寺が驚いていた理由と連れていかれた理由。当たり前だろう。とらぶるが起こらなくなっても今までの自分の悪評がなくなるわけではない。女子たちにとっては自分は近くにいる女の子をセクハラする男子でしかないのだから。最近、ララと接しているせいで忘れてしまいかけていたようだ。
(……こればっかりはしょうがないな。でも、これからはとらぶるの心配をしなくて生活できるだけでも十分だ)
ショックじゃなかったと言えば嘘になるが自業自得。これからの心配がなくなっただけでも全く違う。そう自分に言い聞かせながら一人、教室を後にする。
(そういえばまだララを見てないな……何かあったのかな?)
帰り道を歩いている中ふと思い出す。そういえばまだララの姿を見ていない。最近は窓から覗いてくることはなくなったが学校が終わる時間になると校門で待ち伏せをしているのが日課になりつつあったのに今日はまだ見ていない。まあこんな日もあるだろうと、いかに今の自分がララに影響されているのか再認識したそのとき、目の前を歩いている女子に目がとまる。いや、知らず体が固まってしまう。
(あれは……古手川……?)
古手川唯。同じクラスメイトで風紀委員。他人から見ればただそれだけの関係。見ただけでそんな反応をする必要はない。でも自分にとっては違っていた。知らず心臓がはねているのが分かる。体中が熱くて、汗が滲んでくる。今すぐこの場を逃げ出したくなるような衝動に襲われる。思い出すのはあの日の光景。自分のせいで泣いてしまった彼女の姿。近づかないでと拒絶されてしまった、あの時の彼女の表情。そのすべてが今の自分を作っている。
(でも……今なら、オレ……謝ることができるかも……でも……)
でも今ならあの時できなかったことができるかもしれない。ただ一言謝りたかった。ごめんなさいと。許してくれなくてもいい。それでもただ謝りたかった。今ならとらぶるもなく古手川と接することができる。いや、でもそれは言い訳だ。本当なら今まで何度も謝ることができるタイミングはあった。ただ自分が逃げていただけ。でも今度こそ。
「……?」
そんな中、自分の気配に気づいたのか古手川は振り返りながら自分に目を向けてくる。一瞬驚いたような表情を見せながらもすぐに鋭い眼光を放ちながら。明らかな拒絶。だがそれでも向き合わなければ。
「あ、あの……」
震えながらも声にならない声を絞り出そうとしたその時
「あ、リト! やっと見つけたー!」
そんな空気を読まない、ぶち壊さんばかりの聞きなれた少女の声が背後から響き渡った。
「ら、ララ!? 頼むからちょっと待っ!?」
「いつもより遅くなっちゃった! それよりもとらぶるはどうだった? うまくいった?」
「……うまくいってたよ……今まではな。それよりもなんて速さで走ってるんだ!?」
「え? だってリトが空を飛んじゃだめだっていうから走ってきたんだよ? ほんとは空を飛んだほうが早いんだけど」
「いくら何でも速すぎるだろ!? 頼むからこっちの常識に合わせてくれ!」
「うーん、これでもすっごく抑えてるんだけどなー」
自分に押し倒されながらもどこか不満げなララにあっけにとられるしかない。当たり前だ。いきなり後ろから世界記録を超えるような速さで走りながら抱きつかれてしまったのだから。それでも怪我しない自分に悲しくなってくる。受け身だけなら黒帯間違いない。せっかくとらぶるが治っても意味がないのでは。そんな中ようやく気付く。転んでもみくちゃになっている自分とララをどこか心ここにあらずといった風に見つめている古手川。血の気が引くのを感じるがもはや言葉も出ない。しばらくの静寂のあと
「…………ハレンチな」
これ以上にない冷たさと侮蔑の視線を残しながら足早に古手川はその場を去っていく。考えうる中で最悪に近い状況。穴があったら入りたい。
「どうしたのリト? さっきの人知り合い?」
「いや……何でもない……」
がっくりと肩を落としながら、無邪気に騒いでいるララとともにとぼとぼと帰路へとつくしかなかった――――
「そういえばリト、もうすぐお客さんが来るから紹介したいの!」
「お客さん? いきなり何の話だ?」
時刻は夜八時過ぎ。リビングでくつろぎながらテレビを見ているとごく自然に風呂上がりのララがとてとてとこちらにやってくる。いろいろと突っ込みたいところはあるがやめておこう。きりがないし、何より今日はララの発明品のおかげで長年悩まされてきたとらぶるからも解放される希望が見えてきたのだから。
「うん! 詳しい話は聞いてないけど、パパから言われたの」
「デビルーク王から? いったい何の……」
「失礼します、ララ様。お邪魔してよろしいでしょうか?」
いったい何ごとなのか。もう嫌な予感しかしないのだが一応確認しようとした瞬間、聞いたことのない声とともに新たな来客が結城家へとやってくる。ここのところ千客万来、しかも宇宙人限定だなと思いながらもその姿にまた目を奪われる。
「お初にお目にかかりますリト殿。私はデビルーク星王室親衛隊隊長のザスティンと言います。以後お見知りおきを」
どこか堅苦しい言葉とともに突如銀髪の美男子がリビングに現れる。それだけならまだいいがその恰好が問題だった。一言でいえばコスプレをしているかのようなボディアーマーとマント。間違っても一緒に往来を歩きたくない姿。
「し、親衛隊……? な、何だよそれ?」
「わたしたちの護衛をしてくれてる人たちのことだよ。ザスティンはその中で一番偉い人なの。わたしとも仲良しなんだから!」
「もったいないお言葉です、ララ様」
どうやら怪しい人ではないらしい。格好はこれ以上ないくらい怪しいのだがもはや言うまい。だが明らかにおかしなことがあった。それは
「あ、あの……なんで頭を下げたままなんですか?」
ザスティンが何故か自分に向かって頭を下げ膝をついたまま動こうとしないこと。さながら忠誠を誓う騎士のような姿にドン引きするしかない。
「当然です。リト殿はララ様の婚約者にして次期デビルーク王となられるお方。ならば私にとっては主も同然」
「何だそれ!? っていうか婚約者じゃなくて婚約者候補だから! まだ婚約したわけじゃないから!?」
「そ、そうなのですか……? 国王がそう仰っていたのですが……」
ようやく事情が分かり安堵するも同時に脳裏にはケケケと笑いを浮かべているデビルーク王であるギドの姿が浮かぶ。間違いない。自分をからかうためにそんなことを吹き込んだのだろう。本当はあの子供の姿が本体なのではと疑ってしまうほどにいたずら好きなオヤジに辟易するしかない。
「とりあえず顔をあげてください……それよりも何か用事があって来たんじゃないんですか?」
「その通りです。では失礼をして。実は……」
ザスティンはようやくこちらの言葉を聞き入れ顔をあげ立ち上がろうとしてくれる。これでようやく落ち着いて話ができる。そう安堵しかけたときそれは起こった。
「…………え?」
それは果たしてどちらの声だったのか。ただ互いに全く予想していない事態だったということだけ。だが自分はすぐさま悟る。目の前の光景。それはまるで鏡写しのよう。ザスティンが何もないところで足を滑らせこちらに突っ込んでくる光景。それがスローモーションのように見える。走馬燈にも似た感覚。
(こ、これってもしかして……!?)
そう、これを自分は知っている。忘れもしない中学三年の思い出。古手川とは違う、もう一つの自分にとってのトラウマ。自分が二つのかけがえのないものを失ってしまった瞬間。一つは親友。そしてもう一つが
「~~~~~~~っ?!?!?」
人生で初めてのファーストキスを失った瞬間。ただあの時と違うのは、今度はセカンドキスであったということだった――――
「…………大丈夫、リト? 洗面器使う?」
「いや……いい、大丈夫だ……」
こちらをどこか痛ましい視線で見つめながら心配してくれる美柑に感謝しながらも素直に感謝できない。むしろ笑ってくれるほうがマシだったかもしれない。
「も、申し訳ありません……リト殿……私が至らないばかりに……」
「気にしないでくさい……元はといえばオレのせいなんですから、こちらこそすみませんでした……だからそれ以上近づかないでくださいお願いします」
可及的速やかに自分の陣地である赤いテープの内側に退避しながら懇願する。互いに正座し、頭を下げながら謝罪しあう不毛な光景。まさかセカンドキスまで男とするなんて思っていなかった。というか夢であってほしい。何よりも自分の能力に空恐ろしさすら覚える。まさか自分ではなく相手を転ばせるなんて。いったいどうなっているのか。この先どうなっていくのか。想像するだに恐ろしい。
「リト、そんなにザスティンとキスしたのが嫌だったの? ならわたしが代わりにしてあげようか?」
「っ!? や、やめろ!? 前にも言っただろ!? キスは本当に好きな人と」
何を勘違いしているのか、ララがそのまま自分に顔を近づけて来ようとするも何とか回避しながら叫ぶも寸でのところで思いとどまる。自分とララ、美柑だけならいいがここにはザスティンもいる。婚約者候補であることが嘘であるとばれるような言動は避けなければ。
「はあ……とりあえずこれ返しておく。ありがとう、ほんとに助かった」
「え? いいの? これつけなかったらまたとらぶる起こっちゃうのに」
「着けてたほうがやばいってわかったからな。他人を転ばすよりは自分が転んだほうがまだマシだし……」
「そっかー。うん、でも大丈夫! また違う発明品を考えてあげるから!」
心の中で涙を流しながらも腕輪をララへと返還する。相手を転ばせるよりは今までのほうがいい。ラッキースケベを相手にさせるなんていくらなんでもひどすぎる。束の間の夢だったが感謝するしかない。
「そういえば、用事ってのは何だったんですか?」
「そうだ、すっかり忘れるところでした。実は……リト殿が賞金稼ぎに狙われているという情報がありまして」
「ね、狙われてる!? ど、どうしてオレが……!?」
大したことがないだろうと思っていた用事が自らの命の危機だと知り驚愕するしかない。いったい何が起こっているのか。
「恐らく、リト殿がララ様の婚約者候補になったことが原因かと。どこから情報が漏れたのかは現在調査中ですか……」
「ま、マジで……?」
「リト、狙われてるんだ。大変だねー」
状況が分かっていないのかぽかんとしているララに構う余裕がない。当たり前だ。命が狙われているというのだから。まさかララの婚約者候補になることでこんなことになるんて。だが当たり前かもしれない。ララは銀河を支配するデビルーク星の王女。その婚約者となれば狙われてもおかしくはない。
「ですがご心配はいりません。そのために私が来たのですから。これからしばらく私がリト殿の護衛をさせていただきます!」
「そ、そうなんですか……それでこっちに」
「そっか! よかったねリト! ザスティン少し抜けてるところがあるけどすっごく強いから安心だよ!」
「お任せくださいララ様!」
「…………大丈夫、リト? 顔が青くなってるけど……」
「…………」
もはや言葉はない。リトにできるのはただ祈ることだけ。
どうか女の子とファーストキスができるまで、生き残ることができますように、と――――
夜空に月が輝きあたりを照らしている中、一人の少女が電柱の上に佇んでいた。
その月明りと同じように金色の髪をたなびかせながらただ一つの自らのターゲットをその紅い瞳で捉えている。
「――――あれが、結城、リト」
金色の闇がうごめきながら、彩南町の夜は静かに更けていくのだった――――
作者です。第六話を投稿させていただきました。
たくさんの感想ありがとうございました。おかげでモチベーションもあがり早めに投稿することができました。
これから原作で登場したキャラクターたちが出てくる予定ですが、どうしても出てこなかったり出番が少なくなるキャラクターが出てくるかもしれません。これは作者の力量の問題であり、漫画ならともかく小説で多くの人数を出しすぎると執筆しににくなるのが理由です。ご理解くださるとうれしいです。
また原作とはリトとの関係が変わってくるキャラクターが増えてくる予定ですがそれがSSの醍醐味であると思うので楽しんでいただけると嬉しいです。では。