もし結城リトのラッキースケベが限界突破していたら 【完結】 作:HAJI
「ここであってるんだよな……?」
「はい、そのはずですが……」
きょろきょろとあたりを見渡しながらここが目的地で間違いないことを確認する。その理由は目の前にある小さな民家。控えめに見てもボロボロでとても真っ当な人が住んでいるような見た目ではない。それに加えて辺りは岩や砂以外何もない殺風景な場所。来る場所を間違えてしまったかと心配になってしまうのは仕方ないだろう。
(ここにティアーユ博士……じゃなくて、ティアさんがいるのか……)
ティアーユ・ルナティーク。ナノマシン工学の第一人者であり、天才的な科学者と言われている女性。そしてイヴにとっては同じ遺伝子を持つオリジナルであり、母や姉と呼べるような存在。今自分たちは御門先生からその居場所を教えてもらいこの場所までやってきている。もちろん地球ではなく、宇宙の辺境にある星。なんでもイヴを生み出した組織であるエデンから身を隠すためにこんなところで身を潜めていたらしい。当の御門先生はここにはいない。感動の再会に水を差すのは趣味ではない、ティアによろしくとだけ伝言を預かってしまった。流石は大人の女性、といったところか。
「…………」
ちらりと隣にいるイヴに目を向ける。いつもと変わらない無表情を装っているが、緊張しているのが丸わかり。だが無理もない。
(生き別れた母親と再会するようなものだし……それに、イヴのこれまでを考えたら、会うのも不安だろうしな……)
イヴの生い立ち。これまでの生活を考えれば、イヴはティアさんの居場所を知っていても会おうとはしなかっただろう。殺し屋として生きてきた人生。きっとそんな自分をイヴは見せたくなかったのだろう。でも今は違う。御門先生は言っていた。半年前にイヴからティアさんを探してほしいと頼まれたと。それは間違いなく、イヴが殺し屋ではない自分を見つけた証。
「……リト、手を繋いでもいいですか?」
そんな中、イヴが俯いたまま尋ねてくる。恥ずかしいのか、不安なのか。頬を染めながら上目遣いでこっちを見つめてくる姿は思わず抱きしめたくなるほど可愛いのだが今はそれどころではない。
「ああ、もちろん。そろそろ行こうか、いつまでもここで突っ立てるわけにもいかないし」
「……はい、そうですね」
小さな手を握りながら改めて歩き始める。本当なら自分も御門先生のようにお留守番するつもりだったのだがイヴの希望で同行する形になった。なら、ちゃんとしなければ。一応自分は今、イヴの恋人なのだから。
(待てよ……よく考えたらこれって、ティアさんにイヴとの関係を認めてくださいって言いに行くようなものなんじゃ……?)
ふと今更ながらそんなことに気づき、変な汗が背中ににじんでくる。実の親ではないものの、ティアさんはイヴにとっては母同然の存在。思い出すのはかつてのデビルーク星でも出来事。デビルーク王によって行われた『娘さんを僕に下さい(強制)』イベント。その悪夢を振り払うように首を振るしかない。あれは例外中の例外。いくらなんでもあれを超えるようなことがあるはずがない。そう自分を言い聞かせていると
「何だ……? あれって……煙……?」
視界に信じられない光景が飛び込んでくる。ティアさんが住んでいるはずの建物からモクモクと煙が上がっている。しかもドブ川のような鼻につく異臭のオマケ付き。明らかに普通ではない。
「ま、まさか……何かの実験に失敗して……!?」
「っ!? ティ、ティア……!?」
ティアさんは科学者。もしかしたら何かの実験中に失敗して事故が起こってしまったのかもしれない。同じことに思い至ったのか、イヴも顔面を蒼白にしながら走り出す。危険はあるが仕方ない。無理やりドアを開けながら家に飛び込むとそこには
「え? あ、あのっ!? だ、誰……!?」
手にフライパンを持ったまま、驚きながらこちらを見つめている女性の姿。その瞬間、確信した。この女性がティアさんなのだと。その顔立ちも容姿もまさにイヴに瓜二つ。いわばイヴの大人バージョン。違うのは眼鏡をかけていることぐらいだろうか。だが今はそれどころではない。
「え? い、いや、その……だ、大丈夫ですか!? すごい煙と異臭が出てたんですけど……」
「煙と異臭……? えっと、料理してるんですけど……」
「料……理……?」
だと……? と思わず突っ込まざるを得ないようなとんでもない状況に言葉もない。見ればその手にはフライパンがあり、それに乗っている物体がこの事態の原因らしい。だがそれは決して料理などではなかった。
ヘドロだった。どっからどう見てもヘドロだった。黒いヘドロのようなものがフライパンの上で煙を上げている。まだ実験に失敗してくれているほうがマシなのでは思えるような惨状。そんな中
「……ティア」
「え……? もしかして、イヴ……なの……?」
呆れているのか、それとも無事であったことに安堵しているのか判断しかねる微妙な表情をしているイヴ。まさか感動の再会がこんな形になるなんて思いもしなかっただろう。対してティアさんは驚きで目を見開いたまま固まってしまうもすぐにイヴに気づき、動き出したのだが
「あ」
何もないところで躓き、ティアさんは盛大に転んでしまう。それだけならまだいい。むしろ転ぶのは自分の専売特許。問題はその拍子に見事にフライパンに乗っている謎の物体Xが自分の頭の上に落下してきたということ。
「――っ!? あ、熱ぃぃぃ――っ!?」
「ご、ごめんなさいっ!? あ、あれ? 私のメガネは? メガネメガネ……!?」
「リ、リトっ!? ティ、ティアも落ち着いてください! メガネはこっちで、リトもじっとしていてください! すぐに水を……!?」
そのまま脱兎のごとく走り回るも頭の上のヘドロは取れず右往左往。原因のティアさんは何故か転んだ拍子にメガネを落としてリアルメガネメガネ状態。そんな中、何とか事態を収拾しようと奮闘するイヴ。
それがイヴとティアの久しぶりの再会。ちなみに謎の物体Xの正体はホットケーキだったらしい――――
「ご、ごめんなさい……私、よく何もないところで躓いちゃって。怪我はない……?」
「だ、大丈夫です……これでも結構頑丈なんで、はは……」
ひと騒動もひとまず収まって今、自分とイヴは椅子に腰かけてくつろいでいるところ。幸いにも頭に別状はない。しばらく異臭は残りそうだが我慢するしかない。
「何であんなものを作っていたんです、ティア?」
「あ、あれは……その、御門から貴方たちが来るって連絡があったからホットケーキを作ろうとしてて……で、でも味はそんなにわるくないのよ?」
容赦なくあんなもの呼ばわりをされるヘドロホットケーキ。あたふたしながら弁明しているティアさんを見ているとどっちが大人か分かったものではない。どうにもイヴから聞いていたティアさんとはだいぶ違っている。もしかしたら記憶が美化されていたのかもしれない。
(でも料理に関してはイヴも他人のことは言えないと思うけど……)
現在イヴは美柑に教えてもらいながら料理修行中。今は比較的まともになりつつあるが最初は本当に酷かった。タイ焼き入りの味噌汁が食卓に並んだ日にはどうしたらいいか途方に暮れたほど。ネメシスからはメシマズ嫁とからかわれ喧嘩が絶えなかった。メシマズも遺伝するのだろうか。でもそれとは違い、全く受け継がれていない部分もある。
(でも、本当におっきいな……御門先生と同じぐらいはあるぞ……)
それはたわわに実った二つの胸の塊。服の上からでもわかるほどの巨乳。今まで出会った女性の中で一番胸が大きい御門先生に匹敵するレベル。同じ遺伝子のはずなのにこうも成長が違うなんて。やはり環境で成長も変化するのだろうか。それともイヴもこれから大きくなるのか。
「……何か言いたそうですね、リト」
「えっ!? い、いや……やっぱり二人ともそっくりだなと思ってさ! はは……」
こちらの思考を瞬時に読み取ったのか、それとも劣等感があったのか。イヴはジト目でこちらを睨んでくる。おっぱいの大きさの話題は禁止。付き合い始めてからの暗黙の了解でもある。それはともかく、なんだかんだでイヴとティアさんは再会を果たしたのだが
「ほ、本当に久しぶりね、イヴ! 元気だった……?」
「え、ええ……ティアもその、元気そうでよかったです……」
ドギマギしながら一言二言会話するもすぐにお互いに無言になってしまう二人。まるで慣れないお見合いをしているかのような有様。本当は嬉しいのに、変に不器用なところは同じらしい。これはこれで見ていて微笑ましいのだが流石にこの空気に耐えられなくなってきたのか、イヴが助けを求めるようにこちらに視線を送ってくる。
「そ、そういえばティアさん。何か飲み物もらってもいいですか? オレ、のどが渇いちゃって……」
「っ! そ、そうね! ごめんなさい、気がつかなくて……すぐ用意するわね!」
ちょっとわざとらしかったかもしれないがティアさんは慌てながら台所へと戻っていく。それを見てイヴも一息ついている。これで少し落ち着く時間が取れるだろう。これでも難しいようなら強引に自分が二人の間に入るように話題を振っていくことにしよう。だがこの時の自分はまだ知らなかった。
「お待たせ、二人とも。冷たい飲み物で良かったかしら――――あ?」
ティアーユ・ルナティークが自分を想像をはるかに超える、金髪巨乳眼鏡ドジっ子だということを。
「ひっ!? つ、冷たっ!?」
「テ、ティア!? だ、大丈夫ですか!?」
「ご、ごめんなさい!? 私、またやっちゃって!?」
まさにさっきのヘドロの再現。見事に何もないところで転びながらティアさんはお盆の上に載っている飲み物をぶちまけてしまう。今度は頭ではなく自分も股間に。思わず悲鳴を上げるもとりあえずティアさんに怪我がなかったようで一安心。頭から被るよりはマシだったかと考えていると
「す、すぐに拭くからじっとしててね、結城君!」
慌てて混乱しているのか、ハンカチを手にしたままこちらに覆いかぶさるようにティアさんがズボンを拭こうと近づいてくる。その姿に思わず尻込みしてしまう。強烈なデジャヴ。これと同じ光景を自分は知っている。そう、これはまるで――――
「ちょ、ちょっと待ってください! それは自分でしますからそれ以上近づかな――!?」
「きゃっ!?」
言い終わる間もなくティアさんはそのまま椅子に座っている自分の股間に向かってダイブしながら転んでしまう。それはまだいい。問題は何故か自分のズボンが脱がされてしまっていること。パンツごとで見えてはいけない物が丸見え。さらにそれだけでは終わらない。
「ひゃっ!? ご、ごめんなさい! 私ったらなんてことを……! す、すぐに元に戻すから……えっと、これがこうなって……!?」
「っ!? ちょ、ちょっと止めてください!? そこは違っ!? ひっ!?」
顔面から自分の股間のモノにダイブしただけでは飽き足らないとばかりに、今度はそれを手に取りながらパンツをズボンを履かそうとしてくる。とても嫁入り前の女性がしていいような行為ではない。どころかイヴにすらしてもらったことのないようなレベル。ティアさんも混乱しているのか、顔を真っ赤にしながら悪戦苦闘。イヴは完全にフリーズしてしまっているのか、口を開けたままパクパクさせているだけ。これが自分のとらぶるのせいならまだよかった。だが今自分にはとらぶるは溜まっていない。ここに来る前に消費済み。つまりティアは自らの天然ドジっぷりだけで自分のとらぶるに匹敵しているということ。
「た、助けてくれえええええ――――!?」
それが結城リトが生まれて初めて、とらぶるされる側の気持ちを本当に理解した瞬間だった――――
「だ、大丈夫ですか……リト……?」
「あ、ああ……何とか……それと、ほんとにゴメン。今まで、とらぶるでえっちぃこと一杯しちゃって……」
「い、いえ……」
こちらを気遣ってくれているイヴの優しさに心が染みるが押し寄せる罪悪感と落ち込みは隠し切れない。今まで自分が同じようなことをしてきてしまったことを改めて実感した形。だがいつまでもこのままではいられない。きっとショックはティアさんのほうが大きいはずなのだから。その証拠にティアさんは床に座り込んだまま微動だにしていない。古手川のようにトラウマになっていなければいいのだが。
「あ、あのティアさん、大丈」
「ええ……ごめんね、結城君。私、とんでもないことを……でも、大丈夫。私、ちゃんと責任取るから」
「へ?」
立ち上がりながら決意を新たにするようにティアさんはそんなよくわからないことを口にしている。意味が分からない。何がどうなったらそうなるのか。
「でもその……わ、私もそういうことも全然知らなくて、でも私の方が年上だからしっかりしないと! とりあえず、ご両親にちゃんとご挨拶して」
「ちょ、ちょっと待って下さい!? いったい何の話をしてるんですか!?」
「え? だ、だって……男の子の大事なところを見て……その、触っちゃったんだし……責任は取らないといけないんじゃ……?」
あたふたしながらティアさんはそんな小学生のようなことを口にしている。というかナチュラルに処女宣言。女の大事なところを見たら責任を取るの男の子バージョンなのだろうか。あまりにも純情というか純粋すぎる。その理論で行くと自分は一体何人の女の子の責任を取らないといけないのか。そんな混乱の中
「その必要はありません、ティア……その人は、私の恋人ですから」
ようやく凍結が解除されたのか、どこか乾いた表情を見せながらイヴは告げる。本当なら嫉妬したり、怒ったりするところなのだが状況が状況だけにそう口にするのが精いっぱいだったのだろう。これが自分のとらぶるならまた違ったのだろうが。だが、ティアさんはきょとんとしたままイヴと自分を交互に見つめている。それがいつまで続いたのか。
「え、ええええ――――!?」
ティアさんは目をグルグルにしながら今までで一番大きな声を上げたのだった――――
「ティア……御門から聞いてなかったんですか?」
「え、ええ……ただ、イヴの友達も一緒に行くからとしか……」
「御門先生らしいイラズラですね……」
第二次ティアーユ大戦が終わりを告げ、自分たちは再びテーブルで向かい合っている。ようやく事情を理解したのか、ティアさんは羞恥で頬を染めながらちびちびと小動物のように飲み物を口にしている。御門先生なりのサプライズだったようだが自分にとってのサプライズにもなるとは流石に予想できなかった。
「結城君……本当にゴメンね。さっきのことはその……」
「き、気にしないください! あ、ああいうこと(をするの)には慣れてますから!」
「……全然フォローになっていませんよ、リト」
こっちの心の声に的確な突っ込みを入れてくれる恋人の理解に涙を流しながらもひとまず二人の間にある気まずさは消え去ってしまっている。喜んでいいのか悲しんでいいのかは分からないが。
「ティア……まさか貴方もとらぶる……テュケを持っているわけではありませんよね……?」
「え……? とらぶる……? 何のこと……?」
今一番聞きたかったことを代わりにイヴが聞いてくれる。きっとこの場にララ達がいても同じことを聞いたに違いない。だが結果は問題なし。ティアさんは特別な能力を持っているわけではない。ただ天然でドジっ娘なだけ。それはそれで恐ろしい気もするがいいことにしよう。
それからはそれまでの緊張が嘘のように会話が弾んだ。とらぶるの話題から始まってイヴが地球にやってきた日からこれまでの生活。殺し屋から護衛に。たくさんの友達やメア、ネメシスという新しい家族ができたこと。変身兵器の因縁との決着。そして自分と恋人になったこと。
それは本当の母娘のように穏やかな時間。殺し屋でも護衛でもない。恋人でもない。一人の子供、娘としてのイヴの姿。それが見れただけでも、ここに付いてきた甲斐があった。
「そう……良かったわ、本当に。貴方がこんなに幸せそうにしているなんて」
「みんなのおかげです……それに、ティアが私の幸せを願ってくれたから、今の私があります」
照れ臭そうにしながらもイヴはそう告げる。以前聞いたことがある話。ティアさんがいつも寝る前に絵本を読んでくれたこと。その度に、イヴの幸せを願う言葉を贈ってくれていたこと。月の恩寵。それがあるからこそ、今のイヴがあるのだろう。
「そういえばティアさんはどうしてこんなところに住んでるんです? エデンって組織ならもうなくなって狙われることはないんじゃ?」
「ええ……ただ、他にもちょっと問題があって。御門にも地球で教師をしてみないかって誘われたんだけど、断らせてもらってるの」
「問題……? 一体何が」
あるのか、と聞こうとした瞬間、体が震える。同時に逃げ出したくなるような衝動。久しく感じていなかったとらぶるによる危機察知能力。同じく気配を感じ取ったのか、イヴもまた臨戦態勢になりながら入り口のドアに向かい合う。
「あれ? もう気づかれちゃったみたいですよぅ、シャルデンさん?」
「そのようですね、どうやら来客は私たちだけではないようデスね」
そこには奇妙な二人組がいた。一人は自分と同じ年ぐらいのショートカットの黒髪の少女。何故か地球の制服姿。もう一人はサングラスとシルクハットをかぶった黒ずくめの男。
キリサキキョウコとシャルデン=フランベルグ。
星の使徒と呼ばれる二人の招かれざる来客。今、あり得ない邂逅が始まろうとしていた――――