もし結城リトのラッキースケベが限界突破していたら 【完結】   作:HAJI

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第七話 「標的」

 

 

「…………はあ」

 

 

まだ朝にも拘わらずもう何度目になるかわからないため息を吐く。今は学校の自分の席。いつもなら自分の体質であるとらぶるを心配してのことなのだが今日は違う。もっと切実な、切羽詰まった問題。それは

 

 

(まさか命を狙われることになるなんて……なんでこんなことに……)

 

 

自分の命が狙われる。そんな冗談のような悪夢。夢であったならどれだけよかったか。だがそれを証明するものが今自分のポケットに入っている。それは防犯ブザー。もちろん地球製ではなくデビルーク製。緊急時に押すことで自らの危機を知らせることができる代物。今朝ララから渡されたものだった。

 

 

(これを押せばザスティンさんが来てくれるから大丈夫って言ってたけど……ほ、ほんとに大丈夫なんだろうか? すごく強い人だってのは間違いないんだろうけど、なんていうか見てて不安になるし……)

 

 

額に手を当てながら今朝の惨状を思い出す。一時的に自分の護衛につくことになったザスティンは自分の登校についてくることになった(もちろん三メートル以上離れた状態で)しかし結果は散々だった。道中でなぜか犬にかじられ、車にはねられかけ、道に迷う。果たしてどちらが護衛なのかわからなくなる始末。それでも優しくてまじめな性格であることはこの短い付き合いで感じ取れているので大きな文句は言えないが一抹の不安は覚えずにはいられないのだった。

 

 

(やっぱりララが言ってくれた通り、デビルークの王宮でお世話になったほうがよかったのかな……)

 

 

うーむと眉間にしわを寄せながらも思い出す。自分が狙われていると知ったララが昨夜してくれた提案。

 

 

『そうだ! それならリト、しばらくわたしの家にいたらいいんじゃない? それならきっと安全だよ!』

 

 

ララの実家であるデビルークの王宮にお世話になるというもの。確かにその提案はありがたいもので現実味があるものだった。デビルークであれば賞金稼ぎや殺し屋であっても手を出すことはできないに違いない。安全という意味ではこれ以上ない環境。だが考えた末にそれはお断りすることにした。いくら安全だといってもララたちを危険に晒してしまう可能性があること。いつまでお世話になるかわからないこと。その間の学校や諸々の問題を考慮して当初の予定通り地球でザスティンに護衛してもらう案をお願いした。もっともデビルーク星での生活に違う意味での不安があったのは言うまでもない。ララに加えデビルーク王であるギド、王妃であるセフィ。いったいどれだけのトラブルに巻き込まれるのか想像するに難くない。

 

 

(そういえばあの娘、ナナだったっけ……あれから会ってないけど元気にしてるかな?)

 

 

ふと思い出す。デビルーク星であったララの妹であるナナ。あれ以来会っていないが元気にしているだろうか。

 

 

 

(遊びに行く約束してたけどなかなか行く機会がないし……というか行く暇がないというか……なんだかこの一か月、ずっとこんな調子のような気がする……)

 

 

また遊び行くと約束したはいいものの未だに行けてはいない現状に呆れるしかない。決して忘れていたわけではないがそれどころではなかったのもまた事実。毎日のララの襲撃という名の訪問に加えとらぶるの対策、美柑の相手と今まで引きこもっていたツケを払っている状況。とどめとばかりに今回の暗殺騒動。とりあえずは目の前の問題を片づけなければ。そんな決意を新たにしている中気付く。朝のHRがいつもよりざわついていることに。何かあったのか。そんな疑問を抱いていると

 

 

「えー突然ですが、今日は転校生を紹介します。入ってきなさい」

 

 

教師がそう促しながら部屋の外にいるであろう転校生を呼び出す。全く聞いていなかったがどうやらこんな時期に転校生が来るらしい。なるほど、それでクラスがざわついていたのかと納得したのも束の間。すぐさま血の気が引いてくる。直感にも似た何か。

 

 

(ま、まさか……!?)

 

 

想像することができる光景。自分が何度も説得することで何とか防いできた事態。脳裏に浮かぶのは見慣れたピンクの少女の姿。だがそれは

 

 

「…………失礼します」

 

 

全くの取り越し苦労だったのだとすぐに安堵する。挨拶をしながら教室に入ってきたのはララとは似ても似つかない少女。

 

 

(よ、よかった……これでララまでやってきたらどうしようかと思った……)

 

 

心の中でため息を吐きながらもひたすら安心していた。なにせ昨夜ララもまた自分を護衛してあげるなどと口走っていたのだから。学校に転校すれば自分を守ることができて一石二鳥だと。何が一石二鳥なのかと問いただしたいところだったがなんとかそれは阻止したのだが約束を破って転校してきたのかと戦々恐々としたが取り越し苦労だったらしい。

 

 

(それにしても……小柄な子だな。背格好は美柑と同じぐらいかな……)

 

 

ララのことはいったん置いておきながら改めて転校生に目を向ける。小柄な体と何よりも腰よりも長く伸びている金髪が特徴的な女の子。瞳は深紅。明らかに日本人ではない、だれか見ても一目でわかる美少女。それによって男子はざわめき、女子からもお人形さんみたい、綺麗といった声が聞こえてくる。

 

 

「じゃあ自己紹介を……」

「……ヤミです。よろしくおねがいします」

 

 

一言そう呟いたまま転校生、ヤミは黙り込んでしまう。どうやら自己紹介はそれで終わりらしい。表情も全く変わらない。無表情のまま。女子の誰かが言っていたようにまるで人形のようだな、なんて思っていると

 

 

「…………」

「…………え?」

 

 

何故か少女、ヤミと目が合ってしまう。一瞬だけならまだ分かるが明らかにこちらをじっと見つめている。ようやく他のクラスメイトも気付いたのか、自分とヤミに注目が集まってしまうもヤミは全くそのことに気がついていない。いや、気付いていて無視をしているのか。

 

 

(な、何だ……? オレ何かしたか……? 初めて会ったはずだけど……)

 

 

何故そんなに見つめられているのか考えるも思い当たる節はない。対してヤミもまた無言のまま。妙な空気を残したままHRは終わり、授業が始まるのだった――――

 

 

 

時刻は三時限目が終わろうかという所。いつもなら自分にとって安心できる時間帯。とらぶるを持っている自分にとっては誰も身動きをしない、自分も動かなくて座ったままできる授業中は休憩時間にもあたるもの。だが今日に限ってはそれは違っていた。なぜなら

 

 

「…………」

 

 

自分の背後から、正確には後ろの席にいる少女から痛いほどの視線をずっと受け続けていたから。

 

 

(な、何なんだ一体!? なんでオレ、こんなに睨まれてるんだ……!?)

 

 

ただ混乱するしかない。当たり前だ。朝のHRからずっとこの調子。はじめは気のせいかと思ったが断じてそうではない。授業中はおろか休憩中もヤミは自分の後ろの席から全く動かずこちらを睨んでいる。いくら自分が鈍感だとしても気付かずにはいられない圧迫感。じーっという擬音が聞こえてきそうなほど。

 

もちろん何度も自分はヤミに話しかけた。何故そんなにみつめてくるのかと。だがヤミは全くそれに答えない。まるでそれしかすることがないといわんばかりの態度。無表情のまま。それが三時間。流石に限界に近かった。

 

 

(こ、こうなったら背に腹は代えられない……! とりあえずトイレに行こう……!)

 

 

気分転換を兼ねてこの場を離れることにする。本当なら生徒が行き交う休憩時間に動くのは自分にとってはいいことではないのだが仕方ない。いつもは授業中に手を挙げて誰もいないトイレに行くのだがこれ以上は精神的に限界。幸いにもとらぶるは朝、ララによって消費済み。今日は三回だったので突発的に四回目が起こる可能性はなくはないが低いのは間違いない。ここにはいないララに感謝しながらとりあえずこのにらめっこ地獄(一方的)から脱出することに成功したのだった。

 

 

(ふぅ……やっぱりトイレは落ち着くな……)

 

 

用も足し、一人安堵する自分に呆れながらもやはり安堵する。やはり自分にとって安心できる場所なのはお風呂とトイレだけらしい。とらぶる的にもララ的にも。遠くない未来、そのうちの一つも聖域ではなくなるのだがそれは割愛。また教室に戻らなければいけないことに憂鬱になりながらもトイレから出た瞬間

 

 

「…………」

 

 

ヤミが出口のすぐ側で立ったままこちらを見つめている光景を目の当たりにしたのだった。

 

 

「っ!? お、お前……!? そんなところで何してるんだ!?」

 

 

思わず後ずさりしながら大声をあげてしまうも仕方がない。当たり前だ、トイレから出てきたら何故か同じクラスメイトが出待ちしているという意味不明な状況。しかも全く無言のまま。男子トイレの前で出待ちしている女子。おかげで廊下には変な人だかりができている。また結城か、とか転校生にも手を出したのか、とかいろいろと耳をふさぎたい噂が聞こえてくるが今はそれどころではない。

 

 

「く、くそ……!」

 

 

とりあえずはこの場から逃げなければ。その一心で全速力でその場から走り出し、階段を駆け上がっていく。もはやとらぶるを気にしている場合ではない。とにかくあの子から逃げなければ。どうして自分を追ってくるのか。もしかしてあれが噂のストーカーなのか。そのすべての思考をかなぐり捨てて階段を一段飛ばしで駆け上がり終着点である屋上までたどり着き間髪入れず扉に鍵を閉める。

 

 

「こ、これで何とか逃げ切ったか……」

 

 

ぜーはーぜーはーと肩で息をしながらもようやく一段落つけると同時にその場に座り込んでしまう。いったい何が起こっているのか。家ならいざ知らず学校でまでこんな騒ぎに巻き込まれるなんて。まるで宇宙人のララがやってきたときの再現のよう。そう、まるで――――

 

ようやくリトがこの非常識な状況の原因に思い当たりかけたその瞬間

 

 

 

「――――地球人にしては身体能力は悪くないようですね、結城リト」

 

 

 

そんな静かな声が頭の上から響き渡る。とっさに条件反射のようにその場を飛び退きながら顔をあげたそこには何故か貯水タンクの上に佇んでいるヤミの姿があった。

 

 

「お、お前どうしてそんなところに……!? た、確かにカギは閉めたのに……!?」

 

 

あり得ない事態に狼狽するしかない。確かに自分は鍵を閉めたはず。それどころかドアも開いていない。屋上の入り口は一つだけなのどうやってここまでやってきたのか。なによりもなんでそんなところに立っているのか。おかげで位置関係的に下着が丸見えなのだが突っ込む余力も見ている余裕もない。それよりも気にしなければいけないのは今のヤミの言動。その一点。

 

 

「ち、地球人って……まさか、お前宇宙人なのか?」

「ええ。ヤミではなく……『金色の闇』が私の殺し屋としてのコードネームになります」

「こ、殺し屋……!? 君みたいな小さな女の子が……!?」

 

 

さも当然だとばかりのヤミの自己紹介に戦々恐々とするしかない。宇宙人に加えて殺し屋。間違いなく目の前にいるのが自分の命を狙っている殺し屋なのだとようやく理解したものの未だに信じられない。一見すれば小さな少女にしか見えないのだから。しかしすぐに思い出す。デビルーク王であるギドも子供の姿であっても地球を破壊できるほどの力を持っていた。自分と同い年のララもまた地球人とは比べ物にならない超人的な身体能力を持っている。目の前のヤミもそうであるなら説明がつく。

 

 

「あまりちょろちょろされては困ります……あなたは私の標的(ターゲット)ですから」

 

 

その紅い瞳に確かな意思を見せながらヤミは貯水タンクから飛び降りそのままこちらに近づこうとしてくる。このままでは殺されてしまう。防犯ブザーを鳴らす隙も無い。何とか一瞬でもヤミの気を逸らすことができれば。すぐに思いついたのがとらぶるを発動することだが発動してくれるか分からないうえに一緒に転んでは逃げることもできない。なら

 

 

「あ! デビルーク王!!」

「え?」

 

 

目の前のヤミが知っているであろう存在でありながら脅威になりうるデビルーク王の名前を使って隙を作り出す。流石は銀河最強の男。名前に出しただけでわずかだがヤミに隙が生まれる。その間に全速力で元来た道を逆走し、階段を駆け下りていく。

 

 

(と、とにかくザスティンさんを呼んで……! そ、それから人気が少ない場所に……!!)

 

 

すぐさま防犯ブザーを押し、階段を下りながら人気がないであろう裏庭目指してひたすらに疾走する。ザスティンは学区のすぐ近くで待機してくれているはず。ならその近くで他の人に被害が及ばない場所に逃げなければ。これまでの人生の中で一番だと思える速さで走りながらようやくその場所にたどり着く。どうやらヤミはまだ追いついていないらしい。ならどこかに姿を隠してやり過ごそう。だがそんな暇もなく

 

 

「見つけたぜ、てめえが結城リトだな……?」

「え……?」

 

 

金色の闇とは似ても似つかない野太い声とともに見たことのない大男が目の前に現れる。黒い帽子にマント。背中には巨大な剣のようなものを担いでいる。明らかに普通ではない。それだけではない。

 

 

「間違いない、顔写真とも一致している」

「ならさっさと殺しちまおうぜ」

 

 

さらにもう二人、異形の侵入者が現れる。全身機械でできたような人間と着物を着たどこか危なげな雰囲気を持った人間。だがすぐ悟る。目の前の三人が本当に人間ではないのだと。

 

 

(こ、こいつらも宇宙人か……!? ヤミ以外にもオレの命を狙ってる奴らがいるなんて……!!)

 

 

間違いなく目の前の三人は宇宙人。ヤミとは違って容姿からして地球人離れしている見るからに殺し屋、賞金稼ぎだと言わんばかりの連中。

 

 

「待て、殺さずに生け捕りにしろというのが依頼主の依頼だったはずだ」

「そうだったな。しかし妙な奴だ……ネメシスとかいったか。こんな貧弱な地球人を捕まえてどうするつもりなのか」

「どうでもいいさ。ボクは赤毛のメアの情報が手に入るならそれだけで十分だ」

 

 

自分を前にして三人はよく分からない会話を始めている。だが何かは知らないがチャンスだ。どう考えても自分がどうこうできる相手ではない。何とかザスティンがやってきてくれるまで時間を稼がなくては。だがそれは

 

 

「とりあえず逃げられないように動けなくしておくよ」

 

 

全く無駄なことだとすぐに思い知らされる。サイボーグのような男の掌が開いたと同時に銃弾のようなものが放たれてくる。自分を狙った攻撃。何も反応できない。逃げることも、叫ぶことも。そのままなすすべなく手足が打ち抜かれんとしたその時

 

 

それよりも早く、金色の闇がその金の髪をたなびかせながら自分の前に降り立った。

 

 

「…………え? ど、どうして……?」

 

 

ただ呆然としながら金色の闇を見上げることしかできない。どうして自分を助けるような真似をしているのか。どうやってさっきの銃弾を防いだのか。聞きたいことが山ほどあった。

 

 

「……? だから言ったでしょう。あなたは私の標的(ターゲット)だと」

「だ、だからだ! なんで殺そうとしている相手を助けるようなことを……」

「何を言ってるんですか。あなたを護衛することが私の仕事です。デビルーク王から聞いていないんですか?」

「は……?」

 

 

何を言っているんだこいつはと言わんばかりの冷たい視線をヤミから受けながらもようやく状況を理解する。そう、ようするにただの勘違い。目の前の金色の闇は自分を殺しに来た殺し屋でなく、自分を護衛に来た殺し屋。標的(ターゲット)標的(ターゲット)でも殺しではなく、護衛の標的(ターゲット)だったのだと。

 

 

「な、ならもっとちゃんと説明しろよ!? 普通護衛の相手を標的(ターゲット)なんて言わないだろ!?」

標的(ターゲット)標的(ターゲット)ですから……それとちょろちょろせずにじっとしていてください。来ます」

「え? 来るって何が……ぶっ!?」

 

 

こっちの文句も何のその。全く気にした素振りもなく無表情のままヤミは突然その場を飛び上がる。明らかに人間の限界を超えた動き。速さも力もララを彷彿とさせる。違うのは自分の体がヤミの髪によってぐるぐる巻きにされていること。魚の一本釣りのように引っ張りあげられてしまう。

 

 

(な、何だこれ……!? 髪が勝手に動いて!?)

 

 

まるで生き物のようにヤミの髪が動いているのに驚愕するも声も上げる暇もない。まるでヤミの動きを読んでいたかのように三人の宇宙人たちもまた後を追ってくる。その手に各々の武器を手にし、間違いなく自分を狙っている。

 

 

「誰かは知らねえが邪魔するなら容赦しねえ、死にな!」

 

 

それが合図になったのかヤミもろとも自分を狙った攻撃が繰り出される。逃げ場はどこにもない。このままでは二人とも。何とかヤミだけでも。だがすぐに理解することになる。

 

 

「――――遅いですね」

 

 

そんな心配は、金色の闇にとっては余計なお世話でしかないということを。

 

 

驚愕しているのは自分だけではない。攻撃を仕掛けた三人のほうが衝撃は大きい。なぜなら自分たちの攻撃がすべて同時に防がれてしまっているのだから。ヤミの両手が光とともに変形し刃と化していることによって。質量保存の法則を完全に無視したデタラメな能力。生体兵器としての真骨頂。

 

 

「こ、これはまさか変身(トランス)能力……!?」

「こいつメアと同じ……!?」

「邪魔です」

 

 

男たちの驚愕の声を聞き終わる間もなく一瞬でヤミは自らの髪すらも刃へと変換しながら三人を撃退する。時間にすれば数秒もない攻防。男たちが弱いわけではない。ただ単に金色の闇が強すぎるだけなのだと、戦いには疎い自分でも理解できるほど金色の闇は圧倒的だった――――

 

 

 

 

「だ、大丈夫なのか? もしかしてあいつら死んじゃったんじゃ……」

「殺してはいません。手加減しましたから。後は銀河警察に引き渡すだけです」

「そ、そうか……」

 

 

あの後、何とか宇宙人三人を拘束し人気のない場所まで連れて行ったはいいもの少し心配だったが杞憂だったようだ。流石に殺すのは可哀想すぎる。それよりも聞きたいことは山のようにある。

 

 

「そ、そういえばヤミはその……殺し屋なんだろ? それがなんでオレの護衛なんて……」

「前の仕事でデビルークといざこざがありまして……その落とし所としてデビルーク王からあなたの護衛を依頼されたからです」

「やっぱりそうか……でもいいのか? その、殺し屋が専業なのに……」

「ええ。かなり待遇はいいですし、護衛という仕事も前から少し興味がありましたから」

 

 

淡々と答えてくれるヤミに圧倒されながらも今はここにはいないデビルーク王にはほとほと呆れるしかない。間違いない。自分があたふたするのを楽しむためにわざとヤミが護衛についていることを黙っていたに違いない。殺し屋を護衛につけるなんてどんなブラックジョークなのか。今度会った時には絶対文句を言ってやる。

 

 

「け、契約って……もしかして、オレの護衛ってまだ続くの……?」

「? そうですが、それが何か?」

「その間……学校にも?」

「離れては護衛ができませんから。拠点もあなたの自宅に置かせてもらいます」

「…………」

 

 

決定事項ですと告げるヤミの姿にもはや言葉も出ない。ありがたいのは間違いないがそれ以上に弊害が多すぎる。とりあえずはどうやって美柑を説得するのか。その一点。ララだけでもこのざまなのに果たしてやっていけるのか。不安は尽きない。だが

 

 

「……とりあえず、ありがとう。これからもよろしく」

「……気にしないでください。仕事ですから」

 

 

とりあえず命を助けてくれたお礼を言わなければ。そんな自分の言葉が意外だったのか、それともお礼を言われることに慣れていないのか。出会ってからずっと無表情だったヤミはわずかに顔を赤くしながらそっぽを向いてしまう。どうやら年相応のところもあるようでこっちもほっとする。しかし流石に自分も疲れていたのかその場に座り込んでしまう。

 

 

「大丈夫ですか? どこか怪我でも……」

「いや……ちょっと腰が抜けたみたいだ……」

「そうですか……立てますか、結城リト?」

「ああ……ありがと……あ」

 

 

そんな自分を見かねたのかヤミはこちらに近づきながら手を伸ばしてくれる。何の気なしにその手を取ろうとしてようやく気付く。今の自分の現状。そしてそれから導き出せる結論。油断してしまっていた代償。

 

 

そのまま流れるようにヤミを巻き込みながら転び、押し倒しながらその胸をつかみ、スカートの中に手を突っ込んでしまう。そんな中そういえばと思い出す。ここ最近ララとしかとらぶるをしていなかったので忘れがちだったこと。それは

 

 

 

「…………ごめんなさ」

「…………えっちぃのは嫌いです!」

 

 

とらぶるは女の子に嫌われてしかるべきものだということ。

 

 

金色の髪でできた拳による制裁を受けながら思うことは一つだけ。暗殺されるよりも護衛に殺されることがないように気を付けようということだけだった――――

 

 

 

ちなみに本来の護衛の誰かさんは職質に会い、仕方なくリトが迎えに行くことになったのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー♪」

 

 

天真爛漫さを振りまきながらララは上機嫌に王宮へと戻ってくる。元々元気が取り柄のようなものなのだが最近は特にそれが顕著になっている。理由はリトが婚約者候補になってから。それによってお見合い地獄から解放されたこともあるがリトのところに遊びに行くという新しいルーチンワークが増えたことでララはまさに絶好調とばかりに振る舞っていたのだった。

 

 

「今日も楽しかったねー! 明日からはヤミちゃんもいるし、もっと楽しくなりそう!」

『ララ様が楽しんでおられるのはわかりますが……覚えておられますか? ちゃんと本物の婚約者候補を見つけなければ』

「分かってるってば! それにその話は内緒だから人前でしちゃだめだよペケ。リトにも迷惑かけちゃうし」

『それはそうですが……』

 

 

ペケは心配しながらもララにそういわれてはどうしようもない。だが本当に大丈夫なのかと心配せずにはいられない。嘘の婚約者候補などそう長くごまかせるとは思えない。早く本物の婚約者候補を見つけなければいけないはずなのだがララには全くその素振りが見られない。それどころかリトと遊ぶことばかりしか考えていないように見える有様。そんな中

 

 

「あ、姉上! 帰ってたのか!」

「あ、ナナ! ただいま、今日はどうだった? 何か変わったことはあった?」

「別に……いつも通りだよ。そういえば聞いてよ姉上! またモモの奴が嫌味を言うんだ、あたしには王族の意識がないとか何とか。同じ双子なのに姉貴面するなっての」

「あはは。モモもナナも相変わらずだねー。そうだ、久しぶりに三人でゲームでもしようか? 最近新しいゲームを考えてるんだ!」

 

 

ララが帰ってきたのを聞きつけたのか、ナナがどこか不満げに愚痴をこぼすもララもまた慣れた様子で宥めている。もう当たり前になっている姉妹の姿。もっとも最近はララがリトのところに遊び行く頻度が増えたため、ナナやモモと遊ぶ時間が減っているのは確かだったのだが。

 

 

「そういえば姉上はリ……ごほんっ、結城リトのところにまた遊びに行ってたのか……?」

「うん! 晩御飯もごちそうになってきちゃった。ごめんね、ナナ。明日は一緒に食べるようにするから」

「そ、それはいいんだけど……」

「? どうかしたの?」

「いや、その……ゆ、結城リトはこっちに遊びに来る予定とかあるのかーって思って。ほら、前にこっちに来てから結構たつし、そろそろこっちにも来るのかなって……」

「リトが? うーん、どうだろう? なんだか忙しそうだし……何度か誘ってみたことはあるんだけど……ナナ、リトに会いたいの?」

「っ!? そ、そんなことはないんだけど……ほら! 前来たときはちゃんと挨拶できなかったし、ちゃんとしたいなって! そう思っただけだから!」

 

 

何故かしどろもどろになっているナナを不思議そうに見つめながらも、ララもまたうーんと考え込む。そういえば自分ばかりリトの家に遊びに行っているような気がすると。モジモジしているナナと共に何かいい案がないかと考え始めたその時

 

 

「あら、お姉さま帰ってらっしゃったんですか。ちょうどよかったです。ちょっとご相談したいことが……ってナナ? あなたもいたの?」

 

 

ひょこっとナナとは違うどこかおしとやかさを感じさせる動作でモモが姿を見せる。そんなモモの姿にララは笑顔を見せ、ナナはどこか拗ねたような表情を見せている。

 

 

「なんだよ、あたしがいちゃ何か問題があるのか?」

「そんなこと言ってないでしょ? 全く、少しは勉強に力を入れ始めたとおもったらこれなんだから」

「ど、どうでもいいだろそんなこと! それよりも何の用だよ。姉上に用があったんだろ?」

「わたしに? モモからお願いなんて珍しいね。いいよ、何でも言って! お姉さんに任せなさい!」

 

 

普段はララにわがままやお願いをしてこないモモが頼ってきたからかララはどこか得意げに胸を張っている。対してナナはどこか疑心を持ちながらモモを見つめている。そのどちらにも笑みを向けながらモモはその手にある紙を手にしながら二人に提案する。

 

 

「――――お姉様、結城リトさんを明日、デビルークの夕食にご招待しませんか?」

 

 

どこか小悪魔的な笑みを見せながらモモは告げる。一割の真摯な気持ちと九割の邪な気持ちを込めながら。

 

 

 

ここに結城リトのデビルーク観光ツアー第二部の開催が宣言されたのだった――――

 

 

 

 

 

 




作者です。第七話を投稿させていただきました。

今回は金色の闇の登場がメインとなっています。原作ではリトを狙う暗殺者として登場するのですがこのSSではその逆、護衛として登場することになっています。原作とは真逆のポジションに置くことで原作とは違う関係、展開に持っていきたいと考えています。また終盤には舞台装置に近いものですがオリキャラとオリ設定が出てくる予定です。

次話はデビルークが舞台。モモの本格的な登場になります。楽しみにしてくださるとうれしいです。では。

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