もし結城リトのラッキースケベが限界突破していたら 【完結】 作:HAJI
(うーん……やっぱり髪は下した方がいいかな? でも前の時はツインテールだったし、急に髪型変えたら変に思われるかも……)
姿見の鏡の前でどこか難しい顔をしながら四苦八苦している少女の姿がある。ピンクの髪に尻尾のようなものが生えている明らかに地球人ではない容姿。デビルーク星の第二王女でありララの妹。ナナ・アスタ・デビルークは今、自分の部屋で一人悪戦苦闘しているのだった。
(……うん! やっぱりいつも通りでいこう! オシャレなんてしたことなかったし……今度母上に聞いてみようかな)
悩んだ挙句結局いつも通りのツインテールに髪をまとめることにする。普段こんなことをしないのだから仕方がない。それでもおかしなところがないかくるくるその場を回りながら鏡でチェックする。今度母が帰ってきた時に聞いてみるのもいいかもしれない。
(な、なんだかあたし、いつもより変になってるのかな? いつもはこんなこと気にしないんだけど……し、仕方ないよな! 今日はリトが遊びに来るんだし、変な姿見せたら失礼だし!)
うんうんと一人で頷きながら納得する。そう、今日は待ちに待った……ではなく、約束通り結城リトが遊びに来る日。正確にはデビルークでの夕食に招待した形なのだが結果的には同じようなものだろう。
(そうだ! リトに見せようと思ってた物を準備しとかないと……えーと、デダイヤルは持っていくとして……本はちょっとかさばるかな。あ! 電脳サファリに連れて行ったらきっと驚くぞ! それからそれから……)
おもちゃ箱をひっくり返したように部屋をめちゃくちゃにしながらも楽しくて仕方がない。待ちわびた友達を迎えようとする小さな子供のような有様。そんな中
「ちょっとナナ……って、何やってるの? 部屋がめちゃくちゃじゃない」
「っ!?」
どこか呆れ気味の声とともに突然部屋に訪問者が現れる。全く気にしていなかったためか、いきなり声かけられナナはびくんと体を震わせツインテールもまるで跳ね上がるように動いてしまう。
「モ、モモっ!? 勝手に入ってくるなよ、びっくりするだろ!?」
「ちゃんとノックしたわよ。それにいつも勝手に入ってくるのはナナの方でしょ?」
「う……そんなことないぞ! あたしだってちゃんとしてるんだからな!」
慌ててしどろもどろになりながらもなんとか平静を装いながらモモと向かい合う。リトが来るのを楽しみにして浮かれていたなんてモモに知られたらどうなるか分かったものではない。それをネタにどれだけいじられてしまうか。それだけは避けなければ。しかし
「? ナナ、あなたちょっと髪型変えた? それに服も」
「え? そ、そんなことないぞ……ちょっと気分転換しようと思ってさ」
「ふーん、リトさんが来るからおめかししてたのね。わたしに言ってくれれば手伝ってあげたのに」
「っ!? ち、違うぞ! 今日はその……リトだけじゃくてリトの妹や新しい護衛が来るから失礼がないようにしてるだけだ! そういうモモだっていつもよりおめかししてるじゃないか!?」
「当然でしょ? 今日はわたし達デビルークの方からリトさん達をご招待してるんですもの」
余裕たっぷりに目を閉じながら宣言するモモに対抗意識が燃え上がるがなんとか抑え込む。これ以上噛みついてもいつものようにお子様扱いされるだけ。見ればいつもあるモモの頭のくせっ毛がなくなっている。少し大人っぽく見せようとしているのだろう。悔しいがオシャレ方面に関しては自分はモモには劣っているのは自覚している。やっぱり母に今度教えてもらおう。そんなことを考えていると
「それにナナはわたしに感謝しなさいよ。わたしのおかげでリトさんに会えるんだから」
「な、なんでお前のおかげなんだよ!? それにリトに会いたいって言ってたのはモモも一緒だろ!?」
「そうだったかしら。でも夕食会をお膳立てしたのはわたしですから」
「お膳立てね……そういえばあの後、手紙をどこかに持っていってたけど何してたんだ?」
「お父様に頼んで招待状を書いていただいてたの。お父様からの手紙ならリトさんもきっと断れないと思って」
「お、お前……本当に性格悪いな……」
「あら、人聞きが悪い。根回しがいいって言ってほしいわね」
クスクスと楽しそうに笑っているモモに呆れるしかない。外面はいいのに内面は間違いなく真っ黒。ドSさが滲み出ている。婚約者候補の父親、しかも銀河最強の男からの招待状なんて渡されたリトはきっとたまったものではないだろう。そのおかげで今日リトがやってくるのだから一応感謝するべきか。そのお礼にモモには気を付けるようにしっかりリトには助言しなければ。
「でもそうね……リトさんのことはどうお呼びすればいいかしら」
「? 何のことだ?」
「だから呼び方よ。やっぱりお兄様って呼んだほうがいいのかしら」
「お兄様!? なんでそんな呼び方しなきゃいけないんだよ!?」
「前にも言ったでしょ? お姉様の婚約者ってことはわたし達にとっては義理の兄になるのよ。名前で呼ぶのは失礼じゃないかしら」
「別にどうでもいいだろ呼び方なんて……リトでいいだろ。リトもそう呼んでくれって言ってたし」
そんなどうでもいいことに悩んでいるモモの姿にため息しか出ない。もしかしたらリトをいじるネタを探しているだけなのかもしれないが。だがモモの言葉にも耳を傾ける部分はある。確かに姉であるララと結婚すればリトは自分たちにとっては兄になるのだから。
(兄……お兄ちゃん……いや、兄上か……うん、それはそれで……)
自分なりの兄への呼び方を反芻し想像する。自分にはいない兄。それにリトがなったらどうなるのか。そんな妄想。それに没頭しかけるも
「ふーん……」
「? な、何だよ気持ち悪い顔して……」
「別に。満更でもなさそうだなと思って。もしかして『兄上』と一緒に遊んでる想像でもしてたのかしら?」
「そ、そんなわけないだろ!? 大体言い出したのはお前じゃないか!?」
「あら、図星? でもそんなに怒ってたら『兄上』に嫌われちゃうわよナナ?」
楽しそうに笑いながらからかってくるモモに向かって走っていくもひらりひらりとかわされてしまう。後はいつも通りの終わりのない鬼ごっこ。ぎゃあぎゃあと騒ぎながら部屋を駆け回る姿はただの姉妹喧嘩。せっかくしたおめかしも台無しになってしまう。
「二人ともおやつの時間だよー……あ、また喧嘩してる! もう、いっつもなんだから」
ララがおやつに二人を誘いに来るも二人は全く気付くことなく騒いでいるだけ。そんないつも通りの光景に呆れながらもどこか楽しそうにララはその光景を見つめている。
それがいつもと変わらないデビルーク三姉妹の日常だった――――
「お、お邪魔します…………」
若干及び腰で挨拶をしながら王宮へと足を踏み入れる。来るのは二度目だがやはり慣れることはない。明らかに場違いな自分。こんな豪華な場所にいては浮いてしまうのではと心配してしまう。加えてあまりいい思い出がないことも大きな理由だろう。
(やっぱり来るしかないよな……あんな脅迫、じゃなくて招待状もらったら……)
げんなりしながらも思い出すのは自分の手の中にある招待状という名の脅迫状。デビルーク王であるギドからの夕食への招待。本当ならお断りしたいのだがそんなことになれば地球がやばい。冗談だとしても洒落にならない。現に地球を壊す力がギドにはあるのだから。
(でも前に比べたらまだマシかな……命の危険はないだろうし、違う危険はあるかもしれないけど……)
以前に比べれば幾分状況は楽かもしれない。前は娘さんを僕に下さいイベントだったのだがそれは既に通過した。まだ嘘の婚約者候補であることを隠し通さなければいけない問題はあるが少しはマシだろう。それに加え今回は自分一人ではない。
「すごい……本当にララさんって王女様だったんだね」
「? 信じていなかったんですか、美柑?」
「そういうわけじゃないんだけど、ほら、ララさんって全然王女様っぽくないじゃない? だから」
「それは……そうかもしれません」
自分がここに来た時と全く同じ感想を口にしている美柑とそれに連れ添うように歩いている護衛のヤミ。二人もまた自分と一緒にデビルークの夕食に招待されている。招待状の最後に家族も連れてきていいと書かれていたので従った形。本当なら父と母もいるのだが離れて暮らしていることもあり妹の美柑だけ。本音としては婚約者候補の件を知っていて口裏合わせができるのは美柑だけなのが一番の理由なのだが。
「よかったねリト。これなら玉の輿になれるんじゃない? あ、逆玉の輿になるのかな」
「っ!? お、お前な……なんでそんなこと……!?」
「だってララさんにあれだけのことをしてるんだし、責任取らなきゃ男じゃないでしょ?」
「?」
こっちの事情を知っていながらこちらをからかってくる美柑に顔を引きつかせるしかない。どうやら毎日のとらぶるに釘を刺しているつもりらしい。元々婚約者候補になったらどうかと提案してきたのはそっちだろうと反論したいところだがヤミがいるこの場ではそれもできない。状況が理解できないヤミはどこか不思議そうな顔をしているだけ。
「ですが私が参加していいんでしょうか? 護衛とはいえ私は殺し屋なのでデビルークの王宮に入るのはあまりよろしくないのですが……」
「いいんじゃない? ヤミさんをリトの護衛に雇ったのはギドさんなんだし。ヤミさんもわたしたちの家族みたいなものなんだから」
「そうだな。それに一人で家に残ってもご飯がないし、料理もできないんだろ?」
「…………ええ、そうですね。覚えておいてください結城リト」
美柑の言葉に驚いた表情を見せながらもすぐに不機嫌そうな無表情に戻ってしまうヤミに首を傾げるも思い出す。そういえばヤミの件でギドに文句を言わなければいけないことを。ヤミを護衛にしてくれたこと自体は助かっているのだがそれを黙っていたのは間違いなくイタズラ。おかげで必要ない醜態をさらしてしまったのだから。
「そうえばララはどうしたんだ? 珍しく家にいなかったけど?」
「夕食の準備を手伝うんだって言ってたよ。何でも珍しい食材が手に入ったとか何とか」
「そ、そうか……大丈夫なんだよな……?」
「私は毒見まではしませんから」
そういえばとこの場にはいないララのことを訪ねるもそんな恐ろしい答えが返ってくる。なんだかもう悲惨な未来しか見えないような気がする。さらっと護衛とは思えない発言をするヤミ。どうやらさっきの自分の発言が気に障っているらしい。そんなこんなで進んでいると
「初めまして、ようこそいらっしゃいました。デビルーク星の第三王女のモモ・ベリア・デビルークです」
待っていてくれたのか、一人の少女がお辞儀をしながら自分たちを出迎えてくれる。その所作も言葉遣いもまさに王族のそれ。ピンクのショートヘアとどこかおしとやかさを感じさせる雰囲気。
「あ、どうも……オレは結城リト。こっちは妹の美柑。もう一人はオレの護衛をしてくれてるヤミだ」
「はい、お姉様から話はよく伺っています」
「お姉様ってことは……もしかしてもう一人のララの妹さん?」
「はい。モモとお呼びください。わたしはリトさんとお呼びしていいでしょうか……? それともお兄様?」
「お、お兄様!? な、なんでそんな……」
「いえ、お姉様の婚約者になられる方ですから。その方がいいかと思いまして」
「か、勘弁してくれ!? それにまだ婚約者じゃないから! 婚約者候補だから!」
「ふふっ、そうですか。ではリトさんと。よろしくお願いします」
思わず吹き出してしまいそうなモモの言葉に翻弄されながらも慌てて訂正してもらう。そんな呼び方をされたらもう後戻りできないような気がする。加えて寒気を覚えそうだ。ヤミの主人発言に勝るとも劣らない精神攻撃。
「よかったね、リト。わたしもお兄ちゃんって呼んであげようか?」
「お、お前な……」
これ見よがしにいつもはしないお兄ちゃん呼びをしてくる実の妹の美柑。これならまだモモが妹のほうがマシかもしれないと思いながらも改めてモモに目を向ける。
(ララの妹ってことは……ナナと双子なんだよな。でも双子でこんなに雰囲気が違うんだな……)
ナナと双子であるはずのモモだが見た目も雰囲気も大きく異なる。ナナがどこか子供っぽく可愛らしいという印象を受けるのに対してモモはどこか大人っぽく綺麗だという印象。髪も短く、体つきもモモの方が成熟している。もっともララには及ばないが。そんな自分の視線に気づいたのか、モモは笑みを浮かべながらそれに応じてくれる。だが何故だろう。何だが変な感じがする。この感じはどこかで。
「そ、そういえばナナは――」
それを誤魔化しつつも気になっていたことを尋ねようとした瞬間
「こら、モモー! まだ話が終わってないのに逃げるなんて卑怯だぞー!」
廊下中に響き渡る大声をあげながらバタバタと小さな少女がこちらに向かって走ってくる。もはや姿を見るまでもない。つい一か月ほど前だがこの騒がしさ、もとい元気さは覚えている。
「……え? リ、リト……? もうこっちに来てたのか……?」
モモの双子の姉妹であるナナ。さっきまでの剣幕はどこにやら。自分たちの姿を見て完全に固まってしまっている。髪はボサボサで服もヨレヨレ。鬼ごっこでもしていたのか息も上がっている。
「ひ、久しぶりだなナナ。元気そうでよかった」
「っ!? あ、ああ! 久しぶりだなリト! ちょ、ちょっと前に会ったばっかりだけど」
自分の姿にようやく気付いたのか、何でもないように胸を張りながらも身だしなみを必死に直そうとしてる。心配はしていなかったがここまで元気だとこちらまで引っ張られそうだ。
「もう、はしたないわよナナ。リトさんたちの前なのに」
「もとはと言えばお前のせいだろ!? ちゃっかり自分だけ身だしなみを直して」
「それよりも早く挨拶しなさい。他の方たちも困ってるわよ」
「っ! わ、分かったよ……ナナ・アスタ・デビルークです。よろしく」
たどたどしく自己紹介をするナナに美柑もまた事情を察したのか挨拶し交流を図っている。ヤミもまたそれに巻き込まれる形。とりあえずこれで落ち着いたはず。だが何かを忘れているような気がする。のどまで出かかっている何か。だがそれは
「あ、そうだ! リトに見せたいと思ってたものがあるんだ! 姉上に作ってもらったんだぞ!」
満面の笑みを浮かべながら自分に何かを見せびらかそうと近づいてくるナナによって思い出させられる。そう、とらぶるという名の能力。自分にとっては対人関係を作るうえで絶対の障害となってしまうもの。
「ちょ、ちょっと待て!? それ以上近づくな!?」
反射的に後ずさりしながらナナから距離を取る。これ以上近づかれたとらぶるの範囲内になってしまう。今日は朝にララによって三回消費しているため発動する可能性は少ないが四回目がないとは限らない。美柑とヤミに関しては慣れているため自然に距離を取ってくれるがナナは違う。もしかしたらモモもそうかもしれない。
「な、何だよ……まだ風邪が治ってなかったのか? 前も言っただろ、風邪なんて気にすることないって」
「いや、風邪じゃないんだが……もしかしてまだララからは聞いてないのか?」
「姉上から……? 何も聞いてないけど……」
何のことか分からないといった風のナナとモモの様子に確信する。ララがまだ自分のとらぶるのことを二人に伝えていないのだと。もしかしたらララにとってはとらぶるが当たり前のことになっていて話すことを忘れていたのかもしれない。
「それよりもこれ見てくれよ! すごいんだぞ、これを押すだけで好きな動物を呼ぶことができるんだ!」
自分の制止を聞くことなくナナはその手にある電話をこちらに見せようとしてくる。説明したところですぐに信じてくれるかわからない上に間に合わない。走って逃げようかと思うも後ろは壁。逃げ場はない。万事休すかといった瞬間
「……それ以上近づいてはいけません、プリンセスナナ」
自分とナナの間に割って入るように金色の闇が現れる。どうやら事情を瞬時に察してくれたらしい。ヤミには感謝するしかないのだが
「……何だ? 心配しなくてもいいぞ、これリトに危険がある物じゃないし」
「危険があるのは結城リトの方です。これ以上近づくとえっちぃことをされてしまいますよ」
本当のこととはいえあんまりな言われ方に感謝の気持ちが消え去ってしまう。危険物扱いはできればやめてほしい。できればもう少しオブラートに包んでくれないだろうか。しかし
「……なんだよえっちぃことって、リトがそんなことするわけないだろ」
「ナ、ナナさんちょっと落ち着いて、リトには」
「みんなしてあたしをからかってるのか? あんまり馬鹿にするならあたしだって怒るぞ!」
「ちょっとナナ!」
そんなヤミの忠告もナナのは届かない。むしろ逆効果だったようだ。確かにいきなり話しても信じてくれる内容ではない。かといって近づくわけにもいかない。どうにかこの状況を何とかしなければと焦っている中
「あ、リト! 来てくれたんだ、よかった! 来てくれなかったら迎えに行かないとって思ってたんだから!」
救世主になりうる王女、ララが上機嫌に姿を見せる。なぜかエプロン姿のまま。やはり夕食を作っていたのかと違う意味で戦々恐々とするも今はそれどころではない。とにかく自分の状況をララの口から説明してくれれば、だがそんな期待は
「そういえば学校どうだった? ヤミちゃんも一緒だったし楽しかった? あ、そういえば手紙には何が入ってたの? わたしちゃんと中身見てなくって」
「ちょ、ちょっと待て!? 今はそれどころじゃ……!?」
説明する間もなくいつもの調子でララは自分にまとわりつてくる。とらぶるの範囲内なのだがヤミは何も手出しすることはない。どうやらヤミの中ではララは自分のとらぶるの範囲内に入れてもいい存在になっているらしい。そんな気を遣う必要はないだろうに。しかもこの時に限ってとらぶるは起こらない。よりによってこの状況。とらぶるが起これば自分の言っていることが本当だとナナにも一目瞭然なのに。まさかとらぶるが起こってほしいなんて思う時が来るなんて夢にも思わなかった。
「……楽しみにしてたのに……姉上ならいいのかよ……」
自分だけが除け者にされているように見えたのか、聞き取れないような声で何かを呟きながらナナは俯いてしまう。無理もない。これでは自分がナナを避けてララと仲良くしているようにしか見えない。何とか弁解しようとするも
「リトの……バカ―――!!」
叫びながら脱兎のごとくナナはその場を走り去ってしまう。まるで泣いているような表情が一瞬目に入る。
「ま、待ってくれナ、ぶっ―――っ!?」
「いきなり動かないでください。とらぶりますよ」
跡を追おうとするも足首にいきなりヤミの髪が絡まり転倒してしまう。急に自分が動くことでとらぶるに美柑やモモを巻き込むことを防いでくれたらしい。本当なら感謝したいところなのだがそれどころではない。ある意味この状況を生み出しているのは目の前のヤミも一因。もっとも自分を思ってしてくれている行為なので文句も言えないのだが。とにもかくにもナナを何とかしなければ。そんな中
「……そっか。うん、わたしに任せてリト! ちょっとナナと話してくるから!」
何かに納得したのか、ララはそのままナナのあとを追って行ってしまう。後に残されてしまった自分たちは途方に暮れるしかない。
「大丈夫ですよリトさん。お姉様は喧嘩の仲裁には慣れてらっしゃいますから♪」
そんな自分たちに向かってどこか安心した様子でモモはそう告げる。その言葉を信じながらリト達はその場で二人の帰りを待つのだった――――
見渡す限り広大な自然が広がる世界。そこにナナは一人座り込んでいた。そこはデビルーク星ではない。電脳サファリとよばれる仮想空間でありナナの友達である動物たちが暮らす場所。ナナにとっては自分の秘密基地のような場所の一つだった。
「…………ぐすっ」
体育すわりをしながらただ一人で涙ぐむ。先ほどまでの元気はもうかけらも残っていない。あるのは悲しみだけ。
(せっかく楽しみにしてたのに……何だよ、姉上はいいのにあたしはダメなのかよ……)
涙を流しながら考えるのはさっきの光景。自分には近づくなって言っておきながら姉であるララにはそんなことを言わない。そんなリトに対する怒り、そして姉であるララに対して嫉妬してしまっている自分への自己嫌悪。リトはララの婚約者候補なのだからそれは当たり前なのかもしれない。でも悲しかった。また一緒に遊ぶ約束をしたのに。ずっと待ってたのに近づくな、なんて。
(あたし、嫌われちゃったのかな……一人であんなに舞い上がって、バカみたい……)
リトに嫌われてしまったかもしれない。あんなことを言ったから怒ってるかもしれない。それが悲しい。初めてできた男の子の友達で自分と同じ動物好き。もっと仲良くなれたらと思ってたのにどうしてこうなってしまったのか。
ぐずりながらもこれからどうしようと途方に暮れかけた時
「あ、やっと見つけた! ナナー!」
上空から聞きなれた声が響き渡る。驚きながら顔をあげるとそこには羽を羽ばたかせながらこっちに向かってくる姉のララの姿があった。
「あ、姉上……!? どうしてここに……」
「ナナ、落ち込むといつもここに来るからね。ちょっと心配で見に来ちゃった」
よかったと笑みを見せながら自分のそば近づいてくるララの姿に一瞬目を奪われるもすぐさま慌てて目をこする。泣いていたことがばれたら恥ずかしい。何よりも心配をかけてしまう。でも目が赤くなっているのは誤魔化せない。そんな自分をララは見守ってくれている。どこか母親であるセフィを思い出させる所作。
「ごめんね、ナナ。ナナもリトと遊びたかったのに邪魔しちゃって……」
「え? な、なんでそのこと……」
「リトから聞いてたの。前にこっちに来た時にナナと会ってまた遊ぶ約束したんだって」
「そっか……リトが……」
自分の隣に座りながらララはそう自分に教えてくれる。自分を気遣ってくれる言葉。何よりもリトがあの時の約束を覚えていてくれたことが嬉しかった。でも
「でもあたし……リトに嫌われちゃったかも……」
それが怖い。もしかしたら怒っているかもしれない。傷つけてしまったかもしれない。
「大丈夫だよ、リトはそんなことで怒ったりしないし、心配して追いかけようとしてたんだから」
「ほんと? でも近づくなって……」
「あ、それは半分わたしのせいかも。ナナとモモにはちゃんと言ってなかったもんね」
失敗してしまったと反省している様子のララ。自分には何のことかわからない。でもようやく知ることになる。
「リトはね、とらぶるっていう能力を持ってるの。そのせいでナナを近づかせたくなかっただけなの」
とらぶるという名のにわかには信じられないような力を。
「ほ、ほんとなの姉上? そんな能力聞いたことないぞ?」
「本当だよ? わたしも毎日されてるし……ん? されてるっていうよりはさせてるのかな? とにかくヤミちゃん風にいうならえっちぃことだからリトは他の人にはしたくないみたい」
ララからの説明でようやく納得がいった。なぜリトが自分に近づくなといったのか。前に会ったとき風邪だなんて言っていたのか。同時に安堵する。自分がリトに嫌われていたわけではないと分かっただけでも十分だった。だが同時に疑問がわいてくる。
「姉上はその……と、とらぶるされてもいいのか? ケダモノみたいなことされてるんだろ?」
「え? うーん、別に嫌な感じはしないよ? リトもしたくてしてるわけじゃないし、最近は気持ちよくなってきたから」
「き、気持ちよく……!?」
「うん、それにとらぶるを何とかしてあげるからってリトには婚約者候補になって」
「え?」
「う、ううん何でもない! とにかくわたしは大丈夫だよ。美柑やヤミちゃんは嫌みたいだけど」
「そっか……」
どこかあたふたしているララの姿を見ながらも知らず顔を赤くしてしまう。話を聞いているだけでも恥ずかしいのに、それが気持ちいいなんてどういうことなんだろうか。自分には分からない大人の世界を垣間見た気がする。そんな中ふと思い出す。ずっと姉に聞いてみようと思ってできないでいた質問。
「そういえば姉上はどうしてリトを婚約者候補にしたんだ? お見合いもいっぱいしてたのに」
どうしてあんなに嫌がっていた婚約者候補を選んだのか。他ならぬ自分の手で。ララはどこか目をぱちくりさせ、少し頭をひねりながらも
「うーん、なんでだろうね? リトにはとらぶるがあるし、わたしぐらいしか結婚できる相手がいないからかな?」
そんな冗談か本気かもわからない答えをどこか楽しそうに口にする。そんな自らの姉の姿に知らず見惚れながらも同時に何故か胸が痛くなる。今までモモにしか感じたことのない、ほんのわずかな対抗心という名の嫉妬。
「さ、そろそろ行こうナナ。みんな心配してるよ?」
「……うん、わかった」
ララに手を引かれながらナナは王宮に戻っていく。自分の感情の正体に気づくことなく。遠くない未来、それが自分に何をもたらすか知らぬまま。
結局ナナはリトと仲直りし、ララに対抗してとらぶるの範囲に入り込むも巻き込まれ、胸とお尻を触られたことで悲鳴を上げ、ケダモノの叫びとともにリトを吹き飛ばし、再びリトに謝るというミラクルを起こすことになったのだった――――
どこか足早にデビルークの王宮の中を一人の男が進んでいく。ボディアーマーにマントを身に着けた男。デビルーク親衛隊長ザスティン。だがその表情は真剣そのもの。いつも真面目ではあるのだがその顔にはいつもの余裕はない。手には分厚い資料。向かう先は自らの主がいる玉座。
「失礼します、ギド様。よろしいでしょうか」
「あ? ザスか、いいぞ入れ」
扉をノックし入室の許可を得た後、ザスティンは姿勢を正しながら自らの主であるギドと対面する。傍目に見れば子供と大人。どちらが主かわかったものではないのだがそれは割愛。ギドがどこか退屈そうにしているのもそれに拍車をかけていた。
「どうしたそんなに慌てて。もう結城リトが来たのか?」
「は? た、確かにリト殿はもうこちらに来られたようですが……」
「そーかそーか! じゃあいっちょオレも行くとすっか! 面白えことになりそうだしな!」
「お、お待ちくださいギド様! 私が来たのは別件でして」
「あ? 早めに済ませろよ。つまねえことだったら承知しねえからな」
自分の話を聞く間もなく遊びにいこうとされる国王を何とか引き留めることに成功し安堵する。こういう時には王妃であるセフィがいてくれればと思うものの口には出せない。とにもかくにも
「以前お話しされていた組織……
自分の職務をまずは全うしなければ。手に持っているギドに手渡すとギドは無言のままそれに目を通していく。その表情は先ほどまでとは違う。デビルークの王としての姿。その眼光には確かな闘志が宿っている。
「……これで全部か?」
「はい、間違いありません。殺し屋クロから大金を使って聞き出した情報ですので」
「それは別に聞いてねえんだが……」
「やはりあの金色の闇のことですか……? 私は反対です。いくら護衛といえども殺し屋をリト殿の護衛につけるなど」
金色の闇に関連した事象。金色の闇は
「何だ? 護衛を失敗して手柄を取られたことを根に持ってんのか?」
「そ、そんなことはありません! 私はリト殿の身の安全を考えて……」
「ま、心配いらねえだろ。今のところは上手くいってるみてえだし。金色の闇を護衛にしたのも気紛れさ。たまたまだよ、たまたま」
「そ、そうですか……」
ケケケと心底楽しそうにしているギドにかける言葉がない。長年つかえているがこの方の気紛れには頭を悩まされる。それが魅力の一つではあるのだが付き合わされる方はたまったものではない。この場合は結城リトがそうだろう。
「とにかくてめえはこの情報にある『赤毛のメア』と『ネメシス』って奴らを探れ。何かわかったらすぐに報告しろ、いいな」
「分かりました、では」
深く頭を下げながら退室する。国王の考えはいまだ見えないが自分のすることは変わらない。すべてはデビルークの、ひいては銀河の安定のために。
ザスティンが退室した後、ギドは資料にある単語に目を向ける。一つがプロジェクト・イヴ。もう一つがプロジェクト・ネメシス。プロジェクト・イヴと並行して進められていたもう一つの変身兵器計画。そしてその隣に記されている三つ目の計画。
『プロジェクト・テュケ』
詳細は何も残されていない計画。本当に行われていたのかすら疑わしい存在。
「エヴァの野郎……今度は何を考えてやがる」
目を細めながらも形容しがたい感情を露わにしながらデビルーク王は笑う。デビルーク王としてではないギド・ルシオン・デビルーク個人としての姿。
全てが流れていく。未だにすべてのピースは揃わない。だがその時は確かに迫りつつあった――――