Fate/kaliya 正義の味方と桜の味方【完結】   作:faker00

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本編
Prologue 曲がりきった運命


 ――はじまりは1つの偶然だった。それも別に隕石が降ってきただとか宇宙人の乗った未確認飛行物体が目の前に落ちてきただとか、そんな劇的に運命を変えてしまうようなものではない。

 言うならば……同じ人が100回全く同じ道全く同じように歩いたところ、1度だけそこにあった小石を蹴飛ばしてしまった、とかそんなものだ。要するにそれ単体ならさしてその後に影響など起こるわけがないもの。

 しかしだ、もしも蹴飛ばしたその先に本来なら何事もなく道を歩いていたはずの人がいて、その人に当たってしまったらどうだ? そしてその人物が偶然にもその筋の人だったりとんでもないお偉いさんだったとしたら……? 可能性が極々僅かなのは認めよう。だがありえない、ということもありえないのもまたfate(運命)なのだ。

 偶然の連鎖はいつしか渦を巻き運命そのものを捻じ曲げる。これはそんな物語――

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「葵、凛の様子はどうだい?」

 

「……落ち込んでいるのか寝込んでいます。魔術師の娘と言ってもあの娘もまだ6歳、幾らなんでも――」

 

 突然の妹との別れを納得して受け入れろと言うのは無理がある。

 

 日本の冬木市に位置する魔術師の名門、遠坂家の妻たる遠坂葵の言葉は最後まで紡がれる事はなかった。

 彼女の言葉が指す事柄を受け入れられていないのは何もまだ齢6つの愛娘、凛だけではない。同年代の女性と比較しても十分に成熟した人間といって差し支えない葵も受け入れきれていなかったのだから。

 肩までかかる長くしなやかな黒髪に、町ですれ違うものがため息をつくような儚さを含んだ美しい容姿が印象的な葵だが、今の彼女から感じられるのは儚さよりもどちらかというと今にも壊れそうな脆さだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すまない。私も少しばかり無神経だった。だがこれは」

 

「言わないでください時臣さん、分かっています。魔導の道において才ある二人が同じ家にいるのは不幸にしかならない。だからこれは……凛の為でありそして桜自身の為なのだと」

 

「そのとおりだ。分かってくれているのならそれでいい」

 

 そんな葵の様子に察したのか、テーブル越しに向かい合いコーヒーを飲んで――それも妙に優雅な動作で――いたこの家の主人、遠坂時臣が立ち上がり葵に声を掛けようとするが彼女はそれを遮った。

 何かを割り切ったような強い瞳でそう言う。

 その姿を見て時臣は満足げに頬を緩ませた。ああ、やはり彼女を選んだ自分の判断は間違ってはいなかったのだと。

 

 

「あと、3日後ですか」

 

「ああ、間桐の当主としては1日でも早くという希望だったが、姉妹に最後の別れを惜しむ猶予をくれた。流石に魔導の名門は心得ている」

 

「本当に、家族ではなくなってしまうのですね」

 

「それが養子というものだからね。3日経てば、遠坂凛と遠坂桜という遠坂家の姉妹は無くなり、遠坂坂家の跡取りである遠坂凛、そして"間桐"の正統後継者である間桐桜、の二人が残ることになる。独立した魔術師として歩んでいく以上もう二人は"他人"だ」

 

 トレードマークとも言える真紅のジャケットを着直しながら時臣はまるで事務作業かのように淡々と告げた。

 

 ことの始まりは、二人の間に産まれた長女である凛が病弱だったことに起因する。

 魔術師としてどころかまともな人間として生きられるかどうかすら危うい危篤と生還の繰り返し、その中で時臣は、魔術師としてもう一人子をもうけることを決意せざるを得なかった。そして1年後、凛の妹である桜が生まれた。

 ある意味ここから家族の歯車は狂ったと言っていいのかもしれない。まず第一に時臣としては口にこそ出しはしなかったものの、最悪の事態を想定していた凛の才能が彼の想定を遥かに凌駕していた。魔術属性五大元素(アベレージワン)通常なら1つが普通、もしも2つ……2重属性でも持とうものなら天才と祀り上げられるところを凛は5つ。まさに、神童。これを理解した時の時臣の歓喜たるや想像に難くはないだろう。これだけなら良かった。むしろ歓迎すべきなのだが……人生はそう上手くいかなかった。

 妹の桜までもが天才だったのだ。属性「架空元素・虚数」極めて稀な特異属性に加えて遠坂家の魔術回路。彼女もまた時代に名を残すだけの素養をもって生まれて"しまった"のだ。

 

 魔術師という世界は閉鎖的かつ理不尽だらけだ。優秀なものが二人いれば二人とも素晴らしく育ちその家の黄金時代を彩る、なんてことは許されない。故に、その秘術は一子相伝。どちらか片方しか光り輝く道は歩めない。選ぶ道は魔術師であることを捨て一般人として生きるか、怪異を引き寄せ阿鼻叫喚の地獄絵図を見るか、協会でホルマリン漬けの研究材料になるか……

 通常の人間なら、取るべきは1つに決まっているだろう?とあっさり選ぶだろう。しかし時臣は魔術師だった。その為その3つの道全てが等しき地獄に見えたのだ。だから、その全てと違う道を選んだ。

 

 他の魔術師の家系へ桜を養子に出す。これが娘の幸せを祈った"魔術師"遠坂時臣の選んだ選択だった。

 桜の素養自体は悪くない。むしろ他からすれば喉から手が出る以上の事をしてでもほしい天賦の才を持っている。もしも受け入れてくれる家があればその時は桜も凛も同じ様に光り輝く……そう考えた。そのタイミングでもたらされた報せ、同じく冬木に居を構える間桐家からの申し出。

 これは渡りに舟だった。間桐は多少衰退したとはいえ名門であることは時臣自身が1番よく分かっている。結論など考えるまでもない。

 

 そして、その日がいよいよ3日後にまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

「……そうだな」

 

 しかし、そんな事を年もいかぬ娘が早々分かるわけもない。現に凛などは報せを受けてからというもの数日ずっと塞ぎ込んでいるのだ。

 時臣は魔術師として最良の判断をした、だが人として凛の悲しみは理解出来た。だから、娘の悲しみを癒やしてやりたいとは思っていた。

 

「む……?」

 

 それは、たまたまだった。顎に手をやり立ち上がった時臣の目に光るものが入ったのは

 

「これは……」

 

「あなた?」

 

 普段埃一つ見えないほどキッチリしているこの家では滅多にないことなのだが、何故かその日はクローゼットが僅かに開いていたのだ。そして時臣が近づいて屈み込むとその目に入ったものの正体を確かめることができた。

 

「ペンダント……それもこれは……なぜこんなものがここに」

 

「ご、ごめんなさい時臣さん! 私が昨日確認を怠ったから……!」

 

 それを認めると葵が弾かれたように立ち上がり駆け寄り時臣に頭を下げる。彼女自身、桜を失うという喪失感から無自覚ながら、今まで遠坂家の家訓に従い完璧にこなしていた家事などに少しばかり隙が出来ていたのだ。それは本人でも全く気づかないほど僅かな隙だったのだが。

 

「いや、謝らなくても大丈夫だ。ふむ。そうだな。少しばかりタイミングが違うがまあ良いだろう。葵」

 

「はい?」

 

「このペンダントを私からのプレゼントとして凛に渡してあげてくれ。それだけでどうにかなるとは思わないが……まあ少しは慰めになるかもしれない」

 

 きょとんとした表情を浮かべる葵に時臣はペンダントを差し出し、優しく微笑んだ。

 

 これが、1つ目の些細な偶然

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「それじゃあ……さようなら"遠坂"さん」

 

「……!!」

 

 それから3日後。今まで可愛がってきた妹"だった"桜からの一言は凛の心に容易く突き刺さった。

 遠坂家の門の前で知らない男に手をひかれる桜は何かを悟っているかのように静かだ。父である時臣は間桐との会合があると一足早めの別れを済ませここにはおらず、それと同時に葵は溢れる感情を抑えきれなくなった。

 そして今、凛の心も壊れかけ。およそ5年続いた、4人の遠坂家は今まさに終わりの時を迎えようとしていた。

 桜が簡素なお別れの言葉と共に未練も何もないかのように凛に背中を向ける。

 

 

 

 

 

「ま……」

 

 ここで終わるはずだった。しかし、凛は唯一違う事があった。それは、他の三人が何かしら自分の中で折り合いをつけ、消化した上で今日を迎えていたのに対して、凛はまだ全くと言っていいほど現実を受け入れることが出来ていなかったということ。

 

「……なに?」

 

 何も考えてなどいやしない。力が緩む葵の右手と繋がっていた左手を振り切って去りゆく桜へと走る。葵は止めようとはしなかった。

 そうしてようやく辿り着き、振り向いた桜から発せられた言葉は純粋な疑問

 

「それ……は……!」

 

 何を言えばいいのだ。ここに来て凛の思考はようやくそこに行き当たる。確かに凛は現実を受け入れることが出来ていない。しかし、現状を理解出来ないほど歳相応の子供でもなかった。

 それだから、詰まった。

 

「……! これ!」

 

「……?」

 

 とっさに凛は首にかけていたペンダントを外し、突き出していた。彼女の父からプレゼントされたばかりの大事大事なペンダントを。

 

「私……桜になにもあげられてなかったから!!」

 

 彼女はこの時頭の中で瞬間的に候補を2つ頭の中で弾き出していた。ずっと大事にしていた髪飾りをあげるか、それともペンダントをあげるか、判断を分けたのは何だったのかそもそもなぜ、敬愛する父からプレゼントされたばかりのペンダントを彼女に譲ろうと思ったのか。それはだれにもわからない。

 

「このペンダント……真っ赤なの! 私は赤が大好きなのは桜も知ってるでしょ!? だから……だから……」

 

 そこまで言うと凛の両目からツーっと涙が滝のように線を引く。そしてその流れはどんどんと激しくなっていき彼女の呼吸も嗚咽と一緒に荒れていく。

 

「忘れないで! 私も桜のこと絶対に忘れないから……だから、だから!!」

 

「そのペンダントを見て、私を思い出して! 辛いことがあったらそれを見て思い出して! 支えにして! あなたにはおねえちゃんがいるんだって!」

 

「とお……おねえちゃん……!」

 

 

 本来渡されるべきものは渡されず、彼女が将来使うはずだったものは他人の手に渡った。

 それが、2つめの偶然。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

「……ぐっ」

 

 屋敷の階段を一段上がるたび身体を走る激痛に間桐雁夜は思わず呻き声を上げた。痛みなど慣れたものだと思っていたがそうは問屋が卸さないらしい。雁夜はただ耐えることしか出来なかった。

 

「それにしても今回はやばかったな……」

 

 間桐雁夜を蝕む魔術の鍛練。無論、本来ならここまでボロボロになるようなものではない。雁夜がここまで苦しんでいたのには理由があった。

 

 ――落伍者

 

 間桐雁夜の素性を知った魔術師は全員そう口を揃えるだろう。魔導から逃げた臆病者、と。実際のところは命をかけた出奔劇であり、そこいらの魔術師では考えられないような精神的修羅場を潜り抜けているのだがそこはまあ割愛しよう。

 ともかく、雁夜は魔術師になるのを拒み、家を出た。

 そんな雁夜をこの家に呼び戻す理由が出来たのはおよそ1年前。彼のかつての想い人である遠坂葵の家族構成に起こった不可解な変化だ。

 魔術師としては普通なのかもしれないが、通常の人間に近い感覚、倫理観を持つ雁夜には理解出来ないそれ。なにより、別れ際に葵が見せた哀しげな表情は雁夜の家に対する嫌悪すら遥かに凌駕した。

 

 そうして家へ戻った雁夜は自らが聖杯戦争に勝つことを条件に桜の解放と修行の凍結を要求。

 どんな気まぐれかその条件は当主である間桐臓硯によって聞き入れられ、雁夜の修練が始まった。しかしもともと衰退の一途を辿る間桐、それも脱落者が聖杯戦争に勝とうなど元々無理な話だ。その為修練は想像を絶する責め苦となり、文字通り命を削るものとなっていた。その命は既に風前の灯。

 

 

 

 

 

 

 

「あ……」

 

「やあ、桜ちゃん。元気かい?」

 

「うん……けどおじさんは」

 

 その唯一の癒しはこの一人の少女だ。雁夜は階段の向こうに見えた少女の姿に思わず頬が綻ぶのを感じた。

 間桐桜、彼女が雁夜の命を繋ぎ止めている唯一の希望だった。

 

 

 

「あはは……大丈夫だよ、おじさん、またちょっとだけ自分の中の蟲に負けちゃったんだ、桜ちゃん今日は」

 

「雁夜おじさんが頑張ってる間は良いってお爺様が……」

 

 こんなにも短い会話、それだけでも雁夜は幸せだった。彼が帰ってきた頃は話すらまともに出来ず肉体的にもボロボロだったのだが……その頃を思えば随分な進歩だと。

 

 だが雁夜のそれが本心であり、幸せからくる笑みを浮かべていたにも関わらず桜にはいつも以上に雁夜は限界すれすれに見えていた。

 それが、何か彼女の心境に変化を及ぼしたのか。

 

 

 

 

「おじさん……」

 

「ん?」

 

 片足を引きずり半身を壁に預けながら横を通り過ぎていく雁夜を桜は呼び止める。珍しいことに驚きながらも立ち止まった雁夜の眼前に桜はいつも握りしめているペンダントを差し出した。

 

「は……」

 

 これには雁夜も驚愕せざるを得なかった。目の前にあるペンダントを桜が大事にしているのは知っていた。詳しい事情は知らないものの、蟲に嬲られる時も消して手放さない――一度蟲がそれにとりつこうとした際に蟲蔵そのものをふっ飛ばしたことがありそれ以来臓硯が指示をしているのもあるが――それが大事な物だというのだけはわかっている。

 そして桜の仕草がどういうことを示しているのかもわかっている。

 その矛盾の答えを雁夜は見つけられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ、貸してあげる……今は雁夜おじさんの方が辛いと思うから……」

 

 結論から言うとそれは単純な善意だったのだが。

 かつて姉だった人に貰ったペンダント。汚いものに塗り潰されて消えていく彼女のかつての日常、そんななかでも唯一かすみもせずに鮮明に覚えている言葉。

 

「辛いことがあったらこれを支えにしてって……おじさんが頑張ってくれてるうちは私は辛くないから……だから、貸してあげるの……今だけね?」

 

 この地獄において雁夜は唯一桜にとって恐がらなくていいもの、自分に危害をくわえないものだ。それ以上の感情はない。

 だがそれでも、いなくなってほしいのか、いてほしいのか、2択で問われれば後者だった。

 それは、桜がここに来てから初めて覚えたの自分の意思。だからこんな行動をとれたのかもしれない。

 

 

 

「ありがとう桜ちゃん……必ず返すね」

 

 そんな無垢な気持ちを踏みにじるほど雁夜は無粋ではなかったし、純粋に嬉しかった。となると行動はひとつだ。

 

 桜からペンダントを受け取り宣言する。たとえ1%に満たない可能性でも、この少女の為に必ず生き残ってみせる、と。

 

 

 

 これが3つめの偶然

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

「準備は良いか雁夜?」

 

「ああ……」

 

 間桐雁夜は人生最大の緊張を迎えていると言っていい。目の前に敷かれる厳正な魔法陣に後ろに立つ臓硯の言葉にもいつもの嘲りはなく、どことなく厳か雰囲気すら漂わせている。

 これが英霊召喚の儀、間桐臓硯ですら真剣にならざるをえないものなのか。

 そう思うと背中を冷たいものが伝う。そして、縋るように右手に持ったペンダントを強く握りしめた。

 

「召喚の呪文は覚えてきたであろうな?」

 

 そう問う臓硯に雁夜は頷いた。暗い蟲蔵、視界は閉じて怪しげに輝く陣以外何も見えないここでは無言は即ち肯定である。

 

「いいじゃろう、だがその呪文の途中に――」

 

「断る。バーサーカーなんてものを呼び出したら俺はどう転んでも桜ちゃんを救えない」

 

「なんじゃと?」

 

 逆に言えば、声を発するということはそれは否定を意味する。訝しげに問う臓硯に雁夜はきっぱりと告げる。

 

「少しばかり体調が良い日があってな。その間に書庫から出来る限り聖杯戦争の知識は頭に入れておいた。途中になにか挟むとなればそれは狂化だろう? 確かにパラメータこそ上がるかもしれんが俺の身体と魔術師として能力ではどうしようもない……勝つ為にも自殺行為をする気はない」

 

 桜からペンダントを貰ったあの日、一時的ながら雁夜の精神が肉体を超えた。普段なら修練の時間以外は廃人のように休むしかないのだが……あの日だけは何とか頭を働かせ書庫へと趣き、やれるだけ聖杯戦争の知識を溜め込んでいた。その為に臓硯の提案を未然に気づけたのだ。

 

 

 

「……まあそこまで言うのなら良いわい。じゃがそれではどんな英霊が来るか分かったのものではないぞ?」

 

 それでも良いか? との問いに再び頷く。互いの沈黙を確認するとそのまま右手を伸ばし、魔力の奔流が雁夜を包む。

 

 

「誓いをここに。我は常世すべての善となる者。我は常世全ての悪を敷く者」

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 一際大きくペンダントが輝く。そしてその者は現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「問おう、君が私のマスターかね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 












本作をお読みいただいてありがとうございます。今のところは基本的に雁夜関連以外はzero通り進んでいますが、サーヴァント召喚のタイミングだけ雁夜が早かったと補完して下さると幸いです。
評価、感想などお待ちしております。

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