Fate/kaliya 正義の味方と桜の味方【完結】   作:faker00

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第9話 槍兵との遭遇

 殺人人数のべ42人。その大半が尋常ならざる猟奇的な手段による惨殺。もし仮に、警察がその殺人のすべてを認知し、尚且つその下手人を単独の同一犯と絞り込むことが出来ていたならば、恐らく新聞やワイドショーは連日その恐怖に慄き、こう騒ぎ立てたことだろう――現代のジャック・ザ・リッパー、人の情を持たない悪魔、と。

 そんな狂気の殺人犯も、面が割れない限り町で見かける分にはただの一般人だ。他の人と見分ける方法などありはしない。そうして今日も狩人は闇に潜み、日に紛れるのだ――雨竜龍之介、今世紀最悪の連続殺人犯は警戒することもなく明け方の街を闊歩していた。

 

 

 

 

 

 

 

「旦那ーそう気を落とすなって。あの綺麗なおねーちゃんがえーと……そう、ジャンヌ・ダルクじゃないなんて2日も前から分かってたことじゃんかー」

 

「……そんなことはありません龍之介、私めも幾度となく考えました。そして結論を出したのです。彼女は正しく聖処女ジャンヌ・ダルク……あの輝きはそれに相違ないのです……」

 

「そう言ってもなあ」

 

 ――アーサー・ペンドラゴンって言われた時の反応、確実に図星のやつだと思うんだけど

 

 この問答も何度目か分からない。龍之介はでかけた私見を喉の奥にぐっと飲み込むと、眠気覚ましに茶色い髪を掻いて眠さで霞む目を擦った。

 

 雨竜龍之介の外見は、一言で言うと爽やか風のイケメンと呼ぶのがピッタリ来る。それも女性に受けそうな小動物っぽさをはらんだ。どんな人間だろうと天性の顔立ちだけは好んで選べない、だとすれば彼にこの顔を与えた神が実在し、そしてまともな思考をしているのなら、神は後悔しているに違いない。

 この顔立ちに加えて甘い声、威圧感を与えない程度の身長に華奢な身体付き、文字通り彼の毒牙にかかった者達ももう少しだけ彼の顔が醜悪なら、見るからに異彩を放つ身体付きなら、警戒の感情を持って危機を回避出来たかもしれないのに。

 

 

「ま、聖杯戦争? ってやつが続いてるうちは何度だって会えるチャンスはあるんだろ? ならさ、その時に俺らのcool! を見せつけてやればいいんだよ! 旦那のセンスは最ッ高だからさ、あの人がジャンヌならその時に絶対思い出してくれるって!」

 

「龍之介……ええ! そうですね! そのとおりだ!! このような逆境においてもその前向きかつ建設的な姿勢、お見事です龍之介! 私はまた貴方に1つ教えてもらってしまいましたね」

 

「へへ、そんなに褒めないでくれよ。俺だって旦那には色んなことを教えて貰ってるんだからさ、元気づけてやるくらい出来ないと割に合わないって」

 

 それか、彼の隣にいるこの怪物がその時も隣にいたなら、それもまた哀れな被害者を救う要因になったかもしれない。

 こんな異様な人物を隣にして平然としている、それどころか親友かのように接して笑っている龍之介がおかしいのだから。

 

 ――ジル・ド・レェ伯爵。この人物ほど栄光と堕落を1つの人生で体験した者もそうはいないだろう。15世紀初頭、フランス100年戦争の中で今もなお歴史に残る救世主ジャンヌ・ダルク。その隣に彼はいた。そこで凄まじいまでの奮闘を見せたジルはジャンヌと共に戦争を終結へと導き「救国の英雄」とまで呼ばれるようになる。これだけなら立派な英雄だ。

 だが、彼の人生はそこから凄まじいまでの急落を見せる。栄光が目を眩ませたのか、それともジャンヌの非情な死が精神を粉々に叩き壊したのか、もしくは彼元来の本性が隠れていたのか、それは分からない。

 錬金術、黒魔術への傾倒に加え少年に対する異常性癖……後世に伝えられたジルの後半生は残虐と悪徳に満ちている。犠牲になった子供の数は最大1500人にまで上ると言われる殺人鬼。

 救国の英雄からの転落は火炙りにかけられるまで続いたのだ。

 そして一般人にとっては非常に不運なことに、今回彼はその後半生の伝承に乗っ取る残虐な黒魔術師……キャスターのクラスを保って現界。更にマスターは今世紀最悪の大量殺人鬼という最悪の組み合わせでこの冬木に仮初の根を降ろしてしまったのだ。

 

「うし! そうと決まれば朝飯食って俺達の工房に帰ろう!! 新しいcool!が俺達を待ってる!」

 

 冬は日が遅く、もう明け方6時も過ぎようとという時刻なのにも関わらず太陽は遠い地平線から今やっと顔を出そうとしているところだ。

 その地平線を指差し龍之介とキャスターは意気揚々と歩をすすめる。今日もまた新たな刺激が自分達を待っているものと信じて――

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな……なんで、こんなのあんまりだぁぁああ!!!」

 

 そして――龍之介の絶叫が木霊したのは、それからほんの数時間後のことだった。

 

 

 

 

 

―――――

 

「今なんとおっしゃいましたか……?」

 

「言った通りだ、キャスターの工房らしき場所の目星ならもうついてる。お前の方針に従ってわざわざ待ってやったんだ。正式な形での討伐が組織されたんならこれ以上待つ必要もねえだろ?」

 

 時臣が驚きのあまり音を立てて椅子から立ち上がりランサーに問うたのは龍之介とキャスターが街に現れる数時間前の深夜のことだった。

 聖杯戦争そのものを破綻させかねないキャスターの狼藉をアサシンの索敵によって掴んだ時臣陣営、そして璃正は検討の末に聖杯戦争を一時休戦してのキャスター討伐を全マスターに周知、宣言した。その際に通常は使い魔を寄越すところを、例の赤いサーヴァントが璃正の許可を求めたうえで1人直接乗り込んできたことは前回の戦闘に続きまた彼らの度肝を抜いたのだが……直接的に関係はないので割愛しよう。

 とにかく、ここにキャスター討伐の為に聖杯戦争は休戦され、新たな局面を迎えたのだ。

 

「いつの間に……いや、今思えば貴方はルーン魔術の達人でもあらせられる。そう考えてみればキャスターの居所を探索するくらいは容易かも知れませんね」

 

 想定外ではあるがこれは良い誤算だ。冷静さを取り戻した時臣はいつもの調子に戻ると、心の中の重しがひとつ取れたような気分だった。

 キャスター討伐に各サーヴァントを向かわせる為に今回は監督役からの報酬として、直接キャスターを打倒したものに予備令呪を1角与えるという報酬が用意されている。

 それを如何にしてランサーに取らせるか……それについて時臣は策を練っていたのだが、何をしなくとも本人が既に居場所を掴んでいるのならそれに越したことはないのだから。

 

 

「いーや、そんな大層なもんじゃねえさ。時臣、こないだお前に金せびったの覚えてるか?」

 

「はあ……突然のことに驚きましたのでもちろん……それが何か?」

 

「せっかく現世にいるんだから昼間の時間くらいは楽しまねえとな、と言うわけでお前から貰った金で釣具一式揃えてあちこち回ってたんだが……」

 

「そんなことをされていたのですか……」

 

 時臣は目眩を起こしそうだった。確かにランサーに幾らか金が欲しいと言われ、その要求も小金程度だったのでよく理由を考えもせずに渡したのを覚えている。そして、それ以降招集をかけていない明け方日中はほとんど屋敷に居ないことも。

 自分の世界にしか興味の無い時臣からすれば、英雄が何を思って突然釣りなどという俗物的な趣味に目覚めたのか……全く理解できなかった。

 

「まあな。そいで海釣り川釣り色々試してみてたんだが、そのスポット探しの途中で偶然見つけたって訳だ」

 

「……そうですか」

 

 これ以上は話したところで頭が痛くなる一方だろう。愉快気に話すランサーにそう確信した時臣は話をまとめる事にする。

 

「ですが、偶然にしろそれは我々に取って利しかございません……今すぐに乗り込みますか?」

 

「いや、キャスターの工房なんて基本的にゃ厄介なもんだ。しかもこんな動きがあったその日の深夜なんて警戒もガチガチだろ。明け方、その警戒が弛緩した瞬間を狙う――ああ、てめえはどうせまだ穴熊決め込むんだろ? 俺一人で行ってくるからここに残ってろ」

 

「御意」

 

 

 

 

 霊体化したランサーが不可視となり時臣の書斎から姿を消す。

 気配が完全に消えるまで頭を下げていた時臣は、姿勢を戻すと古ぼけたラジカセのような形状の通信機――もちろん電子機器的要素はなく、魔力によって動力を賄っている――へと向かうと目的の相手を呼び出した。

 

「やあ、遅い時間にすまないね」

 

『いいえ、問題はありません我が師よ。しかし一体どのようなご用件で? キャスター討伐の件でしたら"正式"な方も届いておりますので心配は無用ですが……』

 

「そうだね。その件なのは確かなのだが……予想よりも早く進展がありそうだ」

 

『と、おっしゃいますと?』

 

 受話器から聞こえる慇懃な声に時臣は手短に本題へと入ることにした。クー・フーリンの実力はもう嫌と言うほど確認済みである。例えアサシンであろうとも、しっかりと準備をしておかなければあっさりとバレてしまうのは目に見えているからだ。

 

「アサシンを数人、未遠川流域を広域的にカバーできる程度でいいからそちらへと寄越してくれないか? ああ、何の偶然か、クー・フーリン殿は既にキャスターの根城を掴んでいるようだ」

 

『なんと、しかしいつの間にそんなことを……昨日も私の所へふらっと現れたかと思えば"ここらへんに良い釣りのスポット知ってたら教えろ、お前、趣味と言う趣味は何でも手出してるんだろ?"などと言ってきたばかりなのですが……』

 

 驚いたような綺礼の声に時臣は1人ガクリと肩を落とした。

 どうもランサーの昼間の余興に対する意識が、ただの時間潰し以上のものであるのは疑いようもない。出来ることなら聖杯戦争のみに集中してほしいものなのだが……方針に合わせてくれている以上無駄に縛るのも関係の悪化を招くだけ――そんなもどかしいような感情が時臣を包む。

 

『師よ……?』

 

「……っ、ああ、すまない。こちらの考え事だ。とにかく、彼の言葉通りだとどうやらキャスターは未遠川流域の何処かに潜伏しているらしい。明け方を狙って1人で乗り込むと本人は言っているが……流石に情報が少ない状態でキャスターの工房に乗り込むというのはクー・フーリン殿と言えど何が起こっても不思議はない。

 かと言ってこちらが護衛をつければ確実に機嫌を損ねるだろう。そこで先回りし、あくまで観察という体で彼の状況を逐一確認し、最悪の場合はキャスターを攻撃する形で掩護に入ってもらいたいのだが――分かっていると思うが、直接彼の助けに入るのはダメだ。それは分かっているね?」

 

『もちろんです。我々の協力関係は未だ極秘裏のもの、如何な監視の目があるか分からない以上それが表に出る可能性はどんな小さなものでも摘まなければ』

 

 物分りの良い弟子は、時臣の真意を寸分違わず読み取り完璧な返答を返した。

 その答えに時臣は満足感を抱く。綺礼の才覚自体はそう優れたものではないが、ここまで"できた"弟子というのはそうそうとれるものではない。

 

「その通りだ、では後は君に任せる。不測の事態に備え、夜明け前には起きれるように今日はすぐにでも休んでくれ」

 

『手筈を整え次第すぐに、お心遣いありがとうございます……それでは』

 

「頼んだよ」

 

 準備をする必要があるのは綺礼だけではない、むしろマスターである自分こそ夜が開ける頃には最高のコンディションを作っておく必要がある。通話を終えると時臣は入浴の為書斎を後にする。

 妻、娘が家を離れた為、家に人気がないこの静けさにも慣れた。不気味さすら感じさせる静けさの中を時臣は悠然と歩む。

 

「出来ることなら、クー・フーリン殿が首尾よくキャスターを屠ってくれれば良いのだが……」

 

 その可能性は十分にある……けれども、そうならない可能性も確実にあるのだ。

 時臣は、初めて受動的に動くことへの一抹の不安感を拭い切ることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「ランサーだと……?」

 

「雁夜、下がっていろ」

 

 こんなことなら来なけりゃ良かった。雁夜は真剣に己の選択を後悔していた。

 

 そして相変わらずのポーカーフェイスを貫きながらアーチャーも同じ様なことを考える。

 聖杯戦争、常に身を隠してすべて勝ち切るのは無理がある。その為せめてサーヴァントがいる場所の空気というものくらいは知っていてもらわなければなるまい……その目的さえ果たせるなら、最悪今回はキャスターを討ち取ることを断念しても良い。

 それくらいの気持ちでいたと言うのによりにもよって1番遭遇したくない相手と出合ってしまった――アーチャーは自らの失策を悔いながら戦闘態勢に入る。

 

 アーチャーが街中を駆けずり回って見つけたキャスターの工房は未遠川の分流、少し小さめの川に繋がる下水路の奥にあることが推測された。当然入り口は1つ、川へと繋がる排水口しかないのだが……そこで蒼き槍兵と遭遇するなど一体どこの誰が予想出来たというのか。

 

 

「ああ、待て待て。お前とやり合う気はねえからその剣しまってくれや」

 

 しかしランサーの対応はアーチャーの予想したそれとは異なっていた。その手から赤槍を離して両手を挙げる。

 

「なんだと?」

 

「俺も今回の目的はお前と同じだと言っている……剣を手に取るやつなら誰でも平等に殺してやる。けどな、その気もねえやつを一方的に嬲るなんてのはクズのやることだ」

 

 ランサーはアーチャーから視線を離して忌々しげに唇を噛むと排水溝の先の暗闇、そしてその先にいるであろう敵を睨みつける。

 その姿を見てようやくアーチャーも剣を降ろした。このランサーという男が筋の通った人間だと言う事はもう分かっている。なら少なくとも今その鋒が自分やマスターである雁夜に向かうことはないだろう。

 

「ならば良い。協力しようなどと馬鹿なことを言うつもりはない。だが結果としてこちらの手数が2倍に増え、相手の狙うべき的が2つに増えるとすればそれだけ楽なことはあるまい」

 

「たりめえだ。腑抜けたこと言い出したら今からでもすっ飛ばしてやる――ちっ、やっぱりダメか。クズでも英霊の座に招かれる魔術師ってことだな」

 

「索敵のルーンか」

 

 ランサーがしゃがみ込み手を伸ばすと、その中から幾つか輝く宝石のようなものが飛び出しちょろちょろと流れる水面を登るようにスーっと滑っていく。

 だがその尽くがいざ中には入ろうかという瞬間に、まるで見えない壁に弾かれたかのように上へ跳ね、そのまま動きを失った。

 

「本職として呼ばれてる以上キャスターの工房をどうにか出来るほどのもんじゃねえけどな」

 

 まあこれも予想通りっちゃあ予想通りだ。なんて特にショックを受けた感じもなくランサーは高さにして優に2mは越えるであろう巨大な暗闇への入り口まで歩くと一度雁夜とアーチャーへ振り返る。

 

「早く来いよ。先言っとくが隙なんて期待すんなよ。てめえならやりかねないから釘刺しとくが」

 

 それだけ言うとランサーの姿が先へと消える。それを確認してからアーチャーと雁夜も歩き出す。

 

「お前、疑われてるな」

 

「仕方あるまい。ここにいるのが私ではなくあの騎士王ならばまた話も違ったのだろうがな」

 

 2人の姿も消えていく。

 

 そして、その様子を最初の邂逅から一部始終見ていた者が1人、少し時間を置いた後まるで暗闇に溶けるようにその後に続いたのだが、それを見た者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




英霊の記憶について
座は確か輪廻転生、時間の輪から離れたところにあって、英霊の座に登録されてからの行動は記憶ではなく記録として本体に登録されるんですよね。
となるとこのアーチャーの場合はエミヤとして召喚された第五次も(要するにSN3ルート)記録としては持っているという解釈で大丈夫なのか……?SN時はその場での進行形であることと時間の重なる並列世界の為にないだけで。そこら編の解釈がよく分からない……

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