Fate/kaliya 正義の味方と桜の味方【完結】   作:faker00

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第12話 英霊問答

 城と庭――正確に言えば庭園なのだろうが――に切っても切れない縁があることは、もはや歴史が証明していると言っても良いだろう。

 城の彩りとして庭園があるのか、庭園があるから城が城として成り立つのか、もはやどちらかかもわからなくなるくらいだ。和、洋、中、どんな城にも存在し、その様々な文化形態に合わせて進化した庭園は元を辿れば外敵を防ぐものだったと聞く。

 しかし、現在一般人が庭園と言われて思い浮かべるのは、フランスのベルサイユ宮殿に代表されるような、美しさであったり鑑賞性に富んだものだろう。

 時代の移り変わりはものの存在する価値すら変える――そしてそれは、このアインツベルン城に置いても例外ではない。日本ではまず他にお目にかかれないこの中世欧州風の古城にも当たり前のように庭園は備えられている。

 絢爛により創り出される美と静寂の織りなす美、どちらかと言えば後者に当たるこの四方を城の柱に囲まれた、まるで箱庭のような庭園を堪能するには、秋も深まるこの時期の夜は最高だと言えた。月に照らし出される造形的な緑と、元々この城が放つ厳粛な雰囲気が魅惑的な空気を醸し出す。

 

 だが、それだけでは足りぬ。それだけでは完成しないのだ。

 そこに立つにふわさしい人物がそこにいて、初めて空間は完成する。相応しいのは古の王か、戦士か、はたまた儚げな麗人か。

 その意味ではこの城にとっても今宵は幸運だと言えるだろう。時代を越え、国を越え、集うはその全てなのだから。

 

 英雄達の格をかけた争い、いよいよその幕が上がる。

 

 

 

 

 

 

 

「なあに、これだけの猛者が揃っているのだ。腹を割って話してみたいと思うのは当然のことであろう?」

 

 かつて、世界征服という馬鹿げた夢に人類史において一番近づいた大王は豪快に笑った。

 

「ま、同じようなもんだ。こんな面白そうな事にゃそうお目にかかれねえ……楽しまなきゃ損ってもんだろ?」

 

 アイルランドの光の御子も追従する様に、その目を鋭く光らせた。

 

「どういう思惑かは知らんが、正面切ってくる相手に背を向けるのは主義ではない。良いだろう」

 

 そして、公明正大、清廉潔白、ブリテンが誇る至高の英雄、アーサー王は凛としてそれを受け入れた。

 

 この三人は、いずれも母国においては数千年の時を越えて尚その知名度は衰えず、それどころか未だ世界にまで名を轟かせる。

 そんな英傑が顔を突き合わせて腰を降ろしているのだ。剣を用いた闘いとはまた別の緊迫感が場を包み込む。明らかな次元違い。

 当然の事ながら……いかにマスターと言えど根本的に格が違うただの人間がそこに割り込める訳もなく、その中でも特に本来ならばこの城の主として振る舞わねばならない立場のアイリスフィールは、どうしたら良いものかと狼狽を隠せなかった。

 

「すまない、確か……アイリスフィールと言ったかね?」

 

「……はっ!? え、ええ、そうだけれど」

 

 所在なさげに呆然と立ち尽くしていたアイリスフィールは突然自分を呼んだ声に驚き、ビクッと肩を震わせた。

 いつの間にか隣には、中身が満載になっているスーパーの袋を両手一杯に抱えた目下最大の難敵である赤きサーヴァントが立っている。

 

「そうか、突然なのだが厨房へ案内してくれないかね? あれだけの量の酒を飲み干そうというのだ、飯がなければやっていられないだろう」

 

 そう……この場に英雄はもう一人いた。

 未だ出自すら明らかにせぬ謎の英雄、赤きサーヴァントは彼女に強調するかのようにビニール袋を少し上に掲げると、当然のようにそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「むほぉ、こりゃあ旨い! 貴様……ほんとに武人か?」

 

「……まじか」

 

「その……何というか、とても美味です。あの――」

 

「君ならそう来ると思っていた。遠慮はいらないから好きなだけ食べるが良い。あまり言いたくはないのだが……英国、それも君の時代ともなればその食生活の散々たるやは簡単予測がつく」

 

「では遠慮なく」

 

「ほんとに美味しい……雁夜さん、でしたっけ? この料理は貴方が彼に?」

 

「雁夜であっています。いいえ、俺が初めてあいつとまともに顔を合わせた時、完璧な和風の朝食がありましたよ。中華以外はオールジャンルなんでもこの精度で作れるなんて普通じゃない……一体あいつは何なんだか」

 

「あんた、自分のサーヴァントの手綱握れてないのかよ」

 

「それは君も一緒だろう? ウェイバー君」

 

「……それは言うな」

 

 それから2時間の時が過ぎたのだが――想像したような人智を超えた会合は開かれそうもない。と言うよりもこれではただの飲み会だ。

 ここにいる中で唯一そういった経験のある雁夜は、少し酔いの回り始めてはいるもののまだ理性はしっかりとしている頭でそう現状を判断した。

 

 ライダーが持ってきた酒樽――中身はびっくりするほど美味かった――を中心にマスター、サーヴァントが円になるように座り料理をつつく光景は端から見たら異常も良いところだろう。

 それもこれも全部ライダーの

 

「何をしておる、お主らも座らんか。今宵は無礼講である」

 

 というありがた迷惑な一言のせいなのだが。その言葉に逆らえる訳もなく、かと言ってサーヴァントの間で堂々している度胸があるわけでもなく、いつの間にかマスター三人はこじんまりと固まるように座る形になっている。

 こうなればもう大学のサークルの新歓飲みにありがちなパターンだ……雁夜は10年以上前の出来事をしみじみと思い出した。

 無茶苦茶騒ぐやつとあまり馴染めず小さくなるやつ、真っ二つに別れた末にそのグループ内でよく分からない連帯感が生まれる。理屈など知らない、ただそうなる事だけは知っている。

 そして今夜もその例に漏れず、アイリスフィール、ウェイバーの2人との間に奇妙な繋がりが生まれはじめていることを雁夜は感じていた。

 

「……にしても」

 

 こうなっている原因はライダーと、そしてもう1つある。その要因を探して雁夜はキョロキョロと視線を動かすが、見つからない。

 

「貴方のサーヴァント……アーチャーならまた厨房に戻っちゃったわよ? 何でも最後に一品とかなんとか」

 

「あいつ……」

 

 本当に料理を楽しみに来ただけじゃないだろうな。雁夜の中でその疑念が徐々に現実味を増してきていた。

 そう、自らも主賓の一角であるはずのアーチャーがひたすら厨房と庭を行ったり来たりしているから話がはじまりようもないのである。

 料理を持ってくる、反応を伺う、満足げに厨房に戻る。ただこの三つを繰り返す……それもとてもいきいきと。一体誰がそれを止められるというのか……因みにアーチャーのクラスについては、ランサーやライダーが彼を呼ぶ際に当たり前のようにそう呼ぶこともあってセイバー、アイリスフィールにもバレている。アーチャー本人も否定しないので疑いもしない。

 

「さっきもセイバーの皿の様子を見て何か嬉しそうにしてたし、やっぱり彼女と知り合いなのかしら?」

 

「誘導尋問は無しですよ。それで痛い目見てるんで……」

 

「あら、残念。けどセイバーも良かった。あの娘こっちに来てからずーっと嫌なことばっかりで、さっきまでもすごい不機嫌そうだったのだけど、少なくとも今は楽しそうだもの」

 

 下から覗きこむアイリスフィールの思惑を先読みした雁夜は顔を背けることでなんとか対応する。間近で見る彼女の容姿がどう考えてもおかしいほどにレベルが高く、一歩間違えれば何を喋ってしまうか分からないからだ。

 そうは言っても今回の質問は本当に知らないのだから答えようがないのもまた確かなのだが。話せるものなら話したいよと、雁夜は憮然としてあぐらをかく膝に肘を立て頬杖をついた。

 因みにアイリスフィールが楽しそうと称したセイバーの方を見てみると、彼女に自分達が訪れた時の怒りのオーラは今や無く、甘い物を頬張る年頃の少女にしか見えなかった。

 

「む……ようやく落ち着いたか。まあこれが最後のメニューだし丁度良い」

 

「杏仁豆腐ね……確かにこの短時間でデザートまで作ろうとしたらそういうのに落ち着くよな」

 

 噂をすればなんとやら、アーチャーがお盆を持って姿を見せた。

 盆の上の小鉢に乗る白い物体はフルーツに彩られているのを見るに杏仁豆腐と見て問題ないだろう。つくづく計算が出来ていると雁夜はアーチャーの料理スキルに舌を巻いた。

 

 そして、なぜか妙に腹がたつことに……このデザートもとにかく美味であり、この場にいる全員が頬を綻ばせ、アーチャーはまた満足げにそれを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、腹も膨れたところでそろそろ本題に入るとするかのう」

 

 どうやら今宵はライダーが仕切るらしい。皆が食べ終わったのを確認すると、彼は当然のようにそう宣言し、合わせて全体の空気がピリッと張る。

 それと同時に半歩下がるマスター達、ここからが自分達の立ち入れる領域でないことは誰に言われるでもなく分かっていた。

 

「まずは改めて、今宵余の誘いに応えここに集った猛者達に礼を言いたい。これだけの者が一同に会し、ましてや杯を交わすなんてことはそう出来るものじゃない」

 

 これが音に聞こえる征服王の風格なのか。短めのジーンズに最新ゲームの特典Tシャツ――その事実を知るのは本人のみだ――というふざけた格好ですらその威厳を損なわせることはない。圧倒的なカリスマでもって誰しもの目を、心を自らに惹きつける。

 

「まああれだ。我らがこうして顔を突き合わせることが出来ているのも聖杯の力によるものが大きく、そして我らが存在する理由も聖杯の為であるという事にも異論はないと思う。そして、この聖杯戦争が誰が聖杯を得るに相応しいかを決める儀であるということも」

 

 異論がある者などいるはずがない。ライダーが語った2つ。それが聖杯戦争の核であり、全てなのは周知の事実なのだから。

 

「だけどな、別に見極めるだけならばわざわざ殺し合いなんてする必要はないと思うんだよ。英霊同士お互いその"格"に納得いけば、それで自ずと答えは出る」

 

「……なるほど、では我々と"格"を競おうと言う訳か、ライダー?」

 

「然り」

 

 好戦的なセイバーの答えを肯定すると、ライダーは座の中心に置かれていた酒樽に拳を叩き付け穴を開ける。そしてそばにあった柄杓で中の酒を汲み、飲み干すと、また同じように汲んでセイバーへと差し出した。

 

「呑むがいい。これを呑むことは即ち、この格付けに参加する権利である」

 

「面白い、受けて立つ」

 

 セイバーはライダーから柄杓を受け取ると躊躇することなく一気に飲み干す。その呑みっぷりにライダーも感嘆の溜息を零した。

 

「ではお主らも――」

 

「いーや、俺はパスだ。そんなもんに興味はねえ」

 

「同感だ。格だと? 一体なんの意味があるという」

 

 が、あろうことかランサーとアーチャーの2人はそれを拒否した。

 

「ほう……」

 

 これにばかりは驚いたのか、ライダーは目を細めると腰を下ろす。

 

「どういう意味だ?」

 

「意味も何もねえさ。格っつったか? 仮にそれがお前より上だろうが、それとも下だろうが、どっちだろうとこの戦いにはなんの関わりはありゃしねえからだよ。強けりゃ勝つ、弱けりゃ負ける。そんだけだろ? それ以外に何がいる」

 

 ランサーの答えは明快だ。彼にとって上か下かを決めるのは己の腕のみである。直接殺し合い、勝ったなら当たり前のことだが自分が上、負ければ下だと認めるだけだ。

 腹を割って話す機会自体は良し、しかしそれで聖杯を得るに相応しい相手を決めるだの、ましてや上下関係を決めるなどありえない。

 

「私が求めるのは結果だけだ、聖杯を手にするというな。格なんてものに興味はないし、君やセイバーがそれを求めると言うのならいくらでもくれてやる。だが聖杯を渡すつもりは無い。故に、私からしてみればこの格付けなど無意味だ」

 

 アーチャーも眉一つ動かさずそう言い切った。彼が求めるのはその言葉通り最後に自らが聖杯を得るという結果だけだ。それ以外の事などはどうでもいい。格だろうと信念だろうと、最後に紡ぎ出される結果の前には何の意味もありはしない。

 

「なるほどなぁ……」

 

 そして、同じ様に胡座をかいて座る2人に真っ向から自らの思惑を否定されたライダーは……意外にもダメージは少なそうである。ただ感心したように顎鬚をなぞり、どうしたものかと唸るのみ。

 

「純粋な戦士からしてみれば格すら問題にはならぬ、と言うことか。確かに一理あるかもなぁ……信じるは己の腕っぷしのみ、ある意味それこそが100万の言葉にも勝る揺るぎない"核"であると――良し」

 

 それで何をどう結論づけたのか。入っていた中身を呑みほすと、ライダーは再び酒樽から組み、またランサーへと差し出した。

 

「はぁ? おい、お前俺の話聞いてたか?」

 

 ランサーが露骨に怪訝そうに顔を歪める。今考え込んでたのは一体何なんだ? もしやこちらの話を理解していないのではないだろうか?

 その表情が雄弁に語っていた。

 

「勿論だ。貴様、もしかして余をなめておるのか?」

 

「いや、だったら――」

 

 反論しようとしたランサー、その顔前に改めて柄杓が突き出される。

 

「先程の酒は確かに余と格を競うものの為に汲んだものだ。そして、貴様はそれを拒否した」

 

「おう、分かってるじゃねえか」

 

「だがな、その酒は今しがた余が飲み干した。故にな、この酒はまた別のものなんだよ」

 

「お――は?」

 

 危うく頷くところだった。まるで子供の屁理屈。

 そんなランサーの心中を知ってか知らずか、ライダーはどこか照れを隠すように続ける。

 

「確かに余はもとより、今回の酒器を格を争うための問答の為に行おうと思っておった。しかしお主やアーチャーはそんなものには興味が無いと言い、確かにそう言う次元には生きておらぬようだ」

 

「で?」

 

「しかしだなあ、それだと困るんだよ。余はここに集いし4人全員で語らいたいのだ」

 

「知るか!」

 

 屁理屈よりも質が悪い。これではただの我儘だ。

 

「だからな――この酒は格を争うためではなく、余と腹を割って話して欲しいがゆえの我儘だ。受け取ってはくれぬか、ランサー」

 

「――」

 

 ――なんだこいつ? 王様ってのはもうちょい堅苦しいもんだと思ってたが

 

 そのまま頭を下げたライダーをランサーは困惑ぎみに見つめる。本当にこの男は初見から何がしたいのか分かりやしないと。

 しかし、それと同時に好奇心も首をもたげ始めていた。主義に反する為一度は拒否した。だがこの男と話してみたいか、否かと言われれば――

 

「わーったよ。お前の頼み、聞いてやるぜライダー」

 

「おお! では――」

 

「だが勘違いすんなよ? 俺がするのはお前達と語るのだけだ。格だなんだつまらねえ事言い始めたら、その瞬間に帰る」

 

「まあちと寂しいがそれも良かろう。それについては余と騎士王の間でのみ行えば良い事。ささっ」

 

「……嬉しそうな顔しやがって」

 

 ランサーが酒を飲み干した。となれば次にライダーが狙うの一人だ。

 

「アーチャーよ」

 

「――はあ」

 

 あからさまに大きな溜息。アーチャーは諦めた様に両手を挙げる。

 

「頭を下げてまでただ語りたいと言う相手を無下にするのは気が進まん。良いだろう」

 

 アーチャーもランサーと同じく、別に語りあうこと自体が嫌だというわけでは無かったのだ。ただそれに余計なものがくっついて来ていただけで。

 ライダーがあっさりと矛を引っ込めた時点で答えは既に出ていた。

 

 

 

 

「いよぉし、些か趣旨は離れたが……それでは始めるとするか。聖杯の為の問答ではなく、我らが互いに英霊としての信念を語らう問答。"英霊問答"を!」

 

 アーチャーが一杯呑むのを見届けると、ライダーが両手を広げ大声で宣言する。

 それと同じくして、いよいよ始まるのだとマスター三人はゴクリと息を呑む。

 

「それで、征服王。一体何について語ろうというのだ?」

 

「決まっておろう? まずはお主達が聖杯にどんな大望を抱くのか、何を語るにもそれを聞かねば始まるまい」

 

 セイバーの問いにライダーはあっさりと議題を設定した。結局サーヴァントである以上根本はそこになるだろうと。

 

「んじゃライダー、お前最初いけや」

 

「む、余か?」

 

「こういうのは言い出しっぺがいくのが常識だろ」

 

 ランサーが当たり前のようにライダーに振る。

 だがこれも考えなしというわけではないのだ。話題を設定した以上少なくとも自分はその答えを用意しているはず。何事も最初が肝心、そういう意味からすれば最初はライダーしかありえない。ランサーはそう判断したのだ。

 

「うーん」

 

「おい……嘘だろお前」

 

 しかし、予想は悪い方向へと裏切られた。威勢よく語り出すと誰もが思っていた……のだが現実は違った。

 何か恥ずかしいという風に並々と杯に酒を注ぎ、飲み干す。その仕草はよく見る光景――うまく喋れない人が考える為に時間稼ぎをするあれだ。

 

「征服王……」

 

「――」

 

 セイバー、アーチャーからもランサーと同様の冷たい視線がライダーに注がれる。

 まさか初っ端からこんな微妙な空気になるとはこの場の誰も想定していなかった。

 

「いや、勿論あるんだぞ? けどな――」

 

 更にもう一杯、自らの作り出した空気に気付いたライダーは一度頭を垂れ……何かを覚悟したように顔を上げた。

 

「受肉だ」

 

「「「はぁ?」」」

 

 場の空気が、完全に凍り付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ただの呑み会になった。
兄貴とかアーチャーが格がどうのこうのに乗っかるとはどうも思えなかったんですよね……次で終わりか、それとももう一話かかるか。

ではでは。感想などお待ちしております

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