Fate/kaliya 正義の味方と桜の味方【完結】 作:faker00
「時臣……貴様、なぜ桜ちゃんを間桐に養子に出した?」
喉の奥から絞り出されたようにか細い雁夜の言葉に篭っていたのはどこまでも深い怨差と、怒りと、そしてやりきれなさを孕んだ後悔の念だった。
「なぜ、とは……よりにもよって君が聞くのか? 魔道の道から目を背けて逃げた君が」
「俺の事はどうでも良いと言った筈だ……答えろ、時臣」
驚いた、と言うよりは呆気に取られたというべきか。この男にしては珍しく通常以上に目を開いて時臣は切り返す。本当にそんな事も分からないのかと言う風に。
普段ならばその口調だけで殴り飛ばしたくなるような所なのだが、一度沸点を乗り越えた今となってはそれすらどうでも良い事であった。雁夜はまるで視線で人を殺せると信じているといるかのように鋭く時臣を睨みつける。
「もちろん、娘の幸せを願ってのことだが?」
「幸せ……だと?」
その答えに、雁夜はまるで後頭部を思い切り殴りつけられたような衝撃を受けた。
「魔術師の神秘は一子相伝。それくらいは君も分かっているだろう? 妻は、葵は母として何処までも優秀だった。凛、桜、私達の間に産まれた子はどちらも天賦の才を兼ね備えていたのだ」
「っ――」
時臣の説明は今のところ理に適っている。それは魔道の知識に関して言えば子供レベルの雁夜にも理解できた。
だと言うのに、何故かそこで自分でも正体の分からぬ違和感を感じた。
「故に、私は二子を儲けた魔術師としてジレンマに陥ることになったのだ。そう、いかに才覚があろうとも、そのどちらかを自らの手で"凡俗"に落とさねばならないという苦悩にな」
「は――」
たが、時臣が平然と語る内容はその違和感も些細なものと吹き飛ばすほど雁夜にとって斜め上を行く。あまりの現実感の無さに雁夜は無意識のうちに数度まばたきを繰り返し、最後に目を見開いていた。
「凡俗――」
その言葉だけが雁夜の脳裏に何度も反響し、知らぬ間に今までの感情など欠片も感じられない空虚な声で呟いていた。その内面で思考がグルグルと渦を巻く。
「お前は……あの幸せな家庭を凡俗と、そんな言葉でそうも容易く切り捨てるのか?」
その思考がとある形を成したとき、カラカラに乾いた声が虚しく響く。
脳裏に浮かぶのは暖かな昼下がりの情景。柔らかい日の光を浴びながら公園内を所狭しと駆け回る姉とその後ろを必死についていく妹、どこからどう見ても姉が妹を振り回しているようにしか見えないのだが、それでも2人共が楽しそうに見えるのだから不思議だ。そしてそんな2人を少し離れた所で座りながら微笑ましく見守る母親、時折やり過ぎて妹を涙目に変えてしまう姉を窘めることこそあれど、総じて彼女も幸せそうである――
――認めよう、この光景こそが自らの理想として間桐雁夜の欲した"妄想"であり、アーチャーによって叩き折られた"矛盾"の先に消えたものだ。
要するに、幾ら求めようと彼には手に入れることの出来ない彼方の理想。
「愚問だな。我々魔術師の目的は根源に至ること、それが全てだ。その前においては家族の情などあってないようなもの――ああ、勘違いされては困るので先に言っておくが私は妻として葵の事を、娘として凛の事を愛している。ただ、それとこれとは別次元の話だということだ」
そんな問いを時臣は淡々と肯定した。そこには一片の迷いもありはしない……それも当然の事だ、彼は自らの行動全てに努力に裏打ちされた絶対の自信を持っているのだから。
「凛と桜、双方の才能を余すことなく活かそうとするならば、養子に出す他はない。だからこそ間桐の翁の申し出は天恵に等しかった。聖杯の存在を知る一族であれば、それだけ根源に至る可能性も高くなる。
敵である君の前で言う言葉ではないが、仮に私が果たせずとも凛が、そして凛でも至らなければその時は桜が、遠坂の悲願を果たしてくれるだろう」
「それが、幸せだと……」
だが、その自信が更に深い絶望を生むこともある。
時臣の自信は当然の事ながら雁夜にも伝わった。だからこそ否定できない。雁夜が求めても絶対に届かず、憧れ続けるだけの理想は、それを持つ資格のあるこの仇敵にとってなんでもない、それどころか進んで投げ出す程度ものなのだという事実を。
「聖杯を知る一族ならば成就に近い、お前はそう言ったな。それは――娘同士相争うことが幸せだと、そう言いたいわけか」
それどころか更に暗い想像が雁夜の頭を埋め尽くす。今の一連の流れで時臣は雁夜の問いたかった事の1つについて、彼が聞くまでもなく答えを提示していた。
そう、なぜよりによって桜の養子先が間桐だったのかということだ。
確かに昔の間桐は遠坂に並ぶ名門"だった"のかもしれない。しかしそれはあくまでも過去の事。今となってはもはやそんな面影など影も形も無く、兄である鶴野に至っては魔術回路すら備わっていないという有り様なのだ。
少なくとも、時臣自身が才覚ありと見込んだ愛娘を養子に出すような家ではないのだ。そして、それを知らぬほど時臣の情報網が狭いとも到底思えない。
ともすれば――うすうす勘付いてはいた。しかしそれを否定してほしかった。嫌な心拍の上昇を感じながら雁夜は時臣の言葉を待つ。
「もちろんだ。共に己の秘術を磨き上げ、その果てにその全てをぶつけ合う相手が互いならば、2人にとってもそれ以上の幸せはあるまい」
悪い予想とはどこまでも当たるものである――雁夜はまたも絶望的な気持ちにかられることになった。
そうだ、この男はやはり"人として"狂っている。よりにもよって自らの手でその中を引き裂いた子供が同士が殺し合うのを"幸せ"と呼ぶだなんて。
「お前は……狂っているよ。時臣」
そうして、喪失の中でポツリと呟いた。
―――――
「やはり止めておくべきだったか」
弓兵の目は鷹のそれと聞く、何てことをどこかの誰かが言ったとか言わないとか。
だとすればその言は少なくとも間違いではない。現に今アーチャーが立っている冬木の外人墓地を見下ろす小高い丘は、遠坂邸からは遥か遠くに位置する。高さという点においては匹敵するやもしれないが、それがどうしたというだけの直線距離。
だが、確かにアーチャーはそこから時臣と雁夜の会談を眺めていた。そして、あまりに簡単に予見できた案の定の結論にため息を付く。
「もとより、人間と魔術師は倫理、思考的に見ればもはや別の生き物と言ってもおかしくはないのだ。そしてあの二人はそんな中でも極め付き。とことん魔術師というものを体現する時臣……まあこれはどこぞの少女の受け売りだがな。そしてその道を見たうえで否定した雁夜。もはやお互いが宇宙人と対談しているようなものだ。このような状態でまともな結論が出るような議論になどなるわけがあるまい」
「解説どうもありがとうよ。で、それならなんで止めなかった?」
「……君か。驚いたな、てっきりマスターの守護を全うしていると思ったが」
「じゃあ今の説明口調は何なんだよ。てか驚いたとか言うならもうちょいそれっぽい反応しやがれってんだ」
まるでそこだけ強烈な蜃気楼に見舞われたかのようにアーチャーの背後の空間が揺らぐ。かと思えばその揺らぎは次の瞬間には人の形を成していた。
心底めんどくさそうな様子を隠そうともせずにランサーはアーチャーの横に座り込み胡座をかく。
「気持ちの問題だ、人間というのは非常に都合の良い生き物でね。なにか可能性があれば、たとえそれが1%に満たないものだろうと、まるでそれが叶うのが当たり前かのような前提で未来を想像し、過去を振り返る。そしてそれが過去の場合、予見できた失策として後悔するのだ。真偽の程は別としてな。その感情は戦場において命とりになる」
「ふーん……ま、気後れしちゃいけねえってのは同意だけどな」
「今度は私の質問に答えてもらおうか、ランサー。なぜ君がこんな所にいる? 君がマスターをほっぽり出してこんな所に来るとは思ってもいなかったのだが」
自分から聞いておいてどこか興味なさげに返答するランサー。アーチャーはそんな様子に若干憮然としながら切り返す。
「お前のマスターと俺のマスター、やりあえばどちらが勝つかなんてのは目に見えてる。それを分かったうえでやってるのをほっぽり出すとは言わねえだろ。それにだ」
ランサーは座り込んだまま下からアーチャーを睨みつける。
「今お前が言った理由だ、アーチャー」
「ほう?」
「マスターをほっぽり出すわけがないのはお前のほうだろ。近場にいるもんだと思ったが全然姿が見えねえ。何かしら細工でも仕掛けて雁夜とコンタクトしてるのかとも思ったがそれもねえ。あいつはは本当に何も知らねえみたいだからな」
「……なるほど、それで遠坂邸を視野に入れられるところをしらみ潰しに探してきたと」
「ああ、しかし弓兵の目は鷹の目とは良く言ったもんだな。正直俺からは屋敷の位置がぎりぎり分かるかどうかってくらいだ……お前、ほんとに見えてんのか?」
「この距離ならば、君のマスターの書斎にある本の名前も確認できるが?」
見えないものを見ようと目を細めて上体を前に倒していたランサーがうへえ、と舌を巻く。
実際彼の目に映っていたのはぼやけかかっている屋敷の輪郭程度であり、アーチャーのいうものまではどうやっても見えそうにない。
「ま、それはいいわ。別に俺達は目の良さを競ってるわけじゃねえ。それよりも重要なのはだ……」
「今君が私の目の前にいて、何か動きを見せればすぐに手を下せる位置にいる。ということだろう?」
「そういうこった」
アーチャーの首筋に冷たく鋭い感触が触れる。
見下ろしてみれば、そこにあるのは赤槍の切っ先。
「考えられる最悪の事態は、お前を野放しにして起こる不慮のなにか、そして突然の脱落だ。だが俺がお前を射程に捉えた今その線はもうねえ。お前の言うマスターの守護を俺はこれ以上なく真っ当に果たしているってわけだ」
左手で持った槍をアーチャーの喉元に突き付けたまま、ランサーは立ち上がりパンパンと砂を払う。
「素晴らしい忠臣っぷりじゃないか、ランサー。いやはや、君がそこまで頭の回るタイプだとは正直思ってもみなかった」
そんなランサーに、まるで茶化すようにアーチャーはぱちぱちと拍手を贈る。その喉元には当たり前のように槍が触れているのだが、それがこれ以上進むことは無いと確信しているかのように。
「ち……相変わらず気に食わねえなほんと……で、どうなんだ? そろそろ終わんだろ」
「ああ、世の中とはやはり思い通りにはいかないもののようだ」
―――――
「しま――」
雁夜がはっと我に帰ったのはそれから何秒たってからだろうか。
嫌悪感に眉を潜めた時臣が目に入ると同時に、背筋が何かに弾かれたようにピンっと伸び、ドロドロになっていた視界が嘘のように鮮明なものに変わる。
「ふう……やはり君のような人物には語り聞かせるだけ無駄だったようだね」
そうして隠そうともしない呆れの篭った溜息に自らの失策を悟った。
目の前に座る時臣の姿は、傍から見る分には大差ないだろう。だが、ほんの数秒前までと、今ではもはや別人と言っても良い。
それを理解しているから、そうなると分かっていたからこそ、雁夜の後悔は急速に膨れ上がる。
「確信したよ。間桐が衰退したのはこの日本の地が合わなかったというだけではない。魔術師としての精神が、代を重ねるごとに脆弱に変わっていったのだとね。その中でここまで耐え抜いてきた翁には頭が下がる思いだ」
拒絶と軽蔑。より色濃くなった感情は、立ち上がり後ろを向いた時臣の背中から、雁夜の目に見えるような錯覚さえ覚えさせるほど濃く立ち昇る。
その行動が差し示す意図は明々白々、それを感じ取ると雁夜も弾かれたように立ち上がる。
「待て時臣! まだ話は……!」
「帰りたまえ」
伸ばそうとした手が静かな一喝により止まる。雁夜と背を向ける時臣の距離はせいぜい一歩歩いて手を伸ばせば届く程度のものだろう。
だが遠い、あまりにも遠すぎる。雁夜にとってその距離は果てしない大河の対岸と対岸を隔てた程のものにすら感じていた。
「今私が君を殺さないのは、この場が正当な手続きを踏んだ会談であるがゆえ、それのみだ。しかしこの警告を無視するというのなら……」
時臣は振り返ると手に持ったステッキを回す。すると先端の豪華絢爛な宝石から炎が円を描くように迸った。
「……っ!」
「ここで君を焼き尽くす事も、私には造作のないことだという事を忘れるな」
徹底的な拒絶。時臣の中で既に話は終わっており、これ以上の問答が無意味である事は容易に読み取れた。
「――」
やってしまったことは仕方がない、過去には戻れないのだからさっさと開き直れ。
昔テレビか何かで聞いたような言葉が唐突に雁夜の頭の中で反響し始める。無論、そんなことが出来るわけもない。何かしなければならないのに、そんな時に限って意味のない思考が大声で叫びだす。人はそれを混乱状態と呼ぶのだ。
「違う! 俺が話したいのは……!」
そして、その混乱は理性と冷静な思考力をいとも容易く消し飛ばす。
「桜ちゃんが間桐でどんな仕打ちを受けているか! その事をお前は知っているのかと言うことなんだ!」
「仕打ち……だと?」
しかし、時にはそれが良い方向に進む事もある。どうやって切り出すべきか迷い、上手く話のテーブルに乗っけることのできなかったもう1つの本題。完全な偶然であり、狙いも何もありはしない。
だが、乱暴ながらそこに辿り着いたことを、雁夜は少しだけ揺らいだ時臣の表情から理解した。
「ああ……! 時臣、魔術の修練が楽じゃない事は俺だって分かっている。だが、間桐のそれは明らかに異常なんだ。桜ちゃんは……桜ちゃんはな、間桐に送られたその日からレイプまがいの拷問に近い修練を強制されたんだ……時臣、お前はそうなることを分かっていたのか?」
ブレーキがかかる前に一気に言い切る。その声は途中から掠れていた。
最後の藁にも縋るような気持ちで雁夜は時臣の言葉を待つ。
「いや……それは初耳だ」
「……なら!」
――今からでも構わない。桜ちゃんを間桐から救い出すのに力を貸してくれないか? それが叶うのなら、こんな聖杯戦争今すぐにでも降りてやる。
雁夜の第一優先は聖杯などではない。あくまで桜を救い出す事である。だからこそ、このような馬鹿げた提案を本気でするつもりでいた。
微かにだが見えた光、それを離してはなるものかと続けようとし……
「だが、それが何か問題なのか? あくまで魔術師としての修練なのだろう?」
「……はっ?」
理解の出来ない一言に全てが押し潰された。
「言葉のとおりだ。確かにそれは苦痛をはらむものなのだろう。しかし、それが魔術師として大成するために必要なものならば……何を文句を言う必要がある?」
「一体……何を……」
「やはり君には我々の求めるべき果てなど理解出来るわけがなかったのだろう。さあ、帰りたまえ。私の気が変わって君を燃やしてしまう前にな」
―――――
「帰ったか、直に日も落ちる。今宵は――いや、身体も心も休めるべきか」
「――」
茜がかる夕焼けが雁夜を背中から照らす。覚束無い足取りでとぼとぼと歩く彼を間桐邸の正面で待ち構えていたアーチャーが出迎えるが、気付いていないのか特に反応することも無い。
「――」
間桐雁夜にとって今日は最悪の一日だったと断言できる。人生の中でも、この家に戻ると決めた日に匹敵するほどに。
思惑は外れ、より厳しい現実を突き付けられただけ。そして先など見えはしない。
「俺は……」
ソファーに身体を投げ出し、天を仰ぐ。無論、夕焼けに染まる空は見えず、圧迫感のある黒い天井が見えるばかりなのであるが。
「全てを丸く収める方法があるとすれば、これしかなかった。俺が自分の感情さえ殺すことができれば……けど、もうその可能性はない」
雁夜がどんな行動を取ろうとも、葵か、桜か、どちらかが確実に泣くことになる。その事実が雁夜の胸を締め付ける。
憎悪も怒りも、今は何もかもがバカらしい。
「戦って、戦って、仮に勝ったとしてその先には一体何が――」
「……おじさん、帰ってたんですか?」
「……!!」
そんな雁夜の耳に届くか細い声。まるで雷に撃たれたかのような衝撃とともに振り返った雁夜は、そこから目を離せなかった。
「桜ちゃん……」
「アーチャーさんがそろそろご飯できるからおじさんのことを呼んでこいって……おじさん?」
「ごめんよ、桜ちゃん……おじさんは……」
気付けば、雁夜は跪いて桜を抱き締めていた。突然の事にはてな、と首を傾げる桜。そんな彼女に見えない所で、雁夜は涙を流した。
この小さな少女は、天涯孤独なのだ。親が死んだというならばまだ諦めもつく。いずれ時間が解決するかもしれない。だが違う、この少女は家族が健在なのに関わらずに孤独になってしまったのだ。それが一体どれだけ過酷なことか……それを、いざ目の前にすることで思い知らされたのだ。
「おじさんだけは桜ちゃんの味方だ……例え、どんな事があったとしても」
――それならば、やることはひとつしかないじゃないないか
決意と共に少女をぐっと引き寄せる。
「どんな事があっても……?」
雁夜がそんな決心をしている事など露知らず、桜は逆方向に首をもう一度傾げた。そんな彼女に、雁夜は心からの誓いを立てる。
「ああ、おじさんは――必ず桜ちゃんを救ってみせる――そう、桜ちゃんだけの味方になるよ」
あまりリアルネタはぶっ込まないスタイルなのですが今回はきっちり報告しておかないと後々あれなので……社会人になった時間が一気になくなりました。うまく生活リズムを弄くれるようになるまではしばらく更新安定しないかもです。ご了承よろしくお願い致します
さて、作品についてですが、冷静になったところでこの二人で話が噛み合う訳ないだろ、というかなり身も蓋もない結論が妥当と思い今話の流れになりました。
胎盤がーとかそういうところまでいけない、何となく想像したらアホほど合わずに決裂がこの上なく自然な流れに見えたんですよ。なぜかは分かりませんが
それでは、投票、感想などお待ちしております!!