Fate/kaliya 正義の味方と桜の味方【完結】 作:faker00
「こちら小林。冬木管制、応答願います」
【――小林!? 良かった! やっと繋がった!! ……何があった?】
先程までの時間はまるで過ぎ去った夢のように。
冬木の地へと飛んだ小林は聞き慣れた声に思わず嗚咽を洩らすところであった。
「あれは――あれは人の手でどうにか出来るものじゃありません」
不覚にも、声が裏返るのを抑えきれなかった。
今だって操縦間を握る手は半ば痙攣するかのようにガクガクと震えているのだ。圧倒的なアドレナリンの分泌というある意味での精神的ドーピング。それが醒めれば残るは一人の臆病な人間である。
【あれ──そうか、やはりあれは現実なのか】
「────」
諦めたような返答を無言で肯定する。
小林とて下で何が起こっているかは把握していた。ともすれば、その情報がどこまで流れているのかも。
【分かった。まずは戻ってくれ。後は此方のほうでなんとか】
「それはだめです」
「仰木さん!?」
【なに……?】
回復した通信に重なる声。冷静に、それでいてはっきりと。小林と共に戦場を離脱した仰木は司令へと進言する。
「小林から進言がある前にこちらの様子を把握しておられたようですが、となると見られたのでしょう?」
【……ああ、あのふざけた紅い男か。あの景色が真実ならそれこそ我々の領分だ。だがテレビ局は少しやり過ぎたな。最後のあれはもはや特撮の世界にしかならん】
「……そんなことだろうと思いましたよ」
「仰木さん」
ここに来て小林はわざわざ仰木が割り込んできた理由を察した。
自分が共に戦ったライダーという大男も、仰木と共にあったアーチャーという紅い男も、紛れもない現実である。
しかし、その事実はあまりに現実離れしていた。
少なくとも、自分ではどれだけ説明したところで混乱した若手の戯れ言としか受け取られないであろうほどに。
それが分かっていたからこそわざわざ出てきたのだと。
「紅い男……アーチャーからの伝言です。何があっても手を出すな。あれは我々人間の領分ではない、と」
【仰木君。まさか君はそんな……】
「その通りです。私は彼の行動を全面的に支持します」
小林が息を呑んだのは無線の向こうと同時だった。
──────
「なんでお前までこっちにくるんだよぉぉおお!!」
「仕方あるまい。あの二人には"仕事"を任せた。それとも君は私に溺れ死ねと?」
「そこまでは言ってないけどさ……」
「むはは!! 良いではないか! これだけの強者を隣に戦に挑むのも悪くない!!」
「お前の感想はいつだってそうだろうが!!」
とするとだ。かの飛べない男はどうなった?
結果から述べると、一人の少年にこの世すべてのストレスを押し付けるような形で新たな場所に収まっていた。
その憐れな少年、ウェイバーの心中はもはや図ることすら時間の無駄である。いつもに比べて面積が少ないように感じる御車のなかでアーチャーは何食わぬ顔で矢を放つ。
「この戦車は完全に近距離型だ。私がいることは利点にこそなりすれ、邪魔になることはないと思うが──む、あそこならいけるか? あらかた切り刻んだら拾いに来てくれ」
「おうとも」
「結局弓じゃなくて剣持って突っ込むんかい!」
ウェイバー渾身の突っ込みも全く意に介することなく、まるでタクシーから飛び降りる若手サラリーマンのような軽やかさでアーチャーが戦車から飛び降りる。
無論、降りる先はオフィスではなく醜悪な地獄なのだがそんなことは微塵も感じさせない。
「私も人のことを言えた立場ではないが、これでは反英雄……いや、もはや悪霊の類いだな」
グニュ、という不快な着地感にアーチャーは顔を歪ませ──すぐに双剣を握り直し走り出す。
「ふっ!!」
セイバーやランサーほど上手くはいかんか。
未だ鬼神のごとき無双を続ける二人との違いに心のなかで軽く毒づきながら迫り来る触手を小間切れにアーチャーは駆け上がる。
全長数百mの怪獣、しかも無尽蔵に再生するときているのだ。
どこに"核"となるキャスター本人がいるのか見つけ出さないことには打開策すら見つからない。
「これだけの肉塊だ、当たりさえつけば逆に──むっ!?」
小さな竜巻のごとき進撃が唐突に止まる。
強制的な急ブレーキにアーチャーの身体がガクンと傾いた。
「やはり私の戦闘力ではこのあたりが限界か」
右足に絡み付いた異物を即座に切り落とす。
いくら単体では脅威になり得ない雑兵と言っても360度圧倒的な質量を持って囲まれては分が悪い。
それを避ける方法は2つある。セイバーのように半径数m全てを凪ぎ払い蹂躙するか、それともランサーのように触手の再生するスピード以上の疾さを持って進撃するかだ。
だが残念なことにアーチャーにはそのどちらの条件も満たすことはできなかったのである。
そして、その僅かばかりのタイムラグが致命傷になる。
立ち止まったコンマ数秒、再び顔をあげたアーチャーの視界は汚物一色に染まった。
「ちっ、多少の手傷はやむを得んか……!」
──この武装では凌ぎきれない。
これまで積み重ねてきた数多の戦闘、その経験則から迷うことなく双剣を投げ捨て親しんだ弓矢を投影する。
土手っ腹をぶち抜くのも悪手ではない。ないのだがその間隙を縫って行けるだけのスピードがあるかどうか……微妙と判断したアーチャーの決断は
「
リスクも伴うが確実な殲滅が期待できる至近距離での爆破攻撃。
ギリッと弓をしならせるアーチャー。タイミングはシビアだが、自らの被害を0まではいかないまでも最低限に撃ち抜く自信はある。
「──!!」
「大丈夫ですかアーチャー!
そんなことを考えていた自分がひどく小さな存在に思えてくる。
ぎりぎりで手を止めたアーチャーは、どこか清涼感すら感じさせる目の前の光景に苦笑いを浮かべざるを得なかった。
風の音、逆巻く疾風、人と自然が一体化するとはこの事である。
吹き飛ぶ怪物どもの後を綺麗に掃除するかのように爽やかな風がアーチャーの頬を撫でる。
そうして飛び込んでくるは蒼銀の鎧。
「君の助けを求めたつもりはないが?」
「そうでしたか、ではあれは私の独断ですのでお気になさないように。貴重な戦力をこんなところで失うわけにはいかない」
エアポケットのように生まれた二人だけの刹那。互いが互いにふっと笑みを浮かべる。
そして短距離走のスタートのごとく並んで駆け出した。
「セイバー」
「なんでしょう、先程の強がりの続きなら結構ですが」
「たわけ、誰がそんなことを言った。それにあれは強がりなどでは──いや、まあいい。それよりもだ、君の
二人でならば言葉を交わす余裕さえある。
有象無象を蹴散らしながらアーチャーは隣のセイバーに目を転じる。
「……五分五分、ですね」
ピクッと眉を潜めたセイバーは少し無言になると、そう呟いた。
「もちろん私の聖剣はこのような怪物を何度も屠ってきました。ですが、規模とかそういう問題ではない。この怪物に関しては別の理由がある」
「やはりか」
「ええ、恐らく令呪。それも複数掛けがかかっている。単純な威力でどうこうなると確証のある話でみあればそう難しくないと思うのですが」
半ば腹だたしげにセイバーは続ける。
サーヴァントである以上、それ独特の魔力を少なからず帯びている。しかし今宵のキャスターには同等の威力を帯びた異物が相当に混じっているのだと。
サーヴァントの高密度かつ高い神秘に混ざれる魔力などそうはない。
となると答えは必然。
「あのクズが……最期の最期まで余計なことをしおって」
薄々勘づき始めていた可能性が確証に変わり、アーチャーは苛立ちを隠さず毒付いた。
人に対して圧倒的優位を誇るサーヴァント、本来成り立つわけのない主従関係。その関係を成立させるのが三画の令呪である。マスターからサーヴァントに対してのみ破格の魔力を誇る絶対支配権。
仮に、もし仮にそんなものを、それも複数"己のサーヴァントの強化"なんてものに使われたらどうなる?
力関係など一瞬にして崩壊するだろうし、副作用的な未知なる反応が起こったとしてもなんら不思議はない。
「正直なところここまで手詰まりになるとそれも視野に入れてはいますが…….」
「全力での開放となれば君もただではすむまい。加えて時間もスペースも必要だ。なるほど、当面の課題はそこか」
無言で頷くセイバーを横目にアーチャーは今まで鳴りを潜めさせていた理性的な思考のギアを一気にあげる。
現状でのセイバーの切り札の使用のハードルはこうだ。
令呪によりなにが起こるか分からないキャスターそのもの。
敵と認識してから絶え間なく、それこそ無限に続く怪物の攻撃によってエクスカリバーの"溜め"の時間が全くというほど作れないこと
五分五分と称する状態で切り札をぶちまけて万が一があった場合に生じる致命的な隙とガス欠
更に言えば、核兵器も真っ青な超絶破壊兵器による町や近海を航行している可能性が否定できない船舶への甚大な被害。
これでは流石の彼女も躊躇わざるを得ないと結論を弾き出したアーチャーは納得した。
「だがあまり悠長な事は言っていられんぞ。私の警告が利いていたとしてもせいぜい残り数十分でこの化け物は自給自足を開始する。
そうなればそれこそ打つ手がなくなるやもしれん」
が、そんなことを言っていられない状況が近づいているのもまた事実。
そんなアーチャーの指摘にセイバーは顔を曇らせた。
大都会ではないとはいえ冬木も数十万人の一般市民がすむ都市なのである。そして人の魂は格好の魔力源、どうなるかなど考えるまでもない。
「分かっています。状況は刻一刻と厳しくなってきている」
セイバーもそれは分かっているのか否定することなくアーチャーの言葉を肯定する。が、その顔は晴れない。
その姿にアーチャーは微妙な違和感を覚えた。
──私が知っている彼女とこの彼女には少なからず性格に差異がある?
この違和感はアーチャーがセイバーと始めて剣を交えたあの夜の倉庫街から微かにながら感じていたものだ。
表現にすると難しいのだが、あまりに公明正大すぎるのだ。それこそ潔癖症の類いのように。
別段この戦いには関係のないこと。それなのだが、妙に気になったのだ。
【アーチャー】
「む? 雁夜か。どうした、このタイミングで念話など君らしくもない」
そんな感覚は突如として頭のなかに直接響いてきたマスターの声にかきけされた。
集中していれば聞こえないとかそういうものではない。頭の中心に嫌でも響いてくるのだ。
それ故に戦闘中の使用は厳禁だときちんと確認したはずなのだが……アーチャーは雁夜にしては珍しい契約無視に内心首を傾げながら問い返す。
【いや、すまないな。けどなにか緊急だって言うから】
「言うから……?」
今がセイバーと二人でいるときで本当によかった。
手と足を止めることなくアーチャーは更に考える。どうやら雁夜は誰かに言伝てを頼まれたらしい。
しかしいったい誰がそんなことを──わかった。
そう合点が言ったとき、予想通りの人物が脳の中に響く。
【ああ、セイバーのマスターから。海の方面に廃客船、遠慮せずぶっぱなせ。だとさ。なあ俺にはさっぱりなんだがおまえわかるか?】
「なるほど、流石は切嗣と言ったところか」
予想通りの解答にアーチャーは一歩大きく踏み込み飛び上がると異物の隙間から地平線を望む。
先ほどまで遮るもののない広い海のみだった地平線、だが今はそのど真ん中に大きな客船が某ハリウッド映画の沈没船のごとく鎮座していた。
「分かった。君は気にせず身の安全を確保していてくれ」
【おい──ああ、分かったよ! 悪かったな!】
「我が主ながら物分かりが良くなったものだ」
話を打ち切るとアーチャーはぐるっと辺りを見回す。
目当てとなるサーヴァントは言わずもがな目立つのだ。
「いた──! ライダー! ランサー! ちょっといいか! セイバー、君もだ! 一旦退くぞ!」
「あん?」
「ほう?」
「ちょっ──」
怪物を相手にしながらでも見つけるまでもそう時間はかからなかった。
ひとつ声をかけるとそれに応じたライダーの戦車へと飛び乗る。
「──」
「なるほど、君のマスターは限界か」
「そうさなあ、もちっとシャキッとしてくれれば良いんだがなあ」
「君のマスター育成方針について私の関知するところではないが……そこの少年も彼に目一杯気張っていると思うぞ? 彼の名誉のために付け加えるならばだが」
「そうさなあ……まあ良いわ。で、我々を全員集めるということは何かあるのであろう?」
後ろの席で泡を吹いて気絶するウェイバーを横目にライダーがアーチャーに問う。
「ああ。もちろんだ。こんな無意味な戦いは直ぐにでも終わらせなければならん」
────
「なるほどねえ。王様の露払いを三人がかりでやれってか」
「ふむ……」
「そういうことになるな。嫌だというのなら構わんが──その場合確実にキャスターを殺れる手段があることが前提だな」
「けっ、わーったよ。実際問題こっちも手詰まってきたとこだ。時間もかけられねえことだしやってやる。だがな、そのセイバーの宝具とやらは本当にそれだけのものなんだろうな?」
岸に上がってキャスターから充分な距離をとると、アーチャーは現状望める打開策がセイバーの宝具くらいであること。そして、その為には時間が必要なことを簡略的にセイバー、ランサー、ライダーの三者に伝える。
そしてその反応はと言うと──まあこの通り微妙なものである。
「ああ、古今東西ありとあらゆる宝具があるが、こと単純な破壊力においてあれ以上の傑物もそうはあるまい。なにせ世界でもっとも有名な聖剣だ。
君も英霊であるならばこの意味が分かるだろう? まあ十全にその威力を発揮するためには充分な時間、そして的が動かないことが好ましいが……幸いにしてどちらも揃っている」
「世界最強の武器を最良の状態で使う条件は揃ってるってことね……おい、セイバー、お前絶対俺に当てんなよ。流石にこんな死に様はかっこつかねえや」
早々に異を唱えたランサーだが、その矛先を引っ込めるのも速い。
それを見てアーチャーは心のなかでほっと胸を撫で下ろした。
ランサーは元々割りきりの良いビジネスライクな人物である。悪い言い方をすれば他の英霊の盾になって戦えという相手によっては屈辱に思える提案でもあっさりと受け入れる。
「と言うわけだが征服王、君にも助力を頼みたい」
だがいつまでもそうしてはいられない。
気を引き締めなおしアーチャーは珍しく沈黙しているライダーに向き直る。
普段はともかくこの件に関して難しそうなのはこの征服王なのだ。
では何故か。それはひとえにライダーもセイバーと同じく強い芯を持った王だからである。
王が軍門に下るというとは、それすなわち1つの国が終わるということである。今回の件はそれほど大袈裟な話ではないと言う者が世の中の大半を占めるだろう。実際に国がほろぶことなどありえないのだから。
だが、そういうことではないのだ。王としての、精神としての有り方の問題である。
そして、普段融通が聞く存在であるからこそ一度拒絶されてしまえばその説得は難航を極めることになる、と言うよりも無理だ。
「──むぅ」
無言で顎髭をなぞり神妙な顔つきで考え込むライダー。若干の沈黙、そして──
「致し方無しか。よかろう、この征服王。此度の話承諾した」
お久しぶりでございます。
今回でキャスター戦終わる予定でしたが……もう少しだけ続くんじゃ
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