Fate/kaliya 正義の味方と桜の味方【完結】   作:faker00

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第24話 同盟

「クー・フーリン殿はよくやってくれたが……ここまで派手に露呈してしまえば"横槍"を避けることは叶うまい」

 

「師よ、その事についてご報告がございます」

 

「──? 綺礼か。いやすまない。気がつかなかったよ」

 

「いいえ、昨日の出来事はそれほど大きかったことは私とて承知しております。我が父もあちこちに奔走してはいるのですが、最早一監督役の権限ではどうすることも出来ないほどに状況は差し迫ってきています」

 

「璃正神父にも後で詫びをいれなければならないようだね。まずはこの状況をどうにかしないことには始まらないが」

 

 キャスターがアーチャー達によって倒された翌朝。

 優雅とは程遠い疲れた表情で自室の椅子に寄り掛かる時臣は、いつの間にか綺礼が部屋にはいって来ていたことに声をかけられるまで気がつかなかった。

 どうやらあまりの疲れで集中力が散漫になっていたようだと一つ伸びをいれる。

 

「それで、報告とはなにかね?」

 

「はい。時計塔の情報屋からの連絡なのですが……どうやら今回の事態を重く見た連中は早々に対策部隊を結成。数百人単位の魔術師をこの冬木に送り込み強制的に事態を沈静化させる方針で固まったようです」

 

「やはりそうなるか。となると聖杯は」

 

「お察しの通り。時計塔の管理下に置くと言う形になるものかと」

 

 予想通りの答えに時臣は深く溜め息をついた。

 聖杯戦争の大前提となる神秘の隠匿は昨夜の大失態で完全に崩れ去ったと言っていい。璃正神父を筆頭にした監督役チームは迅速に動き、今ではニュース番組で昨日の怪獣騒ぎは誤報だという報せがひっきりなしに流れ続いている状態だ。

 だがそれだけ抑えきれるほど今回の状態は甘くない。元より見た人が多すぎるうえに、冬木大橋を中心にした実害を隠しきれていない。そもそも地形そのものが変わっているのが実際のところだ。

 これを誤魔化しきろうとするならば"もともとそうであった"というくらいの認識に冬木の人々の意識を変えるしかあるまい。 

 

「冬木全体を処理する、と言うことか。流石に殺しはしないだろうが」

 

 無論、そんなことは冬木の魔術師だけでは叶わない。

 だからこそ時計塔の。それも恐らくかなり高位の連中が出張ろうとしている。それは良い。魔術師としての利害は一致しているのだからむしろ歓迎すべきくらいなのだ。

 しかし──

 

「それでは此度の戦いは」

 

「……恐らく今回の部隊が結成され、この冬木に降り立つまでの猶予はせいぜい2日から3日と言ったところだろう。どうにかしてそれまでにこの戦いを我々の勝利で幕を引き、聖杯を手に入れ根源に至るしかあるまい」

 

 聖杯まで取られると言うのは看過出来ない問題だと顔を曇らせる。

 恐らく、今生で目的を果たす最初で最後のチャンスであることは他ならぬ時臣自身がこれ以上なく承知していた。

 歩いて月に向かうがごとく遠いもの。進んでいるのかすらどうかすら分からない道程。

 その工程を全てすっ飛ばすなどそれこそどんな天才が何代束になっても叶わぬ何千年単位の加速なのである。

 

「短期決戦、と言うことでしょうか?」

 

「そういうことになるね──綺礼、すまないが私と君との共闘は今この時をもって終了としよう。これより璃正さんの元へ戻り、共に事態の収拾に努めてくれ」

 

「師よ。それは──」

 

 立ち上がりそう告げた時臣の真意を綺礼は問おうとして気が付いた。自分が邪魔になること、そしてこの戦いが短期決戦になること、考えてみれば彼の考えていることはそう難しいことではない。

 

「分かりました。至らぬ私に2年もの間弟子として様々なことをご教授頂き感謝の極みであります」

 

「礼を言うのは私のほうだ。2年間君は私の弟子としてよく勤めてくれた。有り難う」

 

 互いが互いに頭を下げる。

 社交的儀礼が終わればもう話すことはあるまい。仮初めの師弟関係はあっさりと解消され綺礼は踵を返す。

 

「ああ、綺礼君。最後に1つだけ」

 

「──? 何でしょうか」

 

「いや、私にもしものことがあれば、その時は葵と凛のことを頼む。君になら任せられる」

 

「……分かりました」

 

 最後の頼みもそう難しいものではない。

 了承の意を示すように頷くと綺礼は今度こそ部屋を去っていく。

 こうして、何も残さぬまま、何の未練もあるわけではなく、次元によっては全ての元凶となる言峰綺礼の聖杯戦争は幕を閉じた。彼が自らの心に気付く時はやってくるのか、それは分からない。

 

「さて、それでは──ふむ、あまり趣味ではないが電話にでも頼ってみるとしようか。彼の滞在場所は完全な工房、魔術的なコンタクトでは宣戦布告ととられかねない」

 

 文句というか自分への言い訳と言うべきか。

 ぶつくさと呟きながら使いなれない電話機へと向かう。番号は公共番号であるので探すのは簡単だ。

 ダイヤルを回しコールする。受け付けに要件を通すこと数秒、意外にもお目当ての人物はあっさりと電話に出た。

 

【この地を管理する魔術師が電話を使ってまで敵にコンタクトを取るとは穏やかではないな──何のようだね?】

 

「ええ、ケイネス・エルメロイ。単刀直入に申しましょう──」

 

 

 

 

────

 

「同盟だな」

 

 もう慣れたものな朝食をとりながらの作戦会議。アーチャーはあっさりと方針を決めた。

 

「同盟?」

 

 その決断の早さ、そして自分の介入する余地のなさにも慣れたものである。

 雁夜は全く動じることなく──というよりも意識の8割を朝食には少し重いブリ大根のブリの骨を取ることに向けながら──当たり前に返答した。

 因みに隣でちょこんと座りフォークでブリをつつく桜の分の大根は甘煮、ついでに言うと骨とりも完ぺき。なぜ俺にはこの心遣いはないのか? そんなことの方が気になってくる有り様である。

 

「一々驚くのを辞めたのは良い判断だが──こら桜、大根を残してはダメだ。大丈夫、君の分のは甘くしてある。苦くないからそう膨れるな」

 

 拍子抜けだ、なんて言いながらそそくさと逃げ出そうとした桜を後ろから抱き抱えて席に連れ戻すアーチャー。こちらはこちらで言葉と行動が全く一致していない。

 ある意味馴染んできた朝の風景だ。

 

「やー」

 

「ダメだ。おやつを抜きにすることになるぞ……ああ、私もそんなことはしたくない。だから取り敢えずひとくち頑張ってみよう。な?

 ああ、そうだ。この聖杯戦争はせいぜいあと3日も持たずして終結することになる。総力戦になる以上物理的な火力がほしい」

 

 

「ぶふっ──!」

 

「おじさんきたなーい」

 

 否、どうやらアーチャーの方がまだまだ数段上手らしい。

 ごほごほむせながら雁夜はお茶に手を伸ばして詰まったものを流し込む。

 

 

「桜ちゃんはこんなことしちゃだめだぞ──おいアーチャー、どういうことだよそれ」

 

「言葉の通りだ。あれだけ派手にやった以上神秘の隠匿もへったくれもあったものではない。当然魔術教会の連中が出張ってくることになるだろう。あれはそういう連中だ。聖杯戦争そのものすら迅速に無かったことにしかねない」

 

「そこまで過激なのか──」

 

 魔術師の自分よりもサーヴァントの方が魔術師事情に詳しいというよくよく考えてみれば意味の分からない状況を自然に受け入れながら雁夜は頷く。

 確かに筋は通っているのだ。魔術師は一般世界に自らの一端が溢れることを極端に嫌う。今回に至っては一杯のバケツを引っくり返したようなもの。火消しに躍起になるのはむしろ当たり前であると。

 

「ああ、そうなってくると当然長い時間をかけての駆け引きなどはやっている暇がなくなる」

 

「まあそうなるよな……あ、桜ちゃん、そろそろお部屋に戻っててくれないかな? 大根よく食べたね」

 

 ぐっと親指を建てて部屋を出ていく桜の後ろ姿に、これは3時のおやつは増量せねばならぬと決意を固める雁夜。

 それを"桜を甘やかすな、晩御飯に影響が出たらどうしてくれるつもりだ"と目線で牽制するアーチャー。

 以前は聖杯戦争のせの字が出た時点で力みに力んで周りなど全く見えなかった頃に比べれば随分余裕が出てきたものだと内心感心したアーチャーだが、それを言葉にすることはない。

 

「未だ5騎のサーヴァントが健在だと言う現状を鑑みれば、とにかくまず数を減らすことが優先になる。となると数の暴力に頼るのが手っ取り早い。時間の縛りがあり早々に裏切って単独で動くのもまた悪手と言える今、むしろ同盟を組もうとアクションを起こさない方がどうかしている──まあそのどうかしている選択肢を敢えて選びそうな者にも心当たりはあるが」

 

「なるほど──所でその組む相手は目星ついてるのか?」

 

 苦笑いを浮かべるアーチャーに雁夜は問う。

 必要性は分かった。しかし片っ端から声をかけるわけにもいかないだろうと。

 

「もちろん。サーヴァントの相性、マスターの相性、ここを照らし合わせれば答えは自ずと出てくる」

 

 どこから持ってきたのか大きなノートを机に広げボールペンを取り出すアーチャー。

 雁夜はそれを身を乗り出して覗き込む。

 

「まずランサー、戦力的な相性としては遠距離型の私に近距離型のランサー、○のように見えるが性格的な相性で言うと私も君も三重に×だ。総合的に見て論外。まずは除外」

 

「当たり前だ。時臣と組むなんてありえない」

 

「続いてバーサーカー、戦力はまあ△、しかし戦略重視の私とは全く持って合わないので×、マスターに関しては判断しようもないのでここも×。除外だ」 

 

「確かに……あれ、そう考えるとそもそも選択肢自体が」

 

 選ぶ選ばないとかそういう話ですらないのかとぼやいた雁夜にアーチャーは苦笑しながら頷く。

 

「征服王は悪くない選択肢だ。だがあれはあれで君とあの少年のマスターでは相性が悪くとてもではないが戦いに集中できん」

 

「マスターって、ウェイバー君のことかい? そう相性が悪いとは思わないけどな」

 

 常にライダーに振り回されている少年のことを思い浮かべる雁夜。

 確かに合うかどうかと言われれば分からない。だがそこまで悪いと断言されるほどだろうかと首をかしげる彼にアーチャーは呆れたようにため息をつく。

 

「違う。ここでいう相性とは戦力的な話だ。はっきり言うのもどうかと思うが、残ったマスターの中の実力としては君たち二人が飛び抜けて下だ。あのアインツベルンの女性よりもだ。加えて、あれの本来のマスターはそんな彼女が足元に及ばないほど強い」

 

「ああ、そういうことか……いや確かにその通りだ。すまんアーチャー」

 

 その言葉に雁夜は自身の甘い見立てを猛省した。

 そう、ここからは文字通り血みどろの殺しあい、文字通りの総力戦なのだ。今までのようにアーチャーに任せているわけにもいかず、当然自分自身も勝ち取るために命を張らなければならない。

 

「分かれば良い。さて、これで我々の選択肢は1つしかなくなったわけだが……幸いにしてこの陣営と我々の相性は非常に良い。最優のサーヴァントは接近戦に優れ戦略的に頭も良い。マスターの実力も申し分なしの上、表に出てくる人物と君の相性も悪くない。それに……ここが一番重要なのだが、魔術師にとって彼等は嫌われものだ」

 

「嫌われ者? それがどうして重要なんだよ?」

 

「君と遠坂時臣のようなものだ。嫌いな相手と組もうとは誰も思うまい。今一番怖いのは同盟を先を越され2対1で潰されることだ。しかしながらそのリスクをこのペアなら回避できる。そういう意味でも非常に都合が良い」

 

「──」

 

 一体このサーヴァントはどこまで見据えて動いているのか。

 同盟を持ちかける相手を決めるだけでもこれだけ徹底されたリスク管理をよくぞ出来るものだと雁夜は感嘆を通り越して若干呆れのような感情さえ覚えた。

 しかしそこまで決まっているとなれば善は急げだと両膝をパンと叩いて立ち上がる。

 

 

「ならさっさと行くとするか。あそこは遠いからな。今からいっても到着は昼過ぎになりそうだ」

 

「そうだな。あと今回は桜も連れていくぞ。彼女にも準備させてくれ」

 

「なんでさ!?」

 

「こことアインツベルン城では魔術的な防御レベルに差がありすぎる。首尾よく話が進んだ場合そちらを本拠にする可能性が高い。そうなれば桜をしばらくここに一人で放置することになる」

 

「……分かった。準備終わったら戻ってくるからまっててくれ」

 

 雁夜も部屋を後にし、部屋にはアーチャー一人になる。

 それを見届けたのち彼は大きな窓を開け、山々が広がる深山方面を見据え弓を投影する。

 

 

 

「流石に事前の挨拶くらいは必要というものだろう」

 

 矢にメモのようなものをくくりつけ、弓をつがえるアーチャー。

 狙うは遥か数十km先、張り詰めた集中力を持って引き絞る。

 

「──はっ!! ふむ、悪くないな。これなら問題ないだろう」

 

 音速に近い速度で飛んでいく矢。その行き先は感覚で把握している。まずは痺れることなくあの森に立ち入りたいものだとアーチャーは見送った。

 

 

 

 

 

 

─────

 

「切嗣」

 

「どうかしたかい、アイリ──ああ、僕がそっちに行こう」

 

 部屋は人を写すと言うが、ここほど無機質で硝煙の臭いがする冷たい部屋もそうあるまい。

 廊下に比べて気温がぐっと下がったような寒気を覚えながらアイリは鋭利な空気を醸し出す後ろ姿に声をかける。

 拳銃類の手入れをしていた切嗣はその声に気づくと、彼女の微妙な変化を察したのか自ら歩み寄った。

 

「私、やっぱりこの部屋少し苦手かもしれないわ。切嗣」

 

「すまない。けどこればっかりは……いや、それはどうでもいいか。それよりもなんだい? 君がここに来るってことはそれなりの理由があるんだろう?」

 

 廊下に出て扉を閉じるとアイリは少しばかりの不満をもらし、切嗣は苦笑して答える。

 たがそれも一瞬、普段この部屋に全く寄り付かない彼女がわざわざ訪れたということはそれなりの異常があったということ。確信めいた予想を持って真剣に問いかける。

 

「ええ、これなんだけど」

 

「これは──手紙かな? 一体どこから」

 

「分からないわ。たださっきセイバーが打ち落としたの」

 

「打ち落とした? アイリ、もう少し詳しく頼む」

 

 相関性が全く見えてこない二つの単語に切嗣の表情が訝しげに変わる。

 

「さっきセイバーが迫ってくる魔力の塊を察知して迎撃に出たの。そうしたら空から一本矢が降ってきて、もちろん彼女が落としたから被害もなにもなかったのだけれど、その矢じりにこれが付いていたの。セイバーのマスターへって丁寧に宛先まで書いて」

 

「なるほど──因みにこの手紙自体に呪いがかかっているとかそういうことはないかな?」

 

「ないわ。私もセイバーと一通り試したけどそのような反応は何一つ。この手紙にはなんの細工もない。だからこそ逆に恐ろしいのよ」

 

「──」

 

 一理あるな、と切嗣はまだ封切られていない手紙を眺める。

 罠か、それとも本当に唯の手紙なのか。加えて手紙だとして一体なんのつもりなのか?

 だが絞り込めない。あまりにも情報が少なすぎるのだ。そうして頭を回転させること数秒、切嗣はふーっと大きく息を吐き出した。

 

「開けるしかないな。アイリ、なにか異変があればすぐに対処を。いざとなったらセイバーも呼んで構わない」

 

「分かったわ」

 

 この如何にも怪しげな手紙は開けねばならないだろう。切嗣は覚悟を決めた。

 

 

 

「──」

 

 ごくっと息を呑む。

 まるで爆弾処理みたいだと心の中で嘯く。手触りは普通、インクにも細工なし。一つ一つの行程をこれでもかと慎重にこなしながらゆっくりと開いていく。

 最後に、セロテープまで神経質に取り払い、その中身を広げた。

 

「──切嗣、これって……」

 

「アーチャーめ……やってくれるな。アイリ、準備しよう。少なくとも話を聞くだけの価値はありそうだ」

 

 嵐の前の予兆のように。にわかにアインツベルンの城が騒がしくなり始めた。

 

 

 




更新できる余力がある間にしておこう、ということで更新

いよいよ終章開幕。久しぶりにケリィさんも登場です。

多くの感想ありがとうございます。明日一括で返していきますのでどしどしお待ちしております

それではまた!!

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