Fate/kaliya 正義の味方と桜の味方【完結】   作:faker00

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第25話 再びアインツベルン城へ

 

 

 

 「同盟」

 それは異なる個人、もしくは勢力が利害が一致する場合に互いの同意のもと協力し、共に目標達成のために動くことを言う。

 だがそれは大抵の場合恒久的なものではなく、目的の達成と同時に解消され元の関係に戻る場合が多い。そしてその元の関係というのは中立・もしくは敵対と友好的な関係ではないことがほとんどだ。

 友好的であるならばそもそも同盟を結ぶ必要すらないからである。

 それ故に、古来から現代までその締結の場に置いては表面上の固い結束とは裏腹に、腹の探りあい試しあいというぴりぴりしたような、どろどろしたような空気が張り積めていたと言う。

 それはこれから臨むアインツベルンの城でも同じことだろう。これはれっきとした戦争であり、同盟であるのだから。

 雁夜はそう覚悟を決めていた。

 

 

 

 

「きゃー!! 桜ちゃんっ可愛い!! 今何歳かなー?」

 

「……6つ」

 

「あらあらまあまあ。それじゃあイリヤよりも年下なのね! こんなに可愛い妹がいたらあの娘も喜ぶでしょうに……お菓子食べる?」

 

「食べる」

 

「って何してるんですかアイリさん! 桜ちゃんも……まあ満更でもなさそうだし良いか」

 

 だというのにこのファンシーな空気はなんなのか。

 この数時間の緊張とそれに伴う心労をかえせ! と雁夜は頭を抱えた。

 

 出だしは良かったのだ。というよりも想定通り。途中から疲れて寝てしまった桜をおぶりながら延々と森のなかを歩き続けようやく城へと辿り着いた。

 重く閉ざされていた扉は礼儀をもっての来客を厳かに歓迎するかのようにゆっくりと開く。上がる心拍数のなか踏み込んでいく。広いエントランスから長く伸びる階段の上にはえもいわれぬ威圧感を纏った当主が自らの立場を誇示し、こちらに思い込ませるかのように悠然と佇み──

 

 

 

「あの……雁夜さん? 背中の女の子は貴方の娘さんかしら?」

 

 厳粛な空気は、子煩悩な若奥様のうずうずしたような一言で全て泡と消えたのだ。

 

 

 

 

 前回訪れた際は中庭のみの訪問だったので分からなかったのだが、やはりというかこの古城は何もかもがいちいちスケールが大きい。問桐邸も一般的な住宅と比べればそこそこと言えるのだが、この中世の物語の世界をそっくりそのまま持ってきたような異次元とは比べるに及ばず。

 当然雁夜とアーチャーが今通されている客間も例外ではなく、その天井は雁夜が知っている住居と呼ばれるものの3倍は高く、長机は考えるのも面倒になるほど長かった。

 

 僅か5人でそのスペースをフルに使う訳にもいかず、その真ん中を隔てて向かい合うかたちで今は雁夜と桜、そしてアイリスフィールが向かい合う形で座り、傍らにセイバー、アーチャーが控える形になっている。

 ここまではなにも可笑しくはない。問題はだ──なぜ雁夜の側にいるはずの桜が幸せ一杯といった体のアイリスフィールの膝の上に座り、抱き締められているのかということだ。

 

「諦めろ雁夜。君はいちいち動揺しすぎるきらいがある。前座くらいどっしり構えていたまえ」

 

「ほんとに俺が間違ってんのかこの状況は」

 

 隣で外行きの際に常である仏頂面を決め込んでいるアーチャーがボソッと呟く。

 が、こればっかりは一般人の感性である自分の方が正しいのではないかと思う雁夜だった。

 

「ごめんなさい。けど結局は切嗣──セイバーのマスターが来ない限り本題には入れないもの。私にそんな大それたものの決定権はないのだから」

 

 そんなアーチャー陣営に対してアイリスフィールは微笑みを絶やすことはない。

 その影に見え隠れする余裕さが、バックについているセイバーのマスター、衛宮切嗣への絶対の信頼からきているのは言うまでもない。

 

「けど確かに遅いわね……アーチャー、貴方一体何をあの人に送りつけたのかしら?」

 

「え、お前いつのまにそんなことしてたんだ」

 

「なに、交渉材料というものだ。こちらから会談を申し込んだ以上、要求くらいは先に通して検討をするだけの猶予を与えるのは当然のことだろう?」

 

 これまでの爛漫からの突然の変貌。

 キラッと深紅の双眸を妖しく光らせてアイリスフィールが問う。見透かす、というよりはなにかこう……もっと上から見下ろされているよう錯覚に陥る艶やかな視線。

 常人ならばその変わりっぷりに動揺する間すらなくベラベラと秘密を喋ってしまうようなそれを、アーチャーは人を食ったような、小馬鹿にしたようも見える皮肉さを持って一蹴した。

 にわかにきりきりと張り始めた緊張。

 その真っ只中で全く知りもしなかった事実を知らされた雁夜は驚くばかりなのであったが、そのおかげで

この空気に気付かなかったのはむしろ幸運かもしれない。

 

「──つれないのね。マスターとは大違い。そんなことじゃレディーは振り向かないわよ?」

 

「生憎女性関係に難があるのは生前からでね。今更どうなろうと気にはならんさ」

 

 両者が両者とも、フフンッなんて笑みを浮かべる。

 その間で散る火花を雁夜は内心ハラハラしながら見守り、セイバーは頑として沈黙を守り傍観する。

 

 これ以上この空気が続くのは如何なものか、しかしここで下手に動いて余計な地雷でも踏みつけようものならもっと酷いことになるのではないか?

 雁夜の中で現状をどうするべきかの案が浮かんでは消えを繰り返し、いよいよ意を決して声を挙げようとしたそのとき──

 

「なあふたり」

 

「待たせたね。間桐雁夜、そして──アーチャーのサーヴァント」

 

 

 一度だけ聞いた覚えのある声に背筋が凍る。

 雁夜は立ち上がりかけた中腰に、アイリスフィールとアーチャーの間に壁を作ろうかという風に中途半端に腕を伸ばしたなんとも情けない姿勢のままびくっと振り向いたのだった。

 

 

 

 

 

─────

 

「さて、同盟を結ぶ可能性がある以上こちらもある程度の情報開示は覚悟しようか。問桐雁夜は話すのは2度目、アーチャーは初めてになるな。僕はセイバーのマスター、衛宮切嗣だ」

 

 この男には本当に人の血が通っているのだろうか。

 我ながら初対面の人間に失礼だと思う。だがそれ以上に適当な表現も見つからない。初めて目にするセイバーのマスター、衛宮切嗣に対する雁夜のファーストインプレッションはどこか寒気のするようなものだった。

 風体からしてそうなのは認めよう。ボサボサ頭にくたびれた真っ黒のスーツという格好に爽やかさや明るさを感じる人間はそういないだろうから。

 しかしそんなものではない。一般人とは明らかに違う彼の纏う空気が、尋常なる人間とは違うステージに立っていることを雄弁に告げているのだ。

 

「ああ、今日はよろしく頼む」

 

 ギクシャクしながら返す。

 なにより象徴的なのはこの目だと恐ろしく感じながらも目を離せない。少し落ち窪んだようで鋭く光る眼光。今まで何を見てきたのか、どこを見据えているのかも分からない瞳は雁夜にとって純然な恐怖だった。

 

 

 

「では早々だが本題に入ろうか。状況は我々聖杯戦争の参加者にとって良くないものになっていることは君とて承知だろう?」

 

「そうだな。お前には聞かなければいけないことがいくつもある」

 

 助け船なのか、それとも単に焦れただけなのか、アーチャーが硬直気味の雁夜に替わっていつも通り淡々と口火を切った。

 気持ちは同じなのか切嗣も頷くとスーツのポケットからくるくると丸まった羊皮紙を取り出すとテーブルの上に広げる。

 

自己強制証明(セルフギアススクロール)……マスターの反応を見る限りお前が勝手につくってきた、ということだろうがまあそこには触れるまい。

 確かに交渉の材料としては最上の手段だ。魔術師である以上この契約を破るわけにはいかない。死んだあとの魂まで拘束されるなんて誰だろうとたまったものじゃないからな」

 

「ギアス!? アーチャーお前いつのまに!」

 

「ああ、君の擬似的刻印でも上手く作成できたのは良かった。ダメなら交渉の手段を一から考えなければならないところだった」

 

「じゃなくて!!」

 

 人の魂レベルの話を無断で進めるな!!

 ありったけの抗議を込めてアーチャーを睨み付ける……が、直ぐに諦めた。アーチャーに度肝を抜かされるのはもういつものことだ。そして、その都度もちろん憤慨もするし、説明を求めたりもするが、最終的にはなんだかんだで自分のためになっている。

 なかなか真意を明かしてくれない以上結果を待つしかないのだ。

 

「……もういいや」

 

「物分かりがよくて助かる。それで、だ。条件になにか不満でもあるのか? エミヤキリツグ」

 

 アーチャーはアーチャーで雁夜があっさりと引っ込むことを分かっていたのか、悪びれる様子もなく話を続ける。

 その視線の先には、無表情を全く崩すことのない切嗣。

 

「いいや。条件にさしたる不満はない。と言うよりも妥当すぎて拍子抜けしたくらいだ。

 そちらの制約が、問桐雁夜、問桐桜、サーヴァントアーチャー、及びこの3名が味方と認識している者の衛宮切嗣、アイリスフィール・フォン・アインツベルン、サーヴァントセイバーに対して危害を加えるその一切を禁ずる。

 逆に僕達にかかる制約がその真逆。衛宮切嗣、及びこの書面を開いた段階で当人が味方と認識している者の問桐雁夜、問桐桜、サーヴァントアーチャーへの危害の禁止

 共通項として、この契約の効力は残りのサーヴァントが2騎になるまでとする。

 実に単純かつ穴のない同盟条件だ。強いて言うなら、僕ら3人のみではなく僕が味方と判断していた全員という括りのお陰で陣営そのものにギアスがかかり、互いにとっての未知、逆手にとっての既知から不意討ちの類も全く通じないという意味で制約が強化されているということくらいだ」

 

「ここにいる者だけが戦場の全てなんてお花畑な思い込みはしない主義でね。こういう緊迫した局面で華々しい英雄の光の影に隠れた尖兵が最後の一推しを決めるくらいよくあることだと君ならばよく分かっていると思うが?」

 

「──」

 

 余裕綽々と言った具合に笑うアーチャーを切嗣は静かに、内心の苛立ちを抑えるように探り見る。

 この条件は文句のつけようがない平等だ。しかし、現実にはこちらの手札が一枚──気取られないように城の外で待機するように命じた久宇舞夜の姿が頭に浮かび上がる──削り取られる選択なのである。

 これは分かった上なのか、それとも単なる念押しの意図なのか、切嗣がそれを判断することは難しい。

 

「まあいいさ。単純に考えればこの契約を断る理由はないと言っていい。先日の一件を鑑みれば短期決戦は必須、どいつもこいつもなりふり構っちゃいられないからね。まず間違いなく典型的な魔術師同士、遠坂とケイネス・エルメロイは同盟を結ぶ。どうするにしてもこのペアを下さない限り勝機はない」

 

「その通りだ。そして君にライダーと手を結ぶという選択肢はない」

 

「なぜそう言える?」

 

「簡単な話だ。あのサーヴァントは制御不能だからな。戦力としては文句無しだが、組む相手としてはリスクの塊という諸刃の剣……いや、そもそも同盟なんてものを受け入れる性質かどうかすら疑わしい。君がそこに時間をかけるとは到底思えない。それだけでは不十分かも知れん、だが──それでもだ。君はこの話を断らない」

 

 

 最後の言葉を絶対と言わんばかりに言い切ったアーチャーに対して切嗣は無言で煙草に火をつけると一つ大きく煙を吐き出した。

 やはりこいつは危険だという認識をよりいっそう強くする。特殊な条件であるということを差し引いても交渉でここまで後手を踏まされる経験は切嗣自身そうそうないのだ。

 

「いや──」

 

 それは当たり前なのかもしれない。

 肺の中の汚れた空気と一緒に嫌な緊張感も外へと押し出す。

 今あまり形勢が良くないと感じている理由は明らかなのだ。それは何故か?現状はどちらかといえばディベートに近いものになっているからである。

 切嗣はアーチャーの真意を読み取るために、意識して"彼の思い通りにならない"選択をする視点からこの交渉に臨んでいる。

 

 即ちそれは彼の意図の逆=同盟を組まない

 

 と言う選択肢を想定した問答。しかしそれは告白するならば"自分の本意とは真逆"のスタンスであることを切嗣は再確認する。

 この手紙の内容を確認した時点で答えは決まっているのだ。

 同盟は組む。組まないことには道は開けない。だがそれでも残る疑問。それは"同盟を組んだところでアーチャー陣営にその先の勝機があるとは到底思えない"ということ、そしてもう一度羊皮紙、その最後──先程挙げた条件とは全く関係のない、それでいて何もかもを引っくり返しかねない、まるで落書きのように書きなぐられた3つの単語──に目を転じる。

 出来ることならそこに辿りつく前に当たりをつけておたかった──その思いからこんな結論の見えきった交渉の真似事なんてものをしてみたが、はっきり言って意味を成しそうにはないと首を横に振った。

 

「分かった。正直に言えば僕としてもこの申し出自体は有難いとは思っているし、受けようと思っている。何せ僕らは嫌われ者だ。魔術師殺しに一対一に優れたサーヴァントの組み合わせ。この戦争に勝ちきることを考えればこんな僕らと組もうなんて考える方がバカだからね」

 

「なら──」

 

「だが」

 

 パッと表情が明るくなった雁夜を切嗣は目で制する。

 

「迷いなくそれを選ぶ、ということは何かしら根拠があるんだろう? アーチャー、ご丁寧にこんな走り書きまでして僕らの選択肢を潰してくれたんだ。少し位は答えてもらうぞ」

 

「なっ──!」

 

 皆が同時に息を呑むのを感じる。

 切嗣は立ち上がり、アーチャーに対して銃口を突き付けた。

 

「なにをだね?」

 

「とぼけるな。アーチャー、僕がこの同盟を承諾する条件は一つだけだ」

 

 そして左手で羊皮紙の一番下を叩きつける。

 

「正義の味方、聖杯の器、アーサー・ペンドラゴン、まさかこの3つが本当に適当に殴り書きしただけ、何て言い訳をするつもりはないだろう──

 ──アーチャー、お前は一体は何者なんだ?」

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 




どうもです!

ケリィさんにようやく会ったアーチャーですが今はまだお仕事モードなのでテンションはいつも通りです。期待外れだったら申し訳ないです……

それではまた!
感想等お待ちしております!

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