Fate/kaliya 正義の味方と桜の味方【完結】 作:faker00
「切嗣、ほんとうにあれで良かったの?」
「──構わないさ。それに何を言っても今更だからね。僕は彼らとの協定に同意し、今やギアスがかかっている。最後の勝負までこれ以上の情報は引き出せない、その事実は変わらない」
「そうじゃなくて……」
冷たい横風が白銀の長髪をたなびかせる。
すぐ隣にいるはずなのに、その風がまるで自分と切嗣の間に横たわる見えない壁を表しているような錯覚に襲われながらアイリスフィールは自分の心境とは真逆に澄んだ星空を仰いだ。
なにが正解だったのか、そもそも正解なんてあったのか。
結果が出た今も彼女には分からない。そしてそれは、目の前で遠くを眺めている夫も同じなのだろうと彼女は思う。
交渉の結果は、結論から言うと先送りというのが正しい。今この瞬間に切嗣は求めた答えを得てはいないのだ。
「あそこで答えを言わなかったのが何かしらの意図があってのことだと言うことは僕だってよく分かっているよ。そして最終的にはそれがあのアーチャーにとって有利になることも。けどそれ以上に大切なことは僕らが勝利することだ。大丈夫、君が心配するような結果にはならないから」
そんなアイリスフィールの不安をほぐすように、顔を向けた切嗣は優しく微笑んだ。
ギアスの追加。
サーヴァントアーチャーは残りのサーヴァントが当該二騎になった段階で衛宮切嗣、及びセイバー陣営に自らの出自を開示する。
その間互いの不可侵強制は継続とする。
切嗣自身、なぜこのような緩い落としどころを良しとしてしまったのか妻のアイリスフィール以上によく分からないでいた。
あの時、アーチャーに銃を突きつけての問いは交渉ではなく、強制だった。
サーヴァントだろうが何が相手だろうが揺るがぬはずの絶対の決意。だがその決意が脆くも崩れさるのは早かった。
【──今はまだその時ではない。だが信じろ、衛宮切嗣。私は必ず全てを明らかにする。必ずだ】
表情を変えることなくアーチャーのサーヴァントがそんなことを宣ったその時、切嗣は無意味と分かっていても尚引き金を引こうとした。
拒絶の意思表示。ここまで来て何かを隠そうとなどというふざけた道理を通すわけにはいかない。
それが自分達にとってのアキレス腱になりかねないのは火を見るよりも明らかなのだ。
「ふざけ……」
話にならないと切嗣はアーチャーを睨み付け人差し指にグッと力を入れ──凍り付いたように息を呑んだ。
「──」
感情などないのではないかと思わせる──ある意味自分と似ているという印象をもっていたその目と視線が絡んだ瞬間、思考が完全に固まった。
──なんだ、この目は?
その原因が戸惑いだと気付くのに、切嗣は数瞬の時間を要することになった。
即座に判別出来なかったのも無理はない。
そのような感情は、彼にとって最も禁忌すべきものであり
この聖杯戦争に入ってから、奇跡を信じアインツベルンに入ってから、魔術殺しとして苛烈な戦場にばかり身を投げるようになってから、唯一の
真っ先に捨て封じ込めたはずのものだったのだから。
何年ぶりか分からないが突然自らのうちに復活した戸惑いに切嗣はごくりと息を呑んだ。
なぜこんなにも自分がかき乱されているのか。その理由は分かっている。目の前で不適に佇んでいるこの紅いサーヴァントのせいだ。
そう。自分と同じように何かを諦めたような、地獄を生き抜いて、色々なものを捨ててきた者にしかありえない冷たい目をしていたこの男。喜びも怒りも悲しみも、なにもかもをどこかに置いてきてしまったようなこの男が、どうして。
──シャーレイ……いや、そうじゃない。この目は彼女ではなくてその瞳に映った……
まるで憧れの人を見るような、そんな目で僕を見るんだ? 切嗣には、何も分からなかった。
合理的に物事を判断する切嗣からすれば、それは有り得ない結論だったと言える。
言うならば、直感なんて非科学的なものを彼は信じたのだ。それも具体的でもなんでもない──ここから先へは今踏み込んではいけない。踏み込めば何か大切なものが破綻する。なんて思い込みじみた何かをだ。
切嗣自身今ではなぜこの決断を下したのか、バカバカしくすら感じているのだ。
それならば、そんな自分を今まで隣で見てきたアイリスフィールが困惑するのは必至である。だからこそ、彼は笑った。
「そう……」
そんな表情をされたらこれ以上何も聞けないではないか。
惚れたものの弱味とかなんとやら。こんな緊迫した場面には似つかわしくないと自覚しながらアイリスフィールは赤面した顔を少し背けてむくれた感を演出する。
それはただ単にこんなときに見惚れてしまった自分が恥ずかしいからで、それ以上の何の効果を狙ったわけでもない。
「そういうことだ、アイリスフィール。私達の同盟関係は既に締結済み。最後の二騎になるその瞬間まで、今更波風をたてるよりは友好的に過ごす方がお互いよほど有意義だと思うがね?」
「アーチャー……!?」
火照った顔からすっと熱が引く。
冷や水を浴びせられるように皮肉たっぷりな声が文字通り頭上から響き、アイリスフィールはバッと上を向いた。
満点の夜空、違う。塔のてっぺん。明らかに場違いな細い影が伸びている。
彼女がその影を認めたとき、それは月明かりを遮るようにすっと飛び降りた。
「……なんのようだ」
まるで重力を無視するかのように軽やかに舞い降りた
「先程言った通りだが。友好的に過ごすためにコミュニケーションをとろうというのがそうおかしなことかな?」
「馬鹿なことを」
切嗣はコートのポケットから煙草を取り出し口に含む。ライターに上手く火がつかないのがもどかしい。
「私は本気だが? アイリスフィール、申し訳無いが君は下がっていてくれ。彼と二人で話したいんだ」
「ちょっと、貴方勝手に話を」
「いや、そいつがそれを望むなら乗ってやろうじゃないか。アイリ、先に休んでいてくれ。今日が君にとって最後の安らかな時間になることは分かっているだろう?」
「切嗣──」
「そうか、休むというなら私も頼みたいことがある。今夜一晩だけで良い。桜と一緒にいてやってくれないか? あれはまともな愛情を完全に忘れきってしまった憐れな少女でな。残念ながら私も、雁夜もなにもしてやることが出来ない。だが君なら、少し位は彼女の琴線に触れてやれるやもしれん」
「──!?」
面食らったのはアイリスフィールだ。
アーチャーの横暴に感じていた憤りはどこへやら。彼女はどうしたものかと困惑しながら切嗣に助けをもとめる。が、切嗣も切嗣で驚いたように目を細めるだけだった。
それだけアーチャーのとった行動は二人の想定の範囲外なのだから。
今アーチャーは一点の曇りもなく真剣に見える、真剣に──アイリスフィールに頭を下げている。
「え、ええ。分かったわ。切嗣……」
「そうしてあげると良い。おやすみ、アイリ」
気圧されたように結局アイリスフィールは首を縦に振り、心配そうに一度だけ切嗣の方を見やった後城の中へと入っていく。
それを見届けると切嗣はようやく火がついた煙草を吸い、大きく紫煙を吐き出した。
「それで、どんな話をしようと言うんだい? まさかお互いの自己紹介から始めようなんて言う訳じゃないだろう?」
「ふむ、私はそれでも構わんのだがね」
切嗣は皮肉を言ったつもりだったのが、アーチャーは真面目に検討するように顎に手をやる。
それを見て、調子が狂うと切嗣はいらだった。これまでのこの男とあまりにも印象が違いすぎるのだ。これではまるで、そこら辺にいる一般人と何ら変わらない。
「いや、それでは時間がかかりすぎるな。簡潔にすませよう、私が君に問いたいことは1つだけ。衛宮切嗣、君は一体聖杯に何を望む?」
「なに?」
そんな切嗣の心情などどこ吹く風。アーチャーが提案した話題は至極簡単なものだった。
「そんなことを聞いてどうなる」
「単純な興味本位だ。願いを叶えるのは私達か、君達か、どちらかになる。いまこの世界で最も奇跡に近い男が何を望もうとしているのか気になった、それだけの話だ」
そんなわけないだろう。あまりにも白々しい物言いを切嗣は鼻で笑い飛ばした。
この男がそんなどうでも良い思考回路で動くようなタイプでないことだけは分かっている。いくら同盟を組んでいるとはいえあくまでも敵は敵。加えて戦いに慣れていると来ている。
ここで大事なのは、どこまで互いが互いに対して無駄な感情をもたず、ギブアンドテイクに撤することが出来るか? もしくは、余計な火種を撒かずに尚且つ最後の最後で自分が相手を出し抜く為の布石を蒔くことができるか、だ。
現状で前者はない、となればアーチャーの狙いは必然的に後者と言うことになる。
「──」
ここは乗らないのがベターか。いや、それはあまりにも簡単すぎる。
思考が回る。そもそもこの仕掛け自体が、今こうして考えさせられているだけで目的を完遂するような軽いジャブの可能性も否定は出来ない。
この聖杯戦争、今までこの男には良いようにやられてきた。認めたくはないが、先の走り書きからしてアーチャーは自分達のことを何故かは知らないが深く知っている。
だと言うのなら──頭のなかで結論を弾き出し、切嗣は動くことを決めた。
「僕が聖杯に望むのは──恒久的世界平和だ」
「ほう。その心は?」
あっさりと核心を明らかにした切嗣に対してアーチャーは驚いたように嘆息した。
その反応こそ意外なんだがなと切嗣は内心毒づきながら続ける。
「お前なら分かるんじゃないのか? 原初の時代、それこそこの聖杯戦争に呼び出されるような英雄の生前、更にそれよりも前から人類は一歩足りとも前進しちゃいない」
「英雄……か。その口振りから察するに、人類の血で血を洗う無様な闘争の歴史のことなのだろうな」
「その通りだ。誰もが殺されたくなどない、誰もが引き金など引きたくはない、誰もが…….大切な人を失う悲劇など味わいたくない。だと言うのに、人は互いに殺しあい続ける。いつまでもいつまでも、平和を叫びながら殺しあう。英雄なんてまやかしの存在が、人々を我も英雄たらんと地獄への片道切符へと引きずり込み続ける!」
「なるほど。それが君がセイバーを遠ざけ続ける理由でもあるということか」
「それだけとは言わないがな。あれも全く分かっちゃいない。騎士道だの戦場の誉れだの、そんなものはスポーツで十分な話だ。戦果なんていう大量虐殺の言い訳にはなりはしない」
「なら君はどうなんだ?」
「なに?」
不自然なまでにテンポ良く続いていたキャッチボールが躓く。突然の切り返しに切嗣はピクッと顔を強ばらせた。
「先の言葉を額面通りに受けとるのなら、君は戦場をこれ以上にないほど憎んでいるのだろう。だが実際に君がやっていることは全くの正反対だ。何処よりも死、君が地獄と呼ぶものに近いところで死神の如く命を狩り続けた。これが矛盾と呼ばずなんと呼ぶ?」
「ふぅ……確かにその通りだ。アーチャー、お前の言っていることは正しいよ」
アーチャーの指摘を切嗣は自嘲しながら肯定した。そんなことは誰よりも良く分かっていると。
「僕は殺したよ。何百、いや、何千何万と。それを否定するつもりはないし肯定するつもりもない」
「──」
「不思議な話だ。より多くの人を救おうと行動したはずなのに、気が付いたときにはそれと同じくらいの人を殺していた。そんなことがいつになっても終わらない。そうだ、はじめて何かを救う為に誰かを殺した瞬間から選択肢などないんだ。全てを終わらせなければ、人の争いが終わるまで走り続けなければ、この輪廻は果てしなく続く。途中で投げ出すようなここまでの道程は全て無に帰す。そうなれば僕が救うために殺した誰か達の死は文字通り無駄死にだ」
「否定はしない。だからこそ闘いの歴史は有史以前から変わらない」
「皮肉なことだろう? 人間は誰かを助けたいと思ったその瞬間に、誰かを救えないと言う現実に直面するんだ。そうしてそれは、その現実から目を背けて逃げだすまではまるで雪だるまのように膨らんでいく」
「君は逃げ出さないのか?」
「馬鹿馬鹿しい。僕は止まれないし止まるつもりもない。言っただろう? 逃げ出せば全てが無駄になると。全てを救えるなんて思っちゃいなかった。だがそれでも救えるものは救いだす、同じだけのものを切り捨てて。人の命を効率なんて天秤に計り続けて。それが僕、衛宮切嗣の呪われた人生だ」
「そうか……だが」
「聖杯ならこの道を終わらせられるかもしれない」
終始嘲るような口調でいた切嗣だが、聖杯に話が及んだ途端言葉に力が籠る。
「殺されれば殺す、殺せば殺される。僕にとっての殺すべき敵は誰にとって救われるべき味方である。終わりのない矛盾は人には越えられない。けど、それでも、それでも理を越えた存在である聖杯ならあるいは……」
「かもしれんな。では衛宮切嗣、改めて問うが君の望みは」
「世界の改変、人の魂の変革を奇跡を以って成し遂げる。僕がこの冬木で流す血を、人類最後の流血にしてみせる。もしもその代償に人の悪意、この世全ての悪を担えと言うのなら──僕は喜んで引き受ける」
世界が今度こそ平和になるように。
この決意は誰にも妨げやさせないと切嗣はアーチャーを凝視する。
同時に理解されないとも思っていた。こいつもセイバーやランサーと同じく英雄なのだから。こんな弱者の絵空事など歯牙にもかけないだろうと。
嗤いたいなら嗤えばいいと見据えた。
「そうか──」
その心構えだったからこそ、次のアーチャーの言葉に何か肩をすかされたような気分になった。
「ああ──安心した」
「なに──?」
切嗣の宣言に、アーチャーは心の底からホッとしたように安堵の言葉を洩らしたのだ。
「いや、同盟を組む相手が意図のない戦闘狂やら快楽殺人者では寝覚めが悪かろう? そういう意味で君は決意を持っている。それに安心したと言ったのだが?」
「違うだろう! 今のお前はそんなものじゃ──」
「ではまた明日だ、衛宮切嗣。君もしっかり休息をとりたまえ」
「おい──」
胸ぐらを掴まんと伸ばした手は蜃気楼のように歪んだ身体をすり抜ける。
切嗣はしばらくその体勢のまま、アーチャーが消えた虚空を見ることしか出来なかった。
────
風が強い。どうやらこの城は年がら年中そうらしいと平坦な屋上部にたったアーチャーは星空を眺めた。
「じいさん──」
そう言えば、あの日もこんな澄んだ星空だった。ありったけの親愛をこめてその言葉を口にする。
アーチャーにとって切嗣との会話は大成功と言える結果だった。
幼き日の誓い、いつの間にか呪いとなっていたその根源、もう知ることなど出来ないと思っていた真理に、ようやく辿り着くことができたのだから。
──僕は昔、正義の味方に憧れていた
大昔の言葉が頭のなかで響く。
あの日から色々なことを知った、地獄を見た、呪いもした。
初めての憧れを蔑んだりもした。理想を悔いたりもした。
だがそれでも──
「あんたはやっぱり、正義の味方だったんだな」
アーチャーがようやく自分のルーツにたどり着くお話。必ずここはやっておきたかったのです
ちょっとキャラ崩壊気味なのは切嗣とコンタクトをとるという原作にはないファクターでは少し位変わることもあるんじゃないかなと
それではまた! 評価感想どしどしお待ちしております!