Fate/kaliya 正義の味方と桜の味方【完結】   作:faker00

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第28話 冬木大橋にて

「アイリさんが今回の聖杯?」

 

「ええ、私はその為にだけ産まれてきたホムンクルス。この身が脱落したサーヴァントの魔力を溜め込む度に人間としてのアイリスフィールは死んでいく。今回はとある補助があるからサーヴァントが最後の二騎になるまで存命は可能だろうけれども、戦力として数えてもらって良いのはあと一騎の脱落まで……サーヴァントが計四騎になるまでくらいでしょうね」

 

 それ故に、切嗣、アーチャー、セイバーが勝負を急ぐことは出来ず、逆に雁夜は急がねばならない。

 

 まだ明るい日が指すアインツベルン城、その大広間で行われた最後のブリーフィングの一幕である。

 

 

「まあ君が死ななければ作戦続行にさしたる影響はないのも事実だけどね、問桐雁夜。いざとなったらアイリと舞夜を盾にしてでも生き延びろ。如何にセイバーと言えどランサーとバーサーカーの二騎、場合によってはライダーも加えた三騎を相手取るのは難しい」

 

 大窓を背もたれに切嗣が煙草を吹かす。

 事務的に、淡々と、彼は自分達がやらねばならないことを雁夜に伝えていた。そう、敵を倒すことも、場合によっては自らの妻の命を積極的に犠牲にすることも変わらないと言わんばかりに表情一つ変えることなく。

 

「かと言って最初から逃げ回るのも得策とは言えないの。そうすれば相手は矛先を変えるだけ。切嗣は魔術師相手の一対一なら絶対に負けない。でも数的不利に追い込まれれば話は別だから」

 

 これほどぞんざいな扱いもそうはないだろう。

 だと言うのにそんなことは全く意に介さない。全幅の信頼を以てアイリスフィールは切嗣の隣に立つ。

 

 

 

「アーチャー」

 

「君には分からないかもしれないが、むしろこれくらいの方が聖杯戦争の参加者としては有りがちなスタンスと言える。下手に溝を作るのは無意味だ。黙っていたまえ」

 

「分かったよ」

 

 そんな姿に何か空恐ろしいものを感じた雁夜は念話で問いかけるが、アーチャーの返答はにべもないものだった。

 むしろこの場における異常者はこちら側であると窘められる。

 

 最終局面を前にしてなお底が見えない異常性に雁夜は背筋に冷たいものが流れるのを感じた。

 非日常の戦場で勝ち残るのは、得てして異常者なのだ。

 そういう意味で自分は魔術師として以前に出遅れている。

 

 

「分かった。それで、決戦の場所はどこにするんだ切嗣さん? 桜をここに置いて行くって言うことは、逆に言うとここは使わないってことなんだろう?」

 

 気を取り直して疑問に思っていたことを雁夜は問い掛ける。

 雁夜はすっかりこのアインツベルンを拠点に戦いを挑むものだとばかり思っていたのだが、どうやらそうするプランは切嗣のプランにはないらしく、昨夜から舞夜が写真でしか見たことのないような殺傷力に特化した重火器類を運び出す姿を雁夜も幾度となく目にしていた。

 そして極めつけはアイリスフィールから告げられた、桜の部屋に対する結界の概要である。

 知らなければ外から入ることは容易には叶わず、逆に内側から出ることも叶わない。 

 一種の要塞化、それは即ち、桜をこの城から出す意図はないということ。切嗣ならばともかく、桜にぞっこんな節があるアイリスフィールが戦場のど真ん中に彼女を置き去りにするとは到底考えられなかったのだ。

 

 

 

「聖杯の降臨には格式が整った霊脈が必要だ。冬木はこの日本のなかでは比較的恵まれた霊地であり、この森もそう悪い場所ではないが、聖杯を卸すような大掛かりな儀式には少し心許ない。

 加えてどいつもこいつも切っ掛けでも作ってやらない限りとてもじゃないが自ら敵の本拠に突っ込んで戦端を切るなんてババを引こうとは思わないだろう。それでは不味い──」

 

 

「──だからこそ〝餌〝を撒こうと思う。霊格があり、なおかつどいつも平等に突っ込めるように思える場所。冬木第四の霊地、冬木市民会館で僕らが勝利の狼煙をあげる」

 

 

 

 

 

 

────

 

「おおう、景気よく上がってんじゃねえの。時臣、ありゃあ一足早い鬨ってことで良いんだよな? 現世の魔術にはそう学があるわけじゃねえが、それくらいはなんとなくだが分かるぜ」

 

「ええ、安い挑発ではありますがおおよそその通りでございます。聖杯は自らの手中にあり、と言ったところでしょうか?」

 

「姑息な真似を……大方アインツベルンの傭兵の仕業であろう。どうやら本格的に死にたいらしい」

 

 愉快そうにカラカラと笑う槍兵と、全くもって対称的なしかめ面を浮かべる魔術師が二人。

 突如として群青の空に放たれた閃光が、彼らに正反対の印象を与えたことは言うまでもあるまい。

 

「なんでえ、どっちにしろとっとと蹴りつけねえとやべえんだろ? これくらいの方が分かりやすくていいじゃねえか」

 

「それは確かにその通りなのですが──まあ良いでしょう。あれは全てのマスターを対象に打ち上げている。今宵我々を含む5つの陣営があの狼煙の元に集結することになるでしょう」

 

「ほーう、良いね良いね! 血が滾るってもんだ! 時臣、今夜は俺の好きにさてもらうぜ。残ってるサーヴァント連中を全員ぶっ殺せばそれで良いんだろ?」

 

 好戦的な笑みを浮かべ目をぎらつかせるランサーに時臣は首肯を以て答えた。

 もうここまで来てしまえば基本的には真っ向勝負だ。

 今さらランサーの機嫌を損ねることに意味などなく、自由に動いてもらう方が余程勝利に近い。 

 

「ところでトキオミ君、あの方角はアインツベルンの本拠とは違うようだが、あちらには何があるのかね?」

 

「──市街地の中心部ではありますが、1ヶ所だけ霊地としてそれなりの格を保っている場所があります。普段は公共施設として利用されていますが、この時期の平日ならば人払いも容易かと」

 

「立地は?」

 

「別段特殊な要素はなにも。この深山から向かうルートも限定されているわけでもありません」

 

 聖杯降臨が可能な霊地はそこくらいなものだろう。

 時臣は脳裏に浮かんだ冬木市民会館の立地を反芻し、改めてそこが正解だろうと再度納得した。表の生業として不動産、テナントの貸し出し等も行っていればこその帰結。

 

「なるほど、なるほど……最低限の礼節程度は弁えているということか。夜を待って私は打ってでるが君はどうするかね?」

 

「そうですね……ロードとは別経路を通ってですが私も出ようかと」

 

 ケイネスの問いに時臣は少し考えこむように顎に手をやった後結論を下した。

 

「ソラウ嬢が戦闘には実質赴けない以上、最善の防備が整っているのはここでしょう。バーサーカーの運用からして彼女の保護は最優先事項の1つになる」

 

 ケイネスのサーヴァント、バーサーカーは魔力の消費が最も激しいサーヴァントである。

 そんな英霊を使役してなお彼が自らの戦闘を行えるだけの余力を残せるのは、変則契約により供給魔力の数割を肩代わりしているソラウの存在が大きい。

 そして彼女の戦闘能力はほぼ皆無。その安全の確保はすなわちケイネスの戦闘力の保証にも繋がるのだ。

 

「よろしい、念のため彼女の部屋には私独自の結界を張らせてもらうが構わないね?」

 

「なんなりと」

 

 ケイネスの提案は当然であると時臣はあっさりと受け入れた。

 如何に同盟を結んでいるとはいえ、他所の魔術師の工房にフィアンセをなんの備えもなく一人で置いておくなど判断として論外である。

 自分でも決して行わないし、その程度のことにすら気付かない魔術師なら共に戦うに値しない。

 

 

 

「おー、腰の重いうちの大将連中もいよいよご出陣ときたか。決戦ってのはやっぱりこうでなくっちゃね」

 

 そんな二人の様子を見て、ランサーはくるくると踊らせるように赤槍を回す。

 その内に有るのは嬉々とした高揚、そして昂る闘争心。

 ぎらつく視線の先には、夕焼けに紛れながらも未だに朧気に空に決戦の狼煙が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

─────

 

「──そっか」

 

「ん? どうした坊主、ため息なんぞつきおって」

 

 ライダーの回復を待つこと丸一日。戦いの合図は深い森のなかで身体を休めるウェイバーにも届いていた。

 凡才としか言い様のない才覚、嫌気が差すそんな未熟な彼を以てしてもはっきりと意図が分かるほど、空に輝く標しは明瞭だった。

 それは、この激動の日々の幕切れを告げる最後の戦いへの招待状。

 この時彼の口から反射的に飛び出した溜め息の理由はなんだったのか。

 

 

「煩い──良かったなライダー。どうやら最後はお前好みの真っ向勝負になりそうだぞ」

 

「ほおう」

 

 真っ向勝負と言う言葉に惹かれたのか、朝から大人しく霊体化して回復に努めていたライダーがスーっと姿を現し、昨晩の焚き火の残骸を中心にして向かい合うようにどっかりと座り込んだ。

 

「お前、もう良いのかよ?」

 

「おうともよ。坊主、気遣い感謝するぞ。お陰で余は万全以上の状態で今宵に挑むことができる」

 

 ニカッと笑って筋骨隆々の両腕に力こぶを作るライダーに演技は見られない。

 これもまた彼なりの気遣いかもしれない。しかし今のウェイバーにその真偽を追及するつもりなどなかった。

 

「そりゃ良かった。頼むぞライダー、初めて僕と会った日に言ってたことを、いよいよホントにやってもらわなきゃならないんだならな」

 

「む、初日とな?」

 

「忘れたのかよ、作戦はって聞いたときにお前答えたじゃないか。出会った相手を片っ端から狩っていくって。あの時は本当にバカなんじゃないかって思ったけどさ」

 

「あぁ、あれか。あまりにも当然のことだったもんで忘れておったわい。いやあ、しかし良いのう。あの最初の夜に余の心を震わせた猛者どもは全員まだ生き残っておるはず。そいつら全員と雌雄を決するチャンスがあるとはまっこと幸運よなあ」

 

 たった10日やら2週間程度前の話のはずなのに、随分昔の話に感じる。

 そしてその時間を思い返してみても、あまりの密度に自分は流されるがままで、一体何をしてきたのか良く分からないとウェイバーは自嘲した。

 

「僕を皆に認めさせるための戦いだったはずなのに、いつの間にか僕の小ささを自覚させられる戦いになってたな」

 

 皮肉だよなーとあぐらをかいたまま茜色に染まる空を仰ぐ。

 結局のところ、あのにっくきケイネスでさえも全面的に間違えていた訳ではなかったのだ。

 少なくとも、自分が優秀だと信じて疑わずにいた自分と、凡俗と一蹴した彼では正解は疑いの余地なく後者だったのだから。

 

「──!!」

 

 これでは昨晩の焼き直しだ。

 胸の奥からもくもくと沸き起こってくる黒い感情をかきけすように頭を振る。

 結局のところ、まだ突き付けられた現実を受け入れきるだけの土壌はまだウェイバーには出来ていないのだ。

 

 

 

「どうした坊主? 頭に血でも上ったか?」

 

「……なんでもないよ。それじゃあそろそろ行くか。ここからだと歩いて2時間はかかるだろうし。ああ、チャリオットは出すなよ。魔力の無駄遣いは一切なしだ」

 

 だからこそ──

 パンパン、と尻についた砂を払って立ち上がる。

 

 この戦いの先に何が見えるのか、自分は知らなければならない。

 大して大きくないことを知った自分。だからと言って、それで止まってしまってはこの先一生そのままだ。

 

「うむ」

 

 意図を察知したのかライダーも霊体と化し姿を消す。

 しかし、今彼は確かに隣にいる。

 どこまでも大きな道標を以て、ウェイバーは歩きだした。

 

 

 

 

────

 

 

「そうか、余の初戦の相手は貴様か」

 

「え、ライダー?」

 

 

 歩き始めてから今まで一言も発さずにいたライダーが唐突に現れたのは、夕陽もすっかり落ち、その色の鮮やかさとのコントラストが逆に眩しい冬木大橋に差し掛かった時だった。

 人払いの結界がかかっているのか、この時間、この場所にしては珍しく人も車も影すらない。

 視界には人一人いないがライダーには何者かが感じられるらしい。

 

 戦装束に身を包み戦闘準備万端と言わんばかりのライダーの影からきょろきょろと辺りを見渡す、とその快活な声は上から降ってきた。

 

 

「そーいうこった。ここを通りたければ俺を倒してからいけ! なんつってな!」

 

「ランサー!?」

 

 ウェイバーが気づくのとほぼ同時に、青い弾丸が大翔から一直線に前方に降り立った。

 その右手には見慣れた赤槍、ランサーのサーヴァント、クーフーリンが今までにないほどの殺気を伴って目の前に立つ。

 

 

「いやあ、山が当たって良かったぜ。信じてたぜ、お前なら必ず正面、一番目立つとこから来るってな」

 

「ほほう、まるで余のことを待っていたような口振りではないか」

 

「当たり前だろ。俺は好物は先に食べる主義なんだ。間違っても他の連中に横からかっさらわれるようなへまはしねえよ」

 

 まるで歴戦を共に潜り抜けてきた戦友のように。

 楽しげに会話を交わしながら一歩一歩近づいていくライダーとランサー。

 ウェイバーはその姿を黙って見つめる。

 

「お前んとこのチビすけも随分マシな顔つきになったじゃねえの。いいねえ、そうこなくっちゃ」

 

「まあ、な。余の隣として相応しくなってたであろう」

 

「ちげえねえ! ……なあライダー、お前、なんでそんな楽しそうなんだ?」

 

「それは御主も同じであろう? まあ強いて言うなら」

 

 破顔しながら両者共に問う。

 そしてまるで示し合わせたかのように高らかに宣言した。

 

 

 

「「御主(お前)とは一度殺り合いたいと思っていた」」

 

 

 

 

 クランの猛犬vsアレクサンドロス大王

 

 捻れきった第四次聖杯戦争、その最後の一夜の火蓋が切って落ちる。

 

 

 

 

 




とりあえず復活です。

そして最終章幕開け





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