Fate/kaliya 正義の味方と桜の味方【完結】 作:faker00
問桐雁夜は笑った
そんなことに気づくのに20年以上かかったのかと振り返るとあまりの情けなさに笑ってしまうのだが
それは義憤や善意と言ったどこかヒロイックやロマンチズムのように燃え上がるような、若しくはキラキラとした類いのものではなく、単に臆病と嫉妬という見たくもない、目を背けたくなるような泥々と湧いて出て漏れだしてくるような自分の弱さだったのだろう。
全てが嘘とは言わない。醜悪な間桐の家に彼女を近づけたくなかったのは本当だ。
若き名家の才能ある魔術師の方が彼女に相応しいと思ったのも本当だ。
だが、それが全てであり自らを全ての幸せのために身を引いた高潔で大局を見れる人物と自負し、まるで彼女等を上から見下ろすような立ち位置に置いていたのは思い上がりとしか言いようがない。
彼女に近づいて拒絶されるのが怖かった。距離を縮めようとして逆に関係が壊れることに足がすくんだ。
己では彼に全く以て叶わないことを直視するのが嫌だった。
ルックスだとか生まれた家の違いだとか、そんなものはどうでもよい。その優雅な立ち振舞い、余裕、風格、その裏にどれだけの努力があったのか。知っていたのだ。
自らが最も嫌悪したもの、自らが最も愛した人、そのどちらに対しても、最も近くにその男はいたのだから。
だからこそ嫌いだった──人が自らの遥か上に行く人間に抱く感情は、憧憬か、嫉妬かのどちらかだ。
だからこそ憎んだ──誰よりも彼女を幸せに出来るだけの力があると確信していたからこそだ。
だからこそ無理矢理にでもねじ曲げた。
己の信じたものが間違いだったことを認めたくなかったから。
──認めたくないが、どうやら間桐雁夜は遠坂時臣を好きとは言わないまでも、ある意味誰よりも信じていたらしい。
そんなことに、今さら気が付いたから、笑った。
「何がおかしいのかね。今私を目の前にしてようやく実力差に気が付いたか? だというのなら今なら降伏を許そう。君がいかに下賎な者だとしても葵の友人であることに変わりはない。私には理解できない感覚だが」
「はっ、寝言は寝て言うもんだぜ時臣。ようやくお前と自分の距離が見えてきたところだ、降伏なんて死んでも御免だね」
そしてそれはある意味では押し付けとも言えるものである。そんなものはここで断ち切らねばなるまい。
魔術を発動する際の激痛も今となっては慣れたものだと雁夜は我がことながら感心しつつ刻印蟲を廻す。
身体の中で充満する熱。一つ波のように襲い来る嘔吐感を乗り切れば何か全体のギアが一段階上がったような感覚に入るのだ。
「あまり先走りすぎないで、雁夜君」
オーバーヒートしそうなエンジンをクールダウンするがごとく、冷たい風が雁夜を包む。
同時に空気が張りつめたのは、決して感覚的な問題だけではないだろう。
「アイリさん」
「あの男、相当な手練れなのは私でも分かります。万全のキリツグでも警戒がいる相手。私達二人の力では真っ向勝負にまず勝ち目はないわ」
「真っ向勝負と来たか。ここが私にとって初見、君にとっては既地と分かっていながらその言い振りとはその綺麗な顔の下には余程鋭い棘があると見える」
「あら、か弱いレディーの言質一つをへつらってくるなんて意外と余裕がないのね。そもそもこの冬木の地そのものが遠坂のホームなのですから、初見もなにもないでしょうに」
「それは失礼致しました。ではこの非礼へのお詫びとして──先手はお譲りしましょう」
潮の匂いを含んだ風が走る。
今までそよ風のように穏やかだったそれが、アイリスフィールの長い白銀をぶわっと広げるまでに強く吹き、思わず目を瞑る。
その一瞬で事態は動いた。
「Shape ist laben!!」
鞭打つように振るわれたアイリスフィールの右腕の袖口から青白い光を帯びた一筋の糸が伸びる。
その正体は針金、しかし当然のことながらただの針金ではない。
アインツベルンの魔術である錬金術の応用により、只でさえ貴金属であり、通常の針金とは比べ物にならない強度を誇っているそれが、魔力が通ることにより今や鋼鉄の如き硬度と、工業用の強化ワイヤー並みの切れ味を両立した殺傷兵器と化している。
アイリスフィールの意思に呼応するように形を変え、短剣を型どると宙へと浮かび
「
彼女の声を号砲に、音速に匹敵するような速度で射出された。
「なるほど、アインツベルンの錬金術は戦闘には不向き、とばかり思っていたが──」
この間、僅か数秒。
常人ならば、彼女の行動その全てを理解することもできないまま短剣に心臓を貫かれ絶命していたことだろう。
されど、着弾点に定められた男には決定的に常人と違う点があった。
そう、遠坂時臣は魔術師なのである。
今まで表に出なかったからと言って侮るべからず。その錬度は天賦の才に至らずとも、秀才を自称するには憚らない。
あくまで余裕の笑みをたえたまま時臣はその格の差を見せるかのように優雅に始動する。
「その認識は改めても良いようだ」
トン、と装飾された赤く光る巨大な宝石が目立つ杖を地面に立てる。
ほんのそれだけ。それだけだが、魔術師の素養のあるものなら直ぐに分かったはずだ。
アイリスフィールの攻撃は無駄に終わる。
圧倒的エリート魔術師の所作とはかくも自然で、優雅なものなのだと。
「──っつ!」
吹き抜ける熱風にアイリスフィールは右腕で顔を覆う。
遠坂の魔術は切嗣から聞いていた。
属性〝火〝五大属性に於いて最も発現率が高く、その属性を操る魔術師が多い。特に希少性があるわけでもなく、ある意味最も対策が立てやすいとも言える。
何せ日常生活で常に目にしているものなのだ。今更驚きなどあるはずがない。
しかしながら、熟練の魔術師が扱うのであればその意味は全く異なる。
〝人は火には勝てない。それは原初よりの理といっても過言ではない。僕のように余程ひねくれた外法者でもない限り、遠坂時臣はシンプルに強大な壁のようなものだ。当たり前の魔術で当たり前の対策を軽々越えてくるからね。こういう手合いは厄介だ〝
切嗣の言葉の意味を改めて反芻する。
単純にして強大、正しく火力によって圧倒される。自らが放った攻撃は既に溶けているか、良くても原型をとどめているかどうか、少なくとも相手に届いていることはないだろう。
揺れる陽炎。その奥の遠坂時臣の顔色が欠片たりとも変化していないのが良い証拠である。
「こっちを忘れてんじゃねえだろうなあ!! 時臣!!」
憤怒と殺気の籠った叫び声と共にアイリスフィールを襲っていた熱波が消え失せる。
彼女を守るかのように拡がった黒いカーテンは飛び出した問桐雁夜の操る蟲の軍勢。
通常ならば蟲と炎など相性は最悪であるが、同じように魔術と近代科学の相性も悪い。
魔術の天敵とも言える衛宮切嗣の手によって化学的な防火対策の施された蟲達は、その温度によって死ぬ者はあれど、焼け死ぬ者はいなかった。
自然の摂理からすれば有り得ぬ光景。
「君などもとよりどうでも良かったが、その下衆染みたやり口は看過できないな。問桐雁夜」
最底辺の使い魔と言えど魔術の神秘を現代科学まみれにするとは、と吐き捨てながら露骨に表情をしかめたのは時臣だ。
普段からそのエレガンスな姿勢を崩すことは滅多にないのだが、侮蔑と怒りがない交ぜになった瞳で叩き付けるように雁夜を睨み付ける姿はその例外だった。
「てめえが嫌悪を示すってことは俺のしてることは決して間違っちゃいねえってことだ! ──行け! 奴を喰い殺せ!!」
雁夜の声に呼応するかのように蟲の大軍がギチギチと音を立ててその隊列を変える。
盛り上がるように沸き立ったその姿は黒い津波と呼ぶに相応しい。
肉を裂き、骨を断たんと蠢く。
「──どこまでも救いようがないな」
「ぐっ──!」
闘いは数、圧殺せんと黒い棺のように時臣の四方を取り囲んだ蟲が爆音と共に一瞬で散り散りに舞う。
先ほどよりも更に強い業火。直接的なフィードバックこそ薄いが、それなりの魔力を注ぎ込んだ軍が瞬時に文字通り消されたことは術者である雁夜にもダメージとして襲い掛かる。
激痛に身を強ばらせた雁夜を時臣は見逃さない。
「雁夜君!」
雁夜を焼き尽くそうと一直線に疾る火柱。
いち早く動いたのはアイリスフィールだった。
即座に魔力を通し即興の使い魔を形成、大鷹の形を成したそれは火柱よりも僅かに速く雁夜へ辿り着くと、加速を止めないまま一気にその身体を掴みあげ反転した。
「っつ!」
「もう! だからあれほど急かないように言っておいたのに!」
「す、すいません……」
命からがら窮地を脱した雁夜を待っていたのは、普段の姿からは想像もつかないアイリスフィールの剣幕。
「次は死ぬわよ。もう気を抜かないで」
「はい──」
再び並び立つ。
両者の力関係は歴然。無謀なジャイアントキリングへの闘志は、尽きない。
───
「お前は……一体!?」
「フハハハハ!! 良い! 良いぞ! その聖剣! その輝き!! 私がその全てを紐解いて見せよう!!」
お久し振りでございます……なかなかうまく筆が動かず……なんとか頑張りますので!