Fate/kaliya 正義の味方と桜の味方【完結】   作:faker00

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第34話 決着はあまりにも儚く

 

 

 

 第四次聖杯戦争の勃発は1994年の出来事である。

 この年からおよそ2年が経過した頃、その後20年以上に渡り日本国内は元より、世界を巻き込む大ヒットとなるとあるゲームソフトが販売されることになる。

 そのゲームは、愛らしい100を超えるキャラクターと単純明快な戦闘を以て瞬く間に世に広がっていった。

 その細かい内容は触れる必要もないので割愛するが、その中に1つ、此度の聖杯戦争にも共通するシンプルな法則がある。それは──

 

 

 ──炎タイプの技は虫タイプに対して"こうかはばつぐん"だと言うことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

「くっそが!」

 

 焼け落ち、溶け消える。

 幾度と繰り返されたそれと同じ結末に間桐雁夜は苛立ちを隠さなかった。

 開戦からしばらくの時が経ったが、その芻勢は容易に充てとれる。

 

「流石は一流の魔術師、私達のような半端者では早々どうにかできる相手じゃないわね」

 

 気温の上昇に普段身に付けている帽子とコートを既に脱ぎ捨て額の汗をぬぐうアイリスフィールも、その言葉通り余裕は全く無い。

 

「ふむ、この1年、半端者以下の小物にしてはそれなりの覚悟を持って過ごしていたようだな。それがせめてあと20年前から出来ていたなら、もう少しばかり君を違った目でみれていたかもしれない」

 

「……ぬかせ!」

 

 憎悪と共に振りかぶる。

 その動きに呼応するように数十の蟲が柱状に固まると、時臣の心臓を抉りださんとギチギチと異音を奏でながら音速に近い速度で突き進む。

 さながら通り過ぎた後全てを灰塵とかす竜巻のように。

 だが──

 

「──ふん」

 

 届かない。まるでその圧倒的実力差を誇示するかのように、時臣は顔色一つ変えることもなくその竜巻を燃やし、溶かしつくす。

 

 

 

「分かってはいたことだけれども、通常の魔術戦ではどうあがいても勝ち目はないわね」

 

 その様子を見ながら、雁夜の隣に立つアイリスフィールは熱くなった体を冷やすように大きく息を吐き、唇を舐めた。

 こちらは全力も全力、ほぼ100%の力を出している。そもそも遠坂時臣という人間に並々ならぬ感情を抱いている雁夜は言ったところで抑えることなどできはしないだろう。

 

 そしてその結果が現状である。例えるなら完封負けという言葉がしっくりくるといったところか。

 始まる前からとうに分かっていた戦力差に今さら衝撃を受けることなどありはしない。

 衛宮切嗣が隣にいない以上、こちらの勝機は端から"只一つ"のみということは分かりきっている。

 しかし、いくら心構えができていようが、重くのし掛かってくる現実の重みが0になるわけではないのだ。

 

 相手が力半分なのも良く分かっているが、その上で一歩間違えればこの危うい拮抗は即悪い方向へ崩れるだろう。

 

 

 

 

「そういうことだ。しかし貴女は随分と冷静なようだが……そこまで分かっていて何故この場へ出て来た? 如何に間桐と同盟を結んでいるとはいえ、この下衆の自殺行為に付き合うような義理は無いはず」

 

 そして、アイリスフィールと同じ感想を抱いていた人間が、内心首を捻りながら怪訝そうに彼女に問い掛ける。

 戦況を同じように捉えていたのは敵として対峙する時臣だ。

 

「私と本気で相対しようというのなら、悪名高き魔術師殺し、衛宮切嗣の協力は必須……いや、あの男がこの場に出てくるのが道理の筈。最初は貴女を囮にした奇襲狙いかと思っていたがそんな事もない。辺りを探ったが、この場に魔術師は確実にこの3人しかいない」

 

「私よりロード・エルメロイを優先した故にここにいない。と言うのは理由として充分なり立つ。だが、それでもだ。とるべき手段は私に敵う訳のない2人を無駄死にさせることではなく、私とロードの挟み撃ちにならぬよう戦力を集中させることの筈だ。理解に苦しむと言わざるを得ない」

 

「良く喋るのね。遠坂の魔術師はかつて宝石翁と交流をもった永人の頃より寡黙で勤勉なものと聞いていたのだけれども」

 

「なに、ほんの戯れ程度の話でしかない。戦局はとうに見えている。故に内心の蟠りを解いておきたいだけのこと」

 

 アイリスフィールの挑発を一笑に付し、時臣は軽く首を振る。

 戦力差は歴然。数的不利と言う唯一敵方に味方する事実も然したる問題ではないとこの鍔迫り合いの中で既に結論付けられるところまで来ている。

 だと言うのに、敵には一切焦った様子がない。

 それは衛宮切嗣への信頼──裏を返せばケイネスへの慢心──か、あるいは別の何かか

 とにかく、裏が何もない筈がない。しかし、それが何なのか読めない。

 そして、この問答でその答えを見出だすことは容易いことではない。

 

「まあ良いでしょう、何か策があると言うのなら、その策ごと正面から叩くのみ」

 

「──っ!」

 

 これ以上は逆に思考が鈍るのみ。

 結論を弾き出した時臣がステッキを一振りし、その光景を目の当たりにしたアイリスフィールが驚愕に顔をしかめる。

 地面を突き破り現れたのは炎の竜だった。それも一頭や二頭ではない。五頭、六頭……本来自然現象である火が、まるで自らの意思を持つかのように時臣の周りを舞う。

 

「宝石魔術と火属性魔術の合わせ技! これだけの質量をこんなにも容易く……!」

 

「ほう、この術の核をすぐに看破するとは素晴らしい。落伍者とは文字通り格が違う。その通り、この竜達に形を宿らせるのは我が宝石魔術、通常ではまず不可能な繊細な操作を、火力を維持したまま実現する」

 

 ──やばい

 

 事実を理解したアイリスフィールの首筋を、これまでとは全く違う種類の汗が一筋伝う。

 所謂元素系を直に扱う魔術は、その術者の才覚さえあれば威力がどこまでも膨大になるのが利点だ。それも当然のこと。何せそれは自然そのものなのだから。

 だがそれは逆も然り。弱点、と言うよりは融通が利かないと言うべきか、その威力が増せば増すほど、繊細なコントロールには不向きになっていく。

 それも当然の帰結だ。人間が自然をコントロールしようなどというのは思い上がり以外の何物でもない。

 

「だからこそ実戦において魔術師は大きく2つの種類に分かれていく。私のように無機、人工物のコントロールに長けたタイプ、そして自然の威力を発揮するタイプ、私と雁夜君が今なお生き長らえているのはその利点を十全に活かしているからだというのに……!」

 

 その穴を埋めるのにこのような手段を実現してくるとは、自分も、そして切嗣でさえもこの遠坂時臣という男を見くびっていたと理解する。

 竜の頭部に色とりどり輝くのは、遠坂家の得意とする宝石だろう。

 宝石を媒介に自らの魔力をより効率的に伝導させ、操作性を向上させているのだとしたら……その脅威はこれまでの直線的な攻撃とは比べ物にならない。

 

 

 

「ケイネス殿がそう簡単に敗れるとは思わないが、不測の事態も常に想定して動くべきか。正直なところを言うなら、これ程の魔術戦を繰り広げることが出来るとは思っていなかったのだが……敬意を表して、ここからは私も本気でいかせてもらう」

 

「くっ──!」

 

 時臣の回りの空気が変わる。

 これまではほんの小手調べだという彼の言葉が真実だと主張するかのように張りつめる殺気、溢れるオーラ。

 気圧されても全くおかしくない圧倒的なその威圧に対してアイリスフィールの反応も、勇敢なまでに迅速だったと言って良い。

 

 高速で四方を覆う灼熱に対し、即座にその攻撃範囲を捕捉、これまで鳥の形を為していた使い魔を解体、盾状に再構築。

 ほんの僅かの隙間でもあれぱ燃やし尽くされる進撃を、見事に受け止めて見せたのだから。

 

「うぁっ──」

 

「素晴らしい対応だ。では、これなら……!」

 

 しかし、満を持しての攻撃が一度受け止めた程度で止まる訳もない。

 一度離れた炎竜が今度は不規則に重なりあいその密度を増す。

 それも一頭一頭不均一に、だ。

 アイリスフィールは内心絶句する。こちらが先程の形状変化に用いた時間は一体コンマ何秒だ?

 均等に振るのですらかかる集中力は絶大、それを相手に合わせて過不足なく、どちらかが起こるようなことになればこの均衡は即崩れる。

 そうなれば、あの炎が即座に身を焦がし尽くすことになるだろう。

 

「──っ!!!」

 

  最悪の想像が頭の中に浮かび上がり、それを振り払うようにアイリスフィールは両腕を振るう。

 再び分解、そして展開、先程よりも更に、更に速く、本能の発する警告に身を任せ──

 

 

 

「ふむ……いかに精巧かつ高い技術力で生み出されたと言っても所詮は人形。我々生粋の魔術師と対等な魔術戦をしようというのは、どうやら高望みが過ぎたようだ」

 

「あ──」

 

 どこか見下したような声がゆっくりと、そしてはっきりとアイリスフィールの脳内に響く。

 それが自らが自らの死期を悟ったということに気付くのにそう時間はかからなかった。

 

 間に合わなかった。いや、根本的に力そのものが足りなかった。

 コントロール云々の問題ではなく、総量での圧倒的敗北。

 全てが真っ向から崩されてはどうしようもない。反動で後ろへ倒れていく身体はスローモーションに、きらきらと輝きながら燃える使い魔の残骸、その向こうに見える炎の渦。

 導き出される結論は一つしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何勝った気になってやがる! 時臣ぃぃい!!」

 

 怒号が響いたのはその前か、それとも後だったか。

 時臣がぱっと飛び退き、その影から黒いカーテンがアイリスフィールへ近付き、呑み込む。

 ぎちぎちと軋むその音の正体に彼女が気づくまで、そう時間はかからなかった。

 

「雁夜君!?」

 

「すいません。アイリさん。こんな穢いものに乗せてしまって……でも丸焦げになるよりはましでしょう?」

 

 全くだとアイリスフィールは一人納得する。

 空飛ぶ絨毯のごとく密集し、彼女を支える蟲は、その細かい節目節目を見れば気持ち悪いことこの上無い。そしてその大半が焼け、溶け落ちて発する強烈な臭いは、猛烈な換気をするが如く加速を持って後方へと追いやらなければ、吐き気で済めば上等、失神しない自信がない。

 だがそれでも──隣で苦笑いをする雁夜の言う通り、自分自身が消し炭になるよりはよっぽどましである。

 

「遅いわよ雁夜君。貴方はもう戦力にならないかと思ってた」

 

「返す言葉もない……あれだけ自分に言い聞かせていた筈なのに、それでもあいつを前にすると──」

 

 悪い意味で昂る気持ちを抑えられなかったと雁夜は自嘲する。

 その様子を見てアイリスフィールは、これまで蓄積してきた魔力の大幅な消費で、逆に力みが抜けまともな感情が戻ったのだろうと理解した。

 その内に二人をのせた蟲の絨毯は地上へと帰還する。

 

 

「それに──」

 

「それに?」

 

「死力を尽くすアイリさんを見ていて、目が覚めたんです。俺は結局私怨で闘おうとした。それじゃああいつに勝てるわけないって分かってたはずなのに──立てますか?」

 

「大丈夫よ。そうね、確かに私を横に無駄な特攻を繰り返す雁夜君はちょっと困ったものだったわ」

 

 アイリスフィールは伸ばされた雁夜の右手を掴んで立ち上がると、スカートの汚れを払い、申し訳なさそうにする彼を薄い笑いを浮かべながらみやる。

 

「う……」

 

「この借りは大きいわよ? この窮地を脱して、もう一度切嗣に会わせてくれでもしないと返せないわ」

 

「分かりました。必ず」

 

「約束よ? それに……偶然とはいえ私達の狙い通りになったみたい」

 

 雁夜の反応に満足したのか、宜しい、とアイリスフィールは雁夜の額を一小突きすると、妖しげにペロッと切れた唇を舐め、視線を変える。

 その見据える先には、この世の終わりとでもいう風に愕然とした表情で、掌を端から見ても分かるほど震えながら見つめる時臣の姿があった。

 

 

「有り得ない──この私が、あの下衆じみた男によって血を流すなど……!」

 

 時臣の掌には血が付いていた。とは言っても大したものではない。

 先程の雁夜の一撃がほんの僅かに頬を霞め、薄皮一枚切った程度だ。

 これがダメージになるのなら、アイリスフィールと雁夜のダメージはとうに致死量の数倍は超えている。

 そう、問題は雁夜と同じ、精神的な所である。

 

「どうした時臣? 俺ではお前に触れることさえ敵わないんじゃなかったのか?」

 

「貴様……!!」

 

 雁夜が一歩前へ出て、せせら笑う。

 一矢を報いた、どうだと言わんばかりに。オーバーな身振りを交えながら。

 時臣は、その挙動から目を離すことが出来ずに拳を握りしめる。

 

 

「アイリさん、援護をお願いします。今のこいつなら俺一人で充分です」

 

「ええ、分かったわ」

 

 雁夜の身体を蟲が覆い、まるで黒い鎧を纏ったかのようにその姿を変える。

 そしてアイリスフィールの使い魔が更にその上から、剣を、盾を、物語に登場するかのような騎士へと変貌していく。

 

 

「一人で……充分……だと!?」

 

 屈辱の演劇を見せられているようだと時臣の目が血走る。

 この屈辱は有り得ない。本来完膚なきまでに力の差を見せ付ける筈の戦い……いや、処理に手こずるばかりか、血を流すはめになり、あまつさえ落伍した下郎が、まるでこの場の主役は自分だと言わんばかりに、自信たっぷりに挑んでくる。

 嫌悪、怒り、昂り、その全てが一点へ集中し、時臣の感情をこれまで振り切れた事の無い臨界点へと掻き立てる……!

 

 

 

「問桐……雁夜ぁぁあああ!!!」

 

 時臣が、吼えた。

 みなぎる炎はこれ迄とは比にならない。暴走した活火山のように、無差別に周りを燃やし尽くしていく。

 そんな時臣にも雁夜は臆すことはない。

 半ば小馬鹿にしたような笑みすら浮かべながら歩みを速め、加速していく。

 

「さあ、決着といこうか、時臣!!」

 

「抜かすな! 貴様など、私の足下にも及ばない!!」

 

 全速力で駆け出す雁夜、迎え撃つ時臣、その戦力差は圧倒的。

 

 

 

 ──やはり勝つのは私だ。

 

 雁夜を射程に捉え、勝利を確信した時臣はほくそ笑む。

 その視野にいる者は今やその内に身を守る鎧もほぼ焼け落ち、盾も形を留められなくなっている。

 その熱量に苦悶の表情に変わる雁夜。持つのはあと数秒、

そんな彼の口がまるで遺言を告げるように動き、時臣はその断末魔を聞き逃さんと注視する。

 そしてそれが──

 

 

 

 

 

 

 ──時臣が読み取った最期の言葉になった。

 

 

 

 

 

 "ようやく俺を本気で見てくれたな。時臣"

 

 

 

 乾いた銃声が響く。

 痛み、全身の魔術回路が暴走する圧迫感。その奔流に、声を発する間も無く呑み込まれていく時臣に、この声が聞こえたのかは分からない。

 

 

「俺ではどんなにあがいたところでお前には勝てない。そんなこと、ずっと前から分かっていたさ」

 

 

 

 

 

 

 




復活!!!

まだだ、まだエタらんよ! 物語は最終局面だ!!


という事でほんとにおまたせしてすいません。半年ぶりのfakerです。
自分なりにアイリさん雁夜ペアが勝ち方法模索してましたが、全然浮かばず四苦八苦して諦めかけたりした時期もありましたがなんとか漕ぎ着けました

駆け足になりましたが、物語の都合もあり細かい所は次回解説、感想でも色々どうぞー

と、言うわけで。どうにか完結させるためにもう一踏ん張りします。
こんな私に期待してくれる方がいらっしゃるようでしたらもうしばらくお付き合いください

それではまた!
感想、評価、お気に入り登録、どしどしお待ちしております!ほんと力になってます!
また数日中に溜まってる分も徐徐に返していきますね!

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