Fate/kaliya 正義の味方と桜の味方【完結】   作:faker00

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第36話 衛宮切嗣とエミヤシロウ

 

 

 

 

「ハッハッ──キリツグ、アイリスフィール!!」

 

 金属音を反響させながら、セイバーが階段を駆け上がる 。

 今宵各地で行われた戦い。結果として一番最後まで続いていたのはセイバーとバーサーカーの戦いだった。

 切嗣からの念話でその現状を理解していた彼女は急ぐ。

 

 陣営が全体としてみれば悪くない方向へ行っているのは確かだが、詳細に関しては全く掴めていないのだから。

 あのアーチャーが首尾良く事を進めたのならば、いよいよ残るサーヴァントは自分と彼のみ。

 そこに対する思いこそこの冬木で変質したものの、求め続けた聖杯が目の前にあることには変わりない。

 

 息が切れているわけでもないのに心臓が早鐘を打つ。

 

 興奮か、高揚か、それとも別の何かか。

 様々な感情が交差しするなか、彼女は遂に辿り着いた。

 

 

「──この扉の向こうに」

 

 私が待ち焦がれ続けた聖杯がある。

 

 ただの扉一つがとても大きく、重く見える。

 そして、一度大きく深呼吸をすると、セイバーはその扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

「──答えろ! これはどういうことだ!!」

 

 

 

 

 

──────

 

 

 

「これが……聖杯……?」

 

 悲しすぎる銃声からほんの数十秒。

 間桐雁夜は困惑を隠すことも出来ずにそう溢した。

 

 アイリスフィールという器から解放された聖杯は、いざ、その姿をこの世界に正しき形をもって現れた。

 

 正に神秘、正に黄金、人が数多持つ芸術品のどれもが足許にも及ばぬ輝き。

 それを目にした雁夜、切嗣の胸の高鳴りは想像に難くない。

 

 だがしかしだ、その高鳴りは直ぐに塗り潰されることになる。

 

 本来何の意思も持たず、ただただ持ち主の願いを叶える願望機としてそこにあるだけのもの。半ば無尽蔵と化した魔力の奔流。

 それが聖杯の筈だ。だというのに、この場にいる誰もが同じ事を感じていた。

 

 ──この聖杯には意思がある、と。

 

 人が持つ感情、人を動物から人足らしめる明確なそれを、この聖杯から感じとる。

 

 有り得ない。それは魔導に疎い雁夜ですら即座に判断できた。この聖杯は"何かが違う"

 そして、彼にとって更に不幸だったのは、それが何だというのか、同じように理解できてしまったことだった。

 

 

「──」

 

「答えろ……」

 

 雁夜と同じく困惑に立ち尽くしていた切嗣が、ワナワナと全身を震わせて絞り出す。

 その矛先は雁夜でも、ましてや舞弥でもない。

 この場において唯一この状況に動揺の一つすら見せない男。ただ、眉間に寄るシワが少しだけ増えたその男(アーチャー)に、人生の大半、潰して、押し潰し続けてきた衛宮切嗣の感情が噴出しようとしていた。

 

 彼の言葉はステージに反響するばかりで誰も答えはしない。

 ほんの数秒の沈黙、耐えられなくなったのか、耐える気すら無くしたのか。

 その動きに、誰も反応出来なかった。

 

 

「答えろ! これは一体どういうことだ!!」

 

「──切嗣さん……!」

 

 切嗣がアーチャーの外套の首もとを掴み揺さぶる。

 怒り、焦り、そして怯えや恐怖がない交ぜになったその叫びに、雁夜は驚きながらも止めに入ろうとし──アーチャーに目で制された。

 

「──やはり、こうなってしまったか……」

 

「──!!」

 

 少し躊躇った後

 心の底から悲しそうに、今まで雁夜が聞いたことの無い弱気な声でアーチャーはそう告げ、その言葉に切嗣の手元が弛む。

 その間にアーチャーは切嗣の手をほどき、その襟元を直す。その視線は、下を向いていた。

 

 

 

「やはり、とは聞き捨てなりませんね」

 

「……!? セイバー!?」

 

 氷のように冷たい声が上から降り注ぎ、その正体に雁夜は頭を抱えたい気分だった。

 遅れて此方へ向かっていたセイバーは先程到着したのだろう。だがどうやら、今の会話もどこからかまでは分からないが聞いていたらしい。

 一歩一歩、彼女がステージに向けて階段を降りてくる。

 見るもの全てを震え上がらせる殺気。これまで彼女が見せたことの無い冷徹な怒りをその身に纏い、セイバーは伏し目気味になっているアーチャーの目の前に切嗣と共に立つ。

 

「アーチャー、お前はあの夜切嗣に言ったな。私は必ず全てを明らかにする、と。今がその時ではないのか?」

 

「──」

 

 答えない。いや、答えられないのか。

 重たい沈黙が再び場を支配し、業を煮やしたセイバーが更なる怒気を以て踏み出そうとし──意を決したようにアーチャーが動いた。

 

 

 

 

 

 

 

「そうだな……すまない、セイバー。"オレ"はいつになってもお前に怒られてばっかりだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──!?」

 

 その声の出所を、セイバーがどこか分からずに周りを見渡したのは決して不自然なことではない。

 それは切嗣も、舞弥も一緒だったのだから。

 唯一その声を、その言い方を知っていた雁夜だけは自然に反応する。

 

「──良いのか、アーチャー」

 

「ああ、仕方無い。こうなるかもしれないってことは覚悟していたさ」

 

 アーチャーは"気にするな"と雁夜に微笑むと、ぐしゃぐしゃと逆立った髪の毛を押さえ付ける。

 たったそれだけで幾分か幼くなったように見えるアーチャーの変貌は止まらない。

 一瞬その身体が輝いたかと思うと、彼が纏う衣服がこれ迄とは全く別物に変わる。

 至ってシンプルなブルーのジーパンに、白基調に袖が紺色のTシャツ。まるでそこら辺にいる高校生が来ていそうな服装

 突然の変化に、先程までの怒りも忘れて戸惑うしかない切嗣とセイバーにアーチャーは少し気まずそうにしながらこう告げた。

 

 

 

 

 

「この格好も久しぶり過ぎてどうすりゃ良いのか分からないな──まずは改めて自己紹介だ。

 俺の名前はエミヤシロウ。この第四次聖杯戦争の結末が生み出す一つの残骸にして、衛宮切嗣の義理の息子、そしてこれから10年の時を越えて起こる第五次聖杯戦争においてマスターとなり、セイバー、アルトリア・ペンドラゴンと共に戦うことになる魔術師

 それがこのオレ、アーチャーの正体であり、言うならば真名だよ」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"初めに言っておくとね、僕は魔法使いなんだ"

 

"子供の頃、僕は正義の味方に憧れていた──"

 

"誰かを救うと言うことは誰かを救わないこということでもある"

 

"ああ、安心した──"

 

"問おう、貴方が私のマスターか"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな……馬鹿な。では貴方は未来の英霊であると? それもオリジナルとなる存在はこの時代に生きていて、尚且つこの先私を召びだすだと……そんなことが……」

 

「そりゃ信じられないよな。けど、ならオレがセイバーの真名を一発で看破できたと思う? それが出来るのは円卓の騎士位の筈だと思うんだが」

 

「それは──」

 

 アーチャー……シロウの話を聞いている間、セイバーと切嗣はまるで彫刻のように固まっていたが、比較的早く回復したセイバーがシロウに問いを投げる。

 結果としてそれは彼の言葉が真実だとセイバーに突きつけるだけになったのだが。

 

 この聖杯戦争最終盤に投下された最大級の爆弾に、セイバーの顔が曇る。

 

 

「では、この戦いの結末は──」

 

「さっき言った通りだ。セイバーとじ──切嗣は確かに勝利した。けど、どっちの願いも叶わなかった。結果として生まれたのは数万の死体の山、そして一筋の呪いだけ」

 

「──」

 

 

 信じられない。いや、信じたくないとセイバーが頭を振り聖杯を見る。

 だがそれと同時に、彼女の直感がこうも言っていた。

 この男の言葉に嘘はなく、全てが真実であると。

 加えて、シロウが話せば話すほど、その勘だけでなく理論的に根拠付けられて彼の言葉の信憑性が裏付けられていく。

 

 感情論を抜きにすれば、セイバーはシロウの言葉を事実として受け入れはじめていた。

 

 

「……第三次聖杯戦争において召喚された邪神による聖杯の汚染。元が無色であるからこその現象と言われれば決して有り得ないと断言することは出来ない」

 

 恐ろしいことですが、とセイバーは鳥肌が立つのを感じる。

 この男の言葉が正しいとするのならば、この聖杯は最悪の殺戮兵器にしかなり得ない。

 何せ願いの方向性が強制的に決まってしまっているのだ。それも人が悪として思い付く方法に乗っ取る形で

 

 恋人が欲しいと願えばその恋敵足り得る存在を全て殺し

 金が欲しいと願えばどこぞから根刮ぎ奪い取り

 不老不死を願えば、その莫大な魔力を以てしてその他の人間から無尽蔵に生命を刈り取るシステムを完成させるのだろう

 

 そのような条件下で自らの願いを叶えようとすればどうなる?

 セイバーは直感でその答えを弾き出す。

 

 誰もが笑い会える世界を作るなら、自分の意にそぐわない相手は不純物だ。そして、万人全てに受け入れられるのは、どれだけのカリスマ性を持っていようと不可能。

 必ず反対勢力は現れる。そうなれば、その時点で聖杯への願いは成就しないことになる。

 ならそれを起こさせないためには? 

 恐ろしい想像だが、一度この世の全てを自分と、今後世界を作るのに最適な一人、いや、一体の番いのみを残して死滅させる。

 そしてそこから私に逆らわず、私の意思を全て是と、幸せと捉える子孫を作り続けるのが最適かつ唯一の道になる。

 そうなれば"皆が笑いあえる世界"は確かに矛盾なく実現する。

 

「そんなふざけた成就はごめん被りますが」

 

 セイバーは憤りに近いものを感じていた。

 これは切嗣も、シロウも預り知らぬことだが、セイバーは"聖杯を手に入れる"ことを条件に世界と契約している。

 焦がれ、執着していることに変わりは無いことではあるが、このような結論が見えた以上、彼女の方向性は決まったと言っていい。

 

 

 

「──やっぱりセイバーは強いな」

 

「……何がです」

 

「かつてのオレはお前を救えなかったが、人となり位は知ってる。すごいよ、セイバーは」

 

「──」

 

 これまでのイメージとは全く異なるシロウの柔和な笑みに、セイバーはどうしたものかと微妙な表情を浮かべる。

 

 確かに、あのアインツベルン城での一件から、彼には見ず知らずとは思えない何かを感じてはいた。

 だがそれがこんな形で発覚し、更に異なる世界線では親しい間柄だったなどと憑き物が落ちた様な顔で言われたら、どんな顔をすれば良いのか分からない。

 

 

「しかし──」

 

 

 こうなった以上問題は"彼"の方だ。

 セイバーは沈痛な面持ちで視線を移した。

 

 

 

 

「キリツグ──」

 

 セイバーとシロウが話している間、その男は微動だしなかった。

 ただ無言で、表情もなく聖杯を見つめている。

 

 そんな切嗣を、シロウも何を言うでもなく黙って見る。

 

 

 

 

 

「お前の話は分かった──」

 

 漸く絞り出されたその声は、苦悩に満ちていた。

 切嗣はまるで行き場を失った子供のように表情を歪ませてシロウを見る。

 

「お前は僕の願いを知っているんだろう? その上でこの話を僕にして、お前は一体僕に何を望む」

 

 それは、精一杯の問いだった。

 シロウはこの結末を分かっていた。彼の言葉を借りるならそうでない可能性もあり、そこに賭けていたということだが、その願いも潰えた。

 その上で自分を明かし、行く先を告げたシロウが一体何を望んでいるのか。

 切嗣には分からなかった。

 

 

 

「──俺にも分からないよ。切嗣」

 

「は──」

 

 そして、その答えに言葉を失う。

 

 殴りかかる気力すら起こらない。

 そんな切嗣に、シロウは真剣な表情に変わり歩み寄る。

 

 

「オレが本当に望んでいたのは、オレの知っている聖杯戦争とこの聖杯戦争が別物で、切嗣の願いが叶って世界が誰もが救われる形で平和になること。そして雁夜の願う通りに桜を幸せな世界に戻すことだった。

 けれど、それはもう叶わない。だから、この先は切嗣が決めてくれ。それが例えどんな決断だったとしても、オレはそれを尊重するから」

 

 それは、切嗣にとって一番難しい答えだったのかもしれない。

 どん詰まりにハマった男は救いを求め、その答えを知っている筈の存在は答えを示さずに、あろうことか、何もかも委ねた。

 なんという不条理。その理不尽さに切嗣は叫びだしそうになる。

 

 

 

「そんなふざけた──」

 

「全てを救うことは出来ないんだ。じいさん」

 

 そんな切嗣の肩に、シロウの手が置かれる。

 

「じいさんに憧れて、正義の味方に憧れて、オレも今まで走り続けてきた。けど何度やっても、何度頑張っても、全員を救う事は出来なかったし、今も出来ていない。理想を悔やんだことも、呪ったこともある

 ──だけど、それでもオレは走り続けるよ。オレがオレである限り。じいさんの願いは、決して間違っていないと思うから

 だから……じいさんも、自分の進む道を自分で決めてくれ。諦めるんじゃなく、自分の思いで。勿論、ここで聖杯に願うのも一つの手だ」

 

「おい! お前何言って──」

 

 最後の言葉に慌てて雁夜がシロウに食ってかかる。

 そんなやり取りを視界に収めながら、切嗣の頭のなかではシロウの言葉が何度も繰り返し流れ続ける。

 

 男は言った。

 自分が過去の過ちから否応無く走り、走らされ続けてきた道に憧れたと。

 

 男は言った。

 その道を同じように悔やみ、呪ったこともあると。

 

 男は言った。

 その上で、また走り続けると。この血と屍で覆われた道が、決して間違っていないと。

 

 それは、切嗣があのアリマゴ島で初めて引き金を引いたあの日から今この時まで、一時として離れることの無い。

 心の奥の片隅で、誰か助けてくれと泣き叫び、自責の念から逃げて、逃げて、その過程で追ってくる後悔と屍の手は増える一方で、潰れて、潰れて、潰れきれずにまた潰される

 少年、衛宮切嗣が求めていた"肯定"だったのかもしれない。

 

 無論、今まで殺してきた行動そのものが手放しで褒められたものになるわけでなければ、命が帰るわけでもない。

 

 でも、それでも、進んできた道が、思いが、間違いではないと。そう明確に示す言葉が掛けられたのは、彼にとって紛れもない"救い"だった。

 

 

「なあシロウ──」

 

「なんだ、じいさん」

 

「君は……君は本当に、僕を怨んでいないのかい?」

 

 その問いは、衛宮切嗣と言う人間が本来持つ優しさだった。

 シロウはその問いに一度大きく目を丸くすると、自信たっぷりにこう答えた。

 

「ああ、オレはじいさんの思いを、理想を、怨んだりしちゃいないさ。

 決めたんだ、じいさんの夢は──オレが叶えるって」

 

 その言葉に切嗣は、見たことも会ったこともない少年の顔を、そして過去の自分の顔を重ね見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セイバー」

 

「はい、マスター」

 

 切嗣の呼ぶ声にセイバーが答える。

 躊躇いは無い。鋭く力の籠った視線で聖杯を捉え、切嗣は宣言する。

 

「こんなものはこの世にあっちゃいけない。セイバー、君の聖剣を以て全て吹き飛ばす。それで、この戦いに幕を引こう。後の事は僕に任せてくれ。こんなふざけた事は二度と起こさせやしない」

 

「──はい! 承知しました!」

 

 

 

 

 

 

 

「で、大団円って訳か」

 

「どうした? 何か不満かね?」

 

「別に──強いて言うならお前が速効で元に戻ったくらいだよ。シロウよりアーチャーの方がお好みか?」

 

「ハッ、決まっているとも、あんな未熟者、誰が好んで戻るものか」

 

「はいはい──」

 

 切嗣とセイバーのやり取りを見ながら元に戻ったアーチャーに雁夜が話し掛ける。

 先程までは一体なんだったのかと思うほど、アーチャーはいつも通りのアーチャーだった。

 

「それよりもだ、君が大変なのはこれからだぞ?」

 

「ほんとだよ──聖杯で上手く纏まればそれに越したことはなかったんだけど」

 

「それについてだが私にアイデアが──」

 

 

 戦いは終わった。

 後1分もあればセイバーが振りかざす聖剣に光が満ち、何もかもを消し飛ばす。

 勝ち目の無い戦いの結末がこれなら上出来だろう。

 そう、思っていたからこそ

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、未来の英霊とは流石に儂も予想出来なんだ。聖杯を我が目前に持ってきた事、感謝するぞ、雁夜」

 

 

 

 

 

 

「え──」

 

 雁夜は、自分の右腕が宙に舞ったことすら、直ぐには気付けなかった。

 

 

 

 

 

「桜ちゃん──?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 









お疲れ様です!
作者のfakerです!当社比では高速更新ですが、ここで皆様に一つお知らせ↓がございます。

【お知らせ】
エピローグ含めあと2話で完結します。
長らくお待たせ致しましたが足掛け3年と少し。遂に、ようやく、完結への目処が立ちました。
何度か長期離脱もありましたが(次の話がもしも納得いかなかったらまた少し時間頂くかもしれません)
その間も見放さずに待っていてくださった皆様には感謝しかございません
最後までお付き合い頂けると幸いです


評価感想お気に入り登録、どしどしお待ちしております!(何度でも言います。、作者は皆様からの感想が何より楽しみで、原動力です。欲しいものは欲しいとはっきり言う)

それではまた!



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