Fate/kaliya 正義の味方と桜の味方【完結】   作:faker00

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第37話 正義の味方

 

 

 

「桜ちゃん──?」

 

 迸る鮮血が視界の半分を埋める。痛みなぞ感じない、感じる暇すらなかった。

 くるくると回転しながら宙に舞う自分の腕、それすら気にならない。

 驚愕と畏れ、見たくない絶望感を以て、雁夜はその"声"の主へ振り返る。

 果たしてそこにあったのは、彼が護ると誓った少女()の姿だった。

 

 

「フッ──!」

 

「ガッ──!!」

 

 それを認めたのと同時に、雁夜の視界が激しく回転する。それどころか、身体そのものが。

 遅れてやってきた激痛と共にパニックになりながら彼が視界に捉えたのは、今しがた回し蹴りを終えたと言わんばかりに片足を上げたままその場に立つアーチャー

 何も理解できないまま、雁夜は自然法則に伴い落下すると、襲い来る現実に絶叫を上げた。

 

 

「っ……あぁぁあ──!!!」

 

「切嗣! 雁夜を頼む!」

 

「──っ! 分かった……! 舞弥、彼を退かせてくれ。セイバー!」

 

「了解した、マスター」

 

 ──こんな形で使うことになるとは

 突然の急展開に戸惑いを隠せないながらも、切嗣の判断は素早く、尚且つ的確だった。

 一見、何のつもりか全く理解できなくてもなんらおかしくはないアーチャーの意図を即座に読み取り、近くへと飛んできた雁夜を舞弥へと預け、先程アイリスフィールの身体から抜き取った聖剣の鞘(アヴァロン)を彼女に渡し撤退の指示を出す。

 そうして手負いの雁夜──足手まとい──を早々に戦闘圏から離脱させ、自分とセイバーも迎撃退勢を取る。

 それがこの数瞬、先手を取られた彼等に出来る最良の手だった。

 

 

 

「ほう、雁夜ごと離脱を図ろうとするでもなければ、儂を手にかけようとするでもなく、雁夜のみを的確にこの場から離れさせる手段を即座に見つけ出したか

 流石は此度の聖杯戦争の勝利者、頭のキレはそこいらの凡俗や小わっぱどもとは比べ物にならんらしい」

 

 

「ああ、雁夜の腕が飛んだ時点でその主導権は間違いなく貴様になるよう仕込んでいたのだろう? 

 加えて聖杯戦争を知り尽くす貴様なら、令呪の発動などほぼノーモーションでこなせる筈。加えて出てくるにあたって即座に殺されるようなへまはしない。必ず対策を打ってくる

 その二手は、どちらも英断のように見えて、どちらも最悪手だ。死ぬか、人質になるか。二手に無手といった所──生きていたか"間桐臓硯"」

 

 そう語るアーチャーには普段の余裕も、皮肉げな態度も一切ない。

 ただ苦々しげにその元凶を睨み付ける。

 端から見れば、20も半ばにいっているであろう青年が少女を睨み付けるその光景は異常に見えるだろう。

 だがことこの場面においてそれは正しい。

 彼の目の前にいるのは少女()ではなく、その皮を被った妖怪(臓硯)なのだから

 

 間桐臓硯。この聖杯戦争に巣食う怪物が、満を持してこの場へと現れた。

 

「貴様……桜を殺してはいないだろうな?」

 

「カッカッカ──!

 その弓で我が屋敷を破壊し、あの場にいた生き物を儂の可愛い蟲達から何の関係もない微生物に至るまで全て殺し尽くしたお前が、たった一つの命を心配するとは皮肉よのう、アーチャー──お主の徹底ぶりには流石の儂も数百年ぶりに肝を冷やしたぞ。僅かでも油断があれば、本当に儂は殺されていたかもしれん

 褒美に答えてやるが、桜は無事じゃ。今はちと沈んでもらっているだけのこと。この孫娘にはまだまだ価値がある。とことん利用させてもらうだけのことよ」

 

 

 下衆いた笑い声がホールに響き渡る。

 聞くも醜悪で、それでいて絶望感を感じさせるその声は人から立ち上がる気力を根刮ぎ奪い取る悪魔の音色。

 

 だが侮るな、この場にいるのはその悪魔に立ち向かえる勇者足り得る者達。

 

 

「調子に乗るのはそこまでだ。下郎」

 

「ああ、貴様の事は知っている。出てきたのが間違いだったな──どちらにせよお前はここで死ぬ」

 

 蒼銀の竜が猛り、生粋の暗殺者がその牙を磨ぐ。

 

 騎士王、アルトリア・ペンドラゴンと衛宮切嗣が、魔王に立ち向かう勇者宜しく並んで一歩を踏み出した。

 

 

 

「ほう、道に迷い、全てを失った小娘風情と、みずからの弱さゆえに業を重ね続けた弱者がこの儂を殺すだと?

 ──よかろう、ならばその気高き思いごと地に叩き伏せて見せるのみ

 行け! アーチャー!!」

 

 

「セイバー!!」

 

「はい──!」

 

 赤黒い令呪の輝きを号砲にして、悪夢と理想がぶつかり合う。

 こうして、第四次聖杯戦争、その最後の戦いの幕が開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

「……っあ! ハァっハァっ──俺は、一体──」

 

「目が覚めましたか、間桐雁夜──動かない方が良い。鞘によって症状の悪化は抑えられていますが、下手に動けば命を縮めることになる」

 

「え──」

 

 

 何を言っているのか分からない、そもそも自分は何故こんなところで寝ているのか、確か自分はアーチャーと今後について語っていて──

 

「本当に──無い……」

 

 覚醒した雁夜は滝のように冷や汗をかきながら自分の上半身右側を見る。

 嫌な予想は幸福な予想よりも遥かに高確率で実現する。そこに、自分の腕はなかった。

 

「あの、糞爺……! いや、それよりもアーチャーと桜ちゃんは!」

 

 寝かされていた床から弾けるように上体を立ち上げ、座席越しに下にあるステージを覗き込む。

 そこで繰り広げられていたのは、戦争だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

固有時制御──二重加速!(タイムアルター・ダブルアクセル)

 

 大量の蟲を掻い潜り、撃ち散らしながら衛宮切嗣がその言葉の通り加速する。

 その両手に持つキャリコM950Aの弾丸の初速に匹敵するのではないかと思うほど驚異的なスピードの変化。

 弾丸の、そして銃本体のリロードはもう幾度と無く繰り返した──切嗣はこの劇場の至るところに重火器を忍ばせ、更にいくつかある非常扉には爆薬関係まで備蓄しておいた自らの判断を心の中で自ら誉めた──通常の装備ならば、とっくに弾は尽き蜂の巣……いや、蟲の巣になっていたのは火を見るよりも明らかだった。

 

「だがしかし──」

 

 これでは埒が明かないと、次の銃が置いてある座席裏に滑り込みながら──当然その間ももう片方の手での連射は忘れない──切嗣は舌を噛む。

 このままではどうあがいてもじり貧なのはこちらであると。

 臓硯の攻撃の合間を縫って連射を幾度か仕掛けてはいるのだが、今や宙に舞い、黒い翼を拡げた堕天使の様に構えるその急所には全く届かずにいた。

 

 

 

「ほう、良いぞ、もっと賢く踊って見せるが良い!──起源弾等という子供騙しがこの儂に通用すると思うなよ? あれが儂に届くのは、変わり身になる可愛い数万の蟲、そして愛しの桜を殺してからになるであろう」

 

 

「ああ、もう試したから知ってるよ──! くそっ──っ!! これなら!」

 

 切り札である起源弾が通用しない。その事実は切嗣の感情に確かな暗い影を落としていた。

 戦闘の始め、出会い頭に勝負を決めるべく打ち出した起源弾は確かにその左胸をとらえたものの、撃ったのは奇怪な叫びをあげる蟲一匹だけだった。

 どういう理屈かは分からないが、この怪物の身代わりのストックと起源弾では明らかに分が悪い。

 そう悟った切嗣は、早々に愛用のトンプソン・コンテンダーを投げ棄てていた。

 

 

 

 駆け回るうち、いつの間にかホールの端に辿り着く。

 そこに備えた装備を思い出すと、切嗣は二丁持っていたキャリコを片方床に投げ捨て、右手を自由にした。

 誰もが何度も目にし、子供の頃には高いところにあるそれに触れようと躍起になったことがあるであろう、非常口を報せる緑のランプ。

 その中に、切嗣は凡そ入れてはいけないものを仕込んでいた。

 

「ふっ──」

 

 軽くジャンプし、その非常灯の紐部分を引っ張る。

 かしゃん、という軽い音と共に落ちてきたそれを、切嗣は最新の注意をもって自由落下で加速させる間も無く、その手に慎重に仕舞いこんだ。

 まるで遊んでいるかのように見える今の一連の動作が、一瞬でもタイミングを外せば命が消し飛ぶ危険な行為だと理解していたものは当の切嗣を於いて他にはいない。

 

 彼の右手に握られたのは、M67破片手榴弾。見るものが見ればそのあまりの恐ろしさに卒倒しかねない悪魔的破壊力を持つ代物である。

 加えて、爆薬は彼が独自に付け合わせた、一瞬にして超高温にまで弾け上がり、人の身体を骨どころか塵一つ残さず消滅するに至る超絶兵器。

 

 物理的という意味では最強の威力を誇るそれを、切嗣は手中に収めて走る。

 

固有時制御──三重加速!(タイムアルター・トリプルアクセル)

 

 臓硯へ向けて一直線。覆い隠す蟲のスピードを超えるまでに加速した切嗣は一歩横にステップを踏み、斜めを向いている座席を蹴りだし、まるでロケットの様に上空へ飛び出す。

 

 

「ほう! 特攻か! 人とはかく愚かなものよのう──!」

 

「そんなつもりはないさ!」

 

 安全ピンを抜き取り、臓硯に放り投げる。

 その間にも切嗣は彼の横を通り抜け、ステージ上部、横向きに見れば足場を作れる地点まで辿り着いていた。

 

四重速(スクエア)!!」

 

 反動で潰れかかる臓器、吐血を撒き散らしながら切嗣は脚に全神経を集中する。

 何せ時間がない。即この場を離脱しなければ、自分の作った兵器で自分が爆散するという、笑いようがない結末を向かえるのだから。

 

 そうして、切嗣は蹴りだす。

 

 

「──っ!!」

 

 それとほぼ同時に後ろから襲う熱風。初速はほぼ変わらない。

 普段とは明らかに違う距離感の中を、切嗣はひたすら目の前に向けてキャリコを連射し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「──っ……あぁ……」

 

 どうやら綱渡りの賭けは成功したらしい。

 高さで言えば3階席にあたる貴賓席の強化ガラスを連射で突き破り、その中へ飛び込んだ切嗣は安堵の溜め息を付いた。

 舞弥は特注の防弾シールドのあるステージ最後方まで下がっていたから心配はないだろう。

 

 

「さて──もしもこれで何のダメージも無い、なんてことになると流石に不味いんだが……」

 

 どうやら飛び込んだ衝撃で肩が外れたらしい。

 脱力する左肩を抑え、そこかしこが断裂寸前に悲鳴を上げている脚に鞭を入れて立ち上がる。

 

 そして──煙の向こうに見えた景色に思わず切嗣は笑みを溢した。

 

 

 

「アーチャーめ、やってくれるじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────

 

 

「この──!」

 

 激戦を繰り広げる切嗣に対して、セイバーはと言えば奇妙な感覚を覚えていた。

 令呪によって支配されこちらに襲い来るアーチャーの技のキレはあの時と同じくとても鋭く──同じとは思えないほど軽かった。

 

「ハアッ──!」

 

 戦いが始まってから令呪の強制力なのか、終始無言で攻め込んでくるアーチャーの双刀を筋力差をもって下からカチあげ攻勢に転じる。

 ここまでは簡単、しかし問題はここからなのだとセイバーは低く、鋭く踏み込む。

 ここまでとは攻め方を変え、魔力放出での出力を上げてリズムに変化を作りあげる。

 このような軽い攻めしか出来ない相手ならば、これだけの急展開には着いてこれない、例えついてこれたとしても一杯一杯になるのが道理。

 だと言うのに──

 

「──っ! なぜこれには反応できる──!」

 

 トン、トンっと軽快なバックステップと、微妙に切っ先を反らす絶妙な剣捌きでいなされる。

 その攻めと守りのあまりに大きすぎる対比に、セイバーは苛立ちや警戒よりも先に困惑する。

 剣を交えたのは1度しかないが、このような落差のある戦士ではないことだけは確かだ。

 何かの作戦か? 原因の分からぬ不可思議な現状と、視野の外側で繰り広げられる彼女のマスターである切嗣の激闘──徐々に劣勢に立たされていくのが見えている──にセイバーの中で焦りが増大していく。

 率直なことを言えば、彼女はアーチャーに対して真っ向からの勝負なら負けるとは考えていないし、思ってもいない。

 だが今回は相手以上に時間との勝負、それを考えれば、この状況は、決して好ましくない。

 

「ちっ──」

 

「気持ちは分かるが熱くなりすぎるな。オレがセイバーから一本をとれたのは、セイバーが苛ついてたり、食事前で気が逸っていた時だけだ」

 

「!? ──貴方は……!」

 

 その感情が身体を動かす。

 詰め寄るセイバーは力任せにアーチャーを押し込み、鍔迫り合いのまま額がぶつかり合いそうな所まで近付く。

 そして、彼女は皮肉げな声を聞いた。

 

「平静を装いたまえ──切嗣が頑張ってくれているが、油断をすれば直ぐに悟られる……次の交差だ」

 

 力の緩んだセイバーを強めに跳ね退け、アーチャーは距離を取る。

 その言葉の意味はセイバーも理解できた。

 彼女は敢えて、中途半端なスピードで正面から距離を詰める。

 

「貴方は──!」

 

「見ての通りだ。私は令呪の強制力など受けていないし、臓硯の支配下にもない──私がいる間にあの妖怪を消し去るにはこれしかなかった……次だ」

 

 交わされる会話は一度の交差で一言二言だ。

 その意味は理解できる。今切嗣と戦闘を行う臓硯の目を逃れる為──理屈はどうでも良い。今は事実を事実と信じられるならそれで良い。

 

「一体どうやって」

 

「種明かしは全てに片を着けてからだ。セイバー、ここからは私を臓硯の正面に置くように位置を保ってくれ」

 

「分かりました……!」

 

 極めて自然な流れでセイバーとアーチャーは互いの身体の位置を入れ替える。

 そして互いに求め会うようにして、またぶつかり合う。

 

 

「あの妖怪が万全なら、私が手を打った所で逃げ仰せられる可能性も否定できない。現に今がそうだ──だが、私を手中に収めたと思い込み、更に集中を完全に離すタイミングさえ出来れば……」

 

「貴方の策で全てを収められると言う訳ですね──そして、その希望を切嗣に託したと」

 

「結果的には、な。あのまま出てこなければ、屋敷を破壊し尽くすだけと言う、心許ない策のみでこの世界から消え去るしかなかった……聖杯を使われる可能性がなかっただけ、それでもましだったかも知れないがな──!」

 

 

 

「またとんでもない賭けに出たものですね貴方も……! そしてその賽は、この事を知らない切嗣に投げられたと言うわけですか!」

 

「間違いなく来ると確信していたが、確かにその通りだ!」

 

「無茶なことを! 切嗣がそこまで辿り着けずに死したらどうするつもりですか!」

 

「その時は桜を諦めるしかあるまい。だが──」

 

「──だが?」

 

 幾度の交差を経て、また離れる。

 そして最後にもう一度の交錯、セイバーが正面から見たアーチャーの顔は

 

 

「それは有り得まい。だって切嗣は──」

 

 

 

 

 

 

「オレが生涯憧れ続けた"正義の味方"なんだからな!!」

 

 

 

 

 

 

 大好きな親を自慢する、少年のそれだった。

 

 

「──っ!!」

 

 その表情に心を奪われた瞬間、強烈な光がセイバーの目を眩ませ、後を追うように響く強烈な炸裂音が耳をつんざく。

 

「セイバー!!」

 

「──ええい! さっさと決めてきなさい!!」

 

 その正体が何か、アーチャーには分かっているのだろう。動じるまでもなく、これまでの抑えたものとは違う声でセイバーはアーチャーに呼び掛けられる。

 

 それは彼女に、自分の存在、位置をアピールする為のものだったのだろう。

 その意図を理解しているからこそ、セイバーもほぼ真っ白に眩む視界に怯むことなく、その聖剣をまるでスラッガーの如く振りだした。

 

 

「手応えあり──!」

 

 

 セイバーは、戦いの終焉を直感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうなるように仕向けたのは私だが、目が見えない中であの思い切りの良さは流石としか言いようがないな──」

 

 斜め45度に射出されたアーチャーは苦笑いを浮かべ、今にも粉々に砕け散りそうな双刀を自ら消し、最後の投影を開始する。

 その手に握られるは歪な短刀。ある一つの能力を除けば、ただのナイフの方が余程殺傷力があるであろうナマクラである。

 だがその能力こそが、今この場において最後の希望。

 

 決して悟られぬように、アーチャーは刹那、息を潜めた。

 

 

 

「ほう──確かに凄まじい火力じゃが、その程度で儂を殺しきれる等と思うたか、哀れ、哀れよのう、魔術師殺し──なに!?」

 

「終わりだ臓硯……破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)──!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「桜ちゃん──!!」

 

 全てが終わり、雁夜は壇上で横たわる桜に駆け寄る。

 右腕が無いことなど知ったことではない。全速力で彼女の元へ辿り着くと、跪いてその小さな身体を抱き上げる。

 今にも心臓が飛び出さんばかりに逼迫している雁夜の心持ちを知るわけもなく、その腕の中で桜は安らかに寝息をたてる。

 

「良かった──!!」

 

「これでようやく大団円だな、雁夜」

 

 そんな雁夜をチラっと見て、アーチャーは柔らかい笑みを浮かべ──集中しなさいと横にいるセイバーに小突かれ、一転して冷徹な相貌に戻ると、その足元を見る。

 それは隣にいるセイバー、そして切嗣も同じだった。

 

「なぜ──なぜじゃ! なぜその契約破りを貴様が……! いや、それを認めたとして一体いつ──儂は貴様を支配下に納めたはず!」

 

 彼等の視線の先では一匹の蟲がビチビチと跳ねていた。その姿は、正にまな板の上の鯉の如し。

 数百年の妄執に身を任せ、怪物へとその身を下げ果てた問桐臓硯は、いよいよ迫り来る死の恐怖と、ここ百年覚えたことのない驚愕、未知に半ば発狂しかけていた。

 そんな臓硯に、アーチャーは躊躇することなく刃を立てる

 

「ガッ──!!」

 

「そのうるさい口を閉じていろ。この妖怪が……何時からと言ったな? それは今夜が始まったその時からだ。雁夜には適当な理由をつけておいたが、全ては貴様の本体を炙り出し、仕留めることで雁夜と桜……そして罪無き冬木の民に平穏を与えるためだ」

 

 合流した際、アーチャーは確かに言った。

 雁夜との契約を"絶った"と

 その時語ったように、彼への気遣いが全く無かったわけではない。しかしそれはあくまで表向き、本当の理由はこちらだったとアーチャーは語る。

 

「屋敷を破壊したのも布石に過ぎん。逃げ場を限定するため、加えてそれで油断した様子を見せれば、ここに現れる可能性が九分九厘から100%に上がると踏んだ。一見勝てると思える状況が整い聖杯を前にすれば、貴様は我慢が利かなくなる。

 そう、一番大事な本体を桜に置いた時点で貴様は詰んでいたということだ……まあ他に置くところもなかっただろうがな」

 

 

 

「──儂も耄碌した、ということか……」

 

 完全なる読み負け。足掻く気力すら失った。過去を貪り続ける妖怪では、未来を知る英雄に勝ち目は無かったのだ。

 それを悟り、間桐臓硯は、その数百年がまるで嘘だったかのように、呆気なく息絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約束された……勝利の剣(エクスカリバー)──!!」

 

「終わったか──」

 

「ああ、そうだな。切嗣……」

 

「──っ!」

 

 聖剣の輝きが濁った聖杯を呑み込む。

 差し出された右手。その手を切嗣は自分でも驚くほど抵抗無く握り返していた。

 

「もう一度……切嗣に会えて良かった。これからも隣にいることが出来ないのが本当に残念だが──達者でな」

 

「……そうだな。君も──士郎も、達者でな」

 

 士郎、と言う言葉の響きにアーチャーの瞳が大きく開き──直ぐに覆い隠すようにくるっと背を向く。

 おいおい、と苦笑いする切嗣に分からないように、アーチャーは小さく肩を振るわせ

 

「ありがとう」

 

 と呟いた。

 

 

 

 

 

 

「アーチャー」

 

「何かね? 君に心配されるほど落ちぶれた覚えはないのだが」

 

「最後までなんて言い種だよこのサーヴァントは……」

 

「仕方なかろう、君と私はそういう距離感だ」

 

 心配するように雁夜が肩に置いた手を払いのけ──アーチャーと二人笑い合う。

 そして、アーチャーは雁夜の腕の中で眠る桜の髪を撫でる。

 

「桜を頼んだぞ、雁夜。彼女は幸せになる資格がある……かつての私には救えなかったが、君なら出来る」

 

「任せておけ。必ず、彼女は俺が幸せにするさ。なあアーチャー……」

 

「なんだね?」

 

「桜ちゃんのことなんだが────って言うのはどうだ?」

 

「ほう、君にしては悪くない意見だ。私もそれを提案しようと思っていた。"彼女"には弟もそうだが妹も似合う」

 

「──? 何の事か分からないけど良いってことだよな?」

 

「ああ、君もこれから大変だな。下手を踏めば二人のあくまにこれから延々弄り倒されることになる」

 

 くつくつと、本当に愉快そうにアーチャーが笑う。

 その真意を雁夜が知ることになるのは、まだまだ先の話。

 

 

 

 

「宜しいでしょうか?」

 

「セイバーか……すまない。君を救うことは、私にはまた出来なかった」

 

 魔力が切れかかっているのか、身体を維持できずに半透明になったセイバーがアーチャーへと歩み寄る。

 その姿に、アーチャーは申し訳なさそうに視線を落とす。

 

「顔を上げてください。私は貴方に感謝しているのです」

 

 そんなアーチャーにセイバーは優しく微笑み、その顔を上げさせる。

 

 

「私はずっと、永遠に続くような時の中で絶え間無い後悔だけを背負ってきた。

 ですが貴方のお陰で、これからは前を向いて進める……心配なら無用です。過去の私が、貴方の知る私が、どれだけ頼りなく見えていたか分かりませんが──私もこれから、頑張っていきますから。貴方に負けないように」

 

 

 

 最後に満面の笑みを浮かべてセイバーが光の粒子となり消えていく。

 それを見届け、アーチャーは雁夜と向かい合う。

 

 

「さて、次は私の番か」

 

 半分消えかかっている自らの消滅を、アーチャーはあっさり受け入れる。

 言いたいことはたくさんあるのに出てこない。雁夜はこんな時にすんなり言葉が出てこない自分を呪った。

 

「ふっ、そんな事で桜を守っていけるのか? 最後まで世話が焼けるマスターだよ、君は」

 

「アーチャー……」

 

 何か言わなければ。

 そう思った通り雁夜の頭にぽんっとアーチャーの手が置かれる。

 

「何度でも言うぞ。君になら出来る。君は確かに力は足りないかもしれないが、誰よりも勇敢に、誰よりも己の意思を貫いた。今の君ならば、もう大丈夫だ」

 

「アーチャー……ああ、お前こそ元気でな──!」

 

 雁夜の最後の言葉は涙交じりだった。

 それを見てアーチャーはまたも苦笑する。

 

「それではな──ああ、しかしこの夢は──」

 

 

 

 

 "本当に良い夢だった──"

 

 

 

 

 

 錬鉄の弓兵は、何処までも満足げにこの世界から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて──」

 

 その姿を、名残惜しく見送って、雁夜は切嗣へ向けて歩き始める。

 最後に一つ残った仕事をやり遂げる為に

 

 

「切嗣さん」

 

「──? なんだい? 腕のことなら知り合いの腕の良い人形師に頼んでみようと思うが……」

 

「そうじゃないんだ。切嗣さん、貴方はこれからどうするつもりなんだ?」

 

 ──このまま終わりなき救いを求めて殺しの道を行くのか?

 その問いを、切嗣はきっぱりと否定した。

 

「いや──僕の歩いてきた救済の道はここで終わりだ。これまで屠ってきた者達の怨みなら全て担おう。だけど、これからの道は違うものにしていく。僕は……僕の出来る限りの事をするよ」

 

 それが衛宮切嗣の出した結論だった。

 全てを救うことは出来ないのかもしれない。その失意に、いつかまた沈むこともあるかもしれない。

 だがそれでも、進むべき道は定まったと。かつて、とある少年が彼に憧れたように。

 

 

「そうでしたか──切嗣さん、貴方に頼みがあるんです────」

 

 雁夜の言葉に切嗣は一度驚き、そして理解した。

 なるほど、確かにそれはその通りだと。意思の問題だけではどうにもならないこともある。

 それを考えれば彼の丸投げにも見える頼みは決して、無責任ではないのかもしれないと。

 そして、妻のとある言葉も意図せずして彼を後押しした。

 

 

「分かった。だが一つだけ条件がある」

 

 答えは決まっている。だが敢えて、切嗣は問いを投げた。

 それはもしかすると、雁夜に対してのそれではなく、自分に対しての宣言だったのかもしれない。

 

 

 

「君にはこれから僕と、舞弥と共にドイツへと渡って貰う──イリヤを連れ戻す……それがこの僕、衛宮切嗣の魔術師殺しとしての最後の仕事だ」

 

 

 

 

 

 

 そうして、僅かな偶然から捻曲がった第四次聖杯戦争は終わりを告げた。

 

 劇的なまでに切り替わったFate(運命)、その行く先を最後に一演目だけ見せて、この物語も幕を降ろすとしよう

 

 

 

 

 





あかん。泣きそう……

どうも、作者のfakerです。
遂にここまで辿り着きました。はっきり言えば最後の切嗣の戦闘は蛇足だったんじゃね?と割れながら思うくらいライヴ感満載で滅茶苦茶やってます。
けどどうしても、カッコいい切嗣を最後に書きたかったんだよ!!

という訳で後はエピローグを残すのみ、残り僅かですが、皆様と共にこの物語の終わりを迎えられますよう……それではまた

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