Fate/kaliya 正義の味方と桜の味方【完結】 作:faker00
「──焼きそばパン買ってきなさい」
何を言っているのか分からない。目の前に立つ黒髪の少女はそんな風に首をかしげる。
誰に言っているのか分からないのか。それならもう一度言うべきだろう。
「もう一度だけ言うわよ。サクラ、焼きそばパン買ってきなさい」
「──っ!?」
名前を呼ばれることで漸く自分だと気付いたのだろう。
少女──サクラが驚いたように目を少しだけ大きく開く。その瞳には確かな動揺が見える。
その姿が、白銀の少女の嗜虐心を揺さぶった。
「イ、イリヤ姉さん。それは……」
「分からないの? 本当に貴女はおバカさんなのね、サクラ。私は姉よ。妹なら姉の言うことには絶対服従なのは当たり前のことでしょ」
懐に踏み込んで、その怯えたような顎を指先でそっと撫でると、声にならない小さな悲鳴と共に桜の身体がビクッと跳ねる。齢10にも満たない少女のそのような様は、世の所謂変態、ロリコンと呼ばれる層の男性を1度で7度KOして尚余りある破壊力である。
でも、そんな勿体無いことはしない。このサクラは私だけのものだ。
背中をゾクゾクと駆け抜ける得も知れぬ背徳感。その幸福に身を委ねるように、満足げにイリヤスフィール・フォン・エミヤは頷いた。
─────
「──さん、──てください。イリヤ姉さんったら!!」
「うーん……サクラー。焼きそばパン買ってきてー」
「一体どんな夢を見てるんですか姉さん……ほら!早く起きてください! 姉さんとお義父さん以外皆揃ってますよ!」
「分かったー、起きるから布団取らないで……寒い」
「問答無用です!!」
「ひゃいっ!!」
足の裏から一気に這い上がる冷たい空気と共に夢は霧散し、現実と言う名の波が押し寄せる。
先程までどんな夢を見ていたのかも思い出せない。
少しむくれた
「さ、朝ごはんです。今日は部活お昼からだからって弛みすぎですよ」
「しょうがないじゃない。タイガが"ミラクルタイガー宿題3倍○王拳ルーレット!!"なんてアホなこと言い出して私の宿題だけ3倍にしたから寝るのが遅くなったのよ」
「……確かに藤村先生のあれはおかしかったですけど」
でも寝坊はダメです!
とむくれるサクラの可愛さは今日も絶好調である。
まだ覚醒しきっていないボヤけた思考、居間へ戻っていく義妹の背中を見ながら、そんなことをぼんやりと考える。
何だか変な夢を見ていたような気がするが、よく思い出せないし大した事ではなかったのだろう。
ベッドの上で一つ伸びをすると頭がすっきりする。
桜の後を追ってイリヤも居間へと向かった。
─────
「イリヤおはよー」
「お早うございますお嬢様。本日は遅いお目覚めですね」
「おはようリズ、セラ……なんでそんなに機嫌悪いの?」
「セラ、サクラにじゃんけんで負けて今週の食事当番少ない」
「またそんな理由で……あ、リズお醤油取って」
今日の朝食は卵焼き、魚の煮付けものに味噌汁という純和風。
と言うことは、今日の朝食はサクラなのだろう。
ブスッと不機嫌そうに正座して箸をつついているリズもサクラも得意料理は洋食である、が、毎日洋食と言うのもバランスがと言う理由で、サクラか朝食を作る際には和風が多いこだ。
洗い物をしているのかまだ厨房から出てこないサクラに目をやり、イリヤは定位置であるセラとリズの間に陣取った。
「そんなことではありません。食事作りは我々メイドの仕事です。それなのにいつもいつも理由をつけてサクラお嬢様が厨房に立たれて……」
「そもそもサクラに料理を教えたのは貴女でしょ」
「あれは幼き頃のサクラお嬢様がイリヤお嬢様に手料理を振る舞いたいという心意気に心を打たれたからです! こんな風になるなら私ももう少し考えました!!」
「はいはい。分かったから大人しくなさいな……まあ、手料理を振る舞いたい相手が私以外にキリツグはともかく"もう一人"いたのには思うところがあるけどね」
抗議の声を上げるセラをあしらい、イリヤはとぽとぽと卵焼きに醤油を垂らす。
この垂らし加減が重要なのだ。万が一にでも失敗して卵焼きを醤油の海にでも沈めようものなら台無しである。
「頭が痛い……サクラ様もイリヤ様の義妹としてもう少し貴族然とした振る舞いをしていただきたいのですが」
「それは間違いよ、セラ。アインツベルンはもうないの。私も、サクラも、今はエミヤの人間。それは貴女達二人も同じよ」
「そーそー、セラも一般庶民としての生活に慣れるべきー」
「貴女はぐうたらしすぎです!!」
セラの矛先がリズへと変わる。少しうるさいが、まあこのくらいは許容範囲だろうとイリヤは溜め息を付く。
何せ10年間この調子なのだ。今更変えろというのも難しい話であるということは彼女も理解していた。
「うーん、おいしい。流石はサクラね。私の好きな味付けだわ」
「あ、塩気を少し増やしてみたんですけど合いましたか?」
「ええ、合格よ。貴女もそろそろ食べなさい」
「はい。そうします」
厨房からひょこっと顔を出した桜がエプロンをほどいてイリヤの正面に彼女らと同じように正座する。
余談であるが、イリヤは桜が正面に座るのはあまり得意ではない。それはなぜか? 圧倒的戦闘力の差を見せ付けられるのは、誰だって気乗りしないだろう。そう言うことなのだ。
イリヤは内心の葛藤をおくびにも出さず、桜に醤油を差し出した。
「今日の部活は体力トレだったかしら?」
「そうですね。嫌だなあ……私、正直苦手です」
「貴女、体力はないものね」
面目無いです、と凹み気味な桜
穂郡原学園弓道部顧問、タイガーこと藤村大河の指導はかなりユニーク……いや、奇抜だ。それでも何故か大概のメニューは理論的に考えてみると基本はしっかりと抑えられているのが不思議なのだが、体力トレはそうではない。正にタイガー、野生の極地。
体力に自信がある者ならいざ知らず、そうではない桜が陰鬱になるのも無理はないとイリヤは頷く。
「まあ無理しない程度にやればいいわ。本番は来月の大会だもの。絶対優勝するわよ」
「はい! 頑張りましょうね! 姉さん!!」
「お、朝から二人とも元気だね。若いってのは良いものだ」
「キリツグじじくさいー。髪の毛もボサボサだしー」
「あ、おはようございます。切嗣さん」
「おはよう、イリヤ、桜ちゃん。今日は和食か。僕の好みだね」
桜がグッと拳を握ったのと同時に襖が開く。
眠そうに頭をかく緩めの黒い浴衣姿にかつての殺気は微塵も感じられない。変わらないのはその無造作な髪型くらいなものだろう。
衛宮切嗣は、これ以上なく一般人だった。
「ごめんごめん。昨日もカメラの手入れをしていたらおそくなっちゃってね。イリヤと桜ちゃんを撮りたくて始めたけど、これが意外と面白い」
謝意を示すようにイリヤへ向け手を合わせると、切嗣は胡座をかいて食卓の前へ座る。
いつの間にか白米がそこそこの量盛られた御茶碗を持った桜が彼の隣にいるのももう見慣れた光景だ。それがまるで時間をすっ飛ばしたかのように滑らかな動作だったとしても。
「そのカメラ、次ちゃんと使うのはいつになるのかしら?」
冷ややかな音色が食卓の温度を僅かながら下げる。
この場で最も力のある者の地雷を踏んだ。
その事に気付いたとき、全てはもう遅かったのだ。
「──この間は悪かったよ。謝るからそろそろ許してくれないかな……?」
「嫌」
切嗣の謝罪をイリヤが一刀両断で拒絶する。
その理由は、この衛宮家の人間は誰もが分かっている。それが故に恐る恐るながらもフォローに動けたのは桜だけだった。
「ね、姉さん……切嗣さんも謝ってますし……」
「サクラはキリツグに甘すぎるのよ。この間だって随分前から約束してたのに結局直前になってすっぽかしたの。私、許さないんだから」
ここまで露骨にすねているのが良く分かる動作もそうないだろう。
イリヤは頬を膨らませてプイッと切嗣から目を背け、その姿に切嗣は心底悲しそうに目を伏せその間にいる桜は苦笑いを浮かべた。
先月、切嗣とイリヤ、そして桜はショッピングに出掛ける約束をしていたのだが、その当日に大規模な列車脱線事故が発生し、切嗣はその災害救助に赴き結果としてすっ飛ばす事になってしまったのだ。
桜はこの10年で切嗣の行動原理は理解しており、それはイリヤも同様なのだが……今回ばかりはタイミングが悪かった。桜は内心どうしたものかと首を捻る。
なにせ今回の買い物は、最近切嗣がカメラにハマり始めている事を知ったイリヤが写真のモデルになってあげようと言う雑じり気無しの善意から、彼が気に入る服を着ようということで取り付けた約束だったのだ。
問題は切嗣がその事情を知らなかったということ。
"言えば切嗣さん、姉さんの方を優先したと思うんだけどなー"
そしてそれは姉であるイリヤも理解している。
が、そうしなかった。その理由は自分自身良く分かっている筈。
だと言うのにこの拗ね具合だ。苦笑以外どんな反応をすれば良いのか分からない。という桜の心中はとても複雑なものだった。
「桜ちゃん……僕はどうしたら良いかな……」
「え、えーと……」
「ごちそうさま。サクラもはやく用意なさいな」
ブスッとしたままイリヤが席を立つ。
セラがお待ち下さいと声をかけるが、意にも介さず乱暴に襖を閉じる。
一瞬の静寂、その後切嗣はがくりと肩を落とした。
「……姉さんには私の方からも後でフォロー入れておきますから……」
「──ありがとう」
こうして、衛宮家の朝食はバタバタと過ぎていく。
HF延期……ショックは大きいですがいずれ必ず春は来る
という事で急遽投稿です
少しでも様々な自粛への暇潰しにでもなれば
※このイリヤは色々な相違によってSNとプリヤの中間な性格に育っています