Fate/kaliya 正義の味方と桜の味方【完結】   作:faker00

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第6話 アインツベルンの森にて

 冬木市内中心から車を走らせること1時間。郊外にある森にはとある都市伝説がある。曰く、冬にそこで迷った遭難者が当てもなく森の中を彷徨っていると、10m級の木々が鬱蒼と生い茂り先が全く見えなかった視線の向こうが不自然に拓け、そこからうっすらと光が差し込んできたという。

 いつの間にか出口にまで降りてきたらしい、そう思った遭難者はそちらへと走った。そして、葉や泥が身体につくのも無視して辿り着いた先に見たのは……まるで西洋を思わせる巨大な洋館だったらしい。

 らしい、という注釈がつくのは、その遭難者が次に気がついた時にはもう夜も更けていて、目の前には広大なだだっ広い更地があるだけだったからだという。

 大方夢でも見たのだろう、その話を聞いた人々は笑う。しかし、何年かに一度、冬の夜に同じような証言をする者は後を絶たなかった。一番最初にその話が出てからもう20年、30年はゆうに経っている。

 そのうち、まことしやかにこんなウワサが流れるようになった。

 

 ――冬木の森には幽霊屋敷がある

 

 この話は巡り巡り、今では夜遅くまで遊んでいる子供を親が脅かす際の定番となるくらいには広まっている。

 だが、あくまで噂は噂、本当に信じているものなど、酔狂なオカルトマニアか、それを見たと言う本人達だけなのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――これが聖杯戦争か……覚悟はしていたとはいえやはり侮れないな」

 

 結論から言うと、その噂のみに限定すれば酔狂な連中の方が真に迫っていたと言える。

 

 確かに冬木の森に洋館は存在し、こうしてその中で生活をおくり煙草を吹かす人間がいるのだから。無論、その主は幽霊ではなく実態のある人間なのだが。

 

 見るものが見れば幽鬼にも見えないことはないかもしれない。

 くたびれた黒いスーツにボサボサ頭、そして見るものを震えあがらせる冷たく光を失った瞳、アインツベルンが必勝を期して用意した最強の傭兵、衛宮切嗣はおよそ10年は時代を先取りしたノートパソコンの前に座りキーボードを叩いた。

 

「初日の成果としては最悪に近い結果と言っても過言ではないだろう」

 

「切嗣……」

 

 アイリスフィールが彼の後ろに立ち、心配そうにぎゅっと両の手を胸の前で握った。今回の失態は代理といえどもセイバーのマスターとして隣にいた自分が何も出来なかったのにも責任がある、と。

 実際の所、切嗣か彼女に責任を求めることようなことをしていないし、する気もないのだが。

 

「最終的にライダーの介入もあり、脱落もしくは致命的な傷を負ったサーヴァントはいない。となれば、今回の勝負に勝敗をつけるなら、どれだけ自分達の情報をもらさず、相手のそれを掴めたか、それに尽きる――アイリ、そういうことだという事を踏まえたうえで、君なら今日の夜をどう分析するかな?」

 

「ええっと……」

 

 振り向いた切嗣に話を振られ、アイリスフィールは今日の出来事を反芻する。対峙したサーヴァント、目の当たりにした自らのサーヴァントの力量、そして数多く起こったイレギュラーを。

 

「セイバーの力量自体がこの聖杯戦争の中でも高いのはまず分かったわ。三つ巴のときも、バーサーカーのときも、結局戦いの中で1番優勢を取ったのは間違いなく彼女だもの」

 

 別に顔色をうかがったわけではない。ないのだが――話しながらアイリスフィールは無意識に部屋の隅で控えているセイバーに目線をやっていた。

 物見遊山の際に着ていたスーツを再び身に纏ったセイバーは何も反応することなく無表情を貫いている。

 

「けれど……それ以上に失ったものが大きすぎるわ。私達がアドバンテージとして見込んでいたセイバーの真名の隠匿性はまず限りなく0になってしまった。正確に誰がいたかまでは分からないけれど、まともなマスターならサーヴァントこそ派遣しなくても、あそこに何かしらの間諜を放つのは間違いないもの」

 

「……続けてくれ」

 

「それに、特にあの赤いサーヴァントにはもう迂闊に手出し出来ないわ。それは他のどのサーヴァントも同じ。今回の勝負で勝った者がいるとすればそれは間違い無く彼よ。自分の方は真名はおろかクラスすら明かさず、対してこちらにはセイバーやランサーとも白兵戦で渡り合える力量、そして彼らの真名をあっという間に看破するっていう無視できない2つの爆弾を残していった」

 

 そのようにセイバーに気を使っているアイリスフィールですらそれ以上のプラス要素を見つけ出すのは難しいことだった。そこからは懸念材料の連続。 

 

 真名が全陣営にバレる。対峙したサーヴァントが他にどれだけの情報を持っているのか分からない以上目の上のたんこぶと分かっていても下手な手は打てない。

 参戦していないサーヴァントが0だとしたら赤いサーヴァントだけ大幅にプラス、槍を見る限り仮にあそこで宣言されなかったとしてもある程度察しがつくランサーは少しだけマイナス、そして本来バレるはずの無いものがバレたセイバーは大幅にマイナス。好き勝手やっていったイスカンダルは何とも言えない。

 それがアイリスフィールの出した結論であった。

 

「僕も同感だ、アイリ。今の言葉を僕らの共通認識として頭に入れておいてくれ。細かいことでも情報は共有しておかないとそれが大きな代償として響く時がいずれ必ずくる」

 

 切嗣の認識も同じなのか。彼は満足げに頷いてアイリスフィールに念押しした。

 

「セイバーの戦闘は僕から見ても特に落ち度はなかった。それでも真名がバレたと言うことは、恐らくあの赤いのは彼女の真名を最初から知っていたというのが妥当だろう。

 そして、ならなぜそれを早々に明かさず引っ張ったのかだけど、ある程度自分の実力を先に示しておきたかったからと考えれば辻褄が合うんだ。セイバーを警戒して先に潰しておきたかったのならわざわざ闘う必要など無い。さっさとぶちまけて他のマスター、サーヴァントを煽って後は高みの見物を決め込めば良い。

 だけど、戦う場合と戦わない場合ではそこからが変わるんだ」

 

「切嗣、それはいったい……」

 

「あれだけ接近戦をこなせるサーヴァントは本来、セイバー、ランサー、バーサーカーの三者だけだ。だけどそのうち2クラスは既に出揃っていて、もう1つがありえない以上、他の"何か"であることが確実になる。けれどその 何か が奴が敢えて序盤戦ってみせた事で絞れなくなったんだ。アーチャー、キャスター、アサシン、その全てに辻褄が合わなくなる。自分の正体を単純な不明から"謎"に昇華したんだ。

 もしもあのサーヴァントがそこまで考えた上で立ち回ったとしたら、あいつは――危険なやつだ」

 

 危険、それは切嗣が敵を評価するにあたって最上級の警戒を表す言葉である。

 今や満足そうな表情は消え失せ、まるで猟犬のように鋭い瞳で窓の方を睨みつける切嗣にアイリスフィールはゴクリと生唾を飲んだ。

 このような姿を見るのは決してはじめてではない。しかし経験したからといって慣れるほど、彼の殺気は生易しいものではなかった。

 

「アイリ、セイバーに聞いてくれ。あの赤いのは本当に君の知っている英霊ではないの――」

 

「伝言には及ばない、切嗣。私の国、敵どこを見てもあのような者はいなかった。当然私の側近になどいるはずがない。あの武器も、戦衣装も、確実に時代が異なっている」

 

 セイバーがすっと前に出ると切嗣の言葉を引き継いでそのまま回答した。マスターからの直接的コミュニケーション、意思疎通の拒絶。それがこの誠実な少女に、表に出さないだけでどれだけのショックを与えていたことか。

 それを象徴するかのように、言葉の節々には本人も気づかないような棘があった。

 

 

「……となると真相は完全に闇の中だな。アイリ、しばらくあの赤いのは傍観しよう。あれだけ大局を見れるやつだ。その分望みは薄いかもしれないが、他の陣営があっさり倒すなんて可能性も否定できな――」

 

「いい加減にしろ切嗣! こちらを見ろ!!」

 

「セイバー!?」

 

 再び切嗣が彼女に反応も示さずアイリスフィールに話しかけようとしたその時、セイバーが圧倒的威圧と怒気を込めて一喝した。

 いつも聞く者を穏やかに、安心させるような暖かさと凛々しさを備えたその声が、今や敵を突き刺す刃を思わせる鋭いものとなっている。

 アイリスフィールの驚きが、いきなりそんな変化に直面させられた者のとる、通常かつもっともらしい反応である。

 

「この聖杯戦争が生易しいものではないと貴方自身先ほど認めていたではないですか! それなのにこんなくだらない事で意地をはって一体なんの意味があるというのだ!」

 

 セイバーの怒りは、その実彼女に似つかわしくない焦りの感情が引き起こした側面が大きい。それは彼女が切嗣に伝えた内容が真実であるが故にだ。セイバーからしてみれば赤いサーヴァント、アーチャーに自らの真名を掴まれるような接点がないのは断言出来る確信だった。

 

 それだからこそ余計に警戒は募る。相手がどれだけこちらのことを掴んでいるのか分からないという焦燥、加えてこれから対峙する他の相手も間違い無く自分に対する策を練ってくる。だというのに肝心のマスターとはまともに話すことすら出来ない。

 そんな積み重ねの結果がこの静かな爆発に込められていた。

 

「……だからと言ってネガティブな要素ばかりではないんだ、アイリ――」

 

「切嗣!! 貴方という人は!!」

 

 セイバーはギリギリまで辛抱した。それは間違いない。明らかに彼女の方を見ず、話の流れも通らない中僅かな可能性を信じたのだから。しかし、それも限界。切嗣の言葉が他人に向けられたものだという事実を否定出来なくなったセイバーは切嗣に詰め寄ろうとし

 

「やめてセイバー!」

 

「――っ! アイリスフィール!?」

 

 そんな彼女を止める重たい感触。セイバーの腰にドンっという衝撃が伝わった。驚いた彼女が振り向けば、そこには目に涙を浮かべたアイリスフィールが抱きつきながらセイバーを見上げるような形になっている。

 

 

「貴女の気持ちは分かるけど……お願い、セイバー」

 

「しかし……!」

 

 セイバーはアイリスフィールを振り解けない。まともな主従関係を結べていない切嗣ですら心の中では未だ全霊を賭して守るべき相手なのだ。それが代理とはいえセイバーとより深く関わっているアイリスフィールなら……そんなことを出来る訳がない。

 

「……分かりました。頭を冷やしてきます。また何かあればいつでも呼んでください」

 

 結果として、やり場のなくなった怒りを自らのうちにもう一度抑えつけることがセイバーにできる手段だった。しかしもうこれ以上この場にいて平静を保つ余裕もなければ自信もない。彼女はアイリスフィールの制止も振り切り、常なら有り得ないほど肩を震わせて足早に部屋を後にした。

 

 

 

「やり過ぎよ切嗣……セイバーがどれだけ辛い思いをしているか……」

 

「……」

 

 切嗣も、そしてアイリスフィール自身も、ここで窘めたところで意味がないのは分かっていた。ただ、それでもアイリスフィールは何も言わない訳にはいかなかったし、切嗣は切嗣でそれに応えるつもりもない。

 手詰まりの重たい沈黙だけが2人を包む。

 

 

 

 

 

 

 

「さっきの話の続きだけど……なにも今回の戦いで得られたものが一つもないわけではないんだ」

 

「聞かせて、切嗣」

 

 いくらか柔和に雰囲気が変わった切嗣にアイリスフィールは諦めたように一度頭を振ってから続きを促した。

 もうこうなった以上切嗣の中で今の出来事は"無かった事"として処理されている筈だ。それを蒸し返したところで何の意味もないとアイリスフィールは分かっていた。

 

「ああ、これを見てくれ」

 

 アイリスフィールの行動の意味を切嗣も分かっていた。分かったうえで何も触れず、先程まで弄っていたパソコンの画面を彼女に見えるように機械ごと動かす。

 

「これは……どこかで見たような……」

 

 その画面を覗き込みながらアイリスフィールはむうっと唸った。そこに映し出される古ぼけた写真に写っているのは知らない男だ。こんな人にはあったことはない……だというのに彼女は何か引っかかるような気持ち悪さを感じていた。

 

「えーっと……待って切嗣! この人ってもしかして!」

 

「気づいたかい? そう、間近で見ていた君なら分かるはずだ。これはバーサーカーの写真だ。勿論、今日とったものではなく今からおよそ100年前に取られたものだけどね」

 

「100……!?」

 

 普通の日常会話で100年前、なんて単語が出てくるときそれはあまりにも遠いとかそういった出来事を象徴する比喩であることが殆どだ。

 100年経ってもこいつには勝てない。とか、100年前から受け継がれてきた技術。などが最たる例だろう。

 だが、アイリスフィールが驚いたのはその真逆の意味だ。有史以前……それこそ神話の時代まで遡る英霊という存在において100年前というのはあまりにも近すぎて、短すぎる。

 

「どうして……そもそも狂化して顔もよく分からなかったはずなのになんで断定できるの!?」

 

「落ち着いて、それを今から説明する」

 

 取り乱すアイリスフィールの肩を両手で優しく包み込んで切嗣は苦笑した。

 多少は予想していたがここまで驚くとは思わなかったと。

 

「まず1つ……僕がアイリに連絡を入れただろう?」

 

「ええ、すぐに切れちゃったけど……」

 

 アイリスフィールはその時のことを思い出す。切嗣からの通信に慌てているうちに途切れてしまったのだ。あれが正常な終わり方でないことぐらいは機械素人の彼女にも分かっていた。

 

「ああ、あれはバーサーカーが出てきた時の魔力でいかれたものだと思ってたんだけど……そうじゃなかったんだ」

 

「違うの?」

 

「魔力に妨害されたのなら、その干渉地帯から抜ければ正常に戻る。機械と魔力は本来全く関わりのないものだからね、けど――」

 

 切嗣はコートのポケットから黒い機械を取り出す。それはアイリスフィールが耳につけていピンマイク内蔵型イヤホンと、切嗣が使っていた送信用のトランシーバー

 真空パックに入れられていたその2つは、切嗣に取り出されると嫌な不協和音を奏でる。

 

「――っ!」

 

「見ての通りさ、壊れてしまってもう使い物にはならないだろうね。ならその原因は何なのか……そう、バーサーカーは雷を纏っていた。理由が電磁波ならそれに不思議はない」

 

「確かに――」

 

「そして、それならその雷がどこから生まれているのか? もしも神話の世界の人間ならどこからともなくというか、自然に発生しているのだろう。だとしたらこれ以上の特定は不可能。けど現実は……他のカメラが死ぬ前の映像を解析してみたところ、随分と年代物のコイルがバーサーカーの左腕に装着されていたんだ」

 

「コイル――?」

 

 頭の上にはてなマークを浮かべているアイリスフィール

 

「……詳しく説明しようとしたら一晩じゃすまないからとりあえず置いておこう。電気を生み出す機械、そう思ってくれ」

 

 そんな彼女に説明すべきかどうか切嗣は思案し……しないことにした。それで別段話の役に立つわけでもない。

 膨れているアイリスフィールに若干の罪悪感はわくがそれくらいならと話を続ける。

 

「とにかくこれで結論は出たも同然だろう? 宝具は生前の逸話の昇華だ。こんな神秘もへったくれもないものが人生の代表格になる人物なんて自ずと限られる。そしてパソコンで調べてみれば案の定だ。

 

 ニコラ・テスラ……神秘の1つと言われた雷を人の手が届くところまで引きずりおろした功績は計り知れない。こいつが英霊に選ばれても、僕は何も疑問には思わないね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




機械に強いケリィだからこそなせる業

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