Fate/kaliya 正義の味方と桜の味方【完結】   作:faker00

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僕はね、徹底的に矛盾を排除することで素晴らしい作品を作ろうと思ったんだ……そんな僕自身が一番矛盾していたことすら気づかずにね……(ケリィ風)


第7話 暗躍

 

 

 

 

 遠坂邸は深山町にある丘の頂上に位置している。

 立地で言うなら文句無しに素晴らしい。深山町はおろか、未遠川を挟んで向こう側にある新都まで全て見通せるその景色は、まるでこの冬木市全てを自分のものにしたかのような錯覚を思わせる絶景。

 およそ200年前にこの土地に根付いた遠坂家の祖先も思ったはずだ。この土地は素晴らしい土地だ、と。しかしそれは景色がどうとかそんな感傷的なものではない。もっと魔術師的で、打算的なものだ。

 

 墜ちた霊脈――日本有数の霊地である冬木の中でも、2番目に格の高い霊脈であるこの丘の上から遠坂は代々この地、そしてここに集う魔術師を束ねてきたのだ。

 

 

 

 

「師よ、ただいま到着いたしました」

 

「綺礼か、入りたまえ」

 

 土地を治めるものの住まいにも格というものがある、という言葉をとある第二魔法の使い手が師事を請うてきた極東の魔術師に言ったとか言わないとか。

 確認を取るのはいまや不可能だが、もしもそんな言いつけが現実にあったとして誰も疑いはしないだろう。

 かつて聖堂教会の代行者として世界中を飛び回り、その過程でありとあらゆる文化的建築物にも触れてきた言峰綺礼の目からしてもこの屋敷に何か不足があるとは思えなかった。

 この屋敷の中にいるという事実だけで背筋が伸びるような緊張感。そんな屋敷の中でも1番に大きく、厳粛な雰囲気を醸し出している扉を綺礼はノックし、主の了承を得た事を確認してから音も立てず部屋の中に入る。

 

「やあ、よく来てくれたね。当面の拠点となる家はお気に召してくれたかな? 君が純和風の様式を望んだ故そうしてみたが、あいにく私はそちらの方にはあまり造詣が深くない。何か不都合がなければ良いのだが……」

 

「滅相もありません、師よ。どれだけ長くとも使用期間は2週間程にしかならない我が身にあれだけのご厚意。感謝こそすれ不満などあるはずがありません」

 

 中で待っていた彼の魔術師としての師――遠坂時臣の歓迎を受けた綺礼は頭を下げた。その姿は、ある程度魔術界の情報に精通しているものからすれば異常の一言である。

 言峰綺礼は師である遠坂時臣に反目し、その師弟関係の解消はおろか絶縁、もしくは敵対状態。それがこの二人の"表向き"の関係であるからだ。

 

「そうか。まあ君も日本人でありながら殆どこの国にいないからね。任務外の時間くらいは母国の文化様式に触れて英気を養ってくれ。我々の戦いにおいてそれだけ君の存在は大きいのだから」

 

「恐縮です」

 

 この会話を見れば分かるように実際の所それはポーズに過ぎない。

 綺礼は未だに時臣の弟子である。それどころか今回の戦いも時臣の勝利の為だけに存在しているのだ。他の参加者から見ればあまりにもふざけた利害関係。それが成立しているのがこの二人の間柄だ。

 

 だが師である時臣が綺礼の事を把握しきれているかと言われれば、答えは否だ。今もそうだ。時臣は綺礼が自らの希望した借り住まいに満足して英気を養えるものだと信じて笑顔を浮かべているのだが、綺礼からすれば先の感謝はあくまでも時臣の好意に対するものであって、その後に続いた言葉に関してはまったくもって的外れだからである。

 もちろん綺礼の態度が社交辞令にしては真に迫っているという事もある。しかし、それだけならば優雅たることを家訓にし、また自らも優雅の体現者となっている時臣を勘違いさせることなどあるまい。

 

 ――言峰綺礼は異常者だった。人が美しいと思えるものを美しいと思えない、楽しいと思うものを楽しめない。

 今この瞬間もまた1つ人が美しいと思えるものをそうと思えなかった事実が綺礼の心に暗惨たる影を落としているのだが、それを誰かが気付くことはない。そうやって、誰にも理解されないまま彼の人生は20数年無為に過ぎてきたのだ。

 

 

「まあ世間話はこれくらいにしておこうか。今晩は局面が動いた大事な日だ――ああ、当然の事ながらここに入るところを誰かに見られてはいないだろうね?」

 

「――ご心配には及びません。綺礼様にいかなる監視の目もついていないのは、この間諜の英霊たるハサンめが保証いたします」

 

 片手に持ってくるくると回していたワイングラスを机に置いて立ち上がった時臣の問い掛けに答えたのは綺礼ではない。

 綺礼の隣の何も無かったはずの空間に、地面からすっと影が湧いた。そしてその中から全身黒ずくめに白い髑髏のお面という異様な風体の人物が現れる。長い髪をポニーテールのように結んでいるのを見るに若い女性なのだろうか? それすら判然としない無を思わせる不穏な虚。

 

 ――アサシンのサーヴァント、ハサン・サッバーハ。百の貌を持つと言われた伝説の暗殺者は100の個にして1人、1人にして100の個、もっともふさわしいクラスをもってこの聖杯戦争へと参戦を果たしていた。

 

 

「と言うことです。アサシン、隣に控えていろ。今日はお前にもいてもらわねばならん」

 

「はっ」

 

「アサシンがそういうのなら、なんの問題もないのだろう。では私も――クー・フーリン殿、霊体化を解いてください」

 

「だから殿は……まあ良いわ。もう好きにしろ」

 

 アサシンからの報告に絶対的な信頼を寄せているのか、時臣は疑うことなく受け入れた。そして顔を左に向け虚空に頭を下げながら呼びかける。不可視から可視へ、今宵激戦を闘い抜いたランサーが気だるさを隠そうともせずに姿を現した。

 

「でははじめようか。聖杯戦争も今宵本格的に幕を開け、そのなかで我々の……と言うよりもクー・フーリン殿の目論見通り多くのサーヴァントが姿を見せた。いよいよここからが本当のはじまりだ――

セイバー、ライダーは真名まで判明し、バーサーカーもどのようなサーヴァントなのかおおよそ見当はついたことは上々と言えるだろう」

 

 淡々と語る中で時臣の言葉が一度詰まったのは、この戦闘自体が元々彼の予定ではなかったからだろう。どちらかと言えば序盤は様子見に徹したかった彼の方針を強引に覆したのはそのサーヴァントのランサーである。

 元よりランサーが生粋の戦士であることは一目瞭然、だが傍若無人な振る舞いに徹する訳ではなく、時には理性的にマスターの顔も立てることも厭わないその態度には、時臣とて一定の信頼感を抱いていた。その彼が強硬に主張した戦陣の火蓋を切る必要性。心の中で完全に納得はしなくとも今後の関係性を考えれば突っぱねることは出来なかった。

 

「はい。私もそう思います」

 

 綺礼も別段それに異論はない。肯定するように頷く。

 

「征服王イスカンダル、騎士王アーサー、いずれも人類史に大きな足跡を残した英雄だ。加えてアキレウスの踵のような致命的弱点も特にはない……強敵だな」

 

「時臣、間違えるな。目に見えるものだけ分かるものだけで判断してたらこの戦い、あっさり引きずり降ろされるぜ」

 

 時臣の言葉にランサーが口を挟んだ。三者の注目が一斉に集まる彼の雰囲気は先程までとは全く違う遊びなどありはしない真剣な口調と鋭い目つきでランサーは続ける。

 

「あの場に出てくることすら出来ないような臆病者はどうでもいい、そんな腑抜けは俺がどうにかするでもなくいずれ堕ちる――まあそりゃどうでもいい。今回の戦の趣旨はそんなんじゃねえ」

 

「と、申しますと?」

 

「敵を知り、己を知れば百戦危うからず。この国にも良い言葉があるじゃねえか。その通りだ、最後には己の腕次第で全て変わる、変わるといってもそこまでの道のりをより分かりやすくすることはいくらでもできるからな」

 

「御託はいい。早く本題に入れランサー」

 

「だからよ、どんだけ難攻不落の城だろうがその全貌さえ見えてりゃ幾らでも手の打ちようはある。逆にたとえあばら屋で出来たようなボロっちい砦でも何も分からなきゃそうおいそれとは攻められねえ」

 

「今もっとも議題にすべきは前者である2人よりも、後者になるあの赤いサーヴァントと言うことか……」

 

「そういうこった。なんだ、案外理解速いじゃねえか綺礼」

 

 考え込む綺礼にランサーは感心したように笑みを浮かべる。

 

「とりあえずあの赤いのについてだけは今のうちにわかる情報整理して、今後どうするのか決めておいた方がいい……アサシン、お前あいつも尾行してたんだろ? あれのマスターとか分かんなかったのか?」

 

「――恐らく私の存在そのものは分かっていない。だが尾行されることを前提に動かれた」

 

「そんなとこだろうと思ったぜ――ありゃ戦上手だ、ああいうのをほっとくと後々面倒なことになる」

 

 まるで敵が目の前にいるかのような敵意を剥き出しにしたランサーの警告。闘いは数字だけでは計ることができない。

 

「ではあの赤いサーヴァントについて……と言いたいところなのですが何一つ分かってはいないのが現状です。クラスはキャスター、アーチャーのどちらかしかないのですがどちらもあの戦いぶりとはかけ離れている。真名はおろか出自も不明、おまけにどこの陣営なのかすら分からない……外来か、それとも間桐か……」

 

「お言葉を挟むようですが師よ、マスターに関しては今一度私がアサシンを用いて調べ直してみようかと。ライダーのマスター、ウェイバー・ベルベットにあのアインツベルンのホムンクルス、情報を精査するにはちょうど良いタイミングかと」

 

「ふむ、そうだね綺礼。あともう1人の不明サーヴァントの調査と共に君とアサシンにはその仕事を任せたい。もちろん赤いサーヴァントの情報収集は怠らないように」

 

 1歩前に進み出た綺礼の提案を時臣は首肯して受け入れた。もとよりアサシンの仕事は諜報活動である以上断る理由などないのだ。

 

「時臣」

 

「はい」

 

「お前はアーサー王伝説からあれに類似しそうな英雄について調べてみてくれねえか。ありゃ闘いの途中で見抜いたって感じじゃねえ。最初から分かってたってやつだ――あとあいつが持ってた双剣」

 

「アーサー王伝説の方は分かりますが……双剣、ですか? あれからはとても宝具のような神秘性は感じられませんでしたが……」

 

「宝具じゃなくてもあいつがあの剣と色んな修羅場くぐってきたのは明白だ。もしかしたらそこからなんか見えるかもしれん」

 

「……分かりました」

 

 首を傾げながらもとりあえず納得したように時臣はランサーの言葉に答えた。ランサーはそれを確認するとアサシン、綺礼も一瞥し、特に異論が無いことも確認する。

 

 

 

「まあそれ以外の事は時臣、しばらくお前の方針に合わせてやる。そのかわり委細、細かいことでも必ず伝えてくれや。最後に真っ向勝負させてくれるなら他に文句なんかねえからよ」

 

 今回は運が良い。現世にいる限り強敵と相見えるチャンスはいくらでもあるだろう。別段聖杯にかける望みなどありはしないが、それが叶うのならばある程度の制約くらい甘んじて受け入れようではないか。

 

 内心から湧き出る興奮にランサーは獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「醜悪だな……」

 

 一言で表すと、その空間は不快だった。間桐の秘術を紡ぐその最深部、石造りの室内および内壁は反射光で緑色に怪しく光り、なにか獣が腐ったような匂いが充満する。

 だがそれも、中心部にあるおぞましい物の巣窟に比べれば随分と品の良いものだ。嫌悪感に顔を歪めながらアーチャーは足元に縋り付こうとした蟲を魔力でもって吹き飛ばし、そう一言吐き捨てた。

 

「ほほう、我が間桐秘伝の蔵はお気に召さなんだか? アーチャー」

 

 そんなアーチャーの後ろからくつくつと笑う声が降ってくる。その声の主が誰なのかは見るまでも無い。

 

「これが秘伝というならば間桐は今すぐにでもこの世から消え去るべきだろうな」

 

「かっかっか、その分析はあながちまちごうてはおらんぞ? 既に間桐は瀕死を通り越して魔術師としては死を迎えておる」

 

 何かおかしいのか、どこか愉快そうに間桐臓硯は笑い続ける。

 

「何のようだ。心配せずともここをふっ飛ばしたりはしない。残念ながら私は真っ向勝負に優れたサーヴァントではなくてね。下手に騒ぎをおこして多数の陣営に攻め込まれでもしたらたまったものではない」

 

「いやいや、初戦の見事な戦いぶりを間桐家当主として褒めておかねばならんと思ってな。まさか雁夜めの引いたどこのものともしれんサーヴァントがアーサー王にクー・フーリンを手玉に取るとは夢にも思わなんだ。

 今回の戦いは無駄なものとして捨て置き、雁夜が苦しむその様を慰みにしようと思っていたが……少しばかり希望を持っても良いかもしれん」

 

 何を馬鹿なことを。アーチャーは臓硯の言葉を鼻で笑う。そして手に双剣を投影し振り返った。

 

「分かっていると思うが……私は君のような手合にも覚えがあってね。もしも我々の邪魔をするようならどんな手を使ってでも殺し"尽くして"やる」

 

「なんじゃと?」

 

 右手から放たれた剣は臓硯の顔の横を不可視のスピードで突き抜ける。だが嘲るばかりだった老人の表情を曇らせたのは明らかに当てる気の無い牽制の一撃ではない。

 最大限の嫌悪とともに強調されたとあるフレーズが臓硯に警戒心を懐かせた。

 

「数百年に渡る延命……なるほど、間違いなく人の業ではあるまい。魂のみの延命か、細かい理屈は知らんがそもそもその身体自体既に自らのものではないだろうな。

 そしてそういう者にとってこれは決まりのようなことなのだが……大抵そこに本体は置かない。故にここで私が貴様を殺そうと何の意味もない」

 

「――」

 

 臓硯は答えない。ただその落ち窪んだ黒いのみの瞳でアーチャーを凝視する。

 

「だが……本来あるべき場所を離れ、脆弱になったその魂の中枢を適当な所に放置するわけもない。必ずこの屋敷の何処か、或いは"生き物"の中か、全て殺し尽くせばいくら貴様でも生き残れまい――

 ――しかし貴様が潔い死を迎える性とも思えん。私がそのような行動に出れば、正解に辿り着く前に雁夜を殺すか、乗っ取るか、どちらかの手段で私を止めようとするだろう。

 だが私の目的は彼と共にこの戦いに勝利することだ。それを下らん事で阻止されてはあまりに寝覚めが悪い。

 その為に、敢えて貴様に手を出さないと言うことを覚えておけ」

 

「ほう……使い魔風情が言うではないか。儂が雁夜を支配すれば令呪さえも支配下にある事を分かったうえでの啖呵かの?」

 

 令呪――それはサーヴァントと人間、成り立つはずのない主従関係を可能にする絶対服従権。そんな切り札を突きつけられてなおアーチャーは揺らがない。

 

「君の言う通り、私はどこのものともしれない英霊なのでね。普通の英霊と同じ様に縛ることが出来るなどと都合の良い考えは持たない事だ」

 

 はったりだ。臓硯の中で問う必要もなくその答えは出ている。サーヴァントと令呪の関係は絶対だ。そうでなければこの戦い自体成り立つはずがないのだから……だがそれでも、数時間前に見せつけられた戦いと、この英霊のもつ底知れない不気味さが500年の時間を生きる老人に引っかかりを作っていた。

 なにせこの英霊は、臓硯が時間をかけて調べたにも関わらず出自すら完全に不明なのだ。聖杯戦争に深く精通しているが為に発生する違和感。そんな英霊を、保証もなく低く見ることなど出来るはずが無い。

 

「まあ良いわ。お主が間桐に聖杯をもたらすというのならそれに越したことはない。さすれば儂の願いも叶う以上、桜も、そして雁夜も用済みよ。光差す世界にでもどこにでも勝手に行くが良い」

 

「ああ、そうなるように務めるつもりだ。だからそれまでは大人しくしていることだ」

 

 これ以上話すことなどない。アーチャーは無言で臓硯の横を通り抜け

 

「貴様、雁夜に全く情報を与えなかったのは」

 

「決まっているだろう? 情報を共有するのは私と雁夜2人で良い。ここの連携を損ないたくないのなら……そうだな、彼につけている監視用の蟲だけでも外しておくというのはどうだろうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一度戦うだけで爺にまで牽制を掛けることを狙うエミヤさんほんとエミヤ。
ちょっと違う兄貴にも挑戦してみようかと。あの人多分戦術眼も悪くないと思うので。
前書きは……手遅れですが上手く落としどころを探します。

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