Fate/Heterodox Tale   作:今日は晴れ

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「少女とヒーロー」
extra 01 「完全な人形と壊れた人間」


 00

  

 蛭田 風香を形容する言葉を聞けば、その人物が風香とどれだけ接しているかを判断できる。

 

 彼女を表す言葉が、“とても良い子だ” “男勝りだ” “勝気な女の子だ” “誰にも分け隔てなく接する子だ” 

 そう言う者は、彼女と付き合いが短い人間。大概彼女を嫌う人間はいない、変な嫉妬心とか持っている人間でなければ。

 

 “強運の持ち主だ” “幸運の星の元に生まれた人間だ”

 その形容するのは、そこそこの付き合いがある人物。お互いのことがわかってきた頃だから、なんてことは無いように言うだろう。

 

 

 ここまでならば、多様な形容の仕方がある。しかし、ある時期やいくつかの事件を見て、誰でも気がつく。そのあと、彼女を形容する言葉は一つで足りる。

 

 

 “異常だ”

 おぞましい物を、口にするのも憚れる物をいうように言ったならば、一年以上接してきた人間となる。

 

 それは、到達点だった。彼女を知っている人間ほど理解する。

 

 彼女の異常性を、彼女の“狂運“を

 

 01

 

 あー、なんでこんなことになっちゃったかなぁ

 

 自らの現状を他人事のように、それどころか上僧の説法を聞いたあとのように感慨深く思いながら、風香は自らの手足にはめられた枷にこっそりと指を伸ばし、またその枷を地面に置いてその形状を確認するが鍵穴の類は見つからない。眼隠をされていなければ、このような手間を踏むこともないのだが、身体機能が制限されている現状としてはそんな自由すらない。

 前に見たスパイとかアメリカの元州知事が大暴れする系の映画だったら鍵穴にヘアピンでも突っ込んで開錠するものと相場が決まっている。しかし、残念ながら彼女は元々何かしらの装飾品をつけるのが苦手としているためにヘアピンはしていない。それに、仮にしていても鍵穴の類が見つからなければ意味がない、また細かい作業が嫌いな彼女にとってヘアピンを差し込めるのは至難の業だ。

 

 ためしに日頃、剣道で鍛えている両腕に力を込めてみるが、うんともすんともいわない。そもそも、弛緩薬の類を盛られている体であるから、力が入らないのは当然なのだが、さらにこの場合、いくら鍛えているからといって女子中学生に壊される枷では意味がない、と一人心地に呟く。轡を噛まされているため声にはならなかったが。

 そもそも、これは肌の感触から金属であることは間違いない。しかし、彼女が知る刑事ドラマなどで見る手錠の類とは違うことは察しがついていた。

 だから、といって風香は諦めることはしない。何が何でも生きてやる、老衰で死ぬ。それが彼女の信念であり、目標である。

 

 現在、風香は誘拐されている。

 

 正確に記すならば、誘拐され、車でどこかに運ばれている最中だ。

 

 押し込められているワゴン車の後部座席には誰もいない。幼少のころ、ひどく何事にも怯えて、気配を察することにたけてしまった彼女だからこそそれは自信を持って断言できる。

 

 今から二時間前、安物のスーツを着てサングラスをかけ、肌の白さと真っ白な髪から外国人と思われる三人組の男たちに風香は拉致された。

 現在、三人の内一人は別行動をとっているらしく、車内の中には助手席に座る男と運転席に座る男二人の気配しか感じられない。

 ずいぶんと人を拉致しておきながら不用心であるものの、それも仕方がない。これ以上用心すれば、過剰というべきものだろう。手足の枷はひどく頑丈だし、仮に検問があって大声を上げようとしても猿轡がそれを阻害する。

 

 それに、最初襲われた時、背後から何かの薬品を沁み込ませた布で口を押さえられ、気化した薬品を吸った途端、全身に力が抜けてしまった。意識はあるが、相変わらず四肢に力が入らない。

 

 さらに、その場で枷と轡をはめられてロズウェルの宇宙人よろしく、そのまま車に放り込まれる。

幾分回復したが、依然として枷から抜け出せずにいる。

 

 たまに聞こえてくるカーナビによる道路交通情報でどこに向かっているのか、拉致されたのは新宿の路地裏だったが、車は立川方面に向かっている。

 

 やっぱり、春休みだからってはめをはずしたのがまずかったかな……

 

 手錠の形状を一通り確認し、手錠の解除方法を思案していたが、思いつかない。だから生き抜きに、風香は懺悔する。そして、現状の原因を反省した。

 今日は第二木曜日、女性デーでも一日でもなかったが、今日から春休み、学校の終業式が終わって速攻で新宿のマイナー映画しか放映していない、馴染みの映画館を訪れていた。

 

 映画が終わって本当ならそのままナイトショーも見たかったものの、風香は中学生。ナイトショーは保護者が同伴していないといけない。馴染みということも、いや馴染みだからこそ、映画館から追い出され、ぼんやりと新宿から重い足取りで帰宅の途につこうとしていた最中に拉致された。

 

 背後から鮮やかな手並みで口に何らかの薬品を含んだ布を当てられ、意識が飛びかけ、筋肉が弛緩した次の一瞬、枷と眼隠しをすると停車させていた車のなかに押し込められた。さらった連中は人をその手並みになれが感じられ、拉致するのが初めてではない。そう風香は分析する。

 

 しかも、事前準備もしっかりとしていた。風香が新宿の映画館から拉致された路地裏はいつも通るが帰り道で、人が少ないのはその一か所だけ。しかしすぐに逃げられるようになっている場所だ。だけど、可能性的には一番成功率が高く、今日は大通りから路地裏を隠すようにバンが停められていた。そのバンに気を取られた一瞬の隙に背後から襲われた。どう考えても最初から風香に目をつけ、計画的に襲撃している。突発的なものじゃない。

 

 だけど、この賊は一つだけ、しかし、決定的な間違いを犯していることを風香は知っていた。なぜなら、自分を、蛭田風香をさらっても意味のないということだ。

 

 彼らの目的はなんなのか、何のために自分を誘拐したのか。そんなことは決まっている。身代金目的だ。風香の通う学校がそれを肯定している。

 彼女の通う私立正明女学園は、俗に言うお嬢様学校で、金持ちとか家柄の立派な家の令嬢たちが通う学校。つまり、一般人では無理な要求でも通る。しかも金ならよほど無茶な金額を要求しない限りすぐにでも用意できるレベルの金持ちが多い。

 

 だけど、自分と彼女たちとは決定的な差がある。それが誘拐につながっている。

 そもそも、生徒数が300人とはいえ、なぜ風香が狙われたのか?

 風香と同級生の違いは何か?

 

 簡単な答えだ。あの学校に通う生徒で明確な隙があるのは自分くらい。大概の同級生は送迎がある。しかし、彼女は迎えなんてない、だから隙がある。しかも、電車通学だし、人通りの多い道を選んでいるとはいえ、しょっちゅう新宿のマイナー映画を放映している映画館に通うから、その気になれば衝動的な人間の犯行でも運が良ければだれにも目撃されずに誘拐できる。

 

 しかし、意味がない。改めて、もう一度記す。風香をさらうことに意味などないのだ。

 

 風香は母方の家―神賀家に去年の11月から住んでいる。

 現在彼女は複雑な家庭環境のなかにいた。

 

 元々、母の実家である神賀家は多くの土地を管理している財力があった名家だった。しかし、それは明治までの話。

 

 明治以降、神賀家は急激な時代の変化に対応できず、時の経つにつれ、没落していく。なんでもそれまでは怪しい事業で生計を立てていたらしいが、それが次第にうまくいかなくなって没落していった、因果応報だと母が愚痴っていたことを風香は覚えている。

 そのため、裏稼業を廃業してから、神賀の家はかなりの地主ではあったものの、資金繰りに困ると先祖代々の土地を売り払っていった。借金を背負いこむことは無かったが、それでも財産は一代ことに目減りしていく。結局、戦中に完全に没落し、先祖代々の資産も、無駄に広い武家屋敷を残したのみだった。幼いころから母があんな古臭い家、売り払ってしまえばいいと言ってきかされたため、不思議なもので、邪魔と思ってしまう。いや、実際に無駄に広い、使っていない部屋など無駄というものかもしれない。

 

 その広い家で風香と祖父の二人暮らしをしている。

 去年の10月、交通事故で風香の両親が二人とも亡くなったためである。

 血縁である祖父に引き取られたのだが、生前母と祖父は不仲であった。いや、神賀家の昔から住む近所の住民から聞いた話では、犬猿の仲だったらしい。去年、両親が運ばれた病院の待合室で祖父と会うまで、一度も、それどころか、祖父のことは聞かされていたが、故人、と暗に語っていたような母の口調だったため、この世にいないものとばかり思っていた。

 

 そもそも、両親は結婚を反対されていた駆け落ちだったため、風香と祖父は会えないこともあるのだが。

 

 だが、勘当当然の子のその子供とはいえ、自分の孫。その孫を引き取るぐらいの血肉の情というものも祖父にはあったらしい。いや、世間体が悪いから引き取ったのかもしれない。どちらでもいいが、風香は祖父の元で生活することになった。

 

 しかし、祖父というよりも会ったこともない老人、赤の他人と生活しているのに大差がない。しかも、祖父は大層な頑固モノで癇癪持ちの二癖も三癖もある人だということを思い知る。

まず最初に風香が祖父を激怒させたのは、転校先の学校だった。

 

 お嬢様学校である正明女学園に通うことになったのも祖父の一存であり、無論、最初は今まで住んでいた地域から引っ越すこともあって転校することは覚悟していたが、それがお嬢様学校と知って当初は転校することに難色を風香が示すと祖父はひどく怒り狂った。

 

 なんでも神賀家の女は昔から正明女学園に通うのが通例らしく、母もそこの卒業生らしい。だけど、根っからのお嬢様であった母が通えても到底風香には馴染める自信がなかった。それにお嬢様学校ということは知っていたから学費も相当だろうと、祖父の生活に重くのしかかってしまうのではないか、という彼女なりの配慮だったが、それを弁解する暇もなかった。それから風香は祖父が苦手になった。祖父とは学校のことで最初にもめてからずっと気まずい状態が続いている。

 

 

 そもそも彼女、蛭田 風香はどこにでもいる一般人で平凡な少女で……一つだけ変わったことがあるが、それは彼女個人ではどうしようもないことだし、そればかりはどうしようもない個性だと彼女自身も認めている。だが、その個性もお嬢様学校ではなにも効果がないことを知っている。

 

 つまり、お嬢様学校に自分が入学してもひどく浮く、と懸念が、いや確信があった。

 

 実際、その確信はやはり確信であり現実となる。学校では変な時期に転入したこともあって、初めから馴染めずにそのまま今も浮いている状態だ。

 

 別に勉強のことで落第生とかそういうわけではない。

 確かに最初の一カ月は、正明女学園は中高一貫校で高校受験の心配がなかったがハイレベルな授業内容で勉強についていけなかった。しかし、元来の努力家と勉強のコツが分かっている子供だったから三学期が始まる頃には中の上ほどの成績を収められるようになっていったし、運動は好きだったから一番の得意科目ではある。が、風香は休み時間一人で過ごしていることが多い。いや、一人だ。

 

 それは女学園が小説や漫画みたいな世界だったからだろうか。

 風香はベタだとは思っていたが、お嬢様だらけの世界に庶民が転入する展開の漫画とかは多いが、実際そんなことになってもお嬢様だろうがなんだろうが別な惑星の生物じゃない、相手も人だから仲良くできる、と実際に人ごとだったからそんな風に思っていたものの、真実だった。

 

 学校では友達と呼べるものどころか、声を掛けてくれる人もいない。孤独。それが現在の蛭田風香の現状。

 別に理由なんてない。こういうものは明確な理由なんて存在しない。

 強いて理由を上げるなら、水が合わないだけ。

 

 

 漫画とか小説と異なるのは、こういう場合、転校してきた庶民の子はいじめを受けるものなんだろう。確かに、孤独で孤立しているが、かといって画びょうを靴の中に入れられたり、かげ口を叩かれるなどのいじめもない。こちらから声をかければ応じてくれるし、挨拶をすればあいさつを返してくれるが、それだけ。いってしまえば双方の距離感が分からない。最初は風香も自ら積極的に学友とコミュニケーションを図ろうとしたが、あちらもどう答えていいものか困っている節を感じてからはあまり声をかけることはなくなった。

 

 漫画の週刊誌だったら地味すぎて二月で打ち切り、そう思ってしまう状況が彼女だった。

 

 はっきりいって、風香には家にも学校でも居場所がない。だから、定期でわざわざ新宿駅を通るようにして、両親の遺産の一部を小づかいとして月々もらっているからそれを浪費し、よく両親と見に来ていた新宿の映画館でマイナー映画を見て極力家にいる時間を減らすのが彼女なりの処世術というものだった。

 

 閑話休題、つまり、神賀家にどれほどの身代金を要求されるかわからないが、それ相応に要求されても、それを払うだけの財力は無い。

 いや、風香は前に見た刑事ドラマでは銀行が貸してくれることは知っていたが、普通の家と大差がない。違う、神賀家は普通の家だ。ただし家が無駄に大きいというだけの。

 

 でも、意味がないのに、大金を要求されても意味がないのに、ご苦労なことだ。一番誘拐しやすい、自分を選び、わざわざ下調べをして計画を立ててから誘拐を……

 

 

 そこで風香の思考の中で何かが引っ掛かった。何かがすっきりしない。もう一度考える。目撃者はいないように誘拐されたが、その誘拐は突発的なものではなく、計画的に、多くの下準備が行われていることに。

 

 つまり、蛭田風香という人間の行動を調べてから誘拐した。

 だったら、それだけの準備をしているならば彼女の家についても下調べがされているだろう。そして、気がつくはず、身代金目的だったら、その目的である身代金を、今、彼女が住んでいる神賀家にそれを払えるほどの財力などないことを。

 

 むしろ、武家屋敷に住んでいて、お嬢様学校に通う以外はすべて変わらない。風香は先ほどの違和感に気がついた。

 

 下調べをしているならば、彼女の家の財力に気がつく。それが普通の家と大差ないことを知るはず。素人考えだが、それだったら一般人を誘拐する方が……

 

 そこまで考えた時、車が停車した。

 

 02

 

 眼隠しを取ることがなく、状況がどうなっているのか分からない。しかし、車の扉をあける音と、誰かが自分の左腕を掴む感触。そして、浮遊感。まだ薬が効いているのか、一片たりとも力が入らない、が触感は奪われても鈍ってもいない。だから、腕をつかまれたまま、引きずられる感覚はひどく痛みを訴える。

 

 車から降ろされる、というよりは車から落とされた。もちろん停車していたが、腕が固定されたままだったから、地面に落とされた体重の負荷が握られた左腕の肩に襲い掛かる。もしも風香の意識を薬によって奪われていなかったらその場で泣き叫ぶほどの痛みが彼女を襲うものの、意識を奪われていた彼女は軽く呻き声をあげる以外どうしようもなかった。乱暴に彼女を下した人物はそのまま風香を俵に担ぎ、運んでいく。

 

 途中、右靴が脱げてしまったが、担いでいる者は気が付かなかったようでそのまま、運ばれる。彼女はなすがままの状態であった。

 ごつごつとした引き締まった肩筋が腹部に当たる感触で彼女を担いでいるのが男だと分かる以外風香にはどうしようもなかった。

 

 運ばれているうち、風香の耳になにかが届く。

 

 最初は枯葉が風に舞って地面にこすれながら移動する音かと推測する。

 が、それにしてはあまりにも自己主張が激しすぎる、つまり音が大きすぎる。枯葉がこすれた音ではない。彼女を担ぐ男は恐れずにその耳障りな元凶に近づいて行く。その時に枯葉の音とは違うと確信を持って理解できた。これは、いや、風香は実際に聞いたことは無いが、映画などでよく耳にする電線のケーブルがショートしている音に近い、時々、雷鳴のようにも聞こえる耳障りな音だ。

 

 それに加え、最初は風香の頬を風がなでていたが、一歩、男が立ち止まり、そして、その場所に足を踏み越えた途端、凶悪な風が彼女をなぶった。その場には、強風が吹き荒れていた。それと、今まで平坦な道を移動していたのだろうが、体にかかる衝撃が変化した。

 階段を下るように、いや、どこかに降りていく衝撃であり、その衝撃とともに異様な臭いも鼻を突く。鉄のような、それで生臭いような異様なにおい。しかし、どこかで嗅いだ事があるような、身近な香りではなく、かつて一度だけ何処かで嗅いだ事があるというだけ。どこでそのにおいを嗅いだか、頭の中の記憶を必死に検索したいた時、唐突に、彼女を担いでいた男が立ち止まる。

 

 相変わらず、耳障りな音と暴風は相変わらずだったが、男が立ち止まり数秒ほどすると、不気味なほど、その音と風が断ち切られた。音の源は自然に発生したものではないことを気がついてはいたが、風も唐突に止んだ風が人の手によって作り出されたということになる。

 突然に衝撃が彼女の肉体に響き渡っていく。遅れて、先ほど乱暴に下車させられたために痛めた左肩が更なる痛みと熱を発する。

 

 彼女を運んでいた人物はよほどの不作法ものなのか、それとも愚人か、乱雑に、おろすと表現されるよりも放り出す、といった表現が適している。

 

 しかし、その無作法によって思わぬ恩恵が得られた。

 

 風香の目を覆っていた眼枷が外れて周りの状況を確認することができた。風香の目に映った場所は異様な光景だった。

 

 風香が寝ていた場所は広い空間だった。真四角に知り取られたような形をしている。その正方形の一辺が10メートルはあろうかという広い空間。そして天井までの高さも部屋の大きさに比例するように高く、いま風香は床から見上げるように薄暗さもあり、実際よりもそれ以上に感じられる。

 

 だが、そんなことは取るに足りぬことと言わんばかりに特記すべきことがあった。この部屋の中は吐き気のする先ほど嗅いだ臭気が充満し、よく見ると、壁の至る所にブロック状の穴があいているが、その一つ一つから臭いが漂ってくる。これを俗に瘴気というんだろう、そう一人心地に風香は他人のことのように納得する。

 

 そして、部屋の床一面、藻が発生した海のように、毒々しくい緑色に発光してた。

 

 しばらく虚ろな瞳はあたり一面の緑色の光を見ていたが、その時、部屋の中央にしゃがみこみ、なにかを地面に描いている人間を捕らえる。

 

 自信を運んだ下手人かと、そのしゃがみこんで何かを描いている人間を睨みつけるように見つめたとき、思わず風香は口の中にたまった唾を飲み込む。

 

 

 女がいた。

 

 白い、真っ白な、純白と呼べる、白以外の何物の色でもない、白い着物を着ている女がいた。

 

 年は分からない、もしかすると30、いや40過ぎにも見える。だが若い、ロジカルな思考で考えれば明らかに矛盾しているが、違和感を違和感と感じない。女は若いのだ。そうであると事実でしかなく、万人が万人、彼女を見て若いと思うだろう。

 

 そして、風香は一目見て、彼女から目を離せなくなる。同性ながら女の美しさに魅了されてしまった。

 

 女を一言で表すならば、ひどく、美しい女だった。いや、美しさしか特徴がない。

 

 髪は灰色であり、腰まである。灰色という普段であればありえない髪色だが、風香はなにも感じない。むしろ、彼女の髪がその色以外であれば首をかしげてしまうほど、デザインされたようにその髪は彼女に合致している。

 袖から伸びて地面になにかを描いているその手は華奢だ。もしも風香が彼女の腕を握っただけで飴細工のように折れてしまうのではないか、と危惧するほど、脆い印象を与えるが、それが彼女の女性としての持つべき雰囲気を更に増加させ、手を動かすだけだというのにその仕草すべてが艶めかしく、ひどく淫蘼であり、手には何も持っていないのに、淡い光を放つ地面で何かを描いている。

 

 生憎ながら顔をすべて覗うことはできない。腰まである髪が俯いていることもあって彼女の顔、上半分に被さり、僅かに口元が見える程度だった。

 

 しかし、その僅かに覗く口元もまた美と艶の塊である。

 

 肌は白く、特に唇は血のように、ルビーのように燃えるような赤、いや、肌の白さがより一層唇の赤を引き立たせている。その口元を見た時、思わず風香は呼吸をすることすら忘れてしまった。口元だけだというのに、彼女を見た途端、ぞくぞくと寒気にも似た衝撃が彼女の背骨を駆け廻り脳髄に浸透する。この部屋に充満する瘴気も、左肩の痛みなどもさほど気にならない。その圧倒的な、豊潤な色気に取りつかれたように口元だけを見ている。

 

 すべてが蠱惑的な、肉体が、いや存在そのものが魅了させるパーツで構成されているかのように、まるで自分を愛せ、と強制しているかのごとく目を離すことができない。

 

 所作の一つ一つが美しく、彼女を見つけ見惚れていた時間が風香にとっては永遠とも体感できていたが、実際数秒程度であり、やおら女は立ちあがる。

 

 カタリカタリと履物を鳴らしながら移動する音が空間に響き渡る。

 

 止まった位置は、風香からして対極の位置にある場所、今まで描いていた何かを踏まないように、光輝いていない場所に立つ。

 

 顔を上げることは無く、女性は俯いたまま、ゆっくりと左腕を伸ばし、胸の高さまで持ち上げる。

 

 女の形の良い、ふっくらとした唇が動きだす。

 

 その時、空間を照らしていた不気味な緑光が今までとは比べ物にならないほど輝きだし、見える限りにおいて密閉されている空間であったはずの部屋の中に風が吹き、風香の髪を揺らす。

 

 03

 

 「素に銀と鉄。祖に石と契約の大公。降り立つ風には壁を、四方の門は閉じ王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 詩を、歌を口ずさむように唇は言葉を繋いでいく。

 

 「閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ満たされる刻を破却する」

 

 最も神聖な儀式のように、まるで神代の巫女が神を招き入れるように、女は祈るように、自らを捧げるかのように、言う

 

 「――告げる」

 

 空気が変わった。

 

 それまでの風がぴたりと止む。が、それはほんの一瞬僅かな一跨ぎ、また風が吹くがその風が、本質が入れ替わっている。まるで拒絶するかのような、不吉な風が流れた。

 

 「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。」

 

 その一小節を口ずさむと、部屋が荒れた。荒らされた。

 

 それまで穏やかであった、微風であった風が凶悪な、龍神が起こす暴風のように部屋を蹂躙し、神の怒りに触れたがごとく、部屋の光は出鱈目に、緩急つけて凶悪なものになる。

 

 「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 もはや、何が起こっているのか、風香には理解できない。ただ、異常が起こっている。それは理解できた。

 

 風にまぎれ、何かが彼女の頬に当たった。

 

 「誓いを此処に、我は常世全ての善となる者、我は常世全ての悪を敷く者――」

 

 より一層風が強まり、部屋の中央、光り輝く地面を中心にとぐろを巻いて行く。

 

 だが、女は構わず言葉をつづけていく。

 

 「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者、我はその鎖を手繰る者――」

 

 その時、光が更に増す。目も開けていられないほど、というわけではないが、眼を開いているとだんだんと神経が焼けてしまうのではないか、と危惧するほどの強烈な物に変異していく。

 

 「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の、」

 

 だが、その言葉を最後まで言うことは叶わなかった。

 

 唐突に風が止み、光が元々の淡く空間を照らしていた光量に戻る。

 

 女は倒れた。全てを言い終わらず、ありふれた表現で申し訳ないが、糸が切れたマリネットのように、その場に崩れ去った。

 

 その際、風香は女の顔を見た。

 

 形の良い唇の端から黒い血を流し、よく見れば頭皮からも血を流しているのか、髪の根元を黒く染め上げた女の顔を。

 

 女の真紅に、唇に劣らず真っ赤に燃えるような赤い瞳を見た。その際、風香は納得できた。なぜこの女がこんなに美しいのかを

 

 ――ああ、そっか

 

 女が倒れ、そこを中心に純白の着物と地面を真っ黒に染められていくがそんなことは気にならない。一人の人間が死んだというのに、いくら薬で体の意思を奪われているかといっても、風香は悲鳴どころか動揺もしなかった。

 

 ――この人は、人形なんだ。

 

 女の顔を一瞬とはいえ見てしまったから理解できた。この女は、いや、倒れ黒い循環液を出している物は、人に似せて形を作られた、美しさを求めて作られた人形だということに、気がついた。

 人には死の瞬間にはなんかの表情がある。だが、女の顔には何の表情もない。いや感情と呼ぶべき色が一切ない。諦観も苦痛も何の色もない。無色、それだけだった。

 

 だからこそ、何の色にも染まっていないからこそ機能を停止して本物の人形(ひとがた)になっても女は美しい。

 完全な、人には持てない完全な美を持っているからこそ、魅了された、ということに理解した。

 

 構成する物が古い、構成している物質が錆びれ、年を重ねていると勘違いしたのだろう。例えるならば、女はセピア調の色あせた写真に映る美しい人形、というべきか。

 その枠が、彼女が年を重ねているのではなく、女を作るものが古かった。だから女は若く、そして年老いていた。

 

 人に持たざる、人であってはならない人形。

 

 遺体が転がり緑色に地が発光する世界から切り取られた息苦しい空間で、他人事どころか、他宗教の神話を、多神教の神話を読み上げる唯一神を奉ずる宗派の人間のように、自分とは縁もゆかりもない他人事のように状況を見ていた。




 嘘だろ、承太郎!
 いや、嘘じゃねえ、30話までのHDDのデータが吹っ飛んだ。(挨拶)
 遅れましてすみませんでした。本当ならもっと早く投稿するはずでしたが、上記のようにある事情によって4年間付き合ってきたPCがお亡くなりになるという惨事がありまして、おニューのPCからの初投稿です。
 まさか、二か月分の生活費が吹っ飛ぶとは思いませんでした。4年前に買ったPC、田舎の電気店で購入したのですが、破格の安さだったとは、そして、都会の電気店でPCってこんなに高級品だと気が付かされました。
 上京祝いにお店の店主さんがまけにまけてくれたんだ、と気付かされました。
 
 さて、今回のお話ですが、外伝です。久連君にはまったく関係がなくはないですが、基本的には関係ないお話で、章が終わるごとに他陣営やその他の勢力などを書いていくつもりです。

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