01
風香に召喚させる、その言葉を聞き、幾分憔悴していた源蔵はかっと目を見開き、無刀を睨みつけた。
「ば、馬鹿が、馬鹿者が! 孫は魔術師ではない、そんな者が召喚をすればどんな結果にな」
「ええ、お孫さんの体もずたずたに、ホムンクルスのように裂かれるでしょうね」
源蔵の言葉の先を、さぞ愉快そうに、無刀は述べた。
風香にとって魔術師、召喚、それらの理解はできるがその言葉がどのような意味を持っているのか分かっていない。しかし、それでも先ほどの女性が思い出される。
突如として吐血し地に伏せた、無刀がホムンクルスと呼んでいる女を
「略式ながら調べさせていただきましたけど、お孫さん、回路自体はある、いいえ、本数もサブも相当数あるみたいです。突然変異ってやつですか?」
唯一その声には、はっきりとしたいら立ちが見て取れた。それまでの声色とは違い、心の底から忌々しく言い放った。
「皮肉な物ですねえ、源蔵さんも神賀を復興させるためにかなりの無茶をなさったと伺っております。ですが才がそれにともなわなかったとも、ね……」
無刀は天を仰ぐかのように顔を上に向ける。その顔には笑みがなく、遠くを見つめている。まるで自分の遠い過去を懐かしむように。
先ほどの口調とは少しばかり異なってどこか優しげだったが、その機微に源蔵も風香も気がつかなかった。もしもこの場にその変化に気がつく者がいれば、その口調に僅かばかりの同情が含まれていることに気がつけたかもしれない、初めて無刀が人間らしい変化を見せたということに。
「もしも彼女を魔術師として鍛えればお家復興も夢じゃなかったかもしれないですね」
再び源蔵に振り向きながら、再びその表情は張り付けたようなにこやかな笑みに変わって、風香の元まで歩き出し改めて風香を見下ろす。しゃがみことむと風香の顎を持ちあげ、じっくりと検分かの如く観る。
その顔に風香は源蔵がしたように唾を吐き捨ててやりたかったが、さきほどの一声を浴びせられてから、口元が一切自らの意思で動かず、されるがままであった。だから出来ることといったら目尻を限界までつり上げ、忌々しげに睨むことしかできない。
「いやはや残念です………今はひどく御立腹のご様子ですが………えっと、なんて言いましたか? そうそう、修羅のような形相ですが、顔立ちも悪くない。むしろ優に分類される顔をしてるのにその顔をずたずたに裂いてしまうんですから。仮に命が助かっても、もう二度ともとには戻らないでしょうね。だって、顔の筋肉自体が足りなくなってしまうんですから」
無刀の脳裏には風香の顔が引き裂かれた女のように襤褸雑巾のように裂かれてた飛散極まる惨状が映し出されているのだろう。だが、それでも変わることない笑みを浮かべていた。
その笑みを見る度に源蔵の心に浮かぶのは狂気の二文字。
狂気、使い古され陳腐な凡俗の形容となってしまっているが、その言葉を実際に使うべき人物や時など滅多にない。
起こりうるべきときには至極簡単に起こる現象であるが、普通の生活を送っていればそんなものは発生しない、否、それが起こらないようにあるべきものが人の営みであるのだ。源蔵は、70年という人生で得た一つの教えであるが、この男はその狂気をはっきりと纏っていた。
この男は自分よりも深く、そしてとうの昔に表に戻れなくなっていることは覚っていたが、
「まて、待ってくれ」
それは悲痛な懇願へ、懇願せねばならない。
「本当に知らんのだ、伝書も伝授された物など何一つない……私も不祥とはいえ魔術師の端くれ、かつて再建の一つ、違う、この方法しか知らず、心血を注ぎ調べたがなに一つ知らん! 間桐に教えられた召喚方法が私の知っている全てだ! それはすでに……」
「では、あの召喚に失敗したホムンクルスをどう説明なされるのです? 貴方にご教授いただいたように召喚を行っただけですが、すべて失敗。全身の魔術回路がずたずたに裂け、それがあのような結果になっただけです。16体ものホムンクルスが使い物にならなくなってしまいました。ですからお孫さんに召喚していただきます。失敗してもその方法は源蔵さんの知識、失敗しても私は何も悪くない」
にっこりと笑う。そのことに対して、源蔵は言葉を失った。
「では、風香さん」
もう無刀は源蔵から興味を失っていると言わんばかりに、風香に顔を向けると一言。
「Frisch」
その一言で、再び風香の肉体が動いた。しかし、先ほどと異なるのは自らの意思とは無関係に体が動いていることだった。
02
源蔵は咆え、いや、喚く。しかし、両脇を二人の男に押さえられているために何もできない。だだをこねる子供のように喚き散らすことが精一杯だった。
先ほどまで下半身には一切の力が入らず、立ち上がることができなかったというのに、ただ一言、無刀の一言を聞いただけで自分との胴体から下が切り離されたかのように、一人でに立ちあがった。 そのまま、足を進める。勝手に足が動いた。もしもマリネットに自分の意思があっても、糸がついているままなら、操られている感覚とはこういうものなのか、そんなことを風香は思った。
足を進めれば先ほどホムンクルスと呼ばれた女が立って、そして崩れた場所に風香も立とうとしている。そこが風香の目指す場所であり、死する場所、まるでゴルゴタの丘に処する神の子の心境とはこういうものか、と風香には考えてもわからないことだったが、神の子と人の子の風香には一つ、共通点があった。死ぬ、ということだ。その場所に立てば逃げられない死が待っているということだ。操り人形から神の子の心情になろうとも、なにもできない。
その一歩一歩が風香にとって死への近づきであることを悟っていたが、不思議と恐怖は無い、いいや、恐ろしさというよりも訳が分からずに麻痺してしまったんだろう、他人事のように、風香は自己の現状を分析した。
それと、普段だったら比類できないほど、思考が巡るしく変わる。
だが、風香が女の立っていた場所に立つと、まるで餌を与えられるとわかった檻の中の獣の如く、部屋の中の光が増した。今まで緩やかな光であったのに対して、風香の怯えを楽しむがごとく、より一層心をかき乱すように床に描かれた紋から生じる光が激しい強弱をつけ暴れ狂う。しかし、不思議と風香に恐怖心は湧きあがってこなかった。
その時、一瞬だけだったが、あたりを視覚が奪われるほどの光量の光が襲った。
かつての記憶が、蘇る。そして、その記憶に眉をひそめた。最も思い出したくない記憶だった。なぜあの事を思い出したのか、という自問は一瞬で解答を出す、あの思い出の最後にあるのが、今の緑色の閃光に酷似していたからだ。
「では、風香さん、詠唱をお願いします」
その声で我にかえった。誰の声だったか? そう疑問を抱いたが、すぐにその声が“嫌な記憶”を思い出させる原因になった犯罪者の声だと思いだす。
だが、それよりも驚いた。無刀は最初にいた位置、つまり、こちらを見下ろす後ろにたっているはずなのに、何よりも今までで一番クリアに聞こえる、
しかし、詠唱といっても風香は知らない。もしもあの時女が言っていた言葉なのかもしれないが、一度しか聞いていない長セリフをもう一度言えとは無茶苦茶だ。そう抗議の声を出したかったが、相も変わらず口蓋は開かれない。しかし、その時、
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大祖」
自然と声が出た。しかも、全く記憶にない言葉が、だが、あの死んだ女性は最初にこう言っていたような気がする。その無刀が詠唱と呼んだ文言が自然と口に出たのだ。
まるでこの言葉を最初から、生まれた時に刷り込まされたかのように滑らかに高地から低地に水が流れるように喉から流れていく。その言葉を受け、光は更に暴れ狂う。
「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
その光は過去にこの部屋で生まれることがなかった光。莫大な魔力の奔流による物であったが、風香にはその知識がない。もしも魔術に関して知識を持っていれば恐怖によって動かなくなっていた。この光は尋常ではなく、失敗と呼べる、床に描かれた陣ではその力をうけきれなくなっていた。言わば両手を縛られて暴れ馬に乗っているも等しい状態だった。
いや、魔術の知識があろうともなかろうとも、全ての人間が、命を持つすべての生物はこの光の奔流を、凶悪な爪と一度噛みつけば強靭な顎がすべてをくらいつくす、そんな邪悪で凶悪な獣が襲いかかってくる、まさに己の命を刈り取らんとするものに見え、生命の根源としての、警鐘が逃げろ、逃走せよ、と告げる。現に、無刀は笑みを浮かべながらも、その額に一筋の汗が流れた。
だが、風香は涼やかな顔でその光景を凝視していた。
恐ろしいわけではない、恐ろしいという感情が彼女には湧かないのだ。
言葉を紡ぐたびに、風香の意識は落ちていく。頭の中にはただ声が響いた。それはさきほどの無刀の声ではなく、心地よい、女の声が反芻され、響き渡っていく。
思考ができない。記憶が抜け落ちていく。
さきほどと同じように危機感が湧かない、否、感情すらも欠如していた。
「閉じよ、閉じよ、閉じよ、閉じよ、閉じよ。繰り返すつどに五度、ただ満たされる刻を破却する」
さきほどと全く同じだった。記憶と寸分違わない、これだけを言っただけで、否、その一言一言を繋ぐ度に空気が変わっていく。
部屋の様子だけではない、風香の思考が一気に低下した。まずい――直感するが、その危惧感が残っただけで、具体的にどうするべきなのか、一切分からない。
狂人のように老人が喚き散らしている。しかし、風香にはそれが誰だがわからない。
「――Anfang」
ずきり、と脳天に鋭い痛みが走る。
「告げる――」
脳天に走った痛みはまるで亀裂のようであった。そこから全身に一気に痛みが響き渡っていく。
「――告げる。
汝の身は我が下に、我が運命は汝の剣に」
ぎりぎりと走った痛みは破砕するかのように、全身に食い込んでいく。より強く、より激しく、痛覚が風香に異常を伝える。
だが、それでも倒れない、倒れることができない。平時であればあまりの痛みに転げまわっているだろう、いや、許容不可の痛みに気絶している可能性もある。しかし、無理やり立たせられている風香はそのことを許されなかった。
「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うなら応えよ」
――痛い、痛い
体中が、違う、内側からばらばらになっていく。裁ち鋏が蛭田風香という少女の布を引き裂いていく。
一人の人間が消えていく。
まるで、風香という人間の形をしたなにか、さきほど布と表したが、ばらばらにされた薄く柔らかい和紙が広大な海原の中にとかされていく、かのようだった。
此処にいたり、一つの感情が復活する。元に、否、正常に機能した。
恐怖という警鐘だ。
風は相も変わらず風は轟いている。違う、より激しい暴風となっている。光は稲妻のように輝き、その暴力の奔流は誰にも止められない、その光のかまどに薪をくべる風香にすらその光を止めることは不可能であった。その光景を見ても何の感情も浮かなかった。もしかしたら、直接害されたわけではないために正常に機能しなかったのかもしれない。
だが、己が喪失するという事象に、最大の警鐘は生きていた。
「誓いを此処に
我は常世全ての善と成る者、我は常世全ての悪を敷く者」
一言一句が口から洩れる度に、全身が軋むような痛みから、自らを内側から熔けていく、どろどろに、腐り果て、異臭を撒き散らす果実のように溶け始めていく。
風香と呼ばれる形から風香と言われる物たちが霧散していく、手足が地に落ち、それが跡かたもなく灰燼に帰す、そんな光景を幻視するが恐ろしいとは思えない。ただ消えていく感覚は恐怖というべきものだった。
「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし、汝狂乱の檻に囚われし者、我はその鎖を手繰る者」
――■■■■
そんな言葉を思い出す。最早彼女の中に正常な思考などない。だが、そんな言葉を唐突に思いだした。
「汝三大の言霊を纏う七天」
風香は理解した。人らしい感情など一つしかなく、それが偶然蘇ったにすぎなく、いまの自分は非人間というべきものなのに、今までの言葉が、この儀式が何を成そうとしているのか、そんなものは知らないし理解もできない。だが、次の言葉を発すれば、風香はさきほどの言葉を繰り返した。
だから、もう一度いった。風香の中で最も遠い、境遇から遠い言葉を
――だれか、■■■■
「抑止の輪より来た――――」
バキンッ
突如、陣の中心に一本の野太刀が突き刺さる。
その野太刀が突き刺さったとき、風香の全身にかかっていた力が消え、その場に崩れる。まるでマリネットの糸が全て切れたようだった。
部屋の中を覆っていた禍々しいほどの光は消え失せ、風も凪の海原の如く静まった。ただ、先ほどとは違う、部屋の中を薄く照らすばかりの光が漏れているだけだった。
禍々しいまでの光が消え失せた部屋の中央、そこには一人の僧兵が風香を守るように仁王立ちしていた。
外伝 第三話「召喚と消えゆく少女」 終
やぁ、全国5千万人の僕のファンの女の子たち、こんにちは
次回予告を任されたアーチャーです。
いや、僕たちの出番はまだ先だっていうのに暇なので前倒しで登場しました。そうそう聞いてくれ、アキラって最近ドけちに拍車がかかって、キャバクラにいくことも許可してくれないんだ。まったくだから背が伸びないって、イタイ!
アキラ、そうやってすぐ暴力にたよるのは……わかったよ、まじめに予告をするよ。
真面目に予告をやるから、とりあえず鞘で頬をぐりぐり押し付けるのはやめてくれ。
次回「僧兵と呪われし背徳者」
……ところでアキラ、今夜田沼さんと若衆のみんなに合コンを誘われ……あはは、ナンデモナイデス
遅くなって済みませんでした。
現状、私の中で例がないくらい多忙で、なかなか更新できませんでした。
たぶん、次回の投稿はもっとのびてしまうかもしれません。本当に忙しくて、具体的にいえば、コミケに必ず行っていたのですが、今年は夏コミいけません(涙)
…………ちょーいきてえええ!!
でもApocyphaの二巻は何が何でも手に入れます。この日を半年間待ちに待ったんですから、絶対に、手に入れます。今回からアサシン正式参戦らしいのでわくわくとドキドキが止まりません!
それと表紙のフランちゃんかわいい!
あと、今回から次回予告を入れてみました。いかがでしょうか?
ご意見ご感想お待ちしております