Fate/Heterodox Tale   作:今日は晴れ

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extra 06 「少女とヒーロー(後篇)」

 

 01

 

 濃厚な死のにおいが滾っていた。

 

 石室を想像させる石で造られた通路の四方――床、天井、側壁、すべての面に臓物、血、肉、人体を構成するものがこびりつき、死臭を登らせている。通路のいたる場所に凄惨な、濃厚な死のにおいをたぎらせていた。鮮血と硝煙の臭いが満ちたそこは、戦場と形容するよりも凄惨な処刑場、否、屠畜場と表するがふさわしい。

 ただ、一人、傷を一切負わず、カソックを連想させる服とカーキ色のコートを翻し、風香と源蔵を誘拐した男たちの首魁――無刀 元照からアーベルと呼ばれた男は通路を駆けていた。

 唯何もない平坦な道を淡々と走るように、アーベルは駆けている。だが、普通の人間であったなら、例え何かしらの戦闘訓練を受けた者でさえ恐れを抱くであろう通路を。

不思議な通路だった。天井床壁全てが石で構成されており、巨岩をくりぬいたようにつなぎ目が一切なく続いている。通路のどこにも照明の類がないというのに、アーベルの足元を、駆けても問題ないほど、隅々から光沢と呼べる輝きを放っていた。

 この通路の一番の謎は、通路の先が、つまり、終わりがない、ということだ。通路は分岐することなく一本であるのにどこまで走っても、どこにも通じていない。何度も角を曲がったというのに、もうすでに数キロ近くも走っているというのに終わりがないのだ。

 

 通路の曲がる。この時だけ、怪訝そうにアーベルの顔が曇った。そして、一瞬の間に、通路の先から僅かな光に照らされ反射した金属光のきらめきが見えた。それは恐ろしい速度でアーベルに向かってくる。

 

 遅れて、銃弾を放った音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――アーベルを迎撃のために待ち伏せされていた女たちの持つアサルトライフル(これも種類はどれも違っている。AKを持つ者もいればM-16を構える者もいる)から銃弾が放たれた。幅高さ共に二メートルほどしかない通路だというのに兆弾を気にも留めずに何百という弾丸が放つ。故に壁を射ぬいた衝撃は辺りに煙を立たせ、視界を奪う。

 女たちは構えを解くことなく、ただ銃口を向ける。この女たちに意思があれば、こう思っただろう。「やったか?」と――

 されど、その予想は外れた。突如、前衛にならんだ女の一人の頭が破裂、否、粉砕され、脳漿と頭蓋骨の破片、それと血を他の女と壁や床、天井にぶちまけながら倒れ落ちた。

 いまだ晴れぬ白煙の中から、煙をなびかせ、一人の男が躍り出た。その手には、先ほどまで握られていない、コートの内側に隠された無骨なショットガン――モスバーグM590をもち、即座に発砲する。女たちもこれに応戦、握りしめれたアサルトライフルをフルオートで弾を放つ。

 その応酬の中にあってなお、女たちの放った弾丸は、目標物――アーベルに、傷一つ負わせることもできずにアーベルの後方に流れ、逆にアーベルが両腕に握るショットガンの引き金を絞り、銃口から硝煙を上げ弾が撒き散らされる。続けて先台を素早くスライド、薬莢を排出、次弾を装填、引き金をひく。結果として一方的にアーベルが何十何百の弾をぶちまけ、無骨で面白みに欠ける石壁に新たな血と臓物の紋様を描き通路に描いた。

 

 そんなことを三度ほど繰り返した時、6人、三人前後二列、後列は立射、前列は片膝をつく膝撃になってアーベルを待ちかまえていた女たちに、アーベルは引き金を引いた。放たれた弾丸は3人の頭部を撃ち抜き、4人目を狙い放つが、弾は出なかった。

 

 弾詰まりではない、弾がきれたのだ。

 

 だが、一切の動揺なくアーベルはショットガンを目前の女に投げつけた。同じ顔、同じ背丈、一切の衣服を纏わず銃を構える女たちが好機とばかりにアーベルに向け、ライフルの引き金を引く。銃口から放たれた弾丸は投げられたショットガンを粉砕し、内部部品を空中で狩られた雁の腸のようにぶちまける。しかし、アーベルは斜に構え、特に何をするわけでもなく自らに向けられた銃口を観念したかのように眺めた。ぎらぎらとした目は依然として女を捉えたままで。

 おもむろに、アーベルは、カソックのコートの下から、円柱形の、それは左腕に直結している円柱形のそれを抜き放つ。

 一呼吸を置き、すさまじい轟音が通路に響き渡り衝撃が両者を襲う。女たちは何が起こったのか理解すらできなかっただろう。もしも、あと数秒ほど生を得られていたら、アーベルが持っていた物が何であるか理解したのだけれど。最も、仮に理解できたとしても防御などの延命行為が一切の無であることを悟るしかなかったろうが。

 アーベルの左腕に直結された、51mmの弾丸による死と破壊を撒き散らす、回転式重機関銃――M134、本来ならば、個人運用どころか、戦闘ヘリや装甲車に搭載されるのが正規の運用方法である兵器は、あまりの威力故に女たちを肉片すらも残さぬしぶきに変え、それでも狂弾は止まらずアーベルと女たちの中間地点の天井が崩落した。

 

 02

 

 辺りは粉塵にまみれ、視界はほぼ効かなくなる。

本来ならば崩落と共に膨大な質量の瓦礫が落下してくるはずが、いつまでたってもそれは重力には従って落下してくることはなかった。

 アーベルは静かにその粉塵の中にいた。鬱陶しそうに服についた埃を右手で掃い、左ひじから先に直結されたM134が落ち、辺りに部品を散らばらせる。

 その衝撃は、辺りの白煙を払った。

 最初にアーベルが見たのは自身の足元、正確に記すならば、M134が落下した地面だった。

 しかしそれもつかの間、巨獣のごとき重機関銃の落下の衝撃は本来の光景を見せ、再び、白濁した空気が流れ込み、やがてゆっくりと煙は沈澱してく。

 どれほど時間が経過しただろうか。

 粉塵が晴れ、視界に映る光景は、その場所は石室の通路ではなかった。

 

 アーベルがいる場所は、畳が一面に広がっている日本家屋の一室であった。

 

 広さはどれほどなのか、照明の類がなく闇が深く見当もつかない。ただ見渡せるだけでも部屋は巨大で荘厳な絵の描かれた襖で区切られ、欄間には見事な彫刻が施されている。この家屋がまだ人が住んでいた時は荘厳な、簡素ながらも贅を掛けた一室であったことが偲ばれる屋敷の部屋であった。

 

 だが、人がいたのはずいぶんと昔のことであろう。畳は腐りはて、部屋の中にて、至る所が壊れて、朽ち果てている。

 天井には大穴があいていた。こちらはまだ真新しいようで、細かい破片が落下し続けている。否、さきほど穴が開いたばかりのようで、まだ粉塵を立て、その瓦礫がアーベルの目の前に積り、天井からは上弦の月と星星の光が差し込めていた。それだけがアーベルの見渡すことのできる世界となっていた。

 

 そんな明かりが差し込める部屋の中、アーベルはじっと、正面を見つめていた。闇に、ただ眼をやって。

 目を更に細く、鋭くとがらせるように凝らす。

 

 アーベルの視線の先、よく目をやれば、そこに何かが伏せている。

 と、それが、闇の中に潜むそれはやおら起き上がった。

 一体ではない、二体、三体とそれは次々に起き上がっていく。

 闇の中で蠢いて、数を増やしていく。

 

 一体――最初に目を覚ましたそれが、アーベルに向かって近づいてくる。闇の中、アーベルのいる方に向かって、何かが畳みに突き刺しながら近づいてくる音が響く。

 

 不意にそれは姿を現した。正確に記すならば、天井に空いた大穴から月明かりが照らすスポットライトの中に躍り出た、といった表現が正しいだろうか? それは姿を露わにした。

 

 

 

 異形。

 

 それを表しうる言葉はこれで足りるものだった。

 

 顔は一応、人間のモノだった。人と認識できるものだった。しかし、さきほど見た、武器を構えた女たちのような寒気のするような造形美に満ちた目肌はしていない、むしろ真逆、吐き気を催す造形だろう。

 

 鼻は、左側だとすっと伸びた鼻である、しかし右鼻は全く違うひしゃげた鼻。

 目は、左目だと鳶色の瞳を持った一重だというのに、右目は碧眼の奥二重。

 肌も所々褐色のモノも、深くしわが刻まれた箇所も、白色の部分も、すべてがあべこべに、まったく違うピースを無理やり枠に押し込めたような顔。特に顎の大きさがまったく合っておらず、中央で縫い合わせた顎が動く度にがくりがくりと顎がどんどんとずれていき、力なく舌を垂らしている。

 

 老若男女様々な顔を張り合わせたかのような顔。視る者すべてに忌避感を抱かせる顔。

 

 だが、肉体はもっと醜悪であった。

 

 身長自体は170センチ程度と平均的な大きさだが、両腕は何かの冗談かのように肥大し、大樹を思わせるように太く長く、あまりの自重故に持ちあげることができずに畳についてしまっている。その指は畳に突き刺さり、足には力をだらりと下げ、腕力で這って移動していた。

 

 そんな異形が不意に止まる。

 

 部屋全体にいる者たちの奇妙な行進も止まった。

 

 一同はじっと、アーベルを見ていた。

 

 アーベルは視線をずらし、部屋の中にいる者たちを見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 百足のように体が長い者

 目が大きく裂けている者

 何百本もの腕を持つ者

 何百本もの足を持つ者

 頭を4つ持つ者

 

 

 様々な異形が部屋の中にいた。だが、この異形たちには一つの共通点があった。それは人の部位が多く使われており、顔や部位はつぎはぎだらけでまったく合っていない者ばかりだということと、一様にアーベルを見ている点だ。

 

 いつ襲いかかってきても不思議でないというのにアーベルはただじっとそれらを眺めている。構えを作ることもなく、無造作に立ちつくしている。

 

 両者は動かず見続けている。

 

 襲いかかってくる気配がない。しかし、不意にアーベルは一切の構えはせずとも、四方に目をやった。きょろりきょろりとせわしなく視線を部屋中にやり、何かを探すかのように、一点に集中することはない。

 

 そんな時、音が聞こえた。

 

 手を合わせ叩く音――拍手が聞こえてきた。

 

 アーベルが顔を挙げる。天井に穿かれた穴の上から、拍手をしながら見下ろす男が一人、栗色のスーツの上に、灰色のコートを着込んだ左目に眼帯を巻く男、無刀元照だった。

 

 「やれやれ……とっておきの位階結界だったのですけれど、さすがはアーベルだ、そんな力技で解除するとは、世の魔術師が見たら泣きだしてしまいそうな光景でしたよ」

 

 拍手をやめると大げさに両手を挙げ、降参だ、と言わんばかりにポーズをとる。

 

 もぞり、とアーベルが口元を動かすがそれは声にはならない。しかし、その口が何と動いたのか、どんな言葉を発したのかは理解できい。だが、その言葉の意味する効果は覿面であった。

 

 アーベルは屈む、膝を折り曲げ、重心を下に移す。

 

 全身をばねのように伸ばし、

 

 ――飛翔した。

 

 

 03

 

 

 天井の穴から飛び出したアーベルはカーキ色のコートの翻し、音もなく屋根瓦の上に着地する。

 

 それを見ていた無刀であるが、驚いた様子はなく、逆にさも当然かのように涼しい笑みを浮かべていた。無刀の後方には、安物のスーツを着こなし、腰には西洋剣が収められた鞘をもつ従者が控えていた。

 

 「相変わらず貴方は変わりませんね、アーベル、アーベル・フォン・アーレント」

 

 それに返答はない。ただ、ギラギラと、射殺さんばかりにアーベルは無刀を見る。幽鬼のような表情で、ただ無刀を見ていた。

 

 「ああ、“彼ら”ですか? あれはね……失敗作ですよ、いえ、成功作のみを傑作と呼んだ方がいいのかもしれませんから通常の結果と呼ぶべきかもしれませんが、ともかく失敗作ですね」

 

 にこにこと笑みを浮かべたまま、眼下の異形たちを無刀はそういった。

 

 「私たちって色々と顔が広いじゃないですか? ですから狙ってくる連中もウジのように湧いちゃって、ね? 彼らを撃退するのは簡単なんですけど、今度はその連中のやれ魔術刻印やら魔術礼装なんぞやらを狙ってくる輩が出てきてしまいましてね?」

 

 まるで自慢の庭の中の花々を客人に紹介するように、そしてその最中に虫が花にたかり、花びらを咀嚼していた虫を殺して説明の邪魔をされたといわんばかりに、大げさにため息をつきながら説明を続ける。

 

 「死体の処理も楽じゃないし、無料ってわけでもないんですよね」

 

 やれやれこれは困った、と盛大にため息をつかんばかりにいう。

 

 「ですから、死体同士をくっつけて有効活用することにしたんですよ。いやーすごいですね魔術刻印という奴は……さすがは魔術師にとっての執念が形となったものだ、死にゆくしかないのに生かすなんてね」

 

 魔術刻印――それは魔術師の家に代々継承されるもの。先祖の成果を子孫に残し、子孫はその成果をもとに発展させる、その発展していった結果を再び後世に伝え、後世の子孫はその成果をさらに発展させると言われる魔術師のカタチとなった魔術回路といわれる代物。

 

 だから、無刀は利用したのだといったのだ。

 

 魔術刻印には所有者に対しての自己修復機能をもつ。当たり前の話だ、それが一族の成果というならばその所有者が死んでしまえばその一族のそれまでの蓄積の消失を意味している。だからある程度、所有者が傷を負っても生きながられるように治癒をもっているのだ――ただし、それはあくまで応急処置程度の代物、失った臓器を再生させたり、負った傷を一瞬で回復させるものなどでは決してない。

 

 死する傷を負ったら助からず、せいぜい数十秒延命させる程度の代物。あまりにも不完全であるが故に魔術師は致命傷を負えば、魔術刻印をあてにせず、適切な治療が行えるまで、自らの治癒魔術で命を繋ぎとめるしかない。

 

 

 しかし、ここで仮に、という話をさせてもらおう。

 

 魔術刻印をもつ魔術師が臓器をまるまる喪失するほどの傷を負ったとする。本来ならば死が必定であるが、仮に、その場にその喪失した臓器と同じ、他人ではあるが、同じ部位の、その直前まで活動していた臓器があればどうなるだろうか?

 

 「すごいですねよねえ、魔術刻印って。生きているけど、確実に死ぬしかないってのに臓器なんかが欠落してても、特殊な魔術加工をした穴倉に詰め込めば、ほぼ死体同士であっても足りないパーツをより歴史の浅い魔術刻印を持つ者からはぎ取ってつぎはぎの出来上がりってわけですよ」

 

 無刀は、なんてことはないからくりを暴露する。

 つまり、この男は、無刀元照という男はまだかろうじて息がある肉体同士をつなぎ合わせ、一体の肉体としたのだ。

 

 「しかし、それではあまり面白みがないので、多少いじらせていただきましたがね、あなたにも見せてあげたかったですよ」

 

 くすくすと思いだしの笑みを浮かべながらそういった。

 

 「例えば、腕のない者に腕をたくさん取り付けた遺体を穴につめたらびっくり仰天! なんと腕を全部吸収して大木みたいな腕になってしまったり、かろうじて生きてはいるけど頭を喪失させた個体なんてそれはもうたまらない! びっくり三面の顔をもつ阿修羅人間のできあがり! でもでも彼らにはことごとく知能が欠落してましてね、それが失敗作たるゆえんです、自分じゃ歩くことぐらいしかできなくて……文字通り動く屍ですね」

 

 こころの底からそこだけが失敗だと、悔いるべきことだと言わんばかりに肩を落とし、項垂れていたが、再び顔をあげると喜色に満ち溢れた顔であった。

 

 「でもすけどね、聞いて下さいな、またまたすさまじい愉快な発想が飛び出ちゃったんですね、そもそもこれは――」

 

 だが、最後まで言い切ることはない。

 直後、アーベルと無刀の丁度中間地点の床――二人が立っている屋敷の屋根がすさまじい轟音をたて、吹っ飛んだのである。

 

 空中高く放りあげられた屋根、無刀とアーベルの周りに屋根瓦や梁などの木片が落下し突き刺さる。遠くで、屋根が落下した音が響き、大気が振動した。

 

 しかし、二人はまったく動じることはない。まれに自分に降ってくる落下物をアーベルは叩き、軌道をかえ、無刀は傍に控える従者の青年が腰から抜いた剣で掃い落とす。

 

 そもそも、アーベルと無刀はその飛散する瓦礫をなんの障害とも見ておらず、突如空いた穴を見ていた。

 

 ふいに、開いた孔から、二つの影が飛翔する。それは空に昇って行き、まるで二重螺旋を描くかのように何度も混じり合い、その度に火花が散り、金属音を奏でていた。しかし、それは長くは続かなかった。時間にして7秒ほど飛翔を続ける二つの影であったが、一方がもう一つの影と交わった時、一方が地に向かい、急速に落ちてゆき、もう一つはしばらく飛翔を続けていたが、やがて緩やかに落下を始めた。

 

 最初に勢いを落とした影は無刀の前に、もう一つの影はアーベルの傍に、無骨な僧兵――ランサーが降り立った。

 

 無刀の傍に落下したのは、地面を、天井を破り、下の部屋に達していた。

 そこに一体の死体が転がる。元はどんな風であったのかもわからないほどに粉々となり、大方下にいた者も数体巻き込まれたのだろう、そこには手足や臓物が必要以上に転がっていた。

 

 下に落下したそれを数秒ほど見つめ、無刀は何も言わず、ただ、視線をあげた。しげしげ、僧兵、ランサーを見ている。

 

 「さすがはサーヴァント。よくもまぁ、味方となれば頼もしい限りですが、敵となれば恐ろしいことこの上ないですね」

 

 やれやれと肩をすくめながらいった。

 

 「今落下して粉々になっちゃったのもとっておきだったのですが、並の魔術師には無論、代行者や執行者クラスであろうとも返り討ちなんですけど、いや、サーヴァントには無謀でした」

 

 くすりくすりと含み笑いを浮かべながら、無刀は言う。

 

 

 「武蔵坊弁慶殿、否、残夢殿とお呼びすればよろしいでしょうか? もしくは常陸坊海尊が正しいのでしょうか?」

 

 

 その言葉に目を細めたのは、ランサーであった。

 

 「……なぜその名を」

 

 戸惑いが感じられた、それまで一人の武人として、一切の暴力としてふるまっていたが、初めてだろう、この男が素の、人間としての戸惑いを見せたのだ。それに対し、さらに面白おかしそうに、

 

 「簡単な話ですよ、誰だってあの聖杯戦争を知っている者ならば、17年前にアインツベルンが召喚したランサーのことを知らない人間などおりません」

 

 無刀は続ける。

 

 「ま、もっとも私自身も知りはしませんでしたが」

 

 はらり、と左目に巻かれていた眼帯が落ちる。眼帯は夜風にのり、闇夜に消えたがそれを気にするものなどいなかった。

 アーベルは変わらず、ランサーは目を細める。

 

 無刀の左目、本来眼球が収められているはずの眼孔には眼球が収められていなかった。そこには、どくりどくり、と脈動する肉――それも二つの左右にわかれた房を持つ器官、つまり心臓が収められている、否、張り付けられていた。

 

 「ふふっ、この心臓、どなたのモノだと思います?

 

 なんとね、貴方の主だった方の心臓ですよ」

 

 相も変わらず涼しい笑みを浮かべながら、無刀元照と呼ばれる男は一切変わらぬ調子で話を続ける。

 

 「さてさて、夜はこれから、まだまだですよ。アーベル・フォン・アーレント! それとランサー!」

 

 無刀があらん限りに声を張り上げると後ろには優に百を超すホムンクルスたちが現れ、さきほど開けられた大穴から不揃いの肉体を持つ、元魔術師たちが現れる。

 対し、ランサーは左手に大槍を、右手に太刀を、アーベルは右手を握りしめ、拳を構える。

第二幕がいま、始まる。

 

 04

 

 蛭田風香という少女は異常だった。

 

 初めての異常は小学校に入学したばかりの、遠足での出来事だった。

 隣町までの遠足、簡単な日帰り旅行のはずであったのだ。

 現に最後までつつがなく終わり、あとは学校まで帰る、というだけだった。しかし、その遠足の帰り道、小学生の児童32名と引率の教師1名、それと運転手を含めた乗務員2名、計35名を乗せたバスが午後から降り始めた雨でスリップし、制御不能となって橋から4m下に落下するという災難に見舞われた。

 死者は出なかったものの、重軽傷者34名、という大事故としてマスコミは報道された。

 うち、事故から7年も経つというのに一人は目を覚まさずにいまだに病院のベットの上にいる。内蔵の半分を失い、それを機械で補って生き続けている。両親は目覚めることない我が子の伸びつつける髪と爪を切り続けている。

 もう一度、いう。重軽傷者34名、全員35名、そして死者・行方不明者は出なかった。つまり、最後の一人は無傷だったのだ。

 

 それが、蛭田風香という少女だった。だが、奇蹟などと生易しい言葉では片づけられなかった。

 

 意識の戻らない子供の隣にいたのが風香であった。風香はその事故で傷一つ負わなかった。奇跡だと事故を検証した警察の関係者は述べた。

 

 風香の座っていた席は、本来ならば死んでいても何ら不思議ではない位置にいたためである。

 

 最初は皆、生還者として喜んだ。だが、それは奇蹟の生還は一度では終わらなかった。

 

 それから一月もしないうち、風香の学校で生徒と養護教諭が、暴走して保健室に突っ込んだダンプカーによって死亡するという事故が起こった。

 凄惨な事故であったが、その事故では生存者がいた。

 たまたま体育の授業で気分が悪くなったために保健室に運ばれ、ベットで寝ていた風香であり、亡くなった生徒と養護教諭はその書類を記載している最中であった。

 

 それから、彼女はいくつもの事故にあった。それが天災だろうと人災だろうと、大小構わずに事故にあうが、どんな事故であろうともかすり傷負わずに生きていた。

 その代わり、風香のまわりにいる人間が怪我を負った。

 

 例えば、集団登校の際に追い風で背を押されたために、本来ならばまだ風香が歩いているべきだった場所に鉄骨が落下し、後ろを歩いていた風香を慕っていた低学年の子供が鉄骨の下敷きになって、風香を慕っていたまだ幼い子供は病院に搬送される最中に苦しみながら死んでいった。

 

 例えば、家庭科の料理実習の当日に風香が風邪で休んだが、ふとした拍子に風香が担当するはずだった係の子供が油を全身に浴び、仲がよく、その日の朝、風香を心配していた友人には全身に一生消えることのない大やけどを負った。

 

 そんなことが七度、続いた。最初の事故からわずか一年間で七度も、「奇蹟の生還」があったのだ。

 人は彼女を死神と罵った。そこにいるだけで自分たちに不幸を撒き散らす死神だと。

 

 そのことでいじめを受けることがあった。

 

 だが、それもすぐになくなった。いじめた子供たちは次の週には彼女の近くにいただけで死んだのだから。それから明確な悪意をもって彼女に接する者は、例外なく死んだ。

 

 人は覚る。彼女に好意を持っていようとも災厄に巻き込まれ、悪意を持っていようなら死ぬ定めに陥るのだ、と。

 

 いつしか人は彼女を無視するかのように、そこに誰も、蛭田風香がいないかのように。あるいは腫れものに接するかのごとく、丁重に彼女を扱った。

 

 彼女はそれを受け入れた。しかし、それを良しとはしない、風香の味方もいた。彼女の両親だった。

 母はそんなことを気にするなと慰め、父はいじめられていると分かったらどんな時もそれを学校に抗議した。

 

 どんな時も、どんな状況になろうとも、風香が悪くない、風香に原因がない限り、彼女の味方であった。

 

 その両親も死んだ。

 

 不幸な事故だった。

 

 昨年の10月、東京ではまだ冬の始まりは早いというのに季節はずれの雪が降った。そして、その日、高速道路の僅か10メートルにみたない路面が凍りつき、一台のトラックがスリップし横転。そのまま横転したトラックは対向車線に突っ込み、対向車線を走行していた六台の車を巻き込み炎上する、という大事故が起こった。そして、トラックが突っ込んだ最初の車が旅行帰りの蛭田一家であった。

 

 後部座席で車酔いで横になっていた風香はぺしゃんこになった車の丁度中間にいて挟まれるようになったとき、僅かな隙間が生まれ、その空間に収まったために無事であった。ただし、両親は死んだ。プレスをかけられたようにばらばらに、まったいらになった両親がいなければその空間は生まれず、風香も死んでいただろう、とあとから分かったことであったが、風香は遂に一人になった。

 

 だけれども、一人であろうとも風香は生きよう、と決めたのだ。

 どんな理不尽だろうともそれに屈してはいけない、自分が悪いなら謝らなければいけないけど、風香は悪くないよ、そう両親が彼女に教えた言葉だった。

 つぶれた車を前にして、これが両親が自分にくれた最後のプレゼントだったのだろうと思えた。

 だからこそ、最後まで諦めてはいけない、それは生き延びた自分の責務だと思った。今日までそうして風香は生きてきた。

 

 しかし、それと生き残れるか、という現実は別であった。

 

 

 

 

 盛大に投げ飛ばされた風香は、ぬかるんだ泥に体ごと、顔を突っ込ませ静止した。

 

 どうやら口の中を切ったかそれとも歯が折れたのか、口の中に血の味が広がった。しかし、頭は投げ飛ばされた所為でぐわりぐわりと揺れ続け、まともな思考などできていない。ただ、体中、全身が痛い。それでも、なんとか、両腕をつき起き上がると、誰かの足が視界に入った。

 

 ゆっくりと顔をあげれば、そこにはサングラスをはめ、スーツを着た一人の男がいた。

 その手には何かを掴み、引きずっている。なんだろうとそちらに目をやると襤褸雑巾のようになった呻きをあげる何かだった。

 

 なんだろうか? と、血の足りない頭で思案にくれたが、すぐに答えがでた。

 

 祖父の神賀源蔵だ。

 

 思わず手を伸ばすが、源蔵の襟首をもって引きずる男の右足が風香の伸ばした手を踏み、地面に縫い付けた。

 

 「ぎゃあ!」

 

 自らの悲鳴がひどく遠いもののように感じられる。悲鳴が振動となって体に沁み渡り、抜けていった。

 

 サングラスをかけた男を見上げると、その背後には数十人の女たちがいた。どれも見た顔だ、いや、どれもあの地下室でみた寒気のする人形の女と同じ顔のため、見たことがあるのだ。

 そうして風香は思い出した。

 

 この山中を逃げている際、突如剣戟と銃声が一斉に止み、静まりかえった。思わず後ろを振り返ると、こちらに一直線に何かが飛び跳ね、それが自分を蹴りあげたのだ。

そうして、何度か地面に接触し、ボールのようにバウンドしながら森の中を進んだのだ。

 手にした錫上も、背負子にいた祖父もいなくなっていたということは降り落としてしまったのだろう。祖父は男が持っているが。

 

 男の顔には憶えがある。自分をさらった内の一人だ。病的に白い肌と髪、そして手には長物の西洋剣が握られている。

 

 そして、ゆっくりと西洋剣の剣先を風香の額に当てる。

 

 びくり、と風香の体が震えた。ただ、死の恐怖に怖気づいたのか、一度だけ震えた。しかし、ただそれだけだった。

 

 風香はゆっくりと剣先から視線をあげ、何も言わず、剣を構える男を風香は見返した。

 

 男の顔にはなにもない。風香のその態度に意外そうにみるのでも、態度が気に入らずいら立つわけでもなく、正面からみる風香をただじっと見ていた。

 

 それに飽きたのか、男は剣を下げた。風香はその行動に怪訝にわずかに困惑した時、頭を掴まれた。そうして浮遊感覚。

 

 ごとりごとりと何度か撥ねる痛みと衝撃が風香を襲った。

 肺から酸素が吐き出され、受け身を取れなかったためか、全身のありとあらゆる関節が痛んだ。今度は何かに当たり止まった。

 目を開けると、頭上には木の枝が広がっている。木に当たって止まったようだ。

だが、休む間もなく、再び服をひっぱられ、再度の空を駆ける衝撃を味わう。

 

 そうして地面にあたり止まり、また投げられる。そんな動作が3回ほど続き、今度こそ地面に縫い付けられたようになった。風香は息もするのもやっとであったが、それでもなんとか起き上がろうとしたが、もう声もでず、顔をわずかにだけあげると、源蔵を引きづりながら男が風香に近づいてこようとしている。

 

 ただ、それでも風香は睨む。

 

 なぜならその男は源蔵を引きづり歩いているからだ。

 

 それをみた瞬間、風香の頭は真っ白に、塗りつぶされた。あの時と、さきほどと同じように体が紐とかれていく。

 だが、それでいい、構わない。感覚が消える、五感が消失する。ゆっくりと狭まっていく。怒りという感情が風香を塗りつぶしていった。

 

 痛みが消失したのが最大の利点だ。風香はゆっくりと、体のあちこちから血を垂らしながら起き上った。

 

 ―――私の……

 

 男がその時、初めて歩みを止め、風香を見るが、それでも風香は構わない。しかし、起き上がれただけで、一歩も動けなかった。自分では助けなれないと悟った。同時に立ち上がったつま先から解けてしまっていく。ゆっくりと和紙が水にぬれて溶けていくのではなく、砂の城が波にさらわれるように、一気に砕けてなくなっていく。

 

 ――私の家族を……

 

 体が紐とかれ、ばらばらに砕けていく。感情が全て抜け落ち、ただ怒りという思いだけが残る。先ほどとは真逆だが、それでいい。それはある言葉を形成していく。

 

 

 ――私の家族をいじめるな……!!

 

 でも自分では何もできない。ならば、助けを求めよう。その場合出す声は一つだ。

 

 背中にひどい熱を感じた。まるで鉄の棒を押し付けられたような熱を感じた。しかし、それにも順応し、何も感じなくなった。その熱は、同じ熱量を保ったまま全身にいきわたる。

 

 

 「だれか―――!」

 

 自分でも思ったよりも声が溢れた。

 体にたまりにたまった熱も、より一層熱く、爆発する出口を求めているかのように暴れ狂う。

 

 

 「誰か、助けろ!!」

 

 そうして、

 

 一陣の風が吹いた。

 

 05

 

 微風のように優しきものではなく、暴風であり、風香の周りにいた者たちを飛ばすほどの狂風であった。

 

 風はやむことがないが、何かが風に混ざって吹き荒れていた。

 

 それは月明かりによって反射し、黄金のように輝いていた。地面に沈澱すると、熔かされ液体となった黄金が流れるように、金色(こんじき)が地面に走る。夜の帳を晴らすかのように、眩い光が森を照らした。

 

 風香は唯その光景を美しいと感じただけ、見入るわけでもなく、ただただ見つめる。

 その光をみていると全身が熱くなる感覚があった。特に背中にひびが入り、卵から孵化する、それまでの自分には決して戻れなくなると確信した。

 

 光が収まると、一人の男が黄金の残滓を放つ光の陣の中に立っていた。

 

 

 

 大きい

 

 

 それが率直な第一印象であった。

 風香が立っているというのに、下から男を見上げる形となっている。風香は身長が年相応ということもあるが、男性の平均身長を優に超える身長に大柄で、鎧を着込んでいるためか、二周りも大きく見えた。

 金色の、円が放つ光と同じ太陽を連想させる黄金の光沢を放つ大鎧を纏った男。

 

 鎧は古風な作りをしているが、古物特有の時間経過による老朽がみられず、かといって作り上げられたばかりの、紅顔の武者が着込んでいる鎧でもない、時を重ね、その中で磨きあげられた風格と気品を感じさせる黄金の鎧だった。

 

 

 本来ならば手にする得物は太刀か、それとも先ほどランサーが使用していたかのような大槍、もしくは弓であろう。

 だが、手にしている武器は大弓でも太刀でも、大槍でもない。

 

 鉞であった。

 

 細かいエッジが大量に並び、食らいついた敵を決して放すことはなく両断する、刃。

鉞をもち、鎧を着込んだ大男が風香の前に現れた。

 その男は、閉じられた瞼をゆっくりと開き、黄金の瞳を持つ双眼は風香を捉え、笑みを作る。

 

 月の光を浴びる中、輝く黄金の大鎧を纏った男は口を開いた。

 

 「おう! 嬢ちゃんが俺のマスターかい?」

 

 それが、男の、第一声。

 周りが様々な武器をもった者たちに囲まれているというのに、それでも場違いな男の明るい声色と笑みは、太陽のごとき光を放つ。

 

 「サーヴァント バーサーカー(狂戦士)、召喚の願いに応じ参上した! さてと、マスター、俺はこいつらを片づければいいのか?」

 

 それが、風香とバーサーカーのファーストコンタクト、そして初陣である。

 

 この夜、蛭田風香の、特異な体質をもつ少女の、それまでの日常は呆気なく崩壊し、そして異常によって塗り固められた闘争の世界にと変貌する。

 

 桜の花びらがほころび始めた三月の下旬、ある山中で一騎のサーヴァント、否、英霊が一人の少女の助けを求める声に応じ、彼が没した時代よりもはるか未来に召喚された。しかし、これがまだ壮絶な戦いの序章にすぎぬことを、この後に少女と英霊を待ち受ける運命をまだ、誰も知らない。

 

 

 

 少女と英雄 序(エピローグ) 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い、セピア映画の中にいるように錯覚を覚えるほど、あたりに色彩の類は無い。いや、この光景を見ている男があまりにも血を流しすぎたために欠落してしまったのだろう。

 

 東京都にある小高い山、しかし二十三区から遠く離れた山中を三人の男がひどく頼りない足取りで、時に倒れながらも進んでいた。

 

 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ

 

 やかましい、その音が自分の息遣いだと気づかないほど、彼は追い込まれている。

 

 何がいけなかったのか、この三カ月、まともに食事も睡眠もとれていない、ただ召喚を叶える為の生活を送っていた。

 

 三体いる従者のうち、一体はもうすでに活動を停止している。肩をかしてくれているホムンクルスの一体はまだ身体機能に問題はないがいつ機能を停止してもおかしくはなかった。遥か後方を歩くホムンクルスの方もあと二時間もすれば活動を停止する。拙く結んだラインからそれを冷徹に分析し、理解する。ラインを結んだ者たち、この場にいる男たちは誰もが理解していた事実。

 

 そうして、幾分歩いただろうか、ある屋敷の中に入った。そうして隠してあった、地下につながる階段を下っている最中、肩を貸してくれていた従者は力なく、その場に倒れ、男も無様に階段を転がった。二人の従者と結んだラインの内、一本からは活動の経過を知らせることはもう永久になかった。大の字になって地下室に転がっていた男はぼんやりと、そのまま左目に手をやるが、そこには何もなく、ただくぼんだ眼孔があるだけだった。

 

 「はは、全てを失っちゃいましたね」

 

 力なく男は笑った。

 

 「……まだ、わ、私がおり、ます」

 

 その時、ゆっくりと、階段を下りてきた。ぼろぼろになったスーツに、左腕がなく、右足が中程からひしゃげているために歩くのも一苦労といった従者が、男を起こし、すぐわきに控えようとするが手で制した。

 

 「そうですね、貴方がいましたね」

 

 笑いながらゆっくりと立ち上がり、しっかりと背筋を伸ばした。

 

 「さてさて、最後に貴方がいるんですから、最後の召喚といきましょうか?」

 

 その声に、無論、と従者が声を出すが、

 

 「いえいえ、散々悪あがきしたんですから、最後の最後くらいは私がしますよ」

 

 そういった。そうして従者に近づくと従者を持ちあげ壁際まで運んで壁に寄り掛かるように座らせると、身につけていたコートを脱ぎ、従者にかぶせた。

 

 「御苦労さまでした。貴方達は私の手足となってくれて、本当に助かりましたよ」

 

 にこにこと人懐っこい、柔らかな笑みを浮かべながら、男はそういった。

 

 「やめ、てくだ、さい……しんでしま、います」

 

 それに対し、単調な声だが、どこが焦ったような声を出す従者に対し、男は何処か困ったような笑みを浮かべそのまま、手を振った。

 

 男が陣の正面に立つ。

 

 もうすでに霊脈を利用した陣から魔力の残滓も感じることはない。それもそうだ、この陣は自分の同僚、元、同僚のサーヴァントによって破壊されたではないか、もうこの陣はただの巨大な召喚陣が刻んである石床だ。ばらばらに砕け、いくつかの破片が壁や天井に突き刺さった石室のような部屋の中、男は自嘲気味に笑った。

 

 それでも、最後の召喚に挑むべく、体の中に残った回路を回す。

 

 

 そうして、召喚が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……の言霊を纏う七天」

 

 自らの魔術回路を抽出し作り出した三体の最後のホムンクルスの従者が、ラインを通し、悲鳴のような制止の声をあげてきたものの無視してきたがそれが途絶えた。意識を失ったのか、それとも自分はその機能を失ったのか判断はつかない。

 

魔術回路も悲鳴をあげ、残り少ない回路がまた一本千切れていった。だが、それはよほど重要な物だったのか、不意に全身の力が抜けおち、足元が崩れ、地に伏せようとした。

 

 ――あと、一小節、それでこの儀式は完成したのに。

 

 失敗だろうが、あと一小節で完成なのだ。それすらもかなえられないとは、と笑った。

 

 しかし、倒れることはなく、踏みとどまった、踏みとどまれた。なぜなら、傍らに、それまで来ていたコートを着込んだ一人の従者がいて、自らを支えてくれていたからだ。

 

 殆ど無意識に左手を伸ばす。そうしなければいけないような気がしたからだ。

 

 最後の祈りを込め、叫んだ。

 「――抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――」

 

 辺りは、光に包まれる。

 

 

 光が収まると、砕けた石の陣の中心に、妖艶な女が立っていた。年のころは二十代後半か三十になったばかり、いや、見た目だけなら、肌とか髪、顔を構成する個々で見れば二十になったばかりの女だろうだが、とても見た目ほどの若さでは身につけることができないほどの色気を、その女は纏っていた。女の醸し出す色気は顔だけではない、古風な、肌の露出の多いドレスを纏っており、淫蘼さを増長させていた。まるで近寄っただけで、女の色気にとかされてしまいそうなほどの、凶悪なものを纏っている。

 

 本来ならば歓喜に震えるだろう、成功したのだ。

 

 人類の守り手にして、この世のものではない、人々の信仰を受け、より段階が上がった命、そして、どのような願いも叶うと謳われる聖なる釜を掴むための参加証を、認められたのだ。

 従者は、その事実を理解し、崩れるように倒れた。しかし、男は倒れるわけにはいかない。従者たちが命を削り、召喚を成したのだ。ならば、最後に自分が倒れては、彼らの顔に泥を塗ることになる。

 

 顔をあげしっかりと、女の顔をみた。

 

 女の艶やかな、ふっくらとした唇が動く。

 

「召喚に応じ、はせ参じたわ。私(わたくし)はサーヴァント、クラスはスィナー(罪人)

 

 だが、女の口から紡がれた言葉はさらに予想外のものであった。正規のクラスではない。妙齢の女は確かに人の手によってなすことはない神秘を纏っているが、それでも七つのクラスに当てはまらないクラス。

 正規の手続きを経ていない、本来は召喚されないクラスでは大きく水準は落ち、まともに戦っても勝てはしない。

 

 それが、自らに与えられた知識の中にある答えだった。

 

 「………ははっ、召喚できたと思ったらイレギュラーですか……」

 

 やっとツキが回ってきたのに、よりにもよってイレギュラーか。そう思った時、思わず吐き捨てるように言ってしまった。瞬時に慚愧を覚える。自分の流儀に反する行いに、と反省したものの何もできない。謝罪の言葉を述べられない。

 

 「うふふ」

 

 しかし、女は気にしないように、

 

 「イレギュラーといっても、もしかしたら正規クラスよりも上位の存在かもしれないわよ? とりあえず貴方と、その子を助けるわ、マスター」

 

 まだ、お互いに何も示していないというのに、女は、スィナーは右手を掲げ、男の傷を負った箇所に手を当てる。そして、男の唇に自らの唇を重ね、舌を絡ませた。

 

 唾液が混じりあう音が部屋の中に響く。

 

 そうして、男は意識を失う。

 

 ああ、いい女だ、と思いながら意識は沈んだ。

 

 

 

 

 『邂逅螺旋・了』




 はい、というわけで遅くなってすみません。
 再び諸事情で遅れに遅れました。どうもすみませんでした。
 
 あと、FGO稼働までもうすぐですね、どうしましょうね、この作品のランサーとバーサーカー正式登場ですが、まったく違う人物になってますね。
 
 外伝は今回で終了、来話からアサシンの話になります。
 
 来話もよろしくお願いします。
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