Fate/Heterodox Tale   作:今日は晴れ

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「不心始章」
tale 01 「自欺の代償」


 01

 

 結論からいえば、夏休み初日の午前中を潰しての調査は殆どが白、普通の事故だったり魔術が関わらない事件だったり、そんな感じ。つまりははずれ。

 

 近い場所から調べるのが、この場合は瀬千賀原駅から一番近い新宿の公園で起きた爆発事故から調べるのが妥当だけど、四日前の事件だったしもう痕跡なんて殆ど残ってない。残っていても三流の俺じゃ、いまいち判断がつかないとのことから、一番地理的に遠く、しかし一番新しい江戸川区での火災を最初に調べたけど、なにもなかった。

 

 移動だけでも二時間もかかるとは、今まで遠出してない甘さが時間管理のずさんさに直結して、その後も調べたのは僅か2件。あれ? 荒川越えたの人生初か……?

 

 現在4件目の王子駅周辺の道路、100メートルにわたってコンクリートが一夜にしてめくれ、めちゃくちゃになったという事件について、王子にきていた。

 

 ……まぁ、今までのことからも期待はできないだろう。現に窓の外では件の道路が延びているけど、日本の役所が有能すぎて、現在修復工事が施工されている。

 というか、事件で新しいものは警察が立ち入り禁止のテープで囲い、時間が経っているものなどは修復のための工事が始まってしまっている。そんなわけで午前中に三件とも丹念に何らかの魔術が行使された形跡を探したが、何も見られなかった。

 

 本当は次の場所を探そうとしたが、そのまえに俺の腹が空腹を訴えたため、現在午後二時半、その道路沿いでチェーン展開がされている定食屋を見つけ、二階のテーブル席で遅めの昼食を取っている。

 

 俺の前に座ったアサスィは、ごはんのおかわりを店員に要求。定食はおかわり無料のため、店員が快く応じるが、若干頬がひきつっている。

 そりゃそうだ。アサスィが注文した鯖の味噌煮定食の肝心の鯖の味噌煮の皿は綺麗に平らげられ、アサスィは白米を白米のみで食べている。しかも、三杯目から、白米オンリー。いまので、9杯目のおかわり

 

 よかった、この店がおかわり自由の店で。おかわり一杯ごとに100円だったらもう一品頼んだ方が安いことになる。

 

 あと、どこで他のサーヴァントや魔術師が見ているかわからないから個人的に目立つことは避けてほしいけど、ま、仕方ないか。

 

 アサスィはどこにいっても目立った。うん、まぁ、アサスィの容姿は見事なまでに、美がつく女の子だけど、それに拍車をかけるように今の服装は薄緑色、半袖の袖口がゆったりとしたブラウス、いやブラウスに首周りはきっちりとした襟がついているから、シャツなのか判別がつかんが、とにかく、その首元には鮮やかな緑色のネクタイが巻かれている。それに黒のホットパンツと、今日は日差しが強いから、黒のスポーティーハットをかぶっているが今は食事中なので隣に置いてあった。可愛らしいというよりもボーイッシュな感じを受ける。

 でも、靴は昨日買った靴じゃなくて召喚時に履いていた、ふとももまでシャフトが隠す黒のニーハイブーツ。

 暑いんだから蒸れるブーツじゃなくてサンダルにしとけばいいのに。

 ……ちなみに帽子だけは俺の物だったから男物だけど、俺が被るよりも似合ってる。どっちみち中学のころに考古学者が大活躍する冒険活劇の映画の主人公に憧れて購入しけどとてもインディには似つかず、もう小さくてかぶれなくなった帽子だから別にいいけどね。

 とにかくアサスィの容姿が目立ちまくり、そんなわけで、午前中だけでモデルやらない? とか芸能界に興味ない? なんて声を掛けられ名刺を頂いたその数6枚。ナンパも含めるともっといったから、計何人がアサスィに声を掛けたんだろうか?

 

 ……スカウトはわかるけど、まだわかるけど、ナンパしてきた連中は何なんだろう? 確かにアサスィはかわいいけどどう見積もっても中学生、恋愛対象としては幼すぎる、この国の将来に対して本気で心配してしまう。

 

 

 容姿と健啖ぶりで目立っているアサスィだが、まだ腹の方は膨れないのか……俺だったらとっくの昔にそのままの意味で腹が破裂してるけど、白米を口に運び続けている。しかし、アサスィが満足するまで待つ時間も何だし、本当なら相席している人間がやることはマナー違反だが駅で買った地方新聞を広げる。

 

 元々新聞は取っていないから必読している記事があるわけじゃない。何か目ぼしい事件はあるかと探してみたが、特に大きなニュースは……ない。けど、一つの記事を見つける。

 

 記事の大きさからして小さい、何の注目もされずに、現にこの記事を読んだ人間のうち一週間後、いや三日後には殆どの人間が忘れてしまうような記事だ。ある電気系統のミスによって新宿の一角が二時間ほど停電した、という記事。しかし、そのこと自体ではなく、その記事の一文、「一週間前にも同様の事故」と「一連のテロ事件との関連」が気になった。

 

 スポーツタイプのショルダーバックに入れておいた新聞記事の切り抜きをいれたクリアファイルの中から、一部を取り出す。

 新宿の公園での爆発事件。新聞だと4日前の記述。つまり、五日前の出来事か。

 

 停電した場所の住所を見てみるが、爆発事件が起こった場所とそう離れていない。

 爆発事件の方もテロの疑いと書かれてるけど、停電の事件と比べることもなく、この公園の事件の被害がすさまじい。

 

 今日から5日前、新宿にある公園内の雑木林の一帯が爆破されるという事件があった。幸いというべきか、時間が深夜ということもあり、人的被害はなかったが、それでも凄惨なものだった。

 俺もニュースでは見たことあるけど、映し出された公園は、遊歩道のタイルがめくりあがり、雑木林の木々がなぎ倒されていた。犯行声明の類は出されておらず、しかし、旧都庁事件との関係も疑われ、警察では自然現象、人為的現象その両面で捜査を行っているらしい。でも、この事件は調べるつもりなど最初から毛頭ない。その理由は、痕跡が残っていない、と推測できるから。

 

 テレビのニュースでは、現場の惨状と同時に野次馬やマスコミが画面には映りあの人ごみという注目を集め、下手をすれば衆目の元に魔術がさらされるし、いや、そもそも調査できる箇所なんて決まっている。だからそこを監視してたら魔術師だと同業者なら一目了然。奇襲を仕掛けようとも、俺の跡をつけようとも好き放題、しかも傍らにはサーヴァントのアサスィがいる。聖杯戦争に参加している人間だと確定事項がいるわけだから、確実に狙われる。

 

 到底調べるのは不可能、と判断していたが、こっちを調べてみる価値がある。

 

 暗示は苦手だけど、停電騒ぎあったビルなんかの警備員に暗示かけて侵入ぐらいだったらできる。それにそのビルの一室に結界でもあれば、絶対に黒、とはいえないだろうけど聖杯、いや魔術になんらかの関わりがある可能性は濃厚な灰色だ。

 

 予定変更。

 

 とりあえず、もう少しだけ王子の事件を調べたら次は新宿に行こう。

 

 ショルダーバックから生徒手帳を取り出し、最後の頁、路線図をみるが……

 

 俺は地図がめっちゃ苦手なので、見るんじゃなくて眺めるに近い。

 

 えっと、一度、飯田橋まで行って、それで……

 唸りながら路線図を見ていた俺の手から、生徒手帳が消えた。その代わり生徒手帳はアサスィの手に収まっている。前に座るアサスィが生徒手帳にひったくられた。アサスィは隣を通った店員に十杯目のおかわりを要求して、

 

 「くえすちょん、ドコにいくの?」

 

 「……新宿、かな」

 

 アサスィは間髪いれず

 

 「アカバネ、そこからのほうがいい」

 

 丁度十杯目の白米が届いて店員から茶碗を受け取ると、俺に生徒手帳を渡して盛られたごはんに箸をつける。

 

 なるほど。

 頬を掻きながら、手帳を確認するけど、確かにそれがベストか?

 

 実を言うとアサスィの方が俺よりも生徒手帳の内容を熟読して熟知してる。

 昨日、アサスィが校門のまえで待っていた理由、どうして学校まで、学校の場所を知っていたのかを尋ねてみるとなんてことは無い、一昨日の夜、ズボンを洗濯したときに生徒手帳を出して、居間のテーブルに置いたままだった。

 朝、せわしなかったし、いつもの癖でポケットに財布と携帯、それとハンカチはつっこんだが生徒手帳を忘れてた。生徒手帳には学校案内で地図載ってるし、起点が学校だけど最寄り駅(瀬千賀原駅)までの行きかたとか詳細がある。それに、アサスィを召喚した晩に、路地裏から家までの道程で瀬千賀原駅を通った。駅までたどり着ければ簡単で、それで学校まで辿り着いたとのこと。それに暇だったから前頁に目を通していた、頭のいい子だから、路線図の方はアサスィの方が詳しかったりする。

 

 実際、乗換なんか、今まで行ったことのない駅の乗り換え場所なんて、看板見てもわからない俺よりもアサスィが教えてくれた。

 

 なんか、アサスィにずっと世話になりっぱなしだ。ありがとう、と礼を言うべきかもしれないが、まぁ、筋違いだろう。俺が本来ならばやらなくちゃいけないことばかり。

 この場合は謝るのかな。でも突然謝るというのも……

 

 「クレ」

 

 と、アサスィから声をかけられた。

 

 「……ど、どうしたの?」

 

 いきなり声をかけられたものだから、まごつく。

 見ると、アサスィは箸を置き、トレーの上に置かれた空の食器を整える。そして、両手を合わせていた。

 

 ああ、なるほど。

 朝、アサスィに教えた礼儀作法の一つだった。最も簡単だけど、大事な礼法の一つだと思う。

 

 俺も両手を合わせる。

 

 「「ごちそう(ゴチソウ)さまでした」」

 

 これだけは実行しなければいけない。食後のごちそうさまの言葉。それだけは令呪を使っても守らなきゃいけないと思っている。

 

 1.5

 

 電車の中から王子の街並みを眺めていた。

 

 俺の隣の席に座ったアサスィは昨日、先生に特別に貸し出してもらった本を読んでいる。ちなみに、本のタイトルは「最新医療・図解解説読本」。

 

 もう一冊、俺が持ってるショルダーバックの中にアサスィの本が入っているが、「外科手術 医療のQ&A」という本、なんで医療、しかも外科手術の本ばっかりなんだろう……

 

 まぁ、いいか。

 

 結構読み進めているらしく、もう開いている頁は後半。薄い小冊子のような本だが、何が書いてあるのかさっぱりのものを読み進めている。よく読めるもんだな、そんな風に感心して、気がつく。

 指が動いていない。というより、アサスィは本に視線を落としていなかった。視線を窓の外に向けている。その視線の先には、線路沿いに植えられた花のない紫陽花の草が生い茂っている。そういえば、この場所は紫陽花の名所だったな。前におばさんと一緒に来た時はもう何年前だったろうか、あの時はそりゃあ見事だったなぁ。

 

 「ねえ、アサスィ……あれ、気になるの?」

 

 その問いにたいして、アサスィは小さく頷いた。

 もう紫陽花畑は遥か後方に流れ、窓の外には住宅街が流れていた。

 

 「あれはね、紫陽花。もう咲き終わっちゃったけど、前にね、おばさんの所にご厄介になった時、連れてもらってきた時があって、すごくきれいな紫だったり水色だったり、青色系の花が咲くんだよ。それで……」

 

 できるだけ、分かりやすくおばさんと一緒に訪れたときのことを説明する。

 一面の紫陽花畑、濃い色の紫陽花、その名の通り紫の花や青が一面に、線路沿いに咲く紫陽花の川は美しかった。

 

 「くえすちょん」

 

 「ん、なに?」

 

 あどけない顔、年相応の表情。そんな顔をたまに見せるが、そんな表情でじっとアサスィは俺の顔を凝視された。

 

 「……おばさんは、タイセツな人?」

 

 あまり見せない、俺の前では見せることがない、凛とした表情ではなく、年相応の幼い表情にどきまぎし、心拍数が上がりながらも応える。

 

 「う、うん、大切な人だよ」

 

 アサスィは言葉を続け、口を開こうとし、その言葉はかき消された。

 

 『次は、赤羽 次は 赤羽 お出口は……』

 

 もう乗換の駅に着くアナウンスが流れた。

 

 02

 

 新宿駅は広い。さすが日本の首都がある町の中心だった場所だ、いまだに町のどこかで工事がなされて、新宿駅も拡張を続けていた工事の形跡が残っている。しかし、個人的にはおばさんの家にいくときに乗り換えで使うくらい。だから出口を間違えた。

 

 そのため、現状を一言で表せば、気まずい。

 

 「……おいしい? アサスィ」

 

 あまりの無言に耐え切れず、謝罪のつもりで買った特大サイズのアイスがサンドされたシューアイスを頬張るアサスィに感想を尋ねてみる。けど、

 

 「Answer、ふつう」

 

 そういってそそくさと歩調と歩幅を伸ばし、俺の前を歩く。

 怒ってる。表情は変わらないが、怒ってる。

 

 ……まぁ、そりゃそうだ。西口を探すだけで乗換の改札と出口を間違え、駅からでるだけで三十分かかり、さらに道を間違え、地下街を一時間近く彷徨。更に何を間違えたか、靖国通りを歩き、たまたま見つけた交番で道を尋ねて、やっと目的地にいく道をみつけることができた。

 ちなみに、探している場所は旧都庁方面。だから、全くの逆方面。

 

 実は、今回、いくら方向音痴な俺でも迷わない自信があった。

 

 やじうまとか取材してるテレビ局の職員さんとかが居そうな気がしたし、そういった人たちについていけばいいと、我ながらナイスアイディアだと内心絶賛したが、もう5日も前の出来事だし、進展があったならまた騒がしくなるんだろうけど、何の音沙汰もないまま5日、そりゃ人もいなくなるな。

 

 現在6時半、天気が曇りということもあって、空が薄暗い。もう調査は無理だけど、一度足を運んだらアサスィは覚えていることのことで、明日出直すにしても事前に行き方を調べておいても損は無かった。

 

 そんなわけで、地下通路を歩いている。

 新宿駅のバスターミナルから旧都庁に向かうことができる幅5メートル、全長200メートルの巨大地下通路。しかし、12年前の都庁爆破事件以来使用者が激変したためか、左側の水平なエスカレーターは改修工事中のまま放置され、右側には店舗などがはいる商業スペースが確保されているが、その殆どが閉店のためシャッターが下りているか、何もない伽藍のスペースとなっている。

 

 まぁ、こっちを利用する人なんて少ないだろう。ここだけ都会じゃないみたいだ。

 そういえば、12年前の都庁及び都庁前広場爆破事件も魔術が関係してたりして。

 過激派のテロ、とか言われているけど、どうやったら南側の尖塔が中程から折れるんだ?

 

 とか、そんなことを考えていたら、前を歩くアサスィが食べていたシューアイスの包みを丸めて捨ててしまう。

 

 「こら! アサスィ」

 

 思わず、反射的に怒鳴ってしまう。アサスィは立ち止まり、顔だけをこちらに向けるが、ガラスのような射抜く視線に戸惑って、アサスィが投げ捨てた包みを拾う。

 

 「ご、ごみはちゃんとゴミ箱に捨てちゃだめだよ」

 

 一応の注意をして、あたりを見回すがゴミ箱の類は無く、仕方なく、ポケットの多いカーゴパンツを履いていたから尻の後ポケットにしまう。

 

 そんな俺をみて、気をつける、とアサスィは言うが、でも機嫌が直っていないことは確かだった。

 どうしたものか、というか、今の俺は情けなさすぎる。思案にくれながら前を向くが、しかし、立ち止まったまま、アサスィは俺を見ていた。

 

 ? どうしたんだろう?

 

 怪訝そうにアサスィを見ていると、

 

 「ハナシがある」

 

 アサスィは口を開いた。

 

 「……歩きながらじゃだめ?」

 

 しかし、首を横に振って、拒否を示す。

 更に、その眼はいつになく真剣で、年相応の顔をたまにみせてくれるが、今の顔は少女とは言えない顔だった。だから、何も言えなくなってしまった。

 

 「くえすちょん、クレは、カクゴがある?」

 

 無機質な声で問う。アサスィの、氷のような涼やかな色をした瞳が俺を真正面からどこにも逃げられないと言外にいうように射抜いていた。

 

 「この戦いにミをおくカクゴが、ある?」

 

 もう一度、ゆっくりと確認するように、言葉を選びながらアサスィは問う。

 

 「いや、だから、朝言ったように……」

 

 アサスィは俺の言葉の先を言わせず、

 

 「クレは人殺しがダメだっていった」

 

 ――確かに、学校の校門のところでアサスィとの関係を問われて逃げて、そのあとアサスィにそういったな。

 

 「うん、いったね」

 

 俺から言質をとり、

 

 「でも、タタカウ理由は、誰かをまもりたい」

 

 頷く。今朝言った通りだ。

 

 「くえすちょん」

 

 疑問符。この少女が使う疑問符。

 

 「じゃあ、マモるために人を殺すことはいいの? それともコロスことは守ることでもわるいこと?」

 

 それは……。

 

 いともたやすく、アサスィは俺の矛盾をついてきた。

 

 だが、簡単なことだ。俺は、無関係の人々を守りたい。しかし、そのために参加者を殺すことになる。だけど、この女の子に俺は人殺しはいけないことと言ったんだ。

 

 「クレ」

 

 俺の名前を呼ぶ声で離れていた意識が戻された。

 

 「もしも、殺すことがイヤならわたしたちがコロス」

 

 その言葉に、俺は眉をひそめた、ひそめてしまった。

 俺の価値観は普通だ。色々と、前に言った通り、普通。どこまでも魔術師としてあり得ない感性をもっていると自覚はある。

 

 本音では、アサスィには戦ってもらいたくない。というのが嘘偽りのない本音。だけど、

 

 

 「でも参加するなら」

 

 言葉をつづけた。

 

 「カクゴがいる」

 

 ?

 

 「かくご?」

 

 俺の疑問にアサスィは頷き、カクゴ、と繰り返した。

 

 「ダイジナひと、おばさんが大事なヒトなら、アナタがころしたほうがいい」

 

 03

 

 何を言われたのか理解できなかった。耳がおかしくなったのかと自分の聴覚機能を疑ったほどだ。

 

 その言葉を聞いて、本当に頭の中が真っ白になった。ついさっき、アサスィがおばさんは大事な人か? と尋ねたことを思い出した。だけど、なんでそんな理論になるんだ、とか、なんでそんな覚悟の仕方があるんだとか、色々と思うことがありすぎて、真っ白になった。

 

 

 なんとか、搾り出した言葉は

 

 「なんで、そんなこというの?」

 

 そんな、どこか論点がずれた質問。そんな質問でもかろうじて、声が出せた程度だった。

 

 自分の頬がひきつる感覚が分かる。背筋を汗が流れる。一瞬、この少女は、俺を試すためにそんなことを言っているのか、と思ったがからかいですらなく、真面目に助言を与えているだけだ。

 アサスィの目を見るが、本気の眼だ。本気でそう言っている。

 

 「ダイジな人だから、それは弱みになる。それで、クレも殺されるかもしれない」

 

 アサスィは、いや、アサシン(暗殺者)は笑う。にっこりと、天使のような笑みを浮かべる。ぞくり、と鳥肌の立つその笑みを見て、凍りついた。

 

 「そもそも、タクサンの人をまもるなら、たくさんのヒトを護るためにはカクゴが必要」

 

 「なんの、ためのカクゴ?」

 

 オウム返しに質問に対して、

 

 「くえすちょん。モシモだけど、クレの大切なヒト―おばさんがヒトジチニ取られたとする、クレはおばさんをタスケラレル。でも、助けなかったらヨリ多くのヒトが助けられるジョウキョウになったらどうするの? おばさんをミステル? それともおばさんを助けてイッパイのひとをコロシチャウ?」

 

 それは……。

 

 「それとも、タスケラレないの? 戦うのヒトを助けたいからナノニ?」

 

 アサスィはニコニコと天真爛漫な笑みを浮かべながら言った。

 

 その一言で、一つの疑問、跳躍した理論を理解した。つまり、戦いにおいて、憂いの一つでもあると邪魔だということ、特に肉親とか、親しい者、情でつながった人は殺されるかもしれないから、

  

 「クレ、自分の都合で、助けるヒトとタスケナイひとを決めるの?」

 

 笑みを浮かべ、いう。

 

 

 

 

 「それはね、自分勝手っていうんだよ? Master」

 

 

 何でもないことのようにさらりと、俺の歪みをついた少女は、

 

 「だったら、クレが殺してあげたほうがいい。ダイジな人に殺されたほうがその人も幸せ。わたしたちがコロシたら楽に……」

 

 しかし、俺がふるえていることに気がつき、

 

 「できない?」

 

 首をかしげながら問う。

 

 「できない!」

 

 できるわけがない

 

 あの人は、おばさんは、俺の家族だ。血縁が遠くても、俺を本物の孫のように世話してくれて、本当に愛してくれた。

 そんな人を殺すなんて、できるわけがない! 

 

 自分勝手といわれても、ゆがみと言われても、それだけはできない!

 

 「いいか、アサスィ! 絶対にそういうことは!」

 

 しかし、激昂した俺とは対象的に、アサスィは、文字通りアサシンのイメージ通り、落ち着きを払った表情で俺に間違いを指摘するように

 

 「クレは、マスターはなにかカンチガイしてない?」

 

 アサスィは、諭すような口調だった。

 

 「わたしたちは、クレのホウシンに従うときめたわけじゃない。クレはねがいを持たないけど、『わたしたち』はチガウ」

 

 自然体のまま、軽い調子で、まるで簡単な計算や言葉の間違いを指摘し、今日の晩御飯はなにがいい、と望むように

 

 「『わたし』は『みんな』のネガイをかなえたい」

 

 声も目も先ほどとは違い、ただ決まったことを淡々と述べている。

 

 「そのために、『わたしたち』はどんなコトでもする」

 

 今更ながら気がついたことがあった。

 それは、アサスィがたまに自分のことを「わたしたち」と呼ぶが、それはサーヴァント全体、この闘争に招かれたサーヴァントのことを指して、「わたしたち」と自分のことを呼ぶのだと思っていた。だけど、違う。アサスィは、サーヴァントである自分たちのことを「わたしたち」と呼んだんじゃない。一人、目の前の少女は「わたしたち」と自分のことを自分たちと呼んでいる。

 それがどういう意味なのか、分からないけど、一つだけ確かなことがある。

 

 『みんな』の願いが何なのか、分からない。しかし、その願いを叶えるためなら、どんな犠牲も、どんな代償も惜しまない。

 どんな過程があろうとも許容する。それが聖杯を得るためだったら、暗殺者の名の通り如何なる卑劣な手段すら講じる。闘う上で障害があるなら、確実にその障害を潰してから戦いを吟じる。

 

 それとなぜこんなことを、唐突に宣言し、語りだしたのかも、俺が、今朝言った宣言、「関係ない人が巻き込まれるならそれを止めたい」

 

 この方針は、つまり、過程を重視するということ。いや、聖杯を欲していないから、ただ調停者のように、戦闘そのものが重要。

 

 つまり、聖杯という結果などどうでもいい。それが俺の方針。

 

 だけど、アサスィはどんな犠牲も代償も構わない。

 俺の方針とアサスィの方針は致命的なまでに食い違っている。いや、俺が最も打倒すべき敵は、本来ならまぎれもなくこの少女。

 

 無関係な人々を巻き込む、それすらも辞さない。

 

 「令呪をツカウ?」

 

 その役割の通り、サーヴァントを律する鎖を使うのか? アサスィはそう尋ねる。

 

 一瞬、左手に刻まれた三画の紋様が思い出される。確かに、サーヴァントを縛る鎖を用いれば出来るかもしれない。

 

 令呪を使えば確かにことは簡単になるかもしれない。しかし、そのあとを考え、出した答えは、

 

 「アサスィ、俺は」

 

 言葉が、答えが続かなかった。

 

 簡単だ、この女の子に、目の前の少女に自分が思った通りに、戦う上で望むことを強要しさえすればいい。だけど、だからこそ、

 

 だめだ。令呪を使えば、確かにアサスィはしたがってくれるだろう、けど、それ以降は何を言っても無意味、意味も意義もない。

 

 だから……

 

 くそ甘っちょろい、ああ、心底、甘すぎる!

 

 なんて現実的じゃないんだろう、奥歯を噛みしめる。

 

 

 なんて言ったらいいかわからない。

 

 「……おれは」

 

 自分でも何を言ってるんだろう。気がつくと叫んでいた。

 

 「おれは!! 」

 

 しかし、再びその言葉を最後まで言うことはできなかった。

 

 アサスィが俺を押し倒す。とっさのことで受け身も取れず、背中から思いっきり倒れた。

 

 なにを!

 

 抗議の声を上げようとした時、

 

 風を切り、俺の頭があった空間をなにかが通っていった。

 

 アサスィは間抜けな表情を浮かべているだろう俺に構わず、Tシャツのうえに着ていた半袖のパーカーのフードを掴む。そのまま引きずっていく。

 

 通路の端には10メートルおきに柱が設置されている。店舗と店舗を区切るように、巨大な身を隠すことができる代物。そこにアサスィと俺は身を隠す。

 何が起こっているのかいまだに理解できていない俺とは違い、アサシンの表情は静かな水面のように、何も感情がなかった。

 

 「シュウゲキだね」

 

 冷静に状況をいう。

 襲撃、つまり他のサーヴァントが襲いかかってきた。

 

 やば、人が、

 

 柱から顔を出し、通路の前後を確認するが、人がいない。安堵を覚えたのもつかの間、進路方面の旧都庁出口付近から何かが耳障りな破砕音を撒き散らし、近づいてくる。そちらを振り向こうとしたとき、再び、体が浮遊する感覚と、なにか硬い物に叩きつけられた衝撃。

 

 その硬い物が、地面だと、地下道の汚れたタイルだと気がつくのに、そう時間がかからなかった。しかし、そのタイルの冷たい感触よりも、震動が頬に伝わる。視界には地面から数センチの世界にはコンクリート片や、店舗のウインドウなどのガラス片がタイルにかぶさっていく。

 

 俺の背中なにかがのしかかっている。刹那、でかい建材が押しつぶしているのかと思ったが、それはひどく軽く、そして、温かかった。

 

 しかし、その感触もすぐに失せ、重石が取れた。

 

 顔を上げると、俺を守ってくれたものがなんであったか、それは一つしかなかった。

 

 瓦礫の上、俺を守るように腰のホルスターからナイフを抜き、構える少女が、『アサシン』のクラスを拝命した、召喚時の露出の高い服装を着て、ナイフを構える少女が俺を守らんと敵のいる出口方向を向いていた。

 

 しかし、アサスィよりも、その光景に目を奪われた。

 

 世界が豹変している。

 柱の陰に隠れた俺とアサスィを柱ごと粉砕せんとして、外から通路の柱を全て撃ち抜いた一撃は、世界を一変させるにたるものだったらしい。

 

 今俺がいるのは全長200メートルの連絡通路のちょうど真ん中付近、柱は10メートルごとに設置されているから、計10本の程の柱は中程から、直径1メートル、飾りとはいえ、断面に鉄筋が入っている柱が、くの字に曲がっている。

 

 その衝撃と撃ち抜かれた際に発生した破片のためか、空き店舗のウインドウのガラスがあたりに散乱し、いくつかのシャッターが下りていた店舗では、破片の衝撃には耐えたが、柱を砕いて直進した飛翔物の衝撃には耐えきれなかったのか、横一直線に裂けていた。

 

 左右の天井に設置された蛍光灯はこなごなに砕け、幾つか残った非対称の光源が照らすが、まるで戦場の後のようで、妙に空気が埃っぽく、事実、白い靄のような埃が地下道内に立ち込めている。

 

 母が書いていた戦場に様変わりしていた。もしも、この地下道が人であふれていたら、死傷者はきっと、

 

 その次の想像は許されなかった。

 

 黒の手袋をした少女の手が俺の腕を掴み、一番大きな破片、いや、むしろ一本丸々柱が転がっているその影に身を隠した。

 

 まだ呆然としている俺の顔を覗き込み、いう。

 

 「くえすちょん、リカイした?」

 

 これが、自分の身を置く世界だといわんばかりにとがめるように、俺がいかにあまい考えを抱いているかを糾弾するような声。

 アサスィの顔を見返すと、アサスィはしっかりと俺の顔を見て

 

 「マスター、貴方がどうであろうとかみゃは」

 

 あ、噛んだ。

 

 重要な雰囲気のする場面だったため、力んで噛んだか。

 そして、いつも通り耳まで真っ赤になるアサスィ。もう噛む癖わかってるんだから、そのまま言えばいいのに。

 

 「クレ、これが殺すということ。しっきゃ」

 

 もう一度噛む。

 

 「しっかり、みてて」

 

 噛んだまま無理につなげ、そのまま、横たわっている柱の陰から通路に姿を現す。

 そのまま、駆ける。敵のいる、出口に向かい駆けていく。

 

 

 

 

 不心始章 第一話「欺瞞の代償」 終

 

 




 いかがでしたでしょうか? 今回から新章突入です。
 仕事が忙しいときほど書く暇がないものですが、人間一時間の休みあると書けるもんなんだって知りました。
 いや、まぁ、できはあれですが。
 
 しかし、改めてこの物語読んでみると主人公の久連、アサシンの足引っ張るだけでなにもしてないな……ちなみに外伝との時間列が違っていますので、成長という修行期間にも……
 御意見ご感想お待ちしております。
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