Fate/Heterodox Tale   作:今日は晴れ

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tale 05 「闘争を知る者」

 01

 

 「案外驚かねえんだな」

 

 再び口に煙草をくわえ、もう一度、紫煙を吐き出しながら赤頭さんは意外といわんばかりに俺を見る。

 

 驚かない、との評価だけど、確かに傍からみたらそうだろう。眉一本動かさず、じっと、煙草の消費ペースを考えていたんだし。そもそも、動じなかったのにはわけがある。それは、

 

 「実は、少し考えていましたから。貴方が同盟を持ちかけてくるんじゃないかって」

 

 「ほう」

 

 感心するか、それとも試すかのような、聞く人によって印象が異なる風に声を赤頭さんは漏らした。だけど、さきほどまでの獰猛な獣を連想させる笑みじゃなくなって、俺には人を小馬鹿にしたようにへらへらと笑っているように見えた。

 

 それで本来は、むっと怒りがこみ上げてくるはず、なんだろうけど、怒りはこみあげてこない。逆だ、びくりと、心臓を鷲掴みにされたかのように縮こみあがる。

 

 理屈じゃない、直感でわかった。その小馬鹿にした笑みを浮かべた時こそ、この人にとって、いよいよここからが本題だ、と。

 この人は俺を見極めている、何に? それは赤頭さんが出した「同盟しないか?」という提案に対して、同盟相手にふさわしいかどうか、に決まっていた。

 

 これからの質問は一字一句、すべて俺を査定する。それでふさわしくないって決まれば……考えないようにしとく。手が震えてきたら怖い。しかし俺は根っからの小心者なんだな。

 

 「どうしてオレがお前さんに同盟を提案したのか、その考えの根拠は?」

 

 きた。

 

 すっと、眼が細められ、まるで俺を値踏みするかのような視線に赤頭さんが変えたのが一目でわかった。そして、ここでひるんだら行けない、ここが正念場だと、最初から知っていたかのように理解できた。

 

 さっきまで浮かべていた笑みを獣のような笑みだと俺は言ったけど、今の方が獣だ、獣、しなやかにしかし強靭な黒い獣。この獣に隙をみせれば喉仏に牙が食い込んでくる。ゆえにひいてはいけない、一歩でも退いたり、畏れればその隙を見逃さずにこちらを狙ってくる、そんなイメージが脳裏に浮かぶ。だから、恐れたことをおもてには出していない。本当は唾を飲み込みたかったが、そんな弱みを見せてはいけない。

 

 だから、言葉を話すことでごまかした。

 

 にこやかに、なるべく好青年のイメージを脳裏に描きながら笑ったけど、きっとひどく濁った、むりやり人形が笑ったような笑みになっていることだろうね。

 

 「今の状況ですよ、証拠は」

 

 「状況?」

 

 「ええ、俺が治療してもらってる状況です」

 

 俺が目覚めてずっと灰色の脳細胞をフルに活動させて、辿り着いた考察。怪我して、手持ちの武器もない俺が唯一もっているカード、しかし、それをきらなきゃいけないんだから仕方ない。

 

 「高価な宝石まで使用して治療してくれたことに感謝しますが、宝石じゃなくてもいいんじゃないですかね?」

 

 普通だったら医者だ。無論医者につれていけば赤頭さんの素性がばれる可能性もある。それは赤頭さんにとって不利になる。だったら、医者が駄目なら救急車でも、いや、新宿なら結界を使用したとはいえ、放置していれば誰か人に見つけさせればいい。

そもそも、治療する義務は赤頭さんにはなかった。放置してもよかった、でも現実はしなかった。それには意味がある。意思を伴った行為には何か意味がある、それが母の教えだ。

 

 仮に、あの晩赤頭さんが俺を気に入った、といっていたから治療したとしよう。気に入ったから治療した、そこまではいい。だけど、わざわざこうして別な場所に運んで宝石までつかって治療をした、なんて、不自然にも程があるんじゃないかな?

 

 母はいっている。思考を止めるな、思考におぼれるな、相手の施しにはなにか裏がある。それが度を過ぎていれば、なおさらだ、と。

 

 赤頭さんの施しは、度が過ぎていた。頭を巡らせ、何かを求めていると分かるのに十分すぎるものだった。

 

 確かにあの戦いで赤頭さんは俺を気に入った、といったが、“とっておき”の宝石を使ってまで治療するだろうか?

 

 顎に手を置き、頷く赤頭さん。内心、虎の尾と踏まないように、なにが虎の尾なのかもはっきりしないまま、一方的に話して行く。

 

 「そもそも、貴方との戦いで普通なら俺たちは敗者。あの子――サーヴァントを生かしておく意味はないはずです。いや、そもそもあの子を生かすのは、不自然だと思いますよ。聖杯が欲しいなら、自分以外のサーヴァントを生かしていく必要はないんです」

 

 聖杯を掴むのは一組だけ、ならもう二度と障害にならないように少しでもリスクはすくないことに越したことはない。だけど、アサスィも俺も生きている。それは赤頭さんが証言してくれた。

 あれだけの通路に結界を張るという下準備とそれで俺たちを倒した結果はいいのに、最後の、最大の目的である「アサスィの脱落」という戦果をあげていないのは可笑しい。

 

 赤頭さんは、それで? と顎に手をあて、続きを促した。

 

 「だけどそれをしていない、つまりあの子を生かしたことには意味が、価値がある。無論その価値とやらは聖杯戦争絡み、でしょうが、聖杯戦争で役にたつっていうなら、一つしかない、貴方達が今足りない物、必要としているものがある」

 

 「オレに必要な物?」

 

 はてなと首をかしげながら赤頭さんは問う。一度唾を飲み込み、喉を潤す。

 

 正直、よくここまで頭が回るものだ。母の教育の賜物だと、天国にいった母に感謝するしかない。本人は地獄行きだと日記の中で懺悔していたけど。

 

 俺の治療、アサスィを生かしたこと、その他赤頭さんがいったことの数々、それをまとめれば、赤頭さんの欲しがっているものは見えてくる。……俺を生かした理由が、内蔵取った方が金になるけどそれには理由が必要で、内蔵より安い宝石使って治療、だから、これから内蔵取られるなら話は別だけど。

 

 ……止めよう、ネガティブな想像は。それより求めているものだけど、一つあった、いや、一つしかなかった。

 

 「戦力」

 

 緊張で喉が渇いたから、テーブルの上に放置していたコーヒーを一口すする。くっそまずいな、おい。でも、あのヘドラの味がわらかんないぐらいに緊張してるな。まずいってことしかわらないってのも、すごいが。

 

 「聖杯戦争――戦争なんて大業な名称ですが、その内情、圧倒的に参加者の人数は少ない。陣営は7陣営ありますが、マスターとサーヴァント、ペア2人組が7つあるだけ、つまり、駒となるサーヴァントは7人、7人しかいないんです」

 

 アサスィの説明で、聖杯戦争に参加しているのは7つのクラスというサーヴァントだと。7人は多い、だけど、たった7人、マスターを含めても14人。なら、この少ない人数で生き残る確率を上げるために、いや、そもそも、戦いに勝つにはどうすればいいのか、最も簡単な方法は、

 

 「逆をいえば、数少ない陣営同士が、2人以上のサーヴァントが手を組めば、強力な、他を圧倒するほどの、とはいえませんが脅威にはなるでしょうね」

 

 なんといっても、常に1対2以上の戦いを強いられるわけだし、苦戦間違いなしだ。あたりたくはない。

 

 「聖杯を掴むのに最後は争うことになりますが、それでも6人、いや、マスターも入れれば12人を苦労して倒すより、最後の一騎打ちに勝てば聖杯はすぐ手に入る、圧倒的に楽です」

 

 実を言えば、赤頭さんとそのサーヴァントであるアーチャ―はかなりの臆病だと思っている。新宿の通路に結界を敷き、一方的な狙撃を行ったのだ。いくら人がすくなくなったとはいえ、かつて都庁があった場所、そこに200メートル近くの通路を結界にする苦労なんぞ想像を絶する作業だったろう。

 あの結界は一朝一夕のものじゃないことぐらい結界に関して専門外の俺でもわかる。労力を考えれば割に合うかどうかもわからない。だけど、赤頭さんはその労力を支払い、対価に俺たちを仕留めた。

 

 つまり、勝つことに全力を注ぐ。そして勝利をもぎ取る。けどそんな戦いばかりしているわけにはいかない。なら、リスクをより軽くし、戦術の幅を増やすにはどうしたらいいか、簡単だ、戦力の拡張だろう。

 

 無論、普通はそう簡単な話しじゃないけど、元々数が少ないし、戦争なんて呼ぶのもおこがましい個人、単体の戦力しかいないんだ。

 一人増えても二倍になる意味は大きい。

 

 「ならサーヴァントを捕まえればいいですが、サーヴァント単体だけじゃ無理。マスターというものがいて、初めて役に立つ。だから、俺を生かした、違いますか?」

 

 アサスィはいっていた。単体ではサーヴァントは存在できない、だから、マスターの俺を、いや、アサスィに対して絶対命令権を行使できる俺に話を通した。どれだけアサスィが反発しようとも令呪と持つ俺ならアサスィの意思を封じ込められるから。

 

 もしも、普段の俺を知る誰かが聞いていたら、ちゃらんぽらんかつ能天気、御花畑が頭の中に咲き乱れてる俺が言ったいきなりの言葉に驚いたかもしれないが、勝つための手段を考えなかったわけじゃない。

 

 最初に思いついたのはどっかのサーヴァントとの同盟、しかし、これもすぐに消した。

 

 理由は至極簡単。

 

 俺は他の陣営とコネクションなんてなく、唯一戦ったのはセイバー陣営だが、あのセイバーのマスターはイレギュラーな横やりを受けたとはいえ、俺を殺そうして失敗、なんて赤っ恥をかかせた結果になる。そもそも、あんな、他人を闇討ちして、人の魂をサーヴァントに食べさせていた人と組めないだろうけど。

 だから、この案は廃案になった。しかし、他の陣営も同じことを考えていたら?

 例えば、接近戦に特化したと思われるセイバー、ランサー、遠距離と近距離、どちらもサーヴァントによってはこなせるだろう可能性があるライダー、バーサーカー。そして、同じ魔術師であるキャスター、最後に、遠距離戦という射程を武器とするアーチャーのうち、誰かが同じ考えを抱いていたとして、どうするだろうか?

 

 それに対し、ひゅう、と赤頭さんは口笛を鳴らす。

 

 「ちっとは頭が回るようだな」

 

 赤頭さんはへらへらと変わらない笑みを浮かべ続けていた。

 だけど、次第に心臓が鷲掴みにされる重圧が薄くなっていく。

 

 ほっと胸をなでおろす。よかった、殺されて秩父の山奥に埋められるのかと思った……はぁ。

 

 「そもそも、オレは外来の人間でな。実は拠点がない」

 

 あ、そうなんだ。じゃあ、この事務所も仮の住まいってことなのかな?

 ん? でもそうしたら、問題が一つ。

 

 「……でも、ここだって立派な拠点じゃないですか」

 

 「焦んじゃねぇよ、今からそれを話す所だ」

 

 手を俺の額に近づけ、デコピンを食らわせようとしたから、顔を横に傾け回避!

 でも、赤頭さんはそれを読んでいたらしく、回避した先にはもう一本の手が!

 

 結果として、

 

 「あがががががが……」

 

 再びソファアに転がるという結果につながった。いってえ、ただのデコピンなのに頭が割れるようにいてえ、あれ? この感覚、あ、最初にアサスィの怪我の具合尋ねたときと画数を間違えたときだ。ああ、デコピンされたんだ、あと赤頭さんも拠点がないって暴露しちゃいましたよ、って指摘したいけど、めちゃくちゃ痛くてそれどころじゃない。

 

 「とりあえず、拠点がない。これが魔術師にとっていかほど脆いか知ってるだろ?」

 

 しかし、赤頭さんは一切気にせず、ソファアに深く腰掛け話を戻す。俺も涙目になりながら元の席に戻った……額は押さえたままだけどね。

 

 で、話を戻すけど、まぁ、確かにこれほど不安定なこともない。例え、一流の魔術師であろうとも拠点がないのは、ホームベースしかない野球と同じだ。いくらいいところに球を打っても、ホームベースに帰らない限り休めないし、途中で疲れたら捕まるか、球がキャッチャーに戻ってアウト。

 最も、俺のクラスになると、拠点がないのとあんまり変わんないけど……まぁ、拠点ってか、家といっても殆ど差異がないんだけどね。

 

 だから、ここが赤頭さんの拠点じゃないの?

 

 「だから拠点が欲しい、ここはいい家だが、いくらやくざもんとはいえ、下には魔術なんぞ知らねえ連中が住んでる、だから巻き込めねえ……んだよなぁ」

 

 頭をかきむしりながら赤頭さんは盛大にため息をついて深くソファアに沈んだ。その様子は、本気で気に入っているのに離れなくちゃいけないことを心から悔しがる子供と同じだった。ただ、子供と違うことは、駄々をこねるけど、分別があるってことぐらいの違い。

 

 ……うすらうすら感じていたけど確信したことがある。

 

 それは、この人も大概なお人よしだってこと。

 

 だって、いくら裏社会の人間とは言え、無関係の人間を巻き込みたくないってことなんだし……俺の治療も、恩を売ってイメージを良くするってこともあるんだろうけど、寝てるソファアも寝やすいように毛布が掛けられていた。包帯の巻き方もとても丁寧で、床に落ちたりしてるのにずれたりすることなく、しっかり固定されている。医療関係の人間にも見せたんだろう。

 

 でも同時に疑問が浮かんだ。

 

 「なら、そんな一般人を巻き込んじゃう結界を作ったんです? 巻き込みたくないっていいつつ、それは矛盾してませんか?」

 

 赤頭さんは矛盾している。いくら認識阻害がかけられているとはいえ、200メートルにわたる大結界だ。少なからず一般人を巻き込む可能性がある。そんな結界を作っているのに、この拠点が転移する理由が巻き込みたくないから、だなんて矛盾してないか?

 俺が一般人を巻き込みたくないから戦っているって知ってるけど、それで言いくるめられると思ったら間違いだ。

 

 でも、赤頭さんは虚空を見つめるように視線を上げたまま、煙草を取り出す。

 

 「ああ、お前の言う通りだ、矛盾しまくってる。だけどな、状況がな……」

 

 紫煙を吐き出しながら、苦々しく表情を浮かべ、

 

 「他の陣営も、2騎同士で同盟を、二組、今回の聖杯戦争は戦力の数がもとより違え、こんなくそったれな状況なら、杜撰でも結界を仕掛けねえとやっていけねえんだよ」

 

 そんな衝撃の真実をさらっと述べる赤頭さん。

 

 赤頭さん煙草吸いすぎじゃね? って、現実逃避したかったけど、さすがにそこまでのんきじゃないし、頭を切り替えているからその意味が否応なしにわかってしまった。

 

 ……そりゃ、罠を仕掛けるしかないな、うん。

 

 02

 

 他の陣営、しかも4つの陣営が同盟を組んで、いやいや、それじゃ一組っぽいな、あれ? 何組で何人同盟って、いやいやいやいや、混乱してるな、俺、落ち付け、俺。

 

 つまり早い話、4つの陣営が2組のペア作ってるってことだ……一気に簡単、分かりやすい状況。

 

 ああ、だから赤頭さんは一般人も巻き込みかねない結界を張ったのか。張らざるを得ない状況だったのか。

 

 ……それと、それがなぜ通路だったのかも分かった。

 

 「だから、あそこに罠を仕掛けたんですね? アーチャーの特性を活かせる罠を」

 

 ご名答、と短く、紫煙を吐き出しながら答える赤頭さん。

 

 通路、という特質をもつ地形を赤頭さんは選んだ。前後と限定される地形は赤頭さんのサーヴァント、アーチャー(弓兵)にとって味方になる。

 仮に一組しかかからなくても、そのサーヴァントとマスターは前進か後退しかできない。アーチャーを撃破するために前進すれば、獲物が近付いてくることになり狙撃の的が大きくなり移動幅も縮まっていく。では後ろを――後退すれば、アーチャーは無防備に背を向けた獲物に牙をむけられる。

 もしも、二体同時にひっかかれば最高だろう。だって、アーチャーから一方的に狙撃できる。なんといってもあそこを一瞬で廃墟に化す威力をもつアーチャーの攻撃だ、むしろ数が多いほど対処ができない。俺たちの声を聞いていた、ということはあそこに何人、いるのかを知ることもできる。

 ……つまり、

 

 「じゃあ、同盟しているサーヴァント、把握してるんですか?」

 

 罠を仕掛けた、と聞いた時、相手に合わせると言っていた。しかし、俺たちは攻撃らしい攻撃を受けなかった。アサスィが倒れていたけど、アサスィが倒れるほどの罠を俺が受けてぴんぴんしてることなんて不可能だし、赤頭さんは3人、把握してるって、いっていた。

 

 「ああ、どこもかしこも厄介な連中ばっかりときてやがる」

 

 頭を押さえ、不幸だと言わんばかりに煙草を吸った。てか、もう最後の一本だよ、それ、どんだけのペースで煙草吸ったの、この人。

 

 「同盟を組んだのは、ランサーとバーサーカー、これは長いこと組んでるみてぇで、アーチャーを召喚する前から確認できた。一組だけなら問題も、いや、あるが、だが、肝心の問題は、2日前だ。今まで確認できなかったキャスターとライダーが同時に襲いかかってきやがった」

 

 そういう赤頭さんは、深くため息をつきながら白煙を吐く。

 

 うわあ、それは、怖いな。だってサーヴァントが襲いかかってくるって、正直あのセイバーに襲われたから、その気持ちがわかる。

 今でもたまに思い出すほどだ。

 

 思い出すのは、薄いブラウスを着てるのに、それでも自己主張している胸とか、剣を構えているから両腕で圧迫されて形が変わる胸とか……ごめんなさい、おっぱいを思い出しているだけです。

 明らかに違うね、ごめんなさい。

 

 「どことも組んでねぇのはセイバーだな。けど、お前が襲われたようにあちこちで魂喰いをしてやがる。だが、ちょくちょく場所を変えて、次はどこに現れるのか分からねえ上に警戒心が強い」

 

 ああ、やっぱりセイバーはどことも組んでなかったんだ。

 だって、どっかと組んでたら、俺がアサスィを召喚して、放置してるわけない。戦力があったら応援呼んで俺たちを殺しに戻ってくるはずだし。少なくても数時間あの路地裏にいたんだし。

 

 「前に新宿で派手に魂喰いを行ってな、それで撃退、つっても様子見でちょっかいを掛けたんだが、戦いらしい戦いをせずにあっさり逃げた。もう新宿には現れてねえ。あそこまで警戒心が強いとなると、アサシンの可能性もあったが、セイバーか……騎士様が墜ちたもんだねえ」

 

 赤頭さんは煙草を灰皿に揉み消しながら笑った。その笑みは、なんだか、自嘲気味だけど、なんでだろう? まるでセイバーに特別な意味が含まれているみたいで、もしかしてセイバーの正体に行きあたって、憧れてたとか? と、なれば、やっぱりあの、たわわに実った巨大な西瓜を二つぶら下げていた女は騎士なんだろうか?

 

 ……ああ、だめだ、なんだかあのおっぱいしか記憶にない。

 

 「実を言えば、セイバーと組みたかった。それほどセイバーは強い。」

 

 あ、やっぱり赤頭さんもおっぱいに……違うな、うん。

 

 話しを戻すけど、つまりはそれほどまでに、セイバーはあの女性は強いんだと分かる。だって、剣を折ったとはいえ、アサスィの召喚による襲撃を防いで、さらにはヒステリックなマスターに撤退を指示していた。つまり、頭も腕もいい、戦力として上だってことだろう。

 

 「が、まぁ、お前さんの言ってることが確かだ。オレも魂喰いしてる所を見ちまってる、無理だな。戦力として考えれば惜しいことに」

 

 ごく自然な流れで、新しく出した煙草の封を切る赤頭さん。そのジャケットのポケットから新しい煙草の箱を取り出してるけど、あのジャケットのポケットは四次元につながってんだろうか? ぽいぽいと取りだしてるけど。

 

 「そういう点ならお前は合格なんだけどな」

 

 惜しいものを見る目で俺をみる。すみません、視線が鋭すぎて心臓持ちそうにないんで勘弁してください。

 

 「なにが、合格なんですか?」

 

 だって、さっきので俺と同盟するに足るって思ったんじゃないの? 他に加算ポイントあったかな?

 

 「お前、あのサーヴァントが倒れた時駆けてったろ? サーヴァントに向かってよ」

 

 ……ああ、通路であの謎の霧が晴れた後か、確かに駆けってたな、自分でも気がつかなかったけど、全力で。あれは本当に怖かった。だって、赤頭さんのサーヴァントの攻撃ってわかる何かがすぐわきを通り過ぎてく、心臓止まるかと思った。

 

 「最初は惚れてんのか、真性のロリコンかと疑ったが、反応見るにそうでもねえみたいだ。それでその前に、お前とサーヴァントが話していた、より多くの人を助けるのをどうするのか、って話しで、本気でそんな理由で戦ってんだなって思っちまったわけよ」

 

 ……そういえばそんな話ししてましたねぇ……ってか、赤頭さんの俺がロリコンか質問にそんな意図があったのか。

 

 「『多くの人を助けたい』、字面だけなら綺麗だな。これ以上ないほど綺麗だ。だけど、難しい。それが言葉だけの覚悟ならことが起こるとあっさり逃げて、もしも表面上そう繕ってる奴ならなにか裏がある。だから裏切る。だけど、そいつの覚悟が本当なら」

 

 生唾を飲み込んだ。つまり、俺の行きつく先、望む果てにどうなるのかを赤頭さんは言おうとしているのだから、無意識に唾を飲み込んでしまう。

 

 「本当なら?」

 

 知らず知らず、声がでた。先を望んでいるからだ。

 

 「都合のいい言葉に踊らされて利用された挙句、襤褸雑巾になって棄てられるだけだ」

 

 ずっこけた。

 

 最悪の未来じゃねえか!

 

 「ことを成せる、とかそういうんじゃないんですか!?」

 

 そう叫んでしまう。

 普通そういうことをいうならいいことを、明るい未来を提示するものだと思ってたよ、俺の中では。

 

 赤頭さんはさも、呆れたと言わんばかりに、両腕をソファアにかけ、片足を組むと、さも心底俺を見下す視線を放って、

 

 「なるわけねぇだろうが、現実がそんな甘い場所だったら今頃人類は戦争や差別、飢饉、虐殺なんて人類史からとっくの昔に消えてる」

 

 ……ぐうの音もでねえ! 確かにそんなに社会が、というか理想がかなう世の中だったらそりゃ確かにすばらしい社会ですけど、無理ですね。

 

 だから俺の未来が幻視できた。路地裏でミイラになって死んだ、あのファットマンなサラリーマンに自分が重なる……最悪の未来を。

 

 「ま、そんな甘くはねえよ、だからお前があのサーヴァントに向かって走って来た時、ああ、馬鹿だって思ったね。だから試しに、お前にサーヴァントを自害すれば助けてやるって明確な逃げ道作った。それを断った時も、嗚呼こいつは馬鹿だ、ってな」

 

 項垂れる俺にさらに会心の一撃!

 

 た、確かにそんなこともありましたね、思えばそんなこといってたけど、そのときから試されてたのかな?

 

 もう立ち上がれない、と思っていたら、顔をあげろ、と命じられた。

 

 なに? 俺に死刑判決でも告知するんで? と顔を上げると、

 

 「だけどよ、お前さん、自分のサーヴァント、助けたかったんだろ?」

 

 さっぱりと、すがすがしい笑みを浮かべた、男性が目に入った。獣のような笑みとも、人を小馬鹿にしたような笑みとも違う笑み。

 もしかしたら、あの行為はこの人にとって、敬意に値するものだったか、それとも琴線に触れる行為だったのか、

 でも、正直いえば、

 

 「……分かりません、自分でも気が付いたら駆けてました」

 

 正直にいうしかない。本当は逃げたかったって、頭の中で、現実逃避しまくってたって。殆ど無意識で、そんな目で見られる価値はないってことを。

 

 でも赤頭さんは、

 

 「それでいいんだよ、お前はそれでいいんだ」

 

 そういって、自ら確認するかのように、頷きながら笑っていた。

 

 「だからな、俺はお前みてぇな誰かを助けたいって理由で戦ってる馬鹿なマスターと、あっさり人を殺してサーヴァントを強化する賢いマスター、どっちと同盟するっていったら」

 

 真摯な瞳があった。どこまでも純粋な、瞳だった。その瞳に、俺の顔が写っていた。それで確信することがあった。

 

 「馬鹿な方を選ぶことにしたよ」

 

 

 

 ――ああ、この人は本当にお人よしだ。

 

 こんな馬鹿だ馬鹿だといっていたのに、その馬鹿を選ぶなんて、この人も馬鹿なんだろう。

 

 だから、一つ、俺も確認したいことがあった。

 

 「尋ねたいことが」

 

 そろそろ切り出してもいいだろう。こっちも聞きたいことがある。

 

 「なんだ?」

 

 赤頭さんは興が削がれた、とか一切ない真剣な表情で、応じてくれた。

 

 「で、聖杯になにを望むんですか?」

 

 これだけはしっかりと確認しなきゃいけないこと。

 相手が、この赤頭さんが人を巻き込みたくないって考えるお人よしだってことはわかったし、俺を選んだ理由も、だけど、この人が聖杯を望む理由を、どんな願いも叶えられる機会であるからこそ、この人の望みを尋ねなければならない。それがこの人と手を組むうえで最低条件だ。

 

 だけど、この人の根底にあることならば難しいかもしれない。でも、この人に尋ねなければならない。

 

 俺の信用を、この人においていいのかどうか、だから、尋ねた。

 

 それに対して、赤頭さんは、煙草をふかしながら、ただ一言。

 

 

 「ねえよ」

 

 

 03

 

 「はい?」

 

 え? なんて言ったの、この人。

 

 「だからねえんだって」

 

 どこか苛立っているような口調な赤頭さん。で、でも、さっき、なんでも叶えられる願望機っていって、しかもなにか後悔があるような感じだったし、俺の願いがないってことを馬鹿にしたのに、めちゃくちゃ矛盾してるような気が?

 

 俺のそんな疑問を察したのか、煙草を揉み消すと、やおら立ちあがり、ブランドのかかった窓際に移動した。

 

 「オレには優秀な姉貴がいてな」

 

 こちらを一切振り返らずにそう語りだした赤頭さん。たぶん、窓際に移動したのは、なにかをごまかすためだ。でも、なにをごまかしたいのか、わからない。

そもそも、なんでいきなりお姉さんのことを?

 

 「オフクロもオレじゃなくて姉貴に目をかけて育ってきた。そんで、本当なら姉貴が参加するはずだった」

 

 それは……

 

 魔術師にとって、二子、子をもつって、なんてことはない当たり前のこと。

 魔術の家に伝わる魔術は一子相伝、故に、後継者が途絶えてはその魔術の途絶えも意味している。だから、予備として二人の子供を育てる。一人が駄目になった時の予備のために……

 

 「んだが、オフクロが間違えてこの戦争に必要な荷物と方法の書かれた手紙をオレに送ってな、だから参加した」

 

 ごめんなさい、無礼を承知だけど、どんな人だよ! うっかりしすぎだろ、そんな重要なものを間違えるな。そしてどんな参加理由? それただの……

 

 そこまで考えた時、はっと、赤頭さんの顔をみると、こっちをみていた。にやけ、ぶん殴りたいような、子供が嫌がらせを考えて実行してる時みたいな笑顔だった。

 

 まさか、赤頭さん……

  

 「だって、すげえ嫌がらせだろ? 手塩にかけて育てた娘じゃなくて、今まで気にもしなかった息子が優勝トロフィーを掴んじまうなんてよ」

 

 図星だった。この人、純粋、違う――単純に、子供だ。

 

 多分、俺は、今人生史上最大のあきれ顔を浮かべている。だから、噴いてしまった。

 

 「それは素敵な参加理由ですね」

 

 「だろ?」

 

 お互いに笑う。次第に腹を抱えた。目尻にたまった涙をぬぐうと、丁度赤頭さんがソファアに腰掛けたところだった。

 

 「ま、強いて言うなら、こんなオレの召喚に応じてくれたサーヴァントの期待に応じること、そのために精一杯この戦いを勝ち抜くこと、それが願いにして戦い方だ」

 

 なるほど、つまり、生き抜く気力に満ちてるわけだ。

 

 「で? どうだ? 同盟組むか?」

 

 そういって、俺の回答まちってことなんだろうけど、問題が一つ。

 

 「? どうした、難しい顔をして……なんなら断ってもいいぞ、今回は、まぁおまけみてぇなもんで見逃してやってもいいが、だが、次は」

 

 あ、難しい顔してたか。

 

 「ああ、いえ、そうではなく、その……」

 

 別な問題なんですよ。

 

 「その、なんだ?」

 

 赤頭さん再びいら立っているけど、説明するのか憚られる。だって……

 

 「あの子に、どう言おうか、迷ってまして」

 

 正直、勝手に同盟組んだ、なんてアサスィにどう説明すればいいのか、それで悩んでいた。やっぱり話は通した方がいいんじゃないかな?

 

 「あの子って、お前のサーヴァントか?」

 

 「ええ、あの子です。あの子抜きに話を進めていいものか」

 

 ため息混じりに打ち明ける。でも赤頭さんは何でもないことのように、

 

 「なんだ、そんなことか」

 

 なんだ、そんなことかって……

 少し、頭にきた、こっちは真剣に悩んでるのに。

 

 アサスィがいなくちゃ何もできないかもしれないけど、実際、アサスィにも話さないとあとで大変なことになる。だって、戦うのは……

 

 「そもそもお前さん、あんな別れ方したのにどうすんだ? 同盟はこのままより、あいつにも有利なことだ、だから言いくるめることも可能だが、お前、どうすんだよ? 叔母を殺すのか?」

 

 え? ああ、おばさんか、おばをころ……あ

 

 『クレが殺してあげたほうがいい。ダイジな人に殺されたほうがその人も幸せ』

 

 不意に、アサスィの言葉が蘇った。

 

 ……あああああああああああ! 忘れてた! アサスィは俺に条件を出していた、戦いたいなら、おばさんを殺せって。でもできないって俺は拒否した。それで、そのあと襲撃されて、話しが打ち切られたままだ。

 

 頭を抱える。どうしよう……そっちも話さなきゃいけない。

 

 「……ないです」

 

 「なんだって? 聞こえねえよ?」

 

 わざとらしく大きな声で尋ねる赤頭さん

 

 「だから、おばさん、殺すわけないじゃないですか!」

 

 頭を抱えていたけど、起き上がって叫ぶ、なにがあってもそれはやっちゃいけないことだ。

 

 「だったらお前はどうしたんだ? あいつお前の方針を理解するにはどうしたらいいと思う?」

 

 「……あの子に、しっかりと話したいです、俺は、やっぱりあの子に説明するのが必要だと思います」

 

 甘いけど、甘すぎるけど、それしかない、それぐらいしか今の俺には思いつかない。令呪って手もあるけど、それは駄目だ、あの子の意思を曲げる、むりやり曲げるんだ。

 

 「だったらそれ、伝える場が必要だな」

 

 赤頭さんは俺を見ながらそういった。

 

 「オレがその場を整えてやる。同盟の事実と、お前のおばを殺したくないって戦闘の方針、同盟の件は事後承諾になるが、なに、面倒事が一つ増えることだ、どっちにしろ、お前は一度話さなきゃいけねぇだろ?」

 

 そりゃ、それは渡りに船だけど……

 

 「安心しろ、俺はそういったことに関して、プロだ」

 

 なんか、すげえだましてますってさっきとは似ても似つかない爽やかスマイルを浮かべているが、信用するしかない。

 

 ため息をひとつ、こぼす。どっちにしろ、アサスィと話さなきゃいけないのは確かだし、な。でもこの笑顔で信用するのは正直不安だが、仕方ない。

 

 「十二月 久連っていいます」

 

 右手を差し出す。

 でも、赤頭さんは首をかしげている。右手を差し出したのは同盟の握手を求めているって、のが分かるんだろうけど、名前を突然名乗った意味がわからないって感じだ。

 

 「ほら、名前です。俺の名前、まだ名乗ってなかったんで」

 

 そう説明すると納得が言った様で、

 

 「ああ、よろしく。俺は(あきら)。 衛宮(えみや) (あきら)だ」

 

 そういって笑いながら握り返してくれる赤頭さん、もとい衛宮 彰さん。

 でも、笑うと何処か獰猛な獣みたいで、心拍数が上がるのがわかった。恋とかじゃなくて、物理的な捕食の意味で、生きた心地がしない。たぶん、いつまでたっても馴れないだろうなって予感がした。

 

 

 

 

 不心始章 第五話「闘争を知る者」  終

 

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