Fate/Heterodox Tale   作:今日は晴れ

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tale 06 「無貌の笑顔」

 

 01

 

 「どうやら話しがついたようだね」

 

 包帯が巻かれているとはいえ、上半身裸で、トランクス一枚の格好の俺と、周囲に無暗に緊張感と閉塞感を与え続ける強面の男――彰さんと手を繋いでいる、なんて情景を説明すればとんでもないことのように思えるけど、なんてことのない握手をしている時、そんな爽やかヴォイスが耳に入る。その声は彰さんの声でも、無論、俺の声でもない、なら結論は一つ、第三者のもの。

 

 ソファアに腰かけなおして、声の方をみれば、ドアを開け、一人の男が入ってきた。髪を緑に染め、ベージュのスキニーズボンに黒地に白く縁取られた男もののドレスシャツ、柔和な笑みを浮かべる、眉目秀麗を絵に描いたようなイケメン。なんだか、ファッション雑誌の街角の一枚、とかで掲ってるイケメンだった……さぞや、もてるんだろうな……ううん、悔しくないよ、悔しくなんてナイヨ!

 

 思わず呪詛を吐きそうになるイケメンさんだったが、イケメンは円形のお盆をもち、お盆の上には二皿、その上に切り分けられている西瓜が乗っている。

 

 それで、器用に片手で扉を閉めるとイケメンは俺たちの隣までくる。テーブルにお盆をのせ、俺と彰さんの前には西瓜がのった皿を置いた。

 

 彰さんと俺の前に置かれる西瓜。

 

 だけど、そんなことよりも気になる疑問が一つ。

 

 ……誰?

 

 いや、西瓜をだされたってことはわかる。けど、なぜ西瓜なのか、そして、この人は誰なんだって、真っ先にそんな疑問が浮かんだけど、イケメンは薄くほほ笑みを絶やさず、ただ皿を差し出す。

 

 つまり、これって召し上がれってこと?

 

 彰さんを見てみれば、我関せず、といった風に足を組んで煙草をふかしている。だめだ、頼りにならない。イケメンの顔を覗ってみると変わらずに、どうぞ召し上がれ、と笑っている。もう一度、西瓜を見てみると、みずみずしくて、とても美味しそう。

 

 ……これを食えってことかな?

 

 だから、手を伸ばして、一口、齧る。

 

 あ、おいしい。

 

 西瓜はよく冷えていて、それと塩がふって丁度いい塩辛さが果実特有の甘みを引き立たせていた。思わず、もう一口かじる。もう一口、と、気がつけばついつい、しゃくりしゃくりと西瓜の虜になっていた。

 一口かじると、急に腹からとてつもない空腹感が襲った……いや、あのヘドロコーヒーの所為で、まるで無理やり腹がせかされているかのようだ。もっとまともな食べ物を食べたい 腹にいれんと死ぬ そんな脅迫概念にも似た焦燥感で動かされていた。だから、かぶりつくように食べた。

 

 

 

 はっと、我に返れると手にもつのは、赤身がなくなり白い皮一枚の西瓜。

 

 顔をあげればこっちを呆然とみる彰さんと、なぜか口を手でおさえて震えているイケメン。

 彰さんの煙草の灰が落ち、一言。

 

 「西瓜、そんなにうまいか?」

 

 彰さんが俺に問いかける。

 

 皮だけになった西瓜を皿の上に置き、口元を手で拭って、咳払いをし、姿勢を正す。

 その答えなんて、決まっていた。

 

 「西瓜、美味しゅうございました」

 

 深々と上体を下げて一礼した。我ながら見事な礼だと自画自賛できる礼をしたつもりだ。

 

 ……っていっても、今の俺の姿、パンツ一丁なんだけどね。でも、あれだな、西瓜に夢中になるとか、アサスィのこといえないな。

 

 そんな自己嫌悪に駆られていると、

 

 「ぷふっ」

 

 見れば、イケメンがこらえきれず噴き出している。

 

 「アキラ、彼はじつにユニークだね!」

 

 腹を抱えて大爆笑するイケメン。

 

 正直イケメンに言われても嬉しくない。というか馬鹿にされている気がするのは気のせいだろうか、いや、気のせいではない。 

 

 怒りに満ちた拳を放つべきか葛藤していた時、ふと気がつく。てか、このイケメン、誰だ? って、再度根底的な疑問に気がついた。

 

 この部屋に入ってきて、しかも彰さんが何も言わないってことは関係者なんだろうけど……ホストかな? やーさんの下で働いているホスト? この建物はヤのつく人のものだっていうし、ここを手伝ってるホスト? ホストなのか!? 女の食い物にしてるホストなの!!? 

 

 「久連、紹介するのが遅れたな、そいつがアーチャー、オレのサーヴァントだ」

 

 なんてこのホスト(仮)について悩んでいたら、彰さんの予期せぬ言葉に、へ? と、拳を抑えながらも声が漏れ、目尻に溜まった涙を拭うイケメンをみた。

 

 アーチャー(弓兵)

 

 彰さんが召喚したサーヴァント、そして、あの通路を廃墟に塗り替えた英霊。

 

 もう一度、この部屋を見回してみるが、俺と、俺の前に座る彰さん、それと、さきほど入ってきたイケメンの三人しかいない。俺はもちろん、彰さんのサーヴァントじゃない。

 

 アーチャーと呼ばれたイケメンは笑いも納まったのか、部屋に入って来た時同様、すました顔に戻り、芝居かかったように、仰々しく一礼すると。

 

 「紹介に預かった、此度の聖杯戦争にてアーチャーのクラスにて限界したアキラのサーヴァントだ。よろしく、アサシンのマスターくん」

 

 にこやかにさわやかに、イケメン改め、アーチャーは自己紹介をする。

 

 本当に? でも、ここで嘘ついても仕方ないし、彰さんの言葉は真実なんだろうけど……

 

 恭しく礼をするイケメンを観察してみるけど、信じられないってのが、正直な話だった。

 

 サーヴァント(英霊)、つまりは人類史で何かしらの偉業を成した英雄。アサスィから聞いてはいる。だけど、間近でアサスィ以外でサーヴァントを見たのは初めて。いや、セイバーもいるが、あれは殺意にまみれ、一瞬で異常と感じたから例え近くにいてもサーヴァント(敵)だと分かっただろうけど、アーチャーを改めて視るが、爽やかに、ほほ笑んでいるだけで、到底、あの恐ろしい、惨状を作り出した人物だとは思えない。

 

 だから、呆然とみていた。

 

 「ボクの美しさに見惚れるのもいいけどさ、ボク的には女の子に見惚れられると最高なんだが」

 

 やれやれ、と言わんばかりに肩をすくめ、苦笑いを浮かべるアーチャー。

 いや、男に見惚れる趣味はないって啖呵を切りたかったけど、きったところで険悪なムードを作ってもあれだし、アーチャーの言う通り、人の顔をじろじろと見ることは失礼。

 

 「……ごめんなさい」

 

 だから、素直に頭を下げた。

 

 「いいっていいって」

 

気さくに手を振り、にこやかに笑うイケメン(アーチャー)

これでぶつくさ言うようだったらあとで悪態つくのに、人ができている。礼節をわきまえる大人だ。

 

 イケメンで大人で、にこやか――パーフェクト。ここまで来ると、逆に嫉妬も湧かない。

 

 「おい、アーチャー?」

 

 そんなドス黒い嫉妬が浄化されていく時、アーチャーに声がかかった。

 

 さきほどと同じ彰さんの声、しかし、それは声の質が圧倒的に違った。

 

 だって、その声には、感じることのない、日常を過ごしているならば放たれることのないものが滲み出ていた。

 ぎこちなくゆっくりと振り向くと、

 

 彰さんは笑みを浮かべていた。アーチャーと同じく口角をあげ、眼を細めている。だけど、そこには笑顔とは到底相容れないものが伴われた笑みを、浮かべていた。

 

 気の弱い人間ならそれを視界にいれ、脳が理解した途端に過呼吸に陥りそうな笑み。その笑みが持つもの。

 

 心の中に沈み込み、どんなことがあっても晴れることのないもの、触れただけで肌が切り裂かれるかのような、声にもひしひしと『凄み』という奴を感じるッ!! ってのが分かるほど、有体にいえば、怒っていた。

 

 「なんだい? アキラ?」

 

 その威圧感を受けても、変わらずにアーチャーの顔には笑みがあった。しかし、表情はさきほどまでの軽薄さが嘘のように、どこまでも真摯な瞳と敬虔な宗教者のような笑みがあった。

 本当の大人とは、こういうことだ、と言わんばかりの余裕の表情だ。

その顔をみて、彰さんは静かに、ジャケットのポケットの中に手を入れ、一枚の紙幣を取り出した。その紙幣には着物を着た中年、福沢諭吉が描かれている。つまり、一万円札。

 

 「これなんだかわかるか?」

 

 ぺしぺしと札で自分の手を叩く彰さん。

 

 「一万円だね、正確に言えば日本銀行札だ」

 

 涼やかな笑みを浮かべ、アーチャーの誰でもわかる答え(正解)

 しかし、彰さんは更に一段の纏うオーラを狂化させ、こめかみに更に青筋が浮き出て、

 

 「じゃあ、なんで一枚しかないと思う? アーチャー……昨日、宝石を換金して手をつけてねえからオレの財布には90枚、入ってなきゃ可笑しいんだが、さっき確認したらこの1枚しか入っていなかったんだが?」

 

 それに逡巡もなく、間髪入れず、

 

 「使ったからにきまってるじゃないか、マスター」

 

 アーチャーは女だったら惚れそうな笑みで笑う。

 

 「誰が?」

 

 しかし、

 

 「ボクかな、うん」

 

 彰さんは、

 

 「てめええええええ! またキャバ嬢につぎ込んだなあああああああああああ!!!」

 

 男だった。

 

 そして、彰さんの膝蹴りがアーチャーの顔面にクリーンヒットし宙を舞うアーチャー、とっさに自分の食べていた西瓜とお盆に乗ったままの西瓜をお盆ごと持ちあげる。

 直後、すさまじい音を立て、アーチャーが突っ込んでテーブルが木端微塵に砕け散った。

 

 ――イケメンで大人で、さわやか、だけど、クズだな、この人。

 

 無事だった西瓜に手を伸ばしながら、俺の中でアーチャーの評価を下方修正しておいた。

 

 02

 

 「服の大きさ、大丈夫かい?」

 

 「はい、ちょっと袖が余ってますけど、大丈夫です」

 

 アーチャーが持ってきてくれたスーツの袖が若干余った。だけど、着れないこともないから、袖をまくるのもみっともないし、袖の部分の生地を少しだぶつかせ調整する。

 俺が着ていた服は俺の血でコーティングされてしまい着て町を歩けばおまわりさん(国家権力)につかまること確実だから処分したとのことだ。

 だから、このビルの持ち主、彰さんたちがご厄介になっているヤクザ屋さんの事務所にいって、「なぜか」大量に余っている黒スーツをもらってきたとこのこと……深く考えるのはやめよう。真実を知るのが怖い部類に入る事項なので、知らないに限る。

 あと、学校の制服に続き服が血で駄目になるなんて、一体何度服を駄目にすればいいのか……はぁ、意外といい値段した服だったんだけどなあ。

 気を取り直し、ともかく、持ってきてくれた服のサイズを再確認してみるけど、少しだけ大きい、袖をちょっと調整すれば動きを阻害するものではないから、うん、これでいい。

 

 「よし、これでいいね」

 

 「あ、ありがとうございます」

 

 俺の着替えを手伝ってくれたアーチャーは額を拭う(実際は汗なんてかいてないけど)。

 俺が怪我してるから着るのも馴れるまで一苦労だと、手伝ってくれた。いい人だけど、くず、いや、くずだけどいい人、あんまり変わってないな。

 

 アーチャーの評価をどう変えるべきか悩んでいる中、ちらりと、横目で彰さんを見ると、煙草も咥えず、ソファアに腰掛けていた。けど、縮こみ上がるような怖さを持っていた。

 

 アーチャーが宙をダイヴする怪現象を発生させたその後も、いまだに怒りは晴れないのかぴりぴりと肌を刺激するかのような雰囲気を纏っている。

 ちなみに彰さんもスーツ姿だ。俺と同じネクタイなしのシャツに黒ジャケットに黒ズボン、唯一の違いは俺が白のシャツに対して、赤のシャツ、だということぐらいか……正直筋者の人にしか見えない、この人と町中で出会っても絶対目を合わせないように道の端っこを歩くこと確実な雰囲気を赤シャツと凶悪顔という二大因子が醸し出してしまっている。

 

 特徴的な赤髪のウィッグはつけていない。今は、アーチャーさんが持ってきてくれた、スーツの入っていた紙袋の中に収まっている。それで、特徴的なあのスカジャンは……あれ?

 

 部屋の中も、紙袋も視てみたけど、スカジャンがどこにもなかった。俺が目を離したとき、何処かに置いたのかな?

 

 「おい、なにしてんだ? お前?」

 

 辺りを見回していたら、彰さんはソファアに腰掛けていない。いつの間にか出口にたって呆れたようにこっちを見ていた。

 

 「あ、いえ、なんでもないです」

 

 つい反射的に頭をさげた。彰さんは呆れたまま、俺とは違い堂に入った様で、ジャケットのポケットから煙草を取り出し咥えた。

 

 「じゃあ、とりあえず、オレは下に、オレの預けてる物とお前の得物、取ってくる。だから、お前はアーチャーとここで待ってろ」

 

 そういって出て行ってしまう彰さん…………てか、本当に四次元ポケットなのかもしれない、ジャケット違うけど、彰さんが纏ったジャケットのポケットはすべて四次元ポケットになるのかも……そんなばかばかしい妄想をしたが、すぐにやることを思い出し、気が重くなった。

 

 俺にはこれから行く場所がある。だから、パンツ一丁ででるわけにはいかず、俺はこの服をもらった。

 

 これから、アサスィに会いに行く。

 

 ……俺の行く場所、彰さんが着替えているときにアサスィにどう説得するか、作戦会議をしたけどいい案が浮かばないまま行きつく場所、そのことを考えただけでも頭がくらくらする。

 

 アサスィに俺は、二つのことを話さなければならない。

 一つは彰さんと同盟を結んだということ、そしてもう一つは……あとでいいか。最初の奴ですらどうなるかわからないってんだから、一つのことを乗り切るのに全力を捧げよう。それしかない。

 

 だから思い返してみる。着替えているときに彰さんから説明されたことを、ゆっくりとかみしめながらなにか打開策がないか、考える。

 

 アサスィのいる場所だけど、ここのすぐそばにいるらしい。具体的に教えてもらってないけど、歩いて何分もかからない場所だっていっていた。

とにかくそんな場所で、監禁されているアサスィだけど、眼をさましたのは俺より半日、早かった。

 暴れるわけでもなく、静かに、ただ静かにベットに腰掛けていたらしい。ちなみに、その部屋は魔術的な施工が施され、武器を召喚できないようにしているらしい、彰さんはそれについて、骨子が甘いとか、想定ができないって文句を呟いていたけど何のことかわからない。

 

 

 ……気が重い。

 

 同盟組んだなんて説明しなきゃいけないことが……アサスィ怒るなかな? 怒るな、勝手に同盟組んだのは事実だし。

 

 彰さんは俺の話を有利に進めるために下のやーさんに預けているあるものと、俺の針を取りに行っている。ちなみに、俺の話を有利にすすめるそれがなんなのかは秘密だそうで、お前はその間会話内容考えてろ、って言われたけど、どうしようもない。

 

 はぁ……でも、気が重い理由はもう一つ、ある。

 それと、彰さんがいっちゃうと、

 

 「いやいや、君も大変だね、マスターくん」

 

 この人と二人きりになっちゃうってことだ。

 

 項垂れる俺に、馴れなれしく、同情的な言葉をかけて俺の肩に手を置くのは、イケメン、もといアーチャー。

 

 「……アーチャー、さん」

 

 けど、そんなことを気にも留めないように

 

 「アーチャーでいいよ、所詮は役割に過ぎないんだし」

 

 そう軽やかに爽やかにほほ笑むけど、本心では笑っていないかの笑み。なにかを隠しながらも、それを公にしない、させない表情のアーチャー。

 まるで、親しみやすさを作っているみたいだった。

 

 この笑顔を見てるとつくづく、彰さんとは対照的な人だと思ってしまう。

 

 彰さんとはまだ知りあって短いが、それでも人となりがわかった。

 あの人は、素直に自分の感情を表にだして、それを表現する。

 

 けど、アーチャーは分からない。どこまでも、探ろうとすれば掴もうとすればするほど、それは砂塵の砂のように風に吹かれすぐに消えてしまう。人となりがまったくわからない。

 

 そんな戸惑いを知っているのか知らずか、アーチャーはもう俺の傍ではなく、ドアから顔を出し、通路を確認していた。

 

 「なにを」

 

 してるんで? と声を続ける前に、アーチャーは振り返った。

 

 出会ったときから変わることのない爽やかな笑みを浮かべ、

 

 「ねぇ、喉渇いてない? むこうの自販機で飲み物、買ってこようよ」

 

 こっちをふり向いて俺に提案した。

 

 飲み物? 確かに喉渇いてるけど、

 

 「でも彰さん、ここで待ってろ、って」

 

 「大丈夫、すぐ戻ればいいって」

 

 そういうと、俺の返事も待たずに行ってしまったアーチャー。

 顔を通路に出すと、その先には薄暗い通路が広がっていた。自販機の明かりも箱も見えない。すこしの間歩くのか……

 行くべきか行かざるべきか迷ったが、どうせアーチャーがいないと彰が怒るんだ。ついて行った方がいい、もうアーチャーはだいぶ歩いている。ついていくなら早くしないと。意を決してアーチャーの背を追った。

 

 03

 

 一歩、室外に足を踏み入れた途端、ねっとりと絡みつくような湿気と、茹だるような暑さが襲ってくる。いや、夏としてはこれが正しい。さっきまでいた部屋がすごしやす過ぎただけで、この気温と湿気が本来あるべき姿、だけど、やっぱりあの部屋で待ってればよかったと後悔した。

 

 プラス、部屋に戻ろうとする意思を強くするのは、それだけじゃない。蛍光灯が切れかかっているのか、点滅する天井の光が映し出す薄暗く、闇に包まれた通路には、いつ何がでてきてもおかしくない、おどろおどろしい雰囲気を醸し出している。具体的には、ゴールデンウィークに優等生とかクラスメイト数人でいった隣県のテーマパーク、そのお化け屋敷にそっくりだ。

 

 やっぱり待ってた方がよかった。しかし、前を歩くアーチャーはどんどん俺に構わず進んでいる。戻るにしても、ここで戻ったら怖がっていると思われる……。そもそも、アーチャーというか、サーヴァントは過去の偉人、つまり幽霊だ。実物がすぐ前を歩いている……。

 

 なんだか、急にばかばかしくなるけど、やっぱり不気味さは変わらない。

 

 等間隔で、両側に並ぶ扉。たまに通行を阻害する積み重なった段ボール、それと、寿命が尽きかけた蛍光灯、それが合わさって、薄暗い廊下をより一層、闇を引き立たせている。

 

 しかもここはヤクザビル……怨念が集合体になって現れてもおかしくないな。

 

 そんな恐れを抱いていたら、突然立ち止まった背にぶつかってしまった。

 

 「あ、すみません」

 

 こっちを振り返るアーチャー、けど、アーチャーの後ろに蛍光灯があって、光の影になっているため、その顔は暗く塗りつぶされていた。

 

 「いやいや、謝るのはボクの方だ。うっかりしていたよ、自販機の前を通り過ぎてしまった」

 

 「え? でも自販機なんてありましたっけ?」

 

 一本道だったけど、自販機なんてなかったような……?

 そもそも、この通路、狭いし、自販機を設置するようなスペースもない。途中で広くなった所もなかったし。

 

 「自販機っていってもね、昔のものでね、それでコンセントをいれないと動かない。だから見逃してしまったんだよ」

 

 だったら、ずいぶんと古いな、あと、自販機のコンセントって素人に簡単に外せるような代物じゃなかったような?

 

 でもそんなことを露知らず、アーチャーは俺を見ていた。薄暗闇の中で、アーチャーの碧色の目とあった。

 

 「なんですか? 人の顔じっとみて」

 

 さっきの仕返しとばかりに聞いてみる。アーチャーが人の顔に見惚れるなっていう意趣返し。

 

 「いや、君も大変だなって思ってしまってね」

 

 ……あぁ、確かに問題山積みだもんね。

 

 「確かに、どうしましょうね、なんてアサスィに説明すればいいのか」

 

 本当に考えても考えても、妙案なんて浮かばない。そもそも、俺の頭はそんな作りになってない。ったく、どうしろってんだか。

 

 「違う違う、そういうことじゃなくて、あと、アキラは敬語使えって言ったんだろうけど、敬語はやめやめ、どうも硬苦しいのは苦手なものでね」

 

 手を大げさにひろげ、ややオーバーリアクションで敬語はやめろというアーチャー。言葉と表情も軽ければ仕草が軽い、だけどこれはフランクっていってもいい。現代っぽいけど、何時代の、何人なんだろう? 見当もつかない。

 

 でもその前の言葉に気がつく。『そういことじゃなくて』って言ったけど、じゃあ、アーチャーは何が大変だと思ったんだろうか?

 

 「……じゃあ、なにを大変だっていいたかったんだ? アーチャー」

 

 敬語をやめて、確認するように視線を合わせれば、大きくアーチャーは頷く。

 それで、腕を組み、背に壁をつけて横向きになって足を伸ばした。……嫌な予感がした。理屈なんてない、直観だ。

 あと、無駄に格好つけるな、この人。

 

 「彼女、アサスィちゃんだっけ?」

 

 なんだろう、俺が口を滑らせてさっきアサスィって呼んじゃったからなんだろうけど、この人が言うと猛烈に呼んでほしくない。

 

 「君も彼女の手綱を握る者として理解しているだろう?」

 

 ……ごめん、話しが回りくどすぎてわからない。

 

 「手綱? つまりマスターとしてってこと? あと、アーチャー、お願いだからアサスィって呼ぶな、本人の確認ないと怒られる」

 

 忠告と疑問、そのどちらかについて頷くアーチャー、だけど、マスターとして大変だ、なんて……

 

 「……それ、誰にも言えるだろう。人間関係なんてどこも大変だと思うけど? 特に、どっかの誰かさんは、90万なんて大金をマスターに無断で使いこんでたみたいだし」

 

 思わず、嫌みがでた。だって、あれは彰さんじゃなくてもキレる。むしろ、あれぐらいですます彰さんは優しい、じゃなくて甘い。だって、膝蹴り一発ですましたんだもん。そりゃ怒ってたけど、当たり前だ、俺だったら……どうするんだろう?

 

 試しにアサスィが90万ぐらい無断で使いこんでた想像をしてみたけど、思いつかない。アサスィはそんなことしないだろうって頭にあるからか、想像できない。

 

 「おや、これは手厳しい」

 

 だけど、アーチャーは真っ向から俺の嫌みを受け、それに怒るわけでもばつが悪そうな顔をするわけでもなく、軽く受け流しただけだった。

 

 「確かに、君の言う通り、どんな行為であっても人と付き合う上でその関係性はうまれ、時に煩わしいものになるね」

 

 俺だったらあんたとですけどね、って言葉は呑み込んで黙って聞いた。

 

 「だけど、その中でも彼女は別格だ」

 

 そうしたり顔で、話すアーチャー。

 

 「別格?」

 

 その意味はわかった。いや、わかっていた。アサスィが別格だって意味が、だけど、反芻したのは、純粋に指摘されたのが気に食わなかったからだろう。湿度と気温が高いせいか、噴きでる汗と肌にシャツが張り付いて不快なのが、余計にいら立ちを募らせるせいか。

 

 今までの事、例えば、すぐに俺に害そうとした連中を殺そうとしたこと、価値観がわからないと言ったこと、そして、おばさんを殺せ、と命じたこと。普通の子と、価値観が致命的にずれていた。

 

「そうさ、彼女は一筋縄ではいかない。だから大変だと思って、それと、後学のために教えてほしいのさ、そんな一筋縄でいかない彼女は暴走することなんてなかった。いままでどうやって彼女を制していたテクニックをね」

 

 「テクニック? それに普通にしゃべってただけだ。だから教えることなんて……」

 

 だけど、俺の言葉をアーチャーは掌をみせ、止める。

 

 「なに、ボクは一人の男として君に聞きたいのさ、それでも彼女は君に従っていた。だから、彼女にベットの中でもどんなテクニックを使ったんだい? もしかして、ベットの中じゃ子猫みたいに変わるの?」

 

 なんだか、猛烈に勘違いを……違う、わざとだ。こんなクソ暑い場所で人を的確にいらだたせるのか、軽口の類なんだろうけど、時と場所を選べ。今、その別格の相手が悩みの種、そんな状況で冗談いわれても、ただ腹が立つだけだ。

 

 「……俺とアサスィはそんな関係じゃない、変な想像すんな、スケベ」

 

 アーチャーを汚物だと思いこんで、できるだけ軽蔑する視線を送る。

 中年オヤジか思春期がきてる中学生じゃないんだ、仮に本気だったらもっと頭が痛い、でも、これでわかるよね? アーチャーの会話で俺たちの関係性が、煩わしく、険悪になりかけてるってことぐらい……

 

 「そうか、それは残念だ。でも、恥ずかしいからってこれはつけなくちゃだめだよ、子供できるかどうかわからないけど」

 

 そういってポケットから出すのはピンクのビニールに包装された物体(避妊具)……こいつ、なにもわかってねえ!

 

 我慢の限界が近いほど、いらだちが募っていた。この人の何がこんなに鬱憤を積もらせるんだろう……ああ、全部だ。全部。やたら上から目線な口調とか、本心をまったく悟らせない表情とか、やたら格好つけする所とか、所作から思考に至るまで全部が気に入らないんだ。

 

 「……用がないなら、俺はもう戻るよ、冷たい飲み物よりもあの部屋にいた方が幾分ましだ」

 

 なによりあんたの顔をみなくて済むし、見てるだけでストレスが貯まるようになっていく。彰さんには悪いけど、戻ってきたらお願いするしかない。今度から、なるべく俺とアーチャーは出逢わないように……

 

 「ボクはただ君に同情してるだけだよ」

 

 彰さんになんて言おうか、考えながら振り返った後ろからそんなことを言われた。

 

 同情?

 

 なんだっていうんだ、あんたに同情されるいわれはない。

首だけ、振り向き横目でみると、アーチャーは変わらず、背を廊下に預けていた。

 

「彼女みたいな血も涙もない怪物を引き当てるなんて、君も運がなくて、大変だなって思ったものでね」

 

 やけに皮肉げに笑いながら、そんなことを、なんでもないことのようにアーチャーは言い放った。

 

 

 

 

  不心始章 第六話「無貌の笑顔」  終

 

 

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