Fate/Heterodox Tale   作:今日は晴れ

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tale 07 「ちっぽけな願い」

 

 01

 

 ここでの最適解は、アーチャーの言葉に何も感情に出さず、聞こえなかった振りか、もしくは軽く受け流すことが、もとい、これからの同盟相手でもある彰さんとの関係で支障を生じさせない大人な対応だったろう。けど、そこまで、俺は人ができていないし、それに今の言葉を見逃すことなんてできなかった。

 

 でも、だからといって何もできない。

 拳を握りしめる。ぎりぎりと、爪が掌にめり込んでいく。それと、涼しげに、この熱帯の通路でも笑みを浮かべるアーチャーを睨みつけることが、精一杯の抗議行動ぐらいだった。

 

 「……もしかして、怒ったかい?」

 

 わざとらしく、そんな当たり前のことを尋ねる男の顔面に殴りたくなったが、そんな衝動的な反抗が、アーチャーに通用するなんて考えはなかった。だから、抑えつける。冷徹に、俺の怒りを鎮めていく。

 

 だけど、アーチャーの問いに対しての答えなんて決まっている。

 

「ああ、怒ったね、アーチャー」

 

 自分でも冷たい声色がこぼれ出た。

 頭は、体は、今までにないほどに怒りに燃えているのに、声は自分でもはっとするほど冷い。冷静に怒りを抱く。今まで、積りに積もった鬱積が、ここに暴発しようとする瀬戸際でも、激情を抑えつけていた。

 

 怪物、それも血も涙もない怪物、とアーチャーは侮辱した。それは俺にとって、到底容認できないことだ。それが事実無根であっても、揺るがない事実であっても、アーチャーは明確に、アサスィを侮辱したんだ。それは紛れもない事実だった。

 

 

 それは、俺の怒りに火をつけるには、十分すぎた。

 

 アーチャーに言いたいことは、唯一つ、お前は、虎の尾を踏んだぞ、アーチャー。

 

 「それは、事実を言い当てられた、からかい?」

 

 皮肉気に、しかし面白いものをみつけ、嘲笑うかのように、俺の怒りの火に薪をくべていく。

 反射的に、手が出てこなかった自分をほめてやりたい。

 

 「君は彼女に条件を出された本人だから分かるだろう? どんな精神であっても大切な人を殺せ、なんていわないよ。人間としての理性が破綻している。これが獣と言わずして何と言うのか、それと、その獣には暴風となる力が備わっている。これを怪物と言わず、なんというのか、是非ともご教授していただきたいものだ」

 

 ああ、そうだ。それも、彼女のまぎれもない真実だ。

 

 無垢な笑顔で、俺が大勢の人を救いたいなら、そのために戦う覚悟があるなら、おばさんを殺せ、と命じたのもまたアサスィだ。

 

 だけど、だからなんだ。化け物というなら、あんただって十二分に怪物としての力が備わってるだろう?

 そう皮肉を返したいが、言葉は呑み込んだ。

 

 「君は考えたことがあるかい? 獣はね、必要以上には求めない、けど、必要とあらばそこにいるものを贄にする。だから獣というんだ。その意味が、分かるだろ?」

 

 こちらを向いて、斜に構えたまま、アーチャーの碧眼が俺を射ぬく。

 

 ああ、分かる。わかるさ、くそったれ。

怒りながらも、アーチャーの言葉は理解できたし、賛同できる部分も多大にある。

 

 ――アサスィは、必要だったら無関係の人間を襲う。

 

 理由なんてない、強いて理由をあげるなら、その場にいただけ。それだけだ。アーチャーの言葉はその通りだった。あの時、アサスィは確かに、そういった。

 

 ――そのために、『わたしたち』はどんなコトでもする、と。

 

 そして、俺も理解していた。アサスィは願いのためにどんな犠牲も厭わない。だから、恐ろしいものに変貌することもあるって事実を。

 

 握りしめた拳が、あまりに力がこもっているから震えていた。だけど、その震えは怒りだけじゃない。ほんの少し、アーチャーの言葉を理解したからだ。俺は、ただ、それだけで、アーチャーのいう『大変』を、分かってしまった。

 

 その震えに気がついたのか、

 

 「……ん? もしかして怖いのかい? 君があの怪物を招いた事実が? 現実を認識したら自分が保てない?」

 

 ぷつり、と皮膚を切った左手の中指に血が伝って落ちていく。ああ、痛い。けど、それ以上に……

 

 「俺は、そんなことしてない」

 

 震える声、俺は怪物なんて、呼んでいない。だけど、目の前の男はどこまでも俺をかき乱す。思考が全てを否定される怒りと、しかし、全て、男の方が正当性を持つ口惜しさ、僅かな恐怖にかき乱される。

 

 けど、俺の事なんぞ知らん、と言わんばかりの男、アーチャーは俺の真正面に立ち、いかにも呆れたと言わんばかりに、ため息をついた。

 

 「これは傑作だ、君は世に災厄を引き起こそうとしてる事実を理解できていなかったとは」

 

 「災厄を引き起こそうとしている?」

 

 「そうだ、君は彼女を説得しようとしてるようだね?」

 

 ……その通りだ。

 俺はアサスィにわかってもらいたい。アサスィが、どんな願いをもっているのかわからない。だけど、だからこそ、話したい。本当なら、あの場で話さなくちゃいけなかったことを話さなくちゃいけない。

 

 ――人を、無関係な人を巻き込んでもらいたくないって、ことを。

 

 「でも断言しよう、十中八九、君は殺され、怪物は世に放たれるだろう。そして、悲劇は引き起こされる!」

 

 だけど、否定する。アーチャーどんな思いも覚悟も、否定した。

 

 両手を大げさにひろげ、天を仰ぎながらくるりくるりと回った。独楽のように、くるりくるり、と回る。薄暗闇の中、その動作も、馬鹿にしているようで先ほどまでだったら怒りといら立ちが湧きあがったんだろうけど、そんなものは湧きあがらなかった。暑い、肌にシャツが、汗の所為ではりつく。しかし、気にならないくらい冷たい。

 

 だから、今度は俺が否定させてもらう。

 

 「そんなことはさせない。あの子に、そんなことはさせない。俺は殺されない」

 

 俺は、死ぬ。人はいつか死ぬ。だけど、アサスィには殺されない。それだけは決めている。アサスィを説得する。それだけはする。それだけは俺がしなくちゃいけないことだ。なにがあっても、するべきことを。

 

 「いいや、君を殺される。もしかして、令呪があるって安心してない? 甘い甘い、顎や声帯を潰してしゃべれなくすれば令呪なんておしゃれなタトゥーに早変わり!」

 

 聞かれてもいないのに、令呪についてしゃべる。ぺらぺらと、アーチャーはしゃべっていく。俺を、否定してく。

 

 「脳を死なない程度に傷つけて魔力供給装置にすれば、君の意思なんて用なしだ。いや、魔力が足りないなら、そうだね、君はセイバーに襲われたけど、その例にしたがえばいい」

 

 びくり、と震えたのがわかった。俺はアサスィには殺されない。だけど、アーチャーの言葉の先を想像してしまった。俺という魔力供給源を失ったアサスィが、セイバーのように、アーチャーのさっきいった、災厄が引き起こす光景を。

 

 ここが薄暗い廊下だというのに、光景がかわる。

 ガラス張りの広い廊下、この間、先生とアサスィが服を買いに行ったショッピングセンターの家族連れでにぎわう通路、だけど、そこは雑多であった通路の面影はない。辺りは火に包まれ、そして、煙と焔に包まれた人だったものが点々と転がっている。

 

 その凄惨な地獄のなか、生き延びたものもいた。小学校にもあがっていない、俺の背丈の半分くらいしかない子供。親とはぐれたのか、それとも大事な者を亡くしたのか、泣きじゃくっている男の子。

 

 だけど、その命を刈り取ろうと、男の子の背後の瓦礫の影から捕食者が飛び出してくる。

 

 アイスブルーの瞳と銀髪、露出の激しい服装の女の子の手には血に濡れた二振りの――

 

 

 馬鹿馬鹿しい。

 

 思わず、嘆息が漏れた。

 

 

 

 ここには炎に焼かれるショッピングセンターも、泣きじゃくる男の子も、いない、段ボールが端に積まれ、蛍光灯が切れかかった薄暗く、蒸し暑い通路だった。

 

 なにを馬鹿なことを考えているのか、アーチャーに言われて想像してみたが、俺がそれをさせないって決めたんだろう。そそのかされる俺も俺だな。

 

 馬鹿が何かを言っている、でも、もういい。

 

 怒りも悲しみもない。ため息をつき、ただただ、汗の所為で、肌にシャツが張り付いて気持ち悪い。こんな場所からおさらばしよう。

 

 そう思い、振りかえようとした。

 

 だけど、もつれ、力が入らなくなる足。

 それと、崩れる体、とっさに両腕で床に手を突こうとしたが、それすらも力が入らない。

 

 崩れる視界、衝撃が体を突き抜けた。

 

 傾倒する視界のなか見たものは、気味が悪いほどにやけたアーチャーの笑顔だった。

 

 02

 

 横転した視界、それは固まったままだ。だけど、感覚は生きているのか、暑さや肌に張り付くシャツの気持ち悪さはあった。

 

 「いかせないよ、僕はリアリストでね。僕が君に対してしゃべらなくなるときは、君が僕にとってリスクのない存在になった時だ」

 

 耳障りな声が聞こえる。最初は爽やかヴォイスだと思った声も世界一耳障りな声にしか聞こえない。やめろ、と命じることもできなかった。それどころか、指先一本も動かなかった。体中の至る所に、異常に負荷が、いや、力が入らなかった。眼球すらも動けない。

 

 ただ、それでも感覚だけが生きている。

 

 体にかかる衝撃、それで傷が開いたのか、ずきりと疼く、彰さんとの戦いで抉った右肩、まともに受け身ができなかったから腰が変に痛む。強く握りしめてしまったため、皮膚を破っていまだに血が流れる左掌、すべて感覚が生きている。でも、動かせない。ぴくりとも、動かせない。

 

 怒りより、痛みより、恐怖が勝った。急激に冷えていく思考のなか、腹ばいになっていると理解できたことより、恐怖がこみあげていく。

 

なんだ、これ?

 

 ぴくりとも、動かない。口が動かせない。横を向いたままの視界は相変わらず床と並行だ。

 

 試しに回路を起動する。いつも馴れたように、せき止めていた河の水を流すイメージ。だけど、まるで魔術回路という水路に、台風で不純物流され、一か所に集まってしまってつまったように、魔力という水が流れない。今まで、幼少のころから、自分の体以上に慣れ親しんだ回路すら、起動できなかった。

 

 アーチャーがご丁寧に解説してくれる。

 

 「悪いね、これ以上暴れられると困るから、結界を発動させてもらったよ。今じゃ、僕の命令がないと動くための魔力すら使えない。だから令呪の行使も不可能だ」

 

 ……こいつ、最初にこの廊下に連れ出すのが目的で

 今更ながら自分のうかつさと能天気さを呪った。

 

 なにが飲みにいこうだ、くそ、ああ、なんてうかつなんだ、俺は。

 

 「まぁまぁ、落ち着いて聞いてくれ、君は一つ勘違いをしているよ、君と僕の望みは同じものなんだよ、若きマスター君」

 

 さらにぬけぬけと、そんなことを言い放った。

 

 ――俺と、同じ?

 

 だけど、気になった。俺と目的がおなじってことが。

 

 「君と僕の理想は同じだ。僕も無辜の人々を巻き込みたく何てない。だからこそ、残念だが、君のサーヴァントは最大の障害になる。よって排除しなくてはならない」

 

 ああ、きっと世界一いかにも残念って顔をしてる。

 否定、否定、否定、表情も張り付けたような、嘘いつわりに満ちた欺瞞の顔、だけど、そんな男が初めて話す、自分の意見。だけど、嘘の表情を浮かべて、簡潔な意見を述べただけだ。そんな奴のいうことを聞く必要も、義務もない。

 

 でも、頭では思う。もう一人、頭の中にいる冷静で冷酷な誰かがいっている。

 

 ――アーチャーが正しい、って。

 

 「無辜の人々が戦火に巻き込まれ、命を落とすのは割り切ろう。しかし、自分の過失のせいで命を落とすのは慚愧に堪えない」

 

 そうだ、この人の言葉は正しい、と頭の中で囁きが聞こえる。

 

 俺はアサスィが犠牲を出すため、だしてしまう前になにか具体策を講じたか? していない。だったら、対策程度に聞いていてもいいんじゃないかって。

 

 「もう一度、断言しよう。狂ってるよ、狂ってる、血も涙もない残酷で、血も涙も凍りついた愚かな怪物、それが彼女。その怪物を止めるための装置を君は持ってる

 

 ――そう、令呪だ」

 

 やめろ、と頭の中の俺が叫ぶ。今、この男の話を聞いちゃだめだ、それしか考えられなくなる。方法は他にもある。そう叫ぶ自分を他の誰かが抑えつけた。

 

 なにもないじゃないか、説得に失敗したら殺されて終わりだ、アーチャーがいったみたいに令呪をはぎ取られて怪物(アサスィ)が、世の中に災厄が解き放たれる、悲劇が起こる、説き伏せられる。

 

 「令呪を用いてこういえばいい。――死ねってね」

 

 分かり切った結論、彰さんもそう命令したこと。だけど、それだけはやっちゃいけない、心の中で、最大の禁則事項を命じた。

 

 冷静な奴らも、それにはさすがに凍りついたようで、なにもいわない。それぐらい分別はあるんだ、なんて激昂してる俺が思っている。

 

 「君との同盟を破棄することになるのは誠に遺憾だ。が、なに、アキラも自害を命じただろう、心の底ではアキラもわかっている。それが立派な選択肢だって、だからアキラも君を責めはしないよ」

 

 だけど、惑わせる声は、凍りついた心すら、融解させていく。不意に背中の重さが消え、甘い、甘い言葉で囁いて行く。耳元、息がかかるすぐ傍まで声がした。

 

今まで凍りついていた奴らもしゃべり始める。

 

 そうだ、彰さんも言っていたじゃないか、自害を命じろ、それは彰さんもそれが最善の方法だっていうことじゃないか。

 

 「君はよくやったさ、むしろ君だからこそ、犠牲を出さずにここまでこれた。君の願い、あの怪物が人々を食べる前に、犠牲をなしでおさえられた。それだけもの十二分に立派さ」

 

 否定に次ぐ否定、だけど、この人が唯一認めた俺のこと。

 

 ――アサスィと一緒に居ながら、いままで犠牲を出さなかったってこと。

 

 それは、胸に怒りとは別なものがこみ上げる。認められたことに歓喜がこみ上げてくる。

 

 そうだ、よくやったじゃないか、あんな狂ってる獣が傍にいて、殺された人はいないんだ。だから、これからも出さないためにも、この人のいった通りにすれば間違いないんだって。

 

 「だから、彼女を令呪で殺しなさい。それが一番の、最善手だ」

 

 ――令呪で殺す

 

 一度、彰さんにいわれた言葉。

 だけど、俺が断ったこと。ああ、そうだ、一度は断ったけど、それしかないんだ。

 

 でも、誰かがそれにまったをかける。

 

 それしか、ないんだろうか? そうだろうか? それが一番正しいんだろうか?

 

 「それとも、君は望むのかい? 彼女が無関係な人間を巻き込むことが」

 

 望んでない。

 そんなことは、決して望んでない、無関係な、今も平和に魔術なんて知らずに生きてる人達が、魔術のせいで涙を流してほしくなんてない、大事な人を失って欲しくなんてない。もう、おばさんみたいな人がいることが耐えられない。

 

 「だったら令呪で自害を命じてくれ」

 

 ああ、そうだ、それしかないんだ。

 

 蒸し暑く、廊下に積まれた段ボールが視界にはいり、固定されている。その廊下に俺はうつぶせになりながら、最早何も写らない、化け物を令呪で殺せと、あいつは化け物だ。だから、殺せ、そう頭の中の大勢がこの人の言葉に賛成する。

 

 俺は――

 

 「その哀れな願いも、抱いた経緯もどうしようもなく忌まわしいものだろう。よって、その理想を叶えるその前に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぷっ

 

 03

 

 「あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」

 

 狂騒のような俺の笑い声が響いた。それは紛れもない俺の笑い声で、思わず、腹を抱えて転げ回ったほどだった。

 

 どれだけ笑ったか、今までの人生を過ごしてきた中で一番大爆笑だったって確実なほど笑い、頭がくらくらするほどだった。

 

 ぜぇぜぇと荒く呼吸をしながら、やっと脳みそに十分に酸素が回ったのか、立ち上がる。いや、動かしずらい、まだ縛りが効いてる。だから、壁を背に、あぐらをかくのが精いっぱい。だけど、それでも幾分動くようになっていた。

 

 やっぱり、アーチャーの結界が三流で助かった。そんな軽口を考えながら、上体を起こしてあぐらをかく。一流の結界と違って、なにか強烈な暗示をかけていたんだろうけど、その暗示が抜ければ、こうして体も動かせることができる。母の日記に書かれていた通りだ。それほど、今の言葉は強烈であり、俺を笑い殺すのかと思えるほどに面白かった、そりゃ、もう大爆笑ってほどに。

 

 顔を上げれば、怪訝そうな表情な優男――アーチャーが俺を見ていた。いきなり結界の効果が切れ、それで笑いこけた俺を怪しんでいるみたい、だけど、構うもんか。俺は正面から見返した。

 

 「一つ質問」

 

 なんだい? とアーチャーは戸惑っていながらも、応じる。そりゃそうだ、今まで素直に聞いていた俺が、大爆笑するんだから。けど、俺の方がいま、いい笑顔をしている。鏡が手元にないのが、これ以上ないくらいだ。断言する、してやったり、って顔をしている。

 

 「アーチャー、あんた、願いをもってる?」

 

 「……あるよ」

 

 僅かに遅れ、そう答えた。

 

 そっか、やっぱり願いはあるか、いや、アサスィの説明で分かってはいた。だって試合じゃない、死合いを行うんだ。しかも過去に偉業に成し得て人々にほめたたえられ、それで現代まで伝わる英雄が、時に非業の死を遂げていてもなかったことになる、幸せなハッピーエンドになるってことも、どんな願いもかなえられる二度とない機会を、得たんだ。願いがあって当然か。

 

 話を戻す。でも、しっかり、アーチャーは願いをもつといった。なら、

 

 「それは、誰かのための願い? それとも自分自身に対して何かをしてあげたいって願い?」

 

 「後者だね。自分の手で聖杯を掴んでこそ、意味がある。誰かのために聖杯を掴んで叶えてあげても、その人は喜ばないと思うな」

 

 アーチャーは正しさ言っていない。だから、これも漏れずに正しいだろう。そうだ、誰かのために、聖杯を掴んで叶えても、それは自己満足、もしも、本人は望んでなかったら、ただの一人相撲。悲劇というより喜劇の類になってしまう。

 

 でも、だからこそ、アーチャーには、こいつには決してわからない。アサスィのことは。

 

 「あの子は、アサスィは、願いのためだったらどんな対価も払うし、血も涙もない怪物になる可能性だって大きい」

 

 だって、あの子は誰かのために、『わたし』は『みんな』の願いを叶えたいって、そういったんだ。それは、どんなことがあっても成し遂げるって決意表明に他ならない。だけど、その願いが、その願いを求める過程が狂ったもったものだって限りない。

 

 「だけど、アーチャーも聞いていたはずだ。あの子の願いを、望みは『みんな』の願いを叶えてあげたいって」

 

 此処に来て、アーチャーは一つ、正しくなかった。

 

 「俺はアサスィのいう『みんな』が、その願いがどんな願いなのか知らない。けど、一つわかることがある」

 

 アサスィは願いを叶えたいか? ――Yes.

 アサスィは非道な手段を是とするか? ――Yes.

 

 なら、アサスィの願いを求めた思いは間違いなのか? ――No.

 

 そうだ、アサスィはやり方を間違っている。だけど、その願いを求める願いが間違いだとこの男は言った。それを俺は否定する。

 

 「アサスィは、『みんな』の、誰かのために戦ってる、ただの、どこにでもいる優しい子なんだよ」

 

 普通をもっているなら、なんでも叶えられる機会が掴めた、そのために全力を尽くすのは、自分の願いをもつからだ。それで、その願いは誰かのためじゃ、割が合わない。もしも、一人相撲であっても、喜劇であっても、そんな願いをもつ人間は、よほど自分を大切にしない奴か、誰かのために、願いを叶えてあげたいって思える、優しい子だ。

 

 それだけじゃない、

 

 ――『みんな』の願いをかなえたいって、そのためにどんなこともするって

 

 自分が傷ついても、自分を陥れても、涙を流しても、後悔するような道だったとしても、自分はどうなってもいい。その覚悟を俺はあの表情から理解した。その時、俺は怖くなったんだ。

 アサスィと対等になることが、もう戻れなくなることが怖かった。この願いを聞けば、アサスィの覚悟を聞けば、もう元にもれなくなる分水嶺だってわかったから恐怖した。

 願いのない俺が、踏み込んでもいい、誰かのために泥にまみれる覚悟がなかった俺が、踏み込んでいい場所じゃないってわかっていた、そんな風に自分を納得させて逃げていた。

 

 所詮、俺はそこまでの人間だった。

 

 「そんな強くて優しい子を、否定する奴は、俺が、許さない」

 

 否定する。アサスィを否定する奴は、俺が否定する。

 

 それにアーチャーは戸惑っていたのはごく短い時間で、すぐに自分がどんな間違いを犯したのかを理解した。だけど、退かない。一歩足りとも退くことはない、それどころか、

 

 「だからといって、その願いが正しいとは限らないだろう? 正しさや強さを秘めた経緯だったとしても間違った願い――ごく少数を救うために多くに人を害する願いであったらどうするんだ?」

 

 アーチャーは正しさをもって否定する。

 

 ああ、まったくその通りだと、俺もつくづく思う。その可能性は十二分にあることぐらい。アサスィのいう『みんな』を幸せにする願いだったとしても、全人類を不幸にする可能性だってある。

 

 だけど、

 

 「アサスィは確かにずれている。善悪すらも異なってる。けど、アサスィが、戦うと決めたよしとする願いなら、俺は、アサスィの信じたその願いを、信じる」

 

 そうだ。例え、願いが間違いならその時は教えればいい。俺は甘い、けど、それが俺だ。

 

 彰さんはこういっていた。それでいいんだ、と。

 

アーチャーは俺が不条理と不確実をもって肯定したと理解し、嘲笑する。

 

 「それは盲目というね、なんだい、もしかして、君は惚れたのかい? あの子に惚れたからかい? だとしたら、君の誰かを救いたいという願いはその程度だったんだね、呆れた限りだ」

 

 笑いたければ笑え。元から俺は、そんな程度の男だ。覚悟もなく、この戦いに身を置こうとした男だ。

 

 だから、肯定した。

 

 「ああ、惚れたよ、俺はアサスィが大好きだ!」

 

 アサスィとは、まだ過ごしたのは二日だけ。けど、十分だった。

 

 アサスィは、路地裏でセイバーに襲われた俺の、死にたくないって願いに応えてくれた。今だから分かる。あれは死の瀬戸際の、朦朧とした意識が産み出した幻聴でもない。

 

 アサスィが助けてくれた。それだけで俺が惚れる理由としては十二分すぎる。

 

 「惚れた相手のために全力を尽くす? それはいいだろう。けど、何も変わらないよ、君はあの子を怪物になるのを容認するのかい?」

 

 「認めない。俺は、あの子を、アサスィを怪物になることを認めることなんてできない」

 

 そんなことはあってはならない。何百回だっていってやる。世界中のみんなが認めても、世界がそう定めても、そんなことあっちゃならないって俺は言ってのける自信がある。

 

 「無理だよ、待っているのは怪物になる結果だけだ。どうあがいても、彼女は誰かのために戦う限り、怪物になる定めだ」

 

 否定否定否定、どこまでも否定する。そうだ、もしもアサスィを認めれば、まっている結末なんて決まってる。ただ、そうならない定めだってある。なぜなら、

 

 「違う。俺がそんなことさせない」

 

 誰もアサスィを怪物にすることを止めないなら、俺が止める。俺がやる。

 

 「俺は、アサスィの願いを叶える。ただし、無関係な誰かを泣かせない方法で聖杯を手にいれる。だって、誰かを傷つけて手に入れた聖杯で、『みんな』の願いがかなえられても、アサスィが怪物になった、なんて、結末、俺は認めない」

 

 あんな優しい子が、傷つくのも、無念を抱いて死ぬのも、まして、怪物になるなんて、間違いだ。だから、その間違いだけは認めるわけにはいかなかった。

 

 ようやく理解した。ああ、なんだ、俺の願いなんて、簡単だったんだ。

 

 ふっと、自然に笑みがこぼれる。アーチャーとは違う、笑み。心の底からの笑みが浮かんだ。

 

 「――それが、俺の願いだ」

 

 断言する。

 

 「俺はアサスィに惚れた、だからその願いを叶える、アサスィをアサスィのままでだ、怪物にさせたりしないで叶える。それが俺の願い、俺は所詮その程度だ、その程度で十分だ」

 

 アーチャーは何かを感じ取ったのか、ここにきてたじろぐ。丁度いい、今しかない。

 

 そもそも、アーチャーのことなんてどうでもいい。俺は言ったんだ。この戦いに身を置く覚悟、なにがあっても不撤退とする決意、そのために、まずやらなくちゃいけないことがある。

 

 「だから、俺はアサスィのもとにいかなくちゃいけない」

 

 回路になにかがつまって動かない、だけど、それを解決する方法がある。

せき止めていた不純物を取り除くことなんて簡単だ。河の水を、水門を限界まで、限界以上に引き上げる。魔力も不純物も濁流にして押し流せばいい。無理やり回路を回す。ばちり、ばちりと眼から火花が散る。――ああ、痛い痛い。痛覚が悲鳴を上げた。

 

 限界を知らせる。安全圏から危険域に達する前兆――左のこめかみがはじけ、血が流れ出す感覚。だけど、歯を食いしばって耐えた。今の俺には丁度いいくらいだった。この痛みが、俺の意識をはっきりと保たせてくれる。

 

 流れ出た不純物は、しつこくこびりつき、回路に重大な負荷をかけている。だけど、魔力は通った。なら、それでいい。魔力を全身にいきわたらす。それで、体は動いた。

 

 二本の足に力を込め、蒸し暑く、薄暗い通路に立った。そして、正面にいる男を見返した。

 

 「だから」

 

 目の前の男を睨んだ。お前は俺の邪魔をするな、いざとなれば押し通る、その決意を持って、叫んだ。痛みも、覚悟も、一緒くたに混ぜて叫んだ。

 

 「そこをどけ、アーチャー!!」

 

 

 04

 

 しばらく、アーチャーは呆れたように俺を見ていた。しかし、動かない。けど、行かなくちゃいけない。そう決めた時、アーチャーはふっと、眼をとじ、笑った。自然と笑ったように見える、初めての笑みだった。

 

 「参った参った。お人よしだとはおもってたけど、ここまでだったとはね」

 

 もういい、行こう。そう決めた時、アーチャーは横を向いた。

 

 「いや、君には参ったよ、だけど、ボクの想像以上にお人よしだったね、だから、彼を信じてみよう、アサシン」

 

 ……………………え?

 

 アーチャーがなんていったのか、よく理解できなかった。違う、言葉の意味は理解できる。アサシン、つまりアサスィの仮の名であり、本来の意味、つまり、

 

 つられて、アーチャーと同じく横を向く。

 

 そこには、

 

 アイスブルーの瞳と、薄暗い中でも輝く艶やかな銀髪、まだ少女と言ってもいい年頃の女の子がいた。

 

 てか、アサスィがいた。

 

 なぜか、服装は紺色のスカートに白いブラウス、それとチェックのベスト、どっかの制服だってわかる服を着たアサスィがいた。

 ついでに言っておくと、顔をゆでダコのように真っ赤にして、細かく震えていた。

 

 「アキラ、だからこれで90万はチャラに……できないか、うん」

 

 そんな声が聞こえ、正面に戻せば、反対側の通路にむかってアーチャーがなにかしゃべっている。

 反対側の通路に顔を向ければ、

 

 「……よ、久連、あー、おまえやっぱりロリコンかー」

 

 ぱちり、と照明がちゃんとついて俺たちを照らす。それまで天井の蛍光灯が切れかかっていたけど、どうやらスイッチがちゃんと入ってなかったらしい。なぜって、廊下の壁についていたスイッチに手を伸ばす赤シャツに、真夏だっていうのに、黒ズボン、黒ジャケットの男、やたらにたにたと気持ち悪い笑顔の男性――衛宮彰さんがいた。

 

 ついでに、体もずっと軽くなって、回路の不純物も消えていた。

 

 顔を真正面に向ければ、これ以上ないほど喜色丸出しの笑顔があった。

 

 「ははっ、どうだい? ボク提案の、マル秘『ボクが悪者になって、アサシンちゃんに真実を伝えて説得しよう』作戦は!! ……最も、告白するなんて、ボクも想定外だったけど、終わりよければすべてよしだ!」

 

 大げさに笑って、俺に背を向けるアーチャー。

 

 アーチャーの最後の言葉で思いだす。自分のいった言葉を。

 

 ――ああ、惚れたよ、俺はアサスィが大好きだ!

 

 遅れること数秒、俺も頭が破裂したかのように一気に熱が襲ってきた。

 

 そんな様子を見て、彰さんは腹と口を手で押さえて前かがみになって震えていた。

 

 

 

 我に返ったとき、とりあえず、やることがあった。

 

 目の前で大爆笑している男の肩を叩く。なんだい? とほほ笑みながら振り返ったアーチャー。

 

 

 

 確か、蹴りの方が腕より力が強いらしい。魔力が十分ある俺なら、いま飛び上がっただけでも天井まで飛ぶことができる。だから、跳びあがり、天井を足場に、足を延ばして落下する。元凶(アーチャー)の頭にギロチン・ドロップが炸裂した。

 

 

 

 

 

  不心始章  第一話「ちっぽけな願い」  終

 

 




 楽しみにされていた皆さま、誠に申し訳ございませんでした。
 
 私は最近、書くことに悩んでいました。自分自身でもあまりうまく書けている自信がありませんでした。特に全編書きなおししました、2タイトルについては顕著で、自分でも納得のいく作品ではありませんでした。ですから、このたび、書きなおすことに決めました。
 
 前回、感想をいただき、あまり自分でも納得のいく出来ではなく、もう一度プロットを組み立てることに決めました。
 
 このたびは、申し訳ありませんでした。
 
 
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