Fate/Heterodox Tale   作:今日は晴れ

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tale 02 「アサシンの少女」

 

 00

 

 夢を、見ていた。

 

 しかし、それがどんな夢だったのか、今見ているのにはっきりとしない。すべてがあやふやで、無理やりにでも掴もうとすれば水でできた魚を掴むように指の間から逃げてしまう。

 ただ幼少の頃の思い出だということは数少ない明確なことのひとつ

 それはどんな思い出なのか、それがはたしてどんな状況なのか、把握しようとすると霞のように飛散していく。

 

 でも、確かなことがある。

 

 誰かが泣いていた。その人に泣いてほしくなんてないのに、その人はぼろぼろと涙をこぼして俺を抱きしめてくれた。

 

 泣かないで

 

 そう言いたいのに、話すことができない。ただ泣いているその人に抱きしめられていた。

 

 泣かないで

 

 そう願うのに、もしもその人が泣きやんでしまえば離してしまうかもしれないから

 

 だから、何も言えない。

 

 でも、その人に、俺を一言だけ、どうしてもいわなければいけないことがあった

 

 「――■■■■■」

 

 01

 

 目を覚ました時、視界いっぱいに広がるのは四角の建物で切り取られた夜空、地面に直接横たわっていた。

 長時間背中を濡れた地面に接していたためか、着ていた学校指定の半袖Yシャツが濡れて、ひどく気持ち悪い。

 上半身を起こすと、相変わらず室外機の稼働音がひどく頭の中に響く。

 あたりを見回すが近道をするときと何ら変わらない路地裏。

 気を失うまでのことが夢で、ヤンキーな人たちに絡まれ殴られすぎて気絶したのかと思ったが、真っ二つになったバック、その中身、殺されたサラリーマンが着ていたスーツが畳まれ、枕代りにされていた。

 そして、なによりも、シャツの右わき腹には大穴があき、乾ききって変色、わき腹が一段と濃い黒いしみとなっていた。恐る恐る穴が開いた箇所、剣で刺された部位に触れてみる。

 

 痛覚というよりも布がすれて痒みに似た感覚。ふと、脳裏に剣が突き刺された記憶がよみがえり、直視して確認することが恐ろしかったが、なけなしの勇気を振り絞ってシャツと、血が渇き肌に張り付いた肌着を剥がしてまくる。

 

 未だに血を流し続ける裂傷は無かったものの、右わき腹の肌に黒い稲妻のような線が何十と走っていた。

 

 ゆっくりと、もう一度触れてみるが、痛みはない。

 

 今度は強めに押してみるが、何ら他の皮膚の感触と大差がない。

 

 ……どういうこと?

 

 前におばさんが膝に人工関節を埋め込む手術を行って、その手術痕を見せてもらったことがあったが、その手術痕と、右わき腹の稲妻のような黒い線はかなり荒い物の、それに似ていた。

 というよりも、前に学校の図書室でみた戦争を取り扱った写真集で前線の兵士が無理やり傷口を縫い付けられ、それを見せつけていた写真の、その縫合跡に酷似している。

 

 

 ……三日後にその兵士は傷口が化膿し、死亡とか書かれてたが、大丈夫だろうか?

 

 だが、縫合されたとしても、これほど傷が回復することはないだろう。右手に巻いた腕時計を確認するが、七時を過ぎたばかりで、半日も経ってない。いっそ全てが夢で……あ、もしかして宇宙人に誘拐され、人体実験を受けたのかも、それで偽物の記憶を植えつけられって、そんなわけない……ないよね?

 

 可能性として一番恐ろしいことを思いついてしまい、なるべく否定材料を見つけるために、とりあえず、縫合跡のことは放っておく。

 だって、体に起こったことだけを考えたら、どう転んでも宇宙人に誘拐され人体実験という恐ろしいことが真実にしかおもえないからだ、そうなったら発狂モノだ

 

 魔術師が宇宙人を否定する、というのもあれだが、怖い物は怖い。幽霊は魔法の域を成し得た魔法使いの成果とか逃げ道があるが、宇宙人はどう考えても何魔法にも分類されず、恐ろしい以外の何物でもない

 

 枕にしていた荷物を一つ一つ確認するが、どれも記憶通りの物であり、次にもう一度、縫合以外の体の傷を確認する。

 

 背の痛みは引いているものの、なんの治療も施されていないこめかみに触れると、痛みがあった。それとざらざらとした感触で、血管が切れたのか、凝固した血の塊がこびりついてき、皮膚を覆う膜のようになっていた。

 あれに失敗した時は大概この痛みがあり、放っておくとこうなる。つまり、使用し、失敗したことに他ならない。

 

 そうだ、やっぱり、気絶する前のことは夢じゃなくて、宇宙人にさらわれたわけじゃなかったんだ

 

 

 いや、でも宇宙人に抵抗した時に使用したと考えれば

 

 その考えが浮かんだ途端、恐ろしさのあまり力が抜け、それと血を流しすぎたためかバランスが崩れ、姿勢を維持することができず、腰に力が入らない、倒れ――

 

 ――なかった。

 

 なぜなら倒れる寸前、思わず伸ばした左手を他の誰かが掴んでくれたからだ。

 

 さきほどまで誰の気配もしなかったはずなのに、しっかりと左手を掴まれている。

 隣には、少女がいた。

 

 気絶する前に剣を持った女と対峙した、短いプラチナブランドの髪と極寒の海のように透き通った美しい水色の瞳を持つ少女が左腕を掴み、支えてくれていた。

 

 「……マスター、だいじょうぶ?」

 

 少女のあどけない、その声で我に返る。大丈夫と返事をすると、少女は感情のあまりない顔でよかった、とだけ呟く。こちらも安堵した。

 なぜなら、少女がいる、しかもさっきの記憶の通りに、記憶は本当ということの証明に他ならないからだ。

 

 よかった、宇宙人じゃなくて、本当に……

 

 と、少女が未だに左手を掴んでいることに気がつく。ほんの僅かに、頬が紅潮することが自分でも判った。

 

 この場にクラスメイトがいたら絶対からかわれるな、この状況……

 

 ……いや、そりゃあ、綺麗な女の子に手を握られたら誰だって、それにこの子だってそんなに年離れてないし、小学生レベルに手を出したらあれだけど、どうみても中学生レベ……

 

 

 ?

 

 「なんだ、これ?」

 

 思わず声を出してしまった。

 左手の甲に紅い痣のような、いや紋様が整いすぎているから刺青が刻まれている。

 

 自然にぶつけて出来た痣にしては複雑かつ整いすぎている紋様。三日月状の線がふたつ、端と端が結ばれ楕円形を構成し、その周りを囲むようにさらに外周を円で囲っている。まるで花のつぼみの断面図のように見えた。

 

 「それは、令呪だよ、マスター」

 

 「令呪?」

 

 俺の問いに対し、少女はなんでそんな事を尋ねるのか?といった風に答える。

 

 「そう、わたしたちを召喚したアカシ、私達サーヴァントを制するくちゃ」

 

 ……どうやら、この子は肝心なところで噛んでしまう癖でもあるか、しかも今度は舌をかんだ。

痛いよねあれは

 

 だけど、恥ずかしいのも同時に来たのか、口元を押さえ、顔を真っ赤にさせる。

 そして、痛みが引いたのか、俺の顔をさっきよりも真剣な表情で見て、もう一度口を開く。

 

 「そう、わたしたちを召喚したあきゃ」

 

 テイク3が必要となったことが確定した。再び、口元を押さえる女の子

 もう、なんか泣きそうな顔になってる。そうだよね、決めたかったよね、しかもテイク2だもんね

 

 笑っちゃいけないんだけど、思わず、本当に油断してたため、噴き出してしまった。

 

 涙目になっている彼女は口元を押さえながら無言で俺を睨む。

 開いた両の掌をみせ、なんとか落ち着かせる。

 

 「ごめん、ごめん、今度はゆっくりといってみて?」

 

 笑みを浮かべながら、というのは逆に失礼かもしれないが、シリアスが苦手なんだから仕方ない。

 

 彼女は俺の顔を見て、一度諦めたようにため息をつくと、今度はゆっくりとしゃべる。

 

 「それは令呪。わたしたちを召喚したあかしで、私達サーヴァントを制するクサリ」

 

 今度は噛まずによかったね、と思わずいってしまいそうになったが、目の前の少女に怒られそうだったから寸でのところで留まった。

 

 だが、緊張感が抜けてしまっていたが、少女の回答を考えてみるが、血が足りないのか貧血気味な今の頭では理解できない、それに、

 ……一つ質問をすると、質問が二つになって帰ってくる罠

 

 召喚? サーヴァント?

 

 正直言ってちんぷんかんぷんだ、なんだそれ?

 そんな何一つ理解できていない俺に対して、少女が首をかしげながら尋ねた。

 

 「……くえすちょん、マスターは魔術師じゃないの?」

 

 答えに詰まる質問だったが、とりあえず本当のことでもあるから否定しても始まらないだろう。正直に話す。

 

 「いや、魔術師だよ、ただし殆どの魔術が失敗する三流だけどね」

 

 自虐の笑みを込めて笑う。

 

 こういう場合、凄腕の魔術師だ、なんて見栄を張りたいが、つまらない見栄は後から自分を苦しめることは教訓として身にしみている。だから正直に答えた。

 

 その答えは少女を落胆させてしまうかも、と不安になったが、少女はふうん、と頷いただけで特に感情を表に出すことも無く、特に関心事項ではなったのだろう。

 

 「……じゃあ、説明がヒツヨウ?」

 

 その問いには是だったが、問題がいくつか

 

 「お願いしたいけど場所、変えない?」

 

 さすがに室外機の所為で+5度くらいは当たり前の場所はもう遠慮したいし、なによりも、

 

 枕代りにしていた荷物の中をあさる。

 ……よかった、スポーツバックはもう使えないが、目的の物はどちらとも切れていない…まぁ、その代わりノート類が切断されてしまったが、書き写せばいい…でも一学期分のノートを書き写すのか、骨がおれるな

 

 

 体育で着る黒地で両脇に紫のラインが入った短パンと赤紫のランニングシャツを少女に投げる。

 

 「あと、それに着替えて、お願いだから」

 

 悲しいかな、露出の多い少女の格好は、特に今は、腰にナイフホルスターも付けておらず、どこから見ても黒い下着のようにみえる、なんていえばいいか、パンツが丸見えで、こういってはなんだが、扇情的かつ蠱惑的。自虐的にいえば、女性との付き合いがあまりない俺にとって、まともに見れない格好を一番先に改善しなければいけない重要案件であると疑いようがない。

 

 02

 

 都心から普通電車で45分という場所に瀬千賀原(せせがはら)駅は位置している。その駅の付近は商店街が立ち並び、さらに駅から離れていくと一軒家が立ち並ぶ住宅地となっている。

 その住宅地の中にひっそりと佇む、築30年木造二階建て、ありふれた一軒家が我が十二月家。

 外装がこじんまりとしているが、中は広い、といったことがなく、外装の見た目に比例して中も狭い。

 立地が立地だけに、これだけでも十分、リッチなのかもしれないが…いやごめん、忘れて

 とにかく、これだけでも生活する分には困らない。

 

 現在、十二月家のリビングに置かれたキッチンテーブルの椅子に座って、俺が渡した短パンとランニングシャツを着た少女と向かい合っていた。俺はというと、さすがにあの血に濡れた制服を脱いで、5月の体育祭の時にクラスでつくった鳥の絵が描かれたポロシャツと安物ジーパンという服装だった。

 

 あのあと、どこかの店に入ってもよかったが、もう7時を回っていたことや、じっくりと観察しない限り服についた黒い模様が血だと分からないだろうが、血だとばれると大変厄介なことになる。

 それに明後日から夏休みということで、遊び目的の店でなくても教師が巡回している可能性が高い。我が嶋崎高校は男子高で、男女交際が戦前戦中の日本並みに厳しい。校訓に男女交際禁止の候まであるくらいだ。兄妹とか言い張ればその場は可能かもしれないが、その後にばれたら恐ろしいことになる。考えただけでも背筋が凍りつく。

 

 だから、家に帰ることにした。

 

 なるべく人どうりの少ない道を選んだが、それでも一度駅の前を通るしかなく、しかも時間的に帰宅ラッシュと合ってしまった。

 両断されたスポーツバックと荷物を抱え、ぶかぶかな男物のスポーツウェアを着た少女と一緒となって歩く姿はさぞや奇異な光景として目に映ったことだろう。

 できれば知り合いに目撃されないことを祈るばかりだ。

 

 そうして、家に帰ってきたのは良かったが、玄関のドアを開ける際、今日に限って父が帰ってきているのではないか?などと心配するものの、杞憂だった。

 

 ……だいたいあの人が帰ってくることなど半年に一度有るか無いか、そういえば、最後に会ったのは高校受験の書類を書いてもらう時にどうしても保護者の署名が必要といわれてなんとか連絡を取り合い、書類を書いてもらった時ぐらい、しかもあの時は郵送だったから、厳密にいえば会っていない。

 

 まぁ、父がいなくてよかった。きっとめんどくさいことこの上ない事態になっていたことだろう。

 

 話がそれた。

 

 それで現在、さっき述べた状況となっている次第だ。

 

 制服を着替えて、本当はシャワーでも浴びたかったものの、少女を居間で待たせていたし、それに傷を濡らしていいか迷ったので、とりあえず、ジーンズとポロシャツをきて居間で麦茶を飲んでいた少女の前の椅子に座る。

 

 と、そのまえにテーブルの上には御茶請けの類がないことにきがつく。冷蔵庫からおばさんから頂いた、タッパーに入った胡瓜と茄子、大根の漬物を菱形の中皿に盛り付け、爪楊枝を二本さす。

 

 本当なら御茶請けだから小皿くらいでいいが、無性に腹が減っていたため大きめの皿にした。

 

 テーブルに皿を置くと、少女は、これはなに?といった風にこちらを見たため、胡瓜に刺さっていた爪楊枝をとると胡瓜を口に運び、食べ物ということをアピールする。

 少女は無表情ながらに大根に刺さっていた爪楊枝をとり、恐る恐る口に漬物を運ぶ。

 何度か咀嚼し、飲み込むと、今度は茄子に楊枝をもった手で伸ばした。

 

 どうやら、口に合ったらしい。

 

 どうみても外国人の少女が漬物を気に入ってくれるか不安だったが、安心した。

 

 そのまま椅子に腰かけ、話を聞こうとしたが、椅子に腰をかけた途端、疲れが一気に尻と背もたれに寄り掛かる脊髄から全身に伝播する。

 このまま、眼を閉じ寝てしまいたかった。だけど、体の芯がじりじりと焼けるように熱を放ち、横になったところで容易に眠らせてはくれないだろう。

 いつまでも虚脱感に浸っているわけにはいかず、大根に楊枝を持った手を伸ばし、目の前の少女に幾つか質問をしようと、まず何から聞くべきか、整理するために今日を振り返る。

 

 そのとき、気がついた。

 

 今日経験した全て―常軌を逸した異常さと、命を、何の因縁も無く命を奪われかけたことへの恐怖、普段であれば、一つ一つが神経を病んでしまうほどの恐怖を伴っている行為全てを。

 いや、表現が正しくない、気がついたんじゃない

 感覚が、一般人としての感覚が戻り、怯儒の心が牙をむいた。

 

 気絶する前までとは別な、一手一手が死に直結するということへの冷や汗ではなく、漠然とし、それでいて明確かつ巨大な恐怖によって、背骨に虫が蠢くような不快感と全身を汗が流れる。

 

 起こった事を改めて考えてみると、とんでもなく深刻な事態に巻き込まれたことは疑いようもない。いくら危機管理能力が足りない、なんて教師に常日頃説教を受ける俺でも僅かな危機感が莫大な、発狂したくなるほどの恐怖に成長するには時間はかからなかった。

 

 手が止まり、震えた。口に運ぼうとしていた大根の漬物を刺した爪楊枝が震え、皿に大根が落ちる。

 

 皿に規則正しく三色に盛られた皿の上、紺青色の茄子の上に、イレギュラーというべき白い大根が落ちて、そこだけ色が違った。それを見ながら、思う。

 

 あの世界は、この皿に盛りつけられた茄子のような世界じゃないのか?

 

 一応俺は裏の人間、魔術師ではあるが、限りなく一般人に近い魔術師だと自覚がある。

 他の魔術師など知らないし、連絡を取り合う方法も分からない。

 魔術に関しても成功よりも失敗する方が多い、魔術師は学者で「根源」を目指すということは知っているが、俺は「根源」なんて目指していない。母の魔術を模倣しているだけだ。

 

 この魔術がどういった過程と方法で根源を目指すのか、考えたことも無い。

 

 ただ、母が生前、この魔術は自分の誇り、といって嬉しそうに語ってその教えは息子である自分しか教わっていないであろうから、それを潰してしまっては母が悲しむと思って鍛錬を続けていただけだ。

 だから成果などどうでもいいし、仮に俺が結婚して子供が生まれてもこんなわけのわからない、自分自身でも失敗しやすいものを教える気なんてない。俺が死ねばその時潰えるだろう魔術だ。

 

 一般人として限りなくホワイト(日常)に近いブラック(異常)、いや、グレー(非現実)―それが俺だろう。

 

 だからといって、この生き方を恥じるつもりはないし、蔑むつもりもない。なによりもこの生き方は気に入ってる。学校に行って、学友とエロ本とAVでピンクな話で花咲かせて、定期テストにおびえ、たまの学校イベントで馬鹿騒ぎをする。どっからどう考えてもありふれた日常だ。そんな昨日を送っていたし、これからも送れるものだとばかり考えていた。

 

 だけど、今日、ついさっきまで起こっていたことはなんだ?

 

 近道をしようと路地裏を通った。角を曲がったら、人が殺されていて、その遺体が一気に枯葉になって、剣をもった女に襲われ、殺されかけた。現にわき腹を剣で貫かれた。

 

 ――アレハ、イッタイナンナンダ?

 

 どこまでが正常で、どこからが異常で、いや、そもそも、

 

 

 ――異常は本当に終わったのか?

 

 

 手の震えのみならず、季節は夏で、エアコンの入っていないリビングは暑かったが、それでも、極寒の中に放り込まれたかのように言い表すことのできない寒気が襲い、奥歯の噛みあわずに鳴る。

 

 茄子の上に落ちた半月切りの大根のつけものは、まさにいまの俺を象徴しているかのようだった。

 

 このまま大根しかない世界で大根だらけのまま喰われ(埋没でき)ればよかった。

 だけど、一度茄子の、踏み込んだことのない世界に足を突っ込んでしまえば、自分では元の世界に戻ることもできない。

 

 変な例えになったが、同じだ。

 構成する種類は同じ人間といえども、中身は決して同じじゃない。その世界にはその世界の生き方という物がある。それは、本来ならば決して交わってはいけない世界だということも。

 

 巻き込まれたのがどんな世界であれ、この状況は片足を突っ込んでいるだろう。

 

 言わば、そんな世界の生き方など知らないし、どんな方法で襲われるか、皆目見当もつかない。依然として、死神の鎌が首筋に当てられ、その死神の気まぐれで命を奪われる状況から好転などしていなかった。

 

 俺もあの大根と同じように――

 

 そこまで考えたとき、凝視していた大根は、茄子の上に落ちた大根に楊枝が刺さり、少女の口に運ばれ消えた。

 

 目の前に座っている少女は俺がいれた麦茶を飲みながら、大叔母さんにもらった、御茶請けに出した胡瓜、茄子と大根の漬物をばりばりと貪っている。

 

 あまりにも、おいしそうに食べるので

 

 「おいしい?」

 

 と聞くと、漬物をほおばりながら、あまりに無礼法だと自覚したのか、それとも漬物に夢中になっていたことに恥じたのか、更に漬物を食べようとしていた手を止め。赤面しつつ、こくり、と頷く。

 

 その光景があまりに微笑ましく、変な危機感に襲われている自分が馬鹿らしくなった。

 

 気がつくと手の震えも、歯の震えも止んでいた。

 大体なんだ、大根って

 

 ――そうだ、怯えたところで何も始まらない、ここは状況を整理してみないと

 

 そう思ったとたん、活力が戻ってきた。友人からも危機管理については欠如してる、地球が滅ぶ最後の一瞬までお前の能天気は治らない、なんていわれるが、その能天気さがいいところともいわれた

いっそ、能天気に戻ってみるのもいいことじゃないか

 

 頭の中で十という質問が浮かぶが、とりあえず、最初に聞かなきゃいけないことがあったことを思い出す。

 

 「俺の名前は、十二月 久連(しわす くれ)っていうんだけど、名前なんていうの?」

 

 考えてみれば、最初に聞かなければいけないことだったかもしれない。

 

 この子の名前を俺はまだ知らなかった。

 

 だが、彼女が簡単に口を開くことは叶わなかった。

 別に名前を聞いてしまったせいで一気に雰囲気が暗く重い物なったせいではない。

 彼女は頬に御茶請けの漬物を詰め込めるだけ詰め込み、ハムスターのような状態で、しゃべることができる状態ではなかった。本当はさっき、行儀が悪い、と叱るべきだったのかもしれないが、俺が上の空だったし、それに手を止めた、ということは無礼法だと知っている証拠だろう。

 それに口を動かしてよく咀嚼し、丸のみなんてことはしていなかったからだ。ただ、焦ったことは目に見えていて、噛むスピードのギアが上がる。

 

 いや、違う、相当焦ってんな。

 

 ゆっくり食べて、といったが、首を横に振る。大丈夫だとアピールしたいのだろう。

 

 悪いことしたな……

 

 更に二分が経過し、殆ど空になってしまった皿に御茶請けを追加するために立とうかな? と考えていた時、口の中の物を胃に放り込んだのか、声をあげた。

 

 「あ、あんさー」

 

 さっきまでのことを、思わず御茶請けに夢中になっていたことを帳消しにしたいためか、少女は落ち着きをはらった声を出すが、如何せん顔が真っ赤になったままなので、無理だろう。

 

 「いや、一回落ち着こう。そんな頬っぺた真っ赤にしたままいわれても、色々と無理だと思うよ」

 

 それを指摘してあげると、更に顔が湯でダコのように耳まで真っ赤になり、俯いてしまう。無意識にいってしまったけど、追い打ちをかけてしまった。

 

 「……マスターはいじわる」

 

 ぼそりと拗ねたように呟き、一度、こほんと小さな可愛らしい咳払いをする。

 落ち着きを取り戻したようで朱が引いていた。正面からしっかりと、今度は失敗しない、と意気込みが分かるほど、眼光を強め、口を開く。

 

 あ、何となく展開が分かった。これからの展開に備えて口の中を空っぽにしておいた方が正解だろう。

 

 「私達はサーヴァント、わたしたちのなまえは『アサスィ……」

 

 噛んでしまって、再び俯くアサスィさん。決まらないことがテンプレートなのかもしれない。

何かの本で読んだが、こういう場合は一度口の中を湿らせたほうがいいらしい。

 

 だから、麦茶を飲むことをすすめ、少女は一口すする。

 

 もう一度、こちらを見るが、頬は紅潮し、眼は失敗続きのためか潤んでいたため、心拍数が跳ね上がるが平常心だ。目の前の少女は美少女の類だが、重要なのは平常心だ。

 だが、こちらがドギマギとしていることは隠し通すことができたためか、少女はしゃべり始めた。

 

 「……わたしたちの名マエは『アサシン』」

 

 アサシン、と名乗った少女。なんて物騒な名前、というのが少女の名前に対しての第一印象

 

 そもそも親はどんな神経を持ってるんだ。俺も十二月久連(しわすくれ)つまり、「師走の暮れ」だから年末、なんて仇名つけられてるけど、暗殺者、なんて名前、物騒すぎるだろ。

 が、それからアサシンが語る俺が巻き込まれたことにして、これから俺も当事者となることに比べれば、そんな名前の意味なんて些細な、どうでもいいことにすぎなかった。

 

 少女は、いや、『アサシン』は麦茶を一口のんで、尋ねた。

 

 「くえすちょん、マスターは、聖杯をしってる?」




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