Fate/Heterodox Tale   作:今日は晴れ

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tale 03 「聖杯をめぐる戦いについての説明」

 01

 

 聖杯

 

 自分の貧しい知識の中でもその項目は存在する。しかも一般人としての自分と魔術師としての自分の両方に。

 

 神の子が最後の晩餐の際にもちいた杯とも、磔刑に処せられた神の子の死を確認するために槍で突かれ、その血を受け止めた杯ともいわれる最大級の聖遺物。

 

 その後、各地に分かれた神の子の弟子たちがそれを持ち去り、教を広めた地で奇跡を成したと伝承は語る。

 

 曰く、その杯に注がれた水をある重病人が飲んだところ、傷は瞬く間に癒えた。

 曰く、その杯から流れでた水で、ある愚王が頭を冷やすとたちまち善たる知識が湧き上がり、死する最期の時まで善政を行った。

 曰く……

 

 それに統一的な事象などなく、ただ一つ、それらの聖杯に関する伝承において確かなことは、聖杯には奇跡が宿っていること、だ

 

 故に、その奇跡を信じ多くの英雄や騎士たちが聖杯を求めた。古来より吟遊詩人に謳われた英雄譚や伝承は今日の人々にも親しまれ、現代に彼らの誇りやその武勇を伝えている。

 そして、奇跡を実現する聖杯の存在も

 

 だが、聖杯はこれが確実に聖杯だ、といえるものはない。確実な、本物の聖杯など物語のなかにしかない。

 なぜなら、聖杯といわれた器がその名の数だけ存在しているからだ。

 

 簡単な話―奇跡を成し得る聖杯を為政者や宗教者が掴めば、それは実にシンプルに名声につながる。権力者としての階段を数段、いやエスカレーターに進化して登ることができるだろう、もしかしたらエレベーターかもしれない。

 

 だから、聖杯を名乗る杯は、どっかのヒーローみたいに時勢が望む限り表れ、量産されていく。現存する聖杯を集めれば聖杯の朝市ができるだろう。

 

 無数に存在する聖杯、無論、どれが本物でも、すべてが偽物でも一般人にとって物価が大幅に変動するわけでも、経済が好転するわけでもないし、本物がわかったところでネットのニュース欄の一文を見て終わりだろう。

 

 以上、これが表の、一般人としての知識。

 

 次は魔術師としての番だった。

 

 魔術師としての知識からいわせてもらえば、聖杯とはいくつも存在し、真作であるにも贋作にも関わらず、奇跡を成し遂げる魔術的な礼装の総称。

 

 効果が同じ、万能の願いをかなえる器である為にその名を借りている、といった側面が大きい。

 母が残してくれた魔術に関係する書物を読む限りにおいて、それに似た効果がある「聖杯」と名のついた礼装について10件近くの記載があった。

 まぁ、本物の聖杯を召喚するのではなく、聖杯という奇跡を実現する物の効果に似ているために疑似的にその名称を与えられた、最上級の魔術礼装

 

 だけど、どんな礼装も簡単に作ることはできない。特にそれが最上級の魔術礼装、聖杯ともなれば……まぁ、ポンポンとそんなものが量産されても困ることになっていただろうが

 

 具体的に聖杯を造る方法が記載されていなかったため、それについてどんな方法か想像するしかないが、昔読んだ時から、めちゃくちゃ難しいことは察しがついた。

 

 そして、その時は、母以外の魔術師を知らなし―いや、それは今もか。自分で作る礼装とも呼べなくもない針以外は魔術に関するものなど見たことなどなかった、半分は母がいたずらででたらめで作った内容とばかり思っていたから、聖杯もそれの一部かと。だから、これで終わり、以上が魔術師としての知識だ。

 

 そして、目の前にいる少女―アサシンから説明されたのは、その魔術師的な知識に属する聖杯と、聖杯を得るための「戦争」についてだった。

 

 02

 

 聖杯をしっているか、そうアサシンは尋ねた。

 

 だから、頷く。

 

 「そのどんな願いもかなう聖杯をよぶために、七人のマスターみたいな魔術師が私達サーヴァントをしょうかんして、七組がたたかい、たたかいぬいたサイゴのひと組が聖杯をてにする」

 

 アサシンは麦茶を飲みながら話していたが、コップが空になってしまったために、そのコップを受け取って、ピッチャーから麦茶を注ぎながら質問する。

 

 あ、ピッチャーが空になったから新しく作っとかないと

 

 「サーヴァント?」

 

 コップを受け取ったアサシンは最初に一口飲んでから答える。

 

 「Answer。さんかするには三つひつよう」

 

 アサシンは右手の人差指、中指、薬指を立てて答える。

 

 「ひとつは、聖杯をほっしている者やそのシカクを有している者」

 

 アサシンは薬指を折る。つまりは、参加する魔術師、これは俺か?

 

 「ふたつめは、サーヴァントを律するくさりにして、聖杯にサンカをみとめられたあかしである令呪」

 

 左手の甲を指さし、そこの刻まれている紋を見せろ、といった風に指示されたので左手の甲―紅く輝く紋様を見せた。アサシンはそれでいい、そう言いたげに頷くと中指をおった。

 つまり、俺は聖杯をよぶ儀式に正式参加を許され、これはその参加証明書であるということか、しかし、参加証ということは分かったけど、くさり、とは?

 

 「令呪についてはほかにも効果があるけど、サーヴァントといっしょにセツメイする」

 

 頭のいい子だ、口には出さないけど。

 先を読まれ、アサシンはそう付け加えると、残った人差し指でアサシン自身を指さし、

 

 「みっつめに、マスターのかわりに戦うのが私達サーヴェッ」

 

 あ、噛んだ。言いずらいよね、サーヴァントって

 

 最後の最後、一番大事なとこで噛んでしまったことに、お互いに気まずい沈黙がながれるが、アサシンが一気に残った麦茶を飲みほして、一息に応える。

 

 「つまり、わたしたちがサーびゃ! 」

 

 今度は思いっきり舌をかんだ。でも、意味は通じたから、もう大丈夫だ

 

 「アサシンが、サーヴァント?」

 

 もう一杯麦茶を注ぎたかったが、生憎ピッチャーの麦茶はアサシンに注いだのが最後の一杯だった。

 だから、少ししか口をつけてない、俺の飲んでいた麦茶のコップを渡し、舌を冷やしながらちびちびとアサシンは飲む。

 顔をそらしながら、蚊の羽音のように消えてしまいそうな声でしゃべる。

 

 「……うん、サーヴァント」

 

 恥ずかしそうに、気まずそうにアサシンは自分たちサーヴァントにポツリポツリと語り始める。

 

 「サーヴァントは聖杯をめぐる戦いで魔術師にしえきされる使い魔のこと。魔術師はサーヴァントどうしを戦わせてサイゴのひと組が万能のかまである聖杯をてにいれるの」

 

 ちょっと違うかもしれないが、つまりは、蟲毒みたいなもんか

 蟲毒ってのは、昔の呪法。

 特大の釜の中にムカデや蜘蛛など毒を持っている大量の生き物をぶち込み、それに特別な封をして土の中にうめ、一カ月後に掘り出す。釜の中では生き延びるために互いの肉を喰い、喰われる壮絶なバトルロイヤルが繰り広げられ、生き延びた一匹が外に出れる、とかいう呪法。

 

 まぁ、違いっても、そんなに違わないだろう。釜のなかから生き延びようとしてるのと、釜を得ようとする違いくらいだ……うん、大分違うな

 

 「よばれるサーヴァントは七騎、よばれたサーヴァントは生前のホマレによって、それぞれのクラスにあてはめられて召喚される」

 

 舌の痛みがとれたのか、右手を開き、右掌に左手の人差し指と中指を添える。

 

 「『セイバー』、『ランサー』、『アーチャー』、『ライダー』、『バーサーカー』、『キャスター』…そして」

 

 そのサーヴァントを一体ずついうたびに指を一本ずつ折り曲げ、右手の人差指が残った。

 

 「『アサシン』か…」

 

 あっ

 

 その答えを何の気なしに自分が呟いてしまい、アサシンの表情が曇ったことに気がつく。

 

 「……言いたかったのに…」

 

 ぼそっと、アサシンは呟いて俯いてしまった。

 やべぇ、すげえ悪いことした。

 

 なんとか謝ろうとしたが、そこでまた新しい疑問が生まれる。生前の誉でクラスにあてはめられる、って説明を受けたが、生前?

 

 平謝りしつつ、そのことについて尋ねると、ちびちびと麦茶を飲みつつ、なんとか機嫌を直してくれたアサシンは答える。いい子だ。

 

 「サーヴァントは本来、ひとに呼ばれ、使い魔となる存在じゃない。サーヴァントは英霊、いきている間になにかのイギョウをなしたりして、ひとから信仰をうけてひとの魂でありながらベツの域までなったもの」

 

 それから細かく教えてもらったが、まとめるとこうだ。

 

 サーヴァントと呼ばれる魔術師に従ずる、聖杯をめぐる戦いで戦う者たちは英霊―つまりは神世の時代や人類史にて偉業を成し、信仰を得て、魂を別の領域までのぼりつめた存在。

 

 だが、聖杯をめぐる戦いでは、すべての英霊がサーヴァントとして呼ばれるわけではない。

 呼ばれるサーヴァントにもなにかしらの願いがあり、その願いを叶えるために魔術師に召喚され、使役される。

 

 そして、その呼ばれた英霊の逸話、例えば、槍先にとまった蜻蛉が二つに切れたといわれる蜻蛉切を振るった戦国時代の猛将、本田忠勝ならば槍のサーヴァント、ランサーとして召喚される。生前の逸話やまたはそのサーヴァントが有する能力などによって召喚されるクラスが決定される。さらにその強さはいかに信仰(知名度)を召喚された場所で受けているか、または召喚した魔術師の技量によっても大きく変動する、といったことだった。

 

 アサシンが話の中で特に重要としたことは、サーヴァントはサーヴァントでしか倒せない、という点だ。

 いや、魔術などの神秘がこもっている攻撃ならばダメージを与えることも可能らしいが微々たるもので、期待できるものじゃない、らしい。

 

 だから、サーヴァントを倒す方法は二つ。

 一つはサーヴァント同士でぶつかり合い、サーヴァントがサーヴァントを倒す。そもそもマスター単体で生き残ることすらできない、サーヴァントが戦いにおいて必須となる。

 二つめは、そのサーヴァントのマスターを殺害することだ。

 サーヴァントは単体では現界することはできず、常に魔力と世界に身を置くための依代が必要、それを満たすのがマスターの役割らしい。マスターを失えば、サーヴァントはすぐに消滅してしまうとのこと

 

 「……でも、結構マスター側に不利じゃない?だって、最後まで生き残ってもマスターは人間なんでしょ?英霊のサーヴァントには勝てないんじゃ?」

 

 サーヴァントにはマスターが必要だし、マスターには参加資格の令呪と、言い方は悪いかもしれないが、勝ち残る道具としてサーヴァントが必要だということは分かった。

 

 だが、話を聞く限りにおいて召喚されるサーヴァントは何かしらの願いを持っており、願いをもった絶対的強者が、最後の最後、もしも聖杯が出現してもサーヴァントがマスターの命令に従わずに勝手に聖杯を使ってしまうことだって考えられる。まさか、サーヴァントに聖杯を使わせない、としてマスターが自死すればいいかもしれないが、だれも聖杯を掴む者などいないだろう。

 そもそも、内部分裂を起こしてしまえば呼んだサーヴァントにマスターが殺されてしまうことだって考えられる。

 正直、それをサーヴァントであるアサシンに尋ねるのも、問題があると理解した時は遅く、口にした後だった。

 

 しかし、アサシンは気にしていなかったようで俺の左腕、正確にいえば左手の甲にある令呪を指さす。

 

 「Answer。そのために律するくさりの令呪がある」

 

 ……これが、律する鎖?

 

 「……そのため、って、どんな?」

 

 長くサーヴァントについての説明をしたためか、アサシンは麦茶をくちに含んで湿らせ、答える。

 

 「令呪はマスターの聖杯をもとめるサンカ証にして、己の使役するサーヴァントに三回だけイウこうときかせる、サーヴァントをしばるくさり。サーヴァントは召喚におうじたらこれをうけなくちゃいけない」

 

 ああ、なるほど。

 

 もしも呼んだサーヴァントが反抗的だったり、作戦に従わなかったりしたとき、本来であれば人間であるマスターにそれを無理矢理でも、言うことを聞かせることなんてできない、下手すりゃ喧嘩して激昂したサーヴァントに殺されることだってあるかもしれない。

 

 だけど、三回だけ、なんでも言うことを聞かせられるって三枚の御札が令呪

 

 つまり、使い切らずに最後の聖杯を手にするときに自分のサーヴァントに動くな、とか命じればマスターが聖杯を手に入れることができる、か。

 

 「でも、令呪は私達サーヴァントをしばるだけのくさりじゃない」

 

 それから再び話が長くなるし、よほど重要だったのか、アサシンが15回以上(途中から数えるのも面倒になった)噛みまくったのでまとめさせてもらうが、こういうことだ。

 

 令呪について、三枚の御札といったが、その表現はあっていた。

 そもそも令呪はサーヴァントに命令を強制させるが、それだけではなく、行動を成功させたり、マスターとサーヴァントが離れていた場合、マスターが令呪をつかって瞬時にサーヴァントを呼ぶことも可能であるとのこと。

 しかし、令呪の効力も絶対ではなく、具体的な命令ほどそれを成し得る力や強制力は強いが、あいまいな命令などは効力も薄い。

 例えば、「この戦いに勝利せよ」と令呪を本来のサーヴァントがもつ力以上、それを越えての能力を底上げなどが可能だが、絶対に勝利を掴めるわけでもない。

 だけど、力を上げたり、作戦を成功に導いたりできることはマスター、サーヴァント双方にとって大きな利点

 

 なるほど

 

 アサシンはこれ以上の説明はないのか、空になった御茶請けの皿を見ていたために、皿をもって立ち上がり、冷蔵庫から漬物のいれてあるタッパーから盛り付ける。

 アサシンの前に新しく盛り付けた皿をおくと、手を伸ばして漬物を口に運ぶ。

 

 けど、俺は漬物を食べる気分にはなれなかった。

 

 万能の礼装である聖杯をめぐる戦い

 戦いを勝ち残り戦いぬくためのサーヴァント

 サーヴァントは過去に偉業を成し遂げた英雄の魂である英霊

 人の身で英霊を律し、英霊のもつ力以上の力を授け、戦争への参加証明書でもある令呪

 戦いに参加するために英霊を使役し、サーヴァントに力を送るが同時に弱点でもある魔術師

 

 今までの説明を簡単にまとめ、咀嚼するように何度か呟くが、現実感というものが致命的なまでに乖離しているが、今日起こったことを考えれば、非現実ではなく現実だった。どうしようもない現実だった。

 

 

 そこまで考え整理して、気がつく。

 今までの説明を振り返り、目の前に座り、コップに注がれた残り少ない麦茶をゆっくりと飲む少女、アサシンも英霊だということになる。

 

 アサシン―日本語に訳すると「暗殺者」

 

 そうなると、目の前に座る彼女は過去の暗殺で何かしらの偉業を成し遂げた人物だということだ。いや、まて、アサシンが逸話か能力で選ばれるクラスか聞いていないから、能力で選ばれたのかもしれない。だけど、それでも暗殺者向けの能力を有していることになる。

 

 ……………………………………最初、俺は美少女に助けられたと思っていたが、とんでもない英霊を現代に呼んでしまったのかもしれない

 

 けど、今まで重要なところでとことん噛みまくるアサシンが脳裏によぎり、さらに今も御茶請けの漬物をおいしそうに食べるアサシンを見たら、とてもそんな恐ろしいサーヴァントには思えなかった。

 

 あ、サーヴァント自体にも疑問があったことを思い出した。

 

 「……あと追加で質問なんだけど、それだったら、アサシンは過去の人物なんだよね? 日本語とか、戦いのことはどうして知ってるの?」

 

 高等な使い魔の中にはマスターの知識を共有するものもいるらしいが、俺は聖杯に関しての知識はゼロ。しかし、アサシンは手を止めて何のことはないように答える。

 

 「Answer。さんかするサーヴァントはすぐにでも戦えるように聖杯から知識をあたえられる」

 

 なんでも召喚された際に現代の知識や言語など、一辺倒の知識を聖杯に与えられるとのこと。そもそも、人間に聖杯の戦いで戦うサーヴァントの召喚自体が不可能であり、サーヴァントというのも聖杯に選ばれたマスターが聖杯のサポートを受けて、初めて召喚が可能となる、といったことだった。

 

 それもそうだ、召喚して共通の言語をしゃべれる時代や国の英霊だったらいいが、それがもう滅んだ部族の言語しかしゃべれない英霊だったら意思疎通すら不可能だし、いちいち現代のものに驚いていたら戦いどころじゃないだろう。かなり合理的なんだな

 

 そこまで話すと、アサシンの顔が曇る。

 

 「でも、おかしいことがある」

 

 「おかしいこと?」

 

 言いずらそうに、しかし、その問いに答えた。

 

 「くえすちょん、まずこのバショはどこ?」

 

 「……日本」

 

 その答えは不満だったのか、アサシンはちょっと眉をひそめる。

 あ、もっと細かくか

 

 「えっと、東京?」

 

 まさにそこ、と俺を指さす。

 

 「わたしたちの与えられた知識は“ふゆき”というばしょの聖杯にツイテしかあたえられてない」

 

 ふゆき、其処がどこなのかわからないが……あれ? その地名どっかで? 聞いたことがあるような、ないような、いや、どこかで聞いたけどどこで……?

 

 しばし、ふゆき、ふゆきと呟いて考えてた俺を怪訝そうに、マスター?とアサシンが呼ぶ声で我に返る。反射的にあやまると、アサシンは続ける。

 

 「それに……」

 

 今度こそ、話すことが憚れるように言う。

 

 「わたしたちは、アサシンだけど『アサシン』じゃない」

 

 それが一番申し訳ないように言った。

 アサシンの話はこうだった。

 

 なんでも聖杯についても知識は与えられているが、その知識の中で語られるアサシンというのは特殊なクラスであり、召喚される英霊は固定されている。

 呼ばれる英霊は伝承の残る「暗殺教団」の教祖、「山の老翁」を襲名した「ハサン・サッバーハ」のうちの歴代の一人が呼ばれるらしい。

 だが、俺の前にいる少女のアサシンは英霊「ハサン・サッバーハ」ではないというのだ。

 

 つまり、与えられた知識と現実に齟齬がある。

 ……うん、しかし、逆を言えば、

 

 「でも、今のところその二つしか違わないんでしょ?だったら……」

 

 そこで気がつく、またアサシンの漬物を取る手が止まって俯いていることに。

 

 「……まだ、あるの?」

 

 ゆっくりと首を縦に振る。

 

 「……れいたいかできない」

 

 一番深刻な問題だということが口調で分かった。

 

 「れいたいか?」

 

 オウム返しで尋ねると、アサシンはゆっくりと説明をしてくれた。

 

 れいたいか―霊体化とはサーヴァントには二つの状態があるらしい。

 エーテルによって形成された仮初の肉体を得て現界、つまりその状態で戦う戦闘形態と非戦闘形態である霊体化、普段であれば魔力の消費をあまりしない霊体で過ごすとのこと。

 

 だが、利点はそれだけではないとのこと。

 

 霊体化していれば、物理的干渉を受けず、目視もされない。だが、この状態でもサーヴァント同士の気配察知によって見つけることができる。特殊な礼装や結界でもあればマスターでも霊体化状態のサーヴァントを見つけることが可能らしいが、普段であれば察知されない。だから、そのこともサーヴァントを倒せるのはサーヴァントだけ、ということにつながるのだろう。

 しかし、アサシンは他のサーヴァントと比べ地力が劣ってしまうために奇襲がメインの戦法であり、その奇襲戦法というのもアサシンにはサーヴァント同士による気配察知を無効化する能力がある。そのために気配を察知されないまま、霊体化し相手のサーヴァントやマスターに暗殺をするのがセオリーということ。

 

 やっとわかった。つまり、アサシンの霊体化ができない、ということは、アサシンの最大の特性が活かせないことと同義だ。

 

 なるほどねぇ

 

 人ごとのように感想を漏らすが、アサシンは深刻だと、心の底からどうにかしなればいけないように項垂れている。

 

 思わず、本当になにも思わず、気がつくと、左腕をテーブルについて体を乗り出し、右腕を伸ばしてアサシンの頭をなでた。ありふれた表現で申し訳ないが、アサシンの白い雪のような髪は積もったばかりの雪のように柔らかく、絹のように滑らかだった。

 

 「マスター?」

 

 何をしてるんだ?と怪しむ声をだして俺の様子を見るアサシンに、ゆっくりと、笑みを造って笑いかける。

 

 「大丈夫だから、アサシン」

 

 なるべく、できるだけなるべく優しい声を出す。

 

 「なにが、ダイジョウブなの?」

 

 一瞬返答に詰まる。と、さらに己がアサシンを安心させてあげられるようなことなどないことに気がつく。

 

 「お、俺って結構運強いんだよ。ほら、今日なんて死にかけたけど、アサシンが助けてくれて生きてるし、運が強い俺がマスターなんだからアサシンだって運が強いって」

 

 自分自身でもなんだそりゃ、としゃべりながら思った。そもそも運って関係あるのかと、あと本当に運がよかったらは巻き込まれていないだろう。

 けど、それぐらいしか俺の利点が思いつかなかった。

 ただ、アサシンにがっかりしてほしくないことは確実で、母が俺の小さいときに怪我したり泣いてしまった時に大丈夫大丈夫、といって頭をなでてくれたからやってみたが、どうやら失敗に終わった。

 

 「マスターは変」

 

 と呟き、漬物を口に入れ頬張る。その味の方が緊張と不安がほぐれたように、無表情に戻って咀嚼している。

 うん、どうやら俺は漬物に敗北したみたいだ。




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