Fate/Heterodox Tale   作:今日は晴れ

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tale 04 「変わらぬ平穏」

 01

 

 ぼんやりとベッドの中で、改めて今日起こったことや、聖杯をめぐる魔術師同士のバトルロイヤルについての概要を改めて考える。

 

 説明を受けた後、食欲がなかったし、それに身体的疲労と聖杯に関する戦いなんかの説明は堪えたため、寝ることにした。

 

 霊体化できないアサシンは客間に蒲団を敷いて寝ている。はたしてサーヴァントが眠れるかどうかわからないが、横になって休めることぐらいできるだろう。

 

 左手の甲を、暗闇の中でも時折、薄く紅い光を放つ紋様―令呪を見た。

 

 これがある限り、問答無用で生死をめぐる戦いに巻き込まれるという参加証

 

 命を狙われた経験なんて当たり前だが、ない。

 それにナイフを持たされて見ず知らずの誰かを刺し殺せ、といわれても無理だろう。

 もしも自分の命がかかってる、という場合だったら臆病者の自分だから誰かを殺すかもしれないが、もしかしたら臆病が殺せないほうに働き、殺せずに殺されるかもしれない。

 

 まぁ、少なくとも、片足突っ込んだ世界は魔術に関する世界であるとは理解した。

 

 アサシンは戦いから逃げる方法も無いわけじゃないが、それは“ふゆき”の聖杯に関する知識だから当てにはならない、と語ったので不可能と考えた方がいい。

 俺はアサシンに参加するか否か、問われたが答えが出せなかった。

 

 能天気、という評価を受けるが、俺は、十二月久連は、能天気な人間であり怯儒な人間であるだけだ。

 

 しっかりと恐怖と対峙することが怖くてたまらないから、眼をそむける。だけど、こういうとき、どこにも逃げ場所が―恐怖と正面から向き合わなければいけなくなった時は、居間でアサシンに話を聞くまえのような状態になる。

 

 もしも、今思えば、あの剣を持っていた女―剣の英霊である『セイバー』に襲われた時、アサシンが助けてくれなくちゃ、死んでた。

 

 一応魔術師であるが、俺は魔術師らしいことが何一つできない魔術師だ。

 この地を管理している管理者がいるのだろう、だが、その管理者に土地代を払っていないモグリの魔術師だし、母の魔術を継承したかったといっても成功確率も調子がいいときで半分くらい

ひどいときだと二割以下。

 だいたい、一部魔術刻印を受けつぐその途中で母は死に、父は魔術なんて知らない一般人

 

 五畳半の洋室、ベットが置かれた反対の壁は本棚となっている。棚には辞書のような一冊一冊が分厚い本かノートが収まっていた。暗くて見えないがそこになにがあるのか分かるため、眼を凝らせば輪郭は分かるレベルだが

 

 その一冊一冊が魔術に関する書物。もしくは母の研究していた魔術に関するノートだった。棚の半分は魔術関係の書物で埋まっている。もう半分は……

 

 ……いや、ごめんなさい、もう半分は、その、本棚の半分はあれです、その……プロポーションの大変優れた女性と男性が三大欲求のうちの一つを満たしてる本です。

 天国のお母さん、ごめんなさい。

 

 あ、参加するにしても参加しないにしてもこの本は隠さないといけないか

 

 参加するなら俺が死んで、遺品整理のとき……あ、遺体も残らないかも

 

 路地裏で枯葉のようになった遺体が思い出される。あの遺体は結局、アサシンが召喚された際の風に舞って消えてしまった。

 あの遺体のサラリーマンはマスターだったのかどうかわからない、だけど、魔術秘匿のためだったら遺体だって完全に消滅させる、それが魔術師の戦いというものなのだろう

 

 …まぁ、ここでは葬式があげられる遺体が残る、と仮定しても本は隠すか処分するかしないといけないな。きっと、大叔母さんが処理してくれるだろうがあの人にこんな本は見せられない。でも、なぁ、このコレクションは血と涙の結晶だし……よし、『町中、突撃スカウト!!』シリーズは残しておこう、いやでも、『町むすめ、あなたと一発!』シリーズもなぁ……

 

 自分がくだらない話題にそれていたことに気がつく。いやくだらなくもないが、とにかく、話を戻すが、実を言うと魔術書の半分も読めていない。

 

 魔術書に記された殆どは日本語じゃなく、大半は英語だが、所々何語かわからない言語で書かれてるし、英語が赤点ぎりぎりという俺にとって半分以上は意味不明な文章が連なっている。

 

 頼みの魔術刻印だって、せいぜい魔術に関する本の一部言語を訳することぐらいしかできない。

 

 魔術師として非力としか、いいようがない。

 

 そんな俺が、魔術師という異常の世界で起こる殺し合いに参加するか否か、と問われている。しかも、普通だったら逃げることもできるかもしれないが、その逃げ道ができるかどうかわからない。つまり現時点で参戦しないとまずいということ。

 

 ……確かに、襲われた時は生きたいなんて願ったけど、そのあとにまってるのが殺し合いなんて、寿命が少しだけ延長されたようなものじゃない…

 

 そもそも、聖杯なんてなかったらセイバーなんて女に襲われることもなかったし、参加する以前の問題だったはずだ。

 

 くそ、畜生、とんでもない真実を探りあててしまったが、聖杯に怒りを抱いたところで発散できるわけでもなく、我慢、の二文字を浮かべ、瞼を閉じてなるべく楽しいこと

 

 ……例えば、地球上に男が俺しか存在せず、女が皆巨乳になることとか考えていたら、ゆっくりと睡魔が襲い、思考が塗りつぶす。

 

 うん、我ながら下種だとおもった。

 

 02

 

 体の中を襲った衝撃は、はっきりと目を覚まさせるには十分なもの。

 

 目を開けると、世界が真横になっていた。

 

 いや違うか、俺の頭が地面に横になってるだけか。

 これから導かれるのは簡単、ベットから転げ落ちただけだ。首を痛めていないか少し不安だったが、全身に落ちた時の衝撃以外に受けた痛みは無く、ゆっくりと姿勢を普段の状態に戻しながら上体を起こす。

 

 カーテンの間から日がさし、ベランダで雀が遊んでいるのか囀りが聞こえ、朝ということは分かった。

 

 しかし、珍しいこともあるもんだ。小学校に入学した時、おばさんから入学祝でベッドを贈られて、それからベットで寝るようになったが、それ以前から、かなり寝相がよかったからベットから落下なんてことはなかったはずだ。

 

 頭を掻きつつ、未だに眠気のとれない、ベールに包まれたままのような思考回路に喝を入れるため、両の頬を叩く。洗顔が一番いい方法らしいが、顔を洗うのが苦手なので上半身が水浸しなるからこれでいい。

 

 ……今は何時だ?

 

 時計のアラームは六時にセットしている。しかし、アラームで起こされていないから六時前だ。

 

 いつもだったらもうひと眠りするところだろうが、今日はもう一人の同居人がいる。

 昨日俺を助けてくれた少女―アサシンがどんな料理が好きか知らないが、昨日の晩、漬物を食べていたから和食はいける口だろう。

 すこし、豪華な朝食でも造ることにする。

 

 そう思って、枕元においてある時計を確認しようと手を伸ばすと、

 

 時計には、中学校の卒業記念でもらった電波時計に大きな、刃渡り三十センチほどのでかい黒のナイフが突き刺さり、時間を永久に止めていた。

 

 俺の中の時間も止まる。

 

 思考が停止してしまったためか、周りの音が、風景がいつもより鮮明に感じられた。

 窓の外のベランダで遊ぶ雀のさえずりやカーテンから差す陽光に照らされた大気中の埃、それと、すうすう、と消えてしまいそうな呼吸音が聞こえた。

 

 その呼吸音はベットの上から聞こえる。

 顔を向けると、アサシンが、昨日助けてくれたときに着ていた黒のコルセットにビキニパンツという格好のアサシンが、気持ち良さそうに小さな寝息をたてていた。

 

 本当に、思考どころか俺の中の世界全てが停止する。

 

 「わああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 一瞬の空白を置き、あらん限りの絶叫と座ったまま、尻を地につけたままの後退。昨日もこんなことをしたが、まさか助けられた対象を見て同じことをするとは思わなかった。

 さらに、昨日は室外機にぶつかって進めなくなったものの、俺の部屋に室外機などないが、壁に置かれた本棚にぶち当たり、後頭部を強打した。

 その痛みで、おもわずぶつけた頭を抱えるが、追い打ちをかけるように頭上からぶつかった際の衝撃で本が一拍のおいて、落ちてくる。

 分厚く重い魔術書などは下段にしまっていたから直撃することは無く、ページ数がない薄い本が落ちてきただけで、それほど痛みはないことが救いだった。

 

 ……正直、分厚い魔術書が直撃すれば死に至る可能性もある。本当に下段に重い物はしまえ、その教えは真実だ。

 

 一連の動作が派手すぎたためか、それとも最初の悲鳴が安眠を妨害したか、アサシンが「うんんっ」と、艶かしい声をあげて、上半身を起こし、眠たそうに目をこすって、本棚にぶつかった俺を見た。

 朝が弱いのか、その顔はぼんやりとしていて、年相応の幼さがある。

 

 ひきつった笑みを浮かべつつ、挨拶をする。

 

 「お、おはよう、アサシン」

 

 だけど、アサシンは未だに頭がはっきりとしないのか、昨日の凛々しさとは到底同じ人物だと分からないように、眠たそうにしている。

 

 「……な、なんでここに寝てるのかな?アサシン」

 

 最初にもっとも解決しなくちゃいけない疑問を尋ねる。昨日、アサシンは客間に敷いた布団に寝ていたはずだ。

 

 「……Answer、いじょうおん」

 

 アサシンは俺の疑問を解決するように舌っ足らずな声を出し、ナイフの刺さった目覚まし時計を包帯の巻かれた左人差し指で指す。

 まだ頭が晴れていないのか、俺を見る目もどこか虚ろだ。

 

 「……テキ襲かとおもった」

 

 ああ、そのあとは容易に想像がついた。

 アサシンは現代の知識は与えられていても目覚ましのアラーム音なんて知らないだろうし、それがマスターである俺の部屋から聞こえたら、そりゃほかのサーヴァントの襲撃だと思うだろう。

 

 だから部屋の中に突入し、反射的に元凶である目覚まし時計にナイフを投げつけ息の根をとめた。

 

 「あと、ねむかったから」

 

 しかし、それ以外の異常がなく、これが敵の襲撃ではないと悟ると、朝の弱いアサシンに再び睡魔が襲い、幸いにも目の前にベットがある。俺も寝てるけど寝る分には問題ないということで寝た、というわけか。

 

 ………朝に弱い暗殺者、ってどんなんだよ

 

 そこまで察すると、頭が正常に働いてきたのか、徐々にアサシンが昨日の、凛とした表情に戻っていく。

 

 そして、なぜか赤面すると、ベットの足元に落ちていたブルーのタオルケットを引き寄せ、頭からかぶさった。

 

 あの、アサシンさん、俺がなんか貴女にいたずらしたみたいになってるんだけど、

 

 「なんて隠れたの?」

 

 アサシンはあんさーと呟いて、ひどく小さな声で答える。

 

 「……この格好はスゴクはずかしい」

 

 ああ、昨日路地裏でその恰好に困る、とか俺が言っちゃったこととか気にしてるのかも……本当に俺は碌な事をしない

 

 「それに……」

 

 そういってタオルケットから右手だけを出して、俺の周りに散らばる、衝撃で本棚から落ちてしまった本を示す。

 

 ………薄くページ数のない、エロ本が散らばっていた。

 

 「ぎゃあああああああああ!!」

 

 本日二度目の絶叫。絶叫を上げながらあたりに散らばったコレクションを回収する。

 とりあえず、一つの束にまとめると、それを乱雑に本棚につっこんだ。たぶん、最速の速さだったろう。

 

 もう大丈夫だ。

 何が自分でも、昨晩の大丈夫よりも安心性も信頼性に欠如する「大丈夫」。

 

 「ごめん、アサシン」

 

 でも、謝らなくちゃいけない。アサシンがサーヴァント―過去に偉業を成した英霊であろうとも女の子だ。女の子にあの本は見せちゃだめだろう

 タオルケットにくるまったアサシンに頭を下げ、謝罪を告げると、アサシンはタオルケットから顔の上半分、眼だけをのぞかせ、申し訳なさそうに俺を見た。

 

 「わたしも、マスターのトケイをこわしちゃった」

 

 どうやら、目覚まし時計を壊したことを反省しているみたいだが、元々卒業記念でもらったもの、どうせ安物だ。

 

 「別に気にしてないよ」

 

 そういうと、アサシンはしばし考えて、

 

 「じゃあ、おあいこ?」

 

 と首をかしげながら尋ねた。

 それがあまりにも年相応すぎる仕草だったので思わず微笑ましくなり笑みがこぼれた。

 

 ん?

 

 「そういえば、着てた服、どうしたの?」

 

 今の格好はアサシン自身が羞恥を覚えるほどの露出度の激しい、召喚された時の服装だったが、確か昨日寝るときは路地裏で渡したランニングシャツと短パンだったはず

 

 アサシンもそれを疑問に思ったらしく、黒いコルセットを着ている上半身をタオルケットからはだけ、しばし、思案していたが、一瞬部屋の中が明るくなり、アサシンが着ていたコルセットが光の粒子となって散る。

 

 けど、俺が目をそらしてしまうような格好にはアサシンはならず、赤紫のランニングシャツを着ている。

 

 アサシンは立ち上がってみるが、眼に困る格好ではなく、黒の短パンとランニングシャツだった。

 

 「……これはあたらしいハッケン」

 

 本当におどろいた声で、アサシンはいう。つまりアサシンも知らないことだったのだろう。これが聖杯に与えられていなかった知識か、それとも聖杯の誤った知識か、聞こえは似ているが大分意味が違う。

 

 予想だが、これは後者だ。そもそも霊体化などすれば普段着など必要ない。

 

 だが、アサシンはそんなことどうでもいい、といった風に自分の着ていた物を見る。

 

 「やっぱり、他の服がいいかな?」

 

 苦笑しながら、尋ねる。本当ならそんな男物の運動服じゃなくて女の子向けの服がいいんだろうけど、生憎一人っ子だし、男がそんな服持ってたらただの変態だ。

 母の生前着ていた服なら探せばあるだろうけど、母は大柄な人だったし、小柄な、というか少女のアサシンには着れないだろう。それにもう亡くなってあと一年で十回忌だ。服自体が時代遅れになってしまっている。

 

 「Answer、服は別にいい。服に傷がなかったからよかっただけ。恥ずかしくない服ならなんでもいい」

 

 ……まぁ、さっきのあの恰好に比べたらそりゃあましだけど、でも、

 

 アサシンの顔を見た

 

 柔らかい銀髪と雪のような肌、それとアイスブルーの瞳が特徴的な、俺はタイプじゃないが美少女の類に属する子だ。そんな子が、男物の運動服で満足する、か…

 

 暗殺者というクラスになった少女が、生前はどんなことをしていたか知らない。

 しかし、俺の予想では、この子は俺よりも老けて死んだのではないだろう。端端に幼さが、演技ではなく年をまだ重ねていないゆえのあどけなさがあった。

 偏見かもしれないが、俺の中でアサシン位の年の、中学生くらいの女の子だったら一番服に気を使う年頃だと思う。一年前まで中学生だったから分かる。

 

 きっと、つらい、そんなことにも気を使えない生活だったのだろうか?まぁ、それとも文化の違いという奴か?

 

 ま、服のことは後で考えるとして、俺もきがえ…

 

 「くえすちょん、マスター?」

 

 心配そうな声でアサシンが尋ねるが、それでも止まってしまっていた。

 

 視線は机の上に置かれた、すぐに学校に行けるように置いている携帯、腕時計、財布の三点を夜寝る前にセットするようにしていたが、アナログ式の腕時計の長針と短針が示している時間をみて、我が目が腐っていることを願う。

 

 長針は11と12の中間地点、そして、短針は8に殆ど近い。

 

 現在、7時55分。

 

 家から学校まで、どんなに急いでも約15分

 

 普段だったら八時半までのショートホームルームまでに着席していないと遅刻。しかし、今日は終業式のためにショートホームルームは、八時始まり、つまり、完璧な遅刻だ。

 

 03

 

 アサシンに悪いことしたなぁ

 

 あんな少量の朝食ではとても足りない、そんな腹の虫が激しく自己主張している腹を押さえ、生徒指導室から教室に戻る途中でそんなことを考えていた。

 

 あの後、遅刻確定ということもあって、慌て、状況は迷走かつ混沌を極めた。

 

 まず制服を着ようとしたが、昨日のセイバーに襲われた所為でシャツは血まみれ、夏用ズボンは洗濯機の中に放り込んでいたものの乾燥が必要だし、血が抜けずクリーニングに出さないといけない状態。

 正直、どっちも廃棄したかったが、我が嶋崎高校は私立であるためにズボンなどのオーダーメイド品はかなりの高額だ。シャツは穴があいているし血だらけのために廃棄するとして、ズボンの方はクリーニングでできるだけ血を落としてはくしかないが、それは時間があればの話で現状は何を着ていくか、という問題がある。

 

 シャツは換えの物を着ればいいが予備のズボンなど普通は持たない。かといって今日はこんな血だらけズボンをはいていけば確実に警察を呼ばれる。

 だから、6月の衣替えの際にしまったばかりの冬用ズボンをひっぱりだして着ていくことにした。

そのときにどこにしまったのか、人間慌てれば当たり前のことが分からなくなり、できなくなるという話だったが本当だった。

 探し出すのに十分も取られるとは、本当に思わなかった。それに、左手の令呪を隠すために、包帯を探し出すのにさらに2分、救急箱を探すだけだったのに、二分もかかった。

 

 結局、そんなことをしていたから朝食はアサシンに豪華なものを食べさせてあげよう、なんて意気込んでいたのに食パンにマヨネーズをぬって、薄くスライスしたトマトとチーズ、ハムを挟んだ簡単なサンドイッチを作ってあげられただけ。しかも、走りながらだと具がこぼれるから、という理由で食パン一枚が俺の朝食だった。

 

 ああ、そういえば学校に行く際、アサシンは何かを言おうとしていたが、すまん!!と一言言って、飛びだしてきてしまった。

 ………悪いことばかりしてるな、俺は

 

 しかし、そのかいあってか、学校の正門をくぐったのは8時26分

 

 通常だったら教室までの時間を考慮してもセーフだが、すでに体育館に全校生徒が集まって終業式開始まで3分まえだった。

 

 遅刻した場合、そのまま教室にはいかず、生徒指導室にいき、遅刻申請書を出さなければいけない。

 

 そのため、生徒指導室に行くが、運の悪いことに生徒指導室にいたのが一人。

 

 来年で定年を迎え、嶋崎高校に所属するすべての生徒から恐れられ、疎まれる存在。担当教科体育、元警察官という異色の経歴を持つ柔道師範代、合気道4段、剣道3段、体重90キロ、身長182という年に合わない巨体の保つ自然の摂理に反する存在、校内最強の生物―新田文彦生活指導主任がいた。

 新田が一人茶をすすり、そのまえには古代神に供物としてささげられたようにしか見えない、俺のように遅刻した連中、4人ほどが、皆、恐怖を顔面に張り付けて正座していた。

 

 あ、終わった。

 

 しかも、昨日のようにアサシンが助けに来てくれるはずもなく、俺もその正座するパーティーの一員となった。

 

 やっと、解放されたのは10時半、まさかの全校集会終了まで正座とは。しかも一方的な説教ではなく、時々質問してくるから尚更性質が悪い。

 寺の座禅のようにただ座っているだけならまだましだ、何も考えずに済むならいいが、たまに説教の内容について聞いてくるから恐ろしい。

 

 解放され、心体ともに擦り減った状態で教室に向かう。

 

 全校生徒数1016人、生徒が殆どの時間を送る校舎は中庭を囲むように真上からみると東西に延びた長方形の形をしている。北校舎と南校舎に分かれたうちの南校舎の中程、プレートに「Ⅰ-5」と書かれた教室が俺の所属するクラスだ。

 

 全校集会も終わり、休み時間となっているため、廊下に人が溢れていた。

 廊下で談笑している中には知った顔もいたが、目的は彼らじゃない。それにそいつらも何があったのかこちらの顔を見て理解したらしく、軽い挨拶のみで通り過ぎる。

 5組にはいって、窓際の後ろから2列目、自分の席に鞄を机の脇にかけると、頭を机につけて突っ伏し、しびれていた脚を軽く揉む。

 

 昨日、スポーツバックが壊されてしまったから、二回しか使っていない学校指定のやたらと軽い鞄は、やっぱりそれを持っているのが少数派のためか、脇に掛けると目立っていた。

 

 新しいスポーツバック、買わないといけないな

 

 そんなことを考え、容量のない鞄を恨みのこもった視線を送る。

 これから机の中に入っている大量の教科書をなんとかしてこの鞄の中に入れて持ち帰らなければならない。夏季休暇の課題の束は事前に配布済みなのが救いだな。

 

 「よう、遅刻魔。新田の説教くらったんだって?」

 

 そんなことを言いながら、俺の前の席の主、運動部に所属していないのに誰も守るものが居ないという校則を律儀に守っているから五分刈りになっている男、優等生という、俺と同じくらいの不名誉な仇名をつけられている獅子和 裕也(ししわ ゆうや)がコーヒーを飲みながら座って話しかけてきた。

 

 「…入学してから初の遅刻だよ、ボカァ」

 

 ひねくれた声を出す。

 

 「遅刻は遅刻だ、ばかたれ」

 

 そう言って、もう一本、持っていたコーヒーを差し出して、それを受け取り一口飲む。

 

 「……紅茶がよかった」

 

 正直、子供舌だからブラックコーヒーは苦手だし、それに疲れていたから甘い物の方がいい。無論、紅茶は砂糖とミルク、それもジャムも入れたとっても甘いやつだ。

優等生が軽く俺の頭を小突く。

 

 「どこの銀河帝国と戦う元帥だよ、お前は…そんなに頭良くないだろうが」

 

 全くだと思うけど、だとしたら、コーヒーをくれたお前と最終的に結婚しちゃうことになる、そんなの死んでも勘弁だ。

 ……そういえば、昨日のサーヴァントについての説明の時に、架空の英霊でも確かな信仰と知名度があればサーヴァントとして呼び出せるらしい。だったら左右で瞳の色が違う、ニヒルで二枚目な銀河帝国の双璧は召喚されるのだろうか?絶対聖杯に叶えるべき望みは持ってるだろうし、なによりも一番好きな人物だ。是非ともお会いしたい。

 

 そんなことを考えていたが、昨日の説明でいくつか調べなくちゃいけないことを思い出した。

 

 パソコンがあれば家でも調べられるが、生憎、この21世紀において家にパソコンがない。いや、父は持っているだろうが、滅多に帰らないから無いのも同じことだ。

 

 じゃあ、料金さえ払えばだれでも使えるネットカフェか、あ、俺未成年だから無理だ。となると、無料だが待たされる市営図書館だろうが、俺だけの知識ではどうしようもないこともあるかもしれない、アサシンが同伴じゃないといけないけど、ああいう場所は私語厳禁。

 気をつけているつもりでも命にかかわることだってある、知らず知らず声が大きくなって追い出されるかもしれない。

 

 ゆっくりとアサシンと会話して追い出されない、調べ物ができるところ、そんなところはないだろうか?

 

 ぼんやりと思考を巡らしながらコーヒーにもう一口すする。

 

 思案にふけながら、窓の外を見ると、グラウンドとテニスコート、去年新設された美術室や家庭科室などの特別教室、それと図書室などが入る特別棟が目に入った。

 

 あった。

 

 一か所すべてを満たす場所があった。アサシンと話していても追い出されず、それとたくさんの資料があり、調べ物には最適という場所が。

 問題はそこがアサシンのような部外者は入りずらいということだ。

 

 だから、名案であるがその欠点を解決できる人物に相談することにする。

 

 「なぁ、――」

 

 04

 

 残りはロングホームルームだけだが、11時に始まったホームルームは5分で終わり、11時5分から、我が1年5組の夏休みは幕を開けた。

 

 そりゃあ、夏休みの注意事項などは昨日から聞いていたし、成績表を配るだけだったらそれぐらいの時間しかかからないだろう。

 チャイムがなるのは12時だったが、他のクラスも大体同じようなもので、10分ごろには大半のクラスから人が出て行って皆高校生活初の夏休みに浮かれているのが分かる。

 

 だけど、帰るわけにはいかない。別にこれから今日の遅刻者にもう一度説教が待ってるわけでも、成績不良で特別補習を受けるわけでもない。個人的な用件だった。

 

 それに優等生を巻き込むのは気が引けたし、優等生は面倒くさい、面倒くさいと言っていたが手伝ってくれた。本当にいいやつだと思う。

 

 優等生の必殺スマイルと、普段のそのあだ名の由来ともなった優等生的態度のおかげで、俺であれば1時間かかったことも僅か3分で終了した。時間がかかると思っていたが御昼前に終わらせるとは、さすが教師から絶大な信頼を受けている優等生としか言いようがなかった。

 

 今度昼飯をおごることを確約しても、まだ礼を言っても足りないだろう。

 

 「本当にありがとうね、優等生」

 

 しかし、優等生はなんでもないように手を振って、

 

 「別にいいってさ、年末。それよりも今度ユリシーズのスペシャルデラックス三色アイスプリンパフェ、コーンフレーク抜きバージョンおごれよな?」

 

 「おい、要求が変わってるぞ」

 

 ユリシーズというのは駅前にある喫茶店で、クラシックな内装とジャズのレコードが流れる雰囲気のいい店で、味も値段も一級品という評判。なので正直なところ、学生には少しばかり手が出しずらい。

 さすがに勘弁してほしい、あれ2800円もするんだぞ。いや、コーンフレーク抜きだとアイスとスポンジ部分が増えてプラス500円だったはずだ。

 考えただけでも背筋が凍る。

 

 普通だったら今日、上履きを持ち帰るはずだが、まだ来る用事があるので下駄箱で靴を履き替えてそんな会話をしつつ、人を殴ったら殺せる位まで重くなった鞄を持ちながら外にでる。今日も雲ひとつなく、相変わらず夏の日差しが厳しいくらいの晴天。だから、冬用ズボンをはいているために下半身が蒸れてしょうがなかった。

 

 集合時間は一時に、集合場所は校門前で、などとこれからの行動について決定していく。

 

 話をしながら夏の日差しを睨み、校門に向かって歩く。

 

 「なんだ、あれ?」

 

 優等生が指さした先は、校門のところに、ちょっとした人だかりができている。

 

 「年末、ちょっと覗いてこうぜ?」

 

 好奇心100%といった表情で優等生は俺を見るが、首を横に振った。

 

 「やめといたら?苦労してみても時間の無駄だったって嘆く未来が目に見えるだけだから」

 

 個人的にこういう場合は捨て犬でもいるのだろうけど、飼えない物を順番が回ってくるまで見るなんて時間の無駄だ。

 

 それにアサシンが待ってる。だから、拒否をすると、顔をしかめながらのりが悪いぜーといって優等生がついてくる。だけど、俺の意見でどっちにするべきか決めようとしていたのか、未練も無いように、もう興味を失ったように歩く。

 

 校門をくぐり、その人だかりに近づいた時、人だかりから、「カラオケいかない?」とか「誰か待ってんの?」とかそういう声が聞こえる。大方、運悪くこの近くで待ち合わせしちゃった、うちの高校を知らずに校門のところで彼氏でも驚かせようとした誰かの彼女が待っていたのだろう、理由は知らないが、確かなことは人だかりの原因となっているのは女らしい。ふと、人だかりを作ってる連中をちらりと確認すると、こういうことを日常的に行えるチャライ連中に混じって、普段はナンパなんてしない連中も混じってる。おそるべし、夏休み効果。

 

 だから、こんなに人だかりができているのか。

 

 本当は助けるべきなんだろうが、彼氏が来るまでの辛抱だ、ごめんね。と心の中で絡まれている女性に謝罪しつつ、人だかりの横を通り過ぎようとしたときだった。

 

 「マスター」

 

 よく知っている少女の声が、その人だかりの中から聞こえた。

 真夏の太陽がさんさんと光を浴びせ、汗がとまらないというのに、背筋が凍りつく。

 

 ゆっくりと通り過ぎようとした人だかりを見ると、知った声の少女が、モーセの奇跡のように、人の波を割って歩いてくる。銀髪で赤紫のランニングシャツと黒の短パンを着た少女、アサシンが立っていた。




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