Fate/Heterodox Tale   作:今日は晴れ

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tale 05 「怒号、逃げ出した後」

 

 O1

 

 

 「マスター」

 

 

 その声が嶋崎高校正門前に響いた時の反応は大体同じものだった。

 

 

 まず状況を説明させてもらうと、正門の所に人だかりができている。人だかりを作っているのは俺と同じ制服を着ている、つまりは同じ嶋崎高生で、普通はナンパなんてするのはちょっとチャラい人たちだが、夏休み開始でテンションがマックスなのか普段だったらナンパなんて間違ってもしない人たちがチャラい人たちに混じって、大軍団を形成していた。

 

 

 その大軍団は両断されている。他ならない彼らの目的人物、アサシンによって。

 

 

 アサシンの周りにいる男どもはアサシンの向いた方向、つまり俺を見る。

 

 

 改めて俺の学校での立ち位置を説明させてもらうと、色々とのるときはのる性格はしているが、女性関係については普通だ。フランス革命以前と以後でもあまり扱いの変わらなかった農民階級ぐらいが俺だ。

 間違ってもオスカルやアンドレ、ドベスピエールなんかじゃない。

 つまり、男子高校生(特に女性と学校生活において絡みがない男子高)において普通とは女性との交流をもっていないか、女性とお付き合いを願っていても実現しないくらいだ。

 

 

 無論、俺も女性と交流手段なんてもっていない。

 

 

 そんなザ・普通の俺が、銀髪青眼の、一般的な感覚でも美少女と類される少女にマスターなんてアブノーマルな響きをもった言葉で迎えに来てもらえば、そりゃあ空気が凍りつくってもんだ。

 

 

 彼らの視線はすでにアサシンではなく、俺に向いている。

 

 

 俺を知っている連中は、「なん…だと……」と、そんな感じに劇画調で信じられないものを見るような目で俺を見て、俺も知らない、上学年や他クラスの生徒たちは嫉妬と羨望、それと、ほんの少しの尊敬の念が混じった複雑な視線を俺に送る。

 

 

 俺のまえに来たアサシンはそんな周りの空気の変化に気がつかず、というか、すこし目じりに涙をため、やっときたか、とかそんなふうにじっと何かを問いただすような鋭い視線で俺を見るが、誠に申し訳ないことだがまた無視することになりそうだ。

 

 

 「ごめん、アサシン」

 

 

 アサシンが口を開く前に謝罪を申し開く。

 

 

 そして、皆が我に返るまえにアサシンの右手を掴むと、そのまま手を引いてダッシュで逃げた。もう己の脚力の信じられる限り、持てる限りの力を動員して一気に加速した。

 

 

 一拍の間をおいて後ろから聞こえるのは、停止を呼びかける怒声。

 

 

 もうそりゃあ刑事ドラマ顔負けの必死な怒声。大概は俺のことを知らない連中だが、のりで追いかけているのだろうし、逃げれば追いかけたくなるのが心情というものだが、いささか数が多すぎる。

 

 

 何人か俺が知っている声が、「年末、その子はだれだ!?」という最もな疑問とか、「年末!!おまえマスターなんて、なんてアブノーマルプレイを!!羨ま、もとい、天誅をくだしてやる!!」なんて私刑宣告を下す響きが聞こえる。

 

 

 振り返って追いかけている連中の数を見てみたが、軽く20人以上はいる。しかも殆どが知らない奴らだ。

 

 

 お前らどんだけリビドーを持て余してるんだ!!

 

 

 そう全員に問いただしたくなる人数だったが、やばい、あの人数につかまったら、彼女がいない奴らとかに袋にされかねん。のりがいい分本当に殺されかねない。

 

 

 昨日から命の危機にあってばかりだ。クソ、どうしてこんなことに、そして教科書でパンパンになった通学鞄がやたらと重い。

 

 

 と、アサシンの手を引いていた左手が軽いことに気がついて、隣を走るアサシンを見ると涼しい顔で俺を見ていた。というか、俺よりも速く、すでに俺を僅かばかり追いぬいて手をひかれているのが俺だった。

 

 

 危ないという状況なのに、俺の顔を凝視している。その顔には汗一つなく、後ろを振り返って追いかけている連中を一瞥。

 

 

 「くえすちょん」

 

 

 質問はあとでお願い!!そう叫びたかったが、その体力も惜しいし、息が完全に上がっていたため、それもできない。

 

 

 「あのひとたち、ミンナころせばいいの?」

 

 

 隣から発せられた、背筋が凍るほどの冷たい声

 驚き見ると、アサシンの両手には刃渡り30センチの、今朝目覚まし時計を破壊したときと同じ型の黒いナイフが左手に握られていた。

 

 

 だから、本当に何も考えず、アサシンの右手を握っていた左手を離し、代わりにアサシンが持つナイフに手を伸ばした。

 本当は取り上げるつもりだったがアサシンのナイフを握る力は強くそれ以上動かさないように止めただけ。さらにとっさのことで止めなくては、と判断しただけだったので碌に押さえる場所を考えず、刀身を掴んでしまう。

 

 

 令呪を隠すために巻いていた掌の包帯が切れ、その下の皮膚もあっさりと裂けてしまい包帯に血がにじむ。

 思わずナイフから放しそうになったが、放さない。アサシンが驚いたように俺を見るが、その顔に先ほどの殺意は無くなっていた。

 

 アサシンはサーヴァント、つまりは強力な使い魔、その使い魔が使う得物は強力な、普段だったら魔術礼装のコレクターが目を輝かせるほどの希少性や神秘性を宿しているものなのだろう。

 だからアサシンのナイフも本来であれば、強く握ってしまえば指が切断されてしまうほどの切れ味をもっているのだろうが、切断されなかったのは幸運だった。

 

 

 「……だめ……だ……アサシ…ン」

 

 

 今も全力疾走のため、肩で息を切らせながら、上がった息のまま搾り出すように声を出す。

 だけど、ナイフから手を放さない。なぜならアサシンが未だにナイフを握っているから。

 

 

 アサシンは、本当に驚いたように俺を見て、俺の手は空を掴む。アサシンが掴んでいたナイフが消えた。

 

 

 幸いにも、正面からではないとアサシンが手にナイフを持っていたことは分からなかったようだ。

 

 

 よかった。

 

 だが、アサシンが少しばかり呆然とその脚を止めようとしたために、再びアサシンの右手を握って、先導する。

 

 その際、左手の傷が開き、包帯にさらに血が滲む。正直、いた……あっ、左手で握っちゃった。

 

 

 さっき切っちゃった左手で掴んだもんだから、握ったアサシンの右手に血が付着する。

 

 

 少しばかりの後悔。しかも、アサシンは血がにじんだ俺の左手をじっと見ていた。そりゃあ、血がついた手で触られるなんていやだよね。

 

 

 あとで謝らなくちゃいけないことにもう一つ追加だ。

 

 だけど、そのまえに逃げ切らなくちゃいけない。

 

 というか、地味に鞄が重い。後ろを見るが、こんな真夏の晴天下を走るなんて狂気の沙汰ではなく、俺と同じく夏休みに大量の荷物を持ちかえろうとしていた連中は脱落していたが、あとは軽量の荷物をもっているやつらばかり。

 

 

 分が悪すぎる。このままじゃあ追い付かれるのは時間の問題だった。

 

 

 なにか、打開策はないのか、打開策は!?

 

 

 「よお、年末」

 

 

 そんなとき、隣から声をかけられた。

 

 

 アサシンがいる左側ではなく、右側、より正確にいえば車道を一台の自転車が走っている。さすがだ、こんなときでも歩道ではなく車道を走るとは。優等生が趣味の悪い真っ黄色のマウンテンバイクをこぎながら、ニタニタと人が悪い笑みを浮かべている。

 

 

 「助けが必要か?」

 

 

 その問いに対して必死に頷く。そりゃあ必死に

 

「そうか、じゃあ、その子との関係詳しくおしえてくれ」

 

 迷ったが、後ろからまてえ、という、疲れながらも未だ心が折れていない悲鳴を聞き、もう一度頷く。

 もうあいつらにつかまるくらいだったら優等生に話を聞かれた方がましだ。

 

 

 「ほれ、鞄よこせ」

 

 

 こちらに延ばされた手、だけど、さっきの笑みが少々癪に障ったのでもっていた鞄を投げつける。鞄の質量を見誤ったのか、優等生のバイクがバランスを崩してしまい、なんとか立て直すが蛇行運転のせいで後から走ってきた車にクラクションを鳴らされ、そのとき、なにが起こったのか理解できないような顔をみて溜飲が下がる。

 

 

 俺の鞄の重さをなめていたのが今回のお前の敗因だ、ばかりににやけていた俺の面を見て軽く笑うと、今度はじゃあ、こっちも、とばかりに優等生は笑みを浮かべ

 

 

 「例の場所に集合!!」

 

 

 そう叫ぶと、鞄を籠につっこんで自転車を立ちこぎで自転車を加速させる。その影はすぐに小さくなる。おい!! 例の場所って……まさか!?

 

 

 それを問いただす前にY字に分かれた道を右に曲がってしまう。

 右側の道は幹線道路がある大通りに通じていて小路地などが少ない分まっすぐにどこまでも道が続いていて袋小路に迷い込むことがないし、先回りされてしまうこともなかった。追跡者がスピードとスタミナが有り余っているなら話は別だが、自転車で逃げるにはその道は最適だ。

 左側の道は逆に昔ながらの住宅街に通じている道で、自動車では侵入不可の路地が多く、廻り込まれる可能性や袋小路などがおおいが、それでも隠れる場所も十二分にあり、今の状況だと確実に追い付かれる右よりも左側の住宅街への道が、隠れてしまえば逃げとおせる可能性があった

 

 

 だから、選ぶのは左しか残っていない。

 

 

 おい、例の場所って、例の場所って……

 

 

 そんなことを考えながら、最後にみた優等生はウインクし、左手の親指をたて、サムズアップしていた。

 

 

 あとで風の谷を救った王女ごっこをしている馬鹿に一発拳をプレゼントしてやろう、そう心の中に硬く誓う。

 

 

 01.5

 

 

 久連を見失った場所から数百メートル進んだところにある市民公園で、十二月久連のクラスメイト鎌治 雪乃(れんじ ゆきの 仇名 家電)は完全に年末(久連の仇名)にまかれたことを知った。

 後ろを見れば此処まで自分と同じく彼らを追いかけてきた十数人も皆ばてて、その場に倒れる者、飲み物を買いに近くのコンビニまでふらふらになって歩く者、様々だが、年末を知る者は皆一様に顔に悔しさがにじみ出ている。

 

 

 年末とは席が近いこともあって結構話をする方だろう、音楽の趣味は合わなかったがテレビのお笑いでは趣味があったため、よく昨日のお笑いについてお互い評して盛り上がることも多々あった。

 

 

 しかし、年末に彼女がいるとは聞いていなかった。まさかあいつがモテ星から来襲した宇宙人だったなんて……!

 

 

 裏切られた。あいつも同類だと思っていたのに、彼女なんて卒業までできないものだと思っていたのに。そう思うと、心の底から悔しさと羨ましさと、色々なものがこみ上げて来て、溢れた涙が止まらない。

 

 

 「クソおおおおおおおお!!!!」

 

 

 鎌治(仇名 家電)は吠えた。あらん限りの声で吠えた。もしもこれが夕陽の差す河原だったら絵になったかもしれないが、残念ながら真昼間で、しかも幼児たちが遊ぶ公園の中だった。

 幼児を遊ばせに来ていた保護者が吠えた鎌治や滝のような汗を流して倒れている高校生を見て、怪訝に眉をひそめ、しばらく話していたが、子供たちの手をひいて去っていった。彼らしか公園にいなくなったが、そんなことどうでもよかった。

 

 

 そもそもなんで夏休み開始一時間でこんなに傷心を負わなければいけない、鎌治は自問をする。

学校を出てこれからクラスメイトとカラオケにいくか、それとも飯にするか話しあっていた時に校門のところに彼女がいた。少女がいた。

 鎌治は勝ち目がないと思い、止めはしたものの、連れの数人が彼女に声をかけた。しかし、話しかけられたことに彼女はおろおろとするだけで、それが一層彼らの心をくすぐった。かわいい、とみんなが思ってしまったのだろう。

 

 

 それで大きくなってあんなことになってしまった。

 

 

 まさかあんなに人が集まるとは思わなかった。そして、それがあんな悲劇の幕開けになるとは。

 

 

 くそ、夏休み明けか、いや、家の方角はしっているから偶然を装って襲撃して問いただしてやる、あんなかわいい彼女と……

 

 

 そこまで考えたとき、頭をかしげた。

 

 

 あれ?年末の彼女どんな子だったっけ?

 

 

 これほど必死になるってことは相当のレベルの高さだろうし、それにつれがナンパしたってことはそれを証明してる。

 

 

 しかし、思い出せない。どんな体型か、何を着ていて、どんな顔をしていたか?

 

 

 周りの奴にためしに聞いてみるが、同じだった。皆、年末と彼女を追いかけていただということは覚えていたが、肝心な彼女の容姿を覚えていた奴は皆無だった。

 

 

 首をかしげながら考えるが、この状況というのは……

 

 

 日本で有名なグラサンを掛けた司会者が狂言回しを務める番組的なものなんじゃないか?

 

 

 そんな思いが皆の心にあった。が、気にしないことにするため、とりあえず、カラオケにいくことにする。あと、携帯でアドレスをしるクラスの連中に年末に彼女ができた、との旨を送信した。これぐらいは彼女持ちの定め。

 

 

 太陽を見上げ、多分その上ですべてを見ているだろう神様にお願いする。

 

 

 全ての彼女も持ちに、■■あれ。――と。

 

 

 02

 

 

 肩で息をしつつ、隠れたもうあと十年もすれば解体されるんじゃない?ともっぱらの噂で、俺が生まれる前に建てられたボロマンションの入り口で、恐る恐るまえの通りを確認するが、完全にまいたらしく、もう怒声も俺を追いかける足音も聞こえない。

 

 

 よかった

 

 

 そのことに安堵して胸をなでおろし、ため息をひとつ吐く。と、隣にいたアサシンが、俺が握っていた左手を解こうとしていた。

 

 

 「あ、ごめん!」

 

 

 あせりながら手を放した。

 

 

 成りゆきとはいえ、アサシンの手を握ってしまっていた。本当なら心拍数が上がって頬に朱がさすところなんだろうけど、握ってしまったアサシンの白い右手には血が付いている。

 

 

 さっきナイフの刀身をもってしまったから手を切ってしまい、そのときの血をついてしまっていた。

 ポケットからハンカチを取りだそうとするが、左のポケットにハンカチが入っているため、右手だと取り出しずらく、一瞬目を放し、それでももたついてしまったため、もう少し待ってもらうように言おうとしてアサシンに視線を戻すと、アサシンの左手に掴んでいるものをみて固まる。

 

 

 アサシンの左手には黒いメスが握られていた。さきほどのナイフとは違い、刃は小さいが、それでも首でも狙えば殺傷能力が十二分にある代物だ。

 

 

 しかも、それを振り上げ、まさに俺を切り刻まんとする一歩手前の動作だった。

 

 

 「わあ、ごめんなさ――」

 

 

 今までの所業にアサシンがぶちきれたか――!?

とっさに、情けないと思いつつ、顔を両腕でかばうように、とっさのことで目を閉じてしまう。

 

 

 しかし、いつまでたっても痛みは無く、その代わり、何かが左手の表面をこするような感覚。それも一瞬。

 

 

 目を開けてみると、はらりと左手に巻かれた包帯が散け、一呼吸あとに、まいていた包帯が重力に従い落ちていく。その包帯の端は鋭い何かで切断されたような切り口、アサシンは振り下ろしたメスをいつの間にか両太腿にくくりつけられた楕円形のポシェット、右の太腿に巻かれたポシェットの蓋を開いて収納する。そのポシェットもすぐに今朝見た光とは違い、黒の光の粒子になって消える。

 

 

 どうやら、状況と包帯の切り口から見て、アサシンが左腕に巻かれた包帯を切ったらしい。しかも……

 

 

 外気にさらされた左手を見てみるが、肌には刀傷以外の傷が全くなかった。

 肌を傷つけずに、包帯だけを切る。もうこれだけでも刃物の扱いに関して、そこらの大道芸人を凌駕するレベル。

 

 だが、アサシンはそんなことには興味がないらしく、両手で俺の左手を掴み、じっと俺の左掌に刻まれた傷を見ていた。

 俺も左掌の傷をみる。ナイフを握ってできた傷なので指の第一関節が一直線になるように、それと両刃だったから、拇指球とが横一戦と傷ができていた。が、そんなに深くは切れていないだろう。裂傷だったから血は派手に出たが、今はもう血も止まっている。包帯を巻いていたおかげで血も包帯が吸ってくれた。ほっといても……

 

 そこまで自己診断を下していた時、アサシンが左手に顔を近づける。いや、近すぎる。

 

 アサシンって、遠視なの?って声を掛けそうになるぐらい顔を近づけ、

 

 なめた。アサシンの舌が左手の表面をなめ、はたからみると、俺は電撃をうけたように震えたことだろう。

 

 「ア、アサシン……?」

 

 そのむずむずと刺激で、思わず困惑の声を上げて体を動かしてしまう。が、アサシンはアイスブルーの瞳で俺を睨み、その瞳の迫力に何も言えず、さらにアサシンは動くな、じっとしてろ、といったように見て、俺が動かない、と悟ると、再び形の良い、紅色の小さな舌で左手の傷をなめる。

 

 しかし、俺の手は平均的な手の大きさだがアサシンの舌は小さく、傷をなめるがなかなか終わらない。正直、なめられる手の感覚がこそばゆいとか傍から見たらいいわけ不可能のこと状況をどうするとかわからない。せいぜい俺に出来るのは早く終わってくれ、と願うことだけだった。

 

 と、アサシンは終わったのか、顔を放した。

 

 こういうとき俺の人生経験上何と言えば知らない、そもそもこんな状況初めてだ。感謝の言葉を述べるべきなのか、それとも血なんて汚ないものをなめちゃだめだ、と叱るべきなのか、分からない。ただひとつだけ確かなことは、頭から湯でるほど頭に血液が集中していることだ。

 

 しかし、行動がとまってしまった俺と違い、アサシンは自分の右手をあげ、じっと見る。アサシンの白い右手には、俺が逃げるときに血が固まらず、流れ出たまま握ってしまったために掌に血がついてしまっている。なんだか、本当に申し訳ない。俺が汚してしまった、そんな罪悪感が湧き上がる。だが、一瞬のうちに、それが白く変わる。いや、アサシンの右手には包帯が巻かれていた。

 

 そういえば、最初召喚したときの格好はアサシンの左手には肘まである黒の手袋が、右手には包帯が巻かれていた。

 本来ならば戦闘時に汗などでナイフを滑らせないためのものなのだろうが、アサシンは右手に巻かれた包帯を解いて俺の左手の傷を覆う。

 

 それをみて、満足そうに左手を確認するとアサシンは顔を上げて、もう一度俺の顔をしっかりと見据える。

 

 「マスター」

 

 その声と瞳の色には非難の色が強く現れていた。

 

 「な、なに?アサシン……」

 

 思わずその眼光に押されていた。

 

 「……でかけるときはわたしたちをつれていく」

 

 怒ってる、めちゃくちゃ怒ってる……! あのアサシンが噛まずに力強くいうなんて、怒りで我を忘れてる

 

 「で、でも、その今日は学校で……」

 

 しかし、その反論は許されなかった。なぜなら、無言で表情も変化がなかったが、アサシンの極寒を連想させる瞳が、さらに冷たい、零度どころか空気すらない宇宙空間を想定させる瞳の色になっていくからだ。

 

 「くえすちょん、おそわれたどうするの?」

 

 昨日説明を受けたように、人間はサーヴァントに敵わない。その恐ろしさは現にセイバーに襲われた俺が実感している。あれには到底勝つどころか、一矢報いることすらも困難だろう、というか普通だったら不可能だ。

 

 「いや、あの、そのための令呪が」

 

 やれやれと言わんばかりにアサシンは俺の左手を掴み、甲を上にして見せつける。

 包帯で覆われた甲の上からそっと、令呪を指でなぞる。

 

 「くえすちょん、三回しかない令呪を、オソわれる度につかうの?」

 

 アサシンは包帯の上から令呪をなぞるが、三画、それで終わりだ。

 確かに、三回だけ、絶対的な力を俺とアサシンに与えてくれるのだろうが、三回だけ。それにアサシンのような奇襲戦法をとるサーヴァントに襲われたらアサシンを呼ぶ前に殺されるかもしれない。

 

 「マスターにはぜんしん、令呪でまっかになるぐらいヒツヨウ」

 

 ……たまに赤く令呪が光るから、それはさぞや目立つだろうな

 

 全身、令呪だらけの自分を想像してしまい、噴き出してしまった。が、アサシンが再び強く睨む。

 

 「はい、ごめんなさい」

 

 恐ろしい、本当に英雄は人を目で殺す、というが、それは真実だと立証されそうなほど、アサシンの目が恐ろしい。

 しかし、諦めたようにため息をついて俺の左手を持ったまま、顔を近づけ、

 

 「…つぎからは出かけるトキ、いっしょにいく」

 

 わかった? そういってアサシンは確認をとる。

 

 普段だったら学校があるし、アサシンは霊体化できないから何とか折衷案を見つけるべきだったんだろうけど、今日が終業式で明日から夏休み、成績も悪くないから補習授業も無い。だから簡単に頷けた。

 

 その答えには満足したらしい。だけど、怒りはそれだけではなかったようで、掴んでいた俺の左手を、甲が上を向いていたが、ひっくり返して掌を見せつけ、それと、と付け加えるように、

 

 「ナイフをつかんじゃダメ」

 

 まるでアサシンよりも俺が幼子のように叱られた。

 

 「ヘタをすれば指がきり落とされていたかもしれにゃっ」

 

 真剣な声を出していたが、あまりに緊迫した声を出そうとしたのか、アサシンのいつもの癖が出た。しかも決めようとしていたからか、最初から耳まで真っ赤になっている。だいたいこの少女との付き合いに慣れ始めてきたが、耳まで真っ赤というのが一番目に恥ずかしい事態。

 

 でも、それには俺も言いたいことがあった。

 

 「俺もさすがにそれぐらいはわかるよ、アサシン」

 

 じゃあ、なんで? アサシンは口元を押さえているために声が出ていなかったが、そう尋ねようとしているのは分かる。

 

 「…いや、実はね、袖をつかむつもりだったんだけど間違えちゃって…」

 

 単に気が動転してて、ナイフを掴んでしまっただけだし、それにアサシンが今着ているのは半袖のスポーツシャツだから袖を掴んだところでとめられなかったろう。わかっているが、軽い冗談のつもりだ。

 

 けど、アサシンの質問は別なことについて問うていた。

 

 「……くえすちょん、なんでマスターはとめたの? マスターにいじわるしようとしてたヒトたちなのに」

 

 ……ああ、そうか、この少女はそもそもどうして止められたのか、そこから分かっていないのか。

 

 でも、すこしだけ確認することがある。これで大分、質問の真意が分かることだ。

 

 アサシンの両肩に手をおく。少し腰をかがめ、この小柄な少女と目線を同じくして、しっかりと、正面からアイスブルーの両目を見た。

 

 「……いいかい? アサシン……人は、殺しちゃだめだ」

 

 僅かばかり、アサシンの表情に動揺が走る。しかし、それは己の認識が誤っていたのに、気がついた表情ではなく、俺がさも当然のように間違ったことを口にした、という動揺だった。

アサシンも俺の目を見て話す。真剣な表情で、しっかりと見据えて、話す。

 

 「……Answerになってない」

 

 曇りのない瞳と表情、何が、そもそも何が悪いのか、分かっていない顔

その表情を見て、確信したことがある。

 

 この少女は聖杯から現代に対する知識を与えられている。時代の価値観や倫理観というものも知識としては与えられているのだろうが、知識として知っていることと身についていることは別物だ。そして、アサシンの身についている価値観や倫理観も、現代とはかけ離れているのだろう。だから、か……

 

 「……じゃあ、教えてあげる。あとからでもいい、わかるようになればいいんだよ」

 

 俺はどっかの漫画や小説の主人公じゃない。世界を救って悪役や価値観の違う人たちに説教や説得してその場でわからせることなんてできない。

 本当は、アサシンの考え方や倫理、道徳にも筋があるものなのだろう。でも、無関係の人々を殺そうとしたのも事実だ。

 

 決して俺が魔術師であることがばれるとか、神秘の漏えいとかそんなんじゃない。本当は魔術師として言ってはいけない、魔術そのものを否定する言葉なんだろうけど、そんな副産物的な、第二被害なんかじゃない。無関係の人を悲しませてはいけない、それが俺の軸であり、どうしても譲れない一線だ。だから、アサシンにもそれは分かってほしかった。それだけなんだ。きっとひどく自己満足かつ、独善的な倫理なんだろう

 

 「――くえすちょん」

 

 少女は、俺の顔を見て、ひどく困惑したように、頭の中で考えはまとまっていないのに、それでも質問するための言葉を口にしてしまった。そんな顔をしていた。

 

 「………マスター…が……『わたし』にはわからない、なにをかんがえているのか、わからない」

 

 搾り出したような言葉は、年相応の、戸惑う少女の言葉だった。そこらへんにいる女の子と、アサシンは何も変わらなかった。

 

 「無理することはないよ、今はわからなくてもいいんだ、アサシン…」

 

 それに対して、ゆっくりと頷く。

 

 「…いえす、Myマスター」

 

 無理にでも笑みを作るため、口角を上げて、ほほ笑む。右手で、アサシンの頭をなでる。柔らかい髪を乱すようななで方ではなく、抱きしめて安心させてあげられるような、なで方。

 

 「わかってくれてありがとう、アサシン」

 

 でも、ちょっとおどけた笑みに変えて、笑う。

 

 「でも、もう勘弁してね。アサシンを止める度に怪我をしてたら俺の指が一家離散しちゃう」

 

 包帯に巻かれた左手を開いてみせた。

 

 一番最初に説明できるところから説明しとかなければいけない、というより、これから説明責任を果たさなくちゃいけない状況なんて山ほどできる。そのたびに傷を負ってたら体が持たない。

 

 アサシンはしばらくその意味を考えていたようだが、困ったような笑みを見せてアサシンは笑った。初めて見せた、笑みだった。

苦笑だったが、ギャグが受けたのは初めてだったので、嬉しい。

 

 03

 

 マンションから恐そる恐そるあたりをうかがいながら出てきたが、どうやら追跡はないようだ。

 

 とりあえず、優等生が鞄を持って行っちゃったし、合流の所まで歩いてアサシンと話しながら向かうことにする。

 

 アサシンが最初に説明を求めたのは、追いかけてきた連中についてだった。

 

 学校、ということは知っているので、その疑問の主もどうして追いかけてきたか、を問われる。

 

 「追いかけていた人たちだって、いじわるしたくて追いかけてたんじゃないんだ、アサシン」

 

 意外そうに、本当に心底追いかけられた理由がわからない、とアサシンは歩きながら首をかしげ、こちらを見た。

 

 「くえすちょん、じゃあ、なんで追いかけたの?」

 

 ん? ああ、そうか、これについて俺がこれを言わなくてはいけないのか

 

 「アサシンと俺の関係が気になったから、じゃないかな?」

 

 「カンケイ?」

 

 その先の言葉に、少々、いや言葉に詰まったが、最初の説明責任だとおもって、言葉を続ける。

 

 「そうだよ、こんな可愛らしい女の子と一緒だったら誰だって聞いてみたくなるのが人情ってもんなんだよ」

 

 我ながらくさい台詩だ、なにが可愛らしい女の子、だよ。

 恥ずかしい…ああ、ちくしょう、言い慣れてないことを言うもんだから頭に血液がたまってくる。

 

 アサシンの顔を正面から見れない。今の顔はきっとアサシンが噛んだとき以上に真っ赤になってるだろう。俯いてしまうが、となりを歩いていたアサシンの右手が目に入った。

 

 だから照れ隠しのつもりで、アサシンに停止を呼びかけ、ズボンのポケットからハンカチを取り出す。アサシンの右掌を見せてもらうように、逃げていた時に着いてしまった俺の血をハンカチで丹念にぬぐった。血が渇いてしまってすこしばり手間取ったが、なんとか落とせた。

アサシンは意外そうに、俺を見て

 

 「くえすちょん、なにしてるのマスター?」

 

 「いやほら、血がついちゃってたでしょ」

 

 ち?と呟くと、しばらく綺麗になった自分の右手を見ていたが、顔を上げてあたりを見回す。と、何かを見つけたように一点を見ていた。その視線の先には、いまどきの子供としては珍しい、コンクリートにチョークで落書きがされていた。だが、落書きが目的ではないようで、その落書きに使用して落ちていた桃色のチョークをアサシンは手にとって、綺麗にしたばかりの右手に線を引く。

 

 そして、すぐにアサシンの右手にもう一度、包帯が巻かれるが、それを解く。そうすると、包帯がこすれてしまったために線が薄くなった桃色の線がかかれた右手が現れ、驚いたように右手を見ていた。

 

 「……どうしたの、アサシン?」

 

 ……………なんだか、嫌な予感がする。昨日の霊体化、とかアサシンについての間違いとか、どう考えても利点にはならないような、そっち系の予感が

 

 あまりにも食い入るように自分の右手を見つめていたために声をかけると、ぽつりとつぶやく。

 

 「………Answer、さいてき化できない」

 

 さいてき化がなんだか知らないが、それができないとこちらに害があるものらしい。

 

 ……ごめんね、さいてき化がなんだかしらないけど、昨日の晩に俺の幸運高いからアサシンも高いはず、って言ったのは、たぶん間違いだ。




はい、今回で五話となりました。しかし、自分で書いといてなんですけど、なかなか聖杯戦争が始まらない。
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