Fate/Heterodox Tale   作:今日は晴れ

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tale 06 「人の善意とその罪悪」

 01

 

 瀬千賀原駅に面する「瀬千賀原商店街」の一角に、喫茶「ユリシーズ」はある。

 昭和から変わっていない、時代の移り変わりに取り残された商店街の中にあるというのに、イギリスに行ったことは無いがブリテッシュパブを想定させるラシックな内装と、今どき蓄音器で流す本物のレコードから流れるジャズがいかにも店内の空間とマッチしており、定年を迎えたおシャレで紳士な老人たちに親しまれ、都外から長時間をかけ脚を運ぶ者もいる位だ。

 

 だけど、もう一つ、この店には特徴がある。それはここの亭主が大のSF小説のファンだということ。とくに同盟と帝国が銀河で戦う作品の大ファンで、店名の「ユリシーズ」だってその自由を勝ち取るために戦う同盟諸国の元帥が搭乗していた艦名から頂いたそうだし、おしゃれな内装だって店を20年前に改装した際に、同盟と敵対してる帝国をイメージしたらこうなったそうだ。

 だから、か、同じ作品の大ファンである優等生と亭主の仲がよく、学校帰り、家の方角が違うというのに優等生はこの店に足繁く通って、店主と話に華を咲かせていた。

 

 俺は優等生と高校で席が前後の関係になるまでその作品を読んだことがなく、勧められてはまった口で、まだ亭主と優等生のディープな話題についていくことができない。

 

 個人的にはSFにしろなんにしろ、小説媒体の作品よりも漫画の方が好きだから、亭主から貸してもらった神様がロボット乗って戦争する漫画の方が好きだ。もしかしたら、ただ単に両人のディープな話題についていけないひがみかもしれない。

 

 ま、それはさておき、現在、ユリシーズの一番奥にあるテーブル席の下座に優等生が座り、上座にアサシンと俺が座っている。

 最初に来たのが優等生だったから仕方ないのだが、なんでも二十分以上待たせてしまって申し訳ない。

 

 さらに、そのあと、まだ昼食を食べていなかったので料理を注文し、優等生がなにかをしゃべりかけたが、朝食がパン一枚で、しかもその後の怒涛の展開の所為で空腹が頂点に達していたため、椅子に座った途端、疲れがどっと押し寄せ、ランチセットのパスタとサラダが運ばれてくるまで殆ど会話ができずに黙っていた。

 

 今は全てを平らげ、食後の紅茶を一杯、砂糖とミルクたっぷりのやつを飲んでいる所。

 ちなみにアサシンには黙っていてもらうために、少し出費が痛かったが、別料金のデザートで「プリンと三色のケーキをトッピング・チョモランマスペシャルパフェ」を食べている。三番目に店内で高いメニューだったが、その大きさと味はなかなかのもの、しばらくはこれに夢中になっていてくれるだろう。

 今は運ばれてきたパフェに無心でスプーンを動かしている。

 

 本来なら、待たされ、しかも食べ終わるまでずっと黙っていなければいけなかった優等生が激怒してもおかしくないのだろうが、アサシンが最も量の多いカレー大盛りセットを平らげた後にドでかいパフェを食べていることに驚いている。そりゃあそうだ、普通だったら腹を壊す。

 

 ふふ、昨日の漬物で大体のアサシンの胃袋加減は分かっている。この子はめちゃくちゃ食うぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あー………これからの食費、どうしよう……

 

 まぁ、それはおいとくとして、いや、無視できない問題だけども、一度考えないことにする。

 

 「優等生、助けてくれてありがとうね」

 

 頭をさげ、ちゃんと礼をしておく必要があった。

 

 「お、おう」

 

 しかし、上の空のようにパフェを喰って掘り進めていくアサシンに驚いて、って、もう半分喰い終わってる!!

 

 みれば、巨大なパフェの半分を掘り進め、しかも、上のフルーツとかプリンがのったおいしい部分を食ってから苦行としか言いようがないコーンなどを喰い進めるのではなく、蟻の巣のように一部の表面に穴をあけて中を喰い進め、上の味を時々飽きないように食べるというでかいパフェを喰うに際して理想的な食べ方をしてらっしゃる。

 

 この娘、できる!!

 

 やばい、こっちも早く終わらせないと、アサシンが喰い終わっちゃう。

 

 「や、ま、まぁ話は変わるけど、この子が例の件の子だ」

 

 隣でアイスゾーンに突入したアサシンを指して紹介する。

 優等生はその言葉を聞いて、は? と口を開けてもう一度アサシンを見る。

 

 「え? えっ………ええ!!」

 

 見事な三段変化。優等生の「え」で構成された一言は「え」の一文字で伝える意味の殆どを使ってしまっている。

 意外、困惑、驚愕。あ、なんか語呂がいい。いや、「意外」がだめだな。これに似た意味で語呂がいい言葉って何だろう?

 

 まぁ、とにかくそんな感じで、どっかの小説の主人公だったら、最後に「戯言だけど」で閉めてしまいそうな内容を考えていたが、転校生は本当に驚いたようにアサシンを見て、叫ぶ。

 

 「お前の彼女じゃないのかよ!! 」

 

 そっち?! 驚く所そっち?!

 

 つまんねーと不満そうに声をたて優等生はコーヒーを喉に押し込んだ。

 

 しかし、そんなことももういいのか、優等生はさっき叫んだことをしまったことを思い出したようで、不覚という表情をうかべ、カウンターにいる店長にすみません、と頭を下げる。

 

 「…というか、話の通りだと、その子、お前の親戚だよな? 似てねえなオイ」

 

 ああ、疑ってる。そりゃそうだ似てるわけがない、アサシンと俺は奇妙な主従関係にはあるが、親戚でも何でもない他人なんだから。

 

 「まあ、人さまの家庭事情に深く突っ込むつもりはないけどその、えっと、お嬢ちゃん、名前は……」

 

 「あ、ごめん、彼女への質問は俺を通してくれる?」

 

 自分の言葉なのに、どこのマネージャーだ、俺は? と突っ込みたくなる一言。

 

 「は? どこのマネージャーだ、お前は?」

 

 わあ、さすが我が友人、思考回路がそっくりだ。

 

 「で、お嬢ちゃんの名前は?」

 

 「ねぇ、俺の言葉は無視?」

 

 しかし、それも無視していう。漫才っぽくあえて軽い調子でいったが、内心は心拍数の上昇だけではなく、背中に冷や汗が流れる。が、想定の範囲内。アサシンに求めることはただ一つ、このままパフェに夢中になったまま無視してくれ。

 

 アサシンはパフェの5層に分かれたうちの三層目のスポンジ部分に苦戦して、うるさい、といわんばかりに優等生を睨む。よかった、さすが2100円はするだけのことがある。

 

 「アサシン」

 

 しかし、想定外のことが起こった。しかも味方というべきところから

 一瞬、己の耳を疑った。てっきり、何処かの席で今日から夏休みだから親子で食事をしにきた所から、子供がそういうゲームのタイトルを呟いたのかと思った。

 しかし、その言葉はまぎれもなく、俺の隣に座る少女の口から発せられた。

 自分の頬が痙攣しているのがわかる。

 

 此処に来る前、アサシンと打ち合わせをしていた。これから合う人との会話では俺がしゃべる。アサシンについてのことも話さなければいけないが、すべてでっちあげるから黙っていてくれ、その代わり、パフェでもおごってあげるから、そういう約束をしていた。

 

 だけど、アサシンはパフェに夢中になるあまり、反射的に答えてしまったことが俺の失態だったのだろう。

 

 アサシンも黙っている、という約束を思い出したのか、それとも自分の回答で空気が変化してしまいそれに気付いたのか定かではないが、パフェから顔を上げ、俺たちの顔を眺めた。

 

 「え、えっと、アサ…シ…ンちゃん? 変わった名前だね?」

 

 優等生もアサシンの意味を知っているだろう、映画やゲームとかのタイトルになってる有名な言葉だもんな。

 

 アサシンが否定しようとするが、いい言葉が浮かばないのか、あ、あ、と口を開いては困惑していた。

 

 「ち、違う!! 優等生、アサシンじゃない!! 」

 

 思わず、体を乗り出して、優等生の両肩を掴んだ。俺の近くに置いていたミルク入りの紅茶が注がれたカップが倒れ、テーブルから落下はしなかったが、中に入っていた紅茶、てか、これミルクティか、ミルクティがテーブルの上に広がっていく。

 

 「えっと、この子の名前は……」

 

 あまりにも真剣な表情だったので、不審に思われること確実だが気にもならない。テーブルに広がったミルクティをかたずけようと手に台拭きを持った店長が近付いてきたが無視だ、構わない。

 

 「この子の名前は……?」

 

 あまりの剣幕に押されたのか、俺の言葉を優等生は繰り返す。

 

 名前、なまえ、namae

 

 最初はアサシンの偽名を考え、それを言うつもりだったが、もうアサシン自身がアサシンと名乗ってしまった。ファミリーネームにしてもファーストネームにしても、そんな物騒な名前をもつ人間なんて滅多にいないだろう、いや、居るかもしれないが、俺は見たことがない。

 

 アサシンとぱっと聞こえて不自然じゃない名前、そんなことすぐには思い浮かぶ訳も無い。だが、昨日、初めてアサシンが名乗ったときの光景が脳裡に駆け廻る。

 

 「この子の名前は、アサスィちゃん!!! 間違えたら失礼じゃない!!」

 

 

 

 『「私達はサーヴァント、わたしたちのなまえは『アサスィ……」』

 

 アサシンは最初の自己紹介の時、噛んだ。例の如く、噛んだ。そのときのことを思い出すことができたのは、本当に幸いとしか言いようがない。

 

 アサスィ、ぱっと早口で聞こえればアサシンに聞こえなくもない名前、そもそも、そんな名前の人間がいるかどうか知らないがアサシンよりは居そうな、気が、する…うん……

 

 優等生は俺の叫びをきき、ああ、そうか、と手を叩いた。

 

 「そ、そうか…アサスィちゃんか、ごめんごめん、聞き間違えたわ、ごめんね」

 

 そう、アサシンに笑いかける。その笑みがひきつったままということは、何かあるが察してくれた、ということなのだろう。

 

 そのあと、店長が台拭きを持ってきてくれて、手伝ってテーブルを拭き、アサシンも最後のフルーツ層に差し掛かっていたため完食するのに、二分もかからなかった。

 そして、そのまま本来の目的地に向かうため、会計という流れになった。

 

 席を立つ際、実を言うと、さっきのアサスィというのは結構なファインプレーだった自信があり、アサシンもとりあえず胸を撫で下ろしてくれるだろう、そうおもって隣をみると、アサシンがすごい形相でこっちを睨んでいた。

 そりゃあもう、この子本物のアサシンだわ、って実感するぐらいの殺気を込めて睨まれていた。

 

 アサシンにとって、アサスィとは忘れたい過去、と気がつくのが遅すぎた。

 

 02

 

 「やあ、年末くん……話聞いてるわよ彼女ができたんだって?」

 

 嶋崎高等学校、特別棟一階の図書室は冷房がガンガン聞いて肌寒いくらいだった。

 そんな図書室で司書教諭の鏡峰 麗香(かがみね れいか)先生がカウンターでPC使用許可申請書類の項目に名前、学籍番号などを書いていた途中、話しかけてきた。

 二十代後半、嶋崎高校において少ない女性教諭で一番ナイスバディーな鏡峰先生は俺の眼にも毒ってもんだ。

 先生は豊満な胸をさらに強調する姿勢、胸を押し上げるように腕を組んでカウンターに寄り掛かるものだからその胸の形が変わる。普通ブラしてるからアニメみたいに変わることなんてないんだろうけど、本当にどうなってんだろうなと思ってしまうほど、簡単に変わる。と、先生の胸を見ていることをブラジャーの疑問だと言う風に置き換えてみたが、要は胸を凝視してた。

 

 「……なんで先生も知ってるんですか? 」

 

 そもそも、この学校の情報網はどうなっている。掛っていた時計を見ると、まだ午後一時、さっきの校門でのことが11時半だから二時間もたっていないのに、なぜ情報が図書室の鏡峰先生までその誤情報を知っているか、純粋に疑問だった。

 

 「なんでって、さっきツイッターで年末くんのクラスの子たちがバンバン速報で流してたけど」

 

 ……ああ、情報社会万歳。なんでも一応は名前を伏せてくれているらしいが、夏休みが終わることには学校中の嫉妬を一身に背負うことになるだろう。

 

 「……あと、年末くん、だめじゃない。彼女ができたからって、噂の彼女を学校に持ち込んじゃ」

 

 と、先生は、テーブル席で医学書のコーナーから選んだ医学書を真剣な表情で熟読しているアサシンに視線を向けた。

 

 「……違います、彼女じゃないです。誤報です。そもそも彼女を男子高に連れ込むなんてどんだけ彼女自慢したい男か、それとも彼女と一秒でも一緒じゃないと不安ってどんなバカップルですか? 俺がそんな男に見えますか?」

 

 俺を吟味するように、先生はしばし組んだ両手を解いて、右手で口元を隠すように悩む。

 

 「……案外、年末くんは彼女第一主義の馬鹿になりそうね」

 

 そうか、俺はそんな風に思われるのか、初めて知った。

 

 しかし、先生はそんな俺に興味を失ったのか、じっとアサシンを見つめる。

 

 「で、実際どうなの? あんなかわいい子とどうやって知りあったの?」

 

 図書室に備え付けのPCを使うためには許可申請書類を二種類かかなければいかず、一種類書いたらそれを一度図書教諭に確認してもらい、もう一枚の申請書を直接もらわなければいけない。だから、先生に一枚目の書類を渡す。

 

 「別に、親戚です」

 

 先生は書類を受け取り、申請書の各種項目を確認する。

 

 「どなたか国際結婚されたの?」

 

 「ええ、半世紀以上も前に父方の曽祖母、その弟さんが海渡って、あっちで働いていたらしいんですけど、そのひ孫さんです」

 

 全部嘘だったが、正直に言えるわけがないから仕方のない嘘と自己完結する。

 

 「あんまり深く聞かないでほしいんですけど、ちょっと訳ありで頼れる親戚が俺の家しかなくなってしまってひと段落するまで預かってるんです。日本に移住するつもりらしいですけど、まだ日本に来たばっかりで、日本の学校がどんなものか見学したいって本人の希望なんですよ」

 

 そこまで担任に話した時、涙もろい担任だけではなく、職員室にいた教職員生徒、全員が静まり、その子を連れてこい、と命じられた。本当ならアサシンの見学許可証がほしかっただけで、すべてでっちあげただけなのにおおごとになってしまい、内心ばれるんじゃないかひやひやしていたが、アサシンは殆どの教諭に涙をもって迎えられ、餞別にお菓子とか食べ物とかを大量に頂いた。

 

 更にアサシンの感情を表に出さないこととか、微妙に変な日本語とかもその設定の信憑性に拍車をかけ、人は見たいことしか見えない、というがまさにその通りで、その設定とかも穴だらけなのに誰にそれに気がつかずにアサシンに激励の言葉をかける。しかもあんまりにも大勢の人に囲まれたためか、俺の後ろに隠れようとしたが、ゲームだったらにげることはできない!と表示されそうな状態で、かなりパニックになっていた。そういえば、ナンパされてたときに俺に駆け寄ってきた時も、涙を浮かべてたな。

 

 まぁ、基本的にうちの学校は教職員から生徒、事務員に至るまでお人よしだということが証明された。

 中には困った時に、とかいって腕のいい弁護士の紹介文までもらった。

 

 いま、アサシンの足元にあるでかい紙袋が嶋崎高校の教師一同からアサシンに対しての善意の結晶である餞別がつまっている。もう、罪悪感とかに押しつぶされてしまいそうになっていたため、教訓がもう一つ出来る。「設定は盛りすぎない」だ。

 

 ただ単にアサシンの見学許可証をもらえればよかったのに、もう今日の分とは言わずに夏休み中ずっといつでも来ていい!! そう事情を知った校長直々に発行された、「特別見学許可証」をネームケースにいれ、アサシンは首にぶら下げている。もう、この時点で何も考えないことにした。

 

 ばれたら、停学ですむかなぁ……

 

 そんな内心の不安を現さないように、先生から二枚目の申請書類を受け取って同じ文面の書類に書いていた時、顔を上げたら、先生がいなくなっていた。

 

 嫌な予感がする。

 

 アサシンが座っている場所に振り向くと、先生が医学書を熱心に読むアサシンの向かいの席にすわってアサシンを観察していた。いや、どっちかといえば懐疑的に思っている眼だ。

 

 やばい、ばれたか……!

 

 先生は俺の主観だが、学校一のプロポーションのよさと、それともう一つ、学校一を持っていると思っている。それは、勘が鋭い、ということだ。

 

 見学許可証を申請するために職員室で話した時、疑問視する声もあったが、全体の空気がそれをかき消し、後押ししてくれた要素が強い。

 

 だけど、この場でそんな空気が押してくれるわけがない。もしかして、気付いた?そんなことが脳裏によぎり、そうなれば苦手だが、暗示でも掛けて切り抜ける位しかできないが、俺の暗示は簡単に解けてしまうものだし、正直期待できるものじゃなかった。

 

 「ねぇ、アサスィ…ちゃん?」

 

 アサシンの首にかかっている許可証に書かれた名前を読み、アサシンを呼ぶ。

 

 くそ、明らかに何かに気が付いている声だ。

 

 この間のセイバーに勝るとも劣らない先生の戦略兵器(乳)を目当てに足繁く通った俺だからわかる違いだが、何かを突き止めている!

 

 「せんせええええええええええ!! 質問があああああああ!!」

 

 手にした書類をもって先生のところに走る。

 

 かなりの大声で叫んだが、先生はたしなめることなく、どこ? と聞き返す。あまりのそっけない返しだったために、よかった、という安堵感と手元の書類に質問なんて存在していなかったから、即興で探すしかなく、しどろもどろになりながらも質問する。

 

 「…じゃあ、えっと、ここのサインは、その、俺の学生番号でいいんですよね? クラス番号じゃなくて?」

 

 何を質問してるんだ?とか、さっき同じ内容の書類を書いたじゃないか、とかそんなツッコミが頭の中をめぐる。

 

 しかし、先生は優しげにほほ笑んで、

 

 「ええ、その通りよ。年末くん、ここの番号はあとで私が書類整理のときに指定番号に直しておくから、あとはここに名前を書いたら終わりね」

 

 書類の下の行、最後の空欄を指して説明してくれた。たぶん、先生はアサシンについて聞かれたら不味いことがある、と、察してくれたんだろう。ありがとう鏡峰先生! 我が高の女神だよ、先生! 早く嫁にいけるといいですね、先生!

 

 そんな思いつくだけの世辞を頭のなかで絶賛し、もっていた書類の最後の欄に氏名を記入。先生にそれを渡すと確認する。

 

 「うん、大丈夫ね」

 

 ああ、本当に先生が気のきく方でよかった。

 

 「で、質問なんだけどアサシスィちゃん」

 

 手にもっていた書類なんてどうでもいい、とばかり書類をテーブルのうえに置いて、アサシンに向き直る。

 違う! 書類を早めに完成させて俺の邪魔されないようにしただけだ。そういえばいつもよりも書類の確認が早すぎる!

 

 悪魔ですか、先生?

 

 「その服、年末くんのだよね?」

 

 あ、違った。直感が別なところに作用した。

 さっきまでの視線はアサシンではなく着ている服を見ていたのだろう。

 

 アサシンは話しかけられたから、と本から顔を上げ、初めてあう人だからか、ゆっくりと本で上げ、顔を隠すようにして頷く。

 ……意外かもしれないが、アサシンはさっきの職員室での一件でわかったことだが、人見知りが激しい。校門前でナンパしてたやつの一人とさっき会ったのだが、多くの生徒から声を掛けられていたが、アサシンは何も言わずにずっと黙っていたとのこと。ちなみにアサシンをそいつはじろじろと見ていたために、一発ひっぱ叩いてやった。確かに女と縁のない生活といえども失礼だ。だいたい一度会ってるだろうに

 

 しかし、先生はそんなことは構わない、と言わんばかりに年末くん! 声を荒げながら俺を見る。

 

 「は、はい!」

 

 「アサスィちゃん、もしかして服を、着れる服を持ってないの?」

 

 脳裏には、アサシンが着ていたあの露出度が高い格好が思い出されるが、日常生活を送れるかどうか、と言われれば不可能だ。

 だから、まぁ、はぁ、と要領を得ない返事を返すしかなかった。

 

 先生はそれを聞いて、黙り、両肘を机の上において組むと両手で顔を隠すように伏せ、しばらくすると肩が震え始める。

 

 先生? 大丈夫ですか? そう声をかけようとした時、先生は机を両腕で思い切り叩いて立ちあがった。

 

 そのことにアサシンも俺も驚き、アサシンなんて読んでいた本を放してしまう。それと叩いた衝撃で机のうえにアサシンが読もうと重ねていた本が崩れる。俺もアサシンも目を丸くして立ちあがった先生を見ていたけど、先生はそんなことは気付かず、叫ぶ。

 

 「図書室終わるまで待ってて!! それが終わったらすぐに服を買いに行きましょう!!」

 

 …………はい?

 

 「女の子がそんな服着てちゃだめよ!いくら辛かったとはいえこれからはだからこそ、その分幸せにならないと!」

 

 ああ、きっと先生の中ではアサシンがおしんとか、最後にどっかの聖堂で絵を見て犬と一緒に天国に召される物語の主人公と一緒になってるんだろう。

 

それに対して、すこし不満そうにアサシンは顔をしかめて、

 

 「この服にフマンはない」

 

 そのあと、誇らしげに胸をはる。

 

 「それに、このフクなら恥ずかしくない。昼にそとをあるくことができる」

 

 うん、確かに、最初の格好はアサシンも今朝の反応からしても羞恥を覚えるものだったんだろう。あれで昼間に外を歩けるか、そんな疑問には否、断じて否と答えるしかない。だから、この服を気に入ってる、表を歩ける格好だから、気に入っている。だからそんな服、といわれたのが心外だったのかも

 

 アサシンからしてみれば服は必要ない、と言いたかったのかもしれないが、もう、先生は口元を押さえてその指の間から嗚咽が漏れ、眼には涙があふれている。

 その言葉がさらに先生の中でアサシンの人生についての空想を広げてしまった。どんな想像をしているのか分からないが、アサシンは日本だったらありえないくらいの、もう、不幸のどん底を生きてきた、と思われていることは確実だ。

 

 涙を拭いてアサシンの傍までいくと、ただアサシンを抱きしめた。

 

 「もう、いいの…アサスィちゃん、もういいの。貴女は幸せにならないと、いけないのよ」

 

 聖母のような慈愛に満ちた声を出して、先生はアサシンに語りかける。

 

 「貴女はわがままをいってもいいの…無理なんてしなくていいの…」

 

 もう完全にできあがってしまっている先生に対して、どうすればいいのかアサシンは完全に困ってしまっている。こっちに助けて、とヘルプを求める視線を送っているが、俺もどう助けたらいいかわからず、黙って事の成り行きを見守るしかなかった。

 

 「えっと、クレがいいならそれでいい」

 

 おっと、判断を俺に任せたために先生の矛先がこっちに向いた。

 ちなみに、アサシンにはマスターではなく久連と呼んでもらっている。さすがにマスターと呼ぶとあらぬ誤解を生じやすい。具体的には家を貸しているから、それをいいことにアサシンにいたずらしてるんじゃないか、とかそんな誤解。そうなれば、一発で警察だ。

 

 先生はアサシンを抱きしめたまま、こっちをむく。いつもブルー系のアイシャドウが似合っていて、黙っていればクールビューティー系の美女だったが、鼻水と涙で化粧が落ちてしまっている。まぁこれはこれで美人だけど。

 

 ―――年末くん、いいよね

 

 先生のその眼はそれの了承を求めている。しかし、抱きしめられているアサシンに目を落とすと、全力で行きたくない、という目。

 先生か、それともアサシンか、一人を選ぶしかない。

 どちらを選んでも俺は終わる、そんな予感がする。まさに前門の虎、後門の狼とはよく言ったモノだ。

 

 逃げる選択肢など、ない。だけど選ばなくちゃいけない。

 どうする、どうする?十二月久連。そんな自問自答を繰り返し、アサシンと先生を交互に見るが、いかせろ、という先生といきたくない、というアサシン、どちらの目も本気だ

 

 大体、なんで先生が、穴だらけの設定に気付かれても困るが、せめて、もう少し…そのとき、一つの妙案が思いついた。

 

 「いや、でも今日は終業式で先生たちは会議で遅くなるんじゃ……?」

 

 こういう日には教職員会議があるものだと思っている。つまりそれが終わることには遅くなってるだろうし、それにアサシンに服を買ってあげたいと思ってはいたが、だけど、さすがにそれは……

 

 その答えを聞き、先生はアサシンを開放してカウンターに戻ると、テッシュで鼻をかんで、奥にある冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出して一口のみ、備え付けの電話を掛け、どこかに電話する。電話先の相手となにかを話して受話器を置く。

 

 「大丈夫、今職員室に電話したけど、アサスィちゃんのサポートなら今日は図書室閉めたら戸締りして帰っていいって」

 

 おい! この学校はどんだけアサシンをサポートするつもりだ! その優しさをせめて百分の一でもいいから生徒にむけてくれ

 

 ごめんね、アサシン

 ため息をひとつ。まぁ、いいか

 

 先生の提案によろしくお願いします、と頭を下げ、アサシンの顔を覗うが、解放されたことの方がうれしかったのか、それとも仕方ない、と理解してくれていたためか、非難の色は無かった。

 

 先生はアサシンを呼び、カウンターの奥にある机の椅子に座らせ、一緒に冷蔵庫から取り出したケーキを食べていた。

 

 そういえば、俺は何しにきたんだろうか、そんなことを考え、ああ、そうか調べ物に来たんだ、と思い出した。肝心のいざという時、聖杯についての知識を聞くために連れてきたアサシンは先生に取られたが、それでも調べることはある。

 

 俺は備え付けの窓際におかれた、二台しかないノートパソコンの椅子に座り、電源をいれ、起動させる。やっぱり、PC、本も新聞も全てが揃っていて、調べ物には最適であり、人がすくなくて話していても退場させられない学校の図書館を調べ物で使うのはいい考えだと思ったけど、間違いだったかな? そんな疑問を抱きながら、ネットの検索エンジンに幾つかワードを打ちこんだ。




本当に聖杯戦争始まらない。
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