01
ひまだ
人間には身体的に健康であっても死に至る原因が三つあるらしい。
一つは絶望、一つは無気力、そして最後に退屈らしい。
そのうちの一つを絶賛体験中だった。
ドナドナのように俺とアサシンを先生が軽のミニバンで運んだ先は、学校の近くのリーズナブルな衣類を扱う店ではなく、いや、そもそも、ここは瀬千賀原ではない。
埼玉県の南部に位置する、まだ田畑や荒れ地が広がり開発区と評される場所の一角にある、様々な店舗、ポケットにつっこんだパンフレットの紹介には、飲食店、衣服店などの一般的な種類の店舗のみならず、映画館とかスパ、果ては歯科とかも詰め込まれている巨大商業施設にいた。
ここに来るまでの道のりは地獄だった。いや、違う、鏡峰先生の操縦だったから、地獄だった。鏡峰先生の運転は荒かった。どこに軽自動車の、いや、そもそも形は軽自動車だが、エンジンはレース用のやつを搭載してるんじゃないの?って、疑うくらいのスピードを出して、右に左にと、揺られまくった。
アサシンは初めての車には感心したように乗っていたが、俺は滅多に車に乗ることも無く、あらすぎる運転にものの十分で車酔いになりつつもトイレで腹の中モノを全て戻してしまったから最悪の事態にはならなかったが、実に1時間近く揺られる道のりは最悪としか言いようがなかった。
……普通、高速を利用してもあんなに車ってゆれるもんなんだろうか?
まぁ、そんなことで辿り着いたのが住宅街から離れ、周りには田畑しかない開発地の真ん中にある、この商業施設を眺めて、前に一度夕飯時のテレビ番組で紹介されていたことを思い出した。テレビで紹介されるだけあって有名らしく、平日の夕方だというのに人でにぎわっていた。
先生はアサシンを連れて、よく知っているように歩いていった。
初めて来た人間の反応じゃなかったから尋ねてみると、
「姪としょっちゅう来るの」
とのこと、ちなみにその姪は中学生で、アサシンと同じくらいの年だからそういう店にも詳しいとも
アサシンがボロを出さないか不安で、荷物もちということでついて行きたかったが、さすがに下着類も買うとなると男にはついていけず、それと車酔いがひどく響いて足取りがおぼつかない。だから三階まで吹き抜けになっている、一階の広場のベンチに休んでいた。
アサシンは俺と離れてしまうことに危惧していたが、男が女の買い物についていっても水を差すだけだし、先生に聞こえないようにここは人が多い、それにもしものときは令呪を使う、ということで納得してもらった。まぁ、アサシンも先生を気に入ってるらしく、先生と離れるのが嫌らしいから簡単に納得してくれた。
まぁ、でも、15分も休んでいるとさすがに車酔いも治り、25分を過ぎたあたりで暇になってきた。
そして、40分経過
現在を形容する言葉は一言で足りる。
ひまだ
02
女性の買い物がこんなに長い物だと知らなかった。
暇つぶしにポケットに突っ込んだままのパンフレットを開いて眺めていたが、100円ショップを見つける。そういえば、買うものがあったな。
だから、少しばかり買い物に行くことにする。ここで待ってなさい、と先生と分かれた際に教えてもらった先生の携帯のアドレスに、ちょっと買い物をしてきます。とメールを送って席をたつ。
ここは女性用衣服やそういったものを扱っている店が集まっているフロワのため、100円ショップのような雑貨品を扱った店まで結構離れていて、歩いて10分もかかる位置にある。
その途中、生活雑貨のフロワに向かう長い廊下はガラス張りで外には別な敷地だけどホームセンターも見える。ああ、あとホームセンターにも寄らないと。
そんなことを考えて、ホームセンターを眺めて歩いていたら、脚部に後ろから軽い衝撃が襲う。しかし、痛みはなく、どたんと、後ろから何かが倒れた音。
振り返ると、小学校にもあがっていないだろう、俺の背の半分くらいしかない小さな子供が尻もちをついていた。前を見ないで走って、俺にぶつかってしまったんだろう。
だいじょうぶ?と声をかけてしゃがみ、その子に声をかけるが、強い子なのだろう。立ち上がると、うん、と返事をした。泣かない、強い子だな
すぐにその子の母親らしき女性が、小走りで近づき、すみません、と俺に声をかけて我が子に怪我がないことを確認すると、あやまった?と尋ねる。そして、その子は小さくごめんなさい、と言いながら、頭を下げた。
その後、男の子は母親に手をひかれて人ごみの中に消えていった。最後に小さな手を振って、だから手を振って返す。
その光景が微笑ましいな、と思い、あたりを改めて見回すと、カップルというよりも家族で来ている人達のほうが多い。
本当に人でにぎわっている。今日が平日だというのに、どこまでも平和な日常だった。
しかし、ふと考えてしまった。
ここでもしも……
包帯の巻かれた左手を見る。包帯の下に刻まれたのは、日常を異常に変えてしまう物。
もしもここでサーヴァント同士がぶつかり合い、魔術師同士が殺し合いをすれば、一瞬で阿鼻叫喚の地獄に変貌する。
俺は左手に刻まれた令呪。サーヴァントであるアサシンを召喚し、パワーを上げるブースト装置。
それと、ズボンの左ポケットに入れてある11本の針、そのうちの特に長い一本を服の上からなぞる。師である母が残した14本の針の内の一本、俺が作った礼装と呼べるかどうかわからない代物とは違う、正真正銘の戦闘用礼装。
これがあれば撤退ぐらいはできる。
だけど、ここにいる人たち、無関係な人たちを守ることなんてできない。
血と焼け焦げた臭い充満し、あちこちから怒号がいきかう、死体が転がる立派な戦場だ。母が日記で書いていた死都となった町の光景、想像するしかなかったが、あれが再現される。母が“地獄”と評したあれが、現実になる。
そんな光景を幻視した。
だから、こそ、俺は、俺たち魔術師はこんなところにいてはいけないんだろう。
足が震えていた自分にしっかりしろ、と喝をいれ、切り替えようとするがなかなか難しい。それに思考は止まらないから、足を進める。もう目的地の100円ショップは見えていた。
そういえば、聖杯関係で思い出したことがあった。
あのスピーカーの声、セイバーのマスターを思い出す。
アサシンが召喚されたことに驚き、セイバーのマスターは確かに言っていた。
第六のサーヴァント、と。
100円ショップ内の文具コーナー、そこのペンケースを物色する。できればズボンの後ろポケットに入るくらいの大きさで、すぐに破けてしまうくらいの安っぽい材質のものがいい。
大概はすぐに見つかるが、さすが一流テナントに出店している店だ、扱う商品も確かに一級品、滅多に壊れないないな、この素材だと。そんなペンケースについてのことと同時にセイバーのマスターの発言について考えていた。
第六のサーヴァント
つまり、呼ばれる七騎のサーヴァントの内、もう六騎も揃っているということだ。七騎揃わないと戦闘が始まらないのか、二騎召喚された時点で開幕のベルが鳴るのかはわからないが、残り一騎ということは偶発的でも必然的であっても、もう戦闘が始まっている、と考えた方がいい。
店員に他にペンケースの在庫はないか、尋ねてみるが、他の在庫も店に並んでいる物と同じらしい。だとすると、どうしよっかなぁ。
冬木の32年前の何かしらの儀式では隠匿された戦いとはいえ、そこらかしこに事件や事故が溢れていた。つまり、それほど聖杯をめぐる戦いは激しい、並の魔術師でも完全な隠匿は不可能なほどの行為が行われる、ということだ。
結局、手ごろなものが見つからず、仕方がなくホームセンターに向かう。
当時の冬木の事件を報じていた新聞を見ても、それ相当、取り沙汰されていた。
科学の文明が脚の速い兎ならば、魔術は脚の鈍い亀だ。ただし童話と違うのは、最初のスタート地点からかなり離れて亀がスタートした。しかし今は兎に抜かされてしまっている。いや、時間が経てば経つほど、魔術は衰退する、といっていいから、どんどん脚も遅くなっているか
だから、魔術は半世紀たとうとも、よほど革新的なことがない限り、進化しないだろう。
つまり、何かしらの行動があれば新聞に載る。秘匿されていても、何かしらの歪みを伴っておもての社会に現れるだろう。
ホームセンターは目と鼻の先で、二分もかからなかった。籠をとって、入る。外とは違い冷房がきいていて汗が引く。正直、日本の夏は湿気が多すぎる。母の言っていた外国の湿度の低い夏というものを一度でいいから体験してみたい
ホームセンターの入口におかれた新聞のラックから東京の地方紙、全国紙を一部ずつ籠に入れる。
図書室にも新聞は置いてあるけど、時間がもったいないし、じっくりと読むには購入した方がいい。
とりあえず、文具コーナーに直行。
あ、この店大分でかいから、文具コーナーで銅線も売っていた。だから、銅線はいつもの本来は教材として使う物を籠にいれ、ペンケースを見ると、目的に合致したナイロン製のペンケースが簡単に見つかった。三百円とやや高めだが、文句は言っていられない。
それと、学校で壁なんて殴ったから微妙に左手が痛み始めた。だから、医療品も買いたかったけど、ハンドクリームなのか、それとも湿布なのか、何を買えばいいのか分からず、だから家に帰ったら氷で冷やすことにする。
会計をすまし、外に出て、周りの人が俺を見てないかどうか確認して、買ったばかりのペンケースにポケットにそのまま入れていた針を入れ、後ろのポケットにペンケースをしまう。
戻ろうとした時にここから集合場所が大分離れていることを思い出す。正直、先生に待つように言われたあの場所までの長い道のりを考えると憂鬱だった。
03
疲れた……
行きは100円ショップにいた時間を合わせても17分、だけど帰りは20分もかかった。別にどうした、ということはないが、戻りはだるく感じる。不思議なもんだ
最初に休んでいたベンチが戻ってきても空席だったため、ホームセンターで買った物が入っている袋をおいて、近くに設置してあった自販機から紅茶を買い、ベンチに腰掛けて飲む。
財布をポケットから出して改めて残高を確認してみるが、千円札が三枚、小銭が24枚、合計3542円なり。
どこかのATMでおろしておくか、とかそんなことを思案する。
最初、実をいうと、アサシンの服飾代についてはらえないことに気がついて冷や汗が流れた。だって、ここのそこらへんに展示されてる服とか10着も買えば、俺の血だらけになったズボンがもう一着買えるくらい位の金額になる。あとから請求されても無理
なので、先生にそれを離れるときにこっそり相談したが、先生は自信満々に安心しなさい、といって茶封筒を鞄から取り出した。なんでも教職員一同よりカンパされているから大丈夫だといっていたが
……なんだろう、ばれたら停学どころか、裁判になりそうな予感がする。
もう詐欺のレベルじゃない?これ?
どうしても、頭のなかで手錠をかけられ、法廷で俯きながら座る俺のイメージ。設定を盛るつもりなんてなかったんです。だますつもりなんて最初からなかったんです。そんな必死に言い訳をしても、木槌が叩く音が法廷に響き渡る想像しかできない。
いつもの能天気さはどうした?己に問いかけるが、犯罪とか逮捕とか詐欺とか、そんな不穏ワードが頭の中をよぎって、真夏だというのに寒気しか感じない。そのくせ、汗がやばい。暑くて流れる汗じゃない。
そんな不安を抱えて悩んでいたが、考えていると悪い予感しかしないからもう無視だ、徹底的に無視だ。だれが何と言おうとも肯定したらそこで終わりだ。可能性に殺される。
とりあえず、手の中に握りしめていた缶の中に入った紅茶を一口飲む。
……味が感じられないことなんて久しぶりだった。
だから、そんな冷や汗をたらたらと流しているときに後ろから肩を叩かれたなら誰だって、
「ひゃ、ひゃい!」
そんな意味不明の叫びを上げてしまうもんだ。
周りが何事かと注目するが、個人的にはそれどころじゃない。心拍数の急上昇した胸を押さえて振り返ると、俺の叫びに驚いたのか、半歩下がって身構えている先生がいた。
「ど、どうしたの? そんな変な声出して」
変な叫びをだした俺に不審そうに尋ねるが、知っている顔を見ると、安心するものだな
「なんだ、先生ですか……」
心拍数が収まって平常に戻っていく。正直、だましている一人の先生だったけど、それでも一人でいるより大分いい。先生は俺の隣に腰掛ける。
「……遅かったですね、先生」
腕時計を見てみたら、もう7時半だった。たしか、四時半ごろにここに着いたから、もう三時間近くも先生とアサシンは買い物していたことになる。
時間がかかった割りに先生の手には紙袋の一つも無い。いいものがなかったのか?
そのことを問うと、先生は俺の持っていた紅茶の缶をひったくり、一息つくように飲む。あんな大荷物抱えたままなんて動けないから一足先に車の中に積んできた、とのこと。どれほど購入したのか聞いてみたが、なんでも後部座席が荷物で埋まるぐらいの量で、こんなことなら教頭の大型ワゴン車を借りてくればよかったと先生はぼやいた。
……先生、俺、後部座席しか座る場所ないんですけど、それともなにか、歩いて帰れと? 此処から瀬千賀原までどれだけ離れてると思ってるんだ、ここ東京じゃないんだぞ
しかし、それを尋ねようとしたら、先生は隣にはいなかった。あたりを見回すと、紅茶の空き缶を自販機の隣に設置されたごみ箱に空き缶を捨てに行っていた。……あれ、買った俺が数口しか飲んでないんだけど
もう一度隣に座り、ポケットから煙草とライターを取り出して一服を始めた先生に色々と問い詰めたかったが、まぁ、いいか、というかここ禁煙ですよ?
ため息交じりに目を閉じ、なんかここ二日でかなり疲れたなぁ、とかそんな感慨深く思っていると、気がつく。あの銀髪の少女がいないことに。
「アサシンは?」
しかし、携帯灰皿に煙草の灰を落とし、先生は不機嫌そうに形の良い眉をひそめ、
「アサスィちゃんでしょうが、絶対にあの子つらい経験あるんだろうから年末くんが間違っちゃだめ」
と、煙草を掴んでいない薬指でデコピンをくらった。いや、人差し指と中指で掴まれた煙草の火が俺の前髪を焦がしてるんですけど、先生
あと、いけないな。無意識でアサシンって言っちゃってたか。
よし、あの子はアサスィ、あの子はアサスィ、あの子は……
自分にそう言い聞かせる。
「アサスィちゃんはあっちのオサレなシュークリーム屋の行列にならんでるわ」
ああ、なんとなくわかった。めちゃくちゃ喰いたそうに見てたんだろう。
「しかし、あの子の健啖ぶりには驚かされるわぁ」
しみじみと感慨深く語る。
なんでも先生の話では、図書室でケーキを食べた後、教職員や事務員から差し入れでもらった紙袋一杯の菓子とか食べ物を二時間足らずで平らげたらしい。
……なんか、これからの食費について色々と不安になってきた。
「でも、まぁ、納得の発育ぶりねぇ」
二本目の煙草に火をつけ、紫煙を吐きながらしみじみと先生は言葉を紡ぐ。
?
「どういうことですか?」
「いやね、服だけじゃなくてあの子、下着もそんなに数を持ってなかったから新調したの。それに、コルセットってのもなかなかいいけど、まだ成長途中なんだからアサスィちゃんにはお勧めできないわね」
下着? 首をかしげたが、コルセットときいて召喚時に着ていたものが思い浮かぶ。確かにあれはコルセットに近いし、俺もコルセットだと思った。
「それで測ってもらったんだけど、最近の子は本当に発育いいわねぇ、私は高校に入ってから一気にでかくなったけど、スタイルいい子ね。あ、でも、おっぱいのことはいっちゃだめよ。Bだって十分に大きいけど本人めちゃくちゃ気にしてる様子だから」
いや、Bは小さくないと思うけどねぇ。と腕を組んでそんなことをしみじみという。
「……先生、俺が反応に困る情報を開示するのはやめてください」
あと、スタイルのいい先生がそんなことを言ったら、いつか刺されますよ
てか、Bもあるのか、いや、そのアサシン、いやアサスィはどっちかというと、尻がいいなぁとか思ってたから、そんなに……そうか、胸が……
とか、品のない、下賤なことを考えていたら、それを見透かしてか、先生が隣で下世話な笑みを作っていた。
「あら、いやらしいわね」
「……思春期の男子学生なめないでください。すごいリビドー抱えてんですから」
正直、リビドーの原因を作り出している巨大な兵器を保有している先生に言われたくないものだ
「ひとつ言っておくけど、あの子を襲ったら、多分学校一同から制裁受けるから。年末くんのリボルバーの火薬が使えなくなると思うわ」
いや、その前にアサスィに殺されるでしょうね
絶対、腕相撲しても勝てないのに、無理やり襲ったら俺のリボルバーの火薬が使えなくなるどころか、銃身があのナイフかメスで切り落とされるだろう。そもそも、俺のタイプじゃないから安心してほしい。
その後の先生と会話もそこそこ、他愛無いことを話し合った。
時間にして十分くらい経ったろうか、先生となぜかデミグラスソースの具材について話し合っていた。
「おかあさん」
デミグラスソースの具材は茸が至上だと先生に訴えている最中、そんなよく知った声が背後から聞こえた。先生がそちらの声の方を向き、俺も振り向こうとした時、
「あ、まだ年末くんは見ちゃだめ」
一言と共に、いささか間に合わないと理解したのか、先生は俺の頬を殴って無理やり正面を向かされる。
だけど、何分力が強すぎた。逆に反転周りで普段曲がらない角度まで向いてしまい、結果として、首から不穏な音が鳴り響く。
というか、この角度はやばい、この角度はやばい
痛みがないのが不気味で試しに動かしてみると、首から再び異常音と神経に訴える痛覚
…………おごごごご……首が、首がああ
首を押さえ、頭を抱えるように俯く。こんなに痛いのは、関節が痛みを訴えている時なんて、小学生の時に庭に降り積もった雪にダイブしたけど、雪が薄くしかなくて全身の関節痛めた時以来だ
先生ぇ、乱暴すぎる……!
しかし、そんな俺は知らない、とばかりに無視し、席を立ちあがると、声がした方に駆け寄っていくのが雰囲気でわかった。
「アサスィちゃん、だめでしょう、べったりクリームつけちゃ! 美人が台無しじゃない」
母が幼いわが子を叱るような感じで先生はたしなめる。その声を聞いていると、うん、やっぱり妹というより子供だろう。
しかし、首が痛くて顔を上げることができない。
たぶん、アサスィのことだからシュークリームにかぶり付いて口周りが大変なことになっているのか……本当にアサスィは食に関することは無作法になるからね。
俺が首を押さえて悶えているが、先生はそんなこと知ったこっちゃないといわんばかりに、
「もういいわよ、年末くん」
許可を出すが、痛くて首が上がらないですよ
しかし、それにじれったくなったのか、
「まったく、もう! 今度は見てもいいっていってるのに、なんで見ないの!」
主に先生のせいです! そう抗議の声を上げたくなったが、今度はツカツカとヒールのかかとを鳴らし、近づいてくる。無理やり両手で掴んであげさせられた。
首関節がまた、上げちゃいけない音を出したが、例の如く知ったこっちゃないんだろう。
さすがに少しばかり頭がきた。が、無理やり上げられた視線の先には、
そこには、まぁ、お嬢様がいた。
「で、どう?年末くん、アサスィちゃんは?」
スカートの裾にフルリがあしらわれた薄水色、肩が大きく露出する肩ひもタイプのワンピース。
後ろで大きく蝶結びにされている白のウエストリボンがアクセントになっていて、すごく似合っている。履いているのも召喚時に履いていたブーツではなく、かかとの高いアサシンの瞳と同じスノーブルーのウエッジソール型のサンダル。まさにその恰好はいいところのお嬢さん、といった感じでものすごく可愛らしい、うん、可愛らしい。アサシンの表情はかわらないが、逆にそれが着なれている、といった印象を与える。
「……いいんじゃ、ないでしょうかね」
あまりにもそっけない感想だったためか、先生がうっそそんな感想しかないの? とかそんな顔で俺を見て、そう、とアサスィは表情を変えずに呟くが、先生はいいのよ、とアサスィの手に持っていたシュークリームの入った紙袋から一つ取り出したべながら話しかける。
「思春期の男子は気のきいたことを求めること自体が無理なんだから、そっけないように言ってても内心ドキドキがやばいんだから」
先生!! 冷静に分析しないでください!
でもね、うん
いやね、なんでしょうね、この胸の高鳴りは
…………いや、本当に
顔が、主に頬に血液が集中する感覚、だからアサシンから目をそらすと、先生がおいしそうに頬張る、生地が茶色だからチョコレートタイプのシュークリームが目に入る。
「あ、そういえば、先生、俺にも一つ……」
そういったとき、先生の持っていた紙袋からもう一つシュークリームをアサシンが受け取り、先生は紙袋を潰してしまう。
そして、カスタードタイプのシュークリームを食べるアサスィ。それが最後の一個なんだろう。でも、あんまり口を大きく開けて食べるもんだから口元にカスタードがついてしまう。
先生が、またついてる! と言って、でも笑顔を浮かべたまま、アサスィの顔に着いてしまったカスタードをハンカチで拭い、アサスィはそれをちょっと迷惑そうに、困惑したように、それでも先生のお節介をされるがまま受け入れる。
ちょっと、微笑ましくて笑ってしまった。そうやってると、どこまでも、アサスィは到底、過去に偉業を成した英霊には思えない。ただの女の子にしか見えないな、そんなことをつくづく思ってしまう。
03.5
車での帰宅は意外と揺れることなく、というか、助手席と運転席以外、後部座席がアサスィの衣服に埋もれているため、まるで遺跡から発掘され、ウレタンで補強された文化財ように俺が荷物で動かなくなっているだけだった。
先生は嬉々として運転中、煙草を口にくわえ、根元まで吸いつくすと、吸い殻でいっぱいになった灰皿につっこみ、もう一本煙草をくわえ、火を灯す。その間も操縦は変わらず、というよりも、元々がひどいからこれ以上ひどくならないのか、しかし見方を変えると、まるでどっかのレース漫画のようにすごいハンドル捌きだ。アサスィは疲れたのか、助手席で寝ている。……よくまぁ、この荒い運転の中で眠れるもんだ。霊体が寝る、というのも変な表現かもしれないが、なんでも現界にかかる俺の魔力消費が抑えられるらしい。いや、そもそも疲れたから寝ているんだろう。
車の異常なスリップ音とアサスィの寝息をバックミュージックに体を荷物に預けるが、簡単には眠らせてもらえないらしい。
普通だったら眠れたんだろうけど、俺もアサスィのように。だけど、どうしても眠れなかった。あんまりにも色々なことがありすぎて、今までのことを考えていたら、眠れなくなってしまった。
だから、思案する。
冬木の大災害、巻き込まれる人々、裏側であるはずの事象が、化け物がおもての人々に凶牙をむく。ならば……ならば……俺は、母の魔術を継いだ者としてやらなくちゃいけないだろう。
そんな決意とも、よくわからないことをとりあえず、考えていた。
04
家のすぐ前まで送ってもらった。アサスィはずっと寝てばかりいて、俺が車から家までを運んだが、着替えは当たり前だが、先生にやってもらった。
運んだ時、さすがに起きるかな? と思ったが考えてみれば腹一杯食べて、しかも、車の後部座席に積んであった荷物、全部試着したらしいから、そりゃ疲れる。今思えば、アサスィの目が微妙に死んでいた気がする。
本当だったら、夕食でも食べた後に言いたかったが、まぁ、いいか
先生に買ったばかりの薄ピンクのパジャマに着せてもらったアサスィを布団に寝かせて、先生にお茶を勧めたが、時間がもう10時を回っているため、帰るとのこと。
だから、先生を見送りで外に出ていた。
もう地球温暖化など知っちゃこっちゃないとばかりに先生の乗る軽自動車は絶賛アイドリング中で先生と俺は5分以上、話している。正直、中でお茶でも飲んでいけばいいと思ったけど、これ以上違反すると免停になるらしい。正直あの運転だったら警察捲けると思うけどなぁ
そんな話題も尽きてきて、最後に一言、言わなければならないことを思い出した。
「先生、鏡峰先生、今日は色々とありがとうございます」
本当は俺がやらなくちゃいけないことなんだろうけど、男の俺にはできないことがたくさんありすぎるし、俺はきっとアサスィのこういうことについての説得すらできないだろう。
今日は、本当に迷惑と感謝してもしきれないほどだ。
「別にいいわよ。私も年の離れた妹ができたみたいだし」
先生は朗らかに笑う。先生は黙っていれば冬の冷たい美しさが体現したような人だけど、内面はコロコロと笑う春のような女性だから、学校でも人気がある。
妹は無理があるから、娘じゃないですかね? と軽口を叩こうとしたが、殺されそうなのでやめた。
「アサスィちゃんとまた図書室に来てね。計画表通りだから」
夏休みの開館時間が計画表通り、ということか、ええ、と頷く。
「あ、それといいこと教えてあげる」
いたずらっぽく笑むと手招きし、耳貸して、とジェスチャー
耳を先生の口元に近づけると、俺にあることを教えてくれた。
…………
「アサスィちゃんにやってあげたら、あの子、喜ぶわ」
なるほど、個人的にはそういうことに疎いからいいことを聞いた。
「それと」
そこで区切り、
「年末くん、アサスィちゃんの傍にいてあげてね」
優しく、ほほ笑んだ。
「私は、あの子におかあさん、って呼ばれてるけど、あの子のそばにいつもいられるわけじゃないし、君の方がアサスィちゃんを見てくれるし、ほら私はちゃらんぽらんだから、おかあさんって柄じゃないのよ」
そう言って笑うが、今までの笑みと違って、ひどくさみしげに笑う。
「はい」
そういうと、先生はよろしい、といって助手席のグローブボックスに手を伸ばし、中から煙草を一箱、差し出す。
「これあげる」
苦笑しながらも受け取る。無論、吸うつもりはないが
「俺、未成年ですよ」
そういうと、先生も笑い、
「受け取っときなさい。人からの贈り物を無下にする男は嫌われるわよ」
先生に嫌われたら困るので頂きます。そういってポケットに煙草を入れ、お互いに笑った。
今回もダメだったよ、聖杯戦争が始まらない。もう、日常パート長すぎましたかね?
別陣営をやるべきなんですかね?
ご意見・ご感想お待ちしております。