レッジェ・スペーランツァ   作:三代目盲打ちテイク

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いつも通り地獄からスタート


プロローグ

――お前にとって世界とは何だ。

 

 それが、まず聞かれたことだった。憧れたあの人の背を追って叩いた軍部への扉。雁首並べた同じ穴の貉たちと共に、憧れと自分もというそんな夢見がちな感情のまま開け放たれた扉へと入ったのだ。

 問いへの答えを俺は、どう答えただろうか。つい最近のようで、随分と昔のようにも感じる。なにせ、いろんなことがあった。

 

 夢見がちな少年が、現実を知って大人になるくらいには、色々なことがあったのだ。自分にとって世界とは何か。

 それはこんな滅びてしまいそうな不安定な世界などではないと、血気盛んな夢見がちな少年のままに言ったような覚えがある。だからこそ守るのだと言い切ったような気もする。

 

 世界とは、人間が生きる場所。欠けてしまえば弱い人間は生きてはいけない。かつては、失われることなんて誰も思わなかったもの。

 当たり前で不変的で、きっといつまでも変わらずにそこにあり続けるのだと信じていた。だが、結果はどうだ。世界は崩れ去った。

 

 あげく人類を抹殺しようとする敵まで現れてもう阿鼻叫喚だ。当然が消え失せて、わけもわからないことになってるんだから大変だ。

 だからこそ、あの人のようになりたかった。鮮烈な輝きを放つあの人のような存在に。

 

 そして、俺はその思いから提唱者になった。軍部の適合試験に合格して、施術を受けて、いっぱしの兵士になったつもりだった。

 

――これで俺も、あの人のように!

 

 今思えば若かったのだろう。今では良くわかる。あの人の化け物加減が。同じ提唱者になって初めて気が付いた。

 規格外。天才。英雄。斯あるべくしてそうある存在というもの。

 

 俺に与えられたのは、ただ読み取る力だった。華々しい力というものはなく。ただただ読み取るだけ。それでもがむしゃらにやったつもりだ。

 だが、結局光にはなれなかった。暗い影の中に潜む誰でもない誰か。俺が慣れたのはそれくらいだった。

 

 だからせめて少しでも良くなるように、上の命令に従って殺し続けた。出来ることはこれくらいだった。他には何もない。

 潜入し、殺す。あの時も、あの時も、あの時も。殺して、殺して、殺した。

 

 何があろうとも殺して、それで世界が良くなるんだと信じていたんだ。いや、信じたかっただけかもしれない。

 だが、結果はどうだ。何か変わったか。上の命令で殺して、殺して。その上で何かが変わったと言えるのか。

 何も変わってなどいない。

 

 何のために殺しているのかわかったものじゃない。だが、それでも殺す。もはやそれ以外に生きる術などなく。矮小な提唱者は、こうやって生きるしかない。

 憧れたあの雷電の輝きは、俺にはないのだから。

 10年前のあの日に、憧れた雷電に届きはしない。だから、せめて、彼女だけは守ると決めた。

 

 俺には人類を守る器なんてものはない。だから、せめて自分の周りくらいは守ると決めた。それが、ちっぽけな男に分相応な世界(せいぎ)だから――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 10年前。マグノリア首都が燃えていた。提唱された焔を否定するかのように、世界が組み換わると同時にそれは起きた。

 時代を支える炎の叡智。しかし、今やそれは全て人に牙をむく。嚇炎は全てを燃やし尽くさんと火の粉を振りまいていた。

 

「――――」

 

 世界が血で染まっている。地獄とはかくあるべきだとでも言わんばかりに。此処こそが地獄、これこそが地獄絵図。

 虐殺という名の過剰殺戮が織り成す地獄は、今もなお拡大を続けている。無辜の民が悲鳴を上げて逃げ惑い、そして尽くが逃げられはしない。

 

 全ての阿鼻叫喚、全ての絶望を混ぜ込んだ魔女の窯の底。ぐつぐつと煮えたぎる窯の底ゆえに逃げ場など存在(あり)はしない。

 全てが炎上している。こここそが地獄の底だ。ならばどこへ逃げるというのか。逃げられるわけがない。逃げられる場所などありはしないのだ。

 

 建物が倒壊する。そのたびに悲鳴が上がり、紅い華が咲く。死骸は例外なく炎に包まれて燃えている。油分が大気を汚染し、燃える死骸は酷い瘴気を撒き散らす。

 肌に張り付くのは死体から出た魂の如き瘴気。生者を呑み込む死者の手招き。お前も来い、お前も来い。そう絶望の中で死者が叫んでいる。

 

 右を見ても、左を見ても、炎が燃えている。燃えていない場所ないし死骸がない場所もない。死体の博覧会会場と言われても信じられることが出来そうなくらい石畳の上は赤く染まっている。

 しかも、現在進行形で死体が増えていっているというのだから恐ろしい。おおよそ考えらえる以上に絶望に薪がくべられている。

 

 それが立った三人の反証者(ばけもの)と名乗る提唱者の手によって起こされたという事実を誰が信じられる。信じられるわけがない。

 だが、それがどうしたというのだ。この惨劇がたった三人の提唱者によって引き起こされたとして、それがどうしたというのか。15歳の少年でしかないアラン・チューリングに何ができるというのだ。

 

 何もできるはずがない。ただ何もかも捨てて逃げ惑う事意外に力のない少年にはできない。そう何もかもを捨てて。家族も、友人も何もかもを彼は捨てる以外になかった。

 いや、より正確には彼だけが捨てられる立場を維持していただけに過ぎない。つまりは、彼だけが生き残ったのだ。

 

 そこにあるのは純粋な運でもなければ、力があっというわけではない。ただそこにあるのは単純な家族がいたおかげだ。

 弟がいたから、彼はいまこうして生きているし逃げていられる。悲鳴と慟哭がオーケストラのように響く街をひたすらに駆け抜けて逃げていられるのだ。

 

 行きつけのレストランが崩れ去る。良くいく喫茶店の可愛らしいウェイトレスの首が転がってきた。誰のものかわからない目を踏んだ。

 嫌な感触が全身を駆け巡る。鋼鉄の残骸が足を切るよりも、それは強い衝撃となって脳髄を蝕んでいく。

 

「あああ、あああ――!」

 

 声にならない悲鳴を上げた。既に精神は限界。肉体もまた過剰酷使によって筋繊維が一本、また一本と千切れていく音が聞こえている。

 それでも足だけは止めない。生きたい。生きたい、生きたい。それは人間の純粋な本能。生存本能。種の保存として、己の保存としての当たり前。

 

 しかし、純粋であるがゆえに運命は彼を逃しはしない。純粋であるがゆえに、それは何よりも強く強く声ならぬ叫びとして奴らの耳に届くのだ。

 絶望をくべる火の番人。鋼鉄を打ち鳴らす鍛冶師が如き、殺戮の使徒へとそれは届くのだ。

 

 重ねて言う。運命は彼を逃しはしない。そもそも誰も彼もをここから逃すことを運命は許していないのだ。地獄の窯の底だれも逃げられるわけがない。

 そして、他に交じるものなどない欲求、想いを運命は聞き届ける。そもそもこの状況にして混じるものなどある方がおかしいのだ。願いはどこまでも届く。

 

 ゆえに、それが純粋であればあるほど呼び寄せてしまうのだ。

 

 さあ、絶望しろ。それこそが望むもの。

 

「反証せよ提唱された法則を――我らが世界を創り出さんがため」

 

 至るは破滅への道――。

 

 運命は、誰も、逃しは、しない。

 

 突如飛来する鉄風。見たこともない技術にて作られた武装。かつての世界で銃と呼ばれたそれによる銃弾が飛翔する。

 破裂音と共に連射され生きている全てを砕いていく。その威力、その速度、どれをとっても現世のものではなく超常のもの。

 

「安らぎをこそ与えよう。このような光景は間違っている。ゆえに、滅びよ世界――反証せよ」

 

 男が腕を振るう度、弾丸が飛翔し、剣林が目の前の存在を串刺しにして虐殺する。たった一人の軍隊。さながらそのような男は殺戮を続ける。

 事態は一向に好転の兆しを見せず。地獄を創りだした者の首魁の手によって更なる地獄へと加速度的に落ちていく。

 

 鉄風雷火、剣林弾雨。ただ人の身にて、数千を超える武装が彼に従う。虚空より吐き出される銃火器がただ人を殺していく。

 人を滅ぼす者。莫大な覇気が放たれる。それは死、死、死。浴びれば最後死んだと錯覚するほどの殺意。今の世界を否定する赤き目。

 

 それを捉えた瞬間、アランは逃げることを止めた。逃げ切れない。そう悟った。

 

 その瞬間、爆音とともに一人の提唱者が炎と瓦礫を突き破りはせ参じる。軍人とはこうあるべきとでもいうかのように今この瞬間、高速で移動し衝撃波を撒き散らす提唱者は敵にのみ向かってすすんでいく。

 勇猛果敢。民草を守れればそれでいいのだ。まるでそう言わんばかりに音を越えて移動するその男は、銃火器の戦列を指揮する男へと突き進む。

 

「無理だ」

 

 だが、断言する。読み取った情報を吟味するまでもなく不可能。いかに不退転の決意を示そうとも、音を越えて移動したとしてあの戦列を超えることはできない。

 

「ああ、愛いな。そう血気盛んに向かってくるなよ。僕は、争いが嫌いなのだから」

 

 そう言葉で言いながら火砲が咆哮をあげる。ただ、それだけで男の身体は飛び散り砕け散って行く。ああ、無情。救国を願い、そのためならば命を賭けるもまだ足りぬ。

 意志、覚悟、根性。そんなものが通じるのは小説の中だけの話だ。現実問題、それではどうにもできない事態が必ず存在する。

 

 その時頼れるのは地力だけ。積み上げた自らの力のみ。ゆえに、力の足りぬ者は死ぬ。呆気なく、何の感慨もなく無残に死ぬだけだ。

 しかし、ある意味でそれは幸運なのかもしれない。死ねるのだ。どういうわけか生き残ってしまったアランと違って。

 

 恐怖を長く感じることがないのだから。

 一度屈してしまった膝はもはや立ち上がることなどない。地面についた膝は張り付いたかのように動いてはくれない。

 

「次は、お前だ。救ってやる。こんな争いばかりの悲しい世界で生きる必要なんてない。夢のような世界を作ってやる。だからそれまで、眠ると良い」

「あ――」

 

 そして、ついにアランが捉えられる。

 

 数千を超える銃口がアランを狙う。アランは即座に生存を諦めた。数千の銃弾を躱すことなどアランには不可能。

 そもそも、人間が化け物に勝てるはずがないだろう。勝てるのは、物語の主人公のような英雄だけだ。

 

 悟ってしまったのだ。眼前の怪物には勝てない。存在からして力関係が定まっているのだから刃向かうことなど無意味なのだと。

 だからこそ、願う。救済を。もはや神を頼り、見捨てたはずの家族を頼り、友人に助けを求める。求める、求める求める。

 

「たすけて」

 

――たすけて、たすけてたすけてたすけて。

 

 誰でもいい。この事態を好転させるのならば神でもあくまでもなんでもいい。それもまた純粋な願いゆえに、遠く遠く聞き届けられるのだ。

 

 英雄とは、常に最後に現れる。屍山血河の最奥で積み上げられた死骸の舞台の上で初めて英雄は踊れるのだ。最後に立っていた者こそが英雄であるがゆえに。

 だからこそ、それは今だ。今、語り部となる存在がいる。英雄を英雄として語る存在がいて、そして守るべき命がある。

 

 ならばこそ今だ。英雄の誕生劇、屍山血河の舞台は完成した。さあ、今こそ、英雄譚が始まる。悲劇を痛烈な希望が照らす。

 

「――そこまでだ」

 

 軍靴の音舞い降りる。それは微かな、されど絶対の希望の旋律。閃光が(きら)めく。見たこともない輝きが男から放たれていた。

 

 これより先、悲劇に出番はない。お前の出番は終わりだ。疾く、舞台より降りるが良い。

 これより先は、英雄の舞台。悲劇などありえない。

 さあ刮目せよ、いざ讃えん。その姿に人々は希望を見るがいい。

 あふれ出る閃光の煌めきが闇夜を照らす。まさしく、世界を照らす英雄(キボウ)が降り立った。

 

「ほう」

 

 ああ、まさしく。あれこそが希望の光であった。その姿、まさしく不動にして絶対の盾。背を向け敵を見据える姿はまさに英雄そのもの。

 この劫火の中、この戦場の中。未だ無傷、汚れ一つないマントを翻し、乱れ一つない軍装姿で唯一汚れが見える軍靴をかき鳴らして男が一人、この地獄に舞い降りた。

 

「下がっているが良い。待たせた。遅れたことに言い訳はすまい。事実、オレは救えなかった。だが、立ち止まるつもりはない。死んでいった全ての者たちの夢をオレは背負おう」

 

 言葉に従い、彼の後ろに生き残っている者たちが下がっていく。

 戦闘力の有無などという理由では断じてない。そうすることが真理だと、無意識の内に強く感じ取ったがための行動だった。

 

 前に立たれるだけで感じるのは絶対の安心。この人の後ろにいればもう大丈夫。そんな安心感。ついにその男は災禍の中元凶の下へと辿り着いた。

 死骸が積み上げられた道の先、英雄譚の最終局面。今こそ、英雄の誕生の時だ。全てが死に絶えかけ、語り部が一人いるだけの状況になって今、初めて舞台は整った。

 

 英雄の誕生。極大の絶望を払い英雄となるべく運命づけられた男が今戦場にて運命と相対する。相対する男も彼を前にして視線を逸らすなどという愚を起こさないし、できやしない。

 

「このような少年すら殺すかアザゼル。貴様の誇りはどこへ行った」

「さあ、そんなもの忘れたよ、ニコラ・テスラ」

「そうか」

 

 挨拶のように放たれる銃弾。しかし、テスラは動かない。アランたちが背後にいるからか。いや、違う。

 避ける必要すらないからだ。彼の身体から放たれる光が飛来する銃弾を溶かし尽くす。超高温の輝き。アランに理解できるのはそれだけだった。

 

 それの名すら知らない。バチリ、バチリとはじける希望(それ)の名をアランはまだ知らない。腕を組む彼が放つ閃光をただただ見つめるのみ。

 

「ならば、ここでお前を殺すことになる」

「ああ、なぜお前はそうも争おうとする。傷つくことになんの意味があるというのだ。教えてくれよニコラ・テスラ」

「意味ならばある。この国と人々を護る為だ。今、オレはそのためにここに立っている。お前が産み出したものは、守るためのものだろう」

「ならばなぜ、こうも人は争い嘆き悲しむのだ。ならば間違いに決まっている。だから、この世界を破壊する。新しき世界はきっと幸福なはずだ」

 

 弾丸が飛翔し、やはりテスラは動かず全てを溶かし尽くし、閃光がアザゼルへと迫る。

 

「させんよ」

 

 テスラと呼ばれた男。まさに英雄。救世主とはこうあるべきだというその全てを体現していた。輝く御身にただただアランは畏敬の念を抱く。

 これでもう大丈夫。そう安堵したその時、

 

「アザゼル、大丈夫ですか?」

 

 怪物が現れた。一体何をどうしたらそんな生物が生まれるのか。人形をした何か。怪物としか言い様がないナニカが爆炎の中から現れる。

 その覇気は、アザゼルと呼ばれた男とそん色なく、外見に似合わない紳士的な口調がその異常性をただただ発露させていた。

 

「チャールズ、貴様もか、ならばあと一人はあの男だな」

「これはこれはテスラ殿、どうも今日は御日柄もよく」

「いらん挨拶だ」

「おやおや挨拶は人として大事でしょうにまあ、良いでしょう。あなたは、やはり相容れませんか」

「そのようだ。お前たちもまた、夢を同じくした同志と信じていたが、是非もない。国家の為、人類の為にオレは希望にならねばならん。ゆえに――」

 

 閃光がはじけ、テスラの持つ槍が輝きを増す。対する二人の覇気もテスラのものと比しても遜色なく、意志だけで相手を押し潰さんと猛り狂っていた。

 

「――ここで散って行くが良い。安心しろ。お前たちの夢、オレが背負おう。必ずや全てを救ってみせる」

「そうか。なら、ここで倒れろ。それが情けだ」

 

 もはや言葉は不要。ただ一言、開戦を告げる提唱が成される。

 

「提唱せよ我が世界の法則を――我らが世界を取り戻さんがため」

 

 言葉とともにテスラの何かが切り替わる。同時に疾風となりテスラが疾走する。同時に、相対する化け物二人もまた、駆けるのだ。

 

 まず先に到達するのは怪物だ。チャールズと呼ばれた怪物は、その剛腕を振るう。巨体であり、それに見合った膂力は人間如き木端微塵にしてしまえるだろう。

 だが、テスラは逃げない。むしろ向かっていく。手にした槍を振るうでもなく、その左手で剛腕を受け止める。

 

「なっ――」

 

 その結果に声を上げたのはアランだった。そりゃそうだ。怪物にしか見えない相手の一撃をただの人間が受け止めるからだ。

 いや、ただの人間か? そんなわけがない。あの言葉の意味をアランはどういうわけか読み取っていた。ゆえに、テスラという男の身に何が起きているかも理解が出来ぬとも悟る。

 

 身体能力が上がっている。人からその上の段階。いや、更に上か。異常なほどにテスラという男の身体能力が上昇している。

 それだけではない。迸っている閃光が輝きを増し、その熱量は先ほどとは比較にならない。

 

 左腕で受け止めた化け物の爪。

 

「オオオオオオオォォォォォ―――」

 

 英雄は吠え、怪物を投げ飛ばす。

 

 そこに突っ込むのはもう一人の男アザゼル。彼の行く先に手をかざした先に剣林が生まれる。テスラを串刺しにせんと意志を持った剣が生じる。

 

「笑止――」

 

 それを槍を振るってテスラは砕く。

 振るわれる槍。閃光が軌跡となり闇を突き穿つ。空間ごと抉るかのような鋭い突き。それをアザゼルは躱すも、背後の壁に大穴が開く。

 

 かすっただけでも肉が裂けるほどの槍の突き。いったいどれほどの鍛錬を積めばその極致へと至れるのだろうか。

 ただ思ったことは、凄まじいということだけ。

 

 そして、これですら生ぬるいということを思い知るのだ。なぜならば、まだ、提唱された法則の本分を誰一人として使っていないのだから。

 

「さすがですねテスラ殿。では、本気を出しましょう」

 

 その瞬間、空気が変わる。圧倒的な密度の殺意が怪物(チャールズ)を中心に吹き荒れていく。彼から広がるのは世界だ。

 彼自身の世界。彼が世界へと提唱する法則。

 

 紳士的な怪物。そう表現するしかないチャールズという者の殺意が展開される。何よりも強く、それだけに歪で黒い殺意をたたえたそれは違和感しかない。

 

「耐えられるものならば耐えてみせるが良い。避けるとその子供も死ぬ。失望させるな」

 

 そこに重ねられる鉄風雷火の剣林弾雨。轟音を巻き上げる灼熱が吹き荒れる。怪物ごと全てを焼くとでも言わんばかりの轟炎が吹き荒れる。

 

「にげ、逃げて!」

 

 思わずアランは声をあげていた。そうだろう。なにせ(テスラ)は、射線上にいる。避ければ生きれるだろう。だが、それが出来ない。

 アランたち無辜の民がいる。ゆえに、テスラに躱すという選択肢はない。

 

「言ったはずだ救うとな」

 

 吹き上げた炎は熱量の増大と共にその色を変えていく。赤、青、そして白から透明へ。超常の武装が産声を上げてその嚇怒を放つ。

 もはや陽炎しか見えるほど。しかし、太陽でも生まれたかのようにそこには莫大な熱量が噴出している。炎に触れずとも肌が焼ける感覚。

 

 もはやその熱量自体が致死の猛毒。拡散する熱量だけで人は近づくだけで炭化し石は溶け、鋼鉄ですら水のように流れていく。

 そんな莫大な熱量。突っ込むことすら無謀。それは、どのように強い男でも例外ではなく。人間という括り、タンパク質にて構成される人間だからこそ不可能。

 

 タンパク質は高熱で変性する。ゆえに、人体に高熱は禁忌。人が平温でしか生きれぬ理由がそれだ。例え英雄だろうと人間としての物理法則には逆らえない。

 40度を超えれば問答無用でアウト。だが、テスラは止まらない。ただ真っ直ぐに閃光となりてその研ぎ澄まされた槍を振るう。冷気の如き槍の突き。鮮烈な熱量を持つ槍は莫大な熱の壁を斬り裂いて怪物の腕すらも突き穿つ。

 

「ああ……」

 

 そうこの上なく英雄とはそういうものだ。古今東西。化け物退治は英雄の仕事。ゆえにどのような障害があろうとも達成してしまう。

 英雄は英雄たるべくして生まれてきた。ならばこそ、負ける道理などなく熱量という壁を越えていく。しかも、今だに成長しているというおまけつきで。

 

 突きが鋭くなっていく。研ぎ澄まされていた一撃一撃。無駄のない戦闘の流れが更に無駄を排して人間離れした動きを盛り込みさらに成長していく。

 技量、判断能力。戦闘において必要なものを全て備え極限まで研ぎ澄ましてきた男が更にここにきて加速度的に次の段階へと踏み込んでいく。

 

 もはや凄まじいという感想すら不相応に思えるほどだった。これが、英雄。これが勇者。

 その姿にどうしようもなく、憧れた。輝く光を背に、戦う英雄の姿は今も、この胸に焼き付いていたのだ。鮮烈に、誰よりも。

 

 だから、その扉を叩いたのだ――。

 




いつものように地獄スタートでございます。

ヴェンデッタ風味
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