レッジェ・スペーランツァ   作:三代目盲打ちテイク

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第2話 仕事

 起き出すのは夕方だ。日が暮れかけた夕時。時間になれば勝手に身体が起き出す。そういう風に出来ている。ティはまだ帰っていない。

 そりゃそうだ。そういう時間に起きるようにしているのだから。

 

「さて、行きますかね」

 

 服を着替えて玄関の鍵をかけていつもの場所に入れておく。大家に預けろとか言われたけど絶対に預けない。なにせ小言がうるさいからな。

 軋む階段を下りて大家に見つからないようにアパルトメントを出ようとして、

 

「ようやく出てきたわね」

「うお――」

 

 露骨に待ち伏せしていた大家に捕まった。

 

「どこに行く気かしら」

「ええっとですね、大家さん、わたくしアラン・チューリングはこれからお仕事にですね」

「娼館で女を抱くことが仕事か、このろくでなし。一度本格的に教育してやった方が良いか、このクズ」

「いえ、滅相もありません!」

 

 ナイスバディのお姉さんなのだが、怒るとこええんだこれが。胸とか超でけーくせして、腰は超細い。いや、本当、腰から足のラインとかすげーんだわ。

 けど怖い。並みの化け物より怖い。これで一児の母とか言うんだから、ウソだろ。こいつの子供がうらやま――じゃなくて可哀想だ。

 

「ったく。ティちゃん拾ってきた頃はまだマトモだったつうのに。何がどうしてこうなったこの石潰しが」

「いやー、わたくしとしましても? そこら辺は色々あったというか、ティの為というか」

「あん? エロ本堂々とガキに見せつけるのがあの子の為だって? うちの子にも見せてるんだってねえぇ? ん?」

「いえ」

 

 ダメだ、やっぱ勝てそうにない。本当、この大家はこええんだわ。妙に鋭いし、妙に強いし。しかも、下手したら火止められるとか勘弁してくれ。俺あったかい飯しか食いたくないんだ。

 とりあえず、今回も逃走あるのみだ。こちらにもいかなければならない事情がある以上、率先していくべき。そうめくるめく官能へと。なので、ダッシュ。

 

「そ、それじゃ――!」

「あ、待ちやがれこの!」

 

 何か汚い言葉が聞こえるが知ったことじゃない。周囲を歩く奴らもいつものことだと無視を決め込んでるし、呆れたように道を開けてくれる。

 ありがたいことだ。日頃の努力が報われる瞬間とはこういう時だろう。最悪の報われ方だがな。

 

 大家からも逃げ切ったところで足をゆるめる。走るのもこれ以上は良い。どうせ追ってこない。大家もティが黙認している以上は何も言わないからだ。

 本当、出来た10歳で頼もしい限りだ。本当本当。

 

「人が増えたよな」

 

 辺りを見渡せば人ばかり。首都の通りを歩く人の数は多い。夕方だというのに、通りを歩く人の数は減っていないし、みんな笑顔で活気に満ち溢れている。

 店をやってる奴も売っているものを買う奴も本当に平和で楽しそうにしている。それもこれも目につくところに必ずあるポスターの将軍様のおかげだ。

 

 常勝無敗の将軍様様。だから戦場から遠い首都は今日も平和なり。そういうことだろう。

 

「さて、何か食っていくか」

 

 これから仕事だ。流石に何か食べていかないわけにもいかない。懐からよれよれの金を取り出して、適当に喰い物を買う。

 この辺りは露店を出しているところもあって、安い串焼きだが味だけは保障してくれる。それ以外は保障外。何があっても店の責任にはならないという誓約書を書かされる意味不明な店だ。

 

 まあ、味だけ保障してくれたら他には何もいらないのでありがたく買って食う。相変わらずの味で良いことだ。子供の頃にはなかったものだ。

 そういうものは多い。店の商品は子供のころから増え続けているし、それを買う人の数も増えた。10年前に一度焼けたとは思えない復興ぶり。

 

 しかも、たった10年で今までを遥かに超えたというのだからまったくもってテスラ様様だ。彼が将軍になってここ中央に入ってから良いこと尽くし。

 景気は良くなって金周りが良くなるし、戦争は今のところこちらが優勢。もう二度と世界が滅びることはないだろうとすら思われるくらいだ。

 

 笑顔で家へと帰る子供たち、主婦に仕事帰りの男たち。そういった光景が日常化したのはいつごろだろうか。それから人々はところどころへ立つ兵隊へと欠かさず感謝とあいさつを忘れないのはいつからだったか。

 それを受けて兵士は、ただ敬礼を返すだけだ。無愛想だと言えばそうだが、別にそれはその兵隊さんが無愛想だというわけではないだろう。

 

 彼らは職務に忠実なのだ。英雄たちと同じ軍服に袖を通している矜持それが彼らの誇りであり、彼らの中でもっとも重視されるものだからである。

 火力文明。黄金の時代。それを支える英雄たち。ならば国民として彼らに恥じないでありたいというのは、至極もっともなことで、当然そうなるように毎日プロパガンダの応酬があるのだからそりゃこうなる。

 

――誇りを持て若人よ、お前たちの輝きこそが国家を支える礎となり国民を照らす光となるのだ。

――来たれ勇者よ、お前たちの参陣を待っている。

 

 そりゃ、英雄に待っていると言われたら男の子ならだれでも一度は憧れるだろ。俺もその口だったからわかる。ま、現実はそんなに甘くもないのだが。

 

「関係ねえか」

 

 そう関係ない。そんな輝かしいものなんて俺にはないのだから。あの背中に憧れた。でも、いざ入口に立ってみると同じ舞台にすら立てないことを思い知らされるのだ。

 やってられないと思うのか、負けられないと奮起するのかは人それぞれだが。俺の場合は、その中間あたり。やってられないけど、それを認めたくもないという意地があったりするわけでして。まあ、ニートやってるわけなんだが。

 

 そんなことを思っている間に、目的地に着く。淡いピンクの火気灯が煌めく歓楽街。耳を澄ませば女の嬌声やらが聞こえるそんなR18のいかがわしいお店がたちならぶ街である。

 こういう場所は首都にたくさん溢れるほどある。この街もテスラ将軍主導でつくられたと聞く。清廉潔白かと思いきやこういうことも平気でやるのだあの人は。

 

 勿論趣味でやってるわけもなくこういうところは犯罪の温床だ。それを防ぐために上で管理したかったのだろう。どうせ抑圧したところで出て来るものは出てくるのだから、大々的にやってしまった方がやりやすい。

 合法賭博の店なんてものもあるから民への娯楽提供ということでもあるだろう。そういうこともあって管理した方が何かと都合がいいのだ。

 

 こういう場所は上方も集まる。政治家様連中も多くここを利用している。ここで発散できない欲はない。ありとあらゆる欲望のはけ口。ここが楽園(エデン)。紳士淑女が一夜の夢を金で買う場所。

 歩く者たちは全員仮面をつけて身元がわからない。わかっても詮索しないここはそういう場所だからこそ、多くの者たちがやってくる。

 

 ベッドの男は口が軽くなる。如何に自分を大きく見せようだとか思ってよけいなことを言ってしまうのだ。女もそれをわかっているから軽く口を滑らせるように誘導する。

 怖い話である。そうやって国家の掃除をする場所。それがここであったりするわけだ。ここの情報で何度も統制局とかが動いているのを知っている。

 

 だから、最近の政治家様たちはクリーンだし、官僚も脱税とかそういったことはしていない。というか、そもそもやろうとも思わないだろう。

 あの10年前の災害を生き残ったものたちは特に。なにせ、あの輝きを見ているからだ。あの時は誰も知らなかった、雷電という凄まじい英雄の輝きを。

 

 そんな英雄がいる場所だ。その威光に畏敬の念があるのならば、不正なんてことはしない。本当、英雄様様だ。それでも汚いことをしようとする輩はいるわけで。

 そういうのの掃除ももちろん誰かがやらなければならないわけだ。そう、誰かが。

 

 俺は、目的地に辿り着いた。娼館シュプラーハ。煌びやかな火気灯が照らす看板がでかでかとある。けばけばしいというほどではなく、過剰というわけではないが妙に目立つ看板だ。それだけに客の入りは良さそうであった。

 中に入れば出迎える支配人の男。夜会服というそれっぽい服装。内装はシックな作りと似合っているが少しばかり残念な部分はある。

 

 相変わらず女の芳醇と言うべき甘過ぎるほどに甘い匂いと男の臭いがまじりあった花街の娼館特有の煙立つような匂いがする。

 空間を満たす桃色の空気は否応なくこの空間にいる全ての人間を蝕む。だからこそ、男も女もこの場に惹かれる。光に群がる蟲のように、集まるのだ。そして、ただ己の欲望のままに金を吐き出していく。

 

 そういう場所だからこそ、ある意味でここは蜘蛛の巣の中とも言える。絡みつく糸は入る者全てを標的とするのだ。

 そういう蜘蛛の糸に絡め取られるかのような感覚はやはり慣れようとしても早々慣れるものではなかった。

 

「いらっしゃいませ。アラン様、いつもの部屋へどうぞ」

「ああ」

 

 鍵を渡され階段を上がる。一段上がる度に自らを組み換えて違うものになる。

 鍵を開けて部屋に入れば迎える蠱惑的な女。絡み付くように抱き付いてきて口付けを交わす。そのままベッドへ。そこではじめて女は口を開く。

 

「今回は獅子を殺す虫のような仕事よ」

 

 彼女こそが俺の上司だった。俺が所属している部隊の上司。軍部からも政府からも独立した提唱者による暗殺部隊。つまりは暗殺者。それが俺の仕事だった。

 

「潜入、そして暗殺」

「そう、我が国の平和と同じように変わらないいつもと同じ仕事よ。詳細はさっき渡したから、次はあなたの経歴。田舎から出稼ぎに来た愛妻家。笑顔の絶えない明るい真面目君。おわかり?」

 

 女の言った言葉を反芻し、

 

「はい!」

 

 明るく笑顔で答える。現時点で合格が出るだろう。この程度の設定ならば問題はない。

 

「よろしい。それと確認だが、君は後ろは使えたよな?」

「ええ、もちろん!」

「良しよし。流石は真面目君だ。私はいつも通り君が狸を取ることを期待して皮を数えて何に使うか考えるとしよう。続きをやるかい?」

「いや、帰らせていただきます!」

「そうかい。頑張りたまえよ私の優秀な部下。鏡のような私の部下。どんな君になることも何も言わんが、それだけは忘れないようにな」

 

 その言葉を背に部屋を出た。

 

「…………」

 

 夜帰り道。どうにもいつもと違う。そりゃそうだ。いつもよりも遥かに早いのだから。そして、だからこそ裏路地へと入る。

 路地を右へ左へ。奥へ奥へ。

 

「久しぶりの潜入だからな」

 

 殺しの方はやってきたが、潜入の方は久しぶりだ。潜入して暗殺。何をするにしてもまずは少しばかりの準備運動だろう。

 大見栄張って動くなんてことはしないが、いざという時の為に動く必要はある。ここ二年そういうことをしてこなかったから、一応の点検作業ということもある。

 

「さて、行きますか」

 

 思考を切り替える。暗く暗く、何も考えない漆黒の精神状態へ。武術の極致明鏡止水などでは断じてなく、これは何もなくす行為だった。

 邪魔なものをそぎ落としていく行為。だからこそ何もなくなり、ただ単純な判断に従える状態を作り上げていく。

 

 ゆえに漆黒。まず最初に教えられる精神統一術の一つ。機械のように精神状態を全て切り離し身体の制御をよりクリアにしていく。

 身体の状態は相変わらず良好。昨日の晩と何も変わらず良好。そう良好だ。ゆえに問題でもある。良好は決して良い状態ではない。

 

 最善の状態に持っていかなければならない。だからこそここへ来たわけだ。

 己の中にある法則を提唱。それにより劇的に身体情報が変わる。数段ギアをあげたような状態。全能感、万能感が襲い来る。それは射精をした時のような快感だ。だが、それらすべて漆黒にのまれて消え失せる。

 

 必要のないものを削ぎ落としてただ待つ。ギアが上がったのは身体能力だけではなく、ありとあらゆるものだ。感覚器官、代謝機能。それらすべて。

 知覚している身体情報は最速で更新され続けている。良好から最善の状態へ。使っていない筋肉が悲鳴を上げて、一瞬で治癒されていく。

 

 普通ならば悲鳴を上げるような激痛をこらえる。これはツケだ。今までサボっていたことへの。提唱者は、その法則の提唱と共にその身体能力が押し上げられる。

 そういう風に作られる。本来の仕様ではない後付けされたものであるが、戦うためには必要なことだった。だからこそ、何度か提唱して自らの身体を慣れさせなければならない。

 

 強化の幅が普段より大きいほど慣れは必要になる。毎日やる必要はなく週に一度発動さえすればそれでいい。こまめにしておけば痛みもない。

 サボればこのざまだ。溜まった更新のツケを全力で支払っている。全身がばきばきと嫌な音を立てていた。だが、そのたびに充足感が脳内を駆け巡る。それがなくなれば更新は終わりで馴染んだということになるわけだ。

 

「ふぅ、終わったか」

 

 充足感の連続が終わる。身体が軽い。軽く腕や手足を振るう。問題はない。更新は終了した。これで身体は最善。精神の調律も問題はない。

 

「さて、帰るか」

 

 思考を戻しながら、

 

「さて、なんて言うかね」

 

 ティへの言い訳を考える。数日家を空ける。久しぶりの事だ。少なくともここ二年間はなかった。だから、どういったものか。

 

「まっ、どうとでもなるか」

 

 とりあえず、真っ直ぐに帰る。この時間ならばティは家に帰っている頃だ。火気が付いている。大家に見つからないように部屋に行く。

 普段は軋む廊下も今は、足音すら立たない。だからこそ大家にすら見つからずに部屋まで辿り着けた。やろうと思えば音もなく部屋に入ることもできるが、そうはせず、

 

「うーっす、帰ったぞ」

 

 声を出しながら入る。

 

「あれ? はやいね」

「おう、今日はな。キャシーちゃんがいなくてたたなかったわ」

「もう!」

「おっと、わりいわりぃ」

 

 切りだすならここだと思った。

 

「ああ、そうそう。俺、しばらく留守にするから」

「え?」

「仕事だよ、仕事」

 

 キスをした際に歯の奥に押し込まれていた詳細レポートと清掃員として採用するという採用通知。その片方を見せる。

 

「ほれ」

「うそ、アラン君が、仕事するなんて」

「ふっふっふ、この俺が、いつまでも10歳児に養われているだけの屑だと思っていたのか」

「うん」

 

――ぐさっ

 

「そこは、ほら、嘘でもいいから否定してくれよ」

「でも、どうしたのいきなり」

「……ああ、金が欲しくてな」

「お小遣いなら言ってくれたらあげたのに」

「それじゃ足りないんだ。大金がいるんだ。キャシーちゃんに、流行のネックレスを買うためにな!」

「…………」

 

 あ、呆れられたわ。

 

「はあ、期待したわたしが馬鹿だった。でも、うん、なんにせよアラン君が働く気になったのならいっか。いつからなの?」

「明日」

「そっか、明日? 明日ああ!?」

「おう」

「急すぎるよ」

「俺は、思い立ったら行動する男だ。だから、ここで自慰をやろうと思ったらお前がいようともやるわ」

「それだけはやめて」

 

 あ、ガチで嫌そう。

 

「まあ、冗談として割が良いのがそれくらいでな。ま、だからしばらく留守にする。困ったときは大家を頼りな」

「わかった……じゃ、じゃあさ。今日くらいは、さ、一緒に寝ていい?」

「おーう、いいぞ。で、飯は?」

「もうすぐっ!」

 

 何やら嬉しそうなティが運んでくる食事。温かなごはん。しばらくお別れだ。それを味わい、片付けて久しぶりのベッドでの就寝。

 ぬくいゆたんぽもあれば眠りやすい。そして、俺は、朝一で部屋を出た――。

 

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