真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~   作:クーロン

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実は、今まで明確な残酷表現は避けてきました。
でも、今回だけは避けれませんッッ

範馬勇次郎vs恋!  解説は本部以蔵でお送りします。

そして、今回で、なろうやアットノベルでやってた頃のストックがなくなりました。今後の更新ペースは、5日~7日を目指して頑張っていきます


鬼対鬼神

 泗水関は陥落した。

 刃牙が華雄を秒殺で沈めた後、そのまま連合軍が泗水関に流れ込んだのだ。

 初戦はあまりに簡単に、あまりにあっけない幕切れだった。

 連合軍の士気は高く、董卓軍をなめきっていた。

 ――董卓軍など相手にならん。

 そう、高をくくっていた。

 

   壱

 

 連合軍は泗水関に一時駐屯することにした。

 董卓軍の奇襲を警戒したからだ。

 だが、現実にはすべての軍は入りきれず、劉備、孫策、劉璋、曹操の軍は野営をしくことになった。

 

「ストライダムさん。野営の準備が出来ていますが、もう寝ないのですか?」

「アア、マダイイ。私ハ、チョット夜風二アタッテカラ寝ルゼ」

「分かりました。では、私はこれで……」

「good night 紫苑」

「確か……その言葉の意味は“おやすみ”でしたね。おやすみなさい、ストライダムさん」

 

 紫苑はそう言い、自分の陣の天幕に戻った。

 雲一つない月夜だった。満月が出ており、周囲を見るのはたやすい。

 陣地に青い朧色の月光が注いでいる。

 雨は降らず、虫の声もなく、フクロウの鳴き声もなく、不気味なほどに静かだ。

 わずかにストライダムの背後に風が吹いた。

 

「……考え過ぎか」

 

 ストライダムがそう呟き、自分の天幕に戻ろうとした時だ。

 

 ズチャ……

 

 何者かの足音が、背後から聞こえた。

 

 ズチャリ……ズチャリ……

 

 ストライダムは唾を飲んだ。

 その音も、不気味に響いた。

 足音は、真っ直ぐにストライダムの所へと向かってくる。

 

「元気そうじゃねえか、ストライダムッ」

 

 聞き覚えのある声だった。

 ストライダムにとって、聞き覚えのある声だった。いや、ここにいる格闘士全員が知っている声だ。

 ストライダムはゆっくりと後ろを振り返った。

 

「いっ……居たのか、勇次郎(オーガ)……ッッッ」

 

 黒い拳法着を着た男だった。

 肌は褐色。悪魔的風貌をしており、髪が逆立っている。

 軍人を前に(オーガ)は笑っていた。

 

「ストライダムよ。次の連合軍の行先、董卓軍と激突する詳しい場所――教えてもらうぜ」

「……それを聞いてどうするつもりだ、勇次郎よ」

「昔の奴相手に、ちいっと暴れようと思ってな」

 

 ニィ……と歪んだ鬼の唇から、白い牙のような歯が見えた。

 

   弐

 

 一晩明け、連合軍は次の関に向かった。

 次の関は虎牢関。

 そこには陳宮、そして、鬼神と謳われる呂布、神速と謳われる張遼が立てこもっていた。

 関には呂、張、陳の旗がはためいている。

 静かだ。

 嵐の前の静けさであった。

 

 ズチャ……

 

 ズチャリ……ズチャリ……

 

 一人分の足音が、その静寂を斬った。

 

   参

 

「虎牢関では天下無双といわれる呂布さんに、先の戦で姿を見せなかった張遼さんがいると思われます。連合軍は、袁紹さんの軍と曹操さんの軍が先頭ですが、どうなるか……」

「張遼か……私も旅先でその名を何度も聞いたが、どれも張遼を称えるものだった」

「そこに呂布さんか……不安だね」

 

 桃香の陣営では、朱里が中心となり、軽い軍議が開かれていた。

 そこで、今後の策を話し合っていた。

 

「烈さん、呂布さんについて詳しく知っていますか?」

 

 朱里が言った。

 その目は烈海王を見ている。

 

「ええ。天下無双の武をもつ人間となら。愛紗、鈴々、星が一人で当たっても厳しいでしょう」

「それだけか? もっと具体的な話はできんか?」

「性格、人間性はなんとも……。私の知っている関羽と愛紗が違うようにです」

「そうか……」

「完全に分からない相手ってことか。でも……」

 

 刃牙がそう言うと、全員の目が刃牙に向いた。

 

「みんな、初対決は、初めてじゃあないよね」

 

 刃牙が静かにそう言うと、全員が頷いた。

 

「そうなのだ! 今から不安に思っても、何も変わらないのだ!」

「うん……! 分かった。じゃあ、行こう! 私達もそろそろ進軍しなきゃ」

『はっ!』

 

 劉備軍は歩み出した。

 この戦の先に、自分達が目指すものがあると信じて。

 

   肆

 

 虎牢関は異様な雰囲気に包まれていた。

 呂、張、陳の旗が城外にはためき、その旗には鋭気が満ちていた。

 “守るのであれば、関を頼るのが有利なのに、それを放棄した”――この事実が、異様な雰囲気を作り出しているのである。

 連合軍の各軍は、董卓軍が本陣に突撃した後に撤退するつもりだとあたりをつけた。

 銅鑼が鳴る。董卓軍の銅鑼であった。

 その音と同時に、軍馬はいななき、兵は怒号をあげて突撃してきた。

 三国志で有名な虎牢関の戦いの開戦であった。

 その瞬間を、鬼は崖から眺めていた。

 

「やっとおっ始めやがったか」

 

 鬼はそう呟き、まるで我が家の階段を下るかのように、崖から飛び降りた。

 

   伍

 

「袁紹の所まで、一気に突っ込むのですぞ!」

「遅れるヤツは老いていくで!」

「…………このまま、真っ直ぐ」

 

 董卓軍の士気は高い。

 地を揺らすほどの大声をあげ、突撃してくる。

 その中で、呂布の働きは目覚ましいものだった。

 雑兵、敵将をものともせず、まっすぐ連合軍の本陣を目指してきた。

 

「呂布を本陣に近づけるな! 秋蘭! 董卓軍に斉射!」

「祭! こっちも弓で足止めするわよ!」

「朱里ちゃん! 弓隊は!?」

 

 連合軍は弓隊で足止めし、そして敵将にあたる策に出た。

 矢が空を覆い、戦場に暗い影が出来る。

 だが、董卓軍は止まらなかった。

 

「はよ突っ込むで! 乱戦になれば、弓は使えん!」

『オオオオオオオッッ!!』

 

 張遼の指揮を受け、騎馬隊の速度が増す。

 その時だった。

 

『ウワァァァアッッ!』

 

 軍馬が、何故か急に暴れ出したのだ。何者かに怯えるようであった。

 上に乗っている人を、無理やりに振り落とし、逃げ出そうとする。

 

「なんやこれ! 急にウチの馬も暴れよった!」

「まずいのです! このままでは、敵の的になるだけなのです!」

「……ちんきゅ、だいじょぶ。…………向こうもオカシイ」

 

 呂布にそう言われ、陳宮は連合軍を見た。

 連合軍も同様に、異常事態が起きていた。

 

「がぁぁああッッ!」

「貴様等! 何、味方同士で殴り合っている! おい、自分を殴るなっ!」

「そこ! 弓を落とすでないわァ!」

「す……すいません……でも……寒気がして……指が……」

 

 異常であった。

 秋蘭の部隊では、味方であるはずの弓隊同士が殴り合っていた。中には、自分自身を殴るものもいた。

 祭の部隊では、兵が弓を取りこぼし、震えていた。

 気が付けば、虎牢関は混沌に包まれた戦場となっていた。

 

   陸

 

 ズチャ……

 ズチャ…………

 ズチャ………………

 ズチャリ。

 

   漆

 

「来やがったぜェ……」

「何……あの男……」

 

 独歩は腕を組んだ。

 華琳は戦場に現れた、拳法着の男に息をのんだ。

 

「克巳さん、あの人を知っているのですか?」

「知っているも何も……ッッ」

 

 凪は克巳に聞いた。

 克巳は、悪魔的風貌の男を見据え、冷や汗を流しながら答えた。

 

「道理で難儀したわけじゃ……こんな化けモンがおったのでは」

「お爺ちゃん……」

 

 渋川は、フルマラソンを走ってきたかのように汗だくになっていた。

 雪蓮は渋川を支え、化物と言われた怒髪の男を見た。

 

「久しぶりじゃねえか。また中国で会うなんてな」

「オリバの知り合いか? あの男は……」

「ああ。そうだぜ冥琳」

 

 冥琳が聞くと、オリバはニィ……と笑顔を見せた。

 

「来ヤガッタゼ……ッッ」

「ジャックさん! 輿が揺れてますわ!」

 

 袁紹はジャックに文句を言った。

 

「刃牙さん、本当に……ッッ」

「ああ……」

「え!? 刃牙くん、烈さん、あの人知ってるの!?」

 

 烈海王は桃香の問いに、軽く頷いた。

 その男を見る烈海王の目は鋭い。

 

「通称オーガ。名を――範馬勇次郎」

「俺の……親父だ」

「うそ……っ」

 

   捌

 

 範馬勇次郎は呂布を見た。

 呂布は範馬勇次郎を見た。

 

「貴様が――呂布か」

「……そう。お前は?」

「範馬勇次郎だ」

 

 ニィタァ~と、鬼の唇が歪んだ。

 唇の隙間から白い歯が覗いて見えた。

 鬼の笑みであった。

 その笑みを見た瞬間、呂布は刃物で貫かれるような殺気を感じた。

 

「邪ッッッ!」

「っ!」

 

 左のハイキックが、呂布の眼前に迫ろうとしていた。

 呂布は方天画戟の柄で辛うじて防いだ。

 流れた勇次郎のハイキックは、そのまま呂布が乗っていた馬の頭を叩いた。

 呂布は馬から飛び降りた。

 蹴られた馬は一瞬で首が切れた。馬は明らかに一撃でこと切れた。

 呂布は右足から地に着き、戟の切っ先を勇次郎に向けた。

 

「…………っ!」

「イ~イ芳香(におい)がしやがる……。強者のみが発する芳香だ」

 

 勇次郎の表情は喜色に満ちていた。

 強者と闘える、という期待に満ちた笑みであった。

 呂布も軽く笑みを浮かべた。身体中の細胞が、ぶちぶちと泡立つような感覚があった。

 何の準備か? 無論、闘いの準備だ。

 

「恋! アカン! ソイツはアカンで! ウチが前に言うたヤツや!」

「……霞。恋は、コイツと闘う。……ねね。霞を助けて」

「わ……分かったのですっ!」

 

 呂布がそう言うと、張遼はもう何も言わなくなった。

 呂布の血が、細胞の温度が一気に沸点まで上昇していく。

 戟を握っている手に、地に着いている指先までにも力が入る。

 いきなり――

 勇次郎が動いた。

 確かに呂布の視界にあったはずの、勇次郎の右足が消えていた。

 刹那――

 衝撃が疾った。

 勇次郎の蹴りが、吸い込まれるように、呂布の腹へと向かっていた。

 呂布は戟の柄で受けた。

 それでも受けきれずに、身体ごと飛んで行った。

 浮いていたのは、一秒の半分にも満たない時間だったが、呂布は十数メートル飛んでいた。

 浮いていた一瞬は、呂布にとって永遠のようにも感じられただろう。

 だが、呂布は事も無げに、右足からフワリと着地した。

 着地と同時に、何か、凄まじいものが呂布の体内を駆け抜けた。

 それだけではない。

 呂布の中で、様々な感情が龍のように暴れた。

 歓喜に期待。そして、闘いで初めて感じる緊張と恐怖。

 

「…………楽しい」

 

 それら、全部をひっくるめて呂布は笑った。

 軽く、口角を吊り上げた笑みであった。

 

「エフッ……エフッ……アハッ! ハハハハハハ!」

 

 勇次郎は笑った。

 かつて、郭海皇と闘った時に見せた笑みだった。

 口を大きく開け、顔面と首に血管が浮かんでいる。

 

「始めるか……」

 

 そう言い、勇次郎は足を開き、両腕を肩の高さまでに上げた。

 互いの軍には、最早動きは無く、ただ――二人の闘いを見守るのみ。

 もう、横槍などは無い。

 間違いなく、今、始まったのだ。

 三国時代を代表する無双の力対現代を代表する究極の力の対決が!

 

   玖

 

「あ……ありゃあ、勇次郎の本気の型じゃねぇかッッ!」

「本部はアイツの事知ってんのか!?」

 

 馬超は驚愕したような表情で聞いた。

 本部は険しい顔をして答えた。

 

「ああ……ワシは二度、勇次郎とやり合ったことがある。一度目は完敗。二度目は公園で挑んだが……」

「敗けたの?」

 

 馬岱は本部に対し、興味ありげに聞いた。

 

「その通り。……その後の闘いで、ヤツは愚地独歩の右目を奪い、心の臓を拳で殴って止めた。そして、勇次郎はあの時より成長しとる。今じゃあ、向こうでは、その息子の刃牙とジャックを除き、挑もうとする人間はいねェ」

 

 馬超と馬岱は息をのんだ。

 本部の言い方には、不思議な凄みがあった。

 

「二人ともこの闘いをよく見とくが良い。結果がどうなれ、損はせんワ」

「お……おお」

 

 本部に馬超と馬岱は再び、両軍の中央の闘いに、その眼をむけた。

 

「呂布……分かっているのかッッ 今、お前の前にいる男が、一体どんな男なのか……ッッッ」

 

 呂布は、勇次郎相手に笑みを見せていた。

 勇次郎は、呂布相手に笑みを見せていた。

 二人は向かい合っていた。

 その間に、否、二人には磁場のようなものが出来ていた。

 見えない、場。

 透明で力を持った、場。

 人が入ることを、許さぬ空間だ。

 だが――勇次郎は、そこに無造作に踏み入った。

 

「っ!」

 

 瞬間、呂布は戟で突いてきた。

 空気を切り裂くような音が聞こえ、速く、鋭く、美しく、凶悪な威力を持った突きであった。

 普通なら、この一撃で決まるであろう。

 例え、関羽でも。夏候惇でも。孫策でも。

 だが相手は――オーガ、範馬勇次郎ッッッッ

 

「愚か者がァッッッ」

 

 呂布の戟は、空を貫いた。

 それと同時に、凄まじい音が聞こえた。空気を潰すような音だ。

 踵落としであった。

 呂布は空気が焦げるような臭いを感じた。

 実際、どこも焦げていないが、そんな臭いを本能的に感じてしまう程の一撃であった。

 空気を叩き潰すような音が聞こえ、速く、鋭く、美しく、凶悪な威力を持った踵落としであった。

 呂布は左手で踵を受けた。

 が、抑えきれない。

 勇次郎の踵が、呂布の左手を巻き込んでいく。

 

 みじりっ

 

 そんな、嫌な音が呂布の顔から聞こえた。

 呂布がとんっ、と下がり、再び二人の間に磁場が出来た。

 呂布の鼻からは、つつつ、と一本だけ細長く血が流れていた。

 流れる血を、呂布はペロっと一舐めした。

 鉄の味がした。それと同時に、呂布の背中を、ぞくりぞくりと衝撃が走った。

 突如、その衝撃が爆発し、脳天から爪先にまで広がった。

 

「はぁぁあっ!」

 

 爆発した瞬間、呂布は、先まで無口だったのが嘘だったかのように叫んだ。

 はじかれたように、呂布は走りだした。

 それと同時に、銀と黒が混じった色の金属光が、勇次郎の胸に向かった。

 勇次郎の拳法着が切れ、厚い胸板に、一筋の赤い線が出来る。

 勇次郎が胸の線をなでると、赤く熱い血がが指についた。

 

「なんてヤツ等だ……ッッ 完全に動きが消えてやがるッッッ」

 

 本部は驚嘆していた。

 

「確かに見えないけど……」

「蒲公英よ、そういうことじゃあねえ。抜刀術では、動きが消えることを理想とする。その動きってのは、攻撃の起こりや、気配のことだ。それが出来る奴を達人って言うが、それを実戦で使用するってのは、更に上の技量を求められる。あの女も……底が見えねえッッ」

 

 二人とも、明らかにヤル気ではあるが、本気ではなかった。

 それでも、大半の人間が、着いて行くことの出来ない闘いとなっていた。

 

「女とおもっていたが……中々面白ェ。切り傷なんざ、何年振りか。あと半歩踏み込まれていりゃ、大けがだった」

「……見た目通り、強い……」

 

 三国時代を代表する鬼神は、もう一度流れる血を舐め、笑みをみせた。

 現代を代表する鬼は、胸に流れる血を気にもせず、笑みを見せた。

 

「来いよ。地上最強は目の前だぜ、呂布ッッ」

「……地上最強は、お前じゃない。あと……恋でいい」

 

 二人とも、同時に笑みをうかべた。

 闘いを楽しむ、鬼の笑みであった。

 

   拾

 

 闘いに、飽き飽きしていた。

 辟易していた。

 退屈で……退屈で……。

 だが今、恋の血はわき立っていた。

 肉が喜んでいた。

 全身が煮えたぎっていた。

 

 ――今まで、本気でやれなかった。

 

 彼女は、今まで本気を出せたことがなかった。

 本気を出したら、仲間でも殺してしまう。華雄でも張遼でも。

 

 ――鍛錬では、殺しちゃいけない。だから、本気じゃダメ。

 

 なら、戦場は? 戦場なら!?

 相手がいない。

 持っている戟を振ったら、勝手に死んでしまっている。

 気が付けば、首が飛んでいる。胸から血を流している。倒れている。

 誰でも。なんでも。何人でも。

 

 ――だけど……

 

 目の前の男は、立っている。

 それどころか、打ち返してくる! 自分を遠慮なく、殺そうと殴ってくる! 叩いてくる! 蹴ってくる!

 

 ――こんな人……いなかった!

 

 自分に素手でかかってくる人間も! こんなに恐い人間も! こんなに強い人間も!

 恋は勇次郎が、本当に人間なのかとも思った。

 気が付けば、恋は勇次郎に対して、不思議な信頼感を持っていた。

 何をやっていい。どこを狙ってもいい。全力をだしていい!

 そんな、真名を預けてもいいと思えるほど純粋で、何よりも、凶暴な信頼感だった。

 

 ――もう、人間じゃなくてもいい。勇次郎が人間じゃあなくてもいい。そんなこと……どうでもいい。……この闘いを、楽しみたい。

 

 恋はそう思い、戟を振るった。

 戟を振るうと、いつもと同じように血が流れる。

 だが、たった一つ違うこともあった。違うのは、恋の血も流れるということだ。

 武器での攻めをかいくぐり、勇次郎は恋に拳を、蹴りを浴びせた。

 恋も浴びせられるだけではない。

 必死で戟を振った。

 より速く、鋭く、破壊力を持った一撃になるよう。

 妖しく美しい一撃だった。陽光を浴びてキラキラと輝く銀に、血を吸った深紅が混じり合っていた。

 その一撃が、勇次郎の肉を切り裂いた。

 切り裂いた瞬間、恋はぞくりとするものを感じた。

 二つ斬ると、ぞくりぞくりと二つ分感じる。

 初めて感じる感情であった。

 恋は一瞬だけ、その感情に戸惑ったが、もう、どうでもよくなってしまった。

 全身を委ねてしまいたくなった。その感情に。

 

 ――敗けたくない……。勝ちたい……。勝ちたい。勝ちたい! 勝ちたいっ!!

 

「あああああああああああああっ!!」

 

 恋は、吼えた。

 

   拾壱

 

「あああああああああああああっ!!」

「れ……恋……ど……の……」

 

 陳宮は戸惑いと動揺を隠せなかった。

 恋が、このように吼えるのを初めて見たからだ。

 

「狂いやがったか、恋ッッッ」

 

 勇次郎は恋を見て、心底楽しそうに言った。

 恋の目は鋭くなり、顔に笑みが張り付いた。

 夜叉を彷彿とさせるような笑みであった。

 

「おい、本部……呂布(アイツ)、様子がおかしいぞ!」

「狂いおったからな……ッッ そして、狂った人間というのは、強い。そして、狂うための稽古も存在する。馬鹿なことや、理屈に合わねえ稽古……例えば、寒稽古や滝行ってのは、精神力を鍛えるだけじゃねえ。狂うための稽古だ。狂うって、単純に言っちまえば楽だが、これが難しい。ただ狂っただけじゃあ、スグに敗けるからなぁ……」

 

 こっからが見ものだ。本部はそう言った。

 

   拾弐

 

 恋はもう、自分が何を考えているのか、分からなかった。

 ただ一つ分かるのは、苦しさが消えたことだ。

 苦しくなかった。息は切れていない。動きに濁りや澱みが、全くない。

 恋はただ、恍惚を感じていた。

 勇次郎の肉を切った瞬間に快感を感じた。その快感で、脳が痺れる。

 勇次郎の血の色が、この上ない極彩色に見えた。

 勇次郎の肉を叩く音が、切る音が、天界の音楽の音に聞こえた。

 彼女の肢体に歓喜が満ちて行く……。

 

   拾参

 

 恋の動きが鋭くなった。

 的確に急所を狙い、勇次郎の攻めは受け流す。

 勇次郎は強烈な笑みを浮かべた。

 

「ハハハハハハッッッ! やるじゃねえか天下無双ッッッ! ここまで、楽しませてくれるとは思ってなかった……ッ 褒美だ……見せてやるぜッッッ」

 

 勇次郎が着ていた拳法着が、背中から爆ぜる音がした。

 さっきまで勇次郎の肉体を包んでいた拳法着はズタズタになり、地面に落ちていく。

 

「勇次郎ォ……ッッ! 終わらせる気かァッッ」

 

 素手で敵を屠る戦闘行為を積み重ねる内に、勇次郎の背には鬼が住み着いていた。

 武将も兵も軍師ですらが、その背に息をのんだ。

 明らかに、筋肉の形態(かたち)が他者と違った。

 解禁されたのだ。勇次郎が(オーガ)と呼ばれるその理由(ゆえん)がッッッ

 

「な……なんだ、アイツッッ」

「はひいぃ~~人間じゃねえ……」

 

 兵は困惑、恐怖の声をあげた。

 将、軍師、君主は何も言わなかった。否、何も言えなかった。

 

「鬼のツラだぁァ~~~ッッ!」

 

 背中に現れたのは鬼の顔。

 範馬勇次郎の鬼の形相(めん)ッッッ

 

   拾肆

 

 もう、何度目だろうか。

 恋は全身がぞくりとした。闘いで、初めて死を意識したのだ。

 初めて、自分が殺されるということを意識した。

 それでも、恍惚を感じていた。

 頭はそれだけのために機能していた。考えてなどいない。

 考えるのは、肉体の役目だ。

 肉体が脳に戦えと命じ、肉体の動きそのものが思考となっていた。

 

   拾伍

 

 戟の鋭さが、増した。

 たまらない女だった。

 勇次郎は、朱沢江珠のことを一瞬だけ思い出した。

 自分に向かってきた女の事を思い出した。

『勇次郎ォォォッッッ あたしが相手だッッッ』

 一瞬だけだったが、恋の表情(かお)は、朱沢江珠がそう言った時の表情によく似ていた。

 

   拾陸

 

 強烈で、凄まじい闘いであった。

 恋という形の力と、範馬勇次郎という力がぶつかり合う闘いだ。

 凄惨な光景であったが、それを美しく感じる人間もいた。

 恋の顔は血塗れになっていた。

 勇次郎の連撃により、頭から、眼尻から、鼻から、口からも血が流れ、白い歯は真っ赤に染まっていた。

 勇次郎の攻めにより、肉が裂かれた。既に、服は真っ赤に染まっていた。

 勇次郎の体は赤くなっていた。

 戟の打撃や、斬撃によるものだった。

 褐色の筋肉が、ところどころ内出血している。

 

「ぜぇ……はっはっはっ……」

「息切れしてるじゃねえか。もう、十分だろ」

 

 勇次郎がそう言った途端だった。

 

「やぁあああっ!」

 

 方天画戟が、勇次郎の頭を唐竹割りにするかのように、真上から振り落とされた。

 だが、そこに勇次郎の頭はない。

 もっと下だ。

 恋は、追いかけるように振り落とした。

 それでも追い付かない。

 否、勇次郎の頭が無い。もう、地面が見えている。

 ――あ……

 恋は気付いた。

 頭上に迫る踵。殺気。恐怖。死。

 一瞬が、永遠のようにも感じた。それは――覚悟の瞬間(とき)

 ぞくりとする刹那があった。次に……

 

 ごりっ

 

 とも、

 

 めかっ

 

 ともいう音が、聞こえたような気がした。

 

「斬撃に……ッッ 胴廻し回転蹴りで、クロスカウンターをとりおったかッッッ」

 

 眼球が裏返り、恋は顔から地に伏せた。地に伏せ、全身が不気味に痙攣していた。

 丁度、恋の顔の下から、のろり、と血が這い出してきた。

 

   拾捌

 

 もう……疲れた。

 ……身体が、痛い……

 ……眠い。お腹もすいた。

 もういい……このまま寝たい……。

 

「        !!」

「      っ!」

 

 ……うるさい。

 もう、眠たいから……静かにして……

 

「恋殿ォ~~! 立ってください!! 死んじゃイヤですっ! 恋殿~~~~っっ!!」

「恋! 死ぬな! 死ぬんやない!」

 

 ねね……? 霞……?

 なんで……。

 ……なんとなく、分かった。

 ……恋は背負ってる。何か、大きいものを。

 

()めぇか……」

 

 ……男の人の声が聞こえた。

 ……思い出した。恋は、闘っていた。

 ……足音が聞こえる。遠くに去ってしまう足音が。

 行っちゃヤダ。まだやりたい。

 まだ……まだ……

 

   拾玖

 

 ジャリっ

 

 そんな音が、恋からした。

 勇次郎は、その音を聞き、振り返った。

 恋は戟を片手に、よろりと立ち上がった。

 

「……きいた」

 

 恋は、勇次郎に凄まじい笑みを見せた。

 真っ赤に染まった、深紅の笑みであった。

 くるりと、恋の眼球が裏返り、そしてまた赤い色をした目が戻ってきた。

 

「……あと一回……あと一回なら……出来る」

 

 うん、

 うん、

 恋は自分の言葉にうなずいた。

 

「……動けるから……やる。やりたい」

 

 そう言い、恋は勇次郎に戟の切っ先を向けた。

 

「頭蓋骨骨折及び、脳挫傷。鼻骨骨折。頚椎捻挫。肋骨、骨折6か所。全身、余す所なく、皮下出血。脳、および内臓……」

 

 勇次郎は恋の体を見て、淡々と言った。

 

「まだやらせてくれるのか……感謝ッッッ」

 

 勇次郎の両腕が上がっていく。

 それと同時に、鬼の顔が変わっていく。

 

「これは……泣き顔のような……ッッッ」

 

 背中の鬼が哭いている。

 この闘いを、この好敵手との別れを、哀しむかのように。

 

「あああああああああああああああああああああああああああっっ!!」

 

 恋は吼えた。

 吼えながら、勇次郎に向かって(はし)った。

 全てを燃やして放つ一撃である。

 髪の毛一本にある体力、脳のシワを作っている体力、これからの寿命を紡いでいく体力。

 全てを燃やし、放つ一撃だ。

 フェイントもない真っ直ぐな一撃だ。

 恋の人生、背負っているもの、奪ったもの、守っているもの、全てがのった一撃。

 今までで、一番強く、鋭く、速く、美しく、雄弁な一撃……。

 ここにいる全員が、見惚れるような一撃であった。

 ここにいる全員が、その人間の本質を知るような一撃であった。

 だが、相手は範馬勇次郎だ。範馬勇次郎なのだ。

 その一撃は――鬼の反射神経に――凌駕された。

 

 ぱんッッ

 

 哭いた鬼の一撃だった。別れを告げるような一撃だった。

 勇次郎の両手が、恋の両耳を打った。

 そして、恋の一撃は、勇次郎の心臓に刺さらずに、とまった。

 恋の眼球から、光がなくなっていく。

 勇次郎が両手を放すと、恋の両耳から、ずぶずぶと血が流れ出した。

 勇次郎の拳は止まらない。

 再び、背の鬼が歪んでいく。鬼の(かお)が哭き顔になっていく。

 己の力、全てを使い、放たれる一撃が――恋の胸に――吸い込まれて……。

 

 形容できない音であった。

 

 武器、骨、肉、魂、全てを根こそぎ破壊するような――

 そんな音が、戦場に響いた。




この回を最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
ぶっちゃけ、今回の表現は大丈夫でしょうか?
恋姫キャラにここまでやらせる小説なんてそうないので、ドン引きした方も多いと思います。

これはやり過ぎだ、と思った方はお知らせください。多分、これ以上ヒドイことにはならないと思いますが…
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