真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~   作:クーロン

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さぁ、いよいよあのお方が闘いますッッ
皆さんのご期待に応えられるよう、精一杯頑張りました! それではっ!


侠客立ち

 巨凶、範馬勇次郎が去った後の連合軍は、悲惨の一言で言い表せた。

 勇次郎により、軍の中心であった猛将は打ちのめされ、敵軍の将も叩きのめされ、更には数で覆せない差と大きな恐怖を感じさせられたのだ。

 もう、正気ではいられない。

 この世のものとは思えない力を、目の当たりにしたのだから。

 それでも、彼らは進まねばならなかった。

 連合軍の方針が、一刻も早く洛陽に入るとなった以上、彼らは進まねばならなかった。

 せめて、これ以上の事態が起こらぬことを願い――

 

   壱

 

 怪我人を集めた天幕の近くで、烈海王は調理の準備をしていた。

 石を集めてかまどを造り、適当な机を持ってきて、その上にまな板を置き、包丁をその上に置いた。

 そして、まとめて食材を置いてから、傍らにいる少女に話しかけた。

 

「雛里、わたしが言った薬草は用意できているか?」

「えっと……確か、これで全部のハズです……」

「……驚いたぞ。本当に全部用意できたのか」

「はい。朱里ちゃんも、手伝ってくれましたから。これで……十分ですか?」

「ああ。必要な薬草は全部あるだろう、とは思っていた。だが正直な話、本当に全部を手に入れることが出来る、とは思っていなかったぞ」

 

 烈海王はそう言い、包丁を片手に、まな板に眼をむけた。

 

「烈さんは、何を作ろうとしているんですか?」

「少林寺に伝わる回復料理だ。雛里と朱里が持ってきてくれた薬草を調理して作る」

「料理、出来るのですか?」

 

 雛里は意外そうな顔をして聞いた。

 

「白林寺に入門したての時は、よく雑用をさせられたものだ」

 

 烈海王は、懐かしそうに言った。

 その間にも、手際よく薬草は刻まれていく。

 雛里は烈海王の手を見ていたが、何か手伝えることはないかと思い、口を開いた。

 

「烈さん、何か手伝えることは……?」

「いや、わたし一人で問題ない。雛里は、怪我人の状態を看ている朱里を手伝ってやってくれ」

「わかりました。じゃあ……料理が出来たら、教えてください。運ぶのは手伝いますから」

「だが、十数人分だ。重いぞ」

「構いません。朱里ちゃんにも、手伝ってもらいますから」

 

 雛里はそう言い、怪我人達が寝ている天幕へと歩いて行った。

 烈海王の調理は手際よく進んでいく。

 薬草はものによっては煮込まれ、ものによっては炒められている。

 更に、大豆や肉といったタンパク質も加えられていく。

 そして、完成に近づいた頃に、二人組が烈海王の元に近づいてきた。

 怪我人の容体を看ていた朱里と、その手伝いに行った雛里であった。

 

「烈さん、もうできましたか?」

「あと少し、といったところだ」

「本当に料理出来るんですね……」

「意外だったか?」

「そういう訳ではないですっ! 何と言うか、そういう印象がなかったので……」

 

 慌てて言う朱里を見て、烈海王はクスリと笑った。

 

「はわわわわっ! なんで笑うんですかぁ~」

「いや……どうも、微笑ましいと思ってな」

 

 そう言いながらも、烈海王の手は止まらない。

 中華鍋の中身を、用意された十三枚の皿に移していく。

 移しきったら、今度はスープをかき混ぜはじめた。

 

「これが……烈さんの言ってた回復料理ですか? 始めて見ます……」

「雛里は、こういうものを作ったことはないのか?」

「朱里ちゃんはお菓子作りが得意なので、それを手伝ったりしたことなら……」

「雛里ちゃん!? わたしは全然……!」

「菓子か……わたしは作ったことがないな」

 

 烈海王は既に、スープを椀ごとに盛り分けていた。

 それを全ての椀に盛って、二人に話しかけた。

 

「これで出来た。品数は足りないが、薬草は十分だ」

「本当に上手ですね……」

「ウマくはないぞ」

 

 烈海王はそう言い、皿を持って天幕に向かった。

 朱里と雛里も、残った皿を持って烈海王の後について行った。

 

   弐

 

 華琳の陣営――そこで、愚地克巳と凪が向かい合っていた。

 そして、その近くでは沙和と真桜がそれを見ていた。

 

「凪。俺が相手でいいのか? 親父も今なら、ヒマしてると思うぜ」

「いえ、克巳さんの空手も、十分参考になります。それに、独歩殿は今、お見舞いに行ってますから」

「わかった。じゃあ……」

 

 克巳は沙和と真桜に目配せした。

 そして、再び視線を凪に戻すと、一呼吸を入れた後に、真桜が開始の合図をだした。

 

「始めやっ!」

 

 真桜がそう言うと同時に、克巳から太い息が吐かれた。

 コォォォォ、という空手の息吹であった。

 それと同時に、凪は真っ直ぐ前に出て来た。

 迷いなく、そして最短距離で克巳に向かって近づいてきた。

 ――どうくるッッ!?

 克巳がそう思うと同時に、凪の右足が地面から跳ね上がった。

 胴を薙ぐように蹴る、中段蹴りだ。

 克巳はそれを左腕で受けた。

 ビリビリとした衝撃が左腕に走る。

 更に凪は畳み掛けるように、左手の手刀を克巳の首筋へと打ち下ろした。

 だが、克巳は頭を下げた。頭を下げて避けた。

 頭は凪の胸、腹の前を通っていく。

 頭が地面スレスレの高さまで落ちて行ったところで、克巳は両手を地面についた。

 さらに地面についた両手と左足を軸に、右足で凪の左足を刈るように、地面の雑草を刈り取るように脚を廻した。

 凪はバランスが崩れ、全身が宙に浮いた。

 

「くぅ……っ!」

 

 凪は一瞬だけうめき声をあげたが、すぐに空中で頭を振って、その反動で体勢を持ち直した。

 同時に、長くしなやかな足が天高く伸びて行った。

 踵の位置が、立ち上がった克巳の頭より高くなっていく。

 

「はぁっ!」

 

 凪が短く、呼気を吐いた。

 それと同時に風切り音をあげて、左足が振り下ろされていく。

 体重が乗った、まさかりのような一撃だ。

 克巳は両腕をクロスさせてその蹴りを受けた。

 否、受けるだけではない。

 受けた瞬間に右手で、凪の左足首を掴んだ。

 

「だおォッッ」

 

 克巳は左手も凪の左足に絡め、一気に凪の華奢な身体を引き抜いた。

 蹴り足を背負う一本背負いだ。

 無論、足を掴まれたままでは、顔面から地面に叩きつけられるだろう。

 克巳は凪を引っこ抜いたら、すぐに両手から力を抜いた。

 そのため、凪は全身が宙に再び浮いた。

 凪は逆立ちして受身を取り、すぐに克巳と向き合った。

 

「…………」

「…………」

 

 互いに沈黙した二人の間には、闘っている者同士の間にしか生じない独特な空気があった。

 そして、じりじりと二人の間の距離が縮まっていく。

 縮まっていき、互いに蹴りの圏内に入った。

 

「は~い、もう仕舞いや」

「二分たったの」

 

 だが、そこで時間切れになった。

 克巳と凪は構えていた両腕を下ろした。

 

「ありがとうございましたっ!」

 

 凪はそう言い、頭を下げた。

 

「ありがとうございました。……あー、そういや凪」

「はい?」

 

 克巳はさっきの試合を思い出すように言った。

 

「お前の髪の毛って、闘いに使わないのか」

「髪の毛……ですか?」

 

 凪が訝しげにそう言うと同時に、沙和が話に入ってきた。

 

「克巳さん、女の子にとって髪の毛って命なの! 闘いに使うっていうのはオカシイの!」

「え……? あーそういう……ものなのか?」

「なの」

「沙和。しゃあないやろ。克巳さんやで」

「あー……それもそうなの」

「腑に落ちねぇ……」

「だって克巳さん、そういうことに無頓着なの」

 

 沙和はそう言い、何かを諦めたかのような顔をした。

 それと対照的に、凪は興味深そうな顔をして聞いた。

 

「髪を使うとはどういうことでしょうか?」

「あ、ああ。烈さん――劉備のところにいる、肌が黒い人って言えばわかるか? あの人がやったことなんだが……」

 

 克巳は頭を掻き、思い出しながら話した。

 

「神心会で烈さんと闘った時、宙に浮いている足を、髪に絡め取られたことがあるんだ。それは凪にも出来るんじゃあないか、と思ってな。あとは……髪を使った目つぶしとか?」

「簡単に出来るとは、思いませんが」

「才能あるから大丈夫だろ」

「んなこと言うたら、克巳さんも十分あるやろ」

 

 真桜がそう言うと、克巳は眉をしかめた。

 そして、苦々しそうに言った。

 

「俺以上、なんてゴロゴロといる」

「でも独歩さんは、克巳の方が才能あるって言ってたの」

「それでも、勝てる気しないんだよな……親父には。それに才能に関してなら、烈さんや刃牙がいる。あと……」

 

 克巳はそこで少しどもった。

 真桜はそれが気にかかった。

 

「なんや。その二人よりも、とんでもないヤツがおるんか?」

「……いる」

 

 克巳は静かに、そして強く言い切った。

 

「誰でしょうか」

「花山さん……。花山薫って人だ」

「薫って、なんとなく女の子っぽい名前なのー」

 

 沙和がそう言うと、克巳は苦笑した。

 

「あの人がそうじゃあ、この世に男なんていなくなっちまうよ」

「……どんな人ですか? その、花山薫というのは」

「口じゃ言い切れねえな……まぁ、会えば分かる、としか言いようがない」

 

 克巳がそう言うのと同時に、銅鑼が鳴った。

 進軍を意味する銅鑼だ。

 

「っと、時間かァ……確か、今日には……」

「洛陽に着く予定らしいで。今度は、勇次郎とか来んで欲しいわ……」

 

   参

 

 連合軍が洛陽へと向かい始め、洛陽の城壁の上からでも、その砂煙が見えるようになった頃。

 洛陽内部でも動きがあった。

 

「まさか本当に今日に来るなんて……! 月! 逃げるわよ!」

「詠ちゃん! 待って……昨日の人にも、今の事を言わなくちゃ……」

「知らないわよ! 一応、昨日の内に、月が董卓だってことは伏せてちゃんと説明したから、もう逃げたんじゃない!? 大体、軍勢が迫ってきているのに、長居するバカなんていないわよ!」

 

 詠はそう言い、月の手を握った。

 

「月。もう、ここには連合軍に対抗できる戦力は無いわ。……逃げよう」

「でも、それじゃあ故郷のみんなに……!」

「他に方法なんてないわよ!」

 

 そう言われ、月は悲しそうに目を伏せた。

 その小さな頭の脳裏に、一瞬だけ、戦果に包まれた故郷が思い浮かんだ。

 

「あーもう! 分かったわよ! 何とかするわ! なんとか、月も生きて故郷にも迷惑かけない策を、考え出してみせるわよ!」

「詠ちゃん……っ!」

 

 月の表情が、少しだけ明るくなった。

 だが、暗さはまだ消えていない。

 詠は、それを知りながらも言った。

 

「だけど……策を成す時間も考えたら、兵で抵抗する時間も含めて足りな過ぎるわ。だから……どうしても無理な時は……月だけでも逃げて」

「詠……ちゃん……」

 

 その少女、二人の会話を柱の陰で聞いてる男がいた。

 顔面にある、大きな刀傷が特徴的な巨躯の男だ。

 その男は何も言わずに、そして物音立てずに、部屋の外へと出て行った。

 

   肆

 

 洛陽の城壁の外には、連合軍と董卓軍が展開していた。

 連合軍に、猛将といえる将はいない。同時に、董卓軍もいない。

 だからと言って、勝負になるわけではない。

 董卓軍には指揮できる人材がいなかった。

 その差は、しだいに顕著になっていった。

 董卓軍は裂かれ、雑魚が奔流に呑まれるように各個撃破された。

 

「さて……そろそろ頃合いですわね。皆さ~ん! 美しく雄々しく、そして華麗に洛陽に入城しましょう!」

「な……! 麗羽に遅れをとるでない!」

 

 董卓軍があらかた片付き、そして洛陽へと邪魔する人間がいなくなった頃に麗羽がそう言った。

 それに美羽は対抗心を持ち、競争するかのように、先に洛陽に入るように兵に命じた。

 そして、両軍の先頭にいる兵が、洛陽の門の近くへと来た瞬間であった。

 何人かの兵が、宙を舞った。

 原因は明らかだった。

 一人の漢が立っていた。

 まるで、その身を盾にして、城門を背負っているかのようだ。

 白いスーツに身を包んだ漢だ。

 年齢は、そうは見えないが二十歳あたりの漢だ。

 顔には、大きな刀傷がある漢だ。

 その漢は一口だけ、持っていた洋酒――ワイルド・ターキーに口をつけた。

 

   伍

 

「花山さん……。花山さんもいたのか」

 

 愚地克巳が呟いた。

 その言葉に、凪と真桜、沙和が反応した。

 

「花山薫って……あの人ですかっ!?」

「名前と比べて、全然可愛くないの! 本当に女の子っぽくない……」

「それどころか、今までウチが会った人間の中で、一番おっかないで!」

「そうなの! 人を殺して、食ったみたいな顔してるの!」

「ソイツは言い過ぎだろうよ……」

「……克巳さん」

 

 沙和と真桜が混乱気味の中、凪は真剣な目で克巳を見た。

 

「あの人と……戦ったことは」

「ある」

「結果はどうなりましたか?」

「勝った……だが」

 

 克巳は、花山が闘っている光景を眺めながら言った。

 

「あの闘いで花山さんが俺を仕留める機会は、三回あった。……一勝のため、三回敗けた。勝ったって気がしなかった」

「そう……ですか」

 

 凪はそう言い、自分の手足に着けた鉄甲の具合を確かめた。

 克巳は凪を一瞥し、言った。

 

「ヤリたいってのは止めないが、花山さんの喧嘩は見ておいた方が良い」

 

 克巳はそう言い、左足で右足のふくらはぎを軽く撫でた。

 その間にも、洛陽の城門では激しい闘いが続いていた。

 花山薫がその大きな拳を振るうと、一撃で兵士の鎧が貫かれた。

 殴られた兵は、吐瀉物をまき散らし、血とも胃液とも判断できない液体の海に沈んでいった。

 その顔は今にも、自分の内臓が混ざった糞か吐瀉物を撒き散らすのではないか、と思ってしまうような苦悶の表情を浮かべている。

 その姿を見て、残りの兵は怖気づいた。

 

「まだくるかい…………」

『ひ……はひぃぃぃぃっ!』

 

 低い声で、呟く程度の大きさで花山薫が言った。

 それだけで、寄せ手の兵は怖気づいた。

 だがそれでも、行け、と命じられたら行かねばならない。

 兵士は悲壮な決意を持って立ち向かった。

 ある兵は槍で心臓を狙い、刃を滑らせた。

 だが、それはアッパーのような拳でへし折られた。

 兵士達はもう、槍が槍に見えていなかった。

 兵士が感じていたのは、ただの棒きれを持って、凶暴極まりない獅子に立ち向かうような気分だった。

 気付けば、周りは死屍累々。

 二十を超える数の人が転がっていた。中にはうめき声すらあげない者もいる。

 

「一体、どんな鍛え方したら、あんな化け物出来んねん……」

 

 ふいに、真桜はつぶやいた。

 

「いや……花山さんは一切の鍛錬をしていない」

「ハァ!?」

 

 克巳の言葉に三人は驚き、花山と克巳を交互に見た。

 克巳は花山を眺めたまま、説明した。

 

「鍛錬の一切を女々しいと感じさせる強烈な雄度。そして、一切の訓練を拒否した誇りによって生まれる闘争への自信と、もって生まれた天性の体をもって闘う……。それが、花山薫だ」

「女々しい……? 鍛錬が女々しい?」

 

 凪は底冷えするような声でつぶやいた。

 拳を握り、身体が震えていた。

 

「日々積み重ねる鍛錬こそが、強くなる唯一の道ですっ! 春蘭様や秋蘭様も、毎日鍛錬をしています!」

「俺もそう思っている。親父がいい例だ。だけど……世の中は広い。花山さんのような人だっている。花山さんにとって、鍛錬ってのは、弱者が強者に立ち向かうための武器だ。強く生まれた以上、小細工する権利はない。そう思わせるほどの喧嘩、それが――花山薫だ」

 

 克巳がそう言うと同時に、曹軍の兵士にざわめきが起こった。

 そのざわめきが、四人がいるところに向かって次第に大きくなっていく。

 そして、兵士の人垣が割れた。

 姿を現したのは、華琳と独歩であった。

 

「それが事実なら、とんでもない化け物ね。その花山薫という人間は」

「よォ克巳。どうにも、華琳が凪と真桜、沙和の三人に話すことがあるんだとよ」

 

 独歩がそう言うと、三人は華琳を見た。

 独歩と克巳は横に動いた。

 

「まったく……独歩、そういうのは私が自分の口から言うわよ。で、凪、真桜、沙和。昨日の事は覚えているわよね」

「範馬勇次郎……のことですか?」

「そうよ。国が個人に敗けた日……とも言ってもいいわ」

 

 華琳はそう言って唇をかんだ。

 

「国が個人に敗北する、という事実は、国にとってこの上ない屈辱よ。そして……今もまた、敗北しようとしている」

 

 華琳は洛陽の城門を見た。

 三人もつられるようにして見た。

 城門の前にいる花山薫は、まだ暴れている。

 既に兵たちは怯えきって、いかに多勢といってもその意味をなしていなかった。

 その数が有利になっていないのだ。

 

「この状況をひっくり返すことが出来るのが、春蘭や秋蘭といった猛将達よ。だけど、今は戦えない。と、なると……間違いなくこの戦いに敗けるわ」

 

 三人は花山薫を見ながらも、華琳の言葉に耳を傾けていた。

 

「でも、この状況はひっくり返さないといけないわ。この状況で退いたら、それは立派な敗北……。連合軍が再び個人に敗北したら、世は黄巾の乱以上に乱れてもおかしくないわ。それどころか乱れるでしょうね」

 

 個人の力に敗北(まけ)る国……。

 その国に、存在意義はあるだろうか?

 かつて、範馬勇次郎は総理大臣の殺害予告をし、官邸を襲撃したことがあった。

 実際は殺害には至らなかったものの、侵入を許した――たった一人の暴力の前に、国家が敗れたという事実は覆せない。

 この事実は、ひた隠しに隠された。

 そして、範馬勇次郎は無罪放免となった。

 なぜか――

 国民への悪影響を考えたからだ。治安維持を最優先に考えたからだ。

 だが――これが、この時代ならどうなるのか?

 人の噂は一番の情報源なのだ。範馬勇次郎のことは、隠し続けられることではない。

 おそらく範馬勇次郎の噂は、愛する者の死にも匹敵する強力さで、瞬く間に燃え広がるだろう。

 そしてその噂は、黄巾の乱の時に大陸に蔓延した、暴力讃歌に拍車をかける。

 既に、そのような状況になってしまっている。

 そこで、再び国が個人から逃げたらどうなるか? 敗北(まけ)たらどうなるか!?

 もはや言うまでもない。

 

「凪……。真桜……。沙和……。貴方達三人に、この国……いや、大陸の行く末を賭けるわ」

 

 華琳は三人の目を、一人ずつしっかり見て言った。

 

「方法は問わないわ。あの怪物――花山薫に、なんとしてでも勝ちなさいっ!」

「「「はっ!」」」

 

   陸

 

 花山薫。

 藤木組系列花山組の二代目組長。

 弱冠十五歳で、死んだ父の後を継ぎ、花山組の組長となった。

 言ってみれば――現代最強の黒強者。

 対するは、戦働きをし、軍規に従い生きる兵士。

 彼らの後ろには、国家権力がある。

 言ってみれば――白強者。

 この二者は混ざったが、灰色にはならなかった。

 ただ白強者が敗れて、黒に染まっていくだけの光景がそこにあった。

 異常な光景であった。

 エナメル質の靴が振り上がる。

 それと同時に、人が飛ぶ。

 異形の拳が振り抜かれる。

 それと同時に、人の血が流れる。

 真っ赤な血の中に混じって、何か真っ白い破片があった。

 歯だ。歯が欠け、宙を舞うのだ。

 そして、もっと異常なことがある。

 花山薫は、決して城門の前から動こうとしないのだ。

 それこそこれ程の力量差があれば、兵を蹴散らして、敵将をぶちのめすのも可能だろうに。

 花山薫はただ、城門に近づく敵をぶちのめした。

 その時――

 

「はーい、どいてくれへんか」

「うっわ~。近くで見るとメッチャ恐いの!」

「真桜、沙和。……本気で行くぞ」

 

 三人の少女達が花山薫の前に現れた。

 凪、真桜、沙和の三人だ。

 三人は兵を押しのけ、花山薫の前に立った。

 押しのけた先では、無造作に兵の身体が転がっていた。

 鎧が割れているもの、血を流しているもの、押しつぶされたもの。

 様々な身体が転がっていた。

 

「女か…………」

 

 花山薫はつぶやく程度の大きさの声で言った。

 

「……女ぶん殴る趣味は無ェ。帰んな」

 

 花山がそう言った瞬間、凪は真っ直ぐ踏み込み、花山の顔面に蹴りを浴びせた。

 花山は動かない。避けも、守りもしなかった。

 顔面に真っ直ぐ、ど真ん中に蹴りが刺さった。

 花山の太い首が軋んだ。

 常人ならば間違いなく首が折れ、絶命させることの出来る一撃だった。

 さらに、凪は顔面を空中で踏み抜いて、真桜と沙和がいる位置まで下がった。

 だが、花山は倒れない。倒れないどころか、一歩も退かない。

 ダメージが無いわけではない。

 花山の顔からは、真っ赤な鼻血が流れていた。

 

「これでも女扱いか?」

 

 凪が言った。

 花山は答えない。答えず、そして構えなかった。

 それは答えとして十分過ぎた。

 

「真桜、沙和! 行くぞっ!」

「分かっとる!」

「ブッ倒してやるの!」

 

   漆

 

 洛陽内で警備兵を務めていた恒夫(こうふ)、字・片平(へんぺい)(34)はこの時の様子を、こう語っている。

 

 城門の前での闘いですか? はい、しっかりと憶えています。

 まず、螺旋状になっている槍を持った人……李典でしたか? 彼女が突っ込みました。

 ハイ 槍は廻っていました。こう、刃の部分が。

 それを、花山さんは右手で鷲掴みにしました。

 ええ……地面が真っ赤に染まりましたよ。花山薫の右手から流れた血です。

 ですが、花山さんの顔色は変わりませんでした。

 それどころか、そのまま槍の回転を止めたんです。

 手のひらなんか、ズタズタだと思いますよ。

 李典の方も、止められるなんて思ってなんか、いなかったんでしょうね。

 明らかに驚いた顔になっていましたよ。

 

「アカン! ぶっ壊れるで!」

 

 李典がそう言うのと同時です。

 二刀流の……確か、于禁ですね。彼女が左から斬りかかりました。

 花山さんですか? 避けません。防ぎもしませんでした。

 ですから、胸にこう……斜めに赤い線が出来ました。

 于禁は続いて、左胸を貫くように剣を振りました。

 流石に、それは花山さんが……え? 避けたか、ですか?

 ハハハ。花山さんですよ? ええ、避けませんでした。

 ですが、こう左手で鷲掴みに……。

 それと同時に、信じられない音を聞きましたよ。

 後で知ったんですが、花山さんの握力って、とんでもないらしいですね。

 はい、剣を折ったんです。

 握っただけですよ? それだけで折ったんです。

 

「うそっ!? 折られたの!」

「真桜! 沙和! 下がれっ!」

 

 確か、楽進って人が言ったんだと思います。

 ええ……さっきの剣を折った握力も信じられない光景でしたが、これも信じられませんでした。

 楽進の足が、真っ赤になっていたんです。

 血の色じゃあありません。炎のような赤です。

 二人が花山さんの前から避けた瞬間です。

 その、真っ赤な玉が花山さんに向かって行きました。

 とんでもない圧力でした。

 私なんて、離れていたのに熱を感じましたよ。

 それが、花山さんに、真っ直ぐ向かって行ったんです。

 それって、“氣弾”っていうらしいですね。

 で、その蹴りから放たれた氣弾ですが……。ええ、自分が感じていたものは、間違いではありませんでした。

 あの氣弾の威力って、一発で家の一軒や二軒なんて、楽々壊せるらしいですね。

 それが、ど真ん中に命中したんです。

 スゴイ音がしましたよ。

 こう、安っぽいですが……ドカーン、と。

 私が実際に耳にした音は、もっと凄まじかったです。

 もう、鼓膜が破れるんじゃあないか、ってくらいで……。

 そんなものが当たればどうなるか……。

 私は想像すらしたくありません。

 彼女達も勝ちを確信したのでしょう。

 若干、表情にゆるみがありました。

 ですが、その表情はすぐに消え失せましたよ。

 

「まだやるかい」

 

 はい。立っていました。

 花山さんは、立っていました。

 ですが、氣弾を避けたというワケではありません。

 闘う時に着ていた、真っ白い服が完全に吹き飛んでいましたから。

 もう……ふんどし一丁で立っていました。

 その身体ですが、傷だらけでした。

 楽進も傷が多いですが、花山さんと比べたら、とてもとても……。

 さらに、背中なんてもっと傷がありました。

 逃げ傷じゃあないでしょう。

 むしろ、わざと斬らせたんじゃあないかって言うくらいです。

 で、もっと凄いのがあるんです。

 花山さんと闘った三人も見ていたと思います。

 前からも、といっても肩あたりにチョット見えるんですが……。

 ――入れ墨です。

 私は背中の入れ墨を見たんですが……。ええ、正直いって、美しいと思いました。

 ズタズタに切られ、歪んでいる入れ墨がです。

 

「あれで立ってるなんて、ホントに人間なの!?」

「凪ィ! もう一発や!」

「分かってる! だが、時間が……!」

「分かったの! 真桜ちゃん!」

「せやけど、さっきのように掴まれるとキツイで! 凪! 次で仕留めてぇや!」

 

 二人がしたことですか? ええ。時間稼ぎです。

 さっきと同じように、李典は花山さんの右から、于禁は左から斬りかかりました。

 で、さっきと同じことが起こりました。

 たった一つ違うことと言えば……。

 

「ダメや! もう、ウチの螺旋槍が……!」

 

 李典がそう言った時です。

 爆発したんです。

 ええ……あの槍がです。

 多分、花山さんの握力に、槍の回転力が敗けたんだと思います。

 そして、于禁の方も剣が握り潰されたんです。

 もう、あの二人に武器はありません。

 

「真桜! 沙和! 礼を言うっ! ハァァァァアッッッ」

 

 楽進が強い気合を吐き出しました。

 そして、蹴りを放つと同時にあの氣弾が出ました。

 さっきより数段上の熱量、勢いに速度を持って放たれました。

 氣弾(それ)は花山さんに当たると同時に、いくつか弾けたんです。

 で、その弾けたのが門に当たったのですが……

 ええ。弾けたのだけで、城門が壊れたんです。

 それで、壊れた城門の瓦礫が花山さんに降ってきました。

 大量の瓦礫でした。

 花山さんは、それに潰されて……

 

「ハァ……ハァ……ホンマもんの化けモンやったな」

「凪ちゃん、お手柄なの!」

「なんとか……っ!?」

 

 え? “死んだかとおもったか?”ですか? 花山薫が?

 ………………。ふぅ。ん~~。やっぱり、貴方達は分かっていない。花山薫という人間を。

 普通なら終わりです。

 ですが、これは花山薫のハナシなんです。

 ええ。終わりませんでした。

 瓦礫の山が動いたんですよ。

 下から出て来たのは、当然――花山薫です。

 もう、頭から血をかぶったかのように、全身が真っ赤に染まっていました。

 そして氣弾の威力でか、肌の一部が削げて筋繊維が見えていました。

 それでも、花山薫は立ちました。

 あの少女達の目は人間を見る目じゃあ、ありませんでしたよ。

 何て言うか……子どもが飢えた虎に出会った時の目、でしたね。

 彼我の戦力差が絶望的で、もう助からないということを悟った目です。

 そして、死を全身で感じている顔でした。

 

「まだやるか……」




まだ終わりませんッッ! 花山さんは次回も闘いますッッッ
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