真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~   作:クーロン

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次章のプロットも固めましたッッ
閑話は今回で止め、再び闘いを書いていこうと思いますッッッ

今回はジャック、刃牙、勇次郎の範馬家の話です!


次の話へと

 ジャック・ハンマー編 ワガママ

 

 豪華絢爛という言葉が相応しい城だった。

 華美、優雅、上品ともいえるだろう。

 だが、その城の一角には、その雰囲気と相容れない部屋がある。

 いや、喧嘩を売っていると言ってもいいだろう。

 無造作な部屋であった。

 部屋にはバーベルにダンベルが転がり、それらの重りが積まれていた。

 天井からはサンドバックが吊るされている。

 トレーニングのための部屋、といっても過言ではない。

 ジャック・ハンマーはその部屋で、黙々とトレーニングを続けていた。

 仰向けになり、バーベルを持ち上げるトレーニング――ベンチプレスだ。

 バーベルの重りは計四百キロ以上あるが、彼の顔は涼しい。

 汗一滴をかかずに続けていた。

 それゆえに、ジャックはイラついていた。

 トレーニングに実感が無いのだ。いくら持ち上げようと、どれほど持ち上げてもイライラする。

 この世界では、彼が使う薬が手に入らない。食事は変わらなくとも、薬が手に入らない。

 彼の肉体――高密度かつ機能性に優れ、同時にあまりに高い破壊力を秘めた肉体は薬物、ドーピングによって手にしたものである。

 そして今、強制的にその薬と別れを告げた。

 当然、ここで手に入る漢方薬での代用も考えていたが、それは無駄骨であった。

 彼の記憶にあった薬の知識は、ジョン博士のパソコンに入力してあった必要な薬の名前と分量だけだ。

 どうしようもない。

 いつまでも心に巣食う不安。

 ジャックはそれを取り払うために、黙々とトレーニングを続けていた。

 どれほど続けていたのだろうか。

 誰にも分らなくなる頃、部屋のドアが開いた。

 入ってきたのは、金髪の少女だ。

 

「ま~た引きこもって、そんなことをしていたんですの」

「邪魔ダ。サッサト帰レ」

「ジャックさん。わたくし、これから出かけようと思っていますの。付き合いなさい」

「知ッタコトジャネェ」

 

 麗羽がそう言うと、ジャックは吐き捨てるように答えた。

 そして、麗羽を眼中にも置かずにトレーニングを続けた。

 その態度が彼女の不興をかったのだろう。

 麗羽は不機嫌そうな顔をして、部屋を見渡した。

 そして、近くに積まれている重りを見つけると、イタズラを思いついた子どものような笑みを見せた。

 彼女が持てる重りを一つだけ抱え、そしてバーベルの右側だけに取り付けた。

 

「何ノツモリダ」

「いえ、なんでもありませんわ。わたくしなりに、ジャックさんのお手伝いをしようとしているだけですわ」

「サッサト、ツケタノヲトレ」

「嫌ですわ」

「……チッ」

 

 ジャックは舌打ちして、再びトレーニングを始めた。

 片方に重さが偏ってはいるが、別に大したことはないようだ。

 そして、麗羽は再び右側にだけ重りをつけた。

 

「……オイ」

「気にする必要はありませんわ」

 

 麗羽はそう言いながらも、次々に重りを加えていった。

 その重りが加わるたびに、ジャックの顔に血管が浮かんだ。

 力んでいるからではない。

 片方だけ重くなっていくのが気持ち悪かった。

 

「…………」

「こうなったら……!」

 

 麗羽はそうつぶやくと、バーベルの右側だけを、彼女の全体重でおさえた。

 

「イイ加減ニシヤガレェッッッ!!」

 

 ジャックはそう吼え、バーベルを上へ放り投げた。

 イラつきが完全に沸点に達していた。

 バーベルは天井に叩きつけられ、凄まじい音をあげた。

 天井は一部破壊され、ホコリが部屋中を漂った。

 

「ケホッケホッ! 何をするんですのジャックさん! 危ないですわよ!」

「ウルセェ……サッキカラ邪魔スルンジャネェッッッ!」

「邪魔されたくなかったら、わたくしの言うことを聞いてもらいますわっ!」

「……何ヲヤレッテンダ」

「決まってますわ。出かけますから、お供なさい」

「フザケンナァッッ! 斗詩カ猪々子ニ言イヤガレッッッ!」

「今日は二人とも、討伐に出ていませんの」

「ダッタラ一人デ行ケッッ!」

「ジャックさんは、わたくしに荷物を持たせる気ですの!? もう、さっきの重りのせいで疲れましたわ!」

「テメェガ勝手ニヤッタ事ダロウガァッッッ!!」

 

 ジャックは怒鳴った。

 血管は顔にだけでなく、胸板や腹筋、両腕にもクッキリと浮かんでいる。

 だが、麗羽は物怖じせずにジャックに自分のワガママを言い続けた。

 言われるたびに、ジャックの身体に血管が浮かんでいく。

 

「さっきからうるさいですわね! いいからお供なさいっ! この部屋を作らせたのは、誰だと思っていますの!?」

「ウルセエッッ! 言ウ事ヲ聞イテルノハ、ドッチダト思ッテイルッッッ」

「さっきから随分と……! 仕方ありませんわ! 取引いたしましょう」

「取引ダァ……?」

「ええ。取引ですわ」

 

 麗羽は笑みを浮かべて言った。

 

「ジャックさん。貴方……筋肉を作るものが欲しいと言ってましたわね」

「……アア」

「それですが……なんと今! 城下で売っているとの噂ですわ!」

「…………」

「あら? わたくしを疑っていますの?」

「当タリ前ダ」

「簡単に騙されるほど、わたくしは馬鹿ではありませんわ。筋肉はしっかりつくもの、と言質もとれてますの」

 

 そう言われ、ジャックは考え出した。

 信用ならないのは百も承知だ。

 だが、今までは藁にもすがる思いで薬を探していたのも事実。

 そこに現れた蜘蛛の糸。

 ――確かめに行くぐらいなら、良いかもしれねぇ……。

 ジャックはそう思い、言った。

 

「チィ……仕方ネェ……」

 

 ジャックがそう言うと、麗羽は笑顔になった。

 

「なら、さっさと着替えなさい! 早く城下に行きますわよ!」

「……Peッ」

 

   壱

 

「オイ麗羽……ッッ!」

「何ですの?」

「コノ量ハ、ドウイウ事ダ……!」

「荷物持ちをしてもらう、とわたくしは言ったはずですわよ」

 

 ジャックの背には、多くの荷物が括り付けられていた。

 服、置物、家具といったもの、全てを持たされていた。

 ジャックにとって、大した重さではない。

 だが、無性にイライラしていた。

 背中の荷物は何度も崩れそうになる。その度に、直さねばならない。

 それがイライラする。

 そして筋肉を作るもの、というのがかなり高価らしく、自分の金では払えない。

 それがイライラする。

 そうである以上、金の支払いは麗羽頼みであり、それを取引材料に使われてしまったら、ワガママを聞くしかない。

 それがイライラする。

 強く言おうにも、強く言えない。

 それがイライラする。

 

「マダ、ドコカ行ク気カ……ッッ」

 

 そのイラつきを必死で抑え、ジャックは聞いた。

 麗羽はジャックに背を向けたまま答えた。

 

「もう行きませんわよ。次はジャックさんが探すセントウですわ!」

 

 ――セントウ……?

 ジャックは一瞬、訝しく思った。

 だが、まだ分からない。

 千分の一。いや、億分の一の確率にすがるような気分でついて行った。

 ――きっと、俺の知らねえ言葉だ。

 ジャックはそう自分に言い聞かせ、ついて行った。

 

「ジャックさん! ありましたわ!」

「…………」

 

 唐突に麗羽が、喜色に満ちた声でそう言った。

 そして、彼女の指先は、怪しい身なりをした店主が経営している露店に、並べられた商品を指していた。

 並べられているのは、ジャック自身も見覚えのある物であった。

 

「……桃ジャネェカ」

「ええ。願いが叶う、という仙桃ですわ」

「…………説明シテモラウゼ」

「仙術で生み出された桃ですわ。そして、それを食した者は、仙人の加護により願いが叶うと……」

 

 麗羽はツラツラと説明した。

 ジャックの服の下にある肉体に、再びビキビキと血管が浮かんでいく。

 そして、何かが切れる音をジャックは聞いた。

 その音を聞くと同時に、背中に背負っていた荷物を降ろし始めていた。

 

「……という……あら? ジャックさん。何を勝手に荷物を……?」

「サッキカラ聞イテイレバ……ッッッ」

 

 ジャックは、カチカチと歯を鳴らした。

 獅子の牙のような歯であった。

 上下の鋭い犬歯の間には、

 ツツ……

 と細い涎の線が出来る。

 獲物を前にした、飢えた猛獣の牙だ。

 そして、彼の肉体の細胞、全てがブチブチと音をたてて泡立った。

 

「紛イ物ジャネエカァッッッッッ!」

「……逃げた方が良さそうですわね」

「待チヤガレッッッッ!」

 

 麗羽は一目散に逃げ出した。

 ジャックはチーターのように口を開け、彼女を追った。

 

   弐

 

 城門付近。

 二人の少女が軍を引き連れてそこにいた。

 袁家の二枚看板、猪々子と斗詩であった。

 二人は討伐を終え、今しがた帰ってきた所であった。

 

「あ~あ。もう終わっちった。つまんね~の」

「文ちゃん……突撃して、大暴れしてたのに……」

「だってアイツ等、手応えねーんだもん」

 

 猪々子はそう言い、つまらなそうに口をとがらせた。

 斗詩はその姿を見て、溜息をついた。

 

「あ」

 

 猪々子は何かに気が付いたかのようにつぶやいた。

 

「どうしたの?」

「そういやあ……城で姫の相手出来るのって、ジャックの兄貴だけか?」

「確か……うん、そうだよ」

「兄貴が姫のワガママを一人で聞くのって、初めてだよな?」

「……マズイ……かもね」

 

 斗詩がそう言った時だった。

 街の喧騒――というより、阿鼻叫喚というのが雰囲気に合っているだろう。

 そんな大騒ぎが、耳に入ってきた。

 

「……うっわ~」

「本当にマズイことになってる……」

「斗詩さん! 猪々子さん! 丁度いい所にいましたわ! ジャックさんを何とかなさい!」

「いや! 無理ですって、姫!」

「何をやったんですか!? ジャックさん、猛獣みたいになってますよっ!」

「待テッツッテンダヨ……ッッ!」

「斗詩! ありゃあダメだ! 逃げるぞっ!」

「なんで私も逃げるのよ~!」

 

 ジャック範馬。

 稀有なる闘技者(ファイター)

 異世界で振り回されている、稀有なる闘技者……。

 

 

 範馬刃牙編 親子だから

 

 

 例え、異世界でも変わらない。

 変わらなかった。

 まず、朝早くからのロードワーク。

 違いといったら道ぐらいだろう。

 アスファルトに塗装されていない、生の土を踏みしめ走る。

 次に筋肉トレーニングだ。

 苦痛を超えた痛みが生まれるよりも先……肉体が発火するような感覚になるまで、筋肉に負荷を与える。

 そして、闘争(たたかう)

 相手は様々だった。

 烈海王。愛紗。鈴々。星。

 それでも、足りなかった。

 父親――範馬勇次郎の背は、未だに遠く、あまりに遠くに感じられた。

 あまりに、遠い。

 追えば追うほどに遠くなっていく。

 父親の背中は、遠い。

 アメリカ最強、地上最自由の男――ビスケット・オリバを倒した。

 これで、次に範馬勇次郎と闘えるか?

 刃牙は闘えるとは思えなかった。

 このままでは、決してあの領域にはいけない。

 そう思いながらも停滞していた。

 ――このままで、親父に近づけるのか?

 刃牙はそう思いながら、中庭を歩いていた。

 

「うぅ~」

「……何だろ」

 

 中庭のどこからか、うめくような声が聞こえた。

 遠くはない。むしろ近くだ。

 ――多分、近くの木陰に……

 刃牙はそう思い、木陰を覗いた。

 

「あ……刃牙君」

「桃香か。何してるの……って、勉強か」

 

 木陰を選んでおかれたベンチとテーブル。

 桃香はそこで勉強していた。

 テーブルには分厚い本と硯。そして、彼女の右手には筆があった。

 刃牙は何を勉強しているのか、と思い本を覗いたが、考えるのを止めた。

 さすがに漢文は読めない。

 だが、桃香はこれが気になっているのかと思い、本の中身を話した。

 

「これ、愛紗ちゃんに言われた宿題。国の統治の仕方の勉強」

「ふーん……。最近になって始めたの?」

「ううん。平原にいた頃からやってる。だけど……徐州(ここ)の州牧になってから、量が……」

 

 桃香はそう言い、顔を伏せた。

 ハァ……

 と吐いた一息から、その疲労がありありと感じられた。

 

「刃牙君は分かる? 国家経済のなんたらとか、政治でのうんたらとか」

「多分、高校か大学の授業でやってると思うけどなァ」

「高校? 大学?」

 

 桃香にとって聞きなれない言葉だった。

 授業、というのは分かるが高校は知らない。

 桃香は顔をあげて刃牙に聞いた。

 

「高校と大学って何?」

「学校……っていっても、ここには無いんだろうなァ……。むこうじゃ、小学校に中学校。高校、大学とあって、そこで勉強できるようになってるんだ」

「刃牙君もそこに行ってるんだ」

「高校ってトコにね」

「ふぅん……。で、学校って?」

「国が経営している勉強を教えるところ、かな。そこで集団で勉強して生活して……っていう感じ」

「塾みたいな所、って思っていいの?」

「多分ね。俺は塾に行ったことないけど」

 

 桃香にとって、学校というのは新鮮なものだったのだろう。

 生き生きとして刃牙から色々聞き出した。

 そして話しの内容は、だんだんと学校についてから、刃牙が学校で何をしていたのか、ということになっていた。

 だが、そこらで刃牙は返答につまりだした。

 

「どうしたの?」

「いや……最近、学校行ってなかったから……ちょっと……」

「じゃあ、どこに行ってたの?」

「刑務所。分かりやすく言えば……牢獄?」

「え……?」

 

 桃香は目を大きく開け、口もポカンとした。

 刃牙の言った事は、驚いた、という表現で済むものではなかったのだろう。

 

「えっと……何で、その刑務所に……?」

「アメリカってとこの大統領……まぁ、一番エライ人を誘拐したから」

「何で……そんなこと……?」

「オリバって人、覚えてる? 身体が筋肉で太くて、肌が黒い……」

「え……? あ、うん。確か、孫策さんの所にいた人だよね?」

「うん。あの人と闘うため」

「う~ん……これ以上聞くと、大変そうだから聞かないよ」

「まぁ、こっちも一から話すのは大変だからね」

「ねえ、刃牙君。そんなことして、学校は大丈夫?」

「退学だと思うよ。でも、徳川のじっちゃんに頼めば、もう一度ねじ込んでくれると思う」

「なにか……とんでもないことを言っているような……ってゴメン。話がぶれちゃった」

 

 桃香は脱線気味になった話しを元の路線に戻そうと、咳払いをした。

 そして、もう一度刃牙の学校生活について聞いた。

 

「でも、その前は普通に過ごしていたんでしょ?」

「普通……じゃないと思うよ。闘いとか多かったし」

「学校って戦う所!?」

「いや、ケンカとかはあっても闘いはないよ」

「じゃあ、なんで刃牙君は戦っていたの?」

「そうなるとなァ……。親父とか母さんとか、関わってくるんだよね」

「お父さん……って、範馬勇次郎……だよね?」

「うん」

 

 刃牙は父――範馬勇次郎のことを話そうとしたけど、桃香がそれを止めた。

 どんな人かは、虎牢関で分かったつもりだった。

 その分、刃牙の母親のことが気になった。

 

「あの人と結婚した刃牙君のお母さん……って、どんな人?」

「簡単に言っちゃえば、地上最強の生物との恋に殉じた女性(ヒト)……かな」

「殉じたって……もしかして……」

「うん、逝ったよ。親父に殺されて」

 

 桃香は何も言えなくなった。

 刃牙が平然と言った事は重かった。

 だが、刃牙は桃香とは対照的に話し続けた。

 

「母さんはさァ……普通の母親(ヒト)じゃない。親子の愛とか絆じゃなく……地上最強の生物との恋に生きたんだ。親父と初めて闘う前なんて、俺が弱いから親父が母さんに惚れないって理由で叩かれて……」

「…………」

 

 桃香は何も言わずに、刃牙の話を聞いていた。

 刃牙から話される、母親の姿はあまりに強烈だった。

 

「で、親父が攻撃する前に、母さんが『お父さんを喜ばせなさい!』って言った……。スゴイ容貌(かお)だった。泣いているような……笑っているような……」

 

 母親のことを話す刃牙は、なんともいえない表情(かお)をしていた。

 今にも泣きだしそうだった。同時に、極めて冷静でいたようにも見えた。

 少なくとも、桃香の目にはそう見えた。

 

「で、最後はさ……敗けて殺されかけた俺を守るため、親父に立ち向かったんだ。薄れゆく意識の中で見た、母さんの最期……親父に抱きしめられて、泣いていた。母さんも親父を抱きしめて……。……あの母さんだったから、今の俺がある」

「……刃牙くんは……」

 

 桃香の声はかすれていた。

 一度つばを飲み込んで、そうしてようやく声が出せるようになり、言った。

 

「刃牙君は……お母さんの敵をとるため、強くなったの……?」

「……最初は、母さんのため。母さんが殺されてからは、そうだった……」

「……今は?」

「正直、今は違う。たしかに、親父よりは強くなりたいと思っている。だけど……それが敵討ちかどうかは、分からない」

 

 桃香はこれ以上、刃牙から聞き出そうとは思わなかった。

 もう、十分だった。

 そして、桃香もポツリポツリと話し始めた。

 

「私は、お父さんを小さいころに亡くして、お母さんに育てられたの」

「…………」

「お母さんは優しいって言うより厳しい人でさ……。教育とかも私にしっかりとさせたの。都の塾に行かされて……。で、白蓮ちゃんとはそこで知り合ったの」

 

 刃牙は何も言わず、桃香の話を聞いていた。

 

「一度、都で働いて貰った賃金で、本当のお茶を買って帰ったことがあるの。本当のお茶って、ものすごく高いって知ってる? その時、どうしてもお金が足りなくて剣を売ったの。私が持ってる、あの剣のこと。で、帰ったんだけど……」

 

 桃香はそう言い、一息吸った。

 

「私があの剣を売ったってことに気付くと、お母さんはそのお茶を川に投げ捨てたの。で、私の頬を叩いて……。そして『あの剣は中山靖王の末裔であると証明するもの。御先祖様の魂と誇りを受け継ぐもの。それを売るなんて、お前は魂と誇りも民草になってしまったのか』って言ったの。で、『まだ天下に何かを成す大志があるのなら、それを取り戻しなさい。それまでは、家の敷居を跨ぐのは許さない』……って」

 

 桃香は懐かしそうに言った。

 

「だけど、あのお母さんだったから、今の私があるの」

「桃香はさ……その母親に応えるため、ここまで来たの?」

「最初は、苦しむ人を見るだけじゃいられなかった。助けたいと思ったの。でも、最近になって、そういう面にも気が付いたんだよ」

 

 桃香はそう言い、刃牙の目を見た。

 

「最近、分かってきた。あれは……お母さんの優しさだったんだ……って……」

「……俺のも、母さんの優しさだった」

 

 刃牙も桃香の目を見た。

 

「俺、闘うよ。親父と……」

「うん。良いと思う。親子だから……乗り越えようとするのも……」

 

 桃香が言った。

 

「私、進むよ。理想に向かって……」

「良いと思う。親子だから……受け継いでいくのも……」

 

 二人の前には壁があった。

 強さの壁ではない。理想の壁ではない。

 親という壁だ。

 その壁に挑む、という共有感(シンパシー)

 偉大な親がいるという共有感(シンパシー)があった。

 

 

 範馬勇次郎編 じだいの渦

 

 

 少女は夢を見ていた。

 何度も何度も夢を見ていた。

 虎牢関。

 頂点に立ち、どこにも踏み出す所がなかった自分の前に、突如現れたとてつもない頂き。

 自分よりも上をいく強さ。

 初めて全力で戦えた自分。

 血塗れになっていく自分。

 それでも敗けた自分。

 何度も夢に見た。

 それでも、少女は思い続けた。

 ――戦いたい。

 もう一度、戦いたい。

 自分がどうなろうと、相手がどうなろうと戦いたい。

 ――たたかいたい。

 そう思うだけで、身体の熱が上がっていく。

 そう想うだけで、傷の痛みが退いて行く。

 ――闘いたい。

 肉体だけではない。

 もう一度、魂がすりきれるほど闘いたかった。

 ――勝ちたい……っ!

 目の前に現れた、確かな最強。

 その座が欲しい。

 その座を目指して、なにが悪い。

 その座を夢見て、なにが悪い。

 夢の中、少女はたしかな決意をした。

 

   壱

 

「驚いたな……。確かに回復を早めるため、氣を送り込んだが……それでも、短期間でここまで回復するとはな……」

 

 赤毛の男は、同じ赤毛の少女を見て、そうつぶやいた。

 

「なら……恋殿は!」

「ああ。これなら、もう俺の手はいらないだろう。三日もすれば自力で歩ける」

「華佗……礼を言うのです……!」

 

 華佗は音々に背を向け、手を振った。

 そして、部屋から出て行った。

 部屋には二人だけ残っている。

 城と比べたら、貧相な部屋だ。

 古くて日当たりも悪い部屋だ。

 その部屋で恋は横になっていた。

 

「恋殿……」

 

 音々は不意につぶやいた。

 心底、安心したような声だった。

 そうつぶやくのと同時に、恋は起き上がった。

 そして、近くにあった戟を探し始めた。

 すぐにそれを見つけると、固く握りしめ、部屋のドアへと足を向けた。

 

「恋殿! どこに行くのですかっ!」

「……闘いに行く」

「もう、戦は……!」

「戦じゃない。……恋が闘う理由は、戦じゃない」

 

 恋はそう言い、ドアに手をかけた。

 だが、音々は恋の腰にしがみついて止めた。

 

「じゃあ、なんで戦うのです!」

「……強くなりたい。誰よりも……何よりも……!」

 

 小さな声だった。

 小さいが、強さと決意に満ちた声だった。

 

「強くなって……また、勇次郎と闘う」

「あれと戦う気なのですかっ!? また戦ったら、今度こそ……!」

「敗けないっ! 次は勝つ! 次は……恋が……っ!」

 

 戟を握りしめる手から、ジワリと血が流れた。

 ギリ……ギリ……と歯が鳴る。

 

「……でも、このままじゃ勝てない。だから……闘う。誰とでもいい。恋は、闘う」

 

 地面に血が奔る。

 戟から垂れた血が、地面に吸い込まれていく。

 そう言う恋は、なにか一つだけを真っ直ぐ見ていた。

 

「ねね」

「はいっ!」

 

 恋は屈んで、音々と同じ目の高さになって言った。

 

「……もう、これ以上はダメ。危ない」

「え……?」

 

 音々は目を大きく開いた。

 驚きの色をその顔に浮かべた。

 

「恋は……闘う。一人で闘う。ねねは巻き込めない」

 

 音々は馬鹿じゃない。

 相手が言おうとすることぐらい、理解できる。

 ましてや、今の相手は自分が慕っている恋なのだ。

 なおさら、言わんとしていることが理解できた。

 

「嫌です! ねねは恋殿について行きますぞ!」

「……危ない」

「それでもですっ! それでも恋殿について行くのです!」

 

 音々の決意は固かった。

 恋がなんといっても聞かず、自分の我儘を押し通した。

 

「……分かった。じゃ、いこ」

「はいですっ!」

 

 恋は目の前のドアを開け、部屋から出た。

 

   弐

 

 巨大な猿の死骸だ。

 巨大な猿の死骸を踏みつけ、範馬勇次郎が立っていた。

 

「この時代に、ここに夜叉猿がいるとは思わなかったぜ」

 

 飛騨高山に生息する伝説上の生物、夜叉猿。

 それはここにも生息していた。

 同じ夜叉猿だが、大きさは比較にならない。

 飛騨高山に生息するそれよりは、餌が多いためか体格が違う。

 一回りや二回りは、ここの夜叉猿の方が大きいだろう。

 そして、凶暴であった。

 だが、範馬勇次郎は労せずにそれを葬った。

 かつて堪能した野生では物足りなくなっていた。

 

「そういやァ……中国にいたころ、よく猿の脳を食ったが……最近食ってねえ」

 

 特に腹が減っているワケではなかったが、そんなことが頭を過った。

 だが、同時にもっと違うことが頭を過った。

 闘いの記憶だった。

 

「そろそろ、向こうでも面白いことが始まるじゃねえか……」

 

 微かに香る、闘いの芳香。

 勇次郎は確かにそれを嗅ぎ取った。

 ズチャリ……ズチャリ……と足音をたて、範馬勇次郎は中原に向けて歩き出した。




次回からは新章として『鬼神辻斬り編』と銘打って話を続けていこうと思っています。
ちょっと、名前とか話がちょっとアレかとは思いましたが、もうこの小説はこの路線です! 多分、それはぶれませんッッ!
闘いと血と武器で構成される物語です!
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