真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~ 作:クーロン
今までとは少しテイストが違う舞台で、少しでも面白く話を進めていきたいと思っております。
それでは! 鬼神辻斬り編 開幕ですッッッッ
開幕
華琳の本拠地――許昌。
真昼間だ。
その城下町を一人の男が歩いていた。
白い道着に包まれた肉体は、丸い身体をしていた。
脂肪で丸いのではない。筋肉で丸いのだ。
頭は剃ったのか、禿げ頭。髪の毛一本生えていない。
顔は、右目に眼帯をしており、傷だらけだ。
神心会元館長、愚地独歩であった。
彼は一人で、街中を歩いていた。
歩調はゆっくりとしている。
彼の横を何人もの人が通り過ぎていく。
そして、人通りのない路地裏に入ろうとした時だった。
遠くの方から
あっ!
と声がし、誰かが独歩の元へと走ってきた。
「あ! 独歩っ! どこいくの?」
「お、季衣か。ただの散歩だ」
「ふぅん。春蘭様や秋蘭様が探していたりしない? 『相手しろ』って」
「ああ。今日は休みだって言ってあンだよ。最近じゃあ、オメェと流琉。そして、春蘭に秋蘭、克巳だけじゃなく、霞や凪の相手もあるからよォ……タマには休まねえと疲れちまう」
「寝れば疲れなんてとれるよ」
「そりゃあ、オメェ等は若ェからだ。オイラはもう、歳だからよォ」
独歩は頭を掻いてそう言った。
「歳って……そういやあさ、独歩って何歳?」
「五十五だ。四捨五入すりゃあ、六十になっちまうぜェ」
「え!? うっそだー!」
「ウソなんて、つきやしねェよ。っと。そういやあ、オメェ一人でいるのか? 珍しいじゃねえか」
「ううん。流琉もいるよ。ホラ、向こう」
季衣はそう言い、指差した。
「向こうってよォ……人混みじゃねえか」
「じゃあ、もしかして流琉が迷子に……!」
「なってないっ! なんで季衣、先に行っちゃうのよ! お昼、一緒に行くって言ったのに」
そう言いながら、流琉は人ごみをかき分け、独歩のところに来た。
そのせいか、髪が乱れている。
「だって独歩も見つけたんだもん! どうせなら大勢の方がいいじゃんっ!」
「だからって!」
「オメェ等よォ、言い合ってんじゃねえや。仲いいのはわかったからよォ。最初は飯に行こうとしてたんだろ? そっち先にしな」
「……ん。分かった」
「はい。分かりました」
独歩はそう言い、二人の間に割って入った。
穏やかな言い方であった。
そう言われて、二人は言い合うのを止めた。
「……ねえ独歩」
季衣が独歩の表情をうかがうように見ながら言った。
「なんだ?」
「もう、お昼食べた?」
「食っちゃあいねえが……」
「なら、私達と一緒に行きませんか?」
流琉が言った。
独歩は一度、周囲を見渡した。
「そうするかァ……。オメェ等二人だとよォ、迷子になっちまいそうだしよ」
「ならないっ!」
「なりません!」
二人の声が綺麗に揃う。
それを見て、独歩は楽しそうに笑った。
壱
次の日。
今にも雨が降りそうな、曇天の日であった。
だが、愚地独歩は街を歩いていた。
街の人通りは少ない。
それでも活気がないわけではない。昨日と比べたら少ない、というだけだ。
その街中を愚地独歩は一人で歩いていた。
酒屋の辺りを歩いていた時であった。
独歩は声をかけられた。
「お! 丁度ええとこいるやないの! 独歩、ちょいと来てぇな!」
「オメェは何やってんでェ」
酒屋から声をかけたのは霞だった。
彼女は酒瓶をいくつか持ち、酒屋の主人と言い合いをしていた。いや、言い合いというより、霞が店主に頼みごとをしていたようだった。
店先で騒いでいたのか、そこには小さな人だかりがあった。
「ちぃと聞いてぇな。あそこにある酒、見えるやろ?」
「オウ」
霞はそう言い、店内に置いてある酒瓶を指差した。
パッと見ただけでは、それはただの酒にしか見えない。
だが、霞の説明には熱がこもっていた。
「あの酒なぁ、実は都でもなかなか手に入らへん、たっか~い貴重な酒なんよ」
「なら買えばいいじゃねえか。華琳から給料はもらってんだろォ?」
「それがそうもいかんねん! 他のお店で、この酒を買ってもうたから、ウチの財布にお金ないんよ!」
そこまで言われたところで、独歩は事情を察した。
「オイラの財布をアテにしなくてもよォ、取り置きでもしてもらえばいいじゃねえか。必要な金が貯まったら買えばいい話だろォが」
「そないなこと、ウチだって分かっとんねん! でも、ここの頑固おやじが取り置きはしない言うてん!」
そう言って霞は店主を指差した。
独歩は苦笑した。
「せやから……お金、貸してくれへん? 城に着いたら返すから」
「別にいいけどよォ……昨日、季衣と流琉の昼飯代払っちまったからよォ、足りねえかもしれねえぜ」
「全額やないで。八割九割はウチが出すから、ほんのちょっとでええよ。せやから……足りない分を払ってくれへん?」
霞はそう言い、独歩に頼み込んだ。
独歩は持っていた財布を取り出し、霞に渡した。
「お! ええの!?」
「ああ。足りねえ分を払ったら、財布を返せばそれでいいぜェ」
「ありがとな!」
霞はそう言い、独歩の財布から小銭を取り出して支払った。
独歩は霞が支払い終える前に、歩き出した。
「独歩! 何、勝手に先に行ってんねん! ちと待ちいや!」
霞はそう言い、新しく買った酒を持って独歩の後を追った。
酒瓶同士がぶつかり、ガチャガチャと騒がしい音が鳴る。
「おおきに! いや~助かったわ!」
霞はそう言い、独歩に財布を返した。
独歩はそれを受け取り、懐に入れた。
「で、独歩はなにしとったん?」
「なんてことはねェ。ただの散歩だ」
「それもええんやろうけど、多分、雨降るで。帰らへんの?」
「まぁ、気分だ」
「風邪ひくで。季衣と流琉が言うてたでぇ~。独歩、もう六十近いって」
「バッカ。オイラはまだ五十を過ぎたところだぜ? 年寄り扱いするんじゃねえや」
「あ、へそ曲げた?」
「曲げちゃいねえよォ」
「絶対ウソや。って、スマンスマン! 謝るから先に行かんといてぇな!」
独歩が歩調を速めると、霞も速めて後ろからついて行った。
「怒っとる?」
「怒っちゃいねェよ」
独歩の口は強く一文字に結ばれている。
だが、それは笑いをこらえているようにも見えた。
霞は独歩の背中から話しかけていて、それが見て取れなかった。
「ああもうしゃあない! 独歩にも、ちぃっとこの酒やるから、そんなヘソ曲げんといてぇな」
「楽しみにしていたんじゃねえのかァ?」
独歩は霞に背中を向けたまま言った。
「本音言うたら、独歩のアレ……消える拳を受けきった時にでもしようか、と思ったんやけどしゃあない!」
「なんでアレにそこまで執着するんだか……」
「武器で、って言うんならウチ等はみんな受けれるで。拳っていうんがミソなんよ。やったことないから、慣れへんのや」
「なれりゃあ出来るってか」
「なれだけじゃあ無理やろ。軌道が毎回同じなら、それでええけど。せやけど、慣れればある程度は……っと、そんなこと話しとる場合やない」
霞はそう言い、酒をタポタポと鳴らした。
「はよ、お城帰って飲もうや。お金も返すで」
「まだ帰るつもりはねえんだがよォ……」
「そうは言っても、もうじきに雨降るで。帰った方がええよ。みんな心配するやろうし」
「……カァ~。仕方ねェ」
独歩は頭を掻いてそう言い、足を城の方へと向けた。
弐
深夜であった。
天気は昨日のような曇りではない。
満月と星がよく夜空に映えた夜だ。
その時間に、愚地独歩は城から抜け出した。
警備の兵士には見つかっていないハズだ。見つかっているのなら、大騒ぎになるだろう。
日中なら賑わう大通りも、今は人っ子一人いない。
現代であれば、この時刻でも人は外にいるが、この時代ではそうはいかないのだろう。
静かな夜であった。
独歩の歩調はゆっくりとしている。
深夜と言うこともあり、元から人通りはないが、独歩はさらに人通りがなさそうな路地裏へと入っていく。
その後を、二人分の足音が追って行く。
独歩が歩みを止めると、その歩みも止まる。曲がると、曲がる。
独歩は気付いているのかいないのか、そのまま後ろを見ずに歩いて行く。
そして、適当な空地に着くとつぶやいた。
「華琳のやつよォ……おあつらえの空き地を作っておくなんざ、良いトコあるじゃねェか。なァ?」
そう言い、愚地独歩は初めて後ろを向いた。
視線の先には、二人分の影がひっそりと立っていた。
空き地には上手く、月明かりと星明りが差しこんで、ボウっ……と、愚地独歩と二人組の姿が、闇に浮かんでいる。
愚地独歩をつけてきたのは、フードがついた旅用のマントに身を包んだ二人組であった。
一人は長柄の武器を持っていた。飾り程度の金色と、黒と銀のコントラストが映える武器で、月の光を浴びてキラキラと光っている。
もう一人は小柄な影だ。
武器を持っているようには見えないが、そのマントの中に隠してある可能性は十分考えられる。
「やっとその気になったか」
独歩が影に向かって言った。
「……元からヤル気だった。だけど、今までは人がいた。でも、ここまで準備されたら、やる」
長柄を持った人影が言った。
準備というのは、独歩がわざわざ人通りのない時間に、路地裏の空き地にまで歩いたことを言うらしかった。
それを聞き、独歩は微かな笑みを浮かべて言った。
「実を言うとよォ、一昨日から
「……やっぱり」
「だがよォ……まさか女が
「そっちの方がよかった。それなら……もっとスグに終わった」
長柄を持った影がそう言い、刃をギラつかせた。
殺気に満ちた刃だ。
「スグに終わらせちまいたいんだったらよォ、後ろから斬りかかればイイ話だろうが。オイラはドキドキしながら待っていたんだぜ。いつ、襲ってくるかってよォ」
独歩は言った。
「それじゃ意味がない」
「へェ。じゃあ、どうしてえってんだ」
「……闘いたい。お前と――愚地独歩と真っ向から闘いたい」
「俺のことをキッチリと調べてあるじゃねえか」
「……ちんきゅが調べた」
そう言い、長柄を持った影がフードをとった。
その下から出て来たのは、真っ赤な髪の毛だ。目の色も、髪の毛同様に赤い。
「呂布か……」
独歩の顔にはハッキリと喜色に満ちていた。
「オメェとは
「……同じ。恋もそう思っている」
二人の間の空気が緊張している。
ピリピリとした空気だ。
「恐い顔してるじゃねエかァ……鬼みてェな面だぜ」
のんびりとした声であった。
この空気には、まるで似合わない。
さらに、穏やかな笑みすら浮かべている。
本当に闘う気があるのか、と恋は思った。
――多分、ひょっとしたら……今はないのかもしれない。
そんなことを思った瞬間に、ピリピリとした空気が融けだした。
その瞬間に独歩の笑みは、笑みを残したまま鬼の面になっていた。
同時に、恋の身体に衝撃が走った。
どこを打たれたのか、まるで分からなかった。
「かっ……!」
「もう始まってんだぜ。ボサッとしてんじゃねえや」
恋はうめき声をあげ、地に膝をついた。
そして、下から鋭い目つきで独歩を睨んだ。
「いきなり仕掛けるとは……卑怯者っ!」
小さな影――音々音がそう言い、なじった。
だが、独歩は気にしたふうはない。
恋に視線を向けたままだ。
「オメェもそう思うか?」
「…………っ!」
「ああ、分かったぜ。言わなくていい。こりゃあ、勇次郎にも俺達にも勝てねェ」
独歩はそう言い、恋の首に右の手刀を落とした。
恋は戟の柄で受け、その勢いで横に転がって独歩と距離をとった。
二歩分の間合いをとって、恋は独歩を睨みつけた。
「人間生きていりゃあ、飯を食うし酒も飲む。当然、ケガや病気だって、油断だってするだろうよ。『卑怯』なんて言葉はよォ……こっちの世界にはねえんだよッッッ」
ドスのきいた声で独歩が言った。
「……分かった。ありがと」
恋は戟を杖代わりにして、ヨロヨロと立ち上がった。
そして、笑みを浮かべて言った。
「ここからが……本番……」
恋が浮かべたのは凄まじい笑みであった。
闘いの全てを受け入れる、鬼神の笑みであった。
参
恋がそう言って、スグに二人が動いたりはしなかった。
少なくとも、一分はもとの体勢でそこに立ち、睨み合っていた。
愚地独歩は両拳を前にだした体勢で――
恋は戟の切っ先を前にだした体勢で――
恋はあと半歩だけ出るだけで、独歩を切ることが出来る。そんな間合いで睨み合っていた。
闘いでの一分というのは長い。
試合でさえ長い。ましてや、このような場では、なおさら長く感じられるだろう。
異様な時間であった。
二人の間の間合いが、それ自体が固形物として固まっていく。
そういう時間だ。
時間自体がねじれ、歪み、固まっていく。時間と空間が軋んで悲鳴をあげそうだ。
それを感じて、恋の肌が粟立っていた。
この空気が嫌いじゃない。嫌いじゃなかった。
――見えなかった。
恋はそう思っている。
不意打ちで出された拳。あれを一切防げずに喰らった。
気配がなかったのだ。打つ、という気配なしに打たれた。
普通なら、殺気を全開にして打ってくる。戦場なら尚更だ。場合によっては、雄叫びをあげて打ってくる人間もいる。
だが、愚地独歩は違う。
殺気というのが――そもそも、攻めてくるという実感すらなかった。
それでも、きた。何も言わずに来た。
たまらない。
それが恋にとってたまらなかった。
戦場でも、手合せでも味わえない感覚だ。
恋の顔から笑みがこぼれる。
――半歩でればいいのに、出れない。
恋はそう思った。
恐さがある。それは間違いない。
さっきの拳は脅威だ。
不思議な拳だった。
殺意、敵意というのが消えていた拳だった。
意を消した、というのが不思議で恐い。
それが恐いから出れない。だが、不思議に対しての好奇心もある。
踏み出してみたい、という気持ちが恋の中にある。
恋が、軽く前に出た。
独歩が、軽く前に出た。
出ながらも、恋は右へ。
出ながらも、独歩は右へ。
間合いが詰まらない。一定の間合いが保たれている。
少し動けば間合いだというのに、その間合いが動かない。
――先に、来い
おそらく、二人はそう思っているのだろう。
最初に突きや蹴り、拳を仕掛けた方が不利になる。
そう、二人は直感しているに違いなかった。
恋が独歩を睨みつける目は、鋭い視線だった。
鬼の視線だ。
人を喰らう鬼が、人を睨みつけるような視線だ。
気の弱い人なら、睨み殺せる視線だ。
独歩が恋を睨みつける目は、鋭い視線だった。
大蛇の視線だ。
もし仮に、闘いを楽しむ毒蛇がいたら、このような視線なのだろう。
闘いを、この空気を心から楽しむ視線だ。
恋の唇の両端は左右に吊り上がり、たまらない笑みを浮かべていた。
強烈な笑みだ。
あまりに強烈で、嗤った唇からむき出しになっている歯は、猛獣の牙のように見える。
それは、恐怖と好奇心のぎりぎりのところで、覚悟を決めた笑みでもあった。
肆
「はぁっ!」
短く気合を吐き、恋は戟を振った。
鋭い突きだった。
独歩は身体を沈め、大きく踏み込んだ。
戟は独歩の頭の皮を、斬るか斬らないかの位置を突いた。
それでも、かすかに当たったのか、独歩の頭に細い糸のような傷が出来た。
だが、独歩はひるまない。
一気に自分の間合いに入り、右拳を固めて打った。
恋は左掌で受け、後方へ下がった。
受け止めた掌には、ビリビリとした感触が残っている。
だが、それに浸っている時間はない。
次が来る。左拳だ。
それが来る前に、恋は右手で握っていた戟を力任せに振り回した。一般人に当たりでもすれば、それだけで骨を折ることが出来る、意識を刈り取れる、殺しうる威力を持っている。
独歩はその攻撃を嫌がり、さらに間合いをつめた。
抱きつこうと思えば、いつでも抱きつける距離だ。
パンチをしようにも、武器を使おうにも、不利な距離。
だが、その距離になった瞬間に恋は喜んだ。
いや、彼女の中に住み着いている餓狼が喜んだ。
血に飢え、闘いに飢える餓狼だ。
思いつくままに、自分の肉体を使った。
瞬間――
彼女の顔に、赤い鮮血が跳ねた。
「ガァッッ」
愚地独歩がうめき、ひるんだ。
独歩の左耳から血が流れ出ていた。
引き裂いたのだ。左手の指で、耳の穴を引き裂いたのだ。
それを肯定するかのように、恋の左手には血と肉がこびり付いている。
常日頃から武器を握り、振り回していたからこそ身に着いた、高い握力と指の摘まむ力――ピンチ力を使った力技だった。
引き裂かれる
殴られる痛みは耐えられるだろう。
腹を殴られる痛み、顔面を殴られる痛みは耐えられるだろう。
だが、無理やりに引き裂かれる
ひるむのも無理はない。
恋に一瞬だけ、余裕が出来た。
その余裕で、右手にある戟を投げ捨て、恋は左手で愚地独歩が着ている服の襟を鷲掴みにした。
力づく、そして全体重をかけて、投げた。
独歩の身体が反り返っていく。
無理やり反らせていく。そして、投げる。
後頭部から。地面に真っ直ぐ。落ちるよう。殺すよう。
ただの投げ技でも、それを柔らかい畳やマットの上ではなく、固い地面地面の上でやれば、それはまったく意味が違ってくる。
どんな投げ技でも、一撃で相手を倒せる必殺の技となるのだ。
それを全力で――
やった。やりきった。
独歩の頭を、思い切りたたきつけた。これで死んでいてもおかしくない。
だが、恋は攻めの手を緩めなかった。
不思議な感覚があった。直感といってもいい。
――この程度では、終わらない。
恋は感じていた。
このまま終わらせれば、次は自分が倒れるかもしれない。
だから、やる。自分が倒されないためにやるのだ。
恋の右の踵が上がっていく。
急転下。
落ちていった。
空気を裂くような音をあげ、落ちていった。
独歩の左横から顔を踏みつぶそうとした。
「かぁッッッ」
恋の踵が、独歩の鼻骨を陥没させるかと思った時、声をあげた。
両腕で顔面を守った。
独歩の腕に衝撃が走った。それが、顔面にも到達する。
みじりっ
と鼻から音がした。
血が出た。
だが、守らないよりはずっとマシだ。
そして、連続で踵を落とされるのを防ぐため、恋から離れるように転がった。
恋から離れ、起き上がろうとした時、独歩は見た。
今まさに、踵が自分の顔面に対してすごい勢いで打ち落とされているのだ。
――捨技ッッ!? さっきの踵ッッ! 守り……ッ
本命は、この踵だ。
守れるか!? 間に合わない。
独歩の顔面に強い衝撃があった。
深夜の静かな街中に、嫌な音が響いた。
ぐじりっ!
という音がした。
暗闇。
独歩の意識が、コンマ一秒失われた。
再び、同じところに踵が打ち下ろされた。
何度も、何度も。
骨が潰れる音、血が靴につく音、頭が地面と激突する音
恋が足をあげると、靴からヌルリと血が糸をひいた。
それを見て、恋は独歩に背を向けて戟を拾いに行った。
「強いじゃねェか、三国最強……」
恋の後ろから声が聞こえた。
「……まだ生きてた」
恋はそうつぶやいて、背後を振り返った。
そこには、壁を背にして、愚地独歩が立っていた。
鼻は曲がり、とめどなく血が流れている。
顔のケガはそれだけではない。
全体的に赤く腫れぼったくなっており、左目蓋も腫れて、目を細めている。
目尻からも、鼻からも、口からも血が流れている。
独歩は右手で鼻を矯正し、鼻の右穴で一息吐いた。
ずるり、と大量の血が出てきて、地面に流れた。
半分固まりかけたような、ベットリとした赤黒い血の塊だ。
血の臭いが、周囲を漂う。
「帰ろうとしてたみてェだが……これで終わり、とか言わねえよなァ?」
「……気が変わった」
「へェ」
「殺すまで……やる」
恋がそう言い、戟を構えようとした。
だが、上手く意識の合間を縫うように、独歩は跳躍した。
恋の視界に膝が飛び込んできた。
考えなかった。戟を上げ、柄で防ぐ。身体がそうしたのだ。
だが、足に痛みが走った。
独歩の狙いは、顔面への膝蹴りではなかった。
恋の足を壊そうとしたのだ。
「くぅあっ!」
恋が痛みに悶えた。
予想していなかった。
足の甲は人体急所の一つだ。
女性が踏みつけ、大男を悶絶させうる急所だ。
そこを、武神とまで言われる人間が思い切り打つ。
その激痛たるや。
「呼ッッッ」
息吹だ。空手の息吹。
それが恋の耳に聞こえるのと同時に、拳が額に激突した。
一瞬、真昼間のように視界が白くなった。
恋は自分の意識がチカチカしているのに気が付いた。
――顔面を踏んでも……!
まだ、やるのか。この男は、まだやるのか。スゴイ男だった。
だからこそだ。だからこそ、恋はこう思ってしまう。
――勝ちたい……っ!
恋の脇腹に、左拳が刺さった。
一本拳。
中指の第二関節を突きだし、それで相手を突く技だ。
恋は逃げるように下がった。
その瞬間、独歩にとって最善の間合いが出来る。
足が動いた。右足だ。
空手の――前蹴り。
それが恋の水月に、吸い込まれるように伸びていった。
当たるか!?
下がるのも考えて、独歩は蹴っている。
それは恋も分かっている。
だから、恋は倒れた。仰向けに。
「チィッ!」
舌打ち。
独歩の舌打ちが恋に聞こえた。
そして、持っている戟を振った。
二度と起き上がらせない。殺す気でだ。
恋の手に、よくなれた感覚が走った。