真・恋姫†無双~怒気ッッ グラップラーのいる三国志ッッッ~ 作:クーロン
私は今まで来たことのない、見たことのない場所にいた。
視界に入るすべての物は、私の知識にないものだ。
目に入る建築物が違う。近くにある家はとにかく、遠くに見える四角い塔は見たことが無い。近くにある明りを放つ棒は見たことが無い。
足元の地面が違う。真っ黒で、固い。
空気の臭いすら違う。
唯一同じことは、夜に星と月が見えるということぐらいだ。
――どこよ……ここは。
私は呼んだ。名前を叫んだ。
独歩! 春蘭! 秋蘭! 桂花! 季衣! 流琉!
誰も来ない。返事すらない。
今呼んでいない人でも、近くにいたら来るだろう。
仕方ない。なら、自分から動くしかない。
――向こうもここら辺にいるのなら、声をあげながら探しているハズ……。
私はそう思い、名前を呼びながら歩き出した。
目印になるものを見つけるのも、忘れない。
いざというときに、しっかりと元の位置に帰れるよう。
ある程度歩いて、違和感に気付いた。
どう考えてもおかしかった。
周囲の家からは、明かりがこぼれている。
つまり、人が起きているということだ。
だが、夜だから寝ようとする人も居るだろう。
そんな夜中に声をあげているのに、誰も文句を言おうとしない。
――何かがオカシイ……
そう思った。
それでも、歩き続けた。
早く、帰り道を見つけないと……。
そう思いながら、速足で歩いていた。
だけど、帰り道は見つからない。人影も見当たらない。
――どうしたらいい……?
そう思うのと同時だった。
背後から妙な音が聞こえた。
そして、その音は気が付けばすぐ近くにいた。
迫ってくる。真っ直ぐ、私の方へ。
他勢力からの刺客か、と思った。だが、それは的外れだろう。
自分が寄っていることを教えるような刺客が、どこにいるというのだ。
だが、危ないことは変わりない。
私は何も考えずに横に跳び、それを避けた。
音の正体は、私がいたところを真っ直ぐに通っていく。
まったく見慣れないものが通っていく。
――なに……これ……?
四角い物体だった。
一部、光を放つ物体。馬と同じ、それ以上の速さで進む物体。
どうやって、こんな物を作るのだろう。
そう思って見ていると、それは私のすぐ近くにある家の前で止まった。
そして、二人の男がそれから出て来た。
「押忍」
「フフ……
見覚えある人だった。間違いない。
私は、その人の元へと走り寄った。
「ねえ、独歩。どこよここ。……って答えなさいよ!」
私は独歩に話しかけた。
でも、独歩は聞こえなかったのか、家の扉に手をかけようとしていた。
私は門をくぐり、独歩の右側に立った。
「帰ったぞォ」
「独歩の家って……ここ?」
私はそう言い、独歩の顔を覗き込んだ。
同時に、違和感を感じた。
顔に傷が無いのだ。
確かに、あることはある。左頬と右のコメカミにある。
でも、それ以外にはない。
――どういうこと……?
声は、たしかに本人だ。雰囲気も本人だ。だが、どこか食い違う。
私が知っている独歩じゃない。
嫌な、予感がする。背中に太い寒気が走った。
瞬間。
派手な音がした。
硝子と木が破壊される音だ。
独歩が家の扉を蹴破ったのだ。
「夏恵ェェッッ」
独歩は家に入り、大声で叫んだ。
――夏恵って……確か、独歩の奥さん!
私は、いてもたっても居られなかった。
嫌な予感はある。確かに、私の中にある。
でも、何があるのか気になるのだ。私は何を見ているのか、気になるのだ。
私も独歩を追うように家の中に入った。
家の中は荒らされていた。
机はひっくり返され、花瓶は倒れている。ふすまには穴が開いている。
――なんでこんなことに!
私は家の中を見渡した。
そして、見た。
醜悪な笑みを浮かべる巨躯の老人だ。
肌は白い。本当に白い。
髪も肌同様に白い。
それでも、私はこの老人から黒さを感じた。どこか、精神的な黒さを。
老人の醜悪な笑みは消えない。
何か、考えている。
そう私は直感した。
この老人は何かやる気だ。
独歩になにかやる気だ。
独歩は多分、この老人に気付いていない。この老人に背を向けたままでいるのだ。
――なんとかして、独歩に気付かせないと!
そう思うのと、まったく同時だった。
「ドリアンッッ」
「ダメ! 独歩ぉっ!」
独歩が私と老人がいる方を振り返り、私はそれを止めさせようと叫んだ。
私の叫びは届いたのだろうか。届かなかったのだろう。
叫んだ次の瞬間に目に入ったのは、凄まじい光景だった。
老人の右手首が爆発したのだ。
独歩の顔面にぶつけるのと同時に爆発したのだ。
凄まじい音がした。
もう、耳が聞こえなくなるんじゃないか、と思うぐらいにだ。
「オゥ トワ ラヴィ――」
何も言わず、独歩は倒れた。
独歩の顔からは煙が上がり、プスプスと音をあげる。
老人は右手からダラダラと血を流しながら、その姿を見て、歌を歌った。
何て言ってるのかは耳に入らない。
私の意識は独歩に向いている。
「独歩っ!」
私は床に膝をつけて、独歩の顔を覗き込んだ。
徐々に煙が晴れていく。
そして、目に入ったのは――
ヒドイ有様だった。
独歩の頭は、血の海に沈んでいる。
顔の皮がむけ、その下の肉が見えていて……。
「あああああ!」
壱
「はぁっ! はぁっ!」
気が付けば、私は見覚えのある場所にいた。
城にある、私の部屋だ。
今まで見ていたのは、夢だったのだろうか。
夢だ、とは言い切れない。妙な現実感が私の中にあるのだ。
それでも、夢だということは分かる。いや、そう思いたい。
枕がジットリと濡れている。
つまり、私はさっきまでここで寝ていたということだ。
ジットリとしているのは、さっきの悪夢のせいだろう。
それが根拠だ。さっきのは夢だと言う根拠だ。私は必死で言い聞かせた。
私は起き上がって、寝間着を脱いだ。そして、ふだん着ている服を手に取った。
今日の午前は、休みにしてある。最近、仕事続きでろくに眠れなかったから、少しでも眠るための休みだ。
外を見ると、午後まで時間はまだあるようだ。
このまま、もう一眠りすることも出来る。
だが、どうしてもその気分になれない。
あの夢の後ではその気になれない。
「華琳様。お目覚めですか」
着替え終わり、髪を整えるために鏡の前に座った時に、扉の外から声が聞こえた。
秋蘭の声だった。
「秋蘭。午前中は休みのハズよ」
「存じています。ですが、一つ聞きたいことがありまして」
「何かあったのかしら」
「ええ。今朝から、独歩殿の姿が見当たりません。今、姉者も探しているのですが……。華琳様は心当たりがありますか」
私の中に巣食っていた嫌な予感。それが、変わった気がした。
私は髪を整えず、扉を蹴破るように開けた。
「華琳様。いかがなさいましたか。
「分かってるわ。でも……嫌な予感がするのよ。いえ、それで済んだらいいわ」
「何か……ありましたか」
私はうなずいた。
秋蘭はそれを見て一礼し、走り去った。
私もそれをみているだけじゃない。
独歩を探すため、まず中庭に向かった。
だが、探す必要はなかった。
春蘭が見つけたという報告が来たのだ。
独歩が大怪我を負って、というオマケつきの報告が。
弐
「秋蘭、独歩の容体は」
「生きてはいます。ですが……ケガの方が」
「ふぅん……で、それが報告書ね。読み上げてちょうだい」
報告を受けた後、華琳はスグに重臣全員を王座の間に集めた。
その場には、独歩の養子である克巳の姿もある。
集まるのは非常に早かった。早朝で全員が城内にいた、というのが幸いだった。
武官達の表情は固い。
ほぼ全員が独歩に師事していた人間なのだ。
心穏やかではいられない。
特に一番最初に独歩を発見した春蘭は、無表情であった。気持ちが悪いくらいに無表情だ。
だが、眼の奥に暗い炎が灯っていた。
彼女が座っているイスには、戦場で愛用している剣を立てかけてある。
「まず、胸――肩のあたりから腹にかけて袈裟切りにされた跡があります。傷は浅く、これは致命傷ではありません」
「他には」
華琳が言った。
秋蘭は言い辛そうに、一度だけ咳払いをした。報告書を持つ手が微かに震えている。
「後頭部にコブがあります。脳をやられた可能性もある、とのことです。そして……鼻骨骨折。さらに……両手の甲も、破壊されているとのことです。……以上」
そこまで秋蘭が言ったところで、春蘭が剣を握りしめて、勢いよく立ち上がった。
イスは倒れ、派手な音をたてる。
剣を握りしめている右手には血管が浮かんでいた。
「華琳様。行ってきます」
「春蘭! まだ華琳様から方針は出てないわよ!」
「黙れ桂花! どっちにしろ、犯人をぶちのめすのは変わらんっ!」
「春蘭。落ち着きなさい。犯人が誰かも分からないのに、どうするつもり」
「姉者。華琳様のおっしゃる通りだ。動くのは……犯人像を掴んでからだ」
「だが……悔しくないのか!? 独歩をここまで……!」
「春蘭。……座りなさい」
華琳は静かに言った。
口調こそ冷静だが、その眼の奥には、春蘭と同種の炎が見え隠れしている。
春蘭は中々座ろうとしなかったが、華琳にもう一度言われると、渋々とイスを戻して座った。
「……犯人の目撃情報は?」
「今のところはありません」
桂花が言った。
「ですが街には既に、諜報のための兵を派遣しました。情報はすぐに集まるかと」
「仕事が早いわね。詳しい情報はそれを待ちましょう」
華琳が言った。
「後、出来ることは……犯人像の推理と次の事件を防ぐための対策ぐらいね」
「犯人像っていっても手掛かりがありませんよ?」
「流琉。よく考えてみなさい。犯人が残していったものが、一つだけあるわ」
「残していったものですか……?」
「……華琳様。ボクも春蘭様と現場を見ましたけど、足跡とかありませんでしたよ」
「足跡なんて必要ないわ」
「ってことは……独歩殿の傷……でしょうか?」
「凪。正解よ」
華琳が言った。
そして、考えながら言った。
「春蘭。独歩の背中に傷はあったのかしら」
「ありませんでした」
「ということは……相手は、独歩の正面に立って、勝つ力量があるということよ」
「やったのが勇次郎……なんてのは困るの」
うつむきながら、沙和がつぶやいた。
その一言に、華琳がピクリと反応した。
「いや、それはない。独歩殿の傷は鋭い刃物の傷だった。範馬じゃない」
秋蘭が言った。
沙和は、その言葉に納得したかのように顔をあげた。
「なら……誰がやるんや……?」
真桜が言った。
その一言で、会議が止まる。そこから先の手掛かりが見当たらないのだ。
そして、少しの沈黙の後、桂花が
あ
とつぶやいた。
「華琳様。背も分かるんじゃないでしょうか」
「そうね……。まだ、確定はできないけど十分考えられるわ」
「華琳様、どういうことでしょうか」
春蘭が言った。
その眼は真剣そのものだった。手掛かりは何一つ逃すまい、という眼だ。
「簡単な話よ。切り上げと切り落とし、どっちの威力が高いかしら?」
「切り落としです」
「そうね。もし殺す気なら、そっちよ。それに、実戦で大上段から独歩相手に、それをすることもないでしょう? そこから考えられる、敵の身長は……秋蘭、春蘭から霞の間が妥当ね」
「分かりました」
「…………」
春蘭はそう言い、剣を強く握った。
霞は静かに考え事をしていた。彼女の中では、少しずつ犯人のイメージが出来ていた。
直感、そして今までの手掛かり――それが今、噛み合おうとしていた。
「後は対策ね……愚地克巳。あなたの下に凪、真桜、沙和をつけるわ。あなた達四人で、街の警備隊を組織してもらうわ」
「……ああ」
『はっ』
四人は短く返事をした。
そして、華琳は全員の方を向いた。
「この事件は軽い物じゃない……。民を恐怖に陥れるものであり、曹魏への挑戦状ととってもいいぐらいよ」
そして、一息だけ吸った。
「私と桂花以外の書類仕事は極力減らすわ。だから……! いいかぁっ! 私達は背を見せないっ! 愚地独歩の無念を晴らすわよ!」
『はっ!』
将達は皆、勢いよく返事をした。
だが、克巳はその中で黙っていた。静かに、拳を握っていた。
参
諸将が去り、王座の間には華琳と桂花だけが残った。
華琳は王座に座り、うつむいたまま何も話さない。
「華琳様。お疲れ様でした」
「…………」
「華琳様……?」
「桂花……黙ってなさい。これ以上、怒りをこらえられる自信が無いの」
「し、失礼しました!」
華琳の耳に去っていく足音が聞こえた。
桂花が戻ったのだろう。
華琳は王座に座ったまま、うつむいていた。
華琳の中に、確かに怒りという感情があった。
だが、それがどこに向いているのか分からない。
戦わなくてはならない、と思っている。
相手が誰であれ、王である以上は、覇王という
それでも迷いがあった。
沙和の一言が頭の中に居るのだ。
――範馬勇次郎が相手なら……相手だとしたら……!
自分は勝てるのか、そもそも戦えるのか。
そう、思っている。恐く思っている。
だから華琳は、自分が何に怒っているのか分からない。
独歩を切った相手なのか。
予期せぬ事態に怯える自分なのか。
それでも戦わなくてはならない。
そのことはしっかりと
華琳は自分の胸の中に渦巻く、ドロドロとした怒りと恐怖を、口にたまった唾ごと飲みこんだ。
肆
暗い部屋だ。
いや、部屋と言うよりは小屋の中だ。なんなら、隠れ家とすら言ってもいい。
外は日中だというのに、耳を澄ますとネズミが走る音や、蛇が這う音が聞こえてくる。
少女は、その中で仰向けになっていた。
歩こうとしていないのではない。立とうとしていないのではない。
歩けないのだ。立てないのだ。
夜に受けた、足への一撃。あれが尾を引いていた。
右足を蹴り潰すような一撃だった。
だが、少女は嬉しんでいた。
痛みもひっくるめて、嬉しんでいた。
退屈な日常に、突如現れた
それに向かって、一段一段たしかに存在する階段。
踏んでいっても辿り着けないのではないか、とも思ってはいる。
それでも、近づけるのではないか、という実感がある。
「恋殿!」
「ん。待ってた」
恋は長時間その感覚に浸っていた。
だが、音々音に話しかけられて、起き上がった。
「情報を仕入れてきましたぞ!」
「ちんきゅ、しーっ」
恋はそう言って、音々音のくちびるに人差し指を当てた。
音々音は、ばつが悪そうに小声で話し始めた。
「もう、連中は動き出したのです。その中には霞殿もいました」
「霞……無事だったの?」
「はい。ですが、このままココにいて見つかったら、戦うことになってもオカシクないですぞ」
「ん……分かった。他には……?」
「街の噂ですが……愚地独歩には息子がいるとのことです」
「誰?」
「愚地克巳といい、独歩は俺より強い、と言っていたとのことです」
恋の顔に笑みが浮いた。
「……ちんきゅ。次が決まった」
恋はそう言いながら、独歩と闘った夜の事を思い出していた。
拳足から動きの無駄が極限にまで削がれていた。
最初の一撃は不意打ちだ。
だが、あれが不意打ちじゃなくても、避けられただろうか?
避けられなかった、と思っている。
それ程の技だった。刃物より、鋭い技達だった。
だからこそ、恋の中で何かが引っかかっていた。
仮にだ。あれに対応できたとする。
それで、勇次郎に勝てるか? 渡り合えるか?
恋は、そうだとは思えなかった。
まだ要る。まだ、何か必要だ。
自身が使える技術が必要なのだ。
恋はそう、直感的に思った。
独歩の技は、真似ようとして出来るものではない。
あの技になるまで、どれ程の鍛錬を積んだのか想像できない。
だから、彼女に使えるものではない。
そこまで仕上げる時間はない。
恋は、その技が仕上がるころには、勇次郎は届かないところにいる、と思った。
ならばこそ、探すのだ。
自分に使えて、知らない技を探すのだ。
それを使う。
一から作る時間などない。
「次、と言いましても……」
「克巳と
「ですが、独歩の時と同じ方法でなんとか出来る、とは思いませぬぞ」
「……うん。恋も。だから、ねねも考えて」
恋はそう言い、近くに置いてある戟を握った。